米国占領政策2→乱闘国会

イラク侵攻の際にありもしない大量殺戮兵器を主張して正当性強調したのと同じレトリックで米国政府は対日戦争正当性を訴えるため奴隷状態にある朝鮮民族の解放戦争という宣伝を行ってきたのです。
西欧の植民地との比較では格段の厚遇でしたし、朝鮮神自身が自発的に対米戦に参加していたのです。
例えば以下の通りです。
https://cocolo-journal.com/archives/14333#toc4

朝鮮半島では、大日本帝国陸軍が清国軍を打ち破ったときの「軍旗」が旭日旗だったため、
中国から朝鮮独立を認めさせた“象徴旗”として称えられていました。
『アサヒグラフ』1938年10月19日号の朝鮮人特別志願兵の特集ページでは、
旭日旗を掲げて行進する4300名の「朝鮮聯合青年団」の写真が掲載されています。
当時、朝鮮人にとって50倍前後の倍率の志願兵に選抜されることは、大変な名誉でした。
志願兵に採用されなかった全朝鮮の若者15万人は「朝鮮聯合青年団」を組織しました。

こんな欧米植民地があったでしょうか?
このような偏った刷り込みを前提に朝鮮半島に上陸し、占領政策を遂行するにあたっては必然的に日本統治実績をけなし、良い面を米軍支配の実績にすり替えるしかなかったでしょう。
これが戦後朝鮮人の反日意識形成→反日運動の源流です。
慰安婦問題の具体的証言では、ジープに乗せられ、ドラム缶がどうのなど米軍支配下の出来事だったことが明白になっていますが、それでもこれが日本軍の悪事として世界に流布されてきました。
米軍に対する不満であれ、自国政府に対する不満であれ、韓国国民は反日を唱えれば全て許されるように思い込んで70年以上経過したことになります。
ところで26日にヤルタ会談の一部を紹介したように米国や連合軍軍自体、日本軍・日本政府要員撤退後、朝鮮民族による自主政府樹立までの手助け・・いわゆる自立にまだ無理のある民族としての国際評価を前提に米国が太平洋諸島の信託統治領同様に保護者になる・・国連概念の信託統治としての関与予定でした。
一人前になるまでの短期占領政治の予定が、朝鮮戦争勃発→休戦状態で固定されてしまったので国連軍としての米軍駐留が今に至るまで続いている結果、長期的に米国宣伝(日本統治配が如何にひどかったかの刷り込み教育)の直接的影響下におかれました。
74年といえば2世代以上に渡って日本人がいかに人道上ひどいことを朝鮮人に対して行ってきたか、道徳のない民族であるかの虚偽教育を生まれたときから受け続けてきたのですから、おそるべき隣国が誕生していることになります。
昭和60年大頃まであっ本当のことを知っている世代がいたので、学校教育や目でアイデアが煽っても親世代は冷めたところがありましたが、平成に入ると、日本統治を経験した世代がいなくなり、学校教育やメデイアの流し続ける反日宣伝を盲目的に受け入れる・・日本を憎む世代ばかりになってきたようです。
これが慰安婦その他何でもでっち上げては「そのくらいの仕返しをしないと気がすまない」という気分になってきた素地ではないでしょうか?
朝鮮半島の南半分・大韓民国は建国以来米国の唱える大戦の大義?に縛られて日本支配の道義否定を国是のようにして始まった結果、占領政治では日本支配時代との違いを鮮明にするためにもっと目に見える改革・成果が必要となりました。
日本の統治方法はいきなりの制度変更ではなく、教育制度の一般化によってヤンパンの特別権力維持の源泉・・ヤンパンの文化独占を打破してヤンパンの文化的優位性を崩していったのですが、米国はもともとこういうじっくりした政治は苦手である上に、対日戦争の名分として日本の朝鮮統治を批判して来た手前、早期に目に見える成果が必要でした。
そこで(今の投資ファンド同様に短期成果を求める傾向がもともとある上に)日本を戦争に引きずり込んだ戦争の正しさを証明するためにもドラスチックな改革の必要性があり、地道な時間のかかる自発的発展を待ってられなくなり、結果的に強権的改革が多くなった・韓国国会では何か法案を通すためには、日常的に乱闘→強行採決になっていった原因の一つと思われます。
https://www.sankei.com/politics/news/150629/plt1506290039-n1.html

世界を震撼させてきた韓国・武闘派国会。ただここ数年は、暴力沙汰はほとんど沈静化している。
実は「国会先進化法」と呼ばれる法律が2012年5月に成立している。時期的には、先に紹介した「催涙弾事件」の後ということになる。
法律では「与野党間で意見の食い違いがある法案を本会議に上程する場合、在籍議員の5分の3以上が賛成しなければならない」と規定されている。乱闘につながりがちな対決法案の緊急上程、強行採決を防ぐ措置なのだろう。
ただ、暴力こそは影を潜めたものの、あまりに高いハードルであるため、今度は肝心の法案処理がままならなくなった。2014年の7月国会で法案処理にいたった案件はゼロ。続く9月国会で90本余りの法案を一気に成立させるという荒業を繰り出さざるを得なかった。

上記のように乱闘国会が常態化していたので今度5分の3の特別多数制度にするしかなかったので、そうしてみるとどんな法案も通らなくなったというのですから、ほぼ漫画状態です。
工場のように先進設備を導入すれば、ちょっと機械操作を練習すればすぐに製品になって出てくるのとは違って、社会制度というのは制度・器だけは真似できても運営は人民の能力次第です。
国会も労組も同じ人民の能力にかかるものですから、乱闘国会同様に韓国では労働運動の激しさも有名ですが、韓国社会は何事も妥協して決めていく経験がないまま現在に至っている状態です。
民主社会では労組のあり方も重要な要素です。
韓国労働運動については報道を通じたイメージしか知らなかったのですが、ネットでは以下の論説が出ていますのでこれを明日以降一部引用して行きます。
以下紹介する韓国の激しすぎる労働争議関連の論考には米占領軍は占領当初政策方針として「1945年10月30日に軍政法令第19号の国家緊急事態宣言の中で『過去40年間存続してきた絶対的奴隷状態から労働者を救出しなければならない』と強調し」

たと紹介されています。

カイロ宣言と米国朝鮮政策1(日本道義否定)

朝鮮半島の北半分がソ連圏に入ったので北の朝鮮人は、古代価値観を基本にして生きているソ連・ロシア民族支配をすんなり受け入れて安心したでしょうが、日々食うのに忙しい・・人口の90%以上を占める庶民にとって政治意見を言えないことや表現の自由の制限など日常何の不自由も感じないことを24〜25日に書いてきました。
表現の自由にこだわる芸術家でも普通の芸術活動である限り・同時代の緊迫した時代精神気分を表しているなどの評価を後世に受けるとしても、その程度のことで表現が規制されるとは考えにくく、99、99%の芸術家は政治などに関係なく、創作活動を自由にできてきたと思われます。
明治以降の漱石、島崎藤村の詩集などの文壇、日本画に表現の自由による制約を見る人は少ないでしょう。
江戸時代に世界に冠たる文化発達繚乱したのは、西洋近代の権力分立・人権思想の有無と関係なかったのです。
そもそも芸術家自体人口の1%もいないでしょう。
アメリカ占領下に入った南半分(現韓国)は、微温的な日本統治という緩衝装置がなくなり欧米価値観ストレートな政治文化の浸透に見舞われたことになります。
米国の中南米、南ベトナムその他各地支配・指導は、現地民族ごとの微妙な気持ちの汲み取り能力に欠けた・いわゆる投票箱民主主義・あんちょこな民主主義の押し付けが国情に合わない結果、多くの国で失敗の連続でした。
米国の対日戦争の大義として朝鮮民族の日本隷属からの解放を宣伝してきた米国としては、朝鮮占領政策では日本が進めていた以上の急速な近代化を目ざす必要に迫られていたことは、推測に難くありません。
朝鮮族の対日不満の源泉は旧特権階層の権益剥奪と教育の機会均等・四民平等・を徹底すれば国民大多数のストレス社会化が進みます。
自由競争社会化すればするほど、底辺層の方が富士の裾野のように最大多数になるのが原理です。
日本の場合文明開化によって新たな職域が量産され、失業した武士の多くを吸収しましたし、産業構造変化までひと世代程度の期間余裕があったので、紡績〜繊維から家電組み立てなどの構造変化も1世代以上の時間軸があり次世代がうまく適応できてきました。
新興国の場合工場設備丸ごと導入パターンですから、最新技術導入があんちょこな分に比例して産業構造・主役が変わって行く構造変化が5〜6年サイクルでくるので、日本に追いつくスピードは自慢でしょうが、それに比例してどんどん振り落とされ置いていかれる人が増えてストレス過多社会になって行きます。
ルーズベルト政権は対日開戦の大義名分として日本の朝鮮人民に対する過酷な植民地支配〜中国での南京虐殺などを国内外で大宣伝してきました。
対日開戦を奴隷状態にある悲惨な朝鮮人民解放戦と位置付けてきたのです。
フセインが大量破壊兵器を隠していると称してイラク侵攻を正当化したのと同じ手口です。
競争社会に対する不満を吸収する方向で米軍支配による「日本支配がひどかった」という反日宣伝が不満に火をつける形で、ガス抜きしていく効果を発揮していたと思われます。
アメリカの対日プロパガンダの公式記録がカイロ宣言に出ています。
1943年に出された連合国のカイロ宣言の一部・対朝鮮関連部分のみ紹介します。
カイロ宣言に関するウイキペデイアの記事からです。

対日方針を協議するため1943年(昭和18年)11月22日からエジプトのカイロで開催されたフランクリン・ルーズベルト米大統領、ウィンストン・チャーチル英首相、蒋介石国民政府主席による首脳会談を受けて、12月1日に発表された「カイロ宣言」。
以下はカイロ宣言の日本語訳[1]。
「ローズヴェルト」大統領、蒋介石大元帥及「チャーチル」総理大臣ハ、各自ノ軍事及外交顧問ト共ニ北「アフリカ」ニ於テ会議ヲ終了シ左ノ一般的声明ヲ発セラレタリ。
各軍事使節ハ日本国ニ対スル将来ノ軍事行動ヲ協定セリ。
日本国ハ又暴力及貧慾ニ依リ日本国ノ略取シタル他ノ一切ノ地域ヨリ駆逐セラルヘシ
前記三大国ハ朝鮮ノ人民ノ奴隷状態ニ留意シ軈テ朝鮮ヲ自由且独立ノモノタラシムルノ決意ヲ有ス

世界から放置される朝鮮族2

文氏は大恥をかいて北からも相手にされなくなりました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44325460X20C19A4000000/
南北会談から1年、韓国が記念式典 北朝鮮は参加見送り、溝浮き彫りに 2019/4/27 21:33
最初の首脳会談を開いてから1年を迎えた27日、韓国政府は会談場所だった南北軍事境界線のある板門店で記念式典を開いた。だが韓国が呼びかけた北朝鮮の式典参加は実現せず、米朝の仲介役を自任してきた文氏が置かれた難しい立場をかえって印象づける結果になった。
文氏が米大統領との首脳会談を申し込んで実現したのは僅か2分という屈辱的結果に終わっています。
金正恩はその後、中国にも見捨てられ、ロシアに縋ったもののあっさり袖にされて恥をかいて帰りました。
安倍氏の誘いは拉致問題解決手がかりを求めるための誘いでしょうが、朝鮮半島は日本の厄病神的存在なので、あまり深入りしない方がいいというのが国民大方の意見ではないでしょうか?
明治維新以降日本は朝鮮半島に関係して結果的に損をしたという意見の人が多いのではないでしょうか?
日本は明治維新以降押し寄せる欧米に対抗するためには、近隣友邦と一致団結あるいは助けあって近代化促進すべきという基本方針でしたが、朝鮮政府は近代化による専制支配権力崩壊をおそれるばかりでした。
まともな協議を避けるために清朝の冊封下にあることを口実に清朝の許可がいるとか、その勢いを借りて日本が天皇を名乗るのはおかしいとか(今でもことさらに天皇を「日王」というのはこの歴史によります)言いがかりばかりを繰り返したので、いわゆる征韓論に発展し西南の役にまでなったものです。
当時の国際政治を見ると清朝のくびきから離れて近代化していこうとする「独立協会」がせっかく組織されていたのに高宗がこの弾圧に精出すばかり(先生支配維持に協力してくれれるならばその国の支配下に入っても良い?相手はどこでも良いしどういう要求でも受け入れる?)で自民族の将来への考慮は二の次の精神だったように見えます。
清朝が日清戦争に敗れて、朝鮮が独立認められ外交問題で清朝の許可が不要になると当時の高宗ははロシア大使館に逃げ込んでロシアの保護を頼るなど時代遅れの体制維持が最優先でした。
こうした動きは、現在の北朝鮮が金一族の支配体制維持が国策の最優先になっているのと変わりませんし、現在中国も専制支配の言い換えである共産党独裁体制維持が米中交渉の最優先順位になっているのと共通です。

新たな後ろ盾と頼ったロシアが日清戦争後の三国干渉の成果で、旅順等の不凍港を確保した結果、朝鮮へ関心を失った後にどこへ頼って良いか、キョロキョロ?右往左往していた状況が解説されています。
1900年ころの大韓帝国に関する本日現在のウイキペディア記事一部を紹介しておきます。

アメリカ公使”ホレイス・ニュートン・アレン” は「韓国でのロシアの干渉は、現在、軍事的及び政治的問題に関連する最も親密な事柄に広がる。」と報告している・・・
韓国への関心が失われ、1898年3月23日には韓国から全てのロシアの軍事・民事アドバイザーが撤退した[11]その後、韓国政府が独立協会を排撃したため、アレンは「朝鮮人は外国勢力とそのアドバイスに学ばなければならない」として、韓国の統治能力に疑問を持ちはじめ、その状態は「ロシアの影響が完全に撤退されて以降、ますますひどくなった」と述べている
1905年(明治38年)、7月の桂・タフト協定(アメリカ)、8月の第二次日英同盟条約(イギリス)、9月成立のポーツマス条約(ロシア)により、日本の韓国に対する排他的な指導権が列強によって承認され、同年11月の第二次日韓協約で韓国統監府が設けられて日本の保護国となった。

第二次日韓条約に関するウイキペディアからです。

国際法上の評価
2001年、この問題を検討するために韓国側の強い働きかけにより開催された国際学術会議、「韓国併合再検討国際会議」では、日韓および欧米の学者が参集し問題を検討している。韓国の学者は一致して不法論を述べ、また日本から参加の笹川紀勝も持論の違法論を述べるなどしたが、ダービー大学のキャティ教授が帝国主義全盛の当時において「国際法が存在していたかどうかさえ疑わしい」とし、ケンブリッジ大学のクロフォード教授(国際法)は「強制されたから不法という議論は第一次世界大戦(1914年-1918年)以降のもので当時としては問題になるものではない」、「国際法は文明国間にのみ適用され、非文明国には適用されない」とし、英米などの列強の承認があった以上、当時の国際法慣行からするならば、無効ということはできないとしている[

これが当時の国際認識であり、当時国際運営の主導権を握っていた英米の意向承認によって日本が面倒を見るべきという国際合意に逆らえず日本がやむなく?手を貸したものです。
もちろん、そんな役割を引き受けられないという政府内強硬意見もありました・その最大大物は伊藤博文でした。
当時伊藤博文の主張は正論だったでしょうが、国際的圧力を拒否できないという常識論が優って保護国化→日韓併合になったものと思われます。
今回も仮に北朝鮮問題が解決すると再び「日本がその経営に責任を持つべき論」が国際的に浮上すると思われますが、(どこの国も朝鮮に関わりたくないのは1900年頃と変わりません)面倒をみたあとでまた国辱にすり替えて日本批判が強まるでしょうから、今後割に合わない役割を一切引き受けないのが賢明です。
話題がそれてしまいましたが、外貨準備・透明性の必要性に戻ります。
国家運営に関する市場評価とはまさに為替市場の評価でしょうが、中国のように資本市場が原則自由化していない場合、まだ通貨の自由市場そのものが成立していませんので、いわば健康診断を拒否している状況です。
ただ、私が日頃から書いているように中国が外資導入で成り立っていることは明らかで、(外貨準備の実質がない?のを知りながら)外資が闇雲に入っているのは中国の成長期待(20代の若者の脈を毎日見なくとも原則としてすぐ倒れない)によるものです。
この期待が薄れてくるにつれて日々の脈拍や体温計等のデータが外資には気になる状態になってきている・体温計や脈拍数、各種健康診断結果の公開を拒否したままでは不安に感じる外資が増えつつあるのを無視できないでしょう。
資本規制の結果簡単に引き上げられないのにあぐらをかいていると、次の投資が入らなくなります。
私が日頃から書いているように中国が外資導入で成り立っていることは明らかで、(外貨準備の実質がない?)外資が中国の健康診断なしでも、闇雲に投資してきたのは中国の成長期待によるもの(20代の若者を雇用すればすぐ働けるのが普通)です。
この期待が薄れてくるにつれて体温計等のデータが外資にとっても欲しくなる状態になってきている・体温計や脈拍数、各種健康診断結果の公開を拒否したままでは、不安に感じる外資が増えつつあるのを無視できないでしょう。
資本規制の結果、簡単に引き上げられないのは一見強そうですが、これにあぐらをかいていると、次の投資が入らなくなります。

世界から放置される朝鮮族1

南北共に世界中から相手にされなくなったところで、安倍総理が前提条件なしに会ってもいいと表明しました。
仲介能力もないのに出しゃばった挙句に米朝双方から相手にされなくなった文大統領と違い、国際政治における安倍総理は今やダントツの信用力を誇っています。
米朝交渉決裂後に中国からも相手にされなくなり、急きょロシアに向かった金氏が冷たくあしらわれて予定を切り上げて逃げるように帰った金正恩が八方塞がりになった直後のタイミングの安倍氏の表明です。
随行した複数側近がロシアで亡命申請しロシア政府に、アメリカ亡命希望を保護を求めたところこれを認めて即時アメリカへ出国させたともネット上で報じられています。
これでは、自分まで身柄確保されそうなので急いで、予定を切り上げて急いで逃げ帰ったという裏の推測が重みを持ちます。
もはやどこにも頼れないと覚悟した金正恩は、核兵器・ロケット開発→挑発戦略に逆戻りしたようです。
https://www.sankei.com/world/news/190509/wor1905090028

北がまた飛翔体、正恩氏の連続挑発の背景に日米韓の及び腰
2019.5.9 23:12
北朝鮮は9日、前回の飛翔(ひしょう)体発射からわずか5日後にミサイルとみられる飛翔体の発射を断行した。対米非核化交渉が暗礁に乗り上げる中、国際社会の関心を常に引き付けて、米国を自国に優位な交渉に引き出そうとする狙いがうかがえる。

安倍総理はこれまでの米朝交渉 に沈黙を守っていたので、野党やメデイアが日本が蚊帳の外になっているのは、安倍外交の失策と批判する論調が有りましたが、南北朝鮮が世界中で相手にされなくなる時期を待っていたような絶妙のタイミングです。
金氏が困りきったタイミングで安倍氏から前提条件なしで「会っても良い」と言うのは、日本が原爆を落とされて仕方なしに無条件降伏・前提なしの交渉受諾した敗戦時の交渉とはタイミングが真逆です。
世界中どこも相手にしなくなったタイミングで「無条件でまず会い(困ってるなら相談に乗り)ましょう」という誘いに応じる(お願いしますという)には、日本の本音の期待にある程度土産が必要なのを見越した発言です。
数日目の立憲民主の発言では「無条件会談提案は無責任な発言だ。国民にあらかじめどういう条件で会談するのかの事前説明が必要」という趣旨のテレビ発言をしているよう(正確な文言の記憶はありません)ですが、上記の通りあらかじめ米英に降伏条件としてのポツダム宣言を提示されているときに無条件降伏を決めるのと状況がまるで違うことを無視した意見でしょう。
そもそもどう言う腹づもり会うかまで前もって、国民に公開していては外交が成り立たないのですから外交の基本をわきまえない要求です。
こう言う子供じみた要求をして、これが民主主義のあるべき姿だと反り返っているのでは、支持率が下がる一方ではないでしょうか?
ほぼ時期を接して米中閣僚協議が決裂し10日午前0時01分から関税引き上げ決定し、関税引き上げ競争に踏み出したばかりで、ここでも双方に太いパイプを持つ安倍氏に期待するしかない展開になってきました。
国有企業優遇や、補助金あるいは知財強制移転などをやめと!という米国要求は、習近平政権の根幹を否定するものですから、習近平としては自己否定しない限り飲むことができないし、かといってこのまま関税競争をレベルアップしていくと中国経済が持たない状況に陥ることも明らかなので、進退窮まった状態です。
この関係打破に向けても世界で唯一トランプ氏と近い関係が知られる安倍総理の仲介に期待するしかなくなって、トランプ政権成立後がそれまでの反日政策を百八十度転換して1昨年来日本への擦り寄りが目立ちすぎるほと激しくなっています。
安倍総理がこれらの時機が熟すのを、トランプ氏とゴルフしながらじっと待っていたと見るべきでしょう。
そもそもトランプ氏との首脳会談を切望して必死になっていた文大統領が、ようやく首脳会談を実現したところ、わずか2分しか面会できないで恥をかいた程度の文大統領が、服zツナ北朝鮮問題に堂宇手腕を発揮できるのか根拠なく、仲介役を勝手に名乗り、出しゃばっていたこと自体ピエロっぽい児戯に類する行動でした。
これを過大評価して米朝交渉が進むのに、日本だけが取り残されるのは安倍氏の外交失策と煽っていた野党やメデイアが大恥をかいたというべきでしょう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/231050

「米朝歴史的和解」の舞台裏と取り残された日本の命運<上>
公開日:2018/06/12 17:00 更新日:2018/07/07 12:3

https://toyokeizai.net/articles/-/222702?page=2

2018/05/29 12:30
米朝首脳会談に翻弄される日本の「立ち位置」
朝鮮問題で韓国や中国に先を越されている
米朝会談直前(実際の発行は2月末?)の報道です。
https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/dot/politics/dot-2019031000012
AERA dot.2019年03月11日07時00分
古賀茂明「安倍総理の読み違いで米韓中ロが描く北朝鮮バブルから取り残される日本」

米朝会談後の報道です。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/6018

日本 驚きの米朝決裂…!日・米・北・韓「最も得した国」はどこか
2019、03、01 # 防衛・安全保障 # ロシア # 日本
2回目の首脳会談を要求したのは、正恩氏の側だ。獲得目標があったからこそ会談を求めたのに、何も成果が得られないのでは、どう見ても負けである。正恩氏には大きな痛手になった。
2番目の敗者は、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領だ。文氏は昨年秋、英国やフランスなど国連安全保障理事会の常任理事国を歴訪し、懸命に北朝鮮に対する制裁緩和を働きかけてきた。正恩氏の忠実な「代理人」だった。

その後の展開はこの意見どおりの展開です。

世界の警察官不在と世界秩序維持3(朝鮮民族)

日清戦争の直接の契機は事大主義者によって、超保守主義者が国内開化派に負けそうになると何かと清朝の承諾を引き合いにすることから決着をつけるために引き起こされた戦争でした。
今でも自国国防のためのサード配備にまで中国にケチをつけられて青息吐息の状態・・韓国政府は中国のご機嫌取りに必死ですが、伝統的従属意識が背景にあるからでしょう。
June 20, 2013「日本対中朝対立の始まり2と根深さ」前後で清朝の朝鮮に対する属国支配強化を紹介しましたが、一般に知られているように明治維新直後日本が新政府成立と開国に舵を切った国書を発した時に、中国の属国である以上は「王」の称号であるべきと言い張って受領拒否するなど一悶着起こしたことが知られていますが、朝鮮は受け入れたくない時には「清朝の属国だから」と言う言い訳をしていました。
戦後の朝鮮戦争は南北朝鮮が本来の当事者ですが、事実上中ソと米国の戦争・・両者が多大な犠牲を払う仕組みにすり替えてしまい、この延長で6カ国協議という枠組みが今も残っています。
今回の核問題も、交渉主役は米国と北が実質当事者であって韓国はただ囃し立てているだけの存在です。
こういう二枚舌的交渉に手を焼いていた日本は事態打開のために朝鮮の独立・中国を隠れ蓑にしないようにスッキリさせることが日清戦争の大きな目的でした。
下関条約については江華島条約などに関連して以前紹介した記憶ですが、もう一度紹介しておきます。
ウイキペデイアによる下関条約に関する記事からです。

清国は朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。(第一条)
清国は遼東半島、台湾、澎湖諸島など付属諸島嶼の主権ならびに該地方にある城塁、兵器製造所及び官有物を永遠に日本に割与する。(第二条、第三条)
以下省略

上記の通り、第1条に朝鮮の独立を書いていることから見ても朝鮮を清朝支配から切り離すことがこの戦争の最重要テーマであったことがわかります。
日本が関係する朝鮮半島の歴史を見ると(古代白村江の戦いでも秀吉の朝鮮征伐でも日清戦争1940年台の朝鮮戦争でもいつも大国同士で戦わせて自分は戦いの傍観者的立場で批判だけするずるい傾向があります。
この戦争目的の結果日清戦争後講和条約の最重要項目として、条約第一条に朝鮮独立が宣言されたのですが、朝鮮がその恩義に報いるどころか、「宗主国清朝の同意がいる」と言えなくなると今度はロシアの支配下に入ろうとするようになったことが、次の日露戦争に繋がったものです。
朝鮮人自身の多くは民主化に期待したい→開化派=親日派が多かったようですが、政府権力者の方は自己保身のために
は、国の独立維持のために開化による民度の強化よりは、自分の地位を保護してくれるより強い国の従属下に入る方を常に選んできた・いわゆる事大党が力を持つ歴史です。
パク大統領就任後がいきなり親中国に舵をきり米国をないがしろにし始めたのはこの文脈で理解できる・・「今後は中国の方が強くなる」という先読みの原理によります。
将来はどうであれ、まだ中国は米国に正面からことを構える力がありませんので、米国の逆襲により日韓の不可逆的合意を強制されサード配備を受け入れるしかなくなって、国民の支持を失って任期途中での弾劾罷免になってしまいました。
今回トランプ政権になってからの核危機騒動でも、韓国の態度は「米国が怒っているから仕方なしに従っているだけ」のような振る舞いです。
現在の文大統領に至っては、対北用の防衛設備工事を中国に反対されると一時凍結するなど、いつも当事者意識が低いのが特徴で、本音では北朝鮮に併呑されても良いような傾向が垣間見えるのは、独立より従属を好むDNAの発露でしょうか。
ところで、エジプトやタイ軍事政権やミャンマーその他諸国の反民主化の動き、あるいはフィリピン大統領の刑事手続き不要の現場射殺命令等々は、それぞれの国情に応じた必要な政治形態のように見えますが、これに対する西欧の(自国社会を基準にした)人権批判は「余計なお世話」のような気がしています。
しかし、トルコの場合、着々と近代化合理化が進んでいて社会が独裁を必要としていたように見えない(ただし欧米系メデイア報道による知識だけなのでトルコ社会がEU加盟に向けて無理な近代化に対する疲れを起こしていた反動が表面化したか・・近代化疲れを起こしていたかは不明です)のにエルドアン個人の権力欲がいきなり独裁下方向へ引っ張っている点が異色です。
東南アジアでの軍事政権等を国情・歴史を無視して人権を重んじる欧米が批判する(経済・軍事支援など抑制する)とその後ろだてとして中国が付け入って代わって支援する・・勢力浸透を図っているのが現在の世界情勢になっています。
ロシアもこの機会を利用して中東に頭を突っ込んでいるのですが、ロシアの場合、中国のような資金のばらまきもなく裸の腕力・脅しだけですから、ピョートル大帝やソ連スターリンの恐怖政治時代のやり方のまま・・これでは稚拙すぎて目先威張れる程度で長期的には無理な感じです。
外交といえば軍事力で脅迫するくらいしか能力がない・・対日交渉をするには先ず北方領土周辺で軍事演習を始めるという程度のやり方ですから、ヤクザみたい・・数世紀前のやり方では、却って日本の機嫌を損ねることが分からないのです。
ところで、ロシア中国の対外実力行使が始まった時期を見ておきますと、オバマがした「アメリカは世界の警察官ではない」と言う発言が13年9月10日で、ロシアのクリミヤ併合は14年2月、シリア介入開始は15年9月末でした。
南シナ海での中国による大々的な埋め立て工事に対してフィリッピンが問題提起したのは、14年はじめでした。
ウイキペデイアの記事からです。

2014年5月15日、フィリピン外務省が、中国がジョンソン南礁(赤瓜礁)を埋め立てているということを示す時系列の写真を公開し[5]、2014年に入ってから大量の土砂を投入しているということが判明[6][7]。同礁は2012年3月の時点では目立つものはなかったが、2013年2月の時点では建造物が確認でき、2014年3月の時点では、すっかり埋め立てられていた[5]。フィリピン外務省は、この中国の行為をフィリピンの領域内で行われているということから国際法に違反していると批判

国際司法裁判所判決で中国は完敗しましたが、そんなの「紙くず」だと言い放ち、完全無視してさらに埋め立て続行していた上で、今では巨大な要塞化して来ました。
警察制度があっても陰でのコソ泥や汚職を100%防ぐとことはできませんが、警察官役が曲がりなりにもあれば、白昼公然と犯罪行為がなくなりますが、いなくなればこれが可能になるということで、意味が全く違います・・強いものはやり放題になります。
犯罪とは何かですが、要は正義の基準がない、あるのはむき出しの力が「強いか弱いか」だけということでしょう
19世紀型砲艦外交・・腕力次第で何でもできるという価値観(国内政治も正義の基準は強いか弱いかの基準・・専制支配の仕組みです)を持つ国・・街ではヤクザ=無法者が息を吹き返したということでしょう。
中国による公海での軍事基地造成は、水滸伝で有名な梁山泊みたいな山賊・海賊の根城が首都の広場に出現した・まさに米国の「鼎の軽重を問う挑戦でしたが、米国はこれにほとんど何もできませんでした。
工事現場近くを軍艦を航行させてみたくらいでは、皇居前広場でヤクザが暴れているのを横目にパトカーが素通りしたようなものです。