労働基準法9

労働基準法では、給与は通貨=現金で直接支給しなければならないと決まっているのですが、判例(高松高判昭和56年9・22)によれば、「労働者の指定する本人名義口座に振り込まれることと、賃金支払日に全額払い出しが可能であることの条件を満たす場合のみ許される」となっています。

労働基準法
(賃金の支払)
第24条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。
ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
2 賃金は、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第89条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。

会社の取引銀行が◯◯だから、そこに口座をつくるしかなかったと言う人の話をたまに聞きますが、上記判例によれば労働者に指定権があるのであって会社側にはありません。
労働者の希望する銀行と会社には取引がない・・あるいはそこに会社としては振り込みたくないならば、法的には現金で支給するしかないのです。
とは言え、実際意固地に反対して会社を困らせても仕方がないので、多くの人は会社の希望の銀行に口座を開設して振り込んでもらうのが普通です。
会社の指定銀行は会社・本社近くにあるのが普通ですから大方の労働者には勤務地と近くて、普通は出し入れにそれほどの不自由がない筈ですが、地方に店舗網が散らばっている場合、地方で雇用された店員にとっては関係ない銀行に口座をつくるしかなくて不便なことがあります。
茨城に本社のある千葉県の店舗に勤めている人が、茨城銀行だったかに口座を作らされているのですが、千葉にはどこかのビルの3階にあるだけなので千葉市まで出て来なければならない上に、そこは週に一回数時間開くだけで機械もおいていないので、通帳の記帳をしてくるとなると、とても不便だと言っていました。
カードで払い戻し出来るのでどこでも同じようなものですが、(破産・再生などで)記帳が必要になると困るのです。

給与振込1

男性が事務をやる江戸時代の歴史を引きずっているので、女性に向いている筈の事務部門、医療・教育その他まで全部男性が独占してきただけでしょう。
そこで、妻・・女性自身の収入源の確保が模索されるようになり、長い年月を経てようやく女性が結婚後も外で働き続けられるようになって来たのです。
夫婦の協力義務の法定・明文化や女性の社会進出についてはこれから書いて行きますが、ここで話が少し横道にそれますが、こうした弊害があるからと言う訳でもないでしょうが、ここ数十年来支払業務の合理化のために給与の銀行振込制度が発達して来ました。
給与が全額振り込まれて男性が自分でポケットに入れて持ち帰れなくなってくると、帰り道で(飲み屋などで)落としてしまうリスクがなくなっていいことですが、結果的に奥さんの全額管理となり男は子供同様に奥さんから一定額の小遣いをもらう関係になってしまい、江戸時代の男同様の地位になって来ます。
これが、現在の男女力学の到達と言うよりは江戸時代までの回帰点です。
女性の社会進出が進みダブルインカムの夫婦が増えて来ましたが、この場合にはそれぞれが自分の給与を管理していることが多いのでこれこそが新たな到達点と言えます。
この場合には離婚耐性は強まりますが、その代わり普段の懐は別勘定の夫婦が普通ですので、子供が生まれた場合の家計費分担修正がうまく行かないで、離婚に発展した事例を02/23/05「離婚の実態1(夫婦の家は誰のもの?1)」で紹介したことがあります。
ダブルインカムの場合、この方面の修正(と言っても根本的な変更ですので)が難しくなっている若者が多く、結果的に出産にブレーキがかかっている面もあります。
昨年秋から担当した薬剤師夫婦の事件も、妻の高収入を当てにしている・・と言うより夫婦双方の収入を前提に高額のローンを組んでいる・・夫の方が妻が子供を産むのを(妻の収入がなくなるとローン支払に窮します・・・)いやがったことが遠因でした。

貨幣経済と同居協力扶助の義務

2010-9-10「妻のサービスと代替性1」前後に書いたように、赤提灯や飲み屋の女将のサービスの方が家庭より良いに決まっているのですから、一度行くと病み付き・・煙草みたいになります。
勿論、足ツボマッサージや耳掃除などでも奥さんにしてもらうのでは遠慮があります・・頼んでもやってくれないでしょうが、その店に行ってやって貰うのはお金を払う以上、喜んでくれるだけで何の遠慮もいりません。
貨幣経済化が、各種家庭内サービスを請け負う各種商売・・一種の外注産業を発達させたとも言えるでしょう。
これらの風俗系は、江戸時代の吉原のように一生に一回の冥土の土産としてお金を貯めてから行くのではなく、ホンの僅かなお小遣いで一回一回行ける所が味噌です。
こうした繰り返しがあってつい家に帰る時間が遅くなったり使い過ぎる人も出て来て、ついには家に全くお金を入れなくなり家に寄り付かなくなる人も出て来ます。
こうした事態が増えてくると、家で帰りを待っている妻子のために何らかの手当が必要になってきます
賃収入・通勤時代になってみて初めて、農耕時代には考えられもしなかった夫婦の同居協力義務・・婚姻費用分担義務が脚光を浴びるようになったと思われます。
農業収入の中心時代には家に持ち帰るお金は元々なかったし、通勤がなかったので毎日出かけることもなく、そんなことを法で決めなければならないなどと考える余地がなかったでしょう。
給与所得あるいは貨幣収入中心時代が来ると、餌を運んでくる・・外で働いて賃収入を得てくるのが夫だけになると、家にいる妻の地位不安定さが極まって来ます。
そもそも外から賃収入を得るのが、何故男でなければならないかの疑問ですが、これは江戸幕府の成立と公的事務部門の担当者の関係を見れば明らかです。
昔から武力が政権成立の必須条件でしたから、政権が成立すると安定期に必要な事務部門への武士の転用が進んだからです。
本来戦闘要員である武士がそのまま事務部門に向いている筈がない・・・李氏朝鮮では武班と文班に別れていましたが、我が国ではこの分業をせずに武士の転身を図って上手く機能してきたのです。
その代わり武士は儒学の教養を要求されましたので、いきなり文人の能力が要求されたのですから大変でした。
ワールドカップで活躍したサッカーの選手にその功労として官僚に取り立てるから法律の勉強をしておくように命じたようなものです。
それで調子が狂って「冗談じゃないよ!」とばかりに旗本白鞘組を結成したのが、粗暴系一筋で変身出来なかった水野十郎左衛門などのグループだったのでしょう。

離婚の自由度1(貨幣経済)

奥さんが家計を切り盛りしている場合、建前は男上位でも(男の跡継ぎがいないと家禄は貰えない・・お家断絶です)女性が実際的力を握ることになります。
(現在でも大蔵省→財務省が事実上政権の中枢にあるのと同じで、家計を握る立場は強いのです。)
米中心経済では年一回の収入を一年間でうまく使わねばならないのですから、無計画に使う傾向のある男向きの仕事ではなく、大変な企画力が必要でした。
江戸時代までの農業社会では男女格差・男尊女卑思想と言っても上級武士だけに妥当する規範でしかなかったので、一般には男尊女卑は建前でしかなく家庭内の女性の実質的地位が高かったのは、女性が家計を握っていた結果です。
古くは05/28/03「男尊女卑の思想10(明治の思想と実際2)」前後や最近では04/10/10「妻の家庭内権力」以降にこの点を書いて来ましたが、今回は貨幣経済の進展との関連がテーマです。
アラブ諸国で女性の地位が今でも低いのは商業と言っても遊牧・行商が中心でしたから、これは男性の独占する仕事(店舗での販売ですと女性が中心になります)で貨幣収入が男性のものとなっていたからでしょう。
明治以降農業社会から商工鉱業社会へと舵が切られると、元農民の多くは(商人と言うよりは主として)都市労働者に変化します。
この場合、収入源は労働に対する対価・賃金ですから、外から貨幣で持ち帰るようになったのですが、これは概ね外に働きに出る夫の役割になるので夫の立場が強くなったのです。
家庭は子育てのためにある本質でしたから、子供を置いて外に出るとなれば男の役割でした・・この関係で女性の地位が下がってしまったことを、2010-9-3「(1)家庭外労働と男女格差、」以下で書きました。
貰った賃金を渡してしまえば、(江戸時代までの習慣で家計は女性がやるものと男は思っているからで、この点は諸外国とは違います)結局は奥さんの管理であることは江戸時代と同じでも、渡す回数(米売却金のように年1回ではありません)が違うし、給与をもらって家に帰る途中で自分で使うことも出来ます。
今でも月に一回の給料日やボーナス支給日に奥さんがニコニコして迎えてくれるのは、その名残です。
明治に入ってからの貨幣経済化・賃労働化の進行が、貨幣を持ち帰る男性の比較優位性が庶民にまで浸透して行き、男尊女卑社会を現実に作り出す原動力になったと言えるでしょう。
給与または日給が生活手段になってくるとその役割りをする男は、自宅でのサービスが悪いと帰り道で一杯飲んでしまったりパチンコして帰ることも可能になります。
縄文〜弥生時代の男が、狩りをしてもその場で大体食べてしまい、女性の待つ集落まで滅多に獲物を持ち帰らなかったのと似て來ます。
ただし・・04/10/10「酔っぱらいが手土産をぶら下げて帰る意味」で書いたように、実際には通い婚の一種で発情期だけ手土産として持って行く形態であったと私は思っていますが・・・。

家計管理(農耕社会から商工業社会へ)

都市住民2世の時代・・・自宅は先祖代々の家ではなく夫婦の努力で買い求めた家が殆どの現在では、家も金融商品や車などと同様に売却に抵抗感がなくなって来ます。
その上、江戸時代では隠居すると家禄や農業収入が息子に行くだけで退職金もなかったのに比べれば、まとまった退職金も手に入り現役時代に蓄えた貯蓄もそのまま子供に引き継がずに自由に使えます。
現役を退いた後にも自前の年金収入や貯蓄があるので、同居して子供夫婦に遠慮して暮らすくらいならば、身の回りが覚束なくなれば自宅を売ってしまって有料老人ホームに入る・・対価関係のはっきりしたサービスを受ける方がましだと言う高齢者が増えて来ただけの話でしょう。
いよいよ自分でやれなくなれば介護施設の世話になればいいので、身内は精々介護施設での不当行為がないかどうかの監視役としての役割にとどまります。
平安貴族・源氏物語に出てくる帝や戦国大名のように女性の屋敷や部屋(天皇の場合女御のいる殿舎)を渡り歩く通い婚あるいはその類似の場合には、男は居心地が良くないと自然に足が遠のく・・縁切りの危機・・子供の将来に影響する・王位継承権がなくなったりすることとなるので、女性の方はいつもにこやかに、迎え入れるしかないので女性の地位は低下して行きます。
しかし、これは限られた上流階級だけの話で、昔から大小名クラス未満の人は何人もの家庭を維持出来ませんから、これを社会の一般的形態であったと理解するのは間違いです。 
一夫一婦しか経済的に成り立たない庶民の場合、生活の場を一緒にするしかないので日常の生活費に関しては経済的にも一体にならざるを得ません。
サラリーで生活する都市労働者が大量発生する時代以前は、・・(日本に限らず)農耕社会では武士も農民もいわゆる家の収入しかなく男が外で金銭を稼いで持ち帰る仕組みではありませんから、自然と家政は女性が管理する仕組みになっていました。
大名家などは財政管理の役職(会社の経理部のように)があって男性の仕事ですが、数百石単位以下の場合そこまでの家臣を養えませんから結局は奥さんが切り盛りすることになります。
今でも八百屋、魚屋・個人的大工や電気工事などの零細商人の場合、奥さんが帳簿管理しているのと同じです。
江戸時代にも奥さんに小遣いをもらわないで妾宅を構えたり吉原や祇園に通えたのは、収支管理を他人に委ねている一定規模以上の武家か、大商人だけだったでしょう。