立憲主義3(憲法と法律の違い1)

ここで憲法と一般の法の関係を考え直しておきましょう。
法律制定の場合には国内の多様な利害調整手続きを経るために、膨大な意見の吸い上げや年数と冷静な議論の積み上げ・・民意吸収があります。
12月7日以来借地借家法制定過程を現最高裁長間の論文で紹介しましたが、一部再引用しますと

「昭和五0年代後半からは、土地の供給促進の観点から法制度としての借地・借家法の見直しが主張されてきた・・全面的な見直しをはかることは、難しい情勢にあった。
しかし、高度成長期を経て経済規模が拡大し、都市化がすすむと、借地・借家法が画一的な規制をしていることによる弊害が一層明らかになってくるようになった。
法制審議会の民法部会(加藤一郎部会長)は、以上のような問題意識から、昭和六O年一O月に現行法制についての見直しを開始する決定をした。」

借地借家法が成立したのは平成3年10月で施行は平成4年8月ですから、必要性が言われ始めてから施行まで約10年です。
ちょっとした法律制定まで行くには、前もっての根回しを経て10年以上かかっているのがザラです。
この法律は、過去の契約に適用がない微温的改正ですが、革命的憲法制定の場合には過去に形成された身分関係に遡及的に効果を持つ(例えば家督相続できると思って養子縁組していた人の家督相続権がなくなります)のが普通です。
このように冷静な議論を経て数年〜10年前後かけて制定される普通の法律に比べて、憲法制定は革命時などに旧政権打倒スローガンそのままで短期的な激情・勢いに任せて拙速に制定される傾向があります。
憲法という名称から、家憲・国憲・家訓のようなイメージを抱くこと自体は正しいと思いますが、いわゆる国憲や家訓等は何世代にわたって後継者が守るべき基本方針を示したものですから、何世代も拘束するに足る数世代の騒乱を治めたような一代の英傑が盤石の地位を確立した後に、(のちに家康の武家諸法度の例をあげます)将来のあるべき国家民族あり方等を考察してこそよくなしうるものであって、そのような英傑でもない一時の支配者が、自己保身・威勢を示すために内容のない事柄を家訓や国憲にしても誰も見向きもしないでしょう。
革命政権〜反乱軍が、政権掌握と同時に出すスローガンや声明程度のレベルのものを、国憲と称するのは羊頭狗肉・名称のインフレ.水増しです。
王朝あるいは数世代以上に続く大事業創業者の残す家訓は、盤石の成功体験に裏打ちされた訓示を子孫に残すものですが、それでも時代の変化によって意味をなさなくなることがあります。
まして、旧政権を打倒したばかりで制定される新政権樹立時に制定される憲法は、旧政権打倒のために(便宜上争いを棚上げして)集まった反体制各派の寄り集まり・連合体である革命勢力は、旧政権打倒成功と同時に各派間のヘゲモニー争いを内包しています。
(本格的革命であるフランス革命やロシア革命では、王政崩壊後革命勢力間の勢力図が目まぐるしく変わっています)
革命の本家フランスの場合、大革命後ジャコバン対ジロンド党.王党派の政争の末に、ナポレオン帝政となり、王政復古〜第二帝政〜共和制〜ナポレオン3世等の動乱を繰り返して現在第5共和制憲法になっていますが、第5共和国と言われるように(一部条文の改正ではなく)憲法精神の抜本的入れ替えの繰り返しでした。
第5共和国憲法は革命的動乱を経ていないので、その分落ち着いて作ったらしく最長期間になっているようです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95

フランス共和国憲法(フランスきょうわこくけんぽう、フランス語: Constitution de la République française)は、1958年10月4日に制定されたフランスの憲法典。第五共和制の時代に作られたことから、第五共和国憲法(フランス語: Constitution de la Cinquième République、第五共和制憲法、第五共和政憲法)とも呼ばれる。

もともと政体大変更の場合、旧体制(アンシャンレジーム)と「こういう点が違う」と新政権は大見得を切る必要があって、壮大なスローガンを掲げたくなるもので、いわば政治的プロパガンダ・公約みたいなものです。
フランス革命では「身分から契約へ!」と言われ、我が国で民主党政権獲得時の「コンクリートから人へ」と言ったような自分の主張を、のちに否定変更されにくいように強固な「法形式」にしたことになります。
旧体制をぶち壊しただけでその後自己権力さえどうなるかはっきりしないうちに、一般の法よりも慎重審議を経ていないプロパガンダに過ぎないものを革命体制を強固なものにするために「法」よりも改正困難な法形式の「憲法」と格上げしてきた事自体に無理があるように思えます。
無理に格上げしても実態が伴わなければ、すぐに信用をなくします。
これが、フランス革命後第5共和制に至る憲法変更の歴史です。
例えば明治維新のスローガンは王政復古であり、これを受けて維新直後にできた基本法制は、いわゆる二官八省・・古色蒼然たる太政官と神祇官をトップにしたものでしたが、もしもそれが不磨の大典扱いになっていても、多分10年も経ずして不都合に耐えられなかったでしょう。
日本人は急いで作っても実態が伴わなければ、意味がないことを知っていたのです。
明治憲法は、明治維新・大変革を得た後約20年での制定でしたし、国民生活の基本を定める民法は明治29年(1896)、刑法にいたっては明治40年になってからです。
明治憲法制定までの約20年の間に廃藩置県や司法制度等の制度枠組みを整えながらの漸次的運用・・刑事民事の欧米的運用経験・人材育成などを積み重ねた上の憲法〜民法等の制定ですから、日本の法制定は時間がかかる代わりに安定性が高いのが特徴です。
日本は民主主義などという前の古代からからボトムアップ型・民意重視社会ですから何事もみんな・・法制定に限らず裁判でも社内改革でも、関係者の意見を取り入れて行うので時間がかかりますが、その代わりみんなの納得によるので法遵守意識が高くなります。
例えば家康の禁中并公家中諸法度・武家諸法度は1615年のことで、天下を握った関ヶ原後15年も経過して満を持して発布したものです。
民法については債権法部分について今年5月頃大改正法が成立・約120年ぶりの大改正ですが、これでも骨格が変わらず概ね判例通説を明文化したもの(判例や学説の知らない素人が読んでも分かりやすくした)・・判例や学説の分かれている部分についてはどちらかになった部分がある程度・・と言われています。
以下は法務省の解説です。
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_001070000.html

民法の一部を改正する法律(債権法改正)について
平成29年11月2日 平成29年12月15日更新
法務省民事局
「平成29年5月26日,民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)が成立しました(同年6月2日公布)。
民法のうち債権関係の規定(契約等)は,明治29年(1896年)に民法が制定された後,約120年間ほとんど改正がされていませんでした。今回の改正は,民法のうち債権関係の規定について,取引社会を支える最も基本的な法的基礎である契約に関する規定を中心に,社会・経済の変化への対応を図るための見直しを行うとともに,民法を国民一般に分かりやすいものとする観点から実務で通用している基本的なルールを適切に明文化することとしたものです。」

今回の改正は,一部の規定を除き,平成32年(2020年)4月1日から施行されます(詳細は上記「民法の一部を改正する法律の施行期日」の項目をご覧ください。

健全財政論2(国民と政府の関係)

政府と国民が対立するあるいは別個の団体的関係であれば政府が国民から借金していたのでは立場が弱くなって困ります。
( 04/16/06「世界宗教の非合理化とその改革4(イベリア半島2)」のコラムで、スペイン王家フィリッペ2世が4回もの破産した例を紹介したことがあります)
国民国家時代においては理念上政府=国民総体・・国民を内側に取り込んでいるので、政府の国民に対する借金は国外からの借金とは意味内容が違います。
今では政府と国民を一体として対外・・よそからいくら借りているかの収支バランスこそが重要です・・だからこそ政府の負債を国民が自分のこととして心配しているのです。
政府の負債は国民の負債同様としてマスコミが国民の不安を煽っていながら、プラス財産に関しては政府の金銭収支だけを取り出して国民個人保有の金融資産を問題にしない議論は片手落ちの議論と言えるでしょう。
政府の負債は国民の負債同様・・・一種の連帯債務者的立場にあると言うならば、国民保有資産とのバランスを論じないと危機ラインかどうか分りません。
現在の日本国債の国民保有比率が約95%であるならば、国民の対外的に負担する債務は差引5%しかなくそれ以上に国民が金融資産をもっていれば何の問題もない議論になります。
その上国民は金融資産だけではなく自宅その他の保有資産が多いので、実際はもっと安全で今のところ議論すること自体ナンセンスと言う状態です。
江戸時代にはまだ領主と領民は支配・被支配の対立関係(政府=国民ではなかった)あるいは別個の関係にありましたから、領内商人から巨額借金していると大名・武士が被支配者である商人に頭が上がらないのでは身分秩序上困ったことになります。
今は国民主権国家ですから、国民に頭が上がらなくて(一々お金の使い道に債権者=国民の意向を気にしなくてはならないこと・・)何が悪いのか?となります。
官僚にとっては、国民主権国家以前の(国民の公僕というよりは君主に代わる総理等上司に仕える)意識が濃厚に残っているから、「国民からの借金が悪で増税が必須」と信仰している人が多いのではないでしょうか?
同じ政府の資金源でも税収による資金ならば、古代から権力者の天賦の権利みたいな歴史があって、どう使おうと君主の勝手・・道徳的サンクション(酒池肉林のような悪政があると政権が倒れること)があるだけでした。
民主国家になっても税を取る約束(増税法案可決)までが大変ですが、その後は国債と違って気楽です。
吉宗が享保13年(1728)に農民との話し合いで税率を変更したのは有名ですが、このように議会のない徳川政権時代でも税率を変えるのには民意を無視出来なかったことが分ります。
ちなみに吉宗は・・当時までの慣習法的税率であった4公6民から当時の5公5民で計算した固定収量税に変更して政府は当面の税収増を確保し、(以下に貨幣改鋳と財政の関係を書いて行きますが、当時政府財政は困窮していましたのでその緊急打開策)・・その代わりそれ以上収量が上がっても税を取らない約束したので、結果的に収穫増意欲・生産性が上がりました。
このように増税は江戸時代から簡単ではなかったのですが、今の民主国家でも増税する法律さえ出来れば刑罰で徴収を強制出来る点は市民革命前の昔と変わらず、徴収した後は自分(官僚のサジ加減)のものと言う意識は今でもそのまま続いています。
(支出に関するチェックとしては予算制度がありますが、実際には箇所付け等は事前に役人の振り付けで殆ど決まっていて、それをまとめて国会で承認するかどうかだけです。
増税法案は、これを選挙のテーマにしたときには、国民が直接意思表示出来ますが、毎年の予算案をテーマにした選挙はあり得ませんので、国民が予算(支出行為)に関して直接意思表示するチャンスすらありません)
官僚にとっては増税の法さえ通せば、あとは官僚のさじ加減・・事実上自由に使えるので増税の方が良いに決まっています。
民主党が消費税増税反対の公約で政権を取っていながら、増税強行の法案強行・公約違反行為をするのは、国民に残された最低限の判断権まで奪ってしまう重要な違反となります。
租税法律主義(国会の議決がなければ課税出来ない原理)は現行憲法でも明記されているように市民革命の主要な成果・・元々増税反対から革命が(アメリカの独立革命もボストン茶条例に対する反発が原因で)起きたものでした。
今回の消費税増税が、形式的に国会の議決を得たとしても、公約では反対を表明していた政党が増税に走ったのですから「民意による増税」という憲法の実質違反行為です。
もしもこの公約違反が官僚の示唆によるならば、西洋式民主主義・市民革命の成果を踏みにじる行為ですから、官僚主導による一種の反革命行為です。
ここまで露骨に革命前の権限(国民同意なく増税出来る時代)に戻そうとする行為は、歴史の反撃を受けずにはおかないでしょう。
憲法
 第七章 財政

第八十三条  国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。
第八十四条  あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
第八十五条  国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。

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