象徴と総意

日本の天皇や政府・当局者は、国民を圧迫して来た人民の敵と言う対立軸で理解すべき世界中の君主や政府・当局者とは成り立ちが違っています。
西洋の絶対君主は王権神授説で国民に対する絶対支配・圧迫の根拠として権威付けしようとしましたが、日本の天皇は、超越的権威者から付与された外的権威を利用して人民を圧迫して来たことはありません。
天皇制は古代から日本列島の総意に基づくもので、王権神授説のような言い訳を必要としていません。
日本も元は他所の国のように支配被支配の対立関係であったかも知れませんが、光明皇后や聖武天皇の事績から見ても早くから民のために尽くすことを目標に掲げる政府になっています。
私の素人的思い込みでは、縄文の昔から特定の権力者がいたのではなく何となく集団世話役が発生し途中呪術的要素が加味されて卑弥呼のような呪術師が尊崇されて天皇の系譜が出来上がって行ったのではないかと思います。
実務はその下の人たちになるのでその間に実務者同士の戦争があったでしょうが、戦争で勝った実務者がトップになる社会ではなかった・・トップは飽くまで天の声を聞ける天皇家という位置づけできたのではないかと思っています。
この想像は後世の日本本社会のあり方から影響を受けているとも言えますので、はっきりしたことは分りませんが、中国のようにまず市場を取りし切るボス=武力保持者としての王から始まったものではないことは確かでしょう。
このような始まりですので、日本の天皇家は列島全体の平安を祈るばかりで具体的権力闘争から一歩引いていると言うか遊離しているのが特徴です。
ただし壬申乱のように天武天皇が自ら兵を率いて戦った例もあります。
全国各地での国分寺等の建立を意地悪く見れば、統治に利用するためだったと言えますが(私たちは歴史でそのように習った記憶です)、政治というのは当然一定の現世的効果をあわせて狙っていることがあってこそ成功するものですから、その面だけ見るのは意地悪というか片面的過ぎます。
全国への国分寺建立の詔勅は西暦で言えば741年ですから、こんなに早くから「民の平安」をはかることを(内心統治のためであろうとも)正面のテーマにした君主が諸外国にあったでしょうか?
彼や彼女(光明皇后の事績も知られてます)一人がイキナリ民の平安を願ったのではなく、その前からずっと歴代天皇あるいは大君がそうした思考方式で来たから、多くの支持があって全国を対象にした国家的大事業を始められたのでしょう。
白村江の戦いで敗れてから西洋世界に約1300年も早くから日本列島では強固な国民国家意識を育んでずっときたのですが、一般的には戦争で大きく負けて団結心が生まれることはなく・・むしろ負けると四分五裂するのが普通の国や民族集団です。
日本列島だけこんなに早くから強い団結心があった原因は、白村江の敗戦の何世紀も前から、あるいは常民の時代から集団内でお互い慈しむ生活習慣があって、権力が人民を虐げるような政治をしていなかった事によると言うべきではないでしょうか?
日本古代史では魏志倭人伝の「鬼道を良くした」卑弥呼が良く知られているように、日本は最初から被支配者を圧迫する権力者としての大君ではなく、神の心を伝えることから始まって、その内に象徴としての大君に発展したのではないかというような根拠のない理解(私は歴史専門家ではないので気楽な思いつきです)を私はしています。
日本列島では大王と言われていた時代から
「大君は 神にしませば 水鳥のすだく水沼(みぬま)を 皇都(みやこ)となしつ」
と万葉集で歌われているように、天皇は上から人民を支配圧迫する権力保持者として意味があったのではありません。
古くから、天皇家は民族の神・・精神の象徴として尊崇を受けることに価値を置いて来たし、日本列島住民の精神を象徴する存在でした。
天皇がそうであるからその下で実務を行なうべき集団・・各分野ごとに権力を担う人々「司々」は、私利私欲のためにあるのではなく、末は集落であればその集落みんなのための世話役・・イザとなれば進んで自己犠牲になる社会合意です。
佐倉宗吾郎その他、全て代表になる以上は、代表として自己犠牲を厭わない含意になっています。
降伏して城を開けるときには、城主だけが切腹するなど責任を取るのが名誉とされる社会です。
列島民全員の総意の象徴として天皇制がある以上、その下にある政治権力も古代から民族の総意を無視出来ません。
西洋のような革命の結果できた選挙制度がなくとも・・ずっと千年以上も前から総意を汲み取るのに慣れていますし、天皇や権力者は言わば国民個々人の分身であって、人民との対立概念ではありません。
「総意」と言えば、日本国憲法の条文が意味深です。

憲法
第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

天皇の地位は「総意に基づく」というのですが、「総意」はどのようにして分ったのでしょうか?と言う疑問です。
西洋的思考・法律家的思考方法によれば、「アンケートをとったのか?選挙したのかとなりますが、そんなことを疑問に思うこと自体が「野暮」というのが我が国の総意であり日本教の極意です。
古代から日本列島では、総意が自然に決まって行く社会でした。
象徴とは、元々はそう言う性質のものです。
10月31日の園遊会で、参議院議員の山本太郎氏が天皇陛下にイキナリ手紙を差し出したことが政治問題化しています。
天皇の政治利用に当たるかと言うことがテーマらしいです。
私は違った観点で驚いてます。
手紙をイキナリ陛下に差し出す行為は、言わばイキナリ話しかけるようなものです。
どこの組織でも上下の関係があって、上位者から声がかかって下位のものが応答するのが礼儀であって目下の方から「やあ!」と声をかけるなどあり得ません。
昨日の段階で報道されている彼の言い分は「そんな禁止があるとは聞いていない」というものらしいですが、彼は国民の心底までしみ通っている天皇に対する国民の心を理解していないし、法律で禁止していなければ何をしても良いと考えているとした場合、国民の総意を代表するべき国会議員の資格があるの?となってきます。

日本教と天皇制(美しい日本)

殆どの国では異民族に占領されると占領軍と提携して国を売る人材があらわれて占領軍に良いように支配されてしまう・・その結果植民地に転落して行きました。
(中国清朝末期の買弁資本家その他の国では傀儡政権成立)
日本の場合、どんな苦境に陥っても兵は最後まで勇敢に戦うし、占領後に交渉相手になった官僚や政治家も一人として自己利益のために民族を売るような人物は出なかったので、米軍は付け入る隙がなくてどうにもならなかったのです。
戦後処理に関与した人を非難する人が多いですが、派手に反対ばかりしてれば良かったのではなく、柔良く剛を制すというように結局民族の独立を守るためにどちらが良いかと言う問題です。
今でも、アメメリカ批判ばかり強くなり過ぎると、アメリカが腰を引いてしまって日本が損することもありますから、何事も程々にしているのが一番利口ということです。
私は将来アメリカが信用を失って行くであろうということ・・過去にどんなに悪行を働いて来たか・・中韓両国に対して日本批判を裏で唆すのはアメリカ自身に帰って来るでしょう・・と言う意味で書いているだけで、そのこととこれを種にアメリカと大喧嘩すべきかとは全く別問題です。
アメリカに対して言い返すのではなく、中韓が言いつのるならば、戦争に至った経過と戦後のことや過去の西洋による植民地支配等の実態を粛々と紹介して行けば良いことです。
占領軍は日本を恒久的に4等国にしておくために、この崇高な日本の民族精神をぶっつぶし・日本民族の強固なアイデンティ破壊を目標としていたとすれば、戦後の国体護持論争は、日本民族の被植民地化・実質奴隷化を阻止し日本民族の尊厳・道義観を守り切るか否か・・国体の護持が出来るか否かこそが、民族精神の実質的興亡のかかった大変なせめぎ合いだったことになります。
米軍は各地の戦線でどんなに日本軍が劣勢になっても最後まで頑強に戦う日本兵の強さには驚き恐怖を感じていたことが知られています。
この強さ・団結心の秘密は神道にあると言う研究によって、占領後は神道の破壊を真っ先の目標にしていました。
神道の破壊こそは、日本支配の象徴として連合軍の第一の目標に上げられていて、占領後全ての指令に先立って真っ先に出されている重要さが分ります。
戦後レジームからの脱却を主張する第一次安倍政権時のスローガンが「美しい日本の復活」であったのはまさにこの本質を言い当てています。
国体護持者=軍国主義者ではなく、美しい日本列島・・ココに生きとし生けるものを愛する心・・絆・日本人の高い道義観を大切にする心を維持し、守って行くかどうかこそが戦後の争点であって、天皇制の維持はその象徴的結果でしかありません。
ただし占領軍との妥協の結果、天皇は人間宣言を発します。
それまでは現人神だったのですが、これにこだわっていると天皇制維持自体が難しくなったからでしょう。
日本人にとっては天皇は現人神であろうとなかろうと、日本人の心象徴として残れば良いことです。
天皇制維持の可否は、西洋的な(日本以外での)君主制か民主制・共和制かと言う政治体制選択の問題ではありません。
我が国の場合、国民統合の象徴・・即ち、日本教とも言うべき「自然を愛し、生きとし生けるもの全てを愛し、残酷なことは一切しない「和」の心」の象徴を一種の偶像として個人・天皇家に託しているのが天皇制ですから、心のありようの問題です。
天皇が権力で国民を強制的に支配しているのではなく、一家の神棚みたいなものです。
日本の天皇やこの精神(大御心)を実現するべき実行部門である政府・当局者は、古代から国民のためにあったので、国民を圧迫する人民の敵と言う対立軸で理解すべき世界中の君主や政府・当局者とは古代から成り立ちが違っています。
国体護持・天皇制維持の問題は権力構造・制度維持・制度改変という皮相の問題ではなく、日本人の心のよりどころ・・日本中の神社を破壊し、日本精神そのものを破壊する意図が露骨になってしまいます。
軍国主義の頂点としての天皇制の廃止論を掲げていた占領軍司令部が、直ぐにこれを撤回修正して、維持の方向へ方針変更せざるを得なくなったのは、こうした違いを理解したからです。
これを理解しない韓国大統領による天皇侮辱発言日本人の心の象徴に対する侮辱になって憤激を買います。
中国による人民と政府・戦犯を峻別する宣伝・・これに乗る我が国マスコミ・文化人の主張も日本人の一体感に反しているので効果がありません。

 アメリカの神道敵視政策8

アメリカは、占領目的を日本の民主化のためと言いながら、占領と同時に実質的な植民地支配を始めていたように見えます。
何もかも検閲しアメリカに都合の悪い書籍は発禁処分・・発行済の書籍は廃棄処分を命じられてたのですから、これでは帝国憲法でも「臣民の義務に反しない限り」という限定付きで政府批判が自由に出来たし、政党活動も出来て、人権保障が充実していたのくらべると大幅後退です。
何しろ連合国民と朝鮮人民には、日本の警察・裁判権すら及ばない制度設計をしてしまったのですから酷いものです。
(アメリカ軍人には今でも警察権が及ばないままですから・・これが今でも米軍人の犯罪に対していつも社会問題になっていますが、当時は民間人に対しても不逮捕特権がありました)
これでは西洋による東南アジア等での植民地支配そのままの移植ではないでしょうか?
ポツダム宣言受諾は日本人をアメリカの奴隷化におくことを承諾したするものではないし、国家の存続を前提にするものでしたが、武装解除を良いことにして米軍は国際条約を明白に破って日本支配していたのです。
ソ連も同じく、57万人もシベリアに連行して奴隷労働以下の迫害をしています。
日本で一生懸命でっち上げて数人殺したかどうかをほじくって戦犯裁判をしているときに同時進行している古代バビロンの捕囚を地でいくような野蛮な大量連行に世界中でどこも問題にしない・・アメリカとソ連の秘密合意があったことが充分に推測されます。
これらは全て当時の既存の国際条約に対する明白な人道違反行為です。
すなわち明治憲法下でも天皇制に反する以外は政策論は自由に言論できていたのですが、GHQの検閲では細かい規制まで全て批判記事を全て検閲し発禁処分にしていたのですから、言わば明治維新当時よりも厳しい言論弾圧が実行されていたことになります。
発行済の各種書物も米軍に都合の悪いものは、次々と廃棄処分になりましたが、幸い個人所蔵が多くてあちこちに残ってしまったのが幸いで、今では復活して研究対象になっていますので、アメリカの旧悪が暴露され始めました。
これが表向き自由主義を世界に正義を説くアメリカ政治の実態でした。
ギリシャ・ローマ等で市民恵権があったのは市民だけあったように、アメリカ人と支配下にある植民地人民とは違う・・人種差別が彼らの言い分でしょう。
しかしそれでは圧政下にある日本人民を解放するという開戦の大義はどうなるのでしょうか?
この矛盾・批判を避けるために、GHQは検閲していることを絶対極秘にするように日本に命じて全て日本側の意見で決まっているかのように偽装していました。
朝鮮人の暴虐・不法占領などの記事は報道禁止されていたし、今でも在日朝鮮人の犯罪では本名ではなく通名報道が普通になっているのは、こうした歴史があるからです。
ウイキペデアには、今だからこそ掲載出来る占領時情報が一杯出るようになっています。
その他関係者による開示その他研究論文も一杯出て来ました。
ネット情報化時代がきて、(ポツダム宣言の受諾条件を破っていた)アメリカの卑劣な占領政策をブラックボックス化出来なくなってきました。
そこへ韓国現朴大統領から「歴史認識をしろ」という忠告が出るに及んで、日本国民の多くが占領時の経過に注目するようになって来ると、アメリカの戦争犯罪性が暴露されて来て苦しい状態に追い込まれつつあります。
シリアの化学兵器使用疑惑も世界が信用しなくなり、他方で世界中の親密国の首脳の電話盗聴行為が暴露されるなど、その内にイラン等に浴びせていた「悪の帝国」の呼称が、アメリカの代名詞になる時代が近づいています。
国体護持に関する本来の争いは、万年単位で続いて来た自然の移ろいを愛し、万物を慈しむ日本人の心=絆を大切にし続けるか、これをやめさせるかであった・・アメリカの意図していた精神奴隷化政策の阻止がテーマであったとすれば、意味が違ってきます。
日本民族を奴隷化・最貧困化させて教養も道義も何もない国民にしてしまう意図で次々と攻勢をしかけて来る米軍軍政に対する抵抗の歴史であったとすれば、国体護持の争点は何であったかが明らかです。

アメリカの神道敵視政策7(日本人奴隷化3)

我が国では、ポツダム宣言受諾の可否を巡る論争以来、国体の護持とこの破壊が敗戦直前から戦後政治の基本争点でした。
国体の護持と言うと古い神格化した天皇制を頂点とした軍国主義的体制と・・偏狭なナショナリズムの権化みたいに見えます。
自宅には法律書を置いていないので引用出来ませんが、私が司法試験勉強したのは宮沢俊義(人権関係)と清宮(統治機構関係)の憲法でしたが、(いずれも昭和30年代前半ころ執筆・・当時の支配学説でした)実際そのように我々は教育されてきました。
戦後学会やマスコミ・作家・文化人等は、アメリカ占領軍に対する迎合主義者で固められていますので、我々は民族精神存亡にかかわる基本的争点・アメリカ占領軍に対する奴隷化阻止闘争を、神格化された天皇制や軍国主義維持かどうかの戦いであったかのように矮小化して教育されてきました。
迎合と言うと厳しすぎるかも知れません・・昨日書いたように日本人の奴隷化を阻止するためにそれぞれの立場で腐心していたことは間違いのないことでしょう。
心で哭きながらも命じられて黙々と中国等へ搬出するために機械の梱包に当たった人もいますし、積み込む作業をした人たちもいます。
彼らを売国奴と言えるでしょうか?
みんなで必死に「堪え難きを耐え」ながら働いていたその姿勢全部がマッカーサーらの気持ちを変えて行ったのです。
マッカーサーと取り巻きに日本人はアメリカの良き友人だと思わせるために国民はその持ち場持ち場で頑張っていたことを評価する必要があります。
迎合との批判を受けようとも、民主主義を信奉する姿勢を示すことがまず第一の必要性でしたし、まずは彼らに日本を信用させることは独立を早める道だったことは明らかです。
そのためには、アメリカの汚さ悪辣さを言い募っているだけではいい結果になりませんから、そう言う批判はマスコミがなるべくアメリカ軍に見せないようにしていたことは、迎合/自主検閲とも言えますが、日本側の智恵でもあったでしょう。
マッカーサーが解任されて帰るときに、沿道にもの凄い数の見送りが自主的に集まったのも、巧まずして(組織しなくとも日本人は自然にこの程度のことは出来ます)日本人がまとまって演出したものです。
彼は心底気持ちがよかったでしょうから、日本擁護の議会演説もしてくれたのです。
上記は最後のころの話ですが、まず司令部は、言論の自由・日本民主化のための占領政策・日本人の解放と言いながら、自分(GHQ)に対する政策批判を一切許さなかった検閲と強化していたことも出てきました。
日本マスコミは迎合と言うかこれに協力して、(協力しなかった朝日は発禁処分を受けています・・その後100%協力に変わったのでしょうか?)アメリカ軍司令部に気持ちのよい環境づくりに精出したことも検閲がスムースに行った一因です。
実質的に奴隷支配を目的としていたとすれば、言論統制は当然の帰結です。
マスコミは逆統制もしていました・・これによって司令部に知られると日本の独立に都合の悪い情報(右翼の勢力を過小に報じるなど)が司令部に入らないようにしていたからです。
司令部はマスコミに検閲を命じていて逆に司令部に入るべき情報もマスコミに検閲(しゃだん)されていたことになります。
マスコミはこのときの経験があるので、自分の都合だけで(韓流など)一方的情報を流す習慣が未だに続いているのではないでしょうか?
日本は戦後も政党結成の自由があったと言っても、政党間の国会での議論で政治を決めるのではなく、GHQの指令で決まるのであれば、国会とは/民主主義とは何だったのかとなります。
この端的・象徴的な例が自主憲法かどうかが争われている現憲法制定過程です。
憲法に限らず国会で決めたように外形上なっている各種法令が、実は全てGHQの承認がなければ出来なかったことが分ってきました。
GHQの意思決定には日本国民は一切関与出来ないのですから、何のために総選挙をしているのか、これをもって民主国家形成のために軍事占領しているという茶番性は外形上明らかです。
ただし、非関税障壁で有名なように、日本は表面上従いながらしたたかに日本の立場を盛り込んで行くのが得意ですから、正面から対決出来なかったことばかり捉えるのは不正確です。
対決するばかりが強いのではありません・・対決しなくとも日本人は強くしたたかに対応していて、国民に必要な法令を成立させていたし、結果的に欧米植民地以下の生活水準に落とされないで済み、今の世界に冠たる文化国家日本があるのです。

アメリカの神道敵視政策6(日本人奴隷化2)

飛行機製造禁止が新幹線開発に繋がったのは有名な話で誰でも知っていますが、今もマトモな兵器はほぼ100%製造禁止でアメリカからの購入を義務づけられているとはおぼろげながらみんな知っています。
しかし、当時は一般民需品も製造禁止・・どころか折角焼け残っていた民需用の製造設備を海外搬出されていたとまで知る人は少ないでしょう。
敗戦後焦土化して食うや食わずの日本からナケナシの製造設備まで運び出していたのですから、まさにアメリカは日本人を奴隷解放前のアメリカ黒人奴隷並みの生活水準に落とし日本人を精神的奴隷下におくことが目的だったことがわかります。
日本人を実質的奴隷化の一環として、日本人が抵抗しないように団結力の基礎であり、文化・絆の基礎である日本精神の解体・弱体化が急速に図られます。
これが占領後まず発した神道指令に繋がるのです。
今にして思えば、アメリカの邪悪な意図に抗して良く日本人の尊厳・独立が守れた・・アメリカの奴隷にならないで済んだものだと感心しますが、負け戦の中で日本将兵が各地で最後まで果敢に戦い抜いたように、銃後の政治家・官僚・一人一人の国民も敗戦後の日本民族を守るために本当に困難な戦いをしていたことが分ります。
ポツダム宣言受諾後もずっと戦争が続いていたのです。
関係者が自分さえ良ければ良いという人・・アメリカに受けがよければ、民族などうなっても良いと言う人が出ないで、民族全体を思う心の人ばかりだったことが民族の尊厳を守れたのです。
まさに神道の民族一体精神をハッキして一糸乱れずに粛々と武装解除して行ったこともアメリカには程路危機だったでしょう。
降伏とその後の手順が見事であった結果、民族がアメリカによる奴隷化政策から民族全体を守れたのです。
国民の末端にいたるまで,アメリカ軍に乱暴する口実を与えないという智恵があったでしょう。
マッカーサー着任後直ぐに布告予定だった軍政を撤回させる(このときもマッカーサーは奴隷化するつもりはないと言い訳しています)など、この逆境に日本の政治家・官僚・国民の末端に至るまで必死に民族を守ってくれたので、現在の豊かな日本があります。
日本軍の末端の兵士は優秀であったが如何に日本の官僚や軍中枢が腐っていたか・だから戦犯処刑するという論法をアメリカは宣伝し、これに迎合している文化人の著作・映画が一杯あり・・我々もそれを読んで、観て育ちました。
中国等の主張する戦犯や政府と人民2分する宣伝は、ココから始まるのです。
国民的作家と言われた・・司馬遼太郎などもその一人になるかも知れません・・実際には戦線の軍人同様に中央にも必死に国民を守った優秀な人材が一杯いたからこそ、アメリカ側に付け入る隙を与えずに武装解除後まるで武力のない官僚が、米国の日本人奴隷化政策を水際で次々と阻止できたのです。
ポツダム宣言違反の米軍の非人道・奴隷化政策に対して、不満があっても反乱等の暴動を起こさずにうまくやった結果、今の日本があるのであって、朝鮮人の挑発に反応して、暴動を起こしていれば軍政を布いて直接奴隷的支配下におきたい米軍の思うつぼだったでしょう。
話を神道敵視政策に戻します。
10月24日にGHQの神道指令を紹介しましたが、戦後の民主化改革中最も早く神道指令が出ている・・進駐御直ぐの45年中に出ていることからも事前の計画性・アメリカが重視していたことが看取されます。
とはいえ、キリスト教やイスラム教が、教義に基づいて無知蒙昧な信者を一方的指導して行く宗教とは違い、草の根の思いが支えあって曖昧に出来上がっている日本神道とを同視した点に誤りがあったと思われます。
神道は指導者が一定の方向を示して国民が盲目的に従うものではなく、(政治の世界でも企業でも欧米では全て指導者次第ですが、日本では総意を汲み取る社会で逆です。)日本列島に住む人々が自然発生的に、「みんな仲良くしましょう・万物を慈しみましょう・・豊かな自然に感謝しましょう」という心が芽生えていて、この総体として象徴する神道・神社が各地にあるのであって、頭になる神社さえ圧迫し潰せば日本人の心が変わる訳ではなかったのです。
順序が西洋等の宗教などとは逆です。
日本列島に住む万人の心の象徴でしかないので、神社はどこでも豪華設備を自慢するものではなく、こんもりとした森の中に質素な小さなホコラ類似の建物があるだけです・・。
今年伊勢人宮にお参りすると休憩所等一般人の入るところは今風に立派・・快適になっていますが、神殿本体は質素なままでした。
伊勢神宮に参拝しても質素さこそが却って国民の自慢で、偉容を誇るのが好きな外国人には理解不能かも知れません。
お寺は外国から入ってきたので、最初は丹塗り極彩色のもので偉容を誇る大伽藍が普通でしたが、神社はそう言う性質を持ち合わせていません。
お寺も長い時間の経過で建物も色がはげ落ちて却って日本人好みになってきましたし、今では、偉容を見るために訪れるのではなく、時代のかかった落ちついた建物や綺麗な庭園と付属したうっそうとした森/長い参道などが売りになっているようです。

免責事項:

私は弁護士ですが、このコラムは帰宅後ちょっとした時間にニュース等に触発されて思いつくまま随想的に書いているだけで、「弁護士としての専門的見地からの意見」ではありません。

私がその時に知っている曖昧な知識を下に書いているだけで、それぞれのテーマについて裏付け的調査・判例や政省令〜規則ガイドライン等を調べる時間もないので、うろ覚えのまま書いていることがほとんどです。

引用データ等もネット検索で出たものを安易に引用することが多く、吟味検証されたものでないために一方の立場に偏っている場合もあり、記憶だけで書いたものはデータや指導的判例学説等と違っている場合もあります。

一言でいえば、ここで書いた意見は「仕事」として書いているのではありませんので、『責任』を持てません。

また、個別の法律相談の回答ではありませんので、具体的事件処理にあたってはこのコラムの意見がそのまま通用しませんので、必ず別の弁護士等に依頼してその弁護士の意見に従って処理されるようにしてください。

このコラムは法律家ではあるが私の主観的関心・印象をそのまま書いている程度・客観的裏付けに基づかない雑感に過ぎないレベルと理解してお読みください。