地方自治と国家利益(民族一体性)3

昨日紹介した16年の記事を見ると、地元住民と関係のない活動家が入り込んでいること・地元住民と関係のない全学連が住み着いていた成田空港反対運動が再来したような印象です。
マスコミ・文化人は何かと言うと自己意見の正統性を立証するためにか?「諸外国では・・」と言う紹介が普通です。
ロシアやアメリカで軍事基地の設置やオスプレイなど兵器の配備に付いて、地元の町や市の同意を要する仕組みになっているでしょうか?
新兵器開発の都度地元自治体の同意がないと新規配備ができないのでは、軍の機能が維持できません。
韓国新大統領就任後文在寅大統領は公約である?サード配備を遅らせるために環境影響評価をするという決定をしたことに関して、元々軍事施設の場合には、例外規定になっているという記事が出ていました。
https://ameblo.jp/katsumatahisayoshi/entry-12282160970.htmlによれば以下の通りです。
「(3)「つい先日まで国防部は、『環境影響評価は必要ない』との立場を明確にしていた。環境影響評価法には、『軍事上の高度な機密保護が必要であるか、あるいは軍事作戦を緊急に遂行すべき時と国防部長官が認め、環境部長官と協議した事項』については『環境影響評価を実施しないことも認める』と定めてある。要するに、最終的には政府と大統領が決められることになっているのだ。」
私には外国の条文自体に当たる能力がありませんが、常識的に見てこういう条文があるのが普通でしょう。
こうした世界標準・・実情を丁寧に紹介してこそ、国民間でマトモな議論になるのですからこれこそがメデイアの職責であり、合理的議論と言えるでしょう。
秘密保護法や共謀罪法案でも集団自衛権でも単に憲法違反とか言う憲法学者や日弁連の反対声明ばかり紹介するのではなく、法案の必要性の有無と国際社会実態や世界の法制を比較紹介して一般国民の議論を深める努力をしてこそ、メデイアです。
朝鮮情勢緊迫後の文大統領が配備決定したと思うとあっというまに配備完了している様子が9月7〜8日頃の日経新聞で報道されています。
以下MSNの毎日新聞ニュースからです。

【ソウル大貫智子】韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は8日、米軍の最新鋭迎撃システム「終末高高度防衛(THAAD)ミサイル」の配備について国民向けメッセージを発表。北朝鮮の相次ぐ核・ミサイル発射実験により「かつてない厳しい状況の中で、朝鮮半島での戦争を防ぎ、国民の生命と安全を守るためだ」と説明し、「現状で最善の措置」と理解を求めた。
文氏は5月の大統領選で配備に慎重姿勢を示していたため、支持層から「公約違反」との批判が高まっており、早期の対応が必要と判断したとみられる。
一方、7日に発射台4基を韓国南部・星州(ソンジュ)に追加搬入した際、反発する一部住民と警官がもみあいとなったことについては「大変残念」と遺憾の意を表明した。
韓国ギャラップ社の8日発表の世論調査によると、文氏の支持率は前週比4ポイント減の72%。不支持の理由は、THAAD問題を含む安全保障問題への対応を挙げた人が多かった。」

結果的に軍事施設については特例があったからできたのでしょう。
パク大統領追及時には関連手続きをしなかったのは違法ではなく、政治決断の問題だという公平な報道が出ないのが不思議です。
上記は韓国政治ですが、国内でもこのように客観事実を伏せたまま一方的報道をしょっちゅうしていることが多いのが問題です。
メデイアは周辺必要情報開示を故意に怠って自社思想に都合の良い方へ情報操作しているように思われます。
地方自治といっては、際限のない地域エゴの積み重ねを許してきたのが戦後政治でした。
占領軍にとって最大関心事は日本人の一体感破壊でしたので、精神の岩盤である神社信仰破壊が第一で、政治制度としては自治や地域エゴの奨励が必須だったのでしょう。
アメリカの占領施策の方向が変わって日本の協力が必要になるとアメリカの育てた不合理な自治制度がアメリカにとって邪魔になり中ソにとっては、これをけしかけるのが有効な妨害手段になりました。
占領支配下で左翼思想優遇の結果勢力を持ってしまった左翼系メデイアや文化人が、日本侵略を目指すソ連や中共政権の意を受けて米軍基地妨害目的でより一層自治の要求が強く出してくるようになりました。
昨年10月10日公示予定の総選挙でも、左翼系政党及び希望の党は地方自治権拡大の憲法改正を公約しています。
一方で希望の党は当初「外国人参政権を付与しない」という方針を表明していましたが、第一次公認発表で民進党系公認が6割も占めるようになるとその意見を無視できなくなった結果?外国人・要は在日がそのターゲットですが・参政権付与に前向きに転じたと言われています。
外国人の参政権を付与し、しかも自治体の権限を拡大して行くと外国に関連する政策・主として防衛関連政策は自治体の同意がないと何も出来なくなって行きます。
そもそも自治とは何のためにあるのでしょうか?
身の回りのことについては、地元で決めて行く方が合理的なことは誰でもわかります。
権力者もいちいち口出しするのは時間の無駄ですから、末端組織に任せるのはどこでも同じです。
権利には義務を伴うと言いますが、自治権にも国家一体感の枠を超えない節度が必要です。
弁護士等の憲法遵守義務と時代に合わない憲法改正をした方がいいかを論じることとは別次元ですが、不思議なことに弁護士会での護憲論者は改正反対を理由に憲法擁護義務を掲げて弁護士である限り護憲運動するのは当然であると主張するのが普通です。
左翼文化人が金科玉条のように重視する憲法においても、・・個々人の人権は全体利益の範囲内でしか認められないのが原理原則です。
以下に紹介するとおり、人権も「公共の福祉に反しない限り」認められているに過ぎません。

憲法
第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第十八条  何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」

地方自治と国家利益(民族一体性)2

与那国島の自衛隊基地設置可否の住民投票権についてOctober 24, 2016「自治体の意思決定3(エゴだけで良いか?2)」で少し書いたことがありますが、その後自治体とは何かのテーマに入っていき(アメリカの自治体の紹介に入り、その後さらに横に行き、最近(18年11月23日まで・・アメリカの自治体テーマに戻ったばかりですが、この機会に)その時の原稿がそのままになっていたので、今日はその続きに戻ります。
ダムのために村が水没し、原発など子孫に関係する問題・・先祖伝来の家屋敷田畑を失い100年以上先まで影響することについて、ダム工事準備の現場労働のために数ヶ月や1年前から来ている人や転勤族が、(仮に永住する気があるとしても)口出しするのはおかしいと思うのが普通ではないでしょうか。
まして数年後には本社に戻ったりして出て行く予定の人たちに先祖代々住んでいる人と同じ発言権や投票権を与えるのは合理的ではありません。
ゴミ捨て方法や保育所の設置数など身近な問題だけ決める制度設計の自治体の場合には住民参加・(国籍を問わない)居住者中心・・2〜3年しか住まない転勤族でもどこに信号機があれば良いか、この路地は一方通行にしてほしいなどの意見を言う権利がある方が合理的でしょう。
アメリカの自治体はこのような目的で設置されて来たものです。
しかし、国防や原発立地・首都圏の水源地やダム設置など全国的または広域的影響のある問題まで、山間〜過疎地の自治体住民のエゴ・損得だけで決めてしまう・・拒否権があるのは行き過ぎです。
身体で言えば生命体全体維持の必要があって検体検査のために一部切り取る・あるいは血液検査する必要なトキに身体の一部が犠牲になるのは痛いから嫌だと言えるのは馬鹿げています。
影響を受ける都や国にはまるで決定権がない我が国の制度と一緒にする意見自体が論理のすり替えにならないでしょうか?
トランプ氏の移民排斥(再入国禁止)基準をどこに置くかのテーマと同じで難しいですが、選挙権の場合には居住(転居してくることを)自体を禁止するのではなく、その自治体での政治に参加するための保留期間にすぎませんし、その間は元の居住地での選挙権を行使できるのとセットですから選挙権がなくなるわけではありません。
異動後の遠隔地で投票しやすくすればすむことです。
特定政治テーマ実現のための運動員潜入を阻止するためには、少なくとも5年以上継続居住条件くらいはつけるべきでしょう。
公職選挙法では居住要件が僅か3ケ月しかないので、選挙目的の転入が公然と行われる(という噂)が広がっている状態になっています。
公職選挙法

(昭和二十五年四月十五日法律第百号)
(選挙権)
第九条  日本国民で年齢満十八年以上の者は、衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。
2  日本国民たる年齢満十八年以上の者で引き続き三箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は、その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する。」

引っ越して3ヶ月やそこらでその自治体の抱えるテーマについて利害や識見をもっている人は(元々の住民が転勤から帰ってきたような場合や選挙目的で住民票を動かした人は別として)稀有でしょうし、何のために短期間に投票権を与える必要があるか不明です。
例えば都議会選挙の選挙時期に関する公明党の本音が公然と語られていること・・(選挙向けに住民票移動が行われているからではないか?と昔から言われていましたが、真相不明です)最近沖縄基地周辺で専従的運動員がいるらしい・・・・本土から移住者や韓国語・中国系言語が飛び交っていると言う指摘が多い所以です。http://www.sankei.com/politics/news/161004/plt1610040038-n1.htmlからの引用です。

「北部訓練場の暴行で逮捕 容疑者は社民・福島瑞穂議員らと接点」
「沖縄県の米軍北部訓練場(東村など)の過半の返還に向けたヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)の移設工事に対する妨害活動で、防衛省沖縄防衛局職員にけがを負わせたとして、沖縄県警は4日、傷害の疑いで、工事反対派で住所・職業不詳の添田充啓容疑者(43)を逮捕した。添田容疑者は8月ごろから北部訓練場の妨害活動に参加。社民党の福島瑞穂参院議員が現地を訪れた際には行動をともにしていたという。」

上記産経報道によると基地の過半を返還・縮小するための工事を妨害しているのですから、これでは何のための反対運動をしているのか意味不明(詳しい人にはそれなりの理屈があるのでしょうが・・)な印象です。
訓練基地の過半を返してもらうための工事妨害ですから、沖縄県民の基地負担縮小を名分とする反対運動していたのとは方向性が違っています。
どこかおかしいと言えば、辺野古基地移転騒動も基地周辺の負担が大きすぎる問題解決・負担を減らすために一部海上へ移転しようとしたらこの騒ぎになったものです。
http://critic20.exblog.jp/26053008/

「先週(10月4日)、沖縄の米軍北部演習場でしばき隊の男が逮捕された。ヘリパッド工事に反対する抗議行動の最中に、防衛局職員を突き飛ばして転倒させ、頭部打撲など2週間のけがを負わせた傷害の容疑である。男の名前は添田充啓(本名記載→私が抹消)。しばき隊の戦闘部門である男組の組長を名乗っている。前科三犯。過去3年間、男組の活動中に3度逮捕され、いずれも暴行・脅迫で有罪になっていて、今回で4度目の逮捕となる。」

彼は16年7月以来沖縄に張り付いて運動していたようですから、生活費を含めてその資金背景に関心が行きます。
紹介した16年の記事を見ると、地元住民と関係のない活動家が入り込んでいること・地元住民と関係のない全学連が住み着いていた成田空港反対運動が再来したような印象です。
マスコミ・文化人は何かと言うと自己意見の正統性を立証するためにか?「諸外国では・・」と言う紹介が普通です。
ロシアやアメリカで軍事基地の設置やオスプレイなど各種兵器の配備に付いて、地元の町や市の同意を要する仕組みになっているでしょうか?
新兵器開発の都度地元自治体の同意がないと新規配備ができないのでは、軍の機能が維持できません。
地元自治体の危険性判断のためには、兵器の性能詳細・・機密開示を要求できるとすればそれ自体が不合理です。
自治体が高度兵器の性能判断できる専門家を日常的に擁しているはずがないので、臨時の外注・民間に頼るのでしょうが、そういう先端技術に精通した暇なプロがいっぱいいるの?という他に、そうなると軍事機密がどうなるの?となります。

憲法と国家8(マルクス経済学者・矢内原総長と大内兵衛)

日本民族思想形成に大きな影響力のある東大総長人事に戻ります。
南原繁総長のあとを継いで東大総長になった矢内原忠雄東大総長は南原総長同様に新渡戸稲造の弟子でありキリスト者として知られた人です。
同じくキリスト者として米国のメガネに叶ったのでしょうか?
長男伊作氏による伝記では以下の通りです。
http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1346

矢内原忠雄伝』矢内原伊作著 [2015年12月20日(Sun)
「矢内原忠雄の植民政策研究の特色は、統治者の側から統治政策を考えるのではなく、社会現象としての植民を科学的に分析し、実証的調査によってその理論を検証し、ヒリファーディング、ローザ•ルクセンブルグ、レーニンといった人々のマルクス主義的方法を駆使しながら、帝国主義論の一部として、あるいはその中心として植民地問題を扱った点にあると言えよう。」(同書381頁)
矢内原伊作氏は哲学者であり、弟の経済学者矢内原勝の下記の記述の方が正確なのではないか、と思う。
この中に出て来る木村健康氏のマルクスと矢内原の限定的な関係(下記引用文に下線をひきました)は「矢内原先生をしのぶ」『教養学部報』1962年1月,『矢内原忠雄- 信仰.学問.生涯 』468、に書かれているようなので後日読みたい。
また、矢内原忠雄が植民論を受け継いだ新渡戸稲造はマルクスを知っていたが講義等で触れなかった事。矢内原忠雄が影響を受けたであろうもう一人の東大教師であった吉野作造が講義で取り上げていた事も書かれているのが興味深い。
「矢内原忠雄はマルクス主義の研究を行なった結果, マルクス主義がただに特定の経済学説もしく は政治学もしくは政治行動たるにとどまらず, これらを網羅しその根抵をなすところの一の世界観 であることを十分認識していた。そして社会科学の学徒とキリスト者であることは両立するかという設問をし,両者いづれか一を棄つぺしとしたならぱ科学を棄てて信仰に生くる, としながらも, 両者に同時に従享できると考えている。
そして社会科学とくに経済学の理論として彼はマルクス経済学を採用した。それは当時の事情を把握し說明するためにこの理論が最も適当とみたからであろう。木村健康氏は,矢内原忠雄がマルクシズムの経済理論の部分を植民政策の研究の用具として使われていたにすぎないことがわかったとし, なぜこれを採用したかという理由として,他の経済理論にくらベてマルクシズムの経済理論が「神秘性」が少ないという答を得ている。」
『矢内原忠雄の植民政策の理論と実証』より
ついでに(キリスト教徒ではなかったからか?)東大総長にはならなかったものの戦後ニッポン経済学に大きな影響を与えた大内兵衛氏についても紹介しておきましょう。
https://blogs.yahoo.co.jp/tokyocityjpn/25545845.html
1938年2月1日に所謂「教授グループ事件」が起こり大内兵衛は経済学部内「革新派」及び当局の謀略により逮捕されました。これは「第二次人民戦線事件」とも呼ばれます。
これは前年1937年における矢内原事件とそれに続く労農派一斉検挙(これが第一次人民戦線事件といわれる)を伏線として民主主義・共産主義を弾圧する為になされた右翼ファシズムによる暴挙でした。
大内兵衛の『私の履歴書』によると、「当時マルクス主義の立場に立つ人々は二つに分かれたのですが、それが労農派と政党派です」っと述べられております。そして「ソ連の指導に無条件に服従するという一派が日本共産党政党派と称し、そうでない人々が労農派といわえるようになった」そうです。つまり、「まず日本の事実について一通り理解して、つまり史的事実を先において、その事実はマルクス主義ではこう解釈されるべきである、というのが労農派の立場だ」ということです。

日本が戦時体制に入った頃、当局は共産党を取り締まる為に治安維持法をつくり、「国体変革」と「私有財産否認」をスローガンに掲げる政治党派を特別に弾圧できる体制を築きましたが、労農派は治安維持法の適用団体であるという容疑で全国で労農派一斉検挙が行われました。当時、「マルクス経済学の権威」と言わていた兵衛は、当局から労農派であるという容疑をかけられ、同じ治安維持法によって摘発されたのです。

ウイキペデアの記事からです。

GHQの占領時には、当時大蔵大臣だった渋沢敬三が、日銀顧問に迎え、東京裁判でも証言台に立った。1949年に東大経済学部を退官後は、1950年より1959年まで法政大学総長。向坂逸郎と共に社会主義協会・社会党左派の理論的指導者の一人として活躍した。
1955年5月から6月にかけて日本学術会議のソ連・中国学術視察団に加わった。門下の美濃部亮吉の東京都知事立候補を強く支持し、美濃部都政を助けるなど、実践面でも社会主義を貫いた。また、鳩山一郎や吉田茂からの大蔵大臣への就任要請を断ってきた[2][3][4]。社会保障制度審議会初代会長を務め、国民皆保険や国民皆年金の創設などを答申した[5]。
ソ連・中国学術視察団を経て、大内は社会主義について、「私も社会主義を勉強すること実に40年であるが、なにぶん進歩がおそく、社会主義がユートピアであるか科学であるかは、今まではっきりわからなかった。しかし、ここへ来て、いろいろの見学をして見て、それが科学であることはしかとわかった」と述べた[6]。また、経済学の分野に関しては「ロシアの経済学は二十世紀の後半において進歩的な特色のある学問として世界の経済学界で相当高い地位を要求するようになるだろう。……こういう歴史の変革のうちに経済学者としていよいよ光彩を加える名はレーニンとスターリンでありましょう」と、ソ連の計画経済を高く評価し、レーニン、スターリンの両名を経済学者として激賞した[7]。しかし、ソ連の社会主義経済はその後30年あまりで崩壊することとなる。
ハンガリー動乱について社会主義擁護の視点から、「ハンガリアは(米・英・日と比べて)政治的訓練が相当低い。そのためハンガリアの民衆の判断自体は自分の小さい立場というものにとらわれて、ハンガリアの政治的地位を理解していなかったと考えていい」、「ハンガリアはあまり着実に進歩している国でない。あるいはデモクラシーが発達している国ではない。元来は百姓国ですからね。」と、ソ連の圧政に対して蜂起したハンガリーの国民を批判的に論じた[8]。

南原氏は、昨日書いた通り、共産主義もナチスも全体主義を否定する立場でしたが、上記の通り総長2代目になるとキリスト者プラスはっきりした親ソ・マルクス経済学者になって行き、東大内でマルクス経済学者が表面に出てくるようになり、地歩を固めて行きます。

南原繁氏の超国家・普遍思想6

ニクソンショック〜1985年のプラザ合意に至る過程で欧米による対日経済圧力・・攻勢が強まり窮地に陥っていた日本の大蔵省が、経済面での国の顔である紙幣の顔として米国で人気のある新渡戸稲造を急遽登用した理由でもあったのでしょうか。
敗戦時に米国受けの良い南原氏厚遇で占領軍政を上手くこなした経験を活かすべく、あんちょこに紙幣の表紙を変えたのではないかとのうがった見方も可能です。
紙幣表紙は日本の(恭順の)気持ちを表すだけでしかなく、今後真摯に貿易黒字削減〜内需拡大に取り組む意思表示としての意味があってもいきなり国全体の構造改革は無理ですから、欧米が求めていた「結果」を出せない以上、自主的改革が無理ならば外圧による強制ショック療法・為替自由化=経済力に応じた為替相場→円高しかないとなり、結果的にプラザ合意を阻止できませんでした。
メデイアはしきりに失われた20年と言いますが、この結果日本国民は貧弱な生活のもとで金儲けばかりに精出さずに生活水準を高める方向に方向転換できたので良き時代であったという基本主張を繰り返し書いてきました。
中国が、対中経済制裁を免れるためにアメリカで好感度の高い人物を仮に外相や駐米大使に起用しても、鉄鋼等のダンピング輸出やサイバー攻撃をやめない限り報復を止められないのと同じです。
国内構造改革・輸出より内需拡大・豊かな生活が必要とわかっていても、国民にその準備ががないので当初5〜6年間は手近な不動産バブル・・ブランド品や高額な絵画などに狂奔するしかなかった点は、今の中国と同じです。
2000年代初頭から5000円札表紙が樋口一葉に変わり、数年前から十和田市で新渡戸稲造記念館の存廃問題が起きてきたのは、小手先の目くらましには意味がないことに気がついた・・特需の恩恵が静かになくなってきた時代の流れでしょうか?
南原氏とは何者か?どう言う基本思想の人物かの関心で、西田氏の意見を2月19日頃から23日頃まで断続的引用してきましたが、哲学用語で難解でしたが、南原氏の宗教面の研究があって、これと合わせて読むとが少し理解しやすい印象ですので、関心のある方のために以下引用先と目次と結びのみ紹介しておきます。
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/74750/1/08Kato.pdf
Kyoto University
南原繁の宗教論 : 国家論の枠組みの中で
加藤,喜之
キリスト教思想と国家・政治論 (2009), 2008: 27-42
キリスト教思想と国家・政治論 近代/ポスト近代とキリスト教研究会
2009年3月27~42頁
南原繁の宗教論 1
―国家論の枠組みの中で―
加藤喜之(yoshiyuki.kato@ptsem.edu)

本論
一.価値並行論と宗教
二.民族論と宗教
三.日本的キリスト教
結び
南原宗教論の現代的意義

概観して来たように、南原の宗教論は、西南学派の価値哲学とフィヒテの民族論の哲学的枠組みが、無教会的福音主義信仰と交差しあうことによって成り立っている。
その根底に流れる価値と歴史、理想と実在といった問題は、哲学史において未だ解決されていない重要問題であるゆえ、この結びで取り扱うことは出来ない。
つまり、現代の主たるアカデミアで取り扱われることは少ないにしろ、新カント学派の超越論的論考がはたして、哲学的に超克された問題なのかは、未だ結論が出ていない。
ただ、ポスト・ハイデガー的現代思想の枠組みの中で、価値や理想論の復興はあくまでも、間主観的に執り行われるゆえ、短絡的に、南原の思索の根底にある価値並行論を、現代に適応することは出来ない。
しかし、今日においても、間主観的に取り扱われる様々な道徳の問題の彼岸に、
「赦し」と「絶対者」の問題が現れてくることも理解されなくてはならない。
このような枠組みの中での南原の宗教論には、現代思想が再読しなければならないものが残されているかもしれない。キリスト教思想と国家・政治論40なるのであった。
日本文化の中に生きつつ、その精神文化によって道徳的価値や「絶対者」・「聖なるもの」の可能性を見いだしながらも、結局は得ることの出来なかった根源悪からの救済を、十字架のイエスの上に見いだすことが出来る。
この非合理的な十字架は、罪の赦しとしての新しいいのちを与え、そして、そのいのちによって、日本精神を刷新することが出来、それゆえに日本的キリスト教を構築していくことが出来るものであった。
    かとう・よしゆき (プリンストン神学大学博士課程)
上記筆者は神学者のようですから、政治哲学側面よりは神学・哲学的研究が中心ですが、これを読むと西田氏の(批判的)研究に出てくる哲学的言及に対する側面理解に有益です。
上記論文中の価値並行論を読むと哲学用語が満載ですが、高齢者特有の(難しい論証を省いて「要するに・・」と言う読み方をすれば、)南原氏が現実政治での解決・・国家を超越した神の「赦し」を基礎におく以上、19日頃に引用した西田氏が批判するようにそこから先に理論進化がなかったとしても(浅学菲才の私がいうのはおこがましいですが)当然の結果だったような気がします。
ただし、この後に書くように南原氏は、民族精神・共同体について日本に当てはめて象徴天皇制を基軸とする独自意見を展開していてその通りの戦後ニッポンを形作って行った実績がありますがプロから見れば哲学的深化がなかったということでしょうか?
神の領域と現実政治・国家の分離を主張する価値並行論は、神道の影響を排撃したい占領軍政治方針とも合致していて、好都合だったでしょう。

南原繁氏の超国家・普遍思想5→福音派・米政府との人脈

ちょっとのつもりでだいぶ横にそれましたが、南原元東大総長の全面講和論に戻ります。
February 23, 2018,「超国家・普遍思想4と現実との乖離2(全面講和論と安保騒動)」の続きです。
実務というものは、100%思う通りに行かないネクスト〜サードの妥協で成り立っているのが普通ですが、思うように行かないからと完全反対していた場合、その結果どうなるかの視点が必要です。
全面講的には現実政治的には無理・・いつまででも米軍に占領されている方が良いのか?となります。
(南原氏にとっては異民族占領支配が続いた方が居心地がよかったのでしょうか?)
日本民族の独立が正しい選択とした場合・・当時の国際状況を客観的に見れば全面講和以外の講和条反対・・結果的に米軍占領政治がその後約40年以上も続いた方が良いと言う主張は、無い物ねだりの主張・現実無視論でした。
南原氏や革新系野党の全面講和論者の言う通りしていたら、日本は米ソ対立が続く限り独立できず、国連にも加入できず日本に利害のある各種の国際政治に独立の当事者としての参加資格がないまま・・自己主張する権利もないままに据え置かれていたことになります。
李承晩ライン設定や竹島占領と言う白昼公然の強盗行為にだって独立していなかったからなんら有効な対応できなかったのです。
歴史は後世の人が裁くものですが、ソ連崩壊時ですぐ独立できたとしても戦後約50年経過ですから、それまで日本は何をされても何らの当事者能力もないまま戦後50年間やられ放題で放置されていたことになります。
現在に至っても日露平和条約を結べないことから明らかなように、ソ連崩壊した時に(独立するためにはかなりの見返りを要求される)無償で全面講和できたと思う人はいないでしょう。
日中国交回復だって、日本が独立国として日本が中国を承認する方でしたが、これがもしも逆であれば大変な代償を要求されていた可能性が高かったでしょう。
日韓国交交渉も同様です。
これが「曲学阿世の徒」という批判を受けた原因でしょうか。
この機会に南原氏の9条論を紹介しておきます。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51954443.html
憲法制定議会で野坂参三と並んで2人だけ第9条に反対した南原繁の証言は貴重だ。彼は当時をこう回想している。
戦争放棄はもちろん当然なさるべきことですけれども、一兵ももたない完全な武装放棄ということは日本が本当に考えたことか、ということを私は質問したわけです。つまり私の考えでは、国家としては自衛権をもたなければならない。ことに国際連合に入った場合のことを考えるならば、加入国の義務として必ずある程度の武力を寄与する義務が将来、生じるのではないか(p.350)。
つまり南原は一国平和主義をとなえたのではなく、国連中心主義の立場で第9条に反対したのだ。したがって彼は、吉田茂がなし崩しに進めた再軍備には、強硬に反対した。それには憲法の改正が不可欠だと考えたからだ。
南原が理想としたのは、カントの提唱した常備軍の廃止だった。
彼はその代わり、国際機関による警察機能を考えた。将来も戦争が起こることは変わらないが、今のような主権国家の枠組ではなく、それを超える国連の警察機能で国際秩序を守ろうと考えたのだ。
南原氏の戦後教育に与えた影響力の強さに今更ながら驚きますが、私自身そういう教育方針にどっぷり浸かって感化されて育ったように思えます。
国連第一主義を教え込まれて育ちましたが、いつまでたっても国連が日本国内の警察のような役割を果たせない現実があります。
国際司法裁判所があっても独立国でないと訴える資格もないでしょうし、フィリッピンのように中国を訴えてせっかく完勝しても中国から「そんなのは紙切れだ」とと豪語されて逆に中国のごきげん伺いするしかない現実があります。
尖閣諸島に石油資源があるとなれば、いきなり自国領土と言い始め、実力行使に出てくる国があります。
そうなると日本も自衛手段が必要ではないかという現実論が起きてきます。
自衛が必要となれば、1国だけでは無理なので友好国が必要となり友好国であればいざという時には助け合いましょうとなるのが普通・・安保条約・集団自衛行動の必要性に繋がっていきます。
非武装論者は軍備より相手から攻撃されないようにする外交が重要というのですが、それは周辺諸国との友好善隣構築が基本です。
友好国に災害があったり、不当な攻撃を受けているときに黙って見ているのでは友好関係になり得ません。
ここでのテーマとズレますが、戦後思想教育の翁影響を与えた南原氏の論文はネットに出てこないので、ネットであんちょこ・直接読めませんが、南原氏の論文に対する研究論文がネットに出るようになったので、批判と擁護両面の論文を読むと当時の南原氏の思想・立ち位置が浮き彫りになる面があります。
南原氏はプロテスタントとは言っても福音派ですが、たまたま22日の日経新聞夕刊3pには、福音派が今でも政治中枢に絶大な影響力を持っている記事が出ていましたので紹介しておきます。
ネットでも大々的ニュースになっていたので以下引用しておきます。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018022200006&g=int
米国のキリスト教福音派伝道師で、保守派を中心に政界にも強い影響力を持ったビリー・グラハム師が21日、ノースカロライナ州モントリートの自宅で死去した。99歳だった
1949年にロサンゼルスで催した伝道集会に多数の信者が集結したことで、その影響力が注目を浴び、50年にBGEAを設立。同協会によれば、185以上の国・地域の計2億1500万人近くに福音を伝えた。
トルーマン政権(45~53年)以降、歴代大統領の多くと親交を持ち、ニクソン、レーガン、ブッシュ(父)、クリントンの各大統領の就任式で祈とうを行うなど「精神的導師」を務めた。米メディアによれば、冷戦期に当時のソ連や東欧諸国にも足を運んだほか、92年と94年には北朝鮮を訪れ、金日成主席とも会った。
トランプ大統領は声明で「(グラハム師は)その人生と指導力で真の『神の大使』の称号を手にした米国の英雄だ」と追悼。同師の埋葬の日には、ホワイトハウスなど国内外の連邦施設に半旗を掲げるよう命じた。オバマ前大統領、ブッシュ元大統領親子、カーター元大統領らも、それぞれ声明などで死を悼んだ。(2018/02/22-10:17)
過去の指導層からはみ出たイメージの強いトランプ氏までこのメンバーになっているのには驚きました。(日経夕刊にはトランプ氏との写真も出ています)
敗戦特需(を受けた人々?)という言葉がありますが、一般的に知られているキリスト教系人材が特需を受けただけでなく、キリスト教徒の中でも南原氏など敗戦時の日本の福音派思想家がいかに米政府からの恩恵を受けていたかが分かろうというものです。
南原氏らが恩師と仰ぐ新渡戸稲造氏(熱心なクエーカー教徒?)が特大的評価を受けて従来の5000円札・聖徳太子像に変わる表紙になった理由もわかります。
彼がアメリカで発行した「武士道」の本はアメリカで人気を博してから日本語版が出た程度であって、日本国内の国民的人気としてはマイナーな彼がいきなり昭和58年に紙幣の表紙になるのは唐突な印象です。
アメリカ人にとっては武士道精神は衝撃でも、日本人にとっては何の目新しさもありません。
国民文化の向上に何の役割があったかという視点では、評価がほぼゼロではないでしょうか。
ミスユニバースになっても、日本国内でほとんど評価も受けないのと同じです。
ミスユニバースやアメリカ受けの良い芸人を外交に利用するようなものでしょうか。