構造変化と格差33(新自由主義7)

インフレ待望論者は、基本的には円安待望論と重なっているのですが、貿易赤字待望論は一人もいないのですから、円キャリー取引のようなイレギュラーな事態を予定しない限りマトモな主張とは言えません。
経常収支黒字の積み上げ→円高→実質賃金率引き上げになる関係ですが、黒字が続くということはその円相場でも黒字を稼げる企業の方が多いことになります。
(特に日本の場合、資源輸入による円安要因が働くので加工品の競争力に下駄を履かせてもらっている関係です・・2011年には原発事故による原油等の大量輸入で貿易赤字・円高が修正されましたが、製造業の競争力がその分上乗せになる関係です)
黒字による円高で悲鳴を上げる企業は、国内平均生産性に達していない企業のこととなります。
(この辺の意見はかなり前に連載しました)
生産性の高い企業が一定水準の円相場でもなお輸出を続けると貿易黒字が続きます。
その結果更に円高になりますので、これについて行けない・生産生の低い順に国内人件費の実質アップを回避するためには海外移転して国内高賃金雇用を避けるしかありません。
生産性の低い企業が海外工場移転した分、国内雇用の需要が減る→その結果国内労働市場では需給が緩み労働者の経済的立場が弱くなるのは当然の帰結であり、これはまさに経済原理・正義の実現と言うべきです。
労働者は自分の生産性を上げない限り(中国等の10倍の人件費を貰う以上は10倍の生産性が必要です)円高の恩恵だけ受けて痛みの部分を受入れないとしても、時間の経過でその修正が来るのは当然・正義です。
ところが人件費に関してはストレートに円相場の上下率に合わせた賃下げが出来ないので、その代わり経営者としては労働者を減らして行くしかありません。
既存労働者の解雇は容易ではないので、新規採用をその分抑制する・・あるいは新規工場を国内に設けずに海外に設ければ、現役労働者を解雇しなくとも新規労働需要が減少して行きます。
大手企業・・例えばスーパーやコンビニを見れば分るように大量店舗閉鎖と新規出店の組み合わせで活力を維持しているのですが、新規出店分を海外にシフトして行けば自然に国内店舗・従業員が減少して行きます。
大手生産企業も新規設備投資とライン廃止の繰り返しですが、新設分を海外にシフトして行くことで新規雇用を絞っています。
新規雇用に関してはこうして需要が減る一方ですから、現下の社会問題は、既得権となっている高賃金労働者の保護が新規参入者にしわ寄せして行くことになっていることとなります。
(この外に定年延長による新規雇用の縮小問題は別に書きました)
既得権保護・・これをそのままにすれば新規参入者が狭き門で争うことになります。
・・減ったパイを少数者が独り占めよりはワークシェアリングとして、短時間労働者の増加・・大勢で分担する方が労働者同士にとっても合理的ですし、短時間労働者は需給を反映し易いので企業にとっても便利なので新規雇用分から少しずつでも非正規雇用に切り替えるしかなくなって行きました。
この結果正規雇用が減って行く・・中間層の縮小となりました。
海外移転が急激ですと急激な雇用減少が生じますが、非正規雇用の増大はこれを食い止めるための中間的選択肢(・・一種のワークシェアー・・あるいは給与シェアーと言えます)の発達とも言うべきです。
解雇権の規制を厳しくして既存労働者の保護がきつくする(定年延長論もこの仲間です)ばかりで、他方で非正規雇用を禁圧あるいは白眼視・・何かと不利益扱いすると、却ってこれによって国内に踏み留まれる企業まで出て行かざるを得なくなるリスクがあります。
非正規雇用→一種のワークシェアーは、急激なグローバル化による賃下げ競争の緩和策になっていることを無視する議論は無責任です。
かと言って非正規雇用自体が良い訳ではない・・若者の未熟練労働力化を放置しているわけにはいかないので工夫が要ります。

契約・派遣社員(手切れ金9)

我が国では、今でも終身雇用を原則としていることから、必然的に正規社員の中途採用が極端に少ない・・・多分逆方向への転進が狭き門になっているので、非正規雇用が批判の対象になっているのでしょう。
しかし人材の流動化を双方向へ持って行くためには、正規社員の終身雇用慣行を崩して行くことに精力を注ぐべきであって、これを所与の前提として放置したまま非正規雇用を減らす方向へ逆戻りするのは時代錯誤と言うべきです。
非正規雇用規制論者は、パートか正社員の二種類しかなければ、子育て中でしょっ中休む人でも企業は仕方なしに正社員として採用するしかないだろうと言う立場と思えます。
仕方なしに採用する企業もたまにはあるでしょうが、それは余程人手不足の場合・時代にだけ通用する考えで、現在のように労働力過剰で困っている時代では、(1ヶ月きちんと働ける人でさえ失業者が多くて困っているのです)二者択一しかない社会にすると1日5〜6時間でもあるいは月に10日くらいでも働きたい半端な人に対しては就職の機会を100%失わせるリスクの方が高くなります。
比喩的に言えば100万人の半端な時間だけ働ける人がいた場合、そのうち2〜3万人だけ正規・終身雇用で採用されて残り97〜8万人が完全失業してしまうことになりかねません。
ここは感情的な二者択一論ではなく、終身雇用をやめる方向に持って行って中途採用が活発になって正規雇用への転進がスムースに進める方向への努力をする方が合理的です。
身障者雇用制度では一定率の雇用を義務づけていますが、これと似た発想で、職種ごとに一定率まで終身雇用比率を制限して一定率まで10年ごとの定年制を決めるなどして行けば、正規雇用者の中途採用がシステム的になって来るでしょう。
若年定年制論については、February 3, 2011「終身雇用から中短期雇用へ」のコラム前後で連載しました。
夫婦別姓論も同じで、選択も出来るようにしようとするだけで別姓にしなければならないのではないのですが、反対論者は、選択出来ることすら気に入らないのです。
次第に別姓が広がる心配をしているのは、別姓の希望者が多いことを前提にしているのでしょう。
契約や派遣の場合は、労働者の自主選択権が弱くて企業・雇傭側に一方的選択権があるのが(終身雇用制維持が正しいとした場合)問題とされます。
子育てが終わって正規社員になりたいと思ってもその道が少ないのは、派遣制度があるからではなく、実は中途採用の少ない終身雇用制に基礎的問題があると私は考えています。
派遣制度が出来たから正規社員が派遣に切り替わったばかりではなく、元々特定の時間帯で働きたい人たちには、再就職すべき職場がなかったのが派遣や契約社員制度の広がりのお陰で一応働けるようになったプラス面が多いでしょう。
パートの場合、正社員が一日数時間のパートに変更されたのではなく、元々正社員として中途採用される余地のなかった中高年主婦層の働き場が増えたのと同じ面がある筈です。

都市住民内格差4

例えば非正規雇用・・・男性でも月額10数万から20万円前後の不安定職が増えて来ましたが、この場合、結婚出来ないまでも、都市住民2〜3世で親がマイホーム保有の場合には、親の家から働きに出ていけるので家賃や食費負担を全く負担しない人から、負担しても月額数万〜5〜6万円で済むのでその気になれば貯蓄も出来ます。
不安定職種のままで50〜60代になって親が死亡しても、前回コラム冒頭に書いたように、少子化の御陰でその家をほぼ単独相続出来るので住む家に困らないばかりか、普通はまとまった親の預貯金(老後資金を使い切る人は少ないでしょう)が入るので何の心配もありません。
地方出身の非正規雇用者・底辺労働者の場合は、大都会に出てくると直ぐに自分で住むところの確保・・家賃負担が必要な上に一人所帯なので、家計費としてかなりまとまった基礎支出をしなければなりませんから、無駄遣いしなくとも底辺労働・非正規雇用の収入では生活はきちきちです。
安定職でも地方から出て来た女子事務員、店員等年収数百万から500万以内では、独居生活は経済的にきついのでまとまった貯蓄をするのは難しいでしょう。
この状態でひとたび失業すると、たちまち住む家にも困る人が出るのは自然の成り行きです。
都市住民2〜3世と言っても、親世代が狭いアパート住まい(あるいは公営住宅)の場合、江戸時代の掘っ立て小屋の農民同様に成人した次世代と同居を続けられないので、直ぐに親の家を出て独立する必要がある点は地方出身者同様です。
都市住民2〜3世と言っても、若年底辺労働層では親の財力次第で二種類が出来ているのです。
地方出身者や大都市に親の家がない人は、非正規雇用から脱出しない限り・・永久的に一戸建てに類するマイホーム(物理的な家に限らず結婚して所帯を持つと言う意味でも)を持つ夢がなくなります。
非正規雇用者同士の結婚もあり・・結婚するとすればこれが普通ですが、その場合出産すると妻の収入がなくなるのが普通ですので、非正規雇用の夫単独収入では親の援助がないと家計を維持しきれなくなります。
現在行われている子供手当を少しくらい増額しても、夫が非正規雇用の場合、夫の収入だけでは到底足りないので貧困に苦しむ所帯が増えています。
この辺は、この後に紹介予定の一律生活費支給制度でも創設しない限り、非正規雇用者では子供を持つ夢の実現と貧困生活とのバーターになります。
(昨年2〜3月頃に一律生活費支給制度の原稿・・具体的イメージを書いている時には遅くとも、昨年5月頃には掲載予定として紹介しておきましたが、その後割り込み原稿が増えて先送る一方ですので、今年の5月に掲載出来るかどうかさえ今のところ見込みが立っていません。)
親が都市内にマイホームを持っていない場合、非正規雇用者等底辺層は所帯を持つどころか、職が途切れるとたちまち住む家さえ失いかねない脆弱さが問題です。
江戸時代には落語でよく出てくるように家賃滞納で年末には大家(管理人)との駆け引きがあったのですが、最近ではこれを嫌って家賃滞納者の留守中に強引に荷物を捨ててしまい、鍵を変えてしまう乱暴な大家が出て来て社会問題になっています。
これは一つには滞納者の増加(に業を煮やす大家が多くなったこと)の反作用・・家賃滞納者が増えている実態の反映と言えるでしょう。
この脆弱さこそ非正規雇用等の問題点であり、これに着目して昨年は年越派遣ムラに発展したのですが、マスコミの報道は彼らの脆弱な状態に注目させるには役に立ちましたが、派遣ムラが出来ただけで解決する問題ではありません。

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