不満社会?4(統一地方選挙に見る民意)

もともと「全数検査や直接訪問など無駄なことだからやめよう」となった・・真面目な公務員が無駄を省くのを考えたが上(審査会の審議を経る必要あるのを気がつかなかった?)の許可を取っていなかっただけ?のような話です。
公務員がサボったのではなく・厚労省が直接する職務でなく「東京都が全数調査や会社訪問をしなくて良い」というお墨付きを与えただけ)国民のために無駄な調査コストをかけるのをやめようという動機こそ褒めるべきではないでしょうか?
うがった見方をすれば統計学者が擁護しないのは、自分らが気づかないで放置していた点に現場が気づいて自分らにお伺いなく実行してしまったことが腹立たしいからでしょうか?
世論調査や、消費者物価指数等調査手法でわかるように統計の基本はサンプル調査であって、全数調査などしていたらイクラ予算・税金を徴収しても足りません。
昨日見たところによれば、統計調査手抜き?(無駄な調査を省いたの)は1996年から始まっているのですが、統計不正?(結果が良くても上司の許可を得ずに簡略化した不正)?を追及している野党政治家が当時所属していた民主党政権時代(2009〜11年)にも気がつかなかったことでした。
(政治家が政党所属さえ変えれば、過去に属していた党の従来主張の責任を免れるかのテーマは別に書きます)
野党が自分らの政権時代に自民党同様に気がつかなかった責任に触れずに現政権の責任追及ばかりで、どうやってこれを防ぐべきかの提案がない野党の存在価値を国民は認めなくなっているのではないでしょうか?
国会論戦のあり方は与野党どちらの提案の方がいいかどうかの論戦であり、自分の政権時放置していたやり方を自分が野党になると、現政権の責任=「不正」と追及するのは論理矛盾と受けとめる国民の方が多いでしょう・・。
アラ探しといえば、今朝の日経新聞では桜田五輪担当大臣の失言による辞任が出ていました。
野党が色めき立つのは失言追及が目立ち、政策論争で野党の存在を示す場面がほとんどないのが不思議です。
こういうアラ探し中心の野党の存在意義を国民がどう受けて止めているかです。
4月7日の統一地方選での知事選結果発表を見ると11知事選で与党系が10道県知事で勝利し、負けたのは大阪府市だけでした。
特に革新系の強固な地盤とされていた北海道で与野党がっぷり四つの対決で、大差で自民党推薦の新人候補が圧勝したことが象徴的です。
a.wikipedia.org/wiki/2019年北海道知事選挙#選挙結果

候補者名 年齢  得票数  得票率  推薦・支持
鈴木直道 38 1,621,171票 62.7%  推薦:自民・公明・大地
石川知裕 45 963,942票 37.3% 推薦:立民・国民・共産・自由・社民

福岡や島根県では保守分裂選挙でしたが、分裂選挙は主に保守王国で起きている・・分裂しても保守が制しているなど、革新系野党は保守分裂でも勝てない惨状です。
自民党に勝った大阪維新は不満代弁・煽り型でなく、都構想など提案型政党のイメージです。
しかも維新と自民党は安保法など重要法案では事実上政策共有しているので、(党は別として内閣中枢とは緊密な関係・・二階幹事長が大阪維新と真っ向勝負しているのに菅官房長官が大阪に入らなかったことを二階氏がチクリと批判している・・事実上保守分裂型です)不満煽り型・革新系野党は全敗でした。
県議市議は多数ですので全敗はあり得ないのですが、概ね共産党と国民の市議が立憲民主に食われている印象で、トータルでは与党系増加で終わった印象です。
話題が年金記録消失や統計問題や統一地方選挙の結果に逸れましたが、不満暴発(不満を煽るメデイア?政治団体?)社会に戻ります。
日本の場合一時荒れる学校などが社会問題になりましたが、子育て環境整備・エネルギー発散受け皿整備に成功したことによって安定型社会に戻った印象ですが、内部処理に失敗して内向化している人も一定数いるでしょう。
その比率を如何に縮減していくかうまく社会で受け入れていくかの知恵が社会の能力・民度です。
江戸時代に入って戦国時代に必要であった粗暴系エネルギーを、各地のお祭りに昇華していったのと同じ工夫が必要です。
粗暴系縮小→学校現場では部活でくたびれさせ、一定レベル以上の場合、社会人野球やラグビー等々その他で官民共同でエネルギー吸収を図り、他方で世代交代によってソフト系進化が進みました。
日本の若者が草食系男子と言われるほどになりましたが、今ではソフト系の中で落ちこぼれる人の(内面)救済が必要な時代です。
多くの人は自分の内部でうまく処理して人間関係を円滑にし、お祭り参加・スポーツや趣味・草花や、ペット等への愛情等で幸せに生きるすべを身に付ける人と、内部処理に失敗して引きこもりその他家族のフォロー等で何とかなっている人、内部処理失敗でうつ病その他精神に病を持つ人まで色々います。
その中で活動的なタイプでは、内向している不満を合法的に発散できるチャンスがあると、このチャンスとばかりに付和雷同型・・不満を発散したい人が一定数でてきます。
ただし日本では活動的タイプでは自己実現のチャンスが多い・日常的には企業の運動会や地元のお祭り参加で主役を張れる機会が多いばかりか、災害現場に出かけて救援活動参加など陽のあたる活動のチャンスが多いので、粗暴系暴発エネルギーが溜まっていない社会です。
欧米で災害があると略奪や破壊に走るエネルギーを日本では救援活動のエネルギーに転化させて彼らを賞賛する社会です。
ただし、有名人や社会的成功者が何かのキッカケで槍玉に挙げられると、これに便乗していわゆる炎上を煽る人になるのでしょう。
この種の鬱憤ばらしには体力がいらず、しかも匿名参加のできるメリットを利用している(いわば卑怯者)のです。
日本にもはけ口を求めている一定の不満分子がいますが、ネット発信中心(同一人が別人を装った多数投稿可能)なので「炎上」といっても実数不明です。
西洋のフーリガンや略奪行動などは無意識のうちに溜まっている不満鬱屈のエネルギーを機会をみては本能に基づいてエネルギー発散している・・体力派の不満がなお大きいようです。

不満社会?3(年金記録消失〜統計不正?)

人名は一つの漢字で幾通りもの読み方があるのが普通ですから、ミスがなくとも入力するアルバイト?によってはいろんな読み方に転記されていったのは想像にかたくありません。
二重チェック体制にしても、何が誤転記かの判断は人によって違うので無理があります。
こういう誤転記を防ぐにはどうすればいいか?普通に考えても妙案はないでしょう。
目の前に保険加入者がいたり携帯電話番号を書いていれば聞けますが、当時は携帯も普及していない時代ですし、そもそも各人の電話番号を役所が記録していません。
まして送付された山積みの何千万に及ぶ年金加入者名簿・それも漢字の氏名をカタカナ入力変換作業を終日打ち込む作業に従事するアルバイト?にとっては、ありふれた漢字でさえ変換ミス皆無にはできませんし、もともと誤転記なしの作業など無理・・不可能だったのです。
交通事故を皆無にできないし、医療ミス皆無もない・要は不幸にして一定率で発生するミスが起きた場合のリスク最小化と保障問題でしょう。
リスク最小化対策としては一定期間紙資料を保存しておいて、年金記録に疑問を持つ人の照会に対応できるようにしておけばよかったと思います。
「疑問を持たない人は損をしっぱなし」というのはひどいということでしょうが、これはある程度仕方ない仕組みの応用です。
法律の世界では、時効という制度があるのはこういう時のためです。
自分の権利は自分で守るしかないのが原理であって、気がつかなくとも不法行為で言えば被害に気がつかなくとも20年で時効ですし、多くは10年とか3年とかの期間限定仕組みになっています。
例えば遺言があっても、遺留分減殺の権利がありますが、遺言で遺留分権を侵害されたことを知ってから1年、遺言があったのを知らなくとも10年で権利行使できなくなります。

民法
第千四十二条 減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。

年金は超長期の掛け金で、もともとすぐに気がつかない制度(支給を受けるときに初めて気になるもの)ですから、5年や10年で記録廃棄されて復元不能では困りますが、コンピューター転記直後にコンピューター化した後の過去の年金加入履歴を全員に送って(コンピューター化したのちのプリントアウトコストはコピーする人件費その他に比べれば大したコストではないでしょう)、本人に転職歴など間違いないかの確認チャンスを与えておけば、かなりの人が自分の職歴の空白期間があれば気がついたはずです。
戦災等で焼失した戸籍の再記載作業や本籍展示の転記作業での、親や本人の氏名や生年月日の誤記載を昨日紹介しましたが、最近でも平成7年頃こら戸籍のコンピューター化が進んでいて、4〜5年前までには多くの自治体で完了しているようです。
このコンピューター化作業においても一定率の誤記が生じているはずですが、自分の戸籍など見るのは一生に何回もないので気づくのが遅れます。
生年月日や婚姻届出日に誤記があっても騒ぐほどのこともない(思い違いだったかな?程度で)ことが多いし文字が違っていても戸籍訂正の裁判までしないで終わるひとが多いのでしょう。
年金保険の事務作業のコンピューター記録への移記作業でミスをなくせないからといって永遠に手作業しているわけにいかないのですから、何100人という大量の作業員を集めて行う入力作業ではワクチン接種のリスク同様にミスが起きたら政府が手厚く保障する体制で臨むしかなかった・補償問題であって、責任追及の問題ではありません。
ソ連崩壊以降、野党による政権追及テーマは政権の不正というよりは、作業技術問題であったことが多い(今回も支払基金にマニュアル作りを委託していたらプログラムミスがおきたように)政府・政治家の責任追及ばかりにフォーカスしてきた印象です。
らい病関係の政府追及?補償請求も似たような攻め方です。
政治問題にするならば、年金コンピューター化事件や、今回で言えば支払基金にプログラム設定作業を外注するしかない実態(外注でなくすには公務員を増やすしかない・・後記引用論説はそういう主張のようですが、公務員の身分があれば、ミスがないと言えないでしょう)を前提にどうやって正確率をアップするかの課題解決・提案力で競争すべきでしょう。
今年の国会追求のテーになっていた統計不正?追及も、国民の多くは「不正」というよりは事務作業レベル問題であって、政治家の責任ではないという見方がほとんどのようです。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00006/?P=3

官僚叩きでは解決せず…統計不正の「悪の根源」論考
2019年1月29日
15年前に比べ、3分の1に減った統計担当公務員
野党は「アベノミクスほにゃらら」などと政権主導による恣意的な“捏造”と批判しているけど、さすがにそれはないと思う。全数調査をサンプル調査にしたからといって、期待する結果が出るとは限らない。それに、サンプル調査でも、適切な集計手法を施せば統計的には信頼がおける数字を得ることは可能だ。
ちろん、集計手法を間違えたり公表すべき事案を隠したりするなど、今回露呈した「初歩的な統計知識の欠如」や「モラルの欠如」は気が遠くなるほど深刻だが、よくよく考えてみると、もっと根深い問題が潜んでいるのではないか。
【事実関係】
・1996年以降、調査事業所数が公表より1割程度少なかった
・2004年1月以降、東京都の規模500人以上の事業所を抽出調査にしたが、年報には「全数調査」と記載
・2004年~2017年まで抽出調査するも、集計上必要な復元処理が行われなかった
・2011年に変更承認を受けた調査計画に記載された内容どおりに調査が行われなかった
・2015年調査の事務取扱要領から、東京都の規模500人以上の事業所を抽出調査とする旨が不記載
・2018年9月にサンプルの入れ替え方法の変更に伴う数値の上振れの指摘を受けた際、統計委員会に、「復元を行う」としたことを説明しなかった

ということで「根っこは公務員削減にある」という結論のようですが・・。

自衛→集団自衛権2

相手が要求しないからと、日頃最低の付き合いにしておいて、・・友人近隣関係も同じですが・・日本が本当に困ってから手のひら返しで手土産持参してお願いしても相手がしらけます・日頃の付き合いが重要です。
米国の協力を得るために日本の負担がどの程度になるのかの具体論を見て国民が判断すべきことです。
どうせ半独立しかないならば、米ソどちらの支配がソフトかの選択が講和条約賛否論の基礎思考でした。
ソ連支配では「満州で非戦闘員が生き地獄的なひどい目にあったし、東独でレールまではがして持って行ったソ連と、今でこそ米兵の婦女暴行などが(中国系工作?により)ネットで拡散されていますが、非道行為を被占領側が主張すれば占領軍政側で「そんなことは恥ずかしい」ことだという気持ちがある国・・これが朝鮮戦争時の米兵向けの慰安婦制度発達の歴史ですが・・と政府率先して残虐行為を奨励する国とは基本が大違いです。
戦後70年以上経過した今でも、ソ連は日本降伏後に捕虜でさえない日本兵をシベリヤへ連行した人道の罪を謝りさえしないまま平和条約を求めるふざけた国です。
ロシアがソ連とは別の国だというならば、樺太、千島列島全部を日本に返すべきでしょう。
勝った勢いもあって少しの行き過ぎがあっても「米兵とソ連兵どちらの支配がより過酷であったかを比べれば明白でしょう」というのが一般的意見でした。
後進国による支配は(もともと自国民を虐げているの国の場合、国民は不満のはけ口を求めているので政府もガス抜きのために被征服民を最大限非道に扱わせることによって積極的にガス抜きに使おうとするのが普通で、多めに見るしかない現実がありますので往々にして過酷になりがちです。
家庭内でいじめられている子が外で自分より弱さそうな子を見つけると不満のはけ口としていじめっ子になることが多いのと同じです。
家庭内イジメも母親の地位が低すぎると特定の子供をないがしろにする傾向が起きるなど、連鎖が知られています。
そのまた親をたどると子供の頃に家庭内暴力の対象として育った人が多い・負の連鎖も知られています。
その判断は憲法学者や小説家その他エリートが決める人気投票の問題ではありません。
日本が古代からのボトムアップ社会なのにボトムアップの経験のない西欧のエリート支配の思想(西欧の民主主義は国民が個別テーマを決める権利がなく、指導者を選ぶ権利です)を文化人?が持ち込んで、「エリートのいう通りにすれば良い」民衆は自分で考える必要がないと言わんかのような運動をして同じビラの中で「民主主義を守れ」というスローガンですから自己矛盾です。
世論調査というのは、4月4日紹介したように、設問次第・実施主体の方向性次第になることを表しています。
もともと片面講和反対(ソ連支配の方が良い主張)以来の思想系譜を引きずる団体の意向に沿う方向の設問による調査結果を反対派の団体が最大限我田引水的に利用して国会周辺デモ等を各種団体が企画実行してきました。
例えば映画労連の以下の声明です。
http://www.ei-en.net/appeal/141016_10.16ketsugi.pdf

2014年7月1日、戦争をする国づくりにむけて暴走を続けてきた安倍内閣は、集団的自衛権行使容認を閣議決定した。立憲主義を否定し、民主主義の根本原則を踏みにじる歴史的暴挙である。 一方的な解釈の変更によって、戦争放棄を謳い平和主義を基本原則に掲げる憲法を破壊する決定を、国民に信を問うこともなく閣議のみで強行したのである。私たちはこのような蛮行を許すわけにいかない。直ちに撤回を求めるものである。 法前文と第9条が規定している恒久平和主義、平和的生存権の保障は、憲法の基本原理であり、時々の政府や国会の判断で解釈を変更することは到底許されるものではない。これ以上政治の暴走、憲法と民主主義の破壊を容認することは出来ない。
私たち映演労連は直ちに集団的自衛権行使容認閣議決定の撤回、関連法案の阻止・廃案を求め、日米ガイドライン再改定に強く反対することをここに決議する。
2014年10月16日

集団自衛権反対運動声明の一例を引用しましたが、多くの反対論は「国民に信を問うこともなく」(国民多数の声を無視して!との街頭運動につながっていましたが、安法法制(集団自衛権等)反対運動とこれをうけた直後の総選挙への動きが加速し始めると解散反対へ主張が変わっていきました。
まず集団自衛権等の安保関連法制に関するウイキペデイアの説明です。

平和安全法制は、「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律(平成27年9月30日法律第76号)」(通称 平和安全法制整備法)と「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律(平成27年9月30日法律第77号)」(通称 国際平和支援法)の総称である[1][2][3][4]。平和安全法制関連2法とも[1]。
マスメディア等からは安全保障関連法案・安保法案・安保法制・安全保障関連法・安保法[5][6][7]と呼ばれるほか、この法律に批判的な立場(立憲民主党、日本共産党、社会民主党等)が主に使用する戦争法という呼び方も存在する[8](後述)。

これまで紹介してきたように集団自衛権を認める一連法を「戦争法」であるという宣伝が行われました。
昨日書いたように自衛するには近隣国間で最強国でない限り不可能・・孤立していたのでは自衛できないので・同盟国が必要→同盟国があれば自衛戦争に立ち上がれる=集団自衛権関連法は「自衛戦争可能にする」という意味で使うならば正鵠を射ています。
ところがメデイアは、日本が自衛の枠を超えてあたかも明日にも侵略戦争が始まるかのような宣伝が行われたのは虚偽・虚偽でないまでも今流行りのフェイクニュースだったというべきでしょう。

自衛→集団自衛権1

集団自衛権の必要性論争のキモは、日米安保強化どころか空洞化阻止必要性の有無でしょう。
非武装論は結果から見れば中国や朝鮮の対日報復熱・・他国が侵略してきたらどう対応するかの疑問に未だかつてまともに答えた論者を見たことがありません。
せいぜいそうならないように外交努力をするという程度です。
質問の意味は「外交努力をしても相手が一方的に攻めてきたらどうするか?」の質問なのにそれに対する答えになっていません。
本音は決裂しないように「相手の要求が無茶でもすべていう通りにすればいい」ということでしょうか?
日本周辺でそういう無茶を言いそうな国は当面中韓、北朝鮮ですが、韓国の場合、今でも竹島は日本領と教科書で書くなと言わんかのような主張をしています。
本日現在のニュースです。
https://www.msn.com/ja-jp/news/world/

韓国国会が日本へ是正要求決議-「竹島は固有領土」の検定/ar-BBVDToF
【ソウル共同】島根県・竹島(韓国名・独島)が日本の「固有の領土」と明記された教科書が2020年度から小学校で使用されるとの日本の文部科学省の検定結果発表を受け、韓国国会は5日の本会議で「深刻な憂慮」を表明し、即時是正を要求する決議案を、出席議員の全会一致で採択した。

日本から韓国人が仏像を盗んだ事件では、これは昔韓国から盗まれたものだから日本に変換する義務がないと主張してそのまま盗みっぱなしですし、日本発の有名なこと柄は全て韓国が創作したと言い張る国柄です。
どんな理不尽な要求でも聞くしかないとなれば、韓国の要求がどんどんエスカレートした場合どうするかです。
壱岐対馬の領土占拠だけではなく、慰安婦の強制性を認めろ・ハイハイ・・賠償金として今後年間1兆円づつ1000年間払え、日本の教科書で慰安婦や、朝鮮人に対する残虐行為を教えろ・・ハイハイ・・違反婦の強制性を否定する発言者を取り締まれ、ハイハイ、在日韓国人に日本の選挙権を持たせろ・・ハイハイ、在日だけでなく韓国人にの日本国内の選挙権を与えろ、その場合日本人の2倍の投票権を認めろ、各種選挙では韓国人以外の立候補を認めるな・ハイハイ、徴用工の報復だから毎年1000人以上の奴隷を送れ→ハイハイ・天皇を後ろ手に縛って韓国へ連れてこい・・ハイハイ・今後日本全土に韓国軍駐留を認めろ、その費用は全部日本が持て、自衛隊中堅幹部以上は韓国人以外認めるな・・・・このように、いくらエスカレートしても、全部要求どおりにするのでしょうか?
中国の場合も同様で尖閣ならば黙って占領させておけばいいという意見の場合、その次の沖縄諸島全部中国領だから1ヶ月後に軍を派遣する・と言い出したらどうするのでしょうか?
その次には奄美諸島全部〜九州全部という場合、非武装論者は中国国旗を振って歓迎する・中国占領軍の手先としての良い地位が約束されているので歓迎一色というのでしょうか?
非武装平和論者が、「あまりひどい時には断固断れば良い」というならば、相手の出方によれば平和解決できない時がある・・断固拒否することを認めることになるのでしょう。
断固拒否だけで収まればいいですが、尖閣諸島に対する現在の中国の実力行使がさらにエスカレートしたらどうするかの回答になっていません。
軍備の必要性の有無は、その時どうするかの議論ですから、非武装論でも際限なく従う気持ちがないという場合には、いつかは戦う意思表示をするためには相応の準備が必要ということではないでしょうか?
自衛の必要性を認める以上は=弱小国は応援を頼む権利と不可分です。
女性が襲われた時に噛み付く程度の自衛は許されるが襲われた時に「助けて!」と叫ぶことは違法だという人がいるでしょうか?
友好国と同盟してはいけない・・応援を頼めない自衛権論は、世界最強国家を除けば(少なくとも紛争を抱える周辺国家との軍事力で劣勢にある国の場合)絵に描いた餅であって、マヤカシでしょう。
応援・警察にすぐ来てもらうためには、警察制度を作り、適正配置などの予算措置・・日頃の納税負担が必要です。
自分が110番で呼んだらすぐ来て欲しいが、他人のために応援にいく費用は出したくないという身勝手なことは許されません。
「同盟を拒否し友好国の緊急時に応援しない」と決めている国が自分が困った時だけ「応援してくれ」と言っても大方断られるでしょう。
「中韓支配はごめんだ」独立を保ちたいという立場では、いざとなれば米国に応援してもらいたい・そのためには日頃からどこまで米国に協力すべきかとなります。
この重要論点決着次第で運動の方向が真逆になるので、この点をはっきりさせておく必要があるでしょう。
非武装論(何をされても従う予定論者)にとっては自衛自体否定してきたので米国に庇護を頼る必要がありません。
元々日米安保条約否定論系譜の人たちにとっては、ああだこうだとケチをつけて戦えそうもない弱い国にしてきたのに、その補完として米国の応援を受けて、「いざとなれば応戦できる国にする」のは文字通り「戦争できる国になる」のが許せないという論法でしょう。
国家民族の生存権としての自衛を認めるならば、弱小国はその手段として相応の助け合いシステム構築・相互防衛条約が必要になるし、応援団がいれば無茶をされれば応戦できる国=「戦争できる国」になります。
元々何をされても相手のいう通りにするのを理想とする非武装論は、これを目的にする集団自衛の関連法を「戦争法」と定義して反対していれば良いので米軍に頼る必要がない立場では協力度合いを議論する余地がないのでしょう。
自衛が必要・その実質化を図るためには総合防衛条約で仲間を増やすのが必要とする立場では、中国の侵攻があった時にアメリカがどの程度の協力をしてくれるか?
そのためには日頃から日本がどの程度までお返しするかの先行申し出をしておくかの具体論が中国の侵攻が目前に迫っている・・中国公船による領海侵犯が日常化していて侵略が事実上始まっています・・現在では現下喫緊のテーマです。
米国の合理的立場は、日本が日頃米国のために協力している程度に応じて自国も協力しましょうということであり物事の道理・当然の主張です。
大規模災害のお見舞いをするのはお互い様という気持ちの知恵です。

世論調査と選挙結果2

昨日世論調査の比較を見たように設問によって支持不支持が割れる結果になり、同年中におこな割れた選挙結果を総合すれば、国民は「戦争法」とか、「平和憲法を守れと」いう観念論ではなく、どこまで米軍に協力すべきか・・具体的なギブアンドテイクのあり方に関心があったことが浮き彫りでした。
TPPその他各種国際協定の賛否でも、TPP反対という抽象論よりはどの条項が日本にとって不利で別の条項が有利などの複雑な組み合わせですから、その不利益部分をどの程度まで(関税協定等によって恩恵を受ける業界から不利益を受ける業界への補助金等の資金移動など含めて)緩和できるか・農産物の関税緩和するにしてもすぐでなく10年かけて実施するなど)交渉力にかかっていることです。
日本にとって有利か否かは、不利な分野(例えば農産物関税引き下げ率を少しでも)で緩和してもらうために、日本に有利な輸出産業分野でどの程度まで譲るかなどの具体的比較考量の結果で(特定利害集団の自己利益実現の主張に引きずられることなく)判断すべきです。
多様な利害集団の利害を考えながら国民独自に判断すべきですから国民が健全な判断をするには交渉項目別の詳細情報開示が重要です。
しかもその先の着地点は現在進行中の交渉力にかかってくるのに、交渉前から前もって「絶対反対」という主張ばかりでは国民にとって意味不明・・「何も考えるな」という強制です。
彼らの主張方式は、「個別内容を聞かないでくれ自分らの主張・判断に賛成するかどうかだけで良い」と言わんかのような運動形式です。
「一定政治勢力の判断にお任せ」というならば、総選挙でどの政党に一任するかは決まったことです。
総選挙後に特定政策に反対する以上は、反対するに至った新たな具体的内容を開示してこの点が良くないと適示してこそ(国民もなるほどと・・)「選挙で任せたもののこの問題は一任しておけないな・・」と考え直すことになる順序です。
集団自衛権や共謀罪法案に対する具体的問題点指摘なしに、憲法学者や文化人がこんなに多く反対しているという論調は結局「自分ら所属集団・ブランド」に頼れ・「一任しろ」という総選挙結果の否定論にしかなりません。
TPPに限らず各種EPAどの分野に補助金をつけるかなど政治というものは特定政策の実行・反対にはそれぞれの利害団体があって賛成・反対するのはわかりますが、個別利害に関係ない一般国民にとっては文字通り利害関係から中立的立場で複数以上の錯綜した個別利害を聞いた上で国民一人一人がどの程度の折り合いで決めるのが日本にとって有利かの総合判断を行うのがボトムアップ社会です。
一般人には合理的判断力がないが「誰に委ねればよいか程度の投票はできる・これが代議制民主義の精神だ」と政治学で習いました。
アメリカ大統領選挙で選挙人制度という制度に驚く人が多いでしょうが、一般人はまともな判断能力がない前提の民主主義です。
日本の場合国民一人一人のレベルが高いので、国民がだれかに判断権を1任する社会ではありません。
内容のないアジ演説・・・賛成・反対という結論を何回聞いても意味がない・・そんなことより内容をきっちり説明してほしい国民の方が多いのではないでしょうか?
共謀罪や安保法制で言えば、憲法学者や刑法学者あるいは弁護士何人が反対しているかではなく、共謀罪法のどの条文が諸外国の法律とどのように違っていて問題なのか、その問題点について国会でそのような議論をしてきたのかが一般国民にとって重要です。
内容説明なく「近代法の法理に反する暴挙」とだけ主張されても??という人が多いでしょう。
集団自衛権論では、日本だけの自衛力では中国の侵略を防具能力がないのは自明ですから、現状で米軍がどの程度協力してくれるのか?
いざという時に米軍の防衛協力度合いを引きあげる(武器の補給をしてくれるだけでなく)には、日本も日頃から米軍にどの程度まで協力しておくべきか?
そのためには日本が負担すべき範囲・応分の負担がどの程度まで要請されているか?を具体的に議論すべき時代になっています。
国土を守るというよりは中韓に侵略された場合(ありもしない被害をでっち上げては)、「報復として何をしても良い」式の占領支配が想定されるので、チベットやウイグル族に対する以上の弾圧が待っていると覚悟すべきかどうかも判断基準でしょう。
想定される残虐支配を防ぐために米軍の援助が必須とした場合、国民がどの程度までの負担を許容すべきかの問題です。
戦後長い間米国本土まで報復攻撃できる国がなかったし通常兵器でも米軍の戦力は圧倒的でしたので、米国がある国が攻められているときに守ってやるために参戦介入しても戦闘参加の兵の損傷も微々たるものでした。
大陸間弾道弾の開発以降、中国が日本侵略した場合アメリカが日中間の争いに参戦して自国に核弾頭が打ち込まれる事態を招くような参戦をしてくれるかの疑問が生じています。
また通常戦力限定の戦争介入でも、米軍が参戦したら湾岸戦争時のイラクのように?「相手が逃げ回るだけ」と言う時代ではなくなっています。
アメリカが自国への報復攻撃被害を前提にしなかった日米安保条約初期とは立場(北朝鮮でさえ米本土に対する核攻撃能力を今にも完成させるようになったのが今の北朝鮮問題です)が変わっているので、日本国民の多くが片務的条約・アメリカが一方的に日本を守る日米安保条約の実効性に疑問を持つようになっているのです。
「いざと言うときにアメリカが応援してくれるのだろうか?」と疑心暗鬼になっているのが尖閣諸島問題激化したとき以降の日本人の心情です。
この心配を払拭するためには、日本もある程度米国の国防に協力しないと、アメリカは自国への報復被害を覚悟してまで日本の防衛にコミットしてくれないリスクが高まっている・・これが日本人の常識であり、国際常識だからこそ中国が堂々と尖閣諸島海域での領海侵犯を繰り返すよう・(南シナ海の基地化もアメリカの出方を試す動きの一環)になったのです。
中国はアメリカの出方・・「鼎の軽重を問う」ていたのに対し、オバマ政権は明白に世界の警察官役をしないと明言しました。
要はギブアンドテイクで約束した範囲以外は、守らないという宣言でしょう。
次期トランプ大統領がNATO諸国に対し、応分の負担を求めるようになったのと同じ文脈です。
このまま日米安保条約の変質・結果的にアメリカが日中戦争に巻き込まれるのを尻込みする事態の進行・日米安保条約の空洞化進行を放置するのか?
安保条約の空洞化を防ぐ必要があるという立場に対し、空洞化を進行させるべきというのが親中韓(韓国も米軍のくびきから外れれば、対日侵攻が第一目標であることをもはや隠しもしない印象です)派勢力の狙いでしょうか。

昨日世論調査の比較を見たように設問によって支持不支持が割れる結果になり、同年中におこな割れた選挙結果を総合すれば、国民は「戦争法」とか、「平和憲法を守れと」いう観念論ではなく、どこまで米軍に協力すべきか・・具体的なギブアンドテイクのあり方に関心があったことが浮き彫りでした。
TPPその他各種国際協定の賛否でも、TPP反対という抽象論よりはどの条項が日本にとって不利で別の条項が有利などの複雑な組み合わせですから、その不利益部分をどの程度まで(関税協定等によって恩恵を受ける業界から不利益を受ける業界への資金移動など含めて)緩和できるか・農産物の関税緩和するにしてもすぐでなく10年かけて実施するなど)交渉力にかかっていることです。
不利な分野で緩和してもらうために日本に有利な部分をどの程度まで譲るかなどの具体的比較考量の結果で(特定利害集団の自己利益実現の主張に引きずられることなく)多様な利害集団の利害を考えながら国民独自に判断すべきですから国民が健全な判断をするには交渉項目別の詳細情報開示が重要です。
しかもその先の着地点は現在進行中の交渉力にかかってくるのに、交渉前から前もって「絶対反対」という主張ばかりでは国民にとって意味不明です。
彼らの主張方式は、「個別内容を聞かないでくれ自分らの主張・判断に賛成するかどうかだけで良い」と言わんかのような運動形式です。
「一定政治勢力の判断にお任せ」というならば、総選挙でどの政党に一任するかは決まったことです。
総選挙後に特定政策に反対する以上は、反対するに至った新たな具体的内容を開示してこの点が良くないと適示してこそ(国民もなるほどと・・)具体論なしに憲法学者や文化人がこんなに多く反対しているという論調は結局「自分ら所属集団・ブランド」に頼るだけの主張になります。
それぞれの利害団体があって反対するのはわかりますが、個別利害に関係ない一般国民にとっては文字通り利害関係から中立的立場で複数の錯綜した個別利害を聞いた上で国民一人一人がどの程度の折り合いで決めるのが日本にとって有利かの総合判断を行うのがボトムアップ社会です。
一般人には合理的判断力がないが「誰に委ねればよいか程度の投票はできる・これが代議制民主義の精神だと政治学で習いました。
アメリカ大統領選挙で選挙人という制度に驚く人が多いでしょうが、一般人はまともな判断能力がない前提の民主主義です。
日本の場合国民一人一人のレベルが高いので、国民がだれかに判断権を1任する社会ではありません。
内容のないアジ演説・・・賛成・反対という結論を何回聞いても意味がない・・そんなことより内容をきっちり説明してほしい国民の方が多いのではないでしょうか?
共謀罪や安保法制で言えば、憲法学者や刑法学者あるいは弁護士何人が反対しているかではなく、共謀罪法のどの条文が諸外国の法律とどのように違っていて問題なのか、その問題点について国会でそのような議論をしてきたのかが重要であって、集団自衛権論では、日本だけの自衛力では中国の侵略を防げないの自明ですから、現状で米軍がどの程度協力してくれるのか?
いざという時に米軍の防衛協力度合いを引きあげる(武器の補給をしてくれるだけでなく)には、日本も米軍にどの程度まで協力しておくべきか?そのためには日本が負担すべき範囲・応分の負担がどの程度までか?を具体的に議論すべき時代になっています。
国土を守るというよりは中韓に侵略された場合(ありもしない被害をでっち上げては)、「報復として何をしても良い」式の占領支配が想定されるので、チベットウヤウイグル族に対する以上の弾圧が待っていると覚悟すべきかどうかも判断基準でしょう。
想定される残虐支配を防ぐために米軍の援助が必須とした場合、国民がどの程度までの負担を許容すべきかの問題です。
戦後長い間米国本土まで報復攻撃できる国がなかったし通常兵器でも米軍の戦力は圧倒的でしたので、米国は守ってやるために参戦しても戦闘参加の兵の損傷も微々たるものでした。
大陸間弾道弾の開発によって、中国が日本侵略した場合アメリカが他国間争いに参戦して自国に核弾頭が打ち込まれる事態を招くような参戦をしてくれるかの疑問が生じています。
また通常戦力限定の戦争介入でも、米軍が参戦したら湾岸戦争時のイラクのように?「相手が逃げ回るだけ」と言う時代ではなくなっています。
アメリカが自国への報復攻撃被害を前提にしなかった安保条約初期とは立場(北朝鮮でさえ米本土に対する核攻撃能力を今にも完成させるようになったのが今の北朝鮮問題です)が変わっているので、日本国民の多くが片務的条約・アメリカが一方的に日本を守る日米安保条約の実効性に疑問を持つようになっているのです。
「いざと言うときにアメリカが応援してくれるのだろうか?」と疑心暗鬼になっているのが尖閣諸島問題激化したとき以降の日本人の心情です。
この心配を払拭するためには、日本もある程度米国の国防に協力しないと、アメリカは自国への報復被害を覚悟してまで日本の防衛にコミットしてくれないリスクが高まっている・・これが日本人の常識であり、国際常識だからこそ中国が堂々と尖閣諸島海域での領海侵犯を繰り返すよう・(南シナ海の基地化もアメリカの出方を試す動きの一環)になったのです。
中国はアメリカの出方・・「鼎の軽重を問う」ていたのに対し、オバマ政権は明白に世界の警察官役をしないと明言しました。
要はギブアンドテイクで約束した範囲以外は、守らないという宣言でしょう。
次期トランプ大統領がNATO諸国に対し、応分の負担を求めるようになったのと同じ文脈です。
このまま日米安保条約の変質・結果的にアメリカが日中戦争に巻き込まれるのを尻込みする事態の進行・日米安保条約の空洞化進行を放置するのか?
安保条約の空洞化を防ぐ必要があるという立場に対し、空洞化を進行させるべきというのが親中韓派(韓国も米軍のくびきから外れれば対日侵攻が第一目標であることをもはや隠しもしない姿勢になってきました)勢力の狙いでしょうか。

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