班田収授法の対象地

 

郡司から全領地を取り上げる(計画すら)出来ずに、旧豪族には既得権として一定領域の荘園(不輸不入の特権)の保持を認めて一部だけを解放させて国有化に協力お願いをするか、豪族の領地人民は全く手を付けずに、領内の人民登録・名簿の提出を求めて、名簿の数に割当てた賦役・納税を郡司に義務づけたくらいが関の山だったのではないでしょうか?
口分田・・土地の割当をすると簡単に教科書に書いていますが、その前提としての土地面積の測量・地番の特定等は明治時代でも大変な作業でしたから、これを短期間に全国的に実施出来たと見るのは無理です。
国家が土地の特定をして帳簿に登録する作業・・今で言えば登記簿作成作業については、09/09/09「旧登記法制定と戸長からの分離コラム」前後で紹介しましたが、地形や面積を特定しその位置関係を特定する作業は大変なことで、明治になって登記法が出来たのは漸く明治19年のことでした。
その後、土地測量の正確性確保のために今でも営々と(一筆調査と言って)測量が続けられている状態ですから、如何に土地の特定が困難な作業かが分るでしょう。
これだけ困難な事業を、古代に(まだ文字すら万葉がなを使い始めた程度の時代・・しかも紙もなく木簡竹簡の時期ですから、図面など作れません)に短期間に全国で仕上げたなどと想像すら出来ないことです。
いわゆる太閤検地すら歴史に残る大事業として普通の教科書に紹介されている有名な歴史事件です。
租税目的の太閤検地は測りっ放しで終わりですが、古代の班田収授法の時には土地特定後の口分田の割当作業・・・羊羹のように切り分けることも出来ずとても複雑な作業になりますが、全国農民に割り当て出来るほどの官僚組織もなかったし、記録する文字も未発達で紙すらありません。
コンピューターの発達した現在でも国民漏れなく帳簿管理して特定物を配給するのは難しいのですが、(年金の記載漏れ事件を想起して下さい)土地のような輪切りの出来ないものを切り分けて分配するなど、どうして円滑に出来たのでしょうか?
戦後何十年もかかって(重機を利用)実施した土地改良法による改良は、莫大な資金を投下して現在の条里制とも言うべき長方形の画一的な農地に作り直す作業でしたが、これは農機具を入れる機械化農業向けであってそれなりに経済合理性があります。
これに対して古代・農機具もマトモにない・・人力中心の作業環境で、莫大なコストを掛けて何のために四角い農地に作り直す必要があったか、それのコスト負担をどうしたかを考えても気の遠くなるような財政負担です。
実は一定規模以上の四角い農地を作るのは大変な測量技術が必要です。
水田は水を入れるので文字どおり水平に地盤を作らないと,浅いところと深いところが出来て、稲の生育に適しません。
ある稲苗が殆ど水没しある場所では殆ど水がないと言うような凹凸段差があるのでは困ります。
狭いところでは何とかなりますが、広くなると水平にするには一定の技術が必要です。
完全な班田収授法の摘用は、制度発足後新田開発を豪族に命じて、その分だけを理想通りの条里制にして国直轄の口分田にして行った可能性があります。
防火基準や耐震基準が出来ると、既存の建物には適用せずに新築分から適用するようなやり方です。
古代の租庸調は人頭税中心であったことを振り返ってみると、土地面積を基準に課税する前提がない・・地図もなければ測量技術もない時代であった実態が分ります。
また、人頭税を逃れるために、戸籍記載を逃れる浮浪者(無戸籍者)の増加が問題となり、男子が生まれても女子登録するなどがはびこっていたのは、間に郡司と言う有力者が介在しているから可能だったです。
各人が不正をするのは怖くて出来ないものですが、組織が二重帳簿を作るのは昔からどこでも簡単にあり得ることです。
徳川時代の大名の石高が、表高と実高で大きく違っていたのは石高に応じた各種負担・・結局は税を逃れるための智恵でした。
また租庸調逃れのために戸籍登録から逃れることが流行ったのは、裏返せば政府から農地を貰う必要性がなかったことが推測されます。
今考えれば税を逃れる代わりに農地を貰えなければ困る筈ですが、新田開発以外の既存農地はそのまま個人所有ないし豪族所有であったとすれば、くれると言われてもありがた迷惑だったことの説明がつきます。
耕すべき農地のないもの・・一種の失業者だけが口分田を貰うメリットがあったことになります。
現在は共働きなどがあるので5%失業と言っても一家で一人しか働かない時代に直せば2、5%失業以下ですが、昔は失業保険その他の社会保障システムがないので、失業=あっという間に飢え死にする時代ですから、完全失業者が5%もいたら大変です。
ですから農地のない一家があちこちのムラに数%もいたかどうかですから、この人たちだけが口分田配給で喜ぶ対象だったことになります。

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