海外収益還流持続性2

話がそれましたが、2012-5-5「 海外収益還流持続性1(労働収入の減少1)」以来の海外収益持続性に戻ります。
年金や保険システムは給与天引きが基本ですので、総収入に占める労働収入比率の低下年金や保険料負担率を実質低下させて行く(収入に対する負担率が下がり続けている)ことを無視出来ません。
資本収入比率が多くなっているのは若者でも同じで、デイトレーダーの多くは若者になっています。
年金保険システム維持が困難になって来たのは、若者の収入減だけではなく、資本収入比率が増えたのにこれからの年金や保険料徴収システムが完備していないところにあることをJanuary 12, 2011労働需要減少と就労者増」でも書きました。
ところで、老いも若きも資本収益に頼る経済を国家規模で見れば海外収益の還流ですから、海外収益の還流に永続性があるのかについて考えておく必要があります。
昨日の日経新聞夕刊第1面では、2011年度の日本の国際収支速報に基づき貿易・サービス収支赤字が3兆4495億円、所得収支黒字が14兆2883億円、経常移転収支が1兆0929億円差引経常収支が7兆8900億円の黒字と報道されています。
ちなみに移転収支赤字とは、海外勤務地からの出稼ぎ送金や留学資金などの送金などの収支です。
この中で唯一黒字になっている所得収支とは、利子配当等のいわゆる資本収益です。
我が国の現状は、(昨年は地震と原発・タイの大洪水と三重苦でしたので例外ではあるものの)現役が働いて稼ぐ方は赤字で、利子配当(過去の稼ぎ)で黒字になっていることが分ります。
個人の人生に比喩すれば、めったやたらに働いて将来に向けて貯蓄する時期が終わって、ほどほどの時期も終わり、高齢化して稼ぎと支出がトントン近くにさしかかり、ちょっとした変調でも直ぐに赤字(風邪を引く)になる年齢なので、こうしたときには過去の貯蓄の配当(個人で言えば退職金等貯蓄の取り崩しや年金)で下支えしている状況と言えるでしょう。
隠退した高齢者にとっては自分の貯蓄の取り崩しを年間いくらまでした場合、何年生きて行けるかが気になるのと同様に、我が国経済も過去の蓄積の取り崩しで何年持ちこたえられるのか、そもそも海外収益の還流制度が保障されているのかが気になるところです。
March 8, 2012「グローバル化と格差27(賃金センサス)」のブログで中国の人件費が紹介されていた3月4日の日経新聞の記事を紹介しましたが、そこの論旨は中国では単なる賃上げ闘争が始まっているのではなく、日本企業の搾取がテーマになりつつある現状でした。
すなわちそこで紹介されていた事例は、社員食堂で食事していた日本人幹部社員が、現地従業員10人あまりに給与格差が大きすぎると詰め寄られた模様を紹介していたものです。
上記ブログ前後で賃金センサスに基づいて書いているように、日本国内の一般工場労働者でさえ中国人の10倍以上ですが、現地駐在員・幹部となれば(海外出張特別手当を含めれば)もしかしたら100倍前後になっているかも知れません。
この目のくらむような格差に対して中国人から詰め寄られた記事です。
「日本は物価が高くてこのくらい貰わないとやって行けない」とその幹部は説明して中国人従業員グループは納得して引き下がったという記事ですが、実際には誰も納得していない・・その場は一応矛を収めたに過ぎないと見るべきでしょう。
長期的には現地従業員を安く使って日本は収奪しているという議論・・投資収益の本国送金に対する反発圧力が近い将来起きて来るのが必然です。

海外収益還流持続性1(労働収入の減少1)

  日本も直接投資比率が低い点が問題・・債券相場に左右されるリスクがある点は同じですが、日本の場合国内金利が世界最低水準なのでどこの国債・・もっとも信用の高い物=低金利の債券を買っても損がない(日本が世界最低金利国ですから)点が有り難いところです。
繰り返しになりますが、国の安全のためには結局は対外債権の範囲内・・長期的経常収支黒字の蓄積の範囲内で外国人投資家に保有してもらうしかない・・それ以上になると借金経済に陥っている・・危険ということです。
対外純資産と言っても直ぐに換金出来る国債や社債などと直ぐに換金出来ない直接投資がありますので、差引黒字でさえあれば安全とは言い切れませんが、債券投資残高が外国人の日本国債等対日債券保有残高以上であれば一応安全です。
(一応と言う意味は、May 1, 2012「税と国債の違い4(市場評価)」に書いたように対外債券がいくらあろうとも民族自決の視点から国債保有は外国人比率を最小限にすべきだという基本的な意見によります)
人によっては債券をすべて売ることが出来ないから・・と言う意見がありますが、それを言い出せば外国人の方も決済資金として一定額保有していなければならない点は同じで、彼らも全部売りにかけることは不可能です。
共同体維持のために使う資金が国債発行によるか税によるか寄付によるかは、あまり問題ではない・・それよりか民族資本(収入の範囲内)によるか否かが重要であることがこれまでの検討で分りましたが、その資金の出所がどうなるかが重要です。
国債発行で吸収する資金源は何かと言うと、これからは貿易黒字によるのではなく、海外投資収益の還流に頼って、(国内個人金融資産の原資です)高度な社会保障(一種の補助金です)を続ければ良いという意見もありそうですが、これの持続性を維持することが可能かどうかの検討をしておきましょう。
資金源が貿易収支黒字による場合は、その年に国民が生産した結果の超過収益ですからその超過生産に関与した人と関与出来なかった人との格差是正のために税や国債によって資金を吸収して所得の再分配をしても、それほどの問題がありません。
貿易黒字(現役労働者の収益格差ではなく)がなくなり、資本収益(退職金や年金同様に過去の労働収益です)による格差が生じているのが、現在の日本あるいは先進国共通の課題です。
現在高齢者が豊かで若者が苦しいのは、資本収益の比率が上がって来た社会で高齢者が過去の蓄積・・資本収益があるのに対して、若者には自分の現在の労働収益しかないことによります。
マスコミ報道では年金その他で次世代が損をしているかのような書き方・世代間対立を煽る報道が多いのですが、実際には、何万人に一人の大成功者以外・多くの次世代が親世代の世話になっている方が圧倒的多数でしょう。
非正規その他貧しい階層は貧しいなりに、親の県営住宅に居候したりしていて、大学を出てもマトモな職がないので食費すらマトモに入れていない若者が一杯います。
仕事がある間アパートを借りていても仕事がなくなると親の家に戻ったり(当然収入がないので1銭も入れません)している若者もいくらもいます。
(都会地の若者はこの点で有利なことを書いたことがあります)
非正規雇用どころか、普通の正規雇用に就職出来た若者でさえも、親から貰ったり、(結婚式費用を援助してもらったりマンション購入資金の一部援助をして貰ったり)あるいはまだ現に貰ってる(親の家に居候して親に負担掛けている)分より自分の方が多く出している例は万に1つもないでしょう。

投資収益の回収2(生活保護との違い?)

高齢化による貯蓄取り崩しの場合は、20年遊んだ後にもう一度働こうという場面は想定されていないから、蓄積が20年分よりも30年分と長くある方が良いに決まっていますが、国の場合は違ってきます。
貿易赤字国が過去の投資分の回収で穴埋めを続けているうちに更に円高が進むので国内産業が衰退する一方になり、その内回収すべき投資残もなくなって行き、いつかは裸の貿易収支だけで円相場が決まる時期が来ます。
そのときまでに仮に20〜30年もかかると、その間に(赤字でも円は上がり続けているので)衰退してしまった産業の復活は容易ではありません。
国の場合は、高齢者のように貯蓄のなくなる頃には死んでしまえば良いという逃げ方はなく、投資の回収に頼っていて回収すべき資金がなくなれば、そのときの国民は再び働かなくてはなりません。
貿易赤字になってから数年で円相場が下がって行けば、負けかけていた産業が息を吹き返すので技術者も残っていますが、20〜30年も負け続け・貯蓄の取り崩しでの生活が基本になっているといろんな業界が縮小どころかなくなってしまい、円相場が有利になったくらいではとても産業が復活出来ません。
以上のとおり考えて行くとイザというときのための蓄積として価値があるのは技術の蓄積・・人で言えば、お金を10年分貯めるよりは10年以上元気に働ける方が良いことになります。
海外からの投資収益の回収による生活と言えば聞こえが良いですが、そのときの自分の働き以上の生活をしている結果から見れば、自分の先輩・親世代が蓄えていた資金かどうかは別として他国・自分以外の働きによる収入で生活している点では、他国からの援助と結果は変わりません。
20年も30年も生活保護で生活しているとイザ働こうにも技術がなくなっていることが多いのですが、同じ期間預貯金の回収で生活していたのとは、生活力の喪失という点では同じです。
為替相場の王道・産業の国際競争力を反映する市場の需給原理を大事にして、貯蓄の回収に頼らない国の経済運営が必要です。
イザとなっても海外収益を回収しないでそっくり海外投資して行くばかりとなれば何のための海外投資か分らなくなります。
海外投資の内金融投資はもしもこれを回収しない前提とすれば、経済援助と変わらず余り意味がないですが、トヨタなど生産会社の海外投資・進出の場合には、進出先の会社向けの基幹部品の輸出産業が残るなどメリットが生じますので、投資収益の現金回収をしなくとも投資すること自体に意味があります。
国際競争力がなくなり貿易赤字になれば、(穴埋めのために投資金の回収に走らずに・・個人で言えば貯蓄に手を付けずに減った収入で生活する)その能力の範囲で生きて行く覚悟が必要です。
・・裏返せば周辺諸国よりも高い人件費でもやって行けるように製品価格の国際競争力を維持するために製品や技術の高度化に邁進する→際限なき円高の連続と際限なき産業高度化努力の繰り返しで頑張るのが最も正しい道でしょう。
この努力は尊いもので、しかもこの努力・成果に比例して際限なく日本の国際的地位が高まっていく・・一人当たりの人件費が高まる=日本人の価値が高まることで目出たいことです。
アメリカの場合、1980年ころまでは生産性上昇と賃金上昇率が一致していたらしいのですが、ここ30年ばかり生産性の上昇に比例して賃金が上がらずほぼ横ばいのままらしいです。
(労働分配率が下がっているらしいのです)
この結果賃金の総体的下落が起きて貧困率が上昇して来たので我慢出来なくなった民衆のオキュパイウオールのデモに発展したことになります。
昨年の統計では人口の約15%にあたる4500万人あまりがフードスタンプを受給しているというのですから驚きです。
(失業者だけではなく現役の労働者まで食事券の配給を受けているとすれば大変な事態です)
GMの復活がはやされていますが、これは、破産によって高負担の年金等の負担を切り離してしまって人件費の負担を軽く出来たことが大きな要因と言われている(倒産前にくらべて人件費負担がなんと4分の1になったと報道されています)のがその象徴と言えるでしょう。
最近アメリカの復活・・ドルの持ち直しについては、アメリカの労賃が下落しているので、国内生産に回帰しても、中国に単価的に負けなくなったことによると言う報道が散見されますが、上記データ・労働者の貧困化がその裏付け・原因として理解出来ます。
アメリカのように中国に負けないように賃金下落・ドル下落で対抗するのではなく、日本は企業さえ儲ければ良いのではなく国民が大切ですから(人件費を出来るだけ下げないで)苦しいけれども製品高度化努力で対応して行くべきです。

経常収支の均衡3(投資収益の回収1)

貿易黒字を続けながら、為替相場の上昇を回避するには、経常収支黒字分そっくりを海外投資して放出するのが合理的ですし、日本の国力が衰退して来たときに海外投資分の収益送金が日本を救うことになります。
病気などで一定期間収入が減少したときに過去の蓄積の取り崩しで生活出来るのと似ています。
このためには貿易黒字分に見合った海外投資によって、円の上昇を抑えつつ徐々に技術力を上げて行くのが合理的です。
ところで、海外投資収益が還流を始めると貿易収支が均衡していてもなお経常収支黒字になって行くマイナスをJanuary 12, 2012「貿易赤字下の円高3」で書いたことがあります。
我が国の昨年12月今年の1月の収支で言えば、貿易赤字なのに海外からの収益が多いために経常収支はなお黒字です。
こういう状態ですと、貿易赤字=生産品等の国際競争力がなくなって来れば円が下がって競争力が回復出来る為替理論にもかかかわらず、投資収益の還流の結果なお円高が進むことになってしまいます。
長年貿易黒字を続けながら海外投資・外債を買うことによって、円高を防いで良い思いをしていた咎めが逆流して来るような感じです。
イザ赤字になっても海外投資しておけばその利息や収益で食えると思っていたのに、そうすると赤字・国際競争力がなくなっているのに更に円高が進むので国内企業はいよいよ参ってしまいます。
経常収支黒字になるまでの還流をした場合、その黒字分だけ海外再投資して行けば円は上がりませんが、それでも還流して国内で使った分だけ本来ならば下がるべき円相場が下がらない結果になります。
例えば3兆円の貿易赤字で還流資金ゼロで経常収支も3兆円の赤字ならば、理論上は3兆円分だけ円相場が下がることになりますが、5兆円の海外からの還流があると2兆円分だけ逆に円が上がる展開です。
この場合、環流した資金のうち2兆円を海外再投資すれば収支トントンで円相場は現状維持ですが、この場合本来3兆円分円相場が下がって国内産業の競争力復活すべきところを阻害してしまいます。
投資収益回収分をそのまま国内にとどめると円が上がって余計国内産業が苦しむ・・衰退して行きますし、一部でも使えば使った分だけ円相場の下落抑制になってしまうので、これを防ぐためには利子配当所得は1円も使わず還流分そっくり海外再投資して行く必要があります。
貿易収支を為替相場に反映させるには、海外投資収益の還流以上に海外投資しないと貿易赤字なのに円が上がってしまうのですが、このことは、自分の働き以上の収入があってもそれを再投資に使うしかない・・働き以上の収入を得るとロクな結果にならないという原理を表しています。
個人で言えば収入が下がっても、安易に貯蓄に手を付けないようにするのが健全なのと同じです。

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