選挙の怖い革新系野党

選挙の怖い革新系野党

民主党〜民進党は自壊縮小し、新たに生まれた立憲民主と国民民主党も両党合計支持率が今や解党時の半分以下程度のイメージです。
記憶が薄れたのでデータで見直します。
https://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_pol_politics-support-politicalparty

立憲と国民合わせて3、9%ですから前回選挙時と比較します。
https://www.nhk.or.jp/senkyo/database/shugiin/2017/summary.html
2017 衆院選
2017年10月22日投票

民進党が選挙前に希望の党に民進党が選挙前に希望の党になだれ込もうとして小池さんに排除の論理で拒まれた方が結党したのが立憲民主ですので、選挙で希望→国民と合わせて100名以上当選=自民党の3分の1以上ですが、今や支持率24分の4弱で6分の1になっています。
シールズ奥田氏のいう国民大多数の反対無視とか、国民意思に背くとか、政権が暴走をしていると国民の多くが評価しているのが事実であればそういう結果になるでしょうか?
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/53343

若者の「自民党支持増」はなぜか。左派系メディアにかわって教えよう
「保守化」が理由じゃないんじゃない?

髙橋 洋一 経済学者  嘉悦大学教授
先週土曜日、筆者は朝日放送の番組「正義のミカタ」に出演した。同じく出演していた朝日新聞の編集員である曽我豪さんが、総選挙を総括して解説していた。
・・曽我さんは、安倍政権は総選挙では勝ったが、世論調査の「民意」をみると、安倍首相は支持されていないと指摘した。さすがに、この発言はおかしなところがあるので、宮崎哲弥さんが、「曽我さんの引用している世論調査は選挙前のもので、選挙後の世論調査では支持率が戻っている」と指摘していた。
その後、筆者も短くコメントを求められたので、「世論調査はいろいろ。曽我さんのいう民意とは、朝日新聞の世論調査のことだから」と皮肉を言ってしまった。朝日新聞の世論調査は誘導的で当てにならないというと、さすがに不味いので、そこまでは言わなかったのだが(笑)。番組後に、曽我さんに「総選挙の結果が民意でなかったら、なにが民意なの」と言っておいた。

以上が国民大方の感想ではないでしょうか?
彼らは仲間内で動員したデモの虚構性を自覚していて、空振りを意識しているからこそ、国民大多数の支持を受けていると声を大にしてしょっちゅう主張していたように見えます。
1億数千万国民の内数万人程度動員できても、「その程度の支持者・運動員がいるでしょう」という国民大方評価・・冷めた見方を覆せるかによります。

国民意思僭称と大義なき解散論

親中政権であった民主党政権時代にもっと忠誠を尽くせ!と言わんばかりの追い撃ち・尖閣諸島侵犯や反日暴動の洗礼を受けましたし、韓国では親中路線に舵を切ったパク大統領から現在の文政権になっても、かえって観光客絞り込みや、韓国ロッテや現代自動車への嫌がらせなど相次いで露骨な仕打ちを受けています。
中国は相手が旗下に入ったり屈したとなればとことん搾り取る方式のようです。
奥田氏は流石に「中国と仲良くすれば良い」というのではもはや無理があると思ったからか?国会では過半数の意思を尊重しろというような主張に終始しています。
何が過半数かは選挙で国民意思を問うしかない・・そこまで行けばあとは堂々巡りですので、文字通り国民意思を決定すべき段階・・論議を打ち切って採決すべき時機は熟していることになります。
民主主義とは議論を尽くせば採決すべきで、議論が尽きたのちも際限ない議論を予定していません。
奥田氏国会発言引用続きです。

『理解してもらうためにきちんと説明していく』と現政府の方はおっしゃられておりました。
しかし説明した結果、内閣支持率は落ち、反対世論は盛り上がり、この法案への賛成の意見は減りました。
・・・世論の過半数を超える意見は、明確にこの法案に対し、今国会中の成立に反対しているのです。自由と民主主義のためにこの国の未来のために、どうかもう一度考えなおしてはいただけないでしょうか。

結局彼の論拠は、説明が合理的でないから理解困難という主張でなく、世論の過半数が反対だから法案反対と言うようですが、国民意思がどうであるかを聞くための国会意見陳述制度ではありません。
政治は国民の意思に従うべきですが、それは野党やメデイアが決めた国民意思ではなく、選挙で決めることです。
国民意思がどこにあるかを読み違えれば、読み違えた方がリスクをとるのであって法案反対者から教えてもらう必要がありません。
世論動向はそれぞれ陣営内での情勢分析によるのであって、与党が彼に情勢分析を頼んだのではないので余計なお世話というべき発言です。
上記によると・・自分らは主権者・・国民過半数が反対しているという主張が印象に残ります。
そもそも国会は世論がどこにあるかの審査機関でなく(情勢の読みはそれぞれ政党の自己責任・・失敗すれば選挙に負けますの専権事項です)法案自体の議論をする場所です。
大手メデイアは選挙で負け続ける野党に対する援護として?世論調査でいかに内閣支持率が下がり続けているかという世論誘導を続けています。(調査主体により偏りがあることは7月15日に紹介した通りです)
民主国家においての主権行使は選挙結果によって示される多数意思によって実現すべきであって、個々人が主権者である自分の意見に従えと主張する権利でありません。
特定人や機関がこれが世論だと決めつける権利を認めていません。
国民意思を決めるのは選挙の結果のみであり、そのためには民意を問う選挙は多いほど民主制度の実効性を高めることになります。
多数意思を知る方法は、デモや言論によるのではなく選挙だけです。
デモや言論は「多数意思形成に影響力がありうる」手段に過ぎず結果ではありません。
議論で声が大きい方が多数とは限りませんし、大手メデイアの意見が国民多数意見でもありません。
デモをいくら派手にやっても(仲間内がいっぱい集まった・・大成功と自己満足をしていても)国民が支持しない主張であれば空振りです。
国民の支持が多かったか、デモは迷惑だという人が多いかは選挙で決めるべきことで、奥田氏や大手メデイアが決めるべきものではありません。
奥田氏の15日の国会公述の2日後の17日には以下の朝日新聞の報道が出ています。
https://www.asahi.com/articles/DA3S13

2015年09月17日
(社説)衆院選 大義なき解散 「首相の姿勢」こそ争点だ:朝日新聞 …

見出ししか読んでいませんが、あれだけ安保法案反対の国民世論が盛りあがっている・国民が反対しているとキャンペインを張っていたのに、解散モードになるといきなり、安保法案反対を争点にせず、総理の姿勢が問題と争点をスリ変えて、「大義なき解散」と言い張り選挙阻止に走るのが朝日新聞であり野党です。
こういうメデイアの世論調査など誰も信用していないでしょう。
上記朝日新聞社説は奥田氏が国会公述した日の2日後の社説ですので、もしかして彼の国会意見陳述・・主権者である私の意見を尊重すべしという印象を与える思い上がった主張?に対するブーイングが凄まじかったからではないでしょうか?
野党も朝日新聞も国民の多くが反対しているならば、選挙で民意を聞く機会が来たのを喜ぶべきですが、いざ解散風が吹き始めると何やかやと反対するのではこれまで強調していた民意無視という主張はどうなったの?となります。
選挙すれば大敗覚悟だったから解散を批判して安保法案はテーマではないと言い出すのでしょうか?
7月28日に、14年12月総選挙直前に行われた共産党党首の記者会見記事を引用しましたが、そこでも見出しは「大義なき解散」という大見出しでした。
民主党政権後の安倍政権以降、選挙の都度自民党は大勝し革新系野党は議席を減らす一方です。

脅威増大と軍事同盟の必要性2

米国の尻込み傾向が顕著になったので、中国としては実力行使してしまえば大丈夫という安心感を持ち、・・傲慢な態度が顕著になって南シナ海を自国領海と言い張って実力での囲い込みを始めた原因のように見えます。
中国の脅威が目前に迫ると少なくとも最大限の応援をしてもらえるようにしておく必要がある・日本も憲法の範囲内で少しは米国に協力する姿勢を示す必要があるとなって、周辺事態限定協力の誠意を示そうとなって今回の安保関連法議論がおきたものです。
圧倒的兵力差があるときには、米国が小指を動かす程度の負担で周辺国を制圧できたので、片務的・睨みを利かせてくれるだけでも良かったのですが、現在中国の侵攻に米国がまともに参戦すると米本国への核攻撃さえ招き兼ねません。
相互核攻撃までエスカレートしなくとも中国が米空母撃沈能力を持つようになると、米軍本格参戦に対するハードルが中国軍能力向上に比例して日々高くなって行くのは当然です。
このハードルを下げるには日頃協力度アップとの比例関係にあるし、高度兵器供給関係構築も重要です。
いわゆる安保法案の議論は、日本の国防をどうすべきかについて国民が一番心配しているのですから、そのことについて近い将来を見据えて、日本はどうあるべきかの与野党の議論こそが必要だった思われます。
「平和を守れ」というお題目を唱えるばかりでは議論になりません。
国会は参考人に国民世論が反対しているかを聞くための場ではありません。
どの程度米国に協力すべきかの議論の場に意見陳述のために出てきた人が、平和を守れとか、反対理由として国民過半数反対とか国民に対する説明が足りないとかヒトのせいにしているのでは議論になりません。
与野党対決していることを前提により良い意見があるかを聞くのが参考人意見陳述です。
野党の反対意見をおうむ返し的に主張するだけでは、与野党双方の気づかなかった着眼点を教えてもらうことになりません。
奥田氏意見は野党論の新たな論拠提示でなく、すでに知られた野党の主張根拠の繰り返しでしかないので、こうなったら採決で結論を決めるしかないでしょう。
安保法案はどうやって国防すべきかの方法論ですが、左翼系野党は方法論段階でまだ自衛権否定を基礎に置いた理念論(中国と仲良くすれば済むことだ)を繰り返すだけです。
民主国家とは言え目的が違う組織集団といくら話し合っても目指す方向が違うのでは、時間をかけて説明しても反対したい目的が変わる訳がないので一定の議論を尽くせば国民の意思→選挙結果→多数決で決めるべきです。
合理的議論を受けつけない野党の姿勢が60年安保以来続いているので、国会審議は内容ではなく何時間の審議時間を確保したか、野党推薦者の意見を聞くという形式基準重視になってしまい、審議終了後は強行採決反対というおきまりの主張と不信任決議連発の時間稼ぎが常態化していました。
ただし国民大多数反対無視という虚勢が通じなくなったこの4〜5年では、不信任決議を出すと、じゃ国民の信を問いましょう→選挙になるのが怖くて?不信任決議を出せない状態が続いています。
奥田氏は

「今、これだけ不安や反対の声が広がり、説明不足が叫ばれる中での採決は・・・」

と言うのですが、国民過半数が本当に反対しているならば、与党に(選挙で負けていいんですか!と温情をかけずに、ズバリ選挙に持ち込めば良いことです。
こういう主張自体が、国民には賛成の方が多いと自白しているようなものでしょう。
「私、私たちこそがこの国の当事者、つまり主権者であること」という自己紹介から始まった意見陳述ですが、政治家は主権者の意見を聞くべきということと、主権者一人あるいは少数者のいうとおりすべきこととは同じではありません。
主権者の一人だから・というのは、当然すぎて意見がその意見が正当である根拠理由になっていませんので、ここで、自分、自分らは主権者であることの強調は、自分らの意見の具体的理由の合理性の有無を横に置いて、「まず尊重すべき」と印象付けたいように読めます。
もともと反対論の根拠を説明する気持ちがないことを予告するような陳述の始まりです。
結果的に一定の時間論議を尽くしても奥田氏のように過去「70年間の平和の誓い」を守れ式の意見に固執しているグループと、過去70年間とは違った新たな環境でどうするかの対応を決めたいグループとは議論の前提がかみ合っていないママでは議論をするのは不毛です。
奥田氏発言全文という記事を読み返しても安保法案に反対してその代わりどうやって平和を守るかの意見が見当たりません。
せいぜい過去70年間平和の誓いを守れと言う程度です。
ただし7月27日紹介した産経記事では

《対話と協調に基づく平和的な外交・安全保障政策を求めます》《北東アジアの協調的安全保障体制の構築へ向けてイニシアティブを発揮するべき》《中国は政治体制こそ日本と大きく異なるものの、重要な経済的パートナーであり、いたずらに緊張関係を煽るべきではありません》」

産経記事ではどこで発言したのか?(出典を書いてあったはずですが記憶がはっきりしません)不明ですが「中国と仲良くすれば良い」と言うような主張と日本が「いたずらに緊張関係を煽るべきではありません》」という言い方は日本に責任があるという主張です。
日本になぜ責任があるか根拠不明のまま結論が出てくる感じです。

不満社会?4(統一地方選挙に見る民意)

もともと「全数検査や直接訪問など無駄なことだからやめよう」となった・・真面目な公務員が無駄を省くのを考えたが上(審査会の審議を経る必要あるのを気がつかなかった?)の許可を取っていなかっただけ?のような話です。
公務員がサボったのではなく・厚労省が直接する職務でなく「東京都が全数調査や会社訪問をしなくて良い」というお墨付きを与えただけ)国民のために無駄な調査コストをかけるのをやめようという動機こそ褒めるべきではないでしょうか?
うがった見方をすれば統計学者が擁護しないのは、自分らが気づかないで放置していた点に現場が気づいて自分らにお伺いなく実行してしまったことが腹立たしいからでしょうか?
世論調査や、消費者物価指数等調査手法でわかるように統計の基本はサンプル調査であって、全数調査などしていたらイクラ予算・税金を徴収しても足りません。
昨日見たところによれば、統計調査手抜き?(無駄な調査を省いたの)は1996年から始まっているのですが、統計不正?(結果が良くても上司の許可を得ずに簡略化した不正)?を追及している野党政治家が当時所属していた民主党政権時代(2009〜11年)にも気がつかなかったことでした。
(政治家が政党所属さえ変えれば、過去に属していた党の従来主張の責任を免れるかのテーマは別に書きます)
野党が自分らの政権時代に自民党同様に気がつかなかった責任に触れずに現政権の責任追及ばかりで、どうやってこれを防ぐべきかの提案がない野党の存在価値を国民は認めなくなっているのではないでしょうか?
国会論戦のあり方は与野党どちらの提案の方がいいかどうかの論戦であり、自分の政権時放置していたやり方を自分が野党になると、現政権の責任=「不正」と追及するのは論理矛盾と受けとめる国民の方が多いでしょう・・。
アラ探しといえば、今朝の日経新聞では桜田五輪担当大臣の失言による辞任が出ていました。
野党が色めき立つのは失言追及が目立ち、政策論争で野党の存在を示す場面がほとんどないのが不思議です。
こういうアラ探し中心の野党の存在意義を国民がどう受けて止めているかです。
4月7日の統一地方選での知事選結果発表を見ると11知事選で与党系が10道県知事で勝利し、負けたのは大阪府市だけでした。
特に革新系の強固な地盤とされていた北海道で与野党がっぷり四つの対決で、大差で自民党推薦の新人候補が圧勝したことが象徴的です。
a.wikipedia.org/wiki/2019年北海道知事選挙#選挙結果

候補者名 年齢  得票数  得票率  推薦・支持
鈴木直道 38 1,621,171票 62.7%  推薦:自民・公明・大地
石川知裕 45 963,942票 37.3% 推薦:立民・国民・共産・自由・社民

福岡や島根県では保守分裂選挙でしたが、分裂選挙は主に保守王国で起きている・・分裂しても保守が制しているなど、革新系野党は保守分裂でも勝てない惨状です。
自民党に勝った大阪維新は不満代弁・煽り型でなく、都構想など提案型政党のイメージです。
しかも維新と自民党は安保法など重要法案では事実上政策共有しているので、(党は別として内閣中枢とは緊密な関係・・二階幹事長が大阪維新と真っ向勝負しているのに菅官房長官が大阪に入らなかったことを二階氏がチクリと批判している・・事実上保守分裂型です)不満煽り型・革新系野党は全敗でした。
県議市議は多数ですので全敗はあり得ないのですが、概ね共産党と国民の市議が立憲民主に食われている印象で、トータルでは与党系増加で終わった印象です。
話題が年金記録消失や統計問題や統一地方選挙の結果に逸れましたが、不満暴発(不満を煽るメデイア?政治団体?)社会に戻ります。
日本の場合一時荒れる学校などが社会問題になりましたが、子育て環境整備・エネルギー発散受け皿整備に成功したことによって安定型社会に戻った印象ですが、内部処理に失敗して内向化している人も一定数いるでしょう。
その比率を如何に縮減していくかうまく社会で受け入れていくかの知恵が社会の能力・民度です。
江戸時代に入って戦国時代に必要であった粗暴系エネルギーを、各地のお祭りに昇華していったのと同じ工夫が必要です。
粗暴系縮小→学校現場では部活でくたびれさせ、一定レベル以上の場合、社会人野球やラグビー等々その他で官民共同でエネルギー吸収を図り、他方で世代交代によってソフト系進化が進みました。
日本の若者が草食系男子と言われるほどになりましたが、今ではソフト系の中で落ちこぼれる人の(内面)救済が必要な時代です。
多くの人は自分の内部でうまく処理して人間関係を円滑にし、お祭り参加・スポーツや趣味・草花や、ペット等への愛情等で幸せに生きるすべを身に付ける人と、内部処理に失敗して引きこもりその他家族のフォロー等で何とかなっている人、内部処理失敗でうつ病その他精神に病を持つ人まで色々います。
その中で活動的なタイプでは、内向している不満を合法的に発散できるチャンスがあると、このチャンスとばかりに付和雷同型・・不満を発散したい人が一定数でてきます。
ただし日本では活動的タイプでは自己実現のチャンスが多い・日常的には企業の運動会や地元のお祭り参加で主役を張れる機会が多いばかりか、災害現場に出かけて救援活動参加など陽のあたる活動のチャンスが多いので、粗暴系暴発エネルギーが溜まっていない社会です。
欧米で災害があると略奪や破壊に走るエネルギーを日本では救援活動のエネルギーに転化させて彼らを賞賛する社会です。
ただし、有名人や社会的成功者が何かのキッカケで槍玉に挙げられると、これに便乗していわゆる炎上を煽る人になるのでしょう。
この種の鬱憤ばらしには体力がいらず、しかも匿名参加のできるメリットを利用している(いわば卑怯者)のです。
日本にもはけ口を求めている一定の不満分子がいますが、ネット発信中心(同一人が別人を装った多数投稿可能)なので「炎上」といっても実数不明です。
西洋のフーリガンや略奪行動などは無意識のうちに溜まっている不満鬱屈のエネルギーを機会をみては本能に基づいてエネルギー発散している・・体力派の不満がなお大きいようです。

不満社会?3(年金記録消失〜統計不正?)

人名は一つの漢字で幾通りもの読み方があるのが普通ですから、ミスがなくとも入力するアルバイト?によってはいろんな読み方に転記されていったのは想像にかたくありません。
二重チェック体制にしても、何が誤転記かの判断は人によって違うので無理があります。
こういう誤転記を防ぐにはどうすればいいか?普通に考えても妙案はないでしょう。
目の前に保険加入者がいたり携帯電話番号を書いていれば聞けますが、当時は携帯も普及していない時代ですし、そもそも各人の電話番号を役所が記録していません。
まして送付された山積みの何千万に及ぶ年金加入者名簿・それも漢字の氏名をカタカナ入力変換作業を終日打ち込む作業に従事するアルバイト?にとっては、ありふれた漢字でさえ変換ミス皆無にはできませんし、もともと誤転記なしの作業など無理・・不可能だったのです。
交通事故を皆無にできないし、医療ミス皆無もない・要は不幸にして一定率で発生するミスが起きた場合のリスク最小化と保障問題でしょう。
リスク最小化対策としては一定期間紙資料を保存しておいて、年金記録に疑問を持つ人の照会に対応できるようにしておけばよかったと思います。
「疑問を持たない人は損をしっぱなし」というのはひどいということでしょうが、これはある程度仕方ない仕組みの応用です。
法律の世界では、時効という制度があるのはこういう時のためです。
自分の権利は自分で守るしかないのが原理であって、気がつかなくとも不法行為で言えば被害に気がつかなくとも20年で時効ですし、多くは10年とか3年とかの期間限定仕組みになっています。
例えば遺言があっても、遺留分減殺の権利がありますが、遺言で遺留分権を侵害されたことを知ってから1年、遺言があったのを知らなくとも10年で権利行使できなくなります。

民法
第千四十二条 減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。

年金は超長期の掛け金で、もともとすぐに気がつかない制度(支給を受けるときに初めて気になるもの)ですから、5年や10年で記録廃棄されて復元不能では困りますが、コンピューター転記直後にコンピューター化した後の過去の年金加入履歴を全員に送って(コンピューター化したのちのプリントアウトコストはコピーする人件費その他に比べれば大したコストではないでしょう)、本人に転職歴など間違いないかの確認チャンスを与えておけば、かなりの人が自分の職歴の空白期間があれば気がついたはずです。
戦災等で焼失した戸籍の再記載作業や本籍展示の転記作業での、親や本人の氏名や生年月日の誤記載を昨日紹介しましたが、最近でも平成7年頃こら戸籍のコンピューター化が進んでいて、4〜5年前までには多くの自治体で完了しているようです。
このコンピューター化作業においても一定率の誤記が生じているはずですが、自分の戸籍など見るのは一生に何回もないので気づくのが遅れます。
生年月日や婚姻届出日に誤記があっても騒ぐほどのこともない(思い違いだったかな?程度で)ことが多いし文字が違っていても戸籍訂正の裁判までしないで終わるひとが多いのでしょう。
年金保険の事務作業のコンピューター記録への移記作業でミスをなくせないからといって永遠に手作業しているわけにいかないのですから、何100人という大量の作業員を集めて行う入力作業ではワクチン接種のリスク同様にミスが起きたら政府が手厚く保障する体制で臨むしかなかった・補償問題であって、責任追及の問題ではありません。
ソ連崩壊以降、野党による政権追及テーマは政権の不正というよりは、作業技術問題であったことが多い(今回も支払基金にマニュアル作りを委託していたらプログラムミスがおきたように)政府・政治家の責任追及ばかりにフォーカスしてきた印象です。
らい病関係の政府追及?補償請求も似たような攻め方です。
政治問題にするならば、年金コンピューター化事件や、今回で言えば支払基金にプログラム設定作業を外注するしかない実態(外注でなくすには公務員を増やすしかない・・後記引用論説はそういう主張のようですが、公務員の身分があれば、ミスがないと言えないでしょう)を前提にどうやって正確率をアップするかの課題解決・提案力で競争すべきでしょう。
今年の国会追求のテーになっていた統計不正?追及も、国民の多くは「不正」というよりは事務作業レベル問題であって、政治家の責任ではないという見方がほとんどのようです。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00006/?P=3

官僚叩きでは解決せず…統計不正の「悪の根源」論考
2019年1月29日
15年前に比べ、3分の1に減った統計担当公務員
野党は「アベノミクスほにゃらら」などと政権主導による恣意的な“捏造”と批判しているけど、さすがにそれはないと思う。全数調査をサンプル調査にしたからといって、期待する結果が出るとは限らない。それに、サンプル調査でも、適切な集計手法を施せば統計的には信頼がおける数字を得ることは可能だ。
ちろん、集計手法を間違えたり公表すべき事案を隠したりするなど、今回露呈した「初歩的な統計知識の欠如」や「モラルの欠如」は気が遠くなるほど深刻だが、よくよく考えてみると、もっと根深い問題が潜んでいるのではないか。
【事実関係】
・1996年以降、調査事業所数が公表より1割程度少なかった
・2004年1月以降、東京都の規模500人以上の事業所を抽出調査にしたが、年報には「全数調査」と記載
・2004年~2017年まで抽出調査するも、集計上必要な復元処理が行われなかった
・2011年に変更承認を受けた調査計画に記載された内容どおりに調査が行われなかった
・2015年調査の事務取扱要領から、東京都の規模500人以上の事業所を抽出調査とする旨が不記載
・2018年9月にサンプルの入れ替え方法の変更に伴う数値の上振れの指摘を受けた際、統計委員会に、「復元を行う」としたことを説明しなかった

ということで「根っこは公務員削減にある」という結論のようですが・・。

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