生産性向上と雇用減

生産性向上による雇用縮小分と増えて行く一方の労働人口の受け皿として、輸出増に活路を求める生産拡大=貿易黒字の拡大政策に対して、昭和末頃から失業の輸出として日本叩きが激しくなって来たので、海外工場立地しかなくなり、日本の一人勝ち・・これ以上の国内生産拡大が国際政治的に許容されなくなりました。
そこで韓国・台湾更には東南アジアあるいは中国等への順次の進出で日本製部品を使った組み立てによって、迂回輸出で稼ぐ構図にして行ったのが、その後の展開です。
いまさら製造業等の分野で国内雇用が減ったと騒いでも、上記経過によれば国際・国内・政治上の公約とも言うべきですから、何の解決にもなりません。
(後に紹介しますが、今でも膨大な国際収支黒字が続いていますが、中国躍進の陰に隠れて文句言われていないだけです)
ところでバブル崩壊後の雇用減は、従来のように生産性向上分を絶えざる国内生産拡大で解決しないで生産増分を海外立地に移しただけで、国内生産縮小による部分はそれほど多くはありません。
たとえば、代表的な産業である製鉄であれ車であれ、現状維持どころかじりじりと生産を増加しているので、国内雇用減少の原因は技術革新による分が多いでしょう。
www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5500.html – キャッシュによると以下のとおりです。
2008〜9年だけは減少していますが、これは日本だけではなくリーマンショックによる例外です。

他方車の方は、opyright (C)2009 株式会社 自動車情報センター All Rights Reservedによると、過去10年分だけですが、

1998年~2008年
国内乗用車生産台数推移 1998年~2008年

国内乗用車の生産台数は1998年の 805万台から
2008年の 992万台へと増加した。

車種別に見ると 普通乗用車は2001年に小型乗用車を抜き2005年以降は大きく伸張する。

これは国内需要の増加もあるが それ以上に
海外需要の拡大が大きく影響している。

国内乗用車の生産金額は1999年の 11兆 5992億円から
2008年の 17兆5069億円へと増加した。

特に普通乗用車の伸びは急速で
1999年の 6兆円から2008年の 13兆円弱へと増加している。

と記載されています。

上記の通り、バブル崩壊後も日本は製鉄・自動車等の基幹産業では、海外進出しながらも国内生産を減らしていなかった(ジリジリと増やしていた)ことが分ります。
それでも「労働需要減少と就労者増」Posted on January 12, 2011で紹介したように製造業で大幅な労働者減になったのは、ひとえに生産性の上昇・・合理化によるものでしょう。
事務系労働者縮小も、ファックス・パソコン・携帯の普及に代表される事務系技術進歩によるものです。
バブル直前までは合理化によって労働者が余ると、その分生産拡大・輸出増・・規模拡大(事務間接部門も増えます)によって吸収していたのですが、これが許されなくなったので若者の就職が難しくなったことが上記統計で分ります。
1月4日の例・・飲食店で言えば、来店客数と滞在時間増加にテーブルの追加(厨房能力拡大)・生産設備の拡張(輸出)でごまかせなくなったので、あまったエネルギー(資金)を土地等の非生産的資産に向けて平成のバブルになってしまったのです。

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