原発のコスト10(損害賠償リスク)

賠償責任限定にこだわる産業界の動きを見ると、賠償責任を限定しないと株式・社債市場で信任を受けられない・業界そろって株式も社債も暴落する業界って、本当に経済的に成り立っているの?と言う疑問に戻ってしまいます。
航空会社や運送業界で「事故が起きた場合の責任は取りません」という仕組みでないと儲からない責任限定したときだけ「儲かっている」と言われても、それって優良企業って言うのでしょうか?
「業者の責任を限定してそれ以上の損害があっても国民・被害者は泣き寝入りしろ」という法律は無理ですから、仮に総損害の5分の1あるいは一定額・1〜5兆円限定とした場合、それ以上の損害は国が面倒見るしかないでしょう。
政府が払うとすれば、その負担は国民全員の負担ですから、結果的に普段安いと言われている電気料金の代わりに税で負担することになります。
June 11, 2011「巨額交付金と事前準備3」前後で連載したように、巨額の税を立地市町村に交付金として投入しているのですが、それをマスコミがまるで報じません。
税で見る分はコスト計算しなくとも良い・・会社ごとの会計原則上はそうでしょうが、税を負担する国民の立場から見れば税による負担分を含めて総損害額を原発のコストに上乗せしないと原発が安いかどうか分らないことには変わりがありません。
これらの一連の動きを見れば、政府保証であれ何であれ、一旦事故が起きればどんな優良企業が束(業界一丸)になっても、(借り換えするばかりで返済しきれそうもない)社債を発行(借金)しない限り、発生してしまった損害を賠償しきれないという現実を経済界全員で認めているということです。
事故が起きたら賠償しきれない・・これをコストに含めれば経営が成り立たないことを前提にしながら、産業界やマスコミによる「原発のコストの方が安い」という主張は論理矛盾しているのではないでしょうか?
イザとなれば政府保証による社債発行で資金を集めなければ事故の賠償を充分には出来ない会計基準で東電が経営していたとすれば、原子力は安いとは言うものの充分な賠償基金を積み立てないでコスト計算していたと断定するしかありません。
と言うことは、従来の基準によるコスト計算は何の役にも立っていないのですから、従来のコスト計算に基づく意見を恥ずかしくて言えないのが普通の心理です。
今でも原発の方がコストが安い、あるいはやめたら電気代が上がって大変なことになると宣伝するならば、従来の予測コストを大幅に越える大きな被害が現実に起きているのですから、これを集計し、あるいは今回の被害総額を基礎に将来の被害総額を予測計算した上でなければ誰もコストに関する責任ある意見(・・安いという方の意見)を言えない筈です。
にも拘らず経済界やマスコミが(根拠もなく・・賠償コストを計算しないまま従来コスト計算に基づき)「原発をやめるとコスト増になる」とするキャンペインをはっているのは、論理的なルール違反です。

原発のコスト9(東電の賠償能力)

8月18日に紹介した原発賠償法を見ると法律上は立派な無限責任(加害者は被害弁償すべき)ですが、支払能力がなければ絵に描いた餅となります。
第7条では、1事業所当たり1200億円以内ですから・・1200億円以上にしていないので実際にどれだけ供託していたのかすら実態は不明ですが、一旦ことが起きれば兆単位の賠償金・・国民損失が出るのが明らかなのに、その事故賠償に必要な額の賠償用基金の積み立てあるいは保険利用をして来なかったらしいのです。
(財務諸表をみていませんが、株式相場大暴落からの推定です)
安全の根拠もないのに無責任に「絶対安全です」と言って停電や配管の破損に何の準備もして来なかったのと同じで、全額(無限)賠償しますという法律だけ造って、賠償引当金の積み立てを会計上強制していなかったのですから無責任そのものです。
ここで強制しなかったとは供託金の額が少なすぎたのみではなく、会計基準として充分な賠償引当金を計上していなくても適正意見を付して来た監査法人の責任も意味して書いています。
賠償能力不足の点は大震災の直後から大問題になっていて、事故直後から経済の世界では、東電には賠償金支払能力がないことを前提に株は大暴落になっていましたから、早く決着付けないと社債市場が大変なことになる・・東電の資金繰りが直ぐにも行き詰まるということで(世間では原発の事故報道に一喜一憂しているときでしたが・・)経済界では緊急事態になっていました。
損害全部を無限に賠償するには東電は倒産するしかないことを前提に、東電の賠償責任をその一部に限定をするしかないだろう・・つぶしてしまう訳には行かないし・・というのが原発事故直後の議論でした。
東電が倒産すると(日頃から感じの悪い社員が多かったし、こんな無責任な会社は早く解体して欲しいと思う人が多いでしょうが・・・)関東圏一帯の電気が停まったままになってしまうだけでは済みません。
事故直後には、国民は現場の注水努力に一喜一憂していましたが、実はこれを続けるための経済的手当が裏方で緊急要請されていたのです。
急がないと東電の発行済社債の書き換えが進まない・・まさに直ぐにも、資金枯渇・倒産の危機に直面していたからです。
株がいくら下がっても株主には損をさせれば済みますが、社債の場合、支払能力がない恐れがあれば誰も次の社債を買いませんから、既発債のデフォルト・・すなわち倒産に発展します。
倒産して給与も払えないとなれば、現場作業員も集まりません・・次の仕事があると思うからこそ、下請けも命がけで頑張れるし、危険な作業にも高額な手当を弾むことによって全国から命知らずの労務者を次々と入れ替え立ち代わり多く集められたことも事実です。
事故と同時にもう倒産だろうということでみんな現場から逃げてしまった場合を想定すると、冷却機能が壊れたままの高熱状態で放置すれば、次々と臨界状態になって・・原爆以上の大爆発が連続花火のように始まるような感じでしょうか・・。
August 10, 2011「原発のコスト2(輸出リスク)」で紹介したように広島原爆ウランは僅か1kgしか使っていないのに対して、福島原発には年間160トンもの天文学的な量のウランが使われているというのですから、次々と核分裂が起きた場合の結果は推して知るべきです。
(福島原発内の燃料プール全体で320トンも溜まっている・・これも冷却しないと同じようになります)
それこそ地球と言うか、日本列島の破滅です。
国民全部がドイツ、フランスの大使館のように大阪まで逃げなければならないことになります。
当時の対日本部長の明かすところによれば、アメリカ政府内では東京圏にいるアメリカ人9万人の全員退避命令を出すかの瀬戸際まで行ったらしいです。
対日関係者による「ここで命令を出したら日米同盟が深刻な危機となる」という必死の抵抗で命令発動をギリギリで食い止めたらしいのですが、水素爆発が起きた頃から、アメリカや西洋諸国では上記のような連続臨界・爆発を想定していたようです。
これを徳俵のところで踏みこたえたのは、我が国の底力・技術力の厚みとも言うべきで、これが海外からの賞賛の対象になっている・・・あるいは将来の信用・財産になって行くでしょう。

原発のコスト(損害賠償リスク)

日本国内事故の場合は、政府はもう安全だと言って早め早めに(根拠のない?)安全宣言をして、避難指定を早めに解除して行くでしょうが、(危険になる数値も根拠なく・・審査会の意見に基づいているので根拠あるということでしょうが・・・)引き上げているのが現状です・・)外国が日本に請求して来る場合はその逆で最大限の主張をして来ることが目に見えています。
一部指定解除が報道されていますが、商売人はもちろんのこと、勤務者でも部分的解除で自宅に帰れても勤務先が未解除範囲内で休業中の場合、帰っても仕事がない問題があります。
一生で100ミリシーベルトまで安全だから、その範囲内では避難する必要がない・・過剰反応だと言うのが今の政府のやり方ですが、これが国際的に訴えられた場合、(対等者間では)そんな根拠のない主張が通る筈がありません。
日本もこれまで認めて来た国際基準では、1年間の被曝総量が1ミリシーベルトですから、政府の基準では100年間かかる・・即ち現在に生きている人の半数以上が年間1ミリシーベルトの2〜3倍程度までは安全だという論理になってしまい、論理矛盾以外の何ものでもありません。
黒を白と言い張るような論理矛盾の主張は国際的には無理ですから、安全だとする根拠の立証がいるでしょうが政府は今までそのデータを開示していません。
8月2日に割に早く家に帰れたのでラジオ放送を聞いていたら、この決定に参画したらしい京都大学教授が、「100ミリシーベルトを超えたら危険と言うか科学的な証明がまだないので、・・分らないのだから良いじゃないか・・」というような意味不明な曖昧模糊とした回答していました。
原発安全基準で、「その先は分らないから危険だからやめよう」と言うのではなく、「その先は分らないから議論する必要がない・・結果的に安全ということにしていた」結果、今回の大事故になったのと同じ論法です。
日本政府や御用学者の安全指針の根拠が怪しいので風評被害が起き・・スーパーや焼き肉レストランなどは、「政府は正しいに決まっている」というだけでは商売にならないので、防衛のために自主検査をせざるをなくなっていて、(自主検査出来る大手は競争上有利になります)国全体では却って二重コストになっています。
その他の都県では個別の損害・牛や野菜などの検査などにかかった費用、風評被害、機会損失(スーパーなどで仕入れた牛肉を売り損ねた)などが問題になるでしょう。
7月24日の日経新聞では、福島に限らず東京のホテルでもまだ何割減の海外旅客需要(千葉まで離れていても真夏になっても海水浴客は激減)のままらしいですから、こうした関東東北各県での損害もテーマになります。
原子力損害賠償紛争審査会基準では外国人による5月末日までのキャンセルが対象になるようですが、実害はそれどころではないでしょう。
また被害補償の基準としては政府の避難指定区域内住民だけで、その外側で自主避難した住民はその範囲外・・将来的には問題になるでしょうが・・今は問題にしていないようです。
避難区域の指定は政府が恣意的?に決めているだけですから、その決め方によって賠償範囲を変えられます。
こんな政府の都合による一方的線引きを基準に・・それすら東電は支払能力がないというのに、原発コストが安いと言われても国民は納得出来ないでしょう。

原発のコスト5(損害賠償リスク)

 

所得保障の外に放射性物質汚染地域にある資産が長期間使えなくなったことによる損害・・・個人で言えば使えなくなった自宅等の構築物の損失補償・・牛舎や鶏舎の移転先の新築費用ですが・・・企業で言えば店舗や工場施設などの移転新設の費用補償が当然要求されるでしょう。
所得保障に関して言えば、個人で言えば引っ越しさえすればその先で就職口がある保障がないのと同じで、コンビニや魚屋その他の業種が隣の県に引っ越して行き、新規店舗建設費用(土地取得費含め)さえ保障してもらえば、そこでそのまま商売出来る訳がありません。
隣の県またその隣の県まで行っても、そこには既に適正というか飽和的状態で必要なコンビニやスーパー・ドラッグストアー、飲み屋・飲食店等が存在し(ひしめいて)ているのですから、移転先で起業をすることは不可能に近いことです。
移転保障は、移転にかかる期間だけの休業補償の問題ではなく、一般に行われている店舗立ち退き保証の場合の相当期間の営業収益保証に類似する長期の保障が必要です。
一般の立ち退き保障の場合は数百メートルから1k以内の適地を見つけて引っ越して新たに開業出来るので数年の営業保障で済みますが、前回末に書いたようにイキナリ数百kも離れた知らない土地へ緊急避難をしてそこでの新規開業は不可能に近いことを考える必要があります。
バーでも建築屋でもそれなりの顧客が出来てから開業するものですから、せっかく開業していた30〜40代以上の年齢層の人が見知らぬ土地で再起を期すのは絶望的です。
とすればその人の1生涯に対しても・・半永久的休業補償・・放射能の半減期プラスアルファ期間の問題になります。
政府や東電寄りの原発賠償審査会申し立てを(政府は被害賠償を極力小さくしたいのでここへ誘導しようとしている様子ですが・・・)やらずに、個別に裁判した方が高額になる率が高いように思えます。
仮に放射性セシュウムの半減期(約30、2年)ストロンチュームに半減期(28〜9年)が終わって元に戻れるとしても、30年も無人の土地になっていた場所に、いきなり戻って居酒屋やラーメン屋・建築界者を再開しても元の客(も高齢化してしまっているでしょう)が来る訳もありません。
人口がどんどん増えている総武線で新駅が出来た場合でも、空き地だらけの駅前が町の形になって来て駅前の商売らしくなるには、20年くらいはかかっています。
実際、一回の水素爆発で大気中に出たときからの半減期は約30年ですが、その後、福島原発には天文学的数量の放射性物質の元になるウランやプルとニュームがそのまま残っていて、その冷却に手間取っている状態・・まだ放射性物質の放出が続いている状態ですから、うまく行ってもその後チェルノブイリのように何十年も密封しておくだけですので、半永久的にその周辺には近づけない場所になる筈です。
その周辺とはどれくらいかですが、大きめにするか狭めにするかの問題です。
格納容器内の燃料棒・これのメルトダウンした固まりを冷やすために百年単位で?水を入れ続けなければならず、他方で格納容器の底が抜けている状態らしいですから、入れ続ける水・・汚染水の漏出がいつ止まるかのめど・保証もありません。
冷却水の循環が軌道に乗っても、ひび割れその他の損傷部位からの漏出が止まることとは別問題です。
格納容器自体の補修が不可能であるならば、その外周に第二の格納容器・・遮蔽壁を設けるしかないでしょうが、それすらどうして良いか手つかずの様子です。
仮に30年以上も経過して故郷に帰って良いと言われても、個人事業や中小事業家の場合40歳のヒトは70歳以上になってしまうので、従来の顧客は雲散してまっていますから、もう一度ゼロから顧客の開拓する気力がないでしょう。
30年と言わずに半年でも休業してしまうと事業再開は大変なことです。
もしも充分な保障と言うならば、結局は生涯所得の賠償が合理的です。

原発のコスト4(損害賠償リスク)

最初の水素爆発によるだけで、(8月11日のコラムで書いたように、8百何十度を超えると燃料棒皮膜の金属が溶けて水素が出来るらしいです)広島原爆の何倍の放射性物質が空気中に出たとも報道されていましたが、個人的な学者の意見ばかりで公式には何も出ていないと思います・・政府(菅政権というよりは経済産業省や伝統的支配層)は出来るだけ隠したいのでしょう。
とは言え、将来的には原子炉内の燃料がどれだけ残ってその他はどうなったかの客観的データが明らかにならざるを得ないでしょうから、未来永劫に隠蔽することは不可能です。
こうした隠蔽・・政府に都合の良い限度で公表するやり方は、国内事故であるから通用するに過ぎません。
これが海外の事故の場合、どうなるかです。
海外事故でこれの全責任を日本国が保障する約束の場合、現地政府は逆に出来るだけ誇大に誇大に公表して日本に請求して来ることになると覚悟しておく必要があるでしょう。
小国の場合、政府で保障すると言って先ず受注しておき、イザとなればデフォルトすれば済むので気楽に安請け合い出来ます。
日本の場合巨額外貨準備があるので、イザとなればマトモに払うしかないことになりますから、支払能力のあるわが国が事故賠償のコストを考えずに、いつでもでフォルトすれば済む国と張り合って輸出競争するのは危険です。
今回の福島の事故被害を見ると今のところ国内問題に留まっているので国民に我慢を強いたり、東電のやるべきことを政府や自治体が検査していれば済んでいて、被害総額が隠されています・・。
例えば福島その他の肉牛の全頭検査を国や自治体の費用で始めていましたが、こんなのは本来東電の負担すべき費用であることが明白ですから、政府は東電に負担してもらうと最近言い出しましたが、境界のあいまいな部分は事実上政府負担にして行く様子です。
労災・失業救済・メンタル関係の費用などは、労災保険、失業保険や生活保護などすべて(当面は・・)税で賄うことになります。
避難区域を狭め狭めに設定すればその外側の人たちが避難したのは勝手な行為として保証しなくてもいいような雰囲気の報道になってしまいます。
放射性物質に関する暫定規制値も緩めゆるめにし過ぎるから、国民が政府の規制値を信用出来ずに不安になっているのです。
もしも日本政府保障で外国に敷設した原発で事故が起きれば、この逆で、大きめの避難区域、厳しめの規制値が発動されてそのまま日本への請求になって来るでしょう。
因果関係についても、その地域住民の避難費用や外で子供が遊べない被害、セシュウム等の体内被曝の損害賠償の外にその地域で生産出来なくなった何年分の県民所得全部の損害・検査機器の費用や周辺行政が検査に走り回っている各種費用も請求されることになります。
8月3日に原発賠償支援法が可決成立したので、東電が賠償に応じても当面倒産・・資金繰りの心配がなくなったので、これから原発被害賠償手続きが本格化しますが、8月6日日経朝刊では政府の「原子力損害賠償紛争審査会が8月5日付で賠償指針を発表したと報道されています。
これによると、風評被害も受け付けるとしているもののの、(同誌第5面)移転による失業・廃業等の損害・・営業保障等がどうなるかについての項目がありません。
一般の損害賠償事件の積算方法を、個別視点からトータル視点に置き換えると福島県宮城県全域と茨城県の北部地方を中心として地域・県民所得合計×4〜50年程度(人がその地域に住めないとされる期間=セシュウムやストロンチュームの半減期間?プラス10〜20年間)の県民総所得が基本的逸失利益と大まかに考えておくのが合理的です。

©2002-2016 稲垣法律事務所 All Right Reserved. ©Designed By Pear Computing LLC