郷土愛とは?

郷土を愛する心をマスコミが英雄のごとく賛美してやまないのですが、マスコミのムード報道にごまかされてその方向に地元民が突っ走ると時代錯誤な結果・・資源の無駄遣いになってしまいます。
郷土愛とは何かですが、自分の生まれ育った風土を愛する・・郷愁を大切にする気持ちは故郷を出た誰もが持っているものでしょう。
(都会のマンション等で育った人にはこれもないかな?)

  かにかくに渋民村は恋しかりおもいでの山おもいでの川

啄木ならずとも地方から都会に出た人にとっては、「ウサギ追いしかの山・・かの川」は大切なものです。
しかし、久しぶりにふる里に帰ってみると、終日遊び暮らしていた広々とした川原がコンクリの堤防に遮られて狭苦しくなっていたり、山肌が削られてコンクリートの擁壁になっていたりして、その変貌に驚く人が多いと思います。(驚くのは60代以降の世代だけかな?)
この変貌を推進していたのは、地元に残った郷土を愛すると主張している人たちなのです。
風土や故郷のたたずまい・・自然そのものは、震災にあった人々が必死に復興作業をしなくとも自然治癒力があって元に戻して行くものです。
崖の崩れたところを急いでコンクリートで補強しなくとも、自然に委ねれば優しくいつの間にかなだらかな起伏にしてビロードのような草や樹木を繁茂させるでしょう。
「郷土の復活を強く願う」意味内容は、ここ数十年土木業者が人工的に築き上げてきた人工物の復興と言うことでしょうか?
天災があると自然の猛威とか脅威と表現しますが、これもせっかく先人や自分が努力して自然を改変(破壊?)したものを、自然の復元力によって崖崩れなどによって元の自然の形に戻されてしまったことを言うようです。
山肌を削って道路や鉄道を通している場合、崖崩れによって鉄道や道路が埋まったり線路の路盤が崩れたりするのは自然による当然の復元作用・治癒力と言うべきです。
今回の陸前高田や石巻の惨状を見ても、自然から見れば人の造ったよけいな物をなぎ倒して自然に戻しただけだと言うことになるのでしょう。
人間が努力しなくとも草や樹木の生えるべきところには新たに草や樹木が生えて、汽水湖のようになるべきところは汽水湖となり、あるいは干潟となって新たな自然・形状が出来上がります。
現在の干潟や汽水湖も何らかの自然現象の結果生じたに過ぎませんから、干潟になる前の状態をよしとするならば、あちこちでの干潟を守る運動など意味が有りません。
東京駅前もつい数百年前までは八重洲と言う海岸線だったのですから、どの時点に復元するのかの問題になり議論は果てないので、結局は自然現象の結果は自然に任せて人間は自然現象による変化に合わせて適応して行くのが合理的と言うことでしょう。
郷土愛に燃えて復興を叫んでいる人は、この自然の営みに適応して行くよりは反抗しようと呼びかけているに過ぎないことになります。
人が生き易いように最近まで自然を改変して来たのが正しかったとしても、これが自然の反抗によってぶっ壊されて元に戻されてしまったとしたら、この際、今後100年の計として、どのように自然を変えて行くのが正しいかは別問題です。
100年経過した古い工場や商店が火災にあった時に、元のまま再建する人はいないでしょう。
(外見はそのままでも内装や配置している機械を変えるなど今後100年に適応して行ける工夫が必要です)
先人や父親の真似だけしてそっくり復興するのでは芸がないのは当然の智恵となっています。
商店や工場で言えば、競争相手に負け続けて漸く持ち堪えている状態(あと数年・・自分が隠退するまで赤字でも維持して行きたい・・・)の商店や工場が火災等に遭った場合、元のままに再建出来る保険金が入っても新戦略がない場合、火災等の被害にあった機会に土地を更地にして撤退するのが普通です。
神戸の震災復興では、元の古いしもた屋を(神戸の歴史を守れと)復元・建て直したものではありません。
今回の大震災被害にあった地域では、従来の過疎化が進む一方の地域で・・・じり貧のまま漸く持ちこたえて来た古い商店や事業所あるいは老人だけが住んでいた家が多かったとすれば、(高齢者が町中で経営していた古い店舗をもう一度再開するんだと頑張っている姿を英雄のように持ち上げていますが・・・)再建したい・・郷土を守る訴え・心情を美化して報道し過ぎると間違う人が出てきます。

共同体意識2(崩壊)

昭和30年代から進んだ山村等の過疎地ではまだ日本が貧しい時代の名残で家の造りが貧弱だったので、無人になるとそのまま朽ち果てて行くのが目に見えたのですが(日本画家向井潤吉の世界です)、昭和50年代から進んだ空洞化は日本がかなり豊かになって以降ですので、家の造りが割に良くて外見上では簡単に分りません。
シャッター通りで表現される商店街は客が来なくなったことによるもので家は立派でもシャッターが閉まっている状態ですから、外見上分りよいですが、これにほぼ比例して農村に限らず地方小都市では一般住戸・農家でも家の内部空洞化がすごい勢いで進んでいます。
シャッター通りは郊外型巨大店舗が出来たことを目の敵にしてマスコミが報道していますが、そればかりではなく、地方住民の空洞化が元々進んでいたのです。
千葉から鴨川までの高速バスを利用すると、途中から高速を下りて久留里の小さな盆地らしい地域の旧道を通過するのですが、(久留里城のあるところです)ここには特に大きな郊外型店舗が出来ている訳ではないものの、道路沿いの駅前旧商店街はほぼ死に態です。
50年ほど前から農村経済が縮小し近郷近在からの買い物客が減少し始めた上に、残った僅かな客も車社会化でここ数十年くらいは10〜20kmくらい先の木更津など中核都市に客を奪われてしまったのです。
この20年くらいは高速道路化の進展によって、周辺の客を奪っていた木更津自体が(東京湾横断道路によって15分で川崎、30分ほどで横浜や東京駅につきます)川崎や千葉市に客を奪われて地盤沈下・不景気に苦しんでいます。
今では、久留里周辺の住民が買い物に都会に出るのではなく、木更津を通り越して千葉や市川、船橋等の都会に出てしまっている様子です。
(4〜5人家族だった家で言えば、子供が進学や就職で30〜40年ほど前から都会に出てしまい、その内父親も亡くなっておばあさん一人と言う家が多くなり最後は空き家になるパターンです)
2007年4月に犬吠埼灯台へ行ったついでに銚子市内を散策したことがありますが、市街の規模は大きくしかも家は割合いに新しい(せいぜい手直し後または新築後3〜40年前後?)のでその頃まで、現役世代または退職金で新築した感じですが、現状はかなり無人の家が多い様子で町中がシーンとしていて、この先どうなるのかな?と言う印象を受けました。
銚子よりも千葉に特急で30分ほど近い八日市場駅(千葉から特急50分です)周辺の市街地・数年前まで八日市場市→今は匝瑳市と言いますが、この市街地へは千葉地裁八日市場支部があるので時々行きますが、そこは地名の通り地域の中心的市場として栄えた歴史があるらしくいくつもの立派な寺院があって、(平成2年に立派な寺院で行われた地元弁護士の葬儀に参列したこともあります)明治の最初から裁判所もある古い場所です。
この市街は広大な水田地帯の真ん中にあるので、現役の漁港を擁する銚子に比べて衰退が早かったらしく、ここなどは築5〜60年以上経過したような家が多く、最早完全に過去の町になりきっている感じです。
農業が駄目になって農村が疲弊したのではなく、同じ生産量の場合、その他産業が機械化によって3倍5倍10倍と生産性が上がるとその上昇力に比例出来ず、ひいては従来と同じ人口を養えなくなって人口流出が続いて行くのですが、銚子漁港の場合、生活水準の向上によって魚類の消費量が増えて価格が上昇し、近代化(機械化)に連れて遠洋漁業に進出して漁場も広がり生産性が上がっていたので、昭和50年代までは元気でした。
(小舟を操って沿岸漁業していたときは農業で言えば一戸たり5〜6反部の規模だったのが、2〜30町歩に規模拡大したような変化でした)
漁獲制限や排他的経済水域制が発達して来て、日本漁業の拡大が頭打ちになった50年代からは元気がなくなっています。
これは銚子漁港に限らず、大手水産会社が元気をなくして行った時期とも一致します。
昭和40年代までは高校野球では銚子商業高校の活躍、川崎市を本拠とするプロ野球の大洋ホエールズ(スポンサーは大洋漁業)があったのですが、これが1978(昭和53)年撤退して横浜に売却されてしまったのがその象徴です。
私が弁護士になった頃には、八日市場駅周辺から千葉の県庁や裁判所(書記官)、千葉市内の企業へ通っている50代の人が結構いましたが、今ではこうした人はとっくに見かけなくなっていますので多分その多くは鬼籍に入っていることでしょう。
今春久しぶりに(ここ5〜6年に行ってない記憶です)八日市場支部へ行ったときに、先輩弁護士の家の前を通ると雨戸が閉まっていたので、支部の人に消息を尋ねると数年前に亡くなったとのことでした。
裁判所へ行く裏通りは元の旧街道らしく私より3〜40年以上先輩の弁護士の家が並んでいたものでしたが、いずれもなくなって以来門を閉ざし、無人の屋敷になっている様子になって久しく(いつの間にか空き地になっているのもあります)上記弁護士一人が残っていたのです。
このように地方では共同体意識は崩壊しつつあったにも拘らず(あるいはほぼ崩壊してしまっている集落が殆どでしょう)、これを大震災被害に対する世間の同情心をテコに「無理」に復活させようとしても、前提になる共同生活(水利の共同利用管理など)がなくなっているのですから、無理なものは無理です。
震災被害に対する同情心を利用して、既になくなりつつあって崩壊寸前あるいは最早存在していない共同体意識を強調している人がホンの少数いるだけではないでしょうか?
ドン・キホーテのように、滅び去った価値観にこだわる人の姿はどこか人の心を撃つものですが・・・。

共同体意識1と離脱金支給

伝統的集落から早めに離脱して行く人に対して、その集落運営者が平均以上の早期割増金を払うのは心情的に抵抗があるのは分りますが、物事は心情重視では無理がでてきます。
大方心情重視と言うときは心情が社会実態の変化から乖離している・・社会実態に遅れているときに使う言葉でしょう。
稲作共同体の歴史が長かった我が国では、集落共同体を死守することが集団員の生活を守る命綱でしたし構成員は当然守るべき最低の義務であり美徳であると教え込まれて来たので、社会構造が大きく変わってしまってから100年前後も経過しているのに今回の大震災では未だにこれに執念を燃やす人・・「郷土愛の強い人がいる限り復興は出来る」などとたたえられる傾向があります。
現在のマスコミ報道で見ると、飽くまでふるさとに戻りたい・破壊された集落や元の事業の復活に執念を燃やしてる人がもっとも尊いかのように描かれ、これを賛美する意見が100%です。
原発の避難地域に限らず、津波で壊滅的被害を受けた地域とは、将来再度同じような惨禍が予想される地域でもあるのですから、同じ場所に復元であれ復興する発想は、遊水池の比喩で言えば豪雨で遊水池が水浸しになった後にもう一度同じ遊水池内に集落を復元する運動を賛美しているのと同類で、おかしなものです。  
復興するには今度は津波の来ない高台等別の場所に集落を復興すべきですが、そうなると同じ場所ではなくなるので、復興とは何かの問題に行き当たります。
元の同じ集落住民が別の場所でもう一度固まって住みたい・・濃厚な人間関係の維持・継続を願っている気持ちが中核にあって、出来れば元の集落の近くでありたいと言うことになるのでしょうか?
場所は二次的要素でしかなく(同じ場所またはその近くにこしたことはないとしても)少なくとも従来の人間関係を復活したいと言うのがその基本でしょうか。
日本では、今でも何故共同体意識を重視するのでしょうか?
勿論アメリカもこれを知っていて「ともだち作戦」とか言って、(なかなかのキャッチコピーと言うべきです)日本人の心情をくすぐります。
誰もが先ず共同体意識を重視するかのような発言をする智恵があるのは、(私は年甲斐もなくこうした智恵に疎いので本当のことを書きたくなりますが・・・)稲作社会では灌漑設備は共同でなければ維持出来ないので、共同体を重視するし、これを軽視する発言をする人は危険人物視されて来た長い歴史があってのことでしょう。
ムラ意識に関しては、2011年4月24日に書き始めたムラ八分の続きを、この後に書く予定ですが、ここでムラ意識について少し割り込むことになります。
近いところでは、明治維新で国許にいられなくなった伊達家や会津松平家、あるいは淡路の稲田家など集団移転して開拓に従事していますので日本人は集団行動が好きかと誤解しがちですが、(徳川家も静岡へ)これは開拓の特殊性によるものであって、開拓移住以外で各藩の武士等が東京や大阪へ移住するのには集団行動ではなく各人バラバラの移動です。
私が育った頃から、小中学校まで一緒でもその後は(昭和30年代以降)その殆どが進学や就職等で離ればなれになるのが普通で、江戸時代までのように生まれてから死ぬまで同じ集落で同じ農業に従事している人の方が少ない・・今や稀な時代です。
現在の郷土愛・・結局は共同体意識の復活を重視するマスコミ論調は、過去の村落共同生活・・今や存在しない亡霊を前提に賛美しているに過ぎません。
千葉県の過疎化の進んでいる地域で見ると、高度成長に取り残された農業で生活するのが苦しくなってからは、遠くの中核都市に職を得て朝早く出て夜遅く帰る生活となっているものの、職場が遠いので地元集落と日常的には何の関係もなくなって共同体意識がバラバラになっている・・と言うよりは、濃厚な人間関係を鬱陶しく思っている人が多くなっています。
農村にいながら水田を荒れ地にしている家が増えたのは、1つにはいろんなムラの共同作業参加が面倒くさく感じている人が増えた面も有るでしょう。
この第一世代・7〜80代の(鬱陶しい)意識を反映してか、次世代になると千葉や船橋周辺・都市部にアパートを借りたりマンションを購入したりして移転してしまい、共同体作業(鎮守の森の草刈その他一杯有ります・・)への参加など無視している世代です。
彼らは最早過疎地化しつつある実家に戻る気もないので、次の世代になると県のはずれの方では空き家がすでに増加しつつあります。

事前準備6(移転奨励3) 

 危険域内人口縮小策・早期移転奨励のためには、政府から交付された金額(正確には事業所等の移転補償分や事務経費等を控除した)を一人当たりで割った分=一人当たり補助金額より一定期間内の早期割り増し(一定期間経過すると平均より少なくする)制が必要です。
この対として、原発立地決定以降は新規定住や事業所の開設を禁止し(その後に定住したり開業した人に立ち退き補償する必要はないでしょう)、あるいは家屋その他の立地を禁止すべきことになります。
定住を禁止するだけですから、危機発生のとき以外は観光やふるさとを偲んで時々帰郷することまで禁止する必要が有りません。
今でも地方の両親死亡後親の家をそのまま残している人が大勢いますが、その光景と同じでしょう。
別荘か本拠地かの違いは生活手段・収入源が主としてどこにあるかの違いとも言えます。
主たる生活手段・・収入源が危険区域にあると避難したときに食べて行けないことが移転奨励策の基礎ですから、それまで農業であった人はムラを出る時にその農地を保有したまま出ることを許さず、自治体または第三セクターによる強制買い上げ(収用)が必要です。
これまで書いている補助金がその対価・原資となるべきでしょうから、トータル補助金・立退料の額は保有していた資産の多寡に応じて少しずつ違うことになります。
これは区画整理等で移転補償が個別に算定されるのと同様の作業です。
自宅だけ圏外に引っ越して毎日車で元の農地を耕しに来ていると事故があって立ち入り禁止になった時に収入源がなくなってしまいます。
立退料が要らないから、(あるいは今は半分しか要らないから)その代わりイザと言う時にそのお金をくれれば、そのお金の支給で食いつなぐと言う人がいてもおかしく有りません。
仮に50年に一回事故が有るとすれば、7〜8%の複利運用で10年で2倍20年4倍・・以降は低金利時代ですが、仮に平均5%運用とすれば単利でも20年で2倍ですから、40年で8倍、50年で約10倍です。
(運用率は5%以下かも知れませんがその代わり単利運用はあり得ないのでこの2倍くらいにはなるでしょう)
9000億円(運転開始後も毎年130億円も貰っています)の10倍以上(事務経費や農地等業務用施設の買い取り資金など控除しますが・・)を避難民7万人で割ると・・・一人当たり天文学的数字を貰えそうです。
あるいは政府が信用出来ないならば一時金で貰っておいて自分で運用すると言うのもありでしょう。
これで5年10年食いつなげるならば、別荘さえ用意してもらえればそのまま現地で農業をやっていて、事故が起きてから避難するのでも良さそうです。
50年も経過すれば当時50歳の人でも100歳ですから、自分一代で農業が終わりだと思えば、どうせ死んでしまうので貰い得かも知れません。
移転奨励に応じない自由(特に高齢者など)もありますから、こうした人たちのために6月17日から書いている自治体による集団避難用地の事前取得が必要です。
交付金を元手に移転奨励政策を前面に打ち出していても、新天地への適応力のない中高年者の7〜8割と適応力のない1〜2割の若者だけが地元に残り続けることはあり得ます。
それでも、原発立地(福島第一原発で言えば1964年には既に90万坪もの用地買収が終わっています)から、2011・3・11までの間に67年間も経過していますので、立地決定当初の中年・高齢者(例えば当時45歳以上の人は109歳以上です)は全員死亡していて存在し得ません。
新天地への適応不全・・あるいは高齢の両親を見るために地元に残った1〜2割の(当時20〜30代の)若者でも現在では84〜94歳になっています。
交付金を貰っていた町村で転出奨励策を大々的に採用していたならば、(例えば)半径15km圏内では(原発関係者用の宿舎などを除いて)殆ど無人になっていて、今回の大被害は起きなかったことになります。
私が6月17日から書いて来た避難用の用地事前取得は、原発立地自治体が無人になるまでの過渡期の数十年だけ必要な施策であったことになります。
15〜25km圏内・・避難必要性の蓋然性が低い灰色地域では、ある程度の危険性が予想されるとの主張によって相応の交付金の分配を受けていたとすれば、交付される限度で少しでも緊急避難対象住民を減らす努力をしておくべきですし、(一定の距離があるので早く戻れる可能性が高いこともあって)事前用地取得と転出奨励策との二段階政策が合理的であったかも知れません。

事前準備5(移転2)

どうせ緊急避難するならば、予め用地取得していた別荘準備形式による集団避難の方が、(例えばコンビニや介護関連など生活利便施設まで用意すれば)現状の体育館や校舎に緊急避難しているよりは生活が楽ですが、一定期間以上・・例えば半年も1年も仕事がないまま生活が出来ません。
事前に避難場所を自治体が用意していても、長期化すると仕事がない問題・収入不安を解決出来ません。
避難しなければならないような放射能汚染が始まれば、3ヶ月や半年では戻れないのが普通でしょう。
コンビニや介護事業所や病院・美容院など住民の避難に一緒にくっついて行った店は当面商売になりますが、基幹産業がついて行けないと客になるべき人たちの収入が続きません。
職場がついて来なくとも良いのは年金や生活保護者や子供のみであって、その他の元気な人ほど困ってしまいます。
避難用地事前取得が役に立つのは、年金生活者等とその関係者だけになります。
(元気な人にとっては再就職先を探すまでの間の緊急避難先として体育館よりはマシと言うだけです)
年金等生活者等だけのための事業所としては、介護や医療関連施設はそのまま移転が必要ですが、その他の理容・美容・食料・生活雑貨関係の需要・雇用は、こうした顧客向けだけに縮小することになります。
元々過疎地ではこの傾向にあったのでそのまま過疎化が進んでいれば均衡していたのですが、原発立地によってなまじ雇用が増えたことによって、元気な人の転出が減少し、14日に紹介したように大熊町の例で言えば人口が逆に1、5倍に増えていたので、長期避難になると減らないで増えた差額分の雇用が問題になってきます。
これに対して予めの本格移転は転居先での就職が前提ですから、原発事故が起きても失業の危険・心配がないどころか、放射能の届かない遠距離で就職してしまった人は福島原発の危険に対する一切の不安がなくなり、完全な不安解消策になります。
不安解消の究極の形は生活基盤全部(別荘形式ではなく)を放射能汚染のらち外に移転してしまうことでしょう。
牧畜や工場・その他の産業では、自治体の用意した用地内に避難したのでは事業継続・維持出来ない事業者の方が多いでしょう。
避難に馴染まない業種(及びそこで働いている人)は自営のために予め移転しておく方が合理的です。
仮に放射能漏れ事故発生までに町民の2〜3割が完全転出してしまい、半分が別荘を建てていてセカンドライフを楽しんでいる時点で、今度のような避難騒ぎが起きたとしたらどうでしょう。
出て行ってしまった人にとっては被害ゼロですから、この割合が大きければ大きいほど(域内人口が少なければ少ないほど)原発被害が少なくて済みます。
元々原発立地は最も人口の少ないところを選んで計画していたことから言えば、原発立地による地域振興策を提案したり、その結果人口が増えたと喜んでいる政府・自治体やマスコミは論理矛盾を犯しているのです。
こうして徐々に完全離村であれ村の用意した用地内の別荘であれ事実上の移転が危機の具体化の前に進んでいれば、イザと言うときの緊急避難者が減少して被害が少なく自治体の対応が楽になります。
大熊町のように原発立地後1、5倍に人口が増やしてからの放射能被害では、損害が1、5倍に拡大することになりますから、政府や自治体による地元振興策・・人口増加政策は誤りで、(人口が増えたのを自慢している場合ではありません)むしろ出て行くのを奨励して人口縮小を図るのが不安対策としては合理的です。
比喩として洪水対策のために広大な遊水池を設定した場合を例にして考えてみましょう。
遊水池予定地内の住民に対して、遊水池造成工事時期に巨額の不安・危険手当を払う外に完成後は堤防内にいる住民に対して「もしもの場合水浸しになる・危険だ」からと言って危険手当・原発交付金を毎年払っていたのと似ています。
自治体は「ここは補助金が一杯貰えて良いところだ」と宣伝して遊水池予定地・・堤防内の住民をどんどん増やす・その土地が発展したと自慢するのは馬鹿げていると言えませんか?
危険なら避難・移転を奨励して少しでも人口を減らす方向へ努力すべきで、そのための費用や補償金を払うべきであって、居座る人を増やすための補償金では意味がありません。

免責事項:

私は弁護士ですが、このコラムは帰宅後ちょっとした時間にニュース等に触発されて思いつくまま随想的に書いているだけで、「弁護士としての専門的見地からの意見」ではありません。

私がその時に知っている曖昧な知識を下に書いているだけで、それぞれのテーマについて裏付け的調査・判例や政省令〜規則ガイドライン等を調べる時間もないので、うろ覚えのまま書いていることがほとんどです。

引用データ等もネット検索で出たものを安易に引用することが多く、吟味検証されたものでないために一方の立場に偏っている場合もあり、記憶だけで書いたものはデータや指導的判例学説等と違っている場合もあります。

一言でいえば、ここで書いた意見は「仕事」として書いているのではありませんので、『責任』を持てません。

また、個別の法律相談の回答ではありませんので、具体的事件処理にあたってはこのコラムの意見がそのまま通用しませんので、必ず別の弁護士等に依頼してその弁護士の意見に従って処理されるようにしてください。

このコラムは法律家ではあるが私の主観的関心・印象をそのまま書いている程度・客観的裏付けに基づかない雑感に過ぎないレベルと理解してお読みください。