政治家と専門家の役割相違2

サンフランシスコ等の入港拒否の住民運動の理由として、入港後乗客が港湾周辺を自由に歩き回るのでは住民が不安を感じるのが当然ですが、非合理な運動だと一蹴して入港→下船を強行するか、住民不安に応えて下船と同時にチャーターしたバスで医療機関や隔離施設一括搬送するなどの手順を示して港周辺の人が心配するような事態が起きないとの説明を丁寧にするか、地元住民の運動を恐れて入港拒否するかは政治家の判断分野dです。
サンフランシスコでは地元州政府が、地元民の声に押されて入港拒否したものの「よそへ行ってくれ」というのではなく、4〜5日経過で漸くすぐ近くの反対の少ない港への寄港を実現できたようです。
感染拡大放置による死者より、不景気拡大による死者の方が多くなるかの判断(ブラジル大統領やトランプ氏はその種の意見のようです)・・その中間のロックダウン方式をとるにしてもどの時点で行うか?どの地域に限定するかどの程度厳しくするかなども政治家の判断領域です。
判断ミスか否かは結果で見るべきで、政治家が政治責任をとることです。
今回の日本政府に対する批判論の基本は専門家(と言っても米国CDCルールに反しているという形式論中心だったように思われます)の立場から現場対応を批判するものだったように見えます。
政治家は結果で評価すべきです。
(これまで書いてきたように例えばNHKニュースはどういう批判かを書かずに「外国で批判が大きい」といい、外国報道機関の方は「日本国内で感染症専門家から批判の声が上がっている」というキャッチボール形式で波紋を広げる方法で、何が批判されているのか?素人には分かりにくい報道の仕方でした。
結局具体的に紹介されていたのは岩田健太郎氏のツイッターと東洋経済のインタビュー記事が基本・・感染症の専門外の官僚が・・これが世界を駆け巡る批判論の根拠になっているらしいということです。
クルーズ船批判論が火を噴いた頃には、「専門知を大切にすべきだ素人集団が決めているのはおかしい」という専門家重視論のイメージでの政権批判報道が多かったような印象でした。
このメデイアの論調に火をつけた?のが岩田氏のツイッターだったように思われます。
直後の3月12日には米国式 統括機関創設を求める学会有志?の共同声明が発表されていたことを6月20日に紹介しました。
世の中専門家の言う通りで良いなら経済政策は経済学者の言う通りで良い筈ですが、そんな主張をする意見は皆無でしょう。
社会運営は一定の論理に支えられながらも利害対立の調整にあるのですから、「実験室の結果で良い」政治など、どの分野にもありません。
新型コロナにかかっているかの判定やその場合の治療方法は専門家に委ねる分野であって政治家は「あいつは嫌いだから、治療するな」と言うことは許されません。
緊急事態宣言の前提事実として、感染がどのくらい進んでいるか、ICUに入った患者の生還率はどのくらいかなどの具体的問題点などは専門家の意見を聞くべきでしょうが、一定の事態が間近に迫っているとしてもロックダウンすべきか日本のように自粛要請で足りるか・・自粛要請にどの程度応じる国民性かの判断は政治家が決める領分です。
自粛を求める産業分野とその効果も専門家が詳しいでしょうが、国民意識のありように合わせて、総合的に見てどの業界を優先するべきかなどは政治家が責任を持って決めていくべきでしょう。
原子力発電やリニアモーターカーの必要性等は科学者が最終決定すべきではなく、政治責任を取れる政治が決めるべきものです。
6月26日リニアモーターカーの工事着工に対して静岡県知事とJR東海とのトップ会談で知事側が工事に必要な準備工事にさえ同意しなかったので、2027年の開通は不可能という報道が出ていました。
問題はトンネル工事によって地下水の流れが変わることに対する反対らしいのですが、その決着は専門家の分析を待つことになったらしいです。
以上を見ると専門家が決めるかのように見えますが、政治家が争点を専門家の決める専門的意見次第と論争の場を限定したことによるものです。
例えば宇宙物理学等では巨大な実験設備があったほうがいいでしょうが、国の経済力から総合して日本が保有する必要があるかは、政治家が決めることです。
PCRの大量検査能力維持、ICUあるいは体外人工呼吸器(クオモ)などの備蓄が多いほうが良いとしてもコロナのような伝染病のために毎年大量のICU設備や訓練された運営要員をどの程度抱え込んでおくのが合理的かは政治が考えることです。
当たり前のことを無視して、メデイアが政権批判していた・・この結果政治妥協の経験のない研究者が決定の矢面に立つような変な結果になって研究者を苦しめていたようです。
神戸大学岩田健太郎教授に関する3月8日現在のウイキペデイアです。

2008年 – 神戸大学大学院医学研究科教授(微生物感染症学講座感染治療学分野)、同大学医学部附属病院感染症内科診療科長[1][2][
2020年2月18日 – 2019新型コロナウイルスの集団感染が発生しているクルーズ客船 ダイヤモンドプリンセスに乗船[4]。自身のYou tubeサイト上にて、「ダイヤモンド・プリンセスはCOVID-19製造機。感染対策は悲惨な状態で、アフリカのそれより悪く、感染対策のプロは意思決定に全く参与できず、素人の厚労省官僚が意思決定をしており、船内から感染者が大量に発生するのは当然と発言したものの、翌20日には乗船に関し助言した医師に事実誤認を指摘され、削除した[5][6

6月16日現在のウイキペデイアでは、箇条書きの経歴部分のみで上記部分は以下の通り変更されています。https://mainichi.jp/articles/20200219/k00/00m/010/097000cには(削除前のツイッターかな?)具体的指摘事実が出ていますので引用しておきます。

岩田氏の説明によると、厚生労働省の協力を得て、災害派遣医療チーム(DMAT)の一員として18日に乗船した。18日夕方に下船後、動画投稿サイトで「ウイルスが全くない安全なグリーンゾーンと、ウイルスがいるかもしれない危ないレッドゾーンが、ぐちゃぐちゃになっていて、どこが危なくて、どこが危なくないのか全く区別がつかない」「熱のある方が自分の部屋から出て、歩いて医務室に行っている」「感染症のプロだったら、あんな環境に行ったら、ものすごく怖くてしょうがない」などと訴えた。

この事実指摘自体は当然で元々客船には感染者と何日か前に感染しているがまだ陽性にならない潜伏中の患者などが入り乱れているから、そういう仕分けのために検疫官が乗り込んでいく過程では、誰が感染者かすらまだ区分けできていない状態です。
そもそも気の利いた企業であれば、香港から横浜に着くまでの間に発症者が出たのであれば、日本の係官が乗船する前に隔離くらいしておくべきだったでしょうが、前夜までパーテイをしていたというのですから多分何もしないで従来通りビュッフェなどで大勢一緒に食事をしていたのでしょうか?
3711人にも及ぶ人数の検査・・検体摂取だけでも瞬時に終わるわけでなく、検体採取を経て順次検査機関へ搬送先では1検体ごとに手作業による培養作業が行われ一定の培養時間経過後プロによる読みとり作業を経て判定していくので(最近ではこのプロセスが自動化されていると言う意見もありますが、当時の説明)その間の未判定期間があります。
検体採取後即時に陽性陰性が判別するわけでなく、その間誰が陽性かも不明です。
しかも結果が一斉に出るわけでなく、陽性者が数人〜10人づつ順次結果が出るつど船内の空室に移動してもらうとしても、最初のうちは未検査の人の方が多いのですからどこの船室の前の廊下が安全かなどの区分けできている訳がないと素人としては思いますが・・。

報道機関の役割(政治家と専門家の役割相違)1

以下に紹介するフロリダの入港拒否の内容を見ると受け入れるとしても、フロリダ州民以外の下船・治療を認めないという自分勝手なものでした。
日本のクルーズ船対応ではそういうことを言わず、世界中の人たちの治療を最後まで見ていました。
日本では、強力指導力発揮する余地がない社会なのに、強力な司令塔設置要求・・低レベル社会で必要な米国基準を持ち込んでその通りやらないと批判すること自体がおかしいのです。
米国内で発生している多くのクルーズ船の結末を、日本メデイア(都合が悪くなったから?)は一切報道していません。
NHKをはじめとして日本メデイアが米国で日本政府が批判されているとして、鬼の首でも取ったように日本政府対応批判キャンペインを張っていたのを6月21日頃のコラムで引用しましたが、メデイアが客観状況の報道でなく政府批判という特定目的をまず設定しその方向でしか報道しない傾向があるように見えるのは問題です。
NHKに言わせれば、批判内容が不明だが、ともかく米国で批判報道が広がっているという客観事実のみを報道しているという言い訳が成り立ちそうです。
この論法は、朝日の慰安婦報道が世界に広まり、それが事実確認無しに既定事実になっていったのと同じ方式です。
報道機関が報道している場合は、それは事実であるかのようなすり替えがある・報道内容の吟味を経ないで大手が一旦流すとそれが事実のように国外メデイアもそのまま報道するあんちょこな姿勢があり、日本メデイアはそれは日本発の報道転載でしかないこと報道せずに「海外で日本やり方が批判されている」と抽象的報道する・・キャッチボールされる仕組みになっている恐ろしさです。
今回は1ヶ月後にほぼ同じ事例が米国で起きたので必然的に比較対照報道された結果、日本に対する誹謗中傷が止みました。
日本国内での安倍政権批判も根拠を失い静かになり続いて検察官定年延長問題に移りました。
その後のクルーズ船の動きや感染結果等が不明なので日付で新しそうな日付のネット記事を探して見るとせいぜい以下のような報道しかありません。
https://news.yahoo.co.jp/byline/abekasumi/20200402-00171007/

まだあったクルーズ船問題!4人死亡、感染者多数?の米ザーンダム号 フロリダから受け入れ拒否
安部かすみ
ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

上記によると(転載禁止と書いてあるので引用できませんが)米国籍・米国企業運営のクルーズ船なのに入港反対ということらしいです。
CDCが如何に強力な権限を持っていても、船の入港下船が地元政府反対で洋上漂流になるとどうにもなりません。
この点は6月29日に書いた通り中央政府が強力な権限をCDCに与えてもどうにもならないのが現在の民主主義国家です。
クルーズ船入港を認めるか下船させるか、緊急事態宣言するか、どの程度の外出規制するか等々の決定は専門家が決める領域でなく政治判断であると書いてきましたが、
日本のコロナ対応も専門家と政治家の役割分担の理念そのものの議論が、この1週間で表面化してきました。
https://www.asahi.com/articles/ASN6S7JGBN6SULZU004.html

専門家会議「純粋科学と違う」 自らの役割に苦悩の日々
2020年6月25日 8時00分

新型コロナウイルス対策についての政府の専門家会議のメンバーが24日、組織の見直しを求めた。
権限や責任があいまいなまま、対策や市民の行動変容など積極的な発信をしてきたことに、批判も出ていた。自らを省みた会見のさなか、政府は新たな会議体の立ち上げを発表した。政治と科学の関係はどうあるべきか。他国も模索している。
「感染症対策というのは、実験室の学問や純粋科学とは違う」。24日夕。日本記者クラブ(東京)で会見した専門家会議の尾身茂副座長はそう述べ、新型コロナ対策の難しさの背景を語った。
感染の拡大防止には人々の行動を変えることが必要になる。誰がどうお願いするか。元々医学的見地から助言するのが目的だった専門家会議は、権限と責任に法的根拠はなかったが、積極的な発信を続けた。迅速に対策を伝えないと、国内で感染が爆発的に広まるとの危機感が、メンバーに高まったためだ。
会見で、脇田隆字座長は前のめりになった理由を「(政府の)諮問に答えるだけでなく、対策をとる必要があると考えた」と語った。

専門家はこれまで学問上判明している限度の説明をすれば良いのであって、(諮問に答えるだけ)それを踏まえてどのような対策を取るかは政治家の分野です。
まして日本の場合、国立感染症研究所の所長・文字通りウイルスなどを顕微鏡で覗く実験が本業の人たちであり、行政機関ではありませんので、利害調節的判断=政治決断するのは畑違いすぎて苦悩の日々だったということでしょうか?

米国のコロナ禍対応能力5

米国のコロナ禍対応に戻ります。
気候風土の違いや遺伝子的特性や伝播経路の違い等複雑ですから一概に比較しきれないのですが、現実に置かれた似た環境下・クルーズ船対応は一種の実験装置のような環境状況下でしたので、置かれた環境条件(船内構造や人数が米国3500人対日本3711人で、豪華クルーズ船の場合、裕福度と年齢構成健康度がほぼ同じでしょう。
高齢者でもクルーズ船参加するだけの積極性のある一定の健康人である点も同じです。
こういう場合、双方条件差がほぼないので比較検討するには好事例が続いたものです。
政府や受け入れ地域、国の対応の巧拙,総合判断が適切か否かですので、具体的やり方のケチを付けあっても仕方ないので、本来は結果を見るべきでしょう。
5頃から日本政府批判したい勢力から、致死率は日本がアジアでものすごく高いという変な主張が出始めました。
致死率と陽性反応者中の死亡率ですので、検査数を増やせば症状の軽い人を大量検査する→致死率が下がるのは当然です。
体制相違を前提にするより10万人あたりの死亡者数を見るのが検査体制の相違に関係せずに誤差の少ない方法です。
あるいは、コロナで死亡したかどうか微妙な事例の見分け方にもよるので・・健康体でコロナにかかって入院死亡の場合はっきりしますが、もともと糖尿病等の重病患者でいつ死んでもおかしくない人が、最後にコロナにかかって抵抗力なく数日で死亡した場合コロナで死んだのかどうかの意見が分かれるでしょう。
医療インフラの乏しい国では、コロナか普通の肺炎か不明のまま死んでいく人もいるでしょうし、コロナで病院満杯のために一般の病気の治療が遅れてその社会の死亡数全体が上がることもあります。
こういう誤差を無くすには、その国や地域の過去4〜5年の平均死亡数と今年の同月間の死亡数が有意に上がっているかの差=超過死亡数で見るのが、最も正確という意見もあります。
情報統制している国でも、死亡を隠すのは難しいので、その意味でも死亡数統計の比較が分かり良いということです。
そこで「グランドプリンセス号の感染者死者数」が日本寄港のダイヤモンドプリンセスに比べてどうであったかを知りたくて「グランドプリンセス号の感染者死者数」検索しても7月3日現在では当初の報道ばかりで結果・感染数や死者の数字がどうなったかの資料はでません。
米国政府の統計の中には細かい分類が出ているのでしょうが、(日本も厚労省統計の中に、クルーズ船乗客の感染者と死亡者数が出ている)グランドプリンセスに限定せずに米国クルーズ船客・感染・死者数のキーワードで総合的牽策をしてみましたが結果は同じです。
米国公式統計中には、グランドプリンセス関連の感染者,死者数が出ているのでしょうが、(日本を批判してきた手前多分都合が悪いので)米メデイアが報じなくなったし、日本の米国特派員も米国基準を振りかざして、本国日本で散々日本の対応批判していたことから、お粗末な米国対応はバツが悪いから現地で独自の調査していない・現地報道がなければそのままになっているのでしょうか?
米国内統計に入ってクルーズ船・グランドプリンセス号のデータだけ抽出して比較するのがプロの仕事であり日本政府批判者のすることでしょう。
クルーズ船同士の個別データ紹介が全くない以上・国別トータルで見るしかないでしょう。
米国のトータル成績は目を覆うばかりの惨状で連日報道されているので今更紹介するまでもないでしょうが、いまでは常識ですが数年以上経つとどういう状態だったか忘れてしまいますので、念のため現時点での国際比較を記しておきます。
死者数で見れば日本の120倍超の結果です。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html

新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和2年9月18日版)
9月18日現在の新型コロナウイルス感染症に関する状況及び厚生労働省の対応についてお知らせします。
国内での新型コロナウイルス感染症の感染者は77,494例、死亡者は1,482名となりました。
また、入院治療等を要する者は6,115名、退院又は療養解除となった者は69,899名となりました。
4.国外の発生状況について
・9月18日15:00現在、日本国外で新型コロナウイルス関連の肺炎と診断されている症例及び死亡例の数は以下のとおり
(表の一部のみコピー)

国・地域 感染者 死亡者
中国 85,255 4,634
香港 4,994 102
マカオ 46 0
日本 77,494 1,482
米国 6,674,411 197,633
カナダ 142,879 9,249
フランス 406,049 31,047
ドイツ 269,048 9,376

以上の通り米国の被害・悪い結果は他国をはるかに超えている・・・こういう適応能力の低い民族の対応ルールを基準に日本の対応を何故メデイアが批判できるのか?
日本企業発展の原動力は現場力にあると言われますが、米国その他リーダーシップ重視社会では現場力が低い感じです。
その分強力な司令塔が必要で、規制が及ばなくなると隙を突いて略奪が始まる社会です。
米国ミネソタ州での黒人殺害に抗議するデモが激しくなり警察力が引くとすぐに各地で略奪が行われたように、少数者・弱者被害に対する抗議行動で、多数の力を頼んで抵抗できないその場の商店に押し入る矛盾行為・・要は日頃の鬱憤晴らしの爆発でしかない現実を現しています。
米国流を称賛する立場では自粛を求めるのではなく政府が必要だと判断するなら責任を持って明確な規制をすべきだ・自粛や忖度に任せるのは、ずるいという主張が圧倒的です。
そうでしょうか?
何事でも権力による規制や命令がない限り、何をしても良いし、しなくても良いという無責任な諸外国とは違います。
自発的健康を管理能力の高い民族の場合、強制するよりは自発的行動を援助する政策の方がスムースです。
強制がない→補償不要はおかしいと言うのですが、損得にはいろんな態様があるので、画一的補償になじまない自粛効果に合わせて、補償する柔軟対応の方が現実的でしょう。
戦国時代の報酬も合戦後の論功行賞やっていたし、今の終身雇用制もそのやり方です。
先に何をくれるかはっきりさせるのが合理的なようですが、今回のコロナのように相手が見えない・対応策すら決まらない段階では無理があります。
自粛は各人の能力環境に応じた柔軟対応ですので、「努力は報われる」とお上を信用して行動する日本人気質に合っています。

民主主義の退化と強権期待の高まり

民主主義の行き着くところ少数意見重視が進む一方ですが、この数十年では社会全体秩序とのバランス軽視に傾きすぎているように見えます。
何故このようなアンバランスな風潮が長年放置されて来たのか?です。
中国が先進国での思想の自由を利用して日米等の国内で好きなように中国に都合の良い主張を押し広げ人脈形成し(今回のコロナ対応ではWHOが事実上中国に牛耳られていると言われるように日本では思想界や大手メデイアが中国に乗っ取られているという主張が右翼系によってされています)デモなどしている1方で自国内で思想統制している・相互関係のない一方的関係になっている点が最近国際問題化しています。
長年日本国内でも中ソ系思想浸透活動が自由自在でしたので(長野オリンピック時に中国政府がチャーターした大量の観光バスでデモ隊を送り込んでチベット族の弾圧反対のデモを行いチベット系デモを数で圧倒していました。
そもそも多数の米軍基地をABCD〜Nをどこにするかについて日米安保条約で直接決めるべきレベルではないでしょうから、法的根拠としては安保条約内の条文で別に定めることになっていて、日米地位協定に基づく個別協議が法的根拠ということになるのでしょうか?
法源としては先ずは日米安保条約があって、そこに具体的な基地設置場所については別に定めるとあって、それを受けて別の条約・・日米地位協定(1960年(昭和35年)6月23日条約第7号)ができているようです。
正式条約であれば国内法に優先しますので、日米安保条約に社会党が反対していたとはいえ、党首を2回も務める事実上のオーナー的トップの福島瑞穂氏が直接反対運動をするのは国法無視にならないのでしょうか?
いわゆるリベラルは、(特に日本では万年野党傾向もあり)少数意見尊重傾向が強い結果自治体の権限強化に熱心ですしデモ等に対しては過大評価する傾向があります。
社共両党の推薦あるいは支持で都知事になった美濃部都知事時代にエゴそのままの主張で全国民を唖然とさせた杉並ゴミ戦争はこういう状況下で起きたものです。
美濃部都知事は打つ手がなく困るばかりだったので全国ニュースになったのですが、今年だったかの米国のミネソタ州黒人死亡に関する騒乱では、シアトルのデモ隊が警察署周辺を占拠したのは、市長自身がリベラル系で、規制に消極的だから起きた事件のようです。
正当に選出されていない群衆が市街地を実力支配するのまで歓迎あるいは容認するようでは、民主主義制度のはき違いも甚だしいものがあります。
ついに警察突入で解散になったのかな?
福島原発事故によって千葉県内で降下した放射性物質の廃棄(埋め立て)場所として圏内では広大な東京電力敷地のある湾岸埋立地に埋め立てるのが最適とした結論があっても、「柏市に集積した放射性物質を千葉市がなぜ引き受けねばならないか?」という地元論理でくると反対論が圧倒的になります。
放射性廃棄物受け入れ問題は千葉市が断ったからといって福島県や柏市が千葉市のゴミ受け入れをしていないのでこれを拒否できる関係がないので、宙に浮いたままになります。
自衛隊基地設置問題を住民投票で決めた与那国島村では地元住民・選挙権者は数千人規模だったかな?(日本国民総意に関係なく)その意見で尖閣諸島付近の防衛ラインが決まっていく仕組みになっています。
自衛隊基地であれリニアーモーターカーの工事であれ、一自治体・地元が反対すると何も進まない変な社会になってきました。
全体秩序に収斂することを前提にしない言いっ放しで反対運動に特化する政治集団が、全国各地で火をつけて歩く・・結果的に何も決まらない利害調整できない混沌・秩序破壊を目指す集団存在を許すのは社会にとって矛盾です。
言いたい放題が常態化すると上からの断固たる命令・独裁権力体制に対する魅力度期待感が高まります。
民主主義・自由主義国の総本山を自負する米国大統領自体が、自由.民主主義の存在意義を根底から覆すポピュリズムの権化みたいな言動が頻発すると、よほど成熟した社会以外では避けられない病理現象か?もと言う疑問が起きてきます。
こんな混乱した社会より軍政でもなんでも良い・・先ずは秩序が欲しい気持ち・・エジプト、タイの軍政までいかないものの、トルコのエルドアンその他各地での強権支配が広がり始まりました。
強権支配の総本山ロシア、中国の独裁権力の傘下に集まる国が増える傾向です。

政党資金源と党の存在意義縮小の意味2(社会党の場合)

旧社会党〜社民党が支持を失って消滅の場合、どういう遺産が残るのでしょうか?
もともと困っている国民の具体的救済・・地道な運動よりは中ソの代弁者役で国策反対、妨害でやってきた(外部から見ればそう見えるというだけで、内部的には日本国民のためにやってきたつもりかもしれませんが・・)政党ですので、バックが中ソから中韓に変わっただけで、中韓による対日攻勢の意欲が続く限り日本国内で分裂を煽る役割がなくなることがないし資金パイプもなくならないのでしょうか?
沖縄県民や野党が基地反対闘争をつづけていれば、仮想敵国にとっては日米両国軍の弱体化に有効な内訌ですので、なんとか盛り上げたいところです。
米ソ対決盛んな時には、ソ連が社会党へ資金提供していたことが秘密文書開示によって明らかになったことを紹介しました。
基地反対あるいは国策なんでも反対集団がいれば、日本弱体化を狙う国にとっては運動集団への間接資金供給は軍事費としてみれば安上がりなので、資金供給の誘惑が大きいでしょうし、複雑な経路利用して資金入手パイプができれば弱小野党にとっては食いはぐれのない安定的資金源になりそうです。
終わりのない闘争こそが「食いはぐれのない道」ということでしょうか。
ここで沖縄基地返還交渉と基地移転反対運動を振り返ってみます。
篠原章氏はどういう人かまったく不明ですが、福島瑞穂氏の検索で上記沖縄タイムズの記事と続けて出てきたので引用します。
http://www.jfss.gr.jp/home/index/article/id/230

【JFSSレポート vol.43】
無法地帯と化した沖縄・高江からの報告―「反日」に転換した基地反対運動 ―
経済学博士・評論家 篠原 章
沖縄県東村(ひがしそん)の北部に高江という字(あざ)がある。隣村の国頭村(くにがみそん)安波(あは)区と境界を接する高江区は、6つある東村の行政区のうち、住民登録約150人と、最も人口の少ない静かな集落である。メディアなどで報じられてきたように、その高江区がいま、米軍基地を巡って騒乱の只中にある。
普天間飛行場の辺野古移設と同様、問題の出発点は「基地返還」にある。基地返還によって沖縄の負担を減らそうという日米両政府の計画を受け入れまいとする基地反対派が、激しい抗議運動を展開しているのだ。在日米軍は、1996年の「沖縄に関する特別行動委員会(SACO)最終報告」(日米合意)に基づき、東村と国頭村に跨る海兵隊の北部訓練場約8000ヘクタールのうち、北半分の約4000ヘクタールを返還することになっている。
但し、この返還には、返還区域内にある6つの演習用ヘリパッド(ヘリコプター着陸帯)を、非返還区域内に移設するという条件が付されていた。うち2つ(N4地区2箇所)が東村高江区内に、残り4つ(N1地区2箇所、G地区・H地区各1箇所)が国頭村安波区内に移設される予定だった。
この移設計画には、沖縄平和運動センターなどの反戦平和団体とその支援者、社民党、共産党などの政党や政治団体、地元住民の一部が反対し、工事用資材搬入口の車両による封鎖や座り込みなどで、再三再四工事を妨害した。「住環境と自然環境の破壊」が表向きの反対理由だったが、実質的には、米軍基地や日米安保体制そのものへの反対と見てよい。彼らは、部分返還ではなく全面返還を求めているが、米軍にとって唯一のジャングル訓練センターを含む北部訓練場が、全面的に返還される可能性は極めて少ない。無理を承知で全面返還を要求しているのだから、彼らの目的は「返還」ではなく「反対」にある。
激しい抗議運動の結果、2002年迄に返還される計画は、14年以上も遅延することになった。

中ソを含めた全面講和以外独立反対・・実現可能性のない条件を掲げて闘争(まともな交渉の場合、条件とは常識的に実現可能な条件であるべきですからこれを自分で闘争というのでしょう)していたことの焼き直し運動を今だにしているかのようです。
もともと解決する気持がなく半永久的に反対し、事業の妨害を目的とする集団を相手に話し合いしても無駄ということでしょうか?

免責事項:

私は弁護士ですが、このコラムは帰宅後ちょっとした時間にニュース等に触発されて思いつくまま随想的に書いているだけで、「弁護士としての専門的見地からの意見」ではありません。

私がその時に知っている曖昧な知識を下に書いているだけで、それぞれのテーマについて裏付け的調査・判例や政省令〜規則ガイドライン等を調べる時間もないので、うろ覚えのまま書いていることがほとんどです。

引用データ等もネット検索で出たものを安易に引用することが多く、吟味検証されたものでないために一方の立場に偏っている場合もあり、記憶だけで書いたものはデータや指導的判例学説等と違っている場合もあります。

一言でいえば、ここで書いた意見は「仕事」として書いているのではありませんので、『責任』を持てません。

また、個別の法律相談の回答ではありませんので、具体的事件処理にあたってはこのコラムの意見がそのまま通用しませんので、必ず別の弁護士等に依頼してその弁護士の意見に従って処理されるようにしてください。

このコラムは法律家ではあるが私の主観的関心・印象をそのまま書いている程度・客観的裏付けに基づかない雑感に過ぎないレベルと理解してお読みください。