万物共生1と多神教

少数者への配慮・少数意見の尊重とは、政権獲得政党が支持母体の権益追及をすることを前提にした上で、戦いに勝ちさえすれば負けた方に対してどんなむごいことをしても良いという日本以外の世界中で普遍的であった思想が修正されて来たことを表しています。
日本では古来から敗者に対する礼儀を欠かさない社会でした。
菅原道真の怨霊に対する恐れ・・足利氏が敵対して来た後醍醐帝を祭るために建てた天竜寺など枚挙にイトマがありません。
菅原氏の怨霊思想は文字資料としての始まりに過ぎず、文字以前のもっと古代・・神話時代から、被征服王朝である各地の神々を祭る仕組みがあります。
この事実自体は神話による当てにならない伝承ではなく、(比叡山の麓の日枝神社に行くと)実際にあちこちの地方の神様が祭られている事実で証明されます。
この精神が多神教(今風に言えば言論を封殺しては行けない精神風土が文字社会以前から宗教のように存在していますし、西洋の言論の自由・・弾圧が行けないと言い出すよりも何千年も早いのです))・佛教が入って来ると仲良く神仏習合して行った・・他宗教を排斥する思想と無縁になった原因であり結果でもあるでしょう。
この精神があってこそ、外国から変わったものが入ると直ぐに取り入れてしまう風土にも繋がっています。
取り入れ方も旧来のもの100%廃棄してしまうのではなく、日本在来のものに外国の良いところを取り入れて発展させる工夫がし易いのも神仏習合の精神と同じです。
どんなものでも少しは良い所があることから、部分的取り入れに便利です。
この点朝鮮族のように外国の方法がいいとなれば(農産物解放やIMF体制が良いとなれば直ぐに全面的に乗ってしまうなど変化が激しくなります)全面入れ替えする社会です軋轢が多くて大変です。
我が国の場合部分取り入れ・・遠近法がよいとなれば日本画に一部取り入れるなど発展が微温的・緩慢(マスコミは時流に遅れる、遅れると批判しますが・・)ですが、社会の進展としては無理がありません。
異なった意見を受容して行く日本精神からすると、日蓮の他宗教排撃の思想はどうもしっくりしないので、邪教として弾圧を受けることになったし、後に入って来た他宗排撃のキリスト教も同じ目にあったのです。
(スペインの植民地にする領土野心があったことが、政治的には大きな眼目ですが、これに付加して内容的にも寛容を旨とする日本精神に合わなかったので、自然に下火になって行ったし、何の弾圧もないどころか米英思想の支配的な維新以降今に至るまででも殆ど広がらない根拠です)
話が変わりますが、第二次政界大戦直前に何故アメリカが日本イジメに精出していたかと言うと、アジア赴任の宣教師の報告が大きな役割を果たしていたと言われます。
中国ではある程度キリスト教の布教に成功していたことは、太平天国の乱その他で周知のとおりですが、
日本人に対しては、上記のとおり一神教の教義は本質的に無理があって、どうにもならなかったことは現在に至る結果で明らかですが、宣教師達の成績不良の言い訳として日本人は如何に宗教心がなくひいては道義に劣るかを定期報告の度に一生懸命に書き連ねていたと言うことです。
(西洋では信仰心がないのは道徳心がないし野蛮人という意味ですし、敬虔なカトリック教徒◯◯教徒と言うときには、一般的に人格の褒め言葉になっています。)
宗教心がまるでない酷い人種だと言うことから、どんな酷いことでもやりかねないと言う誹謗中傷を(これが当地派遣宣教師の決まった報告方式になっていたとも言われます)繰り返している内に、日本人はどんなに野蛮なことをしているかというあることないことのでっち上げ虚偽報告が必要になって来て、まことしやかにせっせと本国へ送っていたらしいのです。
(現在中国地方政府は、成績が下がると困るので、前年比何%増の成長報告を中央へ送り続けるので同国の成長率がまるで当てにならなくなっているのと同じです)
虚偽報告が繰り返されるうちに何か事例をでっち上げるなどエスカレートするのが普通です。
その内に南京で多くの中国人が虐殺されていると言うでっち上げ報告になっていたらしく、これがアメリカ本国での「日本人は酷い」「中国人が可哀想だ」というコンセンサスが形作られるのに大きな影響があったらしいのです。
実際にはアメリカ自身最後の市場である中国から、「日本を何とか追い出したい」という基本姿勢があったから、そう言う報告が増えた面があるでしょう。
我が国でも、比叡山を焼き討ちした信長が、如何に冷酷無比な性格であるのように末永く言い伝えられている(実際にそうとは限らないのですが・・・坊主の言い伝えしか残らないのです)のと同じで、坊主を敵に回すとその悪口は怖いものです。
実際に同じ宣教師から本国の家族への近況報告の手紙等(これは実際を表現しているでしょう・・出世するために虚偽報告の必要がないので)では身近に日本人の悪行・・大虐殺等を見たという衝撃的なことについて触れたものは皆無ということです。
古代から、訳もなく犬一匹殺すのさえためらう日本人が、何の理由もなく大量に虐殺するなど考え難いのですが・・・。
事実を知るために個々人の私信を調査している日本人もいるのです。
幕府によるキリスト教弾圧に関しては、平等を主張するキリスト教が身分差別を前提とする幕藩体制に合わなかったから弾圧を受けたと言う虚偽の主張が私の頃には学校で教えられて来ました・・今でもそうかな?
しかし当時のキリスト教社会自身、日本以上に強固な身分社会でしたから、(織豊から徳川初期には強固な身分階層が決まっていませんでした・・武士と農民は相互乗り入れ可能だったから、刀狩りが行われたのです・・西洋では農民は農奴的身分でしたから、武器さえ持てば騎士の仲間入り出来る社会ではありません、)そんな学校の教えは全く史実にあっていません。

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