ヘイトスピーチ9(米国憲法論の推移1)

日本の学会では、個々人(法人を含む)の人格批判ではなく「日本民族全体の品格を貶める運動は名誉毀損にならない」としていたので、結果的に、「日本批判し放題」法理論を提供してきました。
ただし法理論がどうであれ、「相手民族を事あるごとにこき下ろしていて」民族間感情ががうまくいくかは別問題です。
これに対する反発が在特会批判として勢いを増したのです。
このあとで市川教授の論文を紹介しますが、憲法上規制が可能かどうかと、規制強化が民族和解に有益かどうかは別問題という意見の通りでしょう。
以下米国憲法判例を紹介するように「集団に対する名誉毀損を問題にしない」判例法理の確立は、公民権運動等のためには集団誹謗を不問にする方が運動に有利とする基礎的考えがあったようです。

以下紹介論文一部の先行引用です。

「同様の状況に置かれていたユダヤ系アメリカ人についても、とくにその知識人層において、集団に対する名誉毀損の規制は利益よりも危険のほうが大きい、という認識が主流になっていた。」

人権とか憲法学といっても党派的利益の都合に合わせて議論してきたことがわかります。
憲法学をこき下ろす立場から言えば、憲法学なんて政治的イデオロギーを学問らしく装っている政治論争に過ぎないと、20年あまり前に事務所にいた修習生が自信を持って話していました。
今更「朝鮮民族批判だけ許されない」とは言いたいがあからさまに言いにくい状態・・どのように修正すべきか百家争鳴状態・憲法学会でもまだ定説のない状態と言えるでしょうか。
そこで日本民族に対する誹謗中傷が良くて「在日批判だけ許さない」論理として「少数民族批判を許さない」・ヘイトとしたようですが、そうであればちょっと論理が粗雑かもしれませんが、国際世界で日本民族は多数派ではない→「国連での日本批判はヘイトにならないか」の疑問が起きます。
極論すれば、いわゆる被害者ビジネス・・・ヘイトになるか否かの基準は、「被害を訴える方は何を言っても良い」というものではないでしょうが、・・天皇の拡大顔写真に竹槍を突き刺すようなデモ行進をするなど・・・いくら激しくてもこれらに対するヘイト・憎悪表現批判が聞こえてきません。
今後ヘイト論議が深まると「少数派は何をしても良いか?」の議論も俎上に登るべきでしょう。
素人の私が「ああだこうだと考える」よりも、この辺でヘイト規制に関するプロ・憲法論の状況を知っておく必要がありそうです。
まず言論の自由の本家、アメリカではどうなっているでしょうか?
日本の憲法学界論文はアメリカ判例を下敷きにした議論が多かったので、理解の前提としてアメリカの連邦最高裁判例の変遷〜現状を以下の論文引用により紹介しておきます。
結果的にヘイト規制を認めないというのがアメリカ憲法判例の現状ですが、テーマ自体に歴史的文脈」とあるようにこアメリカの結論は公民権運動保護の特殊性による・・(「日本では公民権運動などの保護すべき対象がないので認めるべき?」といいたいけど今は言わない?)と言うのが筆者の意見のようです。
論文は長文のため以下は、要約整理やつまみ食い的引用ですから、気になる方は以下引用先に入って直接お読みください。
https://www.keiho-u.ac.jp/research/asia-pacific/pdf/review_2014-03.pdf

アメリカにおけるヘイトスピーチ規制論の歴史的文脈
──90年代の規制論争における公民権運動の「継承」
キ ー ワ ード :
ヘイトスピーチ、公民権運動、表現の自由、リベラル、批判的人種理論
明戸隆浩 大阪経済法科大学 アジア太平洋研究センター
内容は膨大ですので、項目的に列挙し要約的な引用をしています。
1. 問題と背景
2.アメリカにおけるヘイトスピーチ規制論の歴史的文脈
2-1 先行研究の検討
2-2 ヘイトスピーチ規制に関する連邦最高裁の判例の変遷
① 1942年のチャプリンスキー判決→喧嘩言葉に表現の自由を認めない判例
② 1952年のボハネ判決→「集団に対する名誉毀損(group libel)」の論理
に依拠してヘイトスピーチ規制を根拠づける・・「集団にも適用可能だとした」リー ディング・ケース
③ 1969年のブランデンバーグ判決は クー・クラックス・クラン(KKK)が集会で十字架を燃やし(23)、扇動的発言を行ったことが、州法に基づいて違法とされたことの合憲性である。
連邦最高裁の判断は、州法を修正第1条に照らして違憲とし、KKKの指導者の有罪判決を破棄するというものだった。KKKという典型的な差別主義者の差別扇動さえ修正第1条の保護を受けるという、現在につながる流れが成立した瞬間である。
そしてこうした判断は1977年のスコーキー事件をめぐる判決でも基本的に踏襲されることになる。そこではホロコースト生存者が多く居住するスコーキー村周辺でのネオナチのデモが条例違反とされたことの合憲性が争われたが、連邦最高裁の判断は、やはり条例を違憲とし、ネオナチのデモの権利を支持するものだった(24)。
その後もこうした傾向は変わることがなく、むしろそれは
④ 1992年のRAV判決によってさらに強化されることになる。
このケースは、ミネソタ州セントポール市の白人家庭が大多数を占める住宅地で、白人少年RAV等が、黒人家庭の住居敷地に侵入し十字架を燃やしたことに対するものである(25)。セントポール市の「偏見を動機とした犯罪に関する条例」にはこうした十字架を燃やす行為を規制する条項が含まれており、RAV等の行為に対してもこの条項が適用されたが、RAV等はこの条例が表現の自由を定めた憲法に違反すると主張して争った。
これに対して州最高裁はこの条例を合憲としたが、連邦最高裁は州最高裁の判断を覆し、同条例が喧嘩言葉一般ではなく一部の喧嘩言葉のみを対象としている点で表現の内容に踏み込んでおり、修正第一条に反するとした。
この判決はヘイトスピーチに対する規制を限りなく狭める方向に働き、以後アメリカではヘイトスピーチは事実上規制できないという状況が成立することになる
2-3 転換点としての公民権運動
・・・・・1960年代以降にアメリカで「表現の自由」の原則が厳格に適用されるようになったのは、公民権運動の過程において「表現の自由」が運動を後押しする重要な理念となっていたことが大きい(26)。
ブライシュによれば、当時のアフリカ系アメリカ人や公民権運動の活動家にとって、名誉毀損に対する規制はむしろ障害となると認識されていたという。実際60年代には、公民権運動の運動家の発言がとくに南部の諸州においてたびたび名誉毀損で有罪とされ、その度に連邦最高裁が「表現の自由」の原則に基づいてそれを覆す、ということが生じていた。また、同様の状況に置かれていたユダヤ系アメリカ人についても、とくにその知識人層において、集団に対する名誉毀損の規制は利益よりも危険のほうが大きい、という認識が主流になっていた。
「表現の自由」の原則はマイノリティの利益を守るためにこそ必要だという考え方が、アメリカ社会において次第に普及していったのである(27)

米国の戦争犯罪と神道敵視政策8

日本では戦後韓国や中国による無茶な悪宣伝に対して、何一つマトモに反論すら許されないで、約70年もやられて来た反日宣伝に対する不満の蓄積が半端ではありません。
裏で中国が資金を出して韓国系に日本批判をやらせているというまことしやかな宣伝が最近広がっていますが、これは日本の怒り・批判の矛先がアメリカに及び始めたので、これをかわすためにアメリカが仕組んだ謀略っぽい感じです。
仮に真実中国の資金であったとしても、これをよくやったと受入れる・・結果的に奨励しているアメリカの存在があってこそ成り立つ悪宣伝です。
アメリカが喜ばなければ、韓国も中国もアメリカで宣伝するのは無駄になるので、その内やめるでしょう。
中韓がこれをやめない限り裏でアメリカが喜んでいると推測されます。
寝た子を起こすような韓国や中国の大騒ぎによって、却って約70年前の極悪非道な米軍やソ連軍の行為が明るみに出始めました。
この騒動を起こした元凶・・アメリカの圧力で(慰安婦はでっち上げで南京虐殺もなかった)政府が正面から反論出来なくなっていることに対する不満を持つネット報道の発達で、アメリカの欺瞞性があぶり出され始めました。
そもそもアメリカの信奉する言論の自由は、相手の反論を許すべきものですが、これを許さない占領政治をして来たこと自体異常です。
開戦前の交渉過程を示す文書・・米軍支配に都合の悪い文書・書籍はまさに焚書・・廃棄処分の目にあって思想統一が図られていたことも最近ドンドン出て来始めました。
日本の民主化のためと言いながら、戦前よりも非民主的政治をしいていたのが占領軍でした。
アメリカ政府は朝鮮人が日本政府の奴隷下にあったから日本敗戦後はその仕返しに何をしても良いというお墨付きを与え、如何に日本の統治が酷かったかを強調していました。
そもそも占領初期には、連合国人と朝鮮人に対する日本の警察権を取り上げる暴挙をしています。
この特権の結果、図に乗った朝鮮人は暴虐の限りをつくし・各種違法行為の限りを尽くしたばかりか、例えば警察官を袋だたきするなど何でもしていました。
不逮捕特権を彼らに与えたからです。
戦後混乱期にただでさえ違法行為がおき易いことから、治安対策を口実に軍政施行を容易していたアメリカ軍が、その真逆になる不逮捕特権・・即ちどんな違法行為をしても良いというお墨付きを敢えて朝鮮人に与えたのかが問題です。
邪推すればすればの話ですが、日本人はどんなに困っても略奪等の違法行為に走らない民族ですから、占領軍は治安対策を口実にする軍政施行の口実を失ったことから、朝鮮人を唆して彼らの行なう暴虐行為を取り締まらずに放置して違法行為拡大を期待して行けば、これに耐えきれなくなった日本人の反抗を惹起させて、軍が介入し、軍政施行の口実・チャンスを求めていたとしか考え難い政策でした。
マッカーサーは図書館等公的機関を対象に米軍に都合の悪いことを書いている書籍廃棄処分を命じたのですが、日本の場合、古代から識字率が高いので個々人の蔵書や日記等の資料価値が高い(・・路傍の乞食まで新聞を読んでいると戦前きた欧米人が驚くような国です)のが周知のとおりですが、GHQはアメリカの国民レベルを基準に考えていたので、そこまでは気がつかなかったようです。
御陰で民間に書籍が沢山残り、今になるとアメリカによる思想弾圧等の暴政が明らかになりつつあります。
米国は、占領後神道を目の敵にしてぶっつぶし、これに戦争責任を押し付ければ、日本の善良な生活規範を中国やアメリカ並みの酷いもの(金亡者?)に変えられると単純理解していたように見えます。
先に教義があって、これを上から強制するキリスト教やイスラム教のような上から指導し、強制する(違反には規律違反・異端審問の追及が用意されています)宗教ではなく、神道は万年単位の生活の知恵が凝縮されて生活の抽象的価値規範となっているものですから、親玉やトップを潰せば良いという単純なものではありません。
日本にはリーダーがいなくて、上に立つ人はみんなの意見を汲み取って号令するのですが、どちらかと言えば責任だけとる損な役割が期待されている社会です。
日本では支配者というよりも、◯◯の責任者という呼称が普通です。
戦国時代には、城明け渡しに際して責任を取って腹を切る役割、江戸時代の一揆ではトップに祭り上げられると一揆の責任を取って殺される代わり,農民側の要求が受入れてもらえる人身御供の役割です。
一揆で言えば佐倉宗吾朗が有名ですが、自然発生的に談合が進み、一番血気盛んな煽動役が実は人望がないことが多いので、最後に人望のある人が責任者になる段取りですから、まさに責任者が犠牲を引き受けるようになっています。
天草四郎も似たような役割でした。
我々弁護士の世界でも弁護団を組むときや◯◯大会を開催するときに団長に祭り上げられるのは、中心になって企画準備していた人ではありません。
ある程度企画が進んでいよいよ開始という段階になると、企画していた者達が背後に退いて一定年齢になった人望のある人にお願いして弁護団長になって戴くのが普通です。
我が国・・日本列島では、古来から指導者が下知して始まるのではなく、衆議で動く社会ですからこう言う順序になるのです。
組織の長に祭り上げられた以上は、何かあれば潔く責任を取るのが習わしです。

米国基地2と日本支配の継続2

アメリカは戦中戦後現在に至るまで、本音では(国土が巨大・人口が巨大でも文化水準が低いので)中国・ソ連は大して脅威に感じていない・日本とドイツさえ管理しておけばパックスアメリカーナを維持出来ると考えてずっとやって来たと思われます。
もしも、アメリカが尖閣諸島問題で明白に日本を支持するようになるときには、アメリカにとって日本よりも中国の方を脅威と考えるようになったとき・・韓国大統領の言うように日本は今後大した力を持てないと考えるようになったときでしょう。
日本は別にアメリカを脅かす勢力になる必要がないのですから、アメリカの言うとおり・・アメリカの腰巾着でも良いのですが、いずれにせよ正義が通用する世の中になってほしいものです。
戦後円価値が上昇する一方・・貨幣価値の上下は国力上下を表す客観指標であることは経済学的に明白ですが、この客観指標を無視してことあるごとに欧米の牛耳るマスコミ・経済学者では「日本はもう駄目だ駄目だ」という宣伝を約30年間以上も続けています。
(GHQの思想統制以来の習慣によって日本のマスコミや学者もこれに迎合して、いつも日本駄目論・・同じことを報道し続けています・・私はこれに対してバブル崩壊後の日本の実生活水準は円高に対応して着実に上昇して来たことを繰り返し書いてきました・・。)
丸の内ビル街の一新や最近完成した東京駅駅舎の再生等を見れば分るように、日本はこの2〜30年間着実に市街地その他インフラを綺麗にしています。
欧米メデイアの対日経済報道の仕方は、客観的事実を無視して歴史ねつ造をしてでも、世界中で「嘘でも何でも宣伝さえすれば勝ち」だという中国や韓国の歴史教育と同じ手法です。
こうした報道が未だに欧米メデイア中心(この受け売りに終始している日本マスコミも同じです)に続いていることを見ると、日本が欧米諸国から戦前戦後を通じて今だに警戒対象にされている・・日本脅威論が前提になってるのでしょう。
日本の実力が下がって円がジリジリと長期低落傾向になったら、本当に警戒されなくなり、日本に対する根拠のない誹謗がなくなるのでしょうか?
そのときは本当に日本の国力が低下し始めるときですから、そのときにアメリカが背後で中韓をけしかけなくなっていても、日本自身が自力で押し返す力がなくなっていると中韓から好きなように脅迫されてしまう点は変わりません。
このように考えるといつも日本は困った立場にあることは変わりがないようですから、個々人が正しいことをして世界中で信頼を得るように頑張るしかないでしょう。
米軍基地の存続問題は、アメリカは日本を守るためではなく日本に武力を持たせない・半永久的支配しておくための軍事支配拠点として基地を残しているとみるべきですが、冷戦時代初期にはアメリカの本音がどうであれ、外見上矛盾していませんでした。
しかし、中ソ両国が大陸間弾道弾を保有し原水爆を大量保有するようになると、日本だけに対する攻撃があった場合、「アメリカに攻撃が向けられていないのに敢えて参戦してくれるか」となると「先ずそれはないだろう」と見るのが子供でも分る論理です。
「イザとなればアメリカが守ってくれる」と信じろというのは、裸の王様の寓話そのものです。
意味のない同盟国・・軍事的な意味がなくても仲良しとなっていれば、何かと厚遇してくれるので意味があることはありますが、陰で足を引っ張るために努力している国とすれば、何のための仲良しクラブかも分らなくなります。
こう言う状態で毎年巨額の費用負担させられているのではまるで詐欺にあっているか、怖くて断れないとすれば恐喝されている・占領政治が体よく続いていることになります。
(被支配者である日本に費用負担までさせているのは、苛めるための道具を苛められっ子に「お前の金で買ってこい」と言っているようなものですから、まさに奴隷支配の象徴です・・)
とは言え、いじめられっ子は断ることも出来ないほど怖いから苛められているのですから、断る訳にも行かず、占領状態がこのまま続くしかないのでしょう。

米軍基地1

ポツダム宣言によると戦後の日本は、軍備ゼロ・警察力もゼロが要求されていました。
・・・軍備ゼロということは主権国として永久に独立を認めない・・領土を守ることをさせない・・その代わりアメリカが領土を守ってくれるのかと言うとそれはしない・・アメリカの軍事支配に必要な範囲で自己の利益のために守るだけでそれ以外の領土紛争にはタッチしないのですから、アメリカの覇権を脅かさない限り近隣国が好きなように占領しても良いという意思表示でした。
単的に言えばアメリカ軍基地への侵入は断固阻止するが、基地の安全と関係ない場所はどうぞお好きにと言うスタンスです。
・・基地の安全を脅かすその周辺・・半径何kmまでかはアメリカが判断することで、日本がとやかく言う権利がない・・と言う勝手なスタンスです。
今のところ中国が沖縄まで寄越せと言えないのは、アメリカ軍基地があるからでしょう。
これの実践をしたのが、李承晩による竹島不法占拠だったことになります。
これに対する日本からの抗議に対して、アメリカ軍は韓国に対して何も(追い払って)してくれませんでした。
これが現在の紛争の元凶になっているのですが、韓国もアメリカ軍の事実上の支配下にある国ですので、アメリカの安全保障にとってはどちらが支配しても意味がないのでアメリカには利害がなかったことが第一です。
まして将来日本が国力を持った場合アメリカに対抗することを恐れていたことから、これを種にいつも両国がいがみ合っている方がアメリカに利益だったこともあります。
アメリカ支配下の李承晩政権がこんなことを出来たのには、内々アメリカの了解を得てやったことは想像に難くありません。
同盟国同士で戦争にまで発展するのは困りますが、不満が燻っている関係である方が支配者にとっては都合がいいものです。
タマタマ朝鮮戦争が勃発したので、アメリカは已むなく日本に警察予備隊を持たせることになり、相応の経済復興を認めざるを得なくなりましたが、それでも韓国が竹島を武力占領しそれまで漁業していた地元の多数漁民が拿捕されても、日本は何も出来ない・・・この厳然たる事実を日本国民に見せしめ的に明示し・日本の無力さを見せつけた一コマだったことになります。
国内では戦後直後朝鮮人によって各地で不法占拠・不法行為が相次いだことは誰でも経験して知っているとおりですが、(ピストルさえ所持出来なかった)丸腰の警察が朝鮮人の不法襲撃に逃げ回るしかなかった、今考えると想像を絶する悲惨な時代があったことが想起されるべきです。
これも英米流離間の策に(インド支配もこの成功によるものだったことを大分前に書いたことがあります東南アジアでではビルマやインドシナ半島に中国人を送り込んで二重支配し、アフリカにはインド人を送り込むなど、すべてこのやり方です)朝鮮人が浅はかにもこれに乗ってしまったことによるでしょう。
弱ったときに助け合う道徳のある日本(東北大震災でも同胞意識がハッキされましたが、これが日本社会では何千年も続く道徳です・・)・・裏返せば、弱った隙をつく生き方は最低の人間として子々孫々に語り継ぐべき恨みになりますので、最大のタブーになる社会です。
韓国では今でも「大震災で弱った日本をやっつけるのは今だ」と喜びに湧いていたことはネット報道等で周知のとおりですし、この時点で竹島をクローズアップした意味を問われた李明博大統領自身が「今、日本は弱ってるから・・」と言い訳していました・・これが韓国では正当性の根拠になる国民性ですから、日本の価値観からすれば驚きですし、余計怒りを買ったことになります。

米国の残虐行為と歴史ねつ造1

ところで10月21日にマッカーサーの対日焚書政策の失敗を紹介しましたが、アメリカは何のためにこんな非文明的なことを計画したのでしょうか?
戦後処理方針として日本が2度と強国として再興出来ないようにすること・その裏付けとして、日本を道徳的に絶対立ち上がれないようにナチスの暴虐行為同様の非難をする目的があったからではないでしょうか?
アメリカにとっては自分自身が無差別殺戮を繰り広げた負い目を挽回する必要もあったからでしょう。
繰り返し書いていますが、病院船や民間船を無差別撃沈していたことや、アメリカ軍による都市に対する焼夷弾攻撃は直接老若男女乳幼児に至るまで焼き殺し尽くす目的の爆撃でした。
焼夷弾の投下方法が一方〜3方から投下して逃げ道を作るのではなく、円形または方形に周囲を順に爆撃して周辺から火の海にして、人間を中心部に追いつめて行き、順次中心部へ爆撃をして行くやり方ですから、ほぼ住民全員を焼死〜爆死させる目的であったことが明らかです。
漸く火の手と火の手の合間を逃げ回る住民に対しては、機銃掃射による殺戮が待っていました。
まさに米軍は人間殺戮をゲームのように楽しんでいたのです。
アメリカがこの恐るべき事実を歴史から抹殺しようとしても、現実にこの地獄を経験した日本人全部を皆殺しには出来ません。
私の場合、兄や姉が一定の歳になっていたので幼い私を抱えた母とともに炎の中を焼けただれた死体を踏み越えて逃げ回ったときの地獄絵図を克明に覚えていて折に触れて聞かされます。
多分、多くの家庭で繰り返し語り継がれて行くことでしょう。
これが東京だけではなく、千葉その他殆どの地方都市で繰り広げられていたのですから米軍の非人道的行為の激しさは驚き以外の何ものでもありません。
ナチスドイツ顔負けのこうした残虐な異民族殲滅作戦の延長線上に原爆投下行為があるのですから、戦争を早く終わらせるためにと言う言い訳は日本人には通用しません。
こんな残虐な一般人大量殺戮目的の攻撃が歴史上あったでしょうか?
日本を道義的に非難するために南京虐殺や慰安婦問題がアメリカの背後支援で構想されて来ました。
南京事件はあったとしても、ゲリラと区別のつかないことによる事件(・・しかも実数は少数です)ですが、アメリカの場合、一般市民虐殺目的を明確に持った上で、何十万人単位で日本中で焼き殺して来たのです。
ポツダム宣言前後に行われた米英中ソによる戦後処理方針で、米国と中国間の『絶対に日本を独立国として復活させない密約」「ことあるごとに日本の道義批判(ドイツに対するナチス批判同様)をして行く基本的確認の密約」の存在がささやかれています。
(多分この部分は公文書公開の除外事項になっているので、500年単位経過しないと出て来ないでしょう)
ただ、ポツダム宣言は公式文書ですが、そこに日本を「奴隷化」するものではないという文言がわざわざ書いてあるのが(・・そう言うやり取りが明文化される裏にあったことが推測されるからです)大分前から私は引っかかっていました。
ポツダム宣言の条文やカイロ宣言を11/30/06「ポツダム宣言」前後で連載したことがありますが、ここでもう一度ポツダム宣言の一部だけ再紹介しておきましょう。
「文書名] ポツダム宣言(米、英、華三国宣言)

[場所] 
[年月日] 1945年7月26日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),73‐75頁.条約集第26集第1巻,5‐7頁.
1〜8省略
九 日本国軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復帰シ平和的且生産的ノ生活ヲ営ムノ機会ヲ得シメラルベシ

十 吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非ザルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルベシ日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ言論、宗教及思想ノ自由竝ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルベシ

十一 日本国ハ其ノ経済ヲ支持シ且公正ナル実物賠償ノ取立ヲ可能ナラシムルガ如キ産業ヲ維持スルコトヲ許サルベシ但シ日本国ヲシテ戦争ノ為再軍備ヲ為スコトヲ得シムルガ如キ産業ハ此ノ限ニ在ラズ右目的ノ為原料ノ入手(其ノ支配トハ之ヲ区別ス)ヲ許サルベシ日本国ハ将来世界貿易関係ヘノ参加ヲ許サルベシ

「奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非ザルモ・・」と表向き言うものの、そもそもそんなことを断る必要性・・今までの西洋諸国間の戦争で奴隷化せんとするような議論や事例があったでしょうか?
異民族である日本人を大方殺し尽くして上で、生き残った日本人個々人を奴隷化するかどうかの議論がテーマになっていたことは想像に難くありません。
個々人を黒人奴隷のように商品化しないけれども、国として残してやる代わりにまとめて奴隷状態に置くと言う裏合意と言うか「ほぼ奴隷に近い支配をする密約」だった疑いが濃厚です。
・・永久に独立国とさせない・軍事力を絶対持たせないということはどんな理不尽なことでも言うことを聞かせる・・団体としての国に、奴隷的絶対服従を強いることではないでしょうか・・。
この趣旨に乗って、中韓は日本に対してだけは今でも「何を主張してもやっても良い筈」という行動に出ているのではないでしょうか?
中韓が歴史ねつ造を繰り返す基本・・根源はこの密約にある・・背後でのアメリカや西洋諸国の応援があるのではないかと私は疑っています。
江沢民がアメリカ初訪問のときに約50年以上も前の世界大戦でともに戦ったと演説したのは、この密約を守って欲しいという意味だった可能性があります。
以降、彼はそれまでの日中蜜月をかなぐり捨てて、あちこちに反日のシンボルを建てて遠足見学の対象にしたり反日教育に精出し始めたのです。

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