社会党の抵抗政党化3(成田闘争と一坪地主)

成田空港開設は当初予定地であった富里村周辺では激しい反対運動が起きて組織化されていたのですが、候補地について紆余曲折ののちに政府は突如三里塚に予定変更してしまったので、地元自治体が成田市に変わり、しかも地元自治体が反対運動になびかなくなりました。
空港予定地の大方が元御料牧場で私有地が少なかったこと(・・周辺は騒音被害を受ける程度で逆に空港が軌道に乗れば関連需要の恩恵を受ける人の方が多いことから歓迎傾向だったのかな?)社会党はやむなく一坪地主になって地権者の一人として反対する方法を選んだようです。
(この方法は現在沖縄での基地闘争手段としての住民票取得政策につながっているようです)
当時の社会党代議士(元委員長クラスを含め)が一坪地主運動を呼びかけて農地を1坪づつ購入して、地主になって空港の用地買収反対運動の事実上の黒幕になっていたのはこの嚆矢です。
一坪地主に関する2020年7月6日現在のウイキペデイアの解説です。

NIMBYによる反対運動や、自然環境保護などのために土地収用手続きを煩雑化させたり、地元の反対派の人数の多さを示す住民運動の一環として、一坪地主になることがある。
行政側は土地収用のために一坪地主に対して一人ずつ対応する必要になるが、行方不明だったり外国に出ていたりすると、土地収用が一層進みにくくなる。また、地元の反対派の人数の多さとして強調されることもあるが、NIMBYという思想で当該地域の問題を知るまでは、当該地域と全く縁がない地権者もいる。
・・・実際の例として、成田空港問題(三里塚闘争)の空港反対運動における一坪共有地運動、東北・上越新幹線反対運動、沖縄県の基地反対運動における一坪反戦地主会などがある[1]。
成田空港問題の事例[編集]
三里塚闘争での一坪共有地運動は、当初日本社会党(社会党)が推進したものであり、成田知巳や佐々木更三をはじめとする社会党議員らも参加した。元新東京国際空港公団副総裁の山本力蔵が「影響は大変だった。社会党役員のそうそうたる名前がある。天下の政党がそんなことをやるとは夢にも思わなかっただけに脅威だった」と倦みながら述懐している[2]。社会党は砂川闘争の教訓から裁判で結論が出るまでに時間がかかって国もあきらめざるを得なくなると考えていた[3]。
運動は約700人の共有で始まり、一時約1200人にまで膨らんだが、空港公団の買収により約400人に減った。このため、三里塚芝山連合空港反対同盟は1983年に再分割運動を進めた結果、85年には土地所有者が約1400人に増加し、2008年は約1100人程度と推計される[4]。なお、この再分割の是非を巡る意見対立などから反対同盟は北原派と熱田派に分裂している。

一坪地主運動というのは、航空政策がどうあるべきかの言論闘争をやめて進捗妨害するだけのための運動を明確にしたものです。
まともな言論活動をしないで、ただ駄々をこねるような時間稼ぎだけの運動ですから、こういうのはまともな政党のするべきことではないでしょう。
だから「天下の政党がそんなことをやるとは夢にも思わなかった」という副総裁の発言が残っているのでしょう。
名目は地元民の反対形式ですが、実態は実は一坪前後をわずかな対価で買い受けて地元民という名でよそ者が反対運動していたことになります。
主に、社会党を先頭に社会党系実力部隊?として要請した?社青同や、三派十流と言われる過激派全学連崩れが主役で暴れ回っていました。
民主主義の基本ルール・言論を堂々と戦わせるが、議論を経て決を取ったあとは結果に潔く従う・・これに違反する政党は、政党という名に値しないのでないでしょうか?
旧社会党は空港の場合軍事基地転用目的反対といい、お金持ちしか飛行機に乗らないといい、高速道路も同様主張でしたが、あっという間に飛行機を庶民が利用する時代が来たし、高速道路もトラック輸送中心時代が来ています。
時代錯誤な反対ばかりして国策(国会で決まったこと)遂行妨害ばかりしていたので徐々に国民支持を失ない遂に中堅以下の議員ほとんどが脱退して新党結成に走ってしまい、抜け殻のように存続した社民党は、政党としての使命を卒業した印象になりました。
この教訓を踏まえて社民党を除く野党は、この数十年では合法的反対運動・現地闘争と一線を画すのが普通になってきました。
すなわち現在の政党(社会党の解体後の民主党以来の立憲民主党や国民)は国会を通過した原発政策やイラク特措法その他海外派兵反対ではなく、国会できめ細かく決めたルールに現地行動が違反していないか、原発設置基準に反していないかの追求限定ですから正面切って民主主義のルールに反している訳ではありません。
ただし、本音で原発反対なら政策論として政党の名で堂々と主張すべきが政党ですが、政策論争を一切展開せずに、政党名を出さずに地元民を原告主体にして友軍的?別働隊?的弁護団がシコシコと安全規制に反していないかの重箱の隅を突つくような原発訴訟を全國で展開しているようです。

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