罪刑法定主義2(生麦事件)

日本人が当然知っているべきモラルを知らない外国人が来るようになった場合、日本人ならば当然知っているべきモラルの同一性がありません。
例えば、薩摩藩が幕末に起こした生麦事件が有名ですが、大名行列に乗馬で乗り入れるなど日本人から見れば「不敬」そのものでしょうが、外国人から見ればいきなり斬り殺されて大騒ぎになったものです。
乗り入れた英国人一行の方は、前方から東海道筋を道路いっぱいに進んで来る久光の行列を見て困惑したらしいですが、(通訳が随行していなかったのが事件発生の大きな原因だったでしょう)どうして良いか分からずにいると、先払いの者から身振りで道路脇によれと言われたように思って・・現在よくある光景・・山道や狭い道路で対向車に出くわすとお互い左右に避けながらゆっくり進むような感覚で脇によって進めば行列も右脇に寄ってくれるのかと思って騎馬のまま進んで行ったようです。
道が狭く久光の行列が道一杯に進んでくるので、結果的に英国人の騎馬グループと行列が衝突する形になり、先行の足軽などが馬を避ける結果、次第に行列の中程まで(すなわち久光の籠近くまで)行列をかき分けて乗り入れてしまう結果、護衛の武士団は黙って見過ごせない・・血相変えた戦闘モード満々の武士団の殺到に直面した英国人一行が馬主を巡らして引き返そうとしたが時すでに遅し!大事件に発展した瞬間だったらしいです。
日本の場合、古代から牛車や行列が行き合えば、身分格式の低い方が道を譲り脇に控えるのが礼儀でしたし、これは江戸城内の廊下で大名同士が出会っても同じルールです。
西欧でも例えば、西洋由来の軍隊組織では初見の人同士では相手の階級の見分けが付かないので肩章襟章等外見で階級が分かるようにしていて、階級の低い方が最敬礼して脇に下がって見送る仕組みです。
英国でも似たようなルールがあった・・・格上格下の礼儀ルールは洋の東西を問わず同じとしても、よそから来た英国人が島津の行列かどうか(旗印や家紋程度で分かるはずもないし)の判断もつかない上にそれが分かったからと言って、島津が何ほどの家柄か、自分と比較して自分がよけるべきかどうかの判断までは付かなかったでしょう。
ましてこの時、島津久光が700人もの軍勢を率いて江戸に出て来て、公武合体論に基づく一橋慶喜の将軍後見職任命や春嶽の政事総裁職任命等を迫って実現させて意気軒昂な帰路(は400人)でした。
こういう事情も全く知らなかったでしょう。
ただ、今でも、個人が何らかの集団とぶつかりそうになれば、言葉が通じなければ集団の通過を待つのが普通で、まして危なそうな軍の列であればなおさらではないでしょうか?
この辺に英国人側に常識論で見ても、一定の落ち度があったように見るのは、日本人としての贔屓目かも知れません。
この事件処理で幕府が英国の要求する巨額の賠償金を払ったものの、薩摩側はこれに応じなかったので薩英戦争につながるのですが、このように、大名行列と出会ったときの礼儀ルールをきちんと法令化していれば相手国からの文句に対する立場が大きく違っていた・・こんな危険な国だから、不平等条約が必要という論拠にされて明治以降の不平等条約解消が難航した下地でした。
人権擁護のためではなく国内的には権力意思貫徹には周知が前提・・対外的には国家主権確保のためにも、生類哀れみの例のような明文法が必要になります。
産業構造や社会生活が複雑化してくると、技術的規制は日常常識では判断しかねるので明文化して起き、プロでもその都度確認する必要が起きてきます。
建物建築でも「家はこういうものだ」「柱と柱の間隔は一間にきまってる」という経験による工事では間違うので、今ではいちいち図面を確認しながら作業していく必要があるのと同じです。
社会の仕組み=商品の種類が単純な時代には、いわゆる名僧知識の禅問答的御託宣で間に合ったしょうが、商品経済が複雑化してくると、具体的ルールや細則がないと現場でどうして良いか・個々人の裁量で行うと精密な機械が故障する時代になってきました。
精密部品・・普通の電化製品でも寸法は何センチ何ミリまでピタリ合っていないと不具合が起きる時代ですが、法制度もこれに比例して細かく細かくなる一方です。
世の中になぜ専門家が増えてくるかといえば、法律家でも金融商品取引ルール証券取引ルール、道路交通法、原子力安全規則などなど分野ごとに膨大精密すぎて、税務関係は税理士などそれぞれの専門家が必要な時代=それだけ法令(だけで足りずその先の規則、細則〜ガイドライン(別紙技術基準)等々分野ごとに細かくなっているからです。
これに加えて人の移動広域化・・異民族間移動の場合、元々の基準である道義意識も違ってくるので技術的規制だけでなくいわゆる自然犯でさえも明文化していないと外国人には、思いがけないことで処罰を受けるリスクが増えます。
現在では金融・証券取引や道路交通法あるいは各種環境規制や食品衛生や建築などの安全基準 のように専門化してくると、明文法に処罰すると書いていない限り処罰できないようにしてくれ・という逆転現象が起きてきます。
早くルールを明文してくれないと商品開発しても普及(ドローン利用のサービスや車自動運転、電子通貨関係など)できないという逆転現象が起きています。
罪刑法定主義が人権擁護という政治論より、産業発展によりいろんな分野でのルール化が求められるようになったことが、ルール化が進んだ基礎事情でしょう。
西洋では、絶対君主制・・恣意的処罰が横行したので絶対君主から領民の人権を守るために生まれたと習いますが、我が国の場合、支配者が慣習法や道徳律に反するルールを新たに決めた場合、特別な法令が必要な社会が到来していた・逆方向からの発達であったし、これが今の潮流と理解すべきではないでしょうか?
中国は独裁・専制・法治国家でなく人治国家と揶揄されていますが、商品経済が進み、産業構造が高度化すると政治家の思いつきで製造基準を変えられない・・精密ルール化は避けられないはずですので技術基準の法令化・ルール化が進む点は、同じではないでしょうか?
問題は(共産党幹部であろうとなかろうと、)誰もが等しく「ルールを守らねばならない」という法の下の平等ルールを守れるか次第ではないでしょうか?
そのためには司法権独立が必須ですが、中国政府は香港の覆面禁止条例無効判断をした高裁判決を否定する主張をしているようで、政府が司法権を軽視しているようでは、法を守る気がないと自己主張しているようなものでこれこそを重視すべきです。
諸葛孔明の故事に「泣いて馬謖を斬る」という故事がありますが、上に立つものは自分の決めたルールを守らないのでは、配下がルール・命令を聞かなくなるからです。

外国人参政権運動の主役?(中国駐在自衛官自殺事件)4

学者などが中国近現代史の研究等で便宜を図ってもらい、一定の人と親しく往来するうちに機密に近いことを教えてくれる・ある日いつもの気楽さで訪中するといきなりスパイ罪で脅迫されると、折れて言いなりになる人と頑張って本当に拘留される人の二種類がありそうです。
無事釈放されても本当は日本社会を欺くお芝居でスパイ協力約束で釈放になっているのかもしれません。
全ては闇の中・憶測の世界でしかありませんが、関係すると恐ろしい世界です。
この脅しに困った自衛官出向領事館員が10数年前に自殺したことがありました。
この種の罠が日本のメデイア界や研究機関に浸透・常態化していないかの不安が生じます。
自衛官自殺事件に関する19年11月26日現在ウイキペデイアの記事です。

彼は総領事館と外務省の間で公電通信事務を担当していた通信担当官(現在、電信官の名称はない)であり、機密性の高い公電文書を扱っていた。報道された杉本信行総領事宛の遺書[1]の内容によると経緯は次のようなものである。
2003年当時、この館員はある中国人女性と交際していた(交際の詳細不明)。彼女は6月に上海市長寧区の虹橋地区にあるカラオケ店において、中国の情報当局により売春容疑で拘束された。当局はこの女性を処罰せずに翌日釈放した。この女性を連絡役として、情報当局は館員と連絡をとるようになった。接触したのは40歳代の「公安の隊長」・唐(名前)と、20歳代の通訳・陸の二名である。
2004年2月20日に、館員の自宅にある文書[2]が配達された。国家安全部を名乗り、館員、総領事または首席領事のいずれかと連絡を取りたいと要求し、携帯電話の連絡先を記してあった。注として公衆電話を用いること、金曜か日曜の19時から20時の間に連絡することが記されていた。館員が上記の隊長にこの文書について相談すると、隊長は2週間後に、文書の作成者を逮捕したことを告げた。館員の遺書によると、これはすべて彼らが仕組んだことだとこのとき気付いた、とある。つまり「逮捕」は館員に恩を売るための芝居であった。
これを機にして、隊長は態度を急変させ、在ユジノサハリンスク日本国総領事館への異動が決定した館員に対し、5月2日に「なぜ黙っていたのだ」(中国語で書かれた総領事館の全館員の名簿を見せ)「出身官庁を教えろ」と詰め寄った。さらに「おまえが電信官であることも、その職務の内容も知っている」「館員が接触している中国人の名を言え」「我々が興味を持っていることがなんであるのか分かっているんだろう」「国と国との問題になる」「仕事を失い、家族はどうなるのだ」などと、3時間に渡り脅迫した。館員は一旦協力に同意し、隊長に対し同月6日の再会を約束した。
その後この館員は、中国側がさらに重要な情報である領事館の情報システムを要求することになるであろうと考えた。外交の世界では「公電」という暗号化した電報を使って本国とやり取りを行う。領事館の暗号システムが中国側に漏洩していれば、日本領事館(場合によっては他の在外公館も)の動きや外務省の意思は全て中国側に筒抜けになり、外交の上で決定的に不利な状況に置かれる恐れがあった。
結局、館員は同月5日に合計5通の遺書を綴り、6日午前4時頃、領事館内の宿直室で自殺した。総領事あての遺書には「一生あの中国人達に国を売って苦しまされることを考えると、こういう形しかありませんでした」「日本を売らない限り私は出国できそうにありませんので、この道を選びました」と記されていた。
総領事から事件の一報を受けた外務省においては、当日の内に北島真一官房長、竹内行夫事務次官、それに川口順子外務大臣へと順に報告が行われた。協議を経て、数日後には伊原純一観察査察担当参事官をリーダーとする調査団を中国へと派遣することが決定した。内閣の情報機関である内閣情報調査室も調査に乗り出し、国際部門のトップが密かに現地入りした。彼らは館員達の事情聴取と資料の調査を行い、事件の損害評価と実態解明を行った。その結果、館員の自殺は中国当局の脅迫に由来するものであるという結論が下された。この情報は外相、内閣情報官、官房副長官までは報告されたが、首相には報告されなかった。

悲惨な事件ですが、自殺するほど愛国心の強い人は滅多にいないでしょうから、メデイア界の人や文化人は水面下で何でも言われるままになっている人がいないとは思えません。
慰安婦騒動では根拠ない発表していたことが発覚するとあたかも事実であるかのように書いていた吉田氏が、フィクションを書いて何が悪いと言い張ったようですが、単なるフィクショであるならば、韓国にわざわざ謝罪行脚だったかな?行く必要があったでしょうか?
そこまで心底の悪人っているものでしょうか?
背後に何かがあったと思いたくなるのが人情でしょう。
出てくる重要人物の動きが怪しすぎると思う人が多いでしょうが、公務員でもないので、捜査対象にならないからこういう罠にハマる人が出ても日本社会はやられ放題という印象です。
韓国ももちろん中国スパイが暗躍する格好の舞台でしょうから、パク大統領が中国べったりから翻意・離反して慰安婦合意をし、サード配備を決めたことで、中国の恐ろしさを示すためにも目に見える報復を狙っていたところ、まんまと引っかかった筋が想定可能です。
今日の日経新聞9pには豪州のスパイ関連記事で、

高級車ディーラーが与党から(いつと書いていないのですが来年?)5月総選挙出馬に際して中国情報筋?から資金援助を持ちかけられたことについて昨年1月豪州の情報機関I(ASIO)に相談をしていたところ3月にモーテルで変死した事件が報道され、報道番組終了後ASIO長官はこれを否定せずに「放送された内容を我々は以前から把握しており捜査を続けていると発言した

と紹介されています。
また

「16年最大野党労働党国会議員が、中国人実業あっから多額の新援助を受けていたことが明らかになった」「この議員は南シナ海情勢で中国寄りの発言をしていたことが判明した」

との記事になっています。
日本ではそういう露骨な発言や政治活動をすると目立つので、もっと超間接的な安倍政権批判のアラ探ししか出来ないでしょうが・・。

外国人参政権運動の主役は中国?3

宮澤首相訪韓が平成4年のことで訪韓直前いきなり慰安婦騒動が盛り上がったので本来訪韓中止すべきだったのでしょうが、とっさの政治判断ミスででっち上げ報道の洪水の中で訪韓したために訪韓を穏便に済ますために事実調査すらせずに日本不利な謝罪せざるを得なくなり、これがのちに慰安婦騒動の動かし難い起点になっていきました。
昨日紹介した記事中平成4年とはこれを中国が仕掛けたという意味でしょう。
産経の報道によれば以下の政治日程です。https://www.sankei.com/affairs/news/140913/afr1409130007-n1.html

虚報を垂れ流して日本と日本人を国際社会で貶(おとし)めた朝日とともに見逃せないのは、自民党の宮沢喜一内閣による事なかれの“謝罪外交”の存在だ。

宮沢内閣が発足したのは平成3年11月だ。翌4年1月11日、朝日は朝刊1面トップで、「慰安所の軍関与を示す資料」が見つかったと報じ、そのわずか2日後に加藤紘一官房長官が記者会見で、十分な調べもしないまま軍の関与を認めて正式に謝罪した。朝日報道の影響を受けていたと勘ぐられても仕方あるまい。

中国は反日教育しながら側面から慰安婦騒動を煽り、盛り上がりを見て韓国と裏で示し合わせて日本攻撃に出たのが11年の尖閣諸島海域侵入と反日暴動だったのでしょう。
この時は同時にロシア空軍機が日本列島一周の威嚇飛行をはじめ、同時に韓国李大統領はいきなり竹島上陸の実力行使に出ると同時に天皇侮辱発言まで行いました。
続く朴政権発足と同時に世界規模で慰安婦像設置や日本批判運動を起こしました。
慰安婦問題激化が1912年(平成24年)であり、中国の反日暴動直後で中国がレアアース禁輸や尖閣諸島海域侵入等対日攻撃の激しい時期だったので、連携プレー説に一応の信憑性があります。
韓国歴代大統領が中国のそそのかしに幼稚対応したというよりも長年中国の指導に1も2もなく従って来たDNAによる面があるでしょう。
朝鮮戦争で国土蹂躙され米軍に追い払ってもらった記憶の強い間は、米国価値観に盲従する期間でしたので、中国の直接影響が遮断されていたのですが、冷戦終了後中韓の国交が開始(1992年)されるとあっという間に中国への親近感が焼け木杭に火がついたように(対中貿易の方が大きくなった面もあって)復活して行ったようです。
米国は自由主義陣営の勝利と思い当時ジャパンアズナンバーワンという本が米国で出版されるなど日本叩きしていた時期でもあり、対中包囲網を緩め中国を交際仲間に引き入れれば、中国は総本家米国になびくと見て、アジア諸国の対中交流促進を応援するものでした。
韓国は中朝関係に楔を打ちこむ意図もあって?中国接近したものの逆に中朝にいいように利用される一方です。
以来米国の制止を振り切ってしゃにむに中国傾斜に突き進むようになり、中国の日韓分断政略にのめり込むようになったのがこの20年前後の流れです。
中国の台頭を見て米国による韓国の中国傾斜に対する危機感がバネになったブレーキが日韓不可逆合意になったでしょうし、今回のGソミア破棄表明に対する米国の強硬態度に押し切られた文政権の破棄凍結でしょう。
いずれにせよ、韓国は米国をまだ振り切るところまで行く力関係ではないので、しぶしぶの慰安婦合意やGソミア凍結ですから政権が変わる都度一歩一歩中国に近づき、それに連れて反日行動を強めていく(中国は帰参の手土産を要求しているでしょうから)のは目に見えています。
この辺の流れの理解は以下論文に(16年論文ですので、パク大統領以降は出ていませんが)大きな流れの理解では私と同意見ですので、関心のある方は以下直接参照してください。
http://www2.jiia.or.jp/kokusaimondai_archive/2010/2016-10_003.pdf?noprint

引用省略
中国は国際政治経験はないものの宮廷工作には経験豊富です。
その一種としてのハニトラは有名ですが、その他贈賄等で籠絡していく巧妙な手口は数日前に発生した豪州への中国人スパイの亡命申請での報道でも明らかになっているところです。
https://www.afpbb.com/articles/-/3256283

中国から亡命希望の元スパイ、豪に膨大な情報を提供 報道
2019年11月23日 12:43 発信地:シドニー/オーストラリア [ オーストラリア アジア・オセアニア 中国 中国・台湾 ]
【11月23日 AFP】香港と台湾、オーストラリアで中国のスパイ活動に関わっていた男性がオーストラリアへの亡命を希望し、中国の政治干渉活動に関する膨大な情報を豪当局に提供していたことが分かった。豪メディアが23日、伝えた。
王氏自身も、香港と台湾、オーストラリアのすべてで、潜入工作や妨害工作に関与していた。任務の中には、中国本土に移送され、反体制的な書籍を販売した容疑で尋問を受けた書店関係者5人のうち1人の拉致も含まれていたという。
ナインによると、王氏は有力紙のエイジ(The Age)とシドニー・モーニング・ヘラルド(Sydney Morning Herald)、報道番組「60ミニッツ(60 Minutes)」とのインタビューの中で、中国政府が複数の上場企業をひそかに支配し、反体制派の監視と調査分析、報道機関の取り込みを含む諜報(ちょうほう)活動の資金を出させていることについて、「微細にわたって」説明した。

こういう記事を読むと、日本メデイア関係者が中国から(もちろん中国人が初めから出てこないでしょうが)間接的に色んな便宜を計ってもらうようになっていて一定の関係まで持っていくと架空のストーリーを仕立てて物を書くように言われる・・あるいは政権弱体化のために政府スキャンダルなどありもしないことを頼まれる様になる・・断れない・断るとこれまでの資金提供をバラスという脅しが普通です。
こういう罠にメデイア・文化人の多くが引っかかっている可能性があります。

訴訟外文化批判8(GPS事件との対比)

日本では、自分の意見を主張表現する権利がある代わり、自分の主張による影響を受けるのも引き受けるべきでしょう。
私の職業的価値観で言えば、金銭請求の民事請求は淡々とその根拠を訴訟で主張するだけで良かったのに、特定企業や背後の日本文化攻撃まですれば、攻撃された企業・批判された者の中で、(もしも感情的表現等があったりすれば)批判は批判として受けれ入れたとしても「感情的部分が許せない」となる人も一定数残ります。
ノーベル賞受賞の機会に修復を求めた動機は不明ですが、彼が日本国籍を意図的を捨てたか喪失したかは別として喪失している場合を仮定してみます。
日本国籍を再取得したい場合・あるいは気持ちよく「郷土に錦を飾りたい」場合(日本文化全面否定したことによって傷ついている人の代表?の)「日亜化学との関係修復した方が良いのではないか?」と親しい人からアドバイスされているのかもしれません。
仮りに国籍再取得したい場合を考えると、外国人の国籍取得は一定の要件をクリアーした時に許可できるだけであって法律要件クリアー=自動的許可ではありません。
許可は政治裁量によるので、国民感情として反対が多いと簡単ではありません。
今の韓国に対して、ついにもうダメだという段階になってしまったのと似ています。
韓国国民は日本の怒りの深さに焦っているようですが、(日米から離反して、北朝鮮と中国につく戦略の文政権にとってはその方が好都合でしょうが・・)詫びを入れるどころか開きなおって日本非難を拡大する一方ですので、いよいよ相手にされなくなるでしょう。
中村教授は日亜化学にあっさり袖にされて「さあどうする?」というところです。
パワーゲーム的に勝てそうな時だけの修復提案では心に傷を受けた方は受けられない・修復は無理でしょう。
日本を良くするための日本現状批判は必要ですが、そこに悪意・敵意がこもっていると国民大衆が受け取る・・感じ取ると反日メデイアの烙印が押されてしまいます。
20日にも紹介していますが、朝日の報道姿勢がいつも問題になるのは日本社会を良くするための批判か、日本を解放?したい国の代弁か不明・・疑心を持つ国民が増えてしまったからです。
中村氏は発明報酬が低すぎると思えば低すぎるかどうかの立証・・司法・合理的論争に徹すればよかったでしょう。
メデイアに誘導質問されても日本文化全般批判方向の取材には(私は研究一筋でそう言うことはわかりませんと)ガードを固くすべきだったと思われます。
自分から進んで場外乱闘行為のような言動に出たのは、当初から寄与度が大きいとする主張に根拠がないことを理解していたからでしょうか?
日本企業文化ひいては民族のあり方批判に対して、いわゆる「反日」メデイアが大喜びで飛びついてフィーバーしたのでしょう。
本当に反日目メデイアかどうか不明ですが、反日メデイアと言われるようなメデイアは慰安婦騒動以来国民の信頼を失っているように見えますので、これらの寵児になった人はその分国民感情的(メデイアに紹介されないいわゆるサイレントマジョリテイ)に反感を持たれていたことになります。
メデイア露出は個人の露出癖による発露ではなく、国民支持を得る目的だったとすれば反日的フィーバーを煽るのは合理的ではありません。
20日引用したように、1審判決後和解成立までの間に東京地裁判決批判が一般化されていたらしく、和解成立後になお朝日新聞の高橋真理子氏が司法批判的意見を書いているだけで、報道界全般に支持者が広がらなかったようです。
これまで見てきたように発明にこぎつけること自体に多くの協力が必要な他に、商品化成功までには多くの関与者の協力や各関係者の成功の積み重ねによることも常識になっていたようです。
訴訟提起して半分の貢献度主張をするには相応の業界調査をした結果であるべきでしょうが、業界の実態調査すると期待する高額報酬にならないので「日本の業界慣習が腐っている」という宣伝戦略を展開したのかもしれません。
事件そのものを知りませんが、私の職業的感で言うとわあg国の相場が低すぎると言う場合、米国での報酬基準がどうであって、芽が出た段階でいくらくらいでファンドが買い付けているか・市場評価がどうなっているなど主張すべきであったでしょう。
発明〜創業関連業界や発明や特許を買うファンド相場などの値付けの国際標準を見ても常識に反する寄与度の主張・・結果的に非常識主張になってしまったように外形上見えることからすると、どういういう事前調査をして訴え提起したのか疑問です。
メデイア戦ア採用によって中村氏は特定メデイアの寵児になった結果、その裏側で「声なき大衆」の力を無視する結果になったようですが、その反動が出てきたのがネット社会化の進展です。
ノーベル賞受賞時にはネット社化の効能で、マスメデイアが秘匿する情報・・「国籍を捨てているのに日本人受賞なの!」という批判が飛び出してきた・・こういう声なき声の逆襲があるとは想定外だったでしょう。
ノーベル賞受賞で、もう一度メデイア界の寵児になれたのでポイントを得た!反撃チャンスとみたつもり?勝者気分での修復提案だったとすれば逆効果だったようです。
最近の事件で言えば、若手弁護士がGPS捜査に挑戦して金星を上げましたが、前もってメデイア戦略など一切していなかったように思います。
※ GPS捜査あるいは先端技術駆使の捜査を禁止すべきという政治論として私が評価しているのではなく、既存法令での運用には問題が多い・・法制定技術が科学技術発展に追いついていない問題点を浮き彫りにした功績をここでは書いています。
犯罪を犯す方は「あらかじめ法令で決めた方法以外の犯罪を犯してはならない」という法令がないので最新技術を駆使して、新規犯罪を犯してもそれを処罰する法令が未整備の場合、犯罪とはならないのと同様に逃走手段もいろいろで刑事訴訟法が出来た頃の犯行や逃走手段とは大幅に変わっています。
捜査する方は19世紀型思考で、私権侵害的行為は法令でがんじがらめに決めた方法でしか捜査できません。

発光ダイオード特許事件8(日本文化批判はどうなる?6)

話題が逸れましたが、後先見ずの感情論にひた走るのは気持ちがいいでしょうが、言い足りない点は後でカバーし易いですが、後先見ずに言いすぎた点の取り消し不可能です。
中村氏にとっては、感情に走りすぎた点が大きな失点(立場によっては逆評価?)
だったでしょう。
ところで
「ノーベル賞学者が、日本企業と研究する機会が失われてしまったのも事実だ。」
という意味が不明ですが、日亜化学との真の和解ない限り日本社会が受け入れない・他企業も近づけないということでしょうか?
普通の事件ならば、事件に関係ない人には知らないことですが、自分からメデイア利用したのか利用されたのか不明ですが、少なくとも自分の意思で記者発表をした以上は、全国区の話題になってしまったことは確かです。
全国向けに司法批判、日本企業・文化批判・否定的意見を大量露出した以上は、これに不快感を持つ人も増えますので全国的居場所をなくすリスクを負うべきでしょう。
大久保利通が郷土鹿児島で受け入れられていない不遇を紹介しましたが、彼は薩摩藩という狭い枠を超えて統一した民族国家確立に奔走していたのですから、郷土の不満にあまり配慮しなかったのは理解可能です。
中村教授の批判は日本社会をもっと独創的意見を持つ人が優遇される社会にしたいという前向き批判だったのでしょうが、批判されるほうは全否定されるかのような印象を受けたのでしょう。
古来から何か大きなことをなした人は、他の批判しないで自分の生き方を貫いていくのが多くの日本偉人の生き方でした。
この例外は他宗を非難した日蓮聖人だったので弾圧も受けたし、その反動で不受不施派という極端な主義主張も生まれたのでしょうか。
現在日本では共産党だけが、政治資金を受けないし他政党との共同もしない唯我独尊的政党になっています。
現在でも日本ではヒト・他国の生き方を批判しないで自分の信念に従い黙々と刻苦勉励していつか国際社会でハエある地位を得られれば良いという生き方でやってきました。
中村氏は会社の開発打ち切り方針に反してなお一途に青色発光ダイオードの開発可能性を信じて黙々と?一筋に研究を続け、企業も企業方針に反する研究を続ける中村氏の研究を禁止しないどころか研究開発資金・人材をつぎ込んでくれた結果、遂に偉業を成し遂げたもののようです。
以下に紹介する森の生き物観察と違い、産業系研究を続けるには禁止されないだけではなく積極的に巨額資金人材応援がいります。
ようするに日本精神の統合結果がこの大成果を生み出した原動力です。
米国流の短期成果を求める民族性・ちょっとでも成果が出ないと資金が潮の引くように去ってしまう社会(ファンド市場評価で資金集まる社会は逃げ足も速い)と異なり、「長期間粘れる人が粘る」のを暖かく見守る風土・・研究開発部門で言えば、一つのことに取り組んだら一生涯成果がなくとも粘り続ける根性こそが日本民族の強みではないでしょうか?
9月23日の日経新聞朝刊最終ページ(文化28p)には31歳でテレビ局技術者をやめて北海道の森に住み着いてにシマフクロウの生態観測(生息環境作りしている人の手記が出ていましたが、日本にはこういう人が各地にいますし、周囲も成果の有無にかかわらずそれを立派なことだと応援する人が必ずいるのも強みです。
別に元勤務先のテレビ局が応援してくれないと不満を言わないし、政府に対する不満も言わずと自分ができる限りのことをしているだけの生き方です。
私はここ数十年朝起きるとまずは自宅周辺掃き掃除をするのが日課ですが、公共団体や近所の人も掃除すべきだと不満を持ったこともなく、ただ掃いているだけです。
「ひと様の悪口を言うのは浅ましい」という考えで韓国による長年にわたる反日告げ口外交に直接反論しないでいたところ、ありもしない日本軍による慰安婦強制連行論が国際社会に浸透してしまったのには日本人の多くが驚いたばかりです。
中期的には声の大きい方が勝っているように見えても長期的には「正しい方が認められる」というのが日本民族の価値観です。
日本列島では異民族の侵入がなく数百年以上定住社会でしたから50〜100年程度嘘でごまかせても仕方ないというのが大方の考え方です。
だから、神ならぬ身、何もわからないので自分はこの生き方が良いと思っても周囲に強制しないし、(行基も西行も良寛さんも自分の行き方を貫くだけでしょう)周囲の人もその変わった生き方を黙って見ているだけで嫌がらせもしません。
これが八百万信仰の基礎となる寛容な民族性を形成してきた基本精神と思われます。
こうしてみると、時流に流されず10年でも20年でも根気よくやれる人材豊富なのが日本の強みであり、それで良かったと思うのは私だけはないと思います。
それにしては報酬がすくなすぎるという個人的関心は訴訟限定でよかったのではないでしょうか?
なぜ訴訟外・・場外乱闘的行為をしたのでしょうか?
しかも運動の仕方がメデイアが煽りすぎて過激だったので、却って企業大方・日本人古き価値観に受け入れられなかったのでしょうか?
中村氏は黙って訴訟だけやってればどうだったのでしょうか?
訴訟で勝った内容が公表され、それがじわじわと社会を動かしていく・インパクトは少ないかもしれませんが、社会変悪に対する影響度はメデイアで騒がなとも結果は同じだったように見えるのですが・・.。
メデイアを通じて大騒ぎしたので日本社会に与えたインパクトが大きかった→「捨て石に徹する」気持ちでやったのであれば成功だったのかな・・・。
大方の受容態度は「そこまで言わなくとも良かったのに・・」と言う評価・言い過ぎた責任を取るしかないのでないか?
というのが、コンセンサスではないでしょうか?
江戸時代に直訴や一揆など起こした場合、主張は正しいとして幕府に採用されても、直訴などのルール違反の咎(御政道に楯突いた秩序違反)で処罰される伝統的価値観が現在社会に残っているからでしょうか?
佐倉義民伝や荘内藩転封に関して領民が反対運動を起こしたカゴ訴に対しては江戸町奉行の調べで水野忠邦の不正が背景と断定され、籠訴を企画した佐藤某氏の事件を9月6日に書き初めていましたが途中横道に逸れています。
民主政治社会では「お上に楯突く」のではなく国民こそが主人ですが、個々人が主人ではなく、国民総意が尊重されるのであって個々人の意見がストレートに尊重されることではないということでしょうか?
公務員は国民の公僕である・あるいは消費者は王様という言葉を自分が王様になったかのように誤解する人もいますが、こういう人はクレーマーになりやすいのでしょう。
消費動向に商人は従うしかないのですが、個々の消費者が消費動向を表しているとは限りません。
民意も同様で一人の意見が国民総意を代表することもあればその逆もあります。
そこで集団徒党を組めば目立って「自分一人ではないぞ!と威勢を示せるので集団行動が行われるのですが、命がけの一揆を起こすには、已むに已まれぬ民意が凝縮されていると見るのが普通です。
しかし「俺は王様だ」としょっちゅう威張り散らすようになると物分かりの悪い子供がしょっちゅう駄々を捏ねているのと何が違う?となります。
現在のデモ活動は参加したことで処罰や不利な処遇をされるリスク皆無でしかも特定集団内では「俺は昨日も言ってきたぞ!と自慢できる材料になっています。
いわばあるアイドルの追っかけをしている自慢と変わりません。
政治分野でもデモ参加は安全地帯にいてただ「憂さ晴らし」をいつでも行えるあんちょこな手段になっているでしょう。
現在社会は、じっくり吟味してからの消費では、量が増えないので衝動買いをさせる工夫が溢れていますが、政治主張したい組織では、政治参加の敷居を低くする工夫・如何にあんちょこにでも活動に参加させるの工夫を凝らしてきました。
私が大卒の頃には共産党系民青がの青年層への浸透作戦として、「歌って踊って民青」というフレーズが流行りました。
若者にとっては魅力的フレーズでしたので、いまでも耳に残っています。
こうい状況が続いてでデモの必死さが希釈されて「またやってる」という程度の印象になってきました。
そもそも民主的意見表明手段のない時には、デモや一揆は命がけの抵抗権的意義があったし現在でも中露など専制社会では必要なことでしょう。
赤ちゃんには表現力がないので、お腹がすけば泣いて危急を母に知らせる必要があるのと同じです。
電車など公共空間で大きくなっても駄々をコネ続けると「バカじゃないの!と思われるように、デモや大声を張り上げる行為の価値は必要性との兼ね合いです。

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