政治の担い手・・企業から個人へ1

民主党の実務能力のお粗末さにあきれて自民党政権に戻っても、(民主党よりマシかも知れませんが)自民党政権時代の約3年前に比べて企業の海外構成比率がより上がっているので、以前よりも熱心に政策実現のために応援する必要性を感じていないので、自民党にまともな実務能力が育つ訳ではありません。
自民党は政権を離れたので企業が寄り付かないと焦っているようですが、自民党が仮に政権政党になっても、企業は昔に比べて国内政治重視レベルが下がっているからあまり期待しない方が良いでしょう。
マスコミ中心の時代には左翼の評論家が幅を利かしていましたが、ここ数年ネットの発達で右翼保守系評論家の方がネット上では華々しい感じになっています。
いずれにしても企業をバックにした組織的政策提言・・地味なものがなくなったので、彼ら思いつき的発言・・極端に走りがち・・純粋な理屈だけ述べていれば良いので分り易くて脚光を浴びているに過ぎません。
・・実務能力に裏付けられない単発的評論でいくら有名になっても、誰が現実政治を担えるのかということです。
経済評論家・技術評論家がトヨタや日産の社長や現場の責任者を出来ません。
物事の決断というものは単純ないくつかの論理を突き詰めれば良いのではなく、人智の及ばない無数のファクターを総合直感力で決断して行く作業です。
料理でも健康でも分っている個別栄養素の集合さえすればおいしいものが出来たり、健康維持出来るものではありません。
評論家は政治家や経営者が意識にのぼっているいくつかの要素を取り出してその論理矛盾を論破して喝采を受けているのですが、(悪く言えば揚げ足取りみたいなものです)現実には意識下で判断している要素がその何倍もある事実・・人智ではまだ分らない物事の方が多い事実を無視した議論になりがちであることを自覚・・謙虚にする必要があります。
実務指揮者・・その他指導者には無数にある無意識下の要素を判断出来る能力に優れた人がなっていることが多いので、これを意識にのぼった要素だけで批判・討論しても本来議論がかみ合っていません。
土俵が違うのですから、マスコミ的議論の場では実務家は決断の根拠をうまく説明が出来ず(意識下の深層心理の集合的決断を言語で論理的に表現するのは無理があります)不利に決まっています。
個人企業経営の親子の議論で言えば「お前らには分らん・・」と経験豊富な親父が一喝するしかない場面です。
経営評論家が経営してもうまく行かないことが多いのは、上記理由から出て来ることで、評論家(口舌の徒)は意識に出た言語の要素分析に長けているのに反比例して無意識下の要素判断能力がその分逆に低い人が多いことに由来しています。
民主党政権で軍事評論家が、6月初めころに防衛大臣に任命されて物議をかもしましたが、(この供給源は保守系の牙城でしょうが・・・)民主党に限らず、今や、実務家ではない単発的評論家しか政治に関心を示していないことを象徴しています。
現実政治を堅実に担えるのは、もの言わない・・無意識下の要素吸収能力の高い多数の実務家ですが・・・。
話がそれましたが、企業が政治から離れつつある現象・・政治はどうなるかのテーマに戻します。
企業が以前ほど政治に熱心ではなくなり、・・熱心でなくなっただけではなく、ときに利害対立しかねない存在となって来ました。
これまでは自分の勤務している会社の命運と自分個人の損得はおおむね一致していたので、大方のことは会社の指導者の意見に任せておけば良かったのですが、今や、会社の都合で日本の労働者を見捨てて(リストラしてでも)海外生産増に動くかもしれないのでは、利害対立関係になるので安心して任せておけません。
実際、6月24日の日経新聞第一面では多くの企業が海外生産増=国内生産縮小の方向性を打ち出しています。
企業は海外に軸足を移しつつばかりではなく、昭和年代の従業員中心経営から株主重視へ軸足を移しつつあり・これの原因とも言えますが海外株主獲得へとシフトしています。
2012年6月30日日経朝刊15面「日本の株主」欄によれば、例えばトヨタ・住商などは10年前には、国内金融機関の保有率は5割をこえていたが、今では保有比率が2〜3割に下がっていて減少分の穴埋めに海外株主獲得に力を入れていると書いています。
海外株主が増えれば従業員利益よりは配当期待が高まるのは当然の帰結ですから、企業利益は従業員である自分たちの利益でもあるという蜜月関係は終わりつつある原因と思われます。
国民個々人が直接のステークホルダー・利害関係人になってしまった時代は、国民にとっても国民の福利を実現すべき政治にとっても大変です。
これがここ20年ばかり続いている内需拡大政策に関して、最近では公共工事や企業補助金支出よりは、個々人への直接バラマキ→消費拡大期待噴出の基礎となっているのでしょう。
この期待を受けて民主党は「コンクリート(企業)から人へ」と個々人への直接支出の方向性を打ち出しています。
しかし仕事の場を縮小してその分個人に対しての補助金・・失業給付や育児手当その他個人向け給付を増やす政策では産業は逃げ出すばかりで日本経済は左前になります。

政治と企業の関係3

国民利益100%を目指すべき政治を(外国にも軸足を置く企業が増えて来ると)経済界と政府(官僚)の合作・談合に任せておけなくなるのは当然です。
外国人からの政治献金を多分どこの国でも禁止しているのは、国益を決めるべき政治に外国人が影響を持つのは良くないからです。
日本企業とは言っても海外生産比率・出店比率・海外従業員比率が上がる一方になリ、外国人の株主構成が上がって来ると政治的利害関係では外国企業と区別がつきません。
トヨタの海外生産比率が仮に90%になり従業員比率でも外国人が90%を超えて、株主構成も外国人が9割になった場合でも日本企業というかの問題です。
国内地元政治でも先祖代々住んでいる住民とよそから来たばかり・・しかも転勤族とでは愛郷心に温度差があるのと似ています。
海外に逃げられない国民にとっては多国籍企業に支持される政党などを信用出来ないとなれば、国民にしか軸足のない労働者に基盤をおく従来の本来的野党・・批判勢力に票が集まり易くなります。
実務能力が求められるとすれば、集落の運営や地方政治の経験がありましたので元の地方名望家政治に戻れば良いかとなりますが、旧来型集落運営は空洞化の一途で今やそうした人材が地方に残っていない上に複雑な国際政治に関連した政治能力・経験はありませんから、今更政治の受け皿に復活するのは無理でしょう。
従来の野党には、実務経験がなくて不安だから政権を任せられなくて与党になれなかったのですが、自民党が駄目なったからと言って従来野党の弱点がなくなった訳ではありません。
日本の民主党もその生い立ちは本質的には企業と一線を画した労働者の支持に本籍があってウイングを広げたと言っても市民運動(現状批判勢力)程度で実務経験がない点は同じです。
民主党の本籍は野党・・批判勢力ですので、国民の不満を背景に政権を取れたのですが、批判能力と実務遂行能力は別ですので、素人政治の時代に突入してしまったと言えます。
著名な経営評論家が、小さな企業1つウマく経営出来ないのが普通です。
日本の長期に及ぶ財界寄りの自民党政権から代わった民主党政権の内容を見ると実務的実力者が弁護士の仙石元官房長官であり、枝野氏であるなど弁護士が主流を占めている点が韓国のノムヒョン政権と傾向が似ています。
弁護士は評論的意見は鋭いかも知れませんが、組織的・官僚的建設的・行政実務の経験がありません。
初めて政権を取った民主党こそ最も欠けている実務官僚をウマく使いこなす必要があるのに、自民党批判の余り、官僚を排斥することを主要方針にして政権が始まったのは大間違いでした。
占領軍や中国でもどこでもそうですが、日本の軍部が悪かったのであって国民に責任がないと使い分けて官僚や実務家をそのまま利用して来ました。
中国やアメリカも世界中が国民と軍部を使い分けていたので(June 5, 2012の「同胞意識と格差拡大4」で書きましたが、英米は国民の分断対立を煽るのが得意です)国民の多くは、自分達に責任がないという安易な気持ちがあって、言われるまま「謝っておけば良いのなら・・・」と安易に対応して来た経緯があります。
ドイツの謝罪と違って日本の謝罪は誠意がないとよく言われますが、我が国ではアメリカや中国/韓国の主張は実体がない・・でっち上げだと思いながらも負けた以上は仕方なしに「口先で済むならば・・」とこれまで指導者が謝って来た経緯があります。
最近戦後世代になってしまい、韓国や中国は国民と軍部支配層との使い分けが出来なくなっているのに、まだ従軍慰安婦や歴史問題を出して来るので「本当はどうなんだ」という議論になって来て、日韓・日中の大きなトゲになっていますが・・・。
民主党政権を無能力だと批判する人が大半ですが、民主党の問題というよりは、長年政府を支えて来た企業の組織的政策実現努力・意欲が低下しつつあることがポイントです。
産業界が政治の方はどちらでもいいとなって、(今でも利害がありますがその死活性が低下して)つっかい棒が弱くなった自民党が政権遂行能力が弱まって下野せざるをなくなったのであって、自民党に政権が戻ってもその前から企業が下支えする意欲が弱まっている・・この3年間でもっと意欲喪失が進んでいることに変わりがありません。
例えばTPP参加交渉を一例に挙げれば、その交渉がどうなろうと企業が必死に推進するために政治エネルギーを使う(反対派に憎まれる損があります)よりは、アメリカやメキシコで生産増強した方が簡単・・政治エネルギー効率が良いという姿勢になります。

企業の政治離れ2

官僚出身政治家に頼って来た自民党政権の凋落は、官僚不信とセットでしたので、政権交代では、民主党は官僚排除(官僚答弁禁止など・・)を公約に掲げるほどになっていました。
昨年の原発事故が自民党政権下で発生していたら、これまでの安全だと言い張っていた官僚答弁は何だったのかという批判が噴出していたでしょう。
原発のような大事故が起きる前から、官僚に対する国民の信頼が地に墜ちていてその約1年半以上も前から官僚批判を中心にして政権交代になったのですから、国民の目は確かです。
原発事故当時の菅総理はまさにこうしたときの追及型政治家としてピッタリの資質ですから、彼が事故収束に骨を折リ、長かった自民党政権下で形成された安全基準や危機対応プロセスの整備がお粗末だったことに対して国民に陳謝するのはミスマッチの配役でした。
政権交代が一年半ほど早過ぎたことになるのでしょうか?
平成に入ってから、政治環境変化に対して企業の逃げ足が速くなって来て、個々人あるいは海外に逃げられない労組が国内政治の主要ステークホルダーになった以上は、以後の政治は彼らからの直接的支持なしには存立出来ません。
この受け皿としては、伝統的野党である民主党あるいは公明党や共産党・社民党くらいです。
企業利益目的の公共工事がひいてはその従業員・・個々人に恩恵が及んで行く間接効果を期待する時代から国民個々人への直接的バラマキが横行するようになってしまった原因でしょう。
国民から直接支持を受ける上記各政党は批判・・要求政党としては訓練を積んでいますが、いずれも業務遂行の主役になった・・実務経験のない点が最大の弱点です。
経営・・業務遂行の実務経験のない砂粒のような国民の支持で実務経験のない野党が政権を取ると、政権を鍛える実務家がいないので、政権党になって何をやってもつまずきが多くて危なっかしいのは当然です。
韓国はアジア危機以来海外展開を進め多国籍化を推進して来た結果、(自由貿易協定に世界一熱心です)サムスンなど多国籍化した企業が支配的ですから、日本より一足早く企業支持を受けない野党の弁護士出身のノムヒョン政権が誕生したのは偶然ではありません。
彼が大統領になってみると実務能力がないとの散々の評判でしたが、韓国に限らず多国籍企業の多い国々では、財界が国内政治に対する意欲をなくし勝ち・・ひいては自国民に対する福利・ウエルフェアの意欲が薄まるので、韓国等の個々人は悲惨です。
韓国では大企業が自国民を植民地の現地人扱い・収奪の対象にしているのじゃないか・・国内植民地という視点でJune 3, 2012に書きました。
韓国民の海外脱出熱が世界一高いのはその結果ですし、多国籍企業中心の時代が来れば(海外にも軸足をおく経済界の利害と国民の利害が一致しなくなって来るので)どこの国でも政治に対する不満が強くなります。

企業と政治(官僚政治)

ここで戦後政治の担い手を振り返ってみると、戦後20年くらいまでは地方名望家出身の地方政治家の国政進出(市議→県議→代議士)が多かったのですが、地方名望家の供給源が縮小したばかりではなく、高度成長による経済摩擦が常態化して来て、政治の中心が国際政治・国際経済にどのように対応すべきかというテーマになって来ると地方名望家出身では手に負えなくなったことが明らかです。
高度成長期以降海外貿易に携わる経済界が海外事情に詳しいことから、経済界と官僚機構が二人三脚で国際変動・交渉に立ち向かって来たので、地方名望家出身に代わって経済界から支援を受けた官僚出身者が政治家になる時代が続きました。
日米繊維交渉その他重要交渉が外務省を通じて行うのではなく当時の通産省が中心となって行って来たし、農産物解放交渉は農水省が行って来たことは記憶に新しい所です。
(外交官が外交のプロと言っても経済の実態を知らないと何をどのように交渉して良いか分りませんが、経済界は日頃つながりの深い通産省に・農業界は農水省に情報を上げていたし、戦闘機等の購入交渉は防衛庁へと、交渉実務が通産省や農水省に・防衛省とそれぞれの実務官庁に握られてしまいました)
高度成長期から昭和末まで官僚の能力が高そうに見えたのは、(官僚)政治に対する期待の高かった(悪く転ぶと自社に大きな不利益が及ぶ関係もあって)経済界が必死になって業界の最新情報や智恵を御注進に及んで特定の政治結果を出すことに一緒に協議して智恵を絞っていたことによります。
これに対応して自民党政治家も族議員化・・専門化していました。
我々弁護士や裁判官が多くの事件処理を通じて、各種業界関係者から取引その他の実情を教えてもらうのでその業界の実態を知悉するようになるのも同様です。
私達弁護が事件処理が少なくなってヒマだからと◯◯の処理方法と言う本ばかり読んでいても、実務能力がつく訳ではありません。
プラザ合意に始まるグローバル化以降、経済界が外国に拠点を設けるようになり、これに比例して政治への関心が自社の拠点のある国々へと分散されて行くと、その分国内への関心が低くなり、ひいては官僚へのお願いの頻度・情報注入量が減少して行くのは必然です。
海外拠点が増えるとこれに比例して国内政治の結果に死活的利害がなくなって来る・あるいは利害関係が希薄化するので特定政治勢力に対する必死の支え・・情報提供が少なくなり官僚と官僚出身政治家の情報源が枯渇して行きます。
海外展開が進めば進むほど、企業の関心が国内から海外に向きがちなので(仮に海外生産比率・従業員8〜9割に達した場合、経営者の関心比率もこれにほぼ比例するでしょう)官僚の政策立案能力が低下する一方なので、官僚が全盛期に握っていた権限が能力以上に大き過ぎることに対して国民の批判を受けるようになって行きます。
ここ20年ばかり官僚不信が極まっているのは(この頂点になったのが大蔵省解体に至る結末でしょう)この辺に原因がありそうです。
経済界が政治から距離を置くようになると、官僚への栄養補給が細って来たことによって、官僚の政策立案・遂行能力低下になったと思われます。

企業の政治離れ1

企業が海外に簡単に逃げられない時代には企業体が政治に対して必死(文字どおり存続・浮沈にかかわりますので)に注文を付け、政治もこれに呼応して政策立案能力が磨かれて行きました。
グローバル化が進み企業体としては海外展開の余力・・おまけとして政治に注文を付けるだけで足りる時代が来れば、苦労して政治に訴え理解のない官僚を教育し・鍛えて実現する必要性が弱くなります。
また、特定政策推進に肩入れし過ぎると、反対派から不買運動を起こされるリスクの方が大きくなりかねません。
原発再稼働であれ風力発電・太陽光発電であれ何であれ、中立で見守っていて結果が不都合ならば、そこから逃げ出して都合の良い政策採用している国・・例えば太陽光発電業者は太陽光発電に対する補助金の多い国で増産すれば足ります。
FTAであれTPPであれ業界は日本政府の尻を叩かなくとも、(日本国内の生産を縮小し)アメリカやメキシコで生産増して韓国中南米等へ輸出すれば良いのですから、必死になって推進する(農家の機嫌を損ねる)必要がありません。
法人税が高いと思えば、税の安い国で投資拡大すれば良いので政治活動までして(政治には反対派の存在がつきものです)嫌われる必要がありません。
実際には投資済みの生産能力削減は大きな損失を伴うので容易ではないのですが、国内でしか生きる場のない時代に比べて死活的重要性が減少していることを書いています。
また殆どの企業は現状維持ではなく、いつも増産するチャンスあるいはスクラップ&ビルド(大手コンビニその他で言えば新規出店と不採算店の閉鎖の繰り返しと同様に世界企業もいつも最適生産・出店を検討しています)をしているので、不都合な国での増産や更新投資を見合わせて都合の良い国で増産をする・・こうした繰り返しの結果国別の投資比率が徐々に変わって行くのが現状です。
このように政治から距離をおく企業が増えて来る・・海外比率が高まる一方になると企業・官僚の二人三脚による政策すりあわせが減り、官僚の政策立案能力が低下して行きます。
これが官僚に頼って来た自民党の政策遂行能力を徐々に弱体化させて、ついには下野する所まで追いつめられた基礎的構造変化だったと思われます。
それまで国民の大方は企業に属していることもあって、職場の代表である企業にお任せしておけば、国際問題も海外事情に詳しい企業と政府(官僚)が協議して何かとしてくれる・・間接的な立場でした。
(若手→中堅→古参と順次昇進して行く企業では企業首脳部や先輩の判断に委ねておけば自分が考えるよりいい結果になるだろうという信頼感が基礎にあります)
日本を取り巻く環境変化に対する切実感の最大利害関係者・・ステークホルダ−だった企業が今では国内政治の脇役になってしまった以上は、簡単に逃げられない国民個々人が直接政治を担うしかない時代が来ています。
個々人が国際政治の利害結果を直接受けるようになって懸案を自分で(どこか中間団体に任せておけず)解決するしかない・・その集合体である政治に直接訴えて解決して行くしかなくなったのが、グローバル化進行以降の政治状況です。
実務能力のない個々人の訴えによって政権が成立する時代が来ると、その政権(民主党など)には実務的すりあわせする相手がいないのですから足腰が鍛えられない・・能力不足になるのは仕方がない所です。
政策立案遂行能力は、政権支持者によって磨かれるからです。

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