アベノミクスとは?2(物価目標2)

物価アップを実現出来るとしたら、中国等新興国の人件費が今後上がって行くのに加えて・・円安の結果輸入物価上昇等によって、結果的に流入価格が2%以上上がれば、実現出来るという(実はあなた任せの希望)ことでしょう。
ちょうど円相場は国際収支の結果と予想によるのであって政権の思惑や政策で上がったり下がったりするものではないのに、如何にも安倍政権の手柄にしてマスコミやネトウヨ屋が囃し立てているのと同様の結果を日銀新総裁も狙っているとしかみえません。 
これまで書いているように為替安は人件費が割を食う仕組みであり、為替高は人件費が実質的に高くなる構造になっています。
中国政府は、いくら貿易黒字になっても国際相場に連動して人民元相場が上がらないように為替規制しているのですが、・・その結果人件費が割安に抑えられ続けている・・人民の犠牲の上に人民元安・貿易黒字継続を目指して来たことになります。
中国でも韓国でも人為的為替安政策→貿易黒字獲得政策は、国民の犠牲の上に成り立っている国威発揚政策です。
韓国ではサムスンその他財閥が儲かるばかりで国民は塗炭の苦しみに喘いで世界中に売春婦が進出している状態ですが、これはドはずれたウオン安政策の結果です。
中国では年間何十万件という暴動が発生していると報道されている状況は、為替管理によって人民元を実態以上に安くしている政策=人民に犠牲を強いる政策に限界が来ていることの証左です。
最近の中国の最低賃金引き上げ政策は、為替操作の結果国民の人件費が実際の働き以下に抑えられている・・この不満が大きくなって抑え切れなくなって来たことから、政権維持のために政府が後押ししているのですから、これ自体健全な現象です。
中国の市場原理に反した為替管理政策=人件費を実際以上に安くする為替管理政策は、国民の不満解消のために最低賃金引き上げに動かざるを得なくなったのですから、結果的に何のために為替相場を低くして管理しているか分らなくなっています。
市場原理に反した政治はいつか帳尻を合わすしかなくなる・長続きしないことの証明です。
実態に反した統計で大躍進を宣伝していたさしものソ連や中共の経済実態が何十年の経過で遂にはっきりしたように、事実はいつか逆襲するものです。
旧ソ連や改革前の中共政府の欺瞞性が、国家挙げての大規模な隠蔽対策であった分発覚が何十年単位で先送りできたとものの、いつかは露呈する性質のものでした。
我が国の場合、労働者は物価下落と円高によって二重の恩恵(実質的賃金上昇)を受け続けていたので、人件費は実質的に上がり過ぎている(国民個々人は豊かな生活が出来て幸せなことでしたが・・・)のが国際競争上問題になって来たのです。
(生活保護費が高過ぎるようになったのは、その象徴的あらわれです)
貿易赤字の結果円安になれば、実質人件費下落効果が出ることがはっきりしているので、円安になれば実質人件費がバブル崩壊後ずっと上がり続けて来た問題の解決が出来ます。
ここ数ヶ月日銀人事で頻りに問題になっていた物価目標というのも、実は円安になれば輸入物価がその分上がるに決まっていますから、円安が進んだ結果相応の物価上昇することを日銀の手柄にしたいだけでしょう。
こうした貿易赤字による自然現象的円安→物価上昇効果は、日銀の責任でも功績でもなければ政府の功績でもありません。
ちなみに、為替相場が一定であることを前提にした場合、日銀は・・物価上昇があればブレーキ操作としての金融引き締めで対応可能ですが、ブレーキ役である限り不景気になってもブレーキを外す・緩和することくらいしか出来ません。
ブレーキ役としての中央銀行の役割に重要性があったのは、明治維新以来我が国は長年資金不足に悩まされて来たからでした。
高度成長期以降長年の貿易黒字蓄積によって資金余剰下にある我が国では、資金供給の増減をしても殆ど意味がなくなっています。
需要もないのに大卒や院卒を増やしても就職先がなくて中国や韓国で困っているように、あるいは必要以上の公認会計士や弁護士を増やしさえすれば需要が増えるかのような誤った議論が横行していました。

アベノミクスとは?1(物価目標1)

最近の円安現象がアベノミクスとは何の関係もないことが分りましたが、そこで、いよいよアベノミクスの功罪と言うか、その意味するところを考えてみましょう。
アベノミクスの第1の矢は金融の大胆緩和によるデフレ脱却論ですが、金融緩和によるデフレ脱却は可能でしょうか?
国際平準(グローバル経済)化が始まった以上は、一国だけが国内金利や紙幣の量的緩和をしてもインフレにはならないことをこれまで繰り返し書いてきました。
供給が一定のところで紙幣を増発すれば物価は増発分に比例しますが、今は中国その他から日本で高く売れるとなればいくらでも安値で入って来るので日本国内だけで値上げすることは出来ません。
工業製品はいくらでも増産出来るので売れるとなれば増産するだけであって1昨年からテレビでも車でも2倍近く売れたエコカー等の補助金下でも値上がりはしませんでした。
実際アメリカでも、金融緩和どころか量的緩和、更には住宅ローン債権の引き受けさえしていますが、インフレになっていません。
先進国=元は工業製品輸出国から、新興国や現地での生産が増えたことによって先進国の国内生産能力は輸出減になった分生産設備過剰状態になっています。
先進国では国内需要以上に供給力があるのが問題ですから、1割や2割需要が増えても廃棄予定の休止設備稼働やフル稼働で間に合います。
(仮に増産が間に合わなければ競争関係になっている新興国から輸入が増えます)
金利がいくら下がってもあるいは紙幣をじゃぶじゃぶ発行しても、企業はこれ以上国内投資しないで内部留保を厚くするかその資金を利用して成長力のある海外に投資するばかりです。
国内投資意欲は紙幣をじゃぶじゃぶ発行するかどうかに関係がありません。
長期的に円安のトレンドがあって、しかも設備が不足すれば(実際には多くの企業が過剰設備を抱えているので1〜2割程度の需要増では稼働率が上がる程度ですが・・・)1〜2割増産投資するので・・そのときには投資資金として紙幣の供給・金融緩和が必要でしょう。
ただし、日本では設備だけではなく、資金も余剰状態で企業は使い道のない資金で国債等を買っているので、設備投資→直ぐに他所から資金を調達する必要があるとは限りません。
資金不足の企業が投資したいときでも、円安も1〜2年程度で元の円高に戻る見通しであれば、銀行がいくらお金を貸しますと言っても借りてまで増産投資しないし、企業内余剰資金があるばあいも国内投資しないで海外投資する方向になります。
国内雇用情勢もこのトレンド次第と言えるでしょう。
国内需要自体は人口減に合わせて低下するしかない(電気自動車の購入比率が5割増えても人口が1割減って行けば、人口が同じ場合よりは消費量が縮小するという意味で書いています)のですが、仮に円安になって海外輸出品を国内で増産出来れば、そのために国内で物流が活発になるし、生産資材の需要が上向く・・ひいては雇用も増えるので、タクシー利用、飲食店その他内需が拡大されます。
円安になってこれまでの3割増の増産しても海外に売れるとなれば増産するでしょうが、新規投資の場合、工場用地取得〜新設投資→工事が終わって稼働し始めたころに、元の円高に戻る予想のときには、円安になっても増産投資はしないで、現状設備で間に合う程度の増産で凌ぐことになります。
ですから、5〜10年単位の円安が続く予想が立たないと、国内増産用投資資金は不要です。
2%のインフレ目標=物価も同様で、競争国の物価が低ければ安い製品が入って来るので国内だけで物価を上げようとしても(国内で違法?カルテルを奨励しても)どうにもなりません。
前近代の閉鎖社会(値上がりしても直ぐに輸入品が増えない)・増産不可能な自然状態に頼る時代での経済理論は、(資源その他第一次産業ではまだあるていど妥当していますが・・)先進国では最早通用しなくなっていることを繰り返し書いてきました。
太陽光発電の例で分るように鉄鋼製品もその他日用品も、中国等から国産より安ければドンドン入ってきますから、国内だけ高くする訳には行きません。
金融政策で物価目標何%(を実現する?)という学者がいるらしく、白川総裁を事実上更迭して日銀総裁や副総裁に就任しましたが、(私の素人判断では)金融政策だけで今時そんなことが出来るのか理解不能です。
安倍政権やその取り巻きがスケープゴートを作って歴代政権との違いをアッピールするために利用しているのではないでしょうか?
レーガのミクスのときもそうでしたが、政治というのは国民や相手をうまくたぶらかした方が勝ちとも言いますので、それはそれで良いのですが・・。
たぶらかしは、たぶらかしであって、実態との違いがいつか露呈しますので、バブル崩壊同様に長期的には国民に不幸をもたらします。

少子化の効果

また話がそれましたが、大量生産化が始まったばかりの新興国社会・高成長社会では労働需要が中底辺労働中心なので健康でまじめに働く意欲さえあれば良いので子育て・・到達目標モデルは簡単でした。
低成長・静的社会・・別の側面から言えば成熟社会への適応には、ガムシャラに働いて物やサ−ビスをより多く提供すれば良いのではなく、消費者としても量を得れば満足する社会ではなくなっています。
より良い労働者=賢い消費者でもあるのですから、双方の側面で繊細な素質が問われるので、誰でも簡単に適応出来ないのは当然です。
親にとっては生まれて来る子供の適応能力がよく分らないので、さしあたりリスク回避のために少子化して行くのが一番の基本的な智恵です。
道に迷ったり、行く末・様子がよく分らないときに先ずは身を縮めて防衛体制に入るのが動物の本能ですが、子育てに関してもこの先がよく分らないならば、量産から少子化へと体制縮小するのが正しい選択です。
少数精鋭という熟語があり、果物に摘果があるように供給を絞った方が品質が上がる傾向があることも経験上知られています。
少子化に絞った結果がどうなったでしょうか?
一般家庭の現状を見ると、現在の中高年層は自宅を取得し、戦後荒廃した社会インフラの復興負担をし、親世代の介護などの面倒を見て来て、今度は更にいつまでも独立出来ないで親の家に寄生している次世代の面倒まで見ている人が圧倒的に多いのが実情です。
税で徴収して再分配するだけでは足りずに、親世代からの贈与を奨励する政策(相続時精算課税制度など)が続いていることも、これまで何回かこのコラムで紹介してきました。
現在の年金問題は今の中高齢者が年金を納めなかったことに原因があるのではなく、この世代はみんなまじめに納めて自分たちの親世代の年金負担して来ました。
それなのに次世代の納付率が下がっていることと、一人当たり稼ぎが低くて納付金が低すぎることが現在の年金と言うよりも、将来の年金制度の持続性にかげりをもたらしているのです。
彼らの納付金が少なければ彼らがその限度しか年金を受給出来なくなるのは理の当然です。
生保でも何でも掛け金を多く掛けて来た方が保障が大きいのが原則で、その逆に少ない掛け金であれば年金受給額が少なくなるのは当然です。
今の受給世代の半分しか掛け金を払えないのに同額を保障しなければならないと思っている方が頭がおかしいと言わざるを得ません。
次世代が損しているどころか6〜70世代は親の面倒も見たし、子供世代に充分お金を掛けて自分が育ったころの何倍も子育てに手間ひま掛けたのに次世代がその恩返しを出来なくなった・・次世代に甲斐性がなくなったことがすべての基本です。
本来ならば人数が少なく育って我々世代の2〜3倍の良い思いをしてきた以上は、一人当たり2〜3倍くらいリターンする・・納付額が多くなってこそ整合します。
ところが、我々世代よりも一人当たり納付金が少なくなっているのでは、次世代が受けた投資に見合ったリターンをしていないことになります。
2〜3倍の投資を受けて育った以上は、2〜3倍の収益を上げねば論理的ではないのですが、我々敗戦後に食うや食わずで育った世代に比べて何倍も投資・教育されているのに、逆に我々の何分の1しか収入を上げられない人が圧倒的多数になったことが・年金赤字の原因であり、先行き見通しを暗くしているのです。
その原因として次世代は能力が低い・根性がないと一概には言えませんが、(世界情勢・環境変化による面が大きいので・・)いずれにせよ成人した後も親の世話になっている次世代が圧倒的に多いのが現実です。
個々人の家庭で親世代に世話になっている次世代が多い(いつまでも親のスネをかじっている)状況が、社会一般に及んで来たのが年金問題ではないでしょうか?
年金やその他社会保障問題の多くは次世代がマトモに納めるべきものを納めていない・・納められなくなっていることに直接の原因があります。
あれやこれや世代対立を煽るマスコミ報道が多いので、6月14日に紹介したようにこれを鵜呑みをして、公の場で若手学者が「次世代は損ばかりしてるのだから・・」と言う発想で発言したのには、私も驚きましたが、これほどマスコミの威力が大きいことが分ります。
間違ったことでもマスコミが結論だけを繰り返せば、殆どの国民はその結論が正しいと思い込む傾向があるので、一定方向へ誘導しようとする偏ったマスコミの報道姿勢は危険です。
マスコミは中立と称して自分たちの都合の良い立場・・あるいは政府の意を受けてをそれとなく宣伝を繰り返して国民をマインドコントロールするのはズル過ぎます。
このあまりにもひどい現実がネット・ユーチューブの発達で意見発表機会の独占が破られて是正されつつあるのは喜ばしいことです。
マスコミは、中立などという仮面を取り払って「当社はこの立場で・・」「政府官僚の意見の代弁で・・」など自分の立場を明らかにして報道すべきです。

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