新興国の将来12(金利下げのジレンマ)

中国の豚肉価格が最近落ち着いて来たのは、約1年経過で飼育頭数が増えた・・・飼料穀物緊急輸入→飼育頭数増で短期間に対応出来たからでしょう。
ただ、一旦上げた生活水準は落とせないので、今後その分貿易収支が恒常的にマイナス要因になります。
我が国で言えば原発事故で緊急輸入した火力発電用燃料が恒常的輸入品になってしまい、貿易赤字が定着してしまうようなものです。
(財務省速報値によると5月の貿易赤字が9072億円になったとの発表がありました)
生鮮食品価格の高騰がまだ収まらない(6月13日のコラムで紹介したとおりまだ31、2%アップのままです)のは、野菜や魚介類そのものの輸入や作付けの拡大が簡単に出来ないからと思われます。
中国は改革開放直後は元は石油であれ大豆であれ鉄鉱石であれ輸出国でしたが、生活水準の上昇に連れて輸入国に転じて久しく、今後飼料用穀物でも大量輸入国に転じて行くことになるでしょう。
内需拡大政策によって徐々に生活水準が上がって行くのは良いことですが、財政赤字になって補助金が出せなくなっても生活水準を引き下げるのは困難ですから、補助金が途切れた後は賃上げ要求が高まって行くしかありません。
次第に飼料用穀物など民生底上げ用輸入が増えて行き貿易収支がその分悪化するので、工業品の貿易黒字を増やさねばならないのですが、輸出環境として見ると、国内賃上げ圧力・コスト増になって次に追いかけて来る新興国との輸出競争に響いてきます。
欧州危機対応のためにもう一度リーマンショック並みの内需拡大をすると、まだ前回の内需拡大による食品関連のインフレが終わっていない内に次のインフレが始まる・・あまりにも短期間に生活水準を上げ過ぎるジレンマがあるので、(財政出動資金が足りなくなったとは限らないのですが)今回は金利下げだけしか出来なかったのかも知れません。
金利下げ政策は、国民の生活水準引き上げどころか政府が財政出動をする代わりに国民個々人から企業等債務者への所得移転政策ですが、おとなしい日本国民と違い中国では黙っていない感じです。
ちなみに2012-6-16「 新興国の将来8(内需拡大2)」のコラムでおおよその直感でバブル期から現在までの間に日本の金利下げは約4%くらいであったので、1400〜1500兆円の個人資産とすれば、年間56兆円から60兆円もの所得移転が個人から金融機関や企業にあったことになると書きました。
6月19日日経朝刊25ページ左下の「メガバンクの実力」の欄には、1992年4月の銀行貸し出し金利平均が6.36%だったのに対して2012年4月には1.424%と約5%近く下がっていると書いています。
5%だと年間75兆円も個人から主に企業(個人でも借金だらけの人がいます)へ所得移転している勘定ですが、日本国民は文句も言わず大人しいと言うべきでしょうか?
上記は預金金利そのものではないですが、貸し出し金利が約5%下がっていればほぼこれと連動して仕入れにあたる預金金利も同率で下がっていると見るのが妥当でしょう。
16日に書いた直感が大方当たっている感じです。
中国の金利下げの話題に戻ります。
6月18日日経新聞朝刊第7面には、6月8日から始まった0.25%の基準金利下げに対し中小銀行で預金金利を連動して0.25%下げたものの、大手銀行が据え置いたために直ぐにもとの3.5%金利に戻したと報道されています。
同記事によれば中国では今年の1〜5月の平均物価上昇率がなお3.5%ですから、預金金利が物価上昇率以下では、国民が納得しないでしょう。
物価上昇中の金利下げは論理的に無理があることが分ります。
金融機関の方は仕入れコスト・預金金利が同じままで貸し出しだけ下げろと言われても、今度は板挟みの銀行が参ってきます。
(無理でもやるしかない・・妙案がないのが、今の中国の経済・財政事情と言えるのかも知れません)
韓国や中国では国策で電気料金を低く抑えているために電力業界が増産したがらず、(日本はホンのちょっとの計画停電がありそうだというだけでも大騒ぎしていますが・・)何の騒ぎもなく日常的に停電があるのと同じで、権力で価格(金融商品であれ)に介入するのは無理があります。
しょっ中無計画に停電がある国では効率が悪そうですが、その代わり自家発電装置などの完備・・不測の事態に対する準備が進んでいるメリットもありそうです。
我が国のように「ミスがあってはならない」という価値観の社会で、ミスがないように努力するのは良いのですが、ミスがあったときに備えて普段から何の準備もしてないので、予想外のリスクに弱い点があります。

為替相場と貿易収支・金利

為替相場は、貿易収支・所得収支の結果によるだけではなく金利相場によっても(資本移動によって・・国際収支のの項目で言えば資本収支項目のプラスマイナスによって)変動することについては 03/17/09「為替相場の妙味」その他の 円キャリー取引のコラムで書いた通りです。
ここで貿易赤字と金利政策(資本収支)・および為替相場の関係を書いておきますと、貿易赤字・輸出の縮小が始まると輸出不振・輸入品が増加して国内生産が減少して、国内が不景気になるので、金利引き下げによって国内景気刺策を行うのが一般的です。
低金利政策を為替相場の側面からみると、円キャリー取引で説明したように、低金利国で借りて(資金調達して)高金利国で運用したら利ざやを簡単に稼げることから、低金利=資金流出→為替相場安に繋がります。
海外進出も同じ原理でゼロ金利の日本国内で海外投資資金を調達して、中国やタイ(が仮に高金利であっても)で工場建設すると安い金利で新規工場を立ち上げられます。
低金利政策は貿易赤字による両替需要による為替相場の下落力学と低金利による資金流出と連動して為替相場の下落を加速するので、貿易赤字の改善にも効果的です。
為替が安くなれば結果的に輸出産業界も息を吹き返し、ひいてはここに納入する国内産業が活発になって、景気回復に向かうシナリオとなります。
輸出が伸びて好景気になって物価が上昇し始めると、インフレの過熱を抑えるために金融引き締めによってこれを抑制するのが普通です。
(今年の中国の物価上昇や不動産バブルに対して、中国政府は金利引き上げをして引き締めました)
高金利にすれば高金利国に資本が流れ込むので高金利国の為替相場も上がり、この面でも貿易黒字傾向が冷やされ、貿易黒字を前提とした生産力が過剰になって景気が冷やされます。
以上が為替と金利関係・景気循環の一般理解ですが、我が国の場合は、貿易黒字がまだ続いていたのに低金利にした理由は何でしょうか?
バブル発生と崩壊がその原因と言えるでしょう。
これまでの膨大な貿易黒字継続に対する世界のブーイングによって無理が出たために、この解決のためにアメリカ国内への工場進出加速や(欧米への迂回輸出のために)生産設備のアジア諸国への海外展開が進みました。
国内生産増加率の低下ないし減少の穴埋め分として、欧米からの要求もあって焦って内需拡大に向かったのでバブルを引き起こしたものです。
海外展開は国内生産をそのまま維持して増産分だけ海外展開するのが最初の頃の殆どの企業のポリシ−でしたが、それでは前年度比国内生産はゼロ%成長ですから、それまで年率7〜8%増の売上を前提としていた日本経済にとっては、大変なことでした。

政府保証4と金利支払能力

仮に東電の原発事故前の既発行社債合計が1兆円あったとして、今回の賠償用に10兆円の社債発行が必要になったとすれば、(既発行債は投資資金だったとした場合)1兆円の投資による回収金で11兆円分の負債の金利(本来ならば元利)を払って行くことになります。
実質利回り0、5〜0、6%の金利としても、投資に対する負担としては10倍の5〜6%の金利負担となります。
ちなみに、2011年 4月 4日 11:50 JST「ウォール・ストリート・ジャーナル」http://jp.wsj.com/Japan/Companies/node_215640?mod=LatestAdBlock2によれば、東電の発行済み社債総額は5兆円規模と書かれています。
9月3日現在でネットで平均利回りを調べてみると、みずほなど大手銀行の社債で0、5%前後、政府保証債や東京都で0、4%前後、東電は事故直後のは20何倍の金利差でしたが、今でも4〜5%で大手銀行に比べて約10倍の金利差です。
このままの相場で新規発行していたのでは、東電は払いきれないので政府保証債にして金利コストを安くあげようとしているのです。
中小企業対策としての利子補給と同じ仕組み・大手ですから利権と言うべきでしょうか?
(既発行債の5兆円全部を順次書き換える必要を基準に考えると、5兆円に対する現在の相場である5%で年間2500億の金利負担ですが、これが政府保証債になることによって、10分の1以下の0、4%台=200億円台の金利負担で済むことになりますから、年間約2300億円の利子補給を受けるのと経済的には同じです)
上記のように安い金利にして貰えるとしても、もしも賠償金として50兆円〜100兆円必要となれば、既発行債5兆円規模の設備投資からの回収に対してその10〜20倍の金利負担が発生する計算ですから、賠償金用の社債を新規に発行してもその金利支払だけでも負担が大きすぎて将来的にはこの金利すら払えなくなることが目に見えています。
仮に100兆円損害賠償用に必要となれば、その金利だけで年間4000億円が通常経費の外にかかることになります。
ちなみに汚染水処理費用の内仏アレバ社に支払わねばならない費用だけでもwww.news-postseven.com/archives/20110525_21234.html – キャッシュでは、以下の通り報道されています。
「フランス側から提示されている処理費用4 件はとんでもない金額だ。なんと汚染水処理に1トンあたり2億円もかかるという。最終的に汚染水は20万トンに達すると見られているので、それだけで40兆円。東電どころか日本が破綻してしまう」
※週刊ポスト2011年6月3日号(関連記事)
実際には要求通り払う訳ではないでしょうが、半額に値切ってもアレバ社に払うだけでも20兆円と言う巨額です。
(その後毎日新聞報道では20兆円くらいに試算されていたようですが、最近では更に減少して500億円台になったとも言われています・・何が本当やら・・?)
その他アメリカから借りたロボット料金や、各種資材などでも巨額になって来るでしょう。
これらは損害賠償資金ではなく、事故収束に向けるためだけの費用です。
だからこそ株式市場では、将来行き詰まると見て・事故発生直後から2000円台の相場から400円台まで大暴落になったのです。
実際、社債相場でも東電の既発行債の相場は大暴落・・金利高騰・23倍になっていたようです。(上記の通り今でも約10倍です)
そこで政府保証債の発行となったのでしょうが、政府保証債で金利が安くなっても、借りれば(元金と)その分に対する金利を払う必要があることは同じです。
これを東電の従来債務の元利を払いながら、新たに発生した事故処理費用や賠償金分まで払い続けることが不可能な点が変わる訳ではありません。
東電が事故後経費率が上がった中で、膨大な金利を払って行ける訳がないことから市場価格が暴落・・金利上昇していたのですが、この点は、政府保証をしても金利が従来通り安く抑えられるようになっただけですから、従来金利で払えそうもない点は同じです。
賠償金用として仮に50兆円発行したとした場合、その金利負担に耐えられないので金利分上乗せを増額した社債を借り換え用に再発行して繰り返して行くしかありません。
(現在雪だるま状態に陥っている赤字国債と同じ結果です)
将来いつかは行き詰まるしても、いつか今のところ分らない点は国債の破綻と同じですから、直ぐには破綻しない・・先送りしただけになります。
いつかは破綻する予定ならば、国債破綻と違い危険な原子炉がありますので、将来何時破綻しても良いように、すべての原子炉を徐々に廃止して行く必要があるでしょう。
原子炉が動いたままある日国債と一緒に東電が破綻したときには、今度のように最後は国が面倒見てくれるという後ろ盾がないので、原子炉を止めるべき人材も逃げてしまう可能性がありますし、緊急事態になっても仏アレバ社のような外国資本が応援してくれないリスクがあります。

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