衰退産業保護2(官と臣1)

時事問題から離れて産業助成・振興策に戻します。
太陽光発電も元は日本が先発組だったはずだったのに、いつの間にか中国メーカーに負けるようになっていたのには驚きましたが、衰退が始まる・・負け組になってから巨額補助金政策を行なっても中国企業がそれで大儲けする結果で終わったようです。
表向き国内メーカーのシェアー9割?といっても海外生産品を国内企業のOEM生産や膨大な部品組立なので、最後の部品だけ国内生産で、国内企業製という名称になっているようです。
詳細は以下の解説データをお読み下さいhttp://standard-project.net/solar/maker/country.html

生産工程のすべてを国内の工場で行っているメーカー/ブランドの一覧です。国産にこだわる傾向が強い日本の太陽光発電市場ですが、中国メーカーの安価なパネルが流通する中でもシリコン系パネルでいうとセルの生産から国内工場で一貫して行うメーカーは減ってきている状況です。

https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/article/NEWS/20140904/374263/

太陽光パネルの世界出荷、中国系メーカーが上位20社を独占する勢い、シャープは大幅減、米調査会社が公表

上記は14年のデータですが、世界規模で見れば中国企業の生産が独占状態になっているのに、国産といっても最後の組み立て設置をするのみ?という詐欺まがい・(農産物で言えば最後の袋詰めだけ日本でやれば国産?というのと同じ)の商法の実態が上記データから見えます。
中国が先進国から輸入する部品組立で輸出するので中国の輸出が急激に伸びた逆バージョンです。
中国韓国や後進国の場合、これを繰り返すうちに国内製造できる部品レベルが徐々にアップしていくメリットがあるのですが、先進国が自国生産がコスト競争力を失って国外生産移転する場合、自国内部品製造が減る一方で最後は受託生産・一括丸投げになります。
この状態で購入者に補助金を出して高額購入をさせれば、その資金は実際の生産国が対日高値輸出できるようになるだけです。
太陽光発電s東夷設置者に対する多額補助金の大部分が中国企業に実質流れていたように見えます。
民主党政権が始めたことなので安倍政権になって補助金を急激に絞り始めましたが・・・.。
ところで官と臣はほぼ語源が同根ではないでしょうか?
官の漢字源(藤堂明保ほか編集)をみると官とは宀=家の中に大勢の人が集まったサマを表すとあり、「垣根で囲まれた家屋に集まった役人のこと」とも書いてあり、元は宦とも書いたが、その後「宦官」の特殊用例が一般化した以降は、官と宦官の間とは別の役目になったと書いています。
宦官の「宦」のほうが、家にある臣・後世の家臣・直臣の意味に合って用法にぴったりの感じですが、王家に仕える役人(宦官・官)が増えてくると側近が幅を利かすようになります。
側近の私欲に繋がりやすい世襲性を防げば政権壟断がなくなるとの思惑から断種した官僚・元は宦官のみを側近に登用するようになり、以降は断種した男性官僚のみを側近中の側近の資格にしたので、これだけを宦官というようになったために、宦官と区別するためにその他役人を官というようになったのでしょうか?
臣民であろうと官民であろうと、皇族以外は全員「民」である上に、明治政府による四民平等政策以降は臣と民を分類する意味がなくなっていたはずです。
言葉の意味では単純な「たみ」でいいのですが、日本人は漢字にした時に二字熟語にしないと落ち着かない国民性ですので「民」に何をくっつけるかの違いでしょう。
皇族以外は臣民というのは一応当たり前過ぎですが、臣民を合わせた二字熟語をなんというかの問題で抵抗権に魅力を感じるグループは人民といい、その他の人は「日本国の民なのだから国民」千葉県の人は千葉県民というようにこれが普通になってきたのでしょう。
県民の中で、県の役人・公務員とその他職業をあえて分ける必要を感じない・単なる職業の一つでしかないのが現実社会です。
明治以降の一君万民思想で天皇(皇族)以外は全部平等な民になった以上は、公務員も多種多様な職業の一つにすぎなくなったのですから、公務員とそれ以外2種類に分類する必要性がなくなったはずです。
単に日本国の民=日本国民とすれば単純だったと思いますし、明治憲法で「臣民の権利義務」などと書く必要がなかったのです。
民の中には大工も官僚も商人も漁民もいますが、あらゆる職種を憲法に羅列する必要がなくまとめて「民の権利義務」で良かったのです。
臣民・天皇直属の役人とその他の権利義務と書いても、臣と民で権利義務が変わるものではない・・どちらも日本国民であり同一の刑法民法税法等の適用があります。
高級官僚も庶民も皆家族法の対象ですし、買い物代金を支払う義務=民法の適用があり、殺人傷害等すれば同じく刑法対象です。
臣民を今風の言語で言えば、国家公務員も総理大臣も皆国民であり、国民(国内に居住する人全員?形式的には国籍取得者)の中から、国家公務員や民間人に分かれるなど「国民」は大元の上位概念です。
明治憲法下においても国家公務員・官僚を辞職すれば在野ですし、在野から官僚にもなれる、「臣と在野」は互換性をもっていました。
法の適用は国民に対する法の下の平等であって、官僚と一般国民との違いによって適用される刑法や民法に違いがありません。
明治憲法下でも高級官僚も一般の人も(家族法分野で言えば、婚姻や親子関係など)皆同じ法の適用がありましたので、明治憲法で臣民の権利義務とわざわざ分類したのは無用な分類だったと12月29日に書きましたが、明治憲法は「臣民」と表示することによって臣と民を分けたのではなく一体化を図った・・領民全員が権力機構の一員・手先になるべきであり「権力対象になる民は存在しない」とのフィクションを構成したのでしょうか?

©2002-2016 稲垣法律事務所 All Right Reserved. ©Designed By Pear Computing LLC