短命化のメリット

食うのにさえ困らなければ、「毎日同じところに帰るなんて面倒だ」と言うオスは(本来・本能に従えば・・)世間に一杯いる筈です。
気候が良ければ酔った勢いでベンチに寝ても良いし、(植木等のスーダラ節の世界です)寒ければ飲んだ場所近くのカプセルホテルその他いろんな寝泊まり場所があります。
「そんな無茶な生活をしてれば長生き出来ませんよ・・」と言われても、その日その日酒を飲んで(飲酒に限らず演劇や趣味を楽しむ・バックパッカーとして世界中ウロウロしてどこか出先で人生を終わるのも同じです)その日その日が楽しければ長生きなど・・「それがなんぼものや!」という男の方が多いのではないでしょうか。
長生きして下さいというのは子供がいるから、妄想と言うか(山上憶良のように)煩悩が起きるのであって、子供も妻もいなければ何時死のうと勝手です。
長生きして年取って周りに友人もいなくなりヨボヨボになってからの一人暮らしは何となく惨めな印象ですが、若くて元気に多くの友達と遊び回っているうちにある日いきなり死んでしまう方が・・酔っぱらって道路に倒れてそのまま死んでしまったとしても、人生・・生き方としては幸せな気がする人が多いでしょう。
こう言う選択をするヒトが増えれば長生きする男が減って、医療や年金財政が楽になると思いますが・・・。
寿命が短くなれば、セシュームやストロンチームなどいくらうようよしていても(体内被曝しても)効果が出る前に死んでしまうヒトが増えるので、原子力発電に反対する必要もないし(これが自民党や財界等原発推進派の考えの基礎ではないでしょうか?)、福島に住んでいてもテンで怖くありません。
福島産の牛肉でもほうれん草でもフグでも何でもウマければ食えば良い・・「毒にあたって死ねばそれはそのトキのこと」と考えれば気楽な人生です。
蜂の世界では働き蜂ばかりで子を産むのは女王蜂一匹ですが、人間も大勢の男女の中から子を産むのは文化才能に特別に恵まれた女性だけの限定・・特許制度にしてその他は男女を問わずに働き蜂のように(彼らから税を取って)子育て費用負担をさせるだけになれば、子育てに対する一人当たり負担が極小になりコスト的には成り立ちます。
1対1のペアーで子を産まない・・1万人に一人の割合の優秀な女性しか子供を産まないと次世代の維持ないし高齢者の生活はどうなるかですが、産める女性は女王蜂のように10〜100人くらい生む時代が来るかもしれません。
(犬みたいに一度に一杯・・小さく・200gくらいの赤ちゃんを産むようになるのかな?)
子育て費用は子を産まないヒトみんなで分担すべき制度(・・特にま新しい制度ではなくミツバチの世界では昔からそうなっています)上記のようにしたい放題の気楽な生活をしている男性は早く死ぬので高齢の男性は激減しますし、女性も子を産まない女性は以下のように短命化して行くので、少数の次世代が多数の高齢者を養う事態はなさそうです。
女性は子を原則として産む性であるからこそ、自身の健康に敏感になっているだけではなく周囲にもこれを押し及ぼそうとする傾向があります。
・・この結果女性は長生きですが、女性でも特殊な選ばれた女性・・例えば1万人に一人だけ子を生み、それ以外は子を産まないとなれば、(子を産む予定のない)一般女性は健康維持に対する関心も男性並みになって来る可能性が高くなるでしょう。
そうなれば、子を産む予定のない男性並みに煙草を吸ったり夜更かししたり、無茶な生活をする女性が増えて・中性化して来て結果的に女性も短命化が進む筈です。
女王蜂のように特殊な女性以外は中性化・男性化が進む・・みんな働き蜂になって行くので社会全般の税負担者が増えますので、一人当たりの負担は軽くなります。
人類が短命化すれば、環境激変に対する適応力がこれに比例して高まりますので、人類の将来にとっては慶賀すべきことです。
(平均寿命100歳の場合300年間で僅かに3回しか回転しませんが、30歳平均寿命の場合10世代も回転します。)
平均寿命が仮に30歳になれば、今の老人ホームや介護施設や介護関係者は不要ですし、医療関係費用も今の3〜10分の1くらいで済むでしょう。
現在でも普通の人は30歳くらいまで病気らしい病気をしませんので・・・元気なうちに急死するパターンが理想的です。
これからの医学は、手足がピンピン動くかどうかのために研究を進めるべきであって、手足が動かず寝たきりでも救命にだけ努力するのはやめた方がよいでしょう。
多くの人は寝たきりでも長生きしたいのではなく元気に長生きしたいだけです。
July 10, 2011「自殺と美意識」のコラムで恥の文化崩壊を書きましたが、みっともなくて寝たきりの長寿を医学が研究しているために、百万人単位で生ける屍をさらしている状態が続いていることも恥の文化を崩壊させた原因の1つかもしれません。

定住意識の崩壊2

勤務先周辺で好きなところに寝泊まりしている男が増えると、いわゆる住所不定のヒトが多くなります。
江戸時代の宗門人別帳制度以来、政府は定住場所を前提に領民→国民管理をして来たので、政府は住所不定では困るので、「住所不定」と言えば、それだけでアウトロウ・・よほどの悪人であるかのような感じがするように教育されていますが、今後は個人識別番号制になって行けばその前提自体変ってきます。
今でもまだ人の特定には「どこの誰それ」と言いますが、実際にはヒトの細かい住所など誰も気にしていないで、電話番号くらいしか知らない・・記憶していないのが普通です。
何十年来の交際をしている関係でも友人・会社同僚の家に住所録など見ないで尋ねて行けるヒトは滅多にいないのではないでしょうか?
せいぜい「あいつは千葉あるいは浦和から来ていると言ったが・・あるいはどこそこの駅ので降りていたのを知っている・・その先バスに乗るのかどうかも知らない程度のヒトが普通です。
名刺を貰っても東京から来たか船橋から来たヒトか程度をちらっと見るだけで、何丁目何番地まで関心がないのが普通です。
今ではせいぜいどこの会社のどう言う係(担当)のヒトかに関心ある要素になっているだけでしょう。
実際的には、既に住所番地の機能はかなり低下しています。
住民票や戸籍簿の機能の低下・・今後は個人識別番号制に移行して行くべきではないかという意見を、 April 19, 2011「住民登録制度不備と家の制度8」で書きました。
今後は所属組織と個人識別番号だけで国民(経済活動)の管理可能・・政治が出来る筈です。
住所不定が問題ではなく所属組織のないヒト・無職の人だけが、収入がないし特定し難いので、悪事を働き易いことと把握が出来ないことで問題なのです。
その内携帯その他の所持品で位置情報が出る時代になるので、特定の法的範囲(人権保障の関係で絞りが必要ですが・・・)ではピンポイントの所在確認も可能になります。
勤務先・所属組織で特定する時代が来れば江戸時代の武士が江戸にいる場合、その武士は薩摩屋敷にいるとか京極屋敷にいる程度の管理で十分だったのと似てきます。
個々人が定住していなくとも企業組織単位で管理して税もその単位で源泉徴収や消費税徴収してけば良いのであって、個人の住所単位で課税する必要がありません。
今後間接税・・消費税中心にして行けば浮浪者であろうと消費する都度税が徴収出来るので、消費税を納める企業さえ管理していればたります。
今のところ企業・組織(個人事業でも同じです)は事務所や店舗・工場・倉庫など設備が必要なので、(モンゴル族のパオみたいに移動が激しくなるにしても、常に一定の備品設備設置が必要なのでなお殆どの場合組織体の所在を基礎として把握が可能です。
個人識別制になると引っ越すたびに住民登録の届け出がいらないし、これを受け付けたり管理する膨大な役所の人員が不要になるでしょう。
いろんな契約書にも住所番地を書く代わりに識別番号を書くようになります。
選挙も住所区域・・選挙区で行うのではなく、識別番号で投票用紙をネット上で受け取るだけになれば現在のような1票の格差が問題になりません。
憲法では国会議員は地域代表ではなく全国民の代表であることになっているのですが・・・選挙区制のために結果的に実質的地域代表になってしまっているのですが、これがネット投票になって全国が1区になると簡単に得票順に当落が決まります。
どこかの選挙区代表として選ぶ必要すらないので、名実共に全国民の代表になって、地元への利益誘導政治は完全になくなります。
 憲法
 第41条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
 第42条 国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。
 第43条 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。

コンピューターで投票すれば、小学校で大勢の役人が張り付いていなくともいいし、日本中あるいは世界のどこにいても投票出来るし、どこかの投票所に集中する心配もなく、コストがものすごく安くなるでしょう。
コンピューターを使えないヒトはどうする式の反論が直ぐ予想されますが、そんなことを言い出せば、選挙制度が始まった頃には文字を書けないヒトが一杯いたのに、字を書けないヒトはどうするという選挙制度反対論がなかったのと同じです。
我が国は何事も変革の遅い国ですから、識別番号制に移行するのは早くても数十年以上、遅ければ50年以上先でしょうから、その頃にネットを駆使出来ないヒトは今で言うと文字を読めないヒトよりも少ないのではないでしょうか?

定住意識の崩壊1

子供がなくともどうってことがないという話を前提に夫婦問題に戻ります。
家事育児の能力が仮に男女同等になって来てしかも男女の文化レベルに差異がない場合、(女性は女性同士のグループ生活の方が良いだけではなく)オスにとっても子供の問題以前に女性と一緒に生活する意味がなくなってきます。
上記意見は7月23日に書いたように、オスはライオン同様にメス集団にくっついていないと食いはぐれる(狩りで鹿など大物がとれるのは滅多にないことで、オスは何時も腹をすかしていたのです)ので定着するようになったのが始まりとすればの話です。
オスの方も今では殆どが給与所得になって真面目に働くようになっているので、メスにくっついていなくとも食いはぐれることがなくなっています。
勤務先が決まっていないと不安ですから毎日出勤しますが、出勤してもじっと机に座っているのは今でも苦手ですから、営業マンとしてしょっ中出歩いたり、交際と称してゴルフに行ったり会議ばかりしているのが男性の普通の姿です。
中にはフーテンの寅さんのように放浪癖がなくならない男性もいますが、殆どの男性はともかく餌の種である企業・勤務先に毎日出勤することを厭いません。
農業時代に祭りや寄り合いその他でウロウロしていても、ともかく女性のいる家に毎日帰って来ていたのと同じ意識で出勤後企業を基地にして出歩いていて夕方には一旦企業に帰って生活するようになっています。
結婚していない男性は会社に泊まり込むのを何とも思っていないのは、最早勤務先企業が、古代に定住先を決めた集落・・女性のいる家と同じ役割を果たすようになっているからです。
今では今日はあちら、明日はこちらと気の向くところで寝泊まりして家に帰らずに、飲んだくれていてもどこかに安定して勤めてさえいれば、自分が食うのには困らない時代です。
(ドヤ街に寝泊まりして手配師に言われるままに車に乗せられて現場に働きに行くのであれば、一定のところに毎日通勤することも要りません)
労務者に限らず(ホワイトカラーも)職場さえあれば、一定したネグラがなくとも食うには困りません。
生活するには一定の所帯道具が必要ですが、これからは家具付きマンションが増えて来て、テレビや冷蔵庫その他の道具類がついているとかパソコン付きも増えて来るでしょうし、そういうところを借りれば良いのです。
これからはスマートフォンの時代で大きなパソコン(画面)は会社にあれば充分で、個人で持ち歩く時代ではないでしょう。
すべてデータ化してグーグル等で保管してくれているので、自分の荷物として持ち歩く必要がない時代です。
身体1つのようでいてポケットからスマートフォンを取り出せば、身の回りのかなりの必要なデータを取り出せて間に合います。
定住先が自宅から会社へとする意識変化を前提にすれば、勤務先周辺で寝泊まりしているのが合理的であって、何時間も掛けて妻子のいる場所から通うのは不合理となります。
この端的な例が単身赴任の場合でしょう。
現在社会でも既に単身赴任者の場合、赴任先から妻子の待つところへ月に1回程度通う実質的な通い婚形式になっているのですが、通勤時間の長い勤務先の場合も、自宅には夜中に帰って眠りに帰るだけで朝早く家を飛び出して行くとなれば、これも勤務先から妻のところへの通い婚に近くなっていると言えます。
放浪していると食いはぐれるところから、男が古代以来女性が主宰する集落=集落内の家庭・自宅に居着いていたのですが、明治以降の通勤形態労働の発達によりオス独自の餌の獲得場所となりました。
元々オスは定着したくて定着したのではなく、食料確保のために女性集団の主宰する集落に定着したに過ぎませんから、収入源が勤務先で得られるようになれば、あえて遠くの集落に夜遅く帰る意味がなくなってきます。

子供が必要か?

子供がいても最後には子供に介護してもらう気持ちのないヒトが今ではほぼ100%近いでしょうから、老後子供がいないと困るのは悪い人に騙されないか(必要もないのにリフォーム業者に工事されてしまい高額請求されるなど)変な介護施設や介護者にはまったら誰が助けてくれるのかという外部支援者の問題に行き当たります。
これは法システム整備・・例えば現行の後見人制度は意思能力がなくなった人に対するものですが、そこまで行かなくとも高齢化すると気力がなくなってしまい、法外な請求と分っていても(価値判断力は充分にあるのですが・・・)拒否しきれない「気」が弱くなる程度の高齢者を後見するシステムが今はありません。
これを良いことに高齢者夫婦が悪徳押し売りやリフォーム業者のえじきになっているのです。
あるいは身寄りがいないまま介護者等に委ねると預金その他が自由に処分されてしまっても誰もこれを阻止する方法がありません。
意思能力がしっかりしていても自分で下の世話も出来ない独身者が日頃世話になっている介護者に預金の払い戻しを頼んだ場合、少し不正が分っても口に出して直接言い難いので徐々に不正行為も大きくなって行きます。
かといって、誰も尋ねて来てくれない超高齢独身者の場合、相談する人もいません。
文句言って明日からいきなり来てくれなくなったらどうしようかとかいろんなことが気になるでしょう。
こうした不正やいじめを防ぐためには、第三者によるチェック・・公的機関では形式に流れてしまい効果がないので後見人的(名称が変わるでしょうが・・)個人が随時見回る仕組みが必要です。
孤立した高齢者保護の問題は、April 17, 2011「不正受給防止(超高齢者)」の中段からApril 18, 2011「高齢者の財産管理・保護制度の創設」まで連載しました。
上記のように、子供がいないと困ると思われている事柄の殆どは法制度不備に起因するところが大であって、これが整備されて行けば不安の大部分は解消出来るでしょう。
むしろ、子供がいても役に立たないことがあるどころか、却って密室化するために子供自身が虐待者・・もしくは使い込みするリスクが実際的にはかなり多いのです。
我々が関係する後見でもそうですが、他人の弁護士が10万円でも20万円でも使い込んだら大変なことですが、親族が後見している場合、少しくらい言いだろう式の意識がまかり通り易く不正が蔓延していて(不正・・使い込みやちょっとした虐待ががあっても親子の場合に刑事告訴までは無理があります)裁判所が困っていて後見監督人選任で対処しているのが実情です。
このように子供がどうしても欲しいという合理的意味が減って行くのは必然の傾向になるでしょう。
元々子供が欲しいなどというのは動物の本能ではなく、オスを定着させて、子育てに協力させるための後づけの洗脳によるものですから、無理が出て来る筈です。
小鳥その他老後の世話にならない動物や魚、鳥類が何故子(卵)を産み育てるのかですが、子を産むこととは知らず・・・意識せずに発情期が来れば交尾したくなるように仕組まれている本能によるだけです。
その結果雨が降るかのように天然自然に受精して卵や子供が産まれて来るようにオスもメスもは思っているのではないでしょうか?
子を産みたくて・・積極的意識で交尾しているとは思えません。
ではあらゆる動物や鳥・魚類のメスは何故子を命がけで育てるのかですが、自分の身体から出て来るので、自分の分身のように本能付けられていると思われます。
母子心中などはこの心理の結果と見れば分りよいでしょうし、母はどんなことがあっても未成熟の子供と引き離されるのを拒む習性があるのは自分の身体の一部として理解しているからです。
また我が子を虐待して殺してしまう事件があると、母として考えられない行為だ・・今どきの母親は・・と言って非難ゴー々ですが、母親は他人に子供が少しの怪我でもさせられるのは許せませんが、自分がやることは自傷行為の感覚ですから、母親の本能に反していません。

婚姻率の低下(家庭の消滅)7

専門家同士の結婚でもよほど女性の方が実質レベルが高くて、仕事を余裕でこなしてその上に文化・教養面で多くのものを持っている・夫のレベルより高ければ男性はその恩恵を受けるので問題がありませんが、その場合、女性の方が不満になるでしょう。
男女同等レベルまたは女性の方がアップアップ(劣っている)の場合、家に帰ると仕事処理に余裕のある男性の方が、家事分担時間が多くなり、いろいろな処世術を身につけてしまいセンス・文化面でも逆転夫婦が出来てきます。
今でもそういう夫婦が結構いますが、仮に四分六くらいで男性が素質で優っていても、専業主婦の場合女性は長年文化面専業で訓練を受け生きて来た強みと時間がある(一日中家にいる)ので表面上逆転可能ですから、外見で大きな差が見えるのはかなり素質差のある夫婦に限られます。
これがどちらもお受験一筋で来たうえにどちらも遅くまで仕事で目一杯の専門職同士の場合、女性だからと言って特段の文化訓練を受けていないし、結婚後は子育てなどに忙しくこれに割く時間もないので素質差がモロに出てしまいます。
この時代が続くと男性は何の恩恵を受けるために結婚して(窮屈な生活をして)いるかと疑問になるのは時間の問題です。
医師の場合分り良いですが、手術後の症状管理のために昼夜なく病院から出たり入ったりしなくてはならず、家庭維持どころか自分が生きて行くのがやっとと言えるほどハードな勤務ぶりになっているのは周知の通りです。
極限まで睡眠時間を削って夫婦でこれをやっていると家庭が何のためにあるのかとなるのは時間の問題でしょう。
30年ほど前に千葉大女医殺人事件が世間を騒がせましたが、(今でもウイキペデイアに出ています)新聞報道によると夜中の2〜3時頃に妻が医局に用があると言って家を出た後どうのこうのと言う夫の言い訳・顛末でした。
夫婦関係維持に危険があるので女性医師の場合、(医師である夫の収入だけで十分豊かに生活出来ることもあって)殆ど家庭に入ってしまう結果になっているのでしょう。
法律家夫婦の場合、家庭に入ってしまう女性が殆どいないのは、夜中まで不規則勤務をする必要がないので何とかなっているのかもしれません。
まして(女性の)人権擁護・拡張を理想としてせっかく法律家になったのに、法律家になった途端に家庭に入ってしまうのでは本来の職業意識・使命感(実質的男女平等の実現)とも合いませんし・・・。
子供を夫に預けて働きに出ても「男も子供が欲しい筈だから良いのじゃないか」と安易に考えるヒトがいると思いますが、この刷り込みは動物の本能に基づくものではなく、女性による洗脳効果によるもの(メッキに過ぎません)に加えて昔は家の跡継ぎが必要と言う道徳がこれを後押ししていましたが、今ではそんな押しつけは効きません。
子供がいないと老後困るでしょうと言われても、結婚している男性は一般的には妻に介護してもらえますし、(この後で書きますが現に結婚しても子供を産むのをいやがる夫が出て来ています)今では独身のまま高齢者になってもそれなりの介護施設が発達していますし、今後益々発達するでしょう。
親がいつまでも元気なので、独身のまま親元にいれば今では50代までは親が身の回りの世話(炊事洗濯・家の修理その他近所付き合い)をしてくれるので、(経済的にも給与のうち5〜6万円程度食費としていれれば良いので、後は使い放題です)男女共に気楽な人生になっています。
親がいなくなって一人では不便だとなってからの結婚では、最早年齢的に子供を産むことが出来ませんし、お互いに異性に対する魅力をあまり感じなくなっているので結婚率も下がり、殆どが独身のままになるでしょう。
こういうヒトが増えてくれば、高齢独身者の介護設備やシステムが整備されて行くようになるのは時間の問題ですから、独身のままでも老後の心配はそれほどでもありません。