朝日新聞吉田調書3(見出しの重要性)

昨日書いたように、報道と人権委員会「見解」の書きぶりに対して基本的に良く出来ていると評価していますが、気になる書き方がありますので一部だけ紹介しておきます。
大見出し等はそのままでも?記事内容に書いてあれば、印象は和らいだろうと言う趣旨の期待的意見が書かれている点です。
(この部分は本音と言うよりは、厳しく事実認定したので朝日に対するリップサービス程度の意味かも知れませんが、念のため批判しておきます)
26年12月30日「マスコミの情報操作1(羊頭狗肉)」以来書いているように、大見出しは何を書いていても内容で矛盾していることさえ書いておけば(は言わないまでも?悪質性が軽減出来たと言う程度か?)良かったかのように誤解しかねない部分です。
確かにないよりは少しは良かったと言う見方も出来るでしょうが、海外向け英字報道の大見出しに「所員の9割が命令に(公然と)拒否して逃亡」と出されていた場合、先ずその見出しのコピーが大量に出回るのが普通ですから、記事内容にややこしいやり取りを記載さえすれば良かった・・と言うのでは、意図的な「角度をつけた」報道がはびこる一方です。
まして今回は「見解」によれば、「A4版400ページ」に及ぶ専門用語中心の難解で膨大な資料と言うのです。
前後の記載を羅列的に記載しただけでは、表題記事と矛盾する可能性があることが読者に分った可能性があると言ってもちょっと斜め読みして理解するのは容易ではありません。(ほぼ不可能でしょう)
「見解」によれば、専門用語が多くて専門家でないとわかり難いことを理由に原発取材プロの朝日の記者2名だけが読み込んで記事にしたと言う認定ですが、関連資料を1読して素人が「表題と違って職員の9割が逃げた訳ではない」と分るくらい単純ものならば、そのプロが何故読み間違ったと言えるのか・・朝日の主張と明白に矛盾するでしょう。
・・99%の素人は、仕事や家事その他で忙しいので、ニュースがあってもその都度資料まで読み込む時間もないので、見出し等で判断するのが普通です。
私もニュースの見出し程度しか見る暇がないのが日常ですが、今回は正月休みがあったので、「見解」原文に当たる時間がありましたが、多くの人はニュースで「こう言う見解」が出たらしいと言う誰かのまとめ記事くらいしか読まないでしょう。
(余談ですが、長距離電車通勤をしていないので駅頭などで週刊誌を買って読む暇もないので、新聞に掲載されている週刊誌の広告を見て、こういうことが今の話題になっているのか?程度の情報収集が普通になっています・・詳細に読み比べるプロと違って、一般人に対する影響力としては、このように「見出し」の書きぶりが大部分を決めていると言うべきでしょう)
委員会見解(3)では、原発取材資料の専門性の結果・社内で「専門的知識を持つ人材でも2〜3日は必要」と認定しています。
まして私のような部外者は、仕事に出る前や寝る前に新聞やネットの見出し程度読むのがやっとであって400ページもの資料自体を1週間もかけて読んでいられません。
以下は報道と人権委員会(PRC)の見解全文(2)の一部引用です。

 (1)本件記事には「所長命令に違反 原発撤退」の横見出しに関わる吉田氏の証言のうち、割愛された部分がある。前述の「伝言ゲーム」について述べた部分(〈1〉)と、「よく考えれば2F(第二原発)に行った方がはるかに正しいと思った」と述べた部分(〈2〉)である。
 これらについて、取材記者たちと担当次長らは、意図的に掲載しなかったわけではないとし、連動していた朝日新聞デジタルには、いずれの部分も載っていると説明している。
 (2)仮に掲載していれば、それだけ読者の判断材料も増え、記事の印象も随分、違ったものになっていただろう。「所長命令に違反 原発撤退」との主見出しに対しても、組み日当日、社内で疑問が広がった可能性もある。

以下は「見解」(3)の文書です。
「専門的な知識、用語の多いテーマであることから、記事内容や見出しの適否を検討するには、担当記者以外の専門的知識を有する記者にも、2、3日の余裕を持って閲覧させるべきであり、部長、担当次長もそのように指示すべきであった。少なくとも、初報記事の関連部分は開示すべきであった。
さらに、特報部が科学医療部、政治部と打ち合わせた18日の会議には、朝日新聞デジタルの特集サイト用のプロローグ部分の予定原稿及び2本目の「フクシマ・フィフティーの真相」の予定原稿が示されていた。後者には、その後に引用されなかったことが問題となる証言部分が載っていた。しかし、19日当日の紙面作りの過程において、デジタル紙面の予定原稿は編集者や他の記者たちに示されなかった。20日付紙面に対応する吉田調書の記載部分やデジタルの2本目の予定原稿が社内で一定程度、共有されていたら、見出しと記事内容は異なったものとなった可能性がある。朝日新聞デジタルでは4月ごろから複数のスタッフも加わって、予定原稿づくりの作業が進められていた。しかし、本紙の編集センターでは、組み込み日当日になっても秘密保持を理由として情報の共有がなされていなかった。行き過ぎというほかない。」
第2に、19日時点でも、見出しや記事内容について多くの疑義が社内の各方面から出されていた。しかし、これらの問題提起はほとんど取り上げられることなく終わった。担当次長は、大阪本社からのデスク会前後での指摘は認識しているが、他からの指摘は認識していないと述べている。紙面の最終責任者はGEであり、当日の責任者は当番編集長だが、これら責任者には伝わっていない。なぜなのか、その原因を点検する必要がある。」

第三者委員会の役割1(朝日新聞吉田調書2)

報告(見解)を見ると、発表前の内部チェック体制不備や吉田調書の誤報が分った以後における対応の不手際解明が中心ですが、国民が知りたかったのは、事実報道に見せかけながら、偏った一定方向へ誘導していたマスコミ全般の日常的体質そのものではなかったでしょうか?
朝日新聞はその特化程度が激しいので、批判を浴び易いだけです。
組織暴力団事件も末端殺し屋が動いて、トップが知らなかったでは済まないのが昨今の風潮(少なくとも民事賠償事件では)です。
いつも一定方向にしか発言出来ない状態で運営している社風の場合、問題点は社内決済システム不備ではなく日頃からの社風・体質のあらわれであって、個々の決定にトップが関与する必要すらなくなっている・・、どうせやめる予定のトップ責任ばかり検証しても仕方がないように思えます。
第三者委員会が2つになっているのでややこしいですが、両見解を読むと吉田調書事件では部門任せだった社内総合評価システムの不備を指摘しながら、慰安婦事件の第三者委員会では社長ら上層部が池上彰氏掲載記事に介入した点を強く批判しているなど、ちぐはぐな印象です。
ただ結果から見ると、吉田調書では総合関与がなかった点を批判し、池上報道では上層部意見が通った点を批判しているので、それぞれの委員会では結論から見解を出していることになるようです。
社の基本思想にあえば、わずかに現場記者2人しか資料を読み込まないままニッッポン民族の大汚点・・世界ニュースになるような記事をそのまま出せる仕組み・・暴走出来るし(大社会問題になってからでも広報部が資料すら見ないで弱い個人相手に法的手続すると脅かしています)、社風にあわないとなれば社長まで乗り出して池上記事を没にする決断をする・・この一貫した体質こそが暴かれるべきです。
そうとすれば後に紹介する第三者委員会の岡田個人意見のように委員会全体見解でもストレートに「角度に重きを置く」社風を指摘するのが王道だったように見えますが、政治的配慮から公式意見としてそこまで踏み込めなかった(本音は個人意見で理解して欲しい)と言うことでしょうか?
近年流行の第三者委員会設置の役割ついて、ここで少し見ておきましょう。
朝日新聞で言えば、国民は連続虚偽?誤報道が何故起きたのか?個人が思いつきで出来ることではないので、その体質に疑惑を持たれて世論が沸騰していました。
その大きな疑惑を放置出来ないために第三者委員会を設置するから、個々の質問に答えられないと称して、社長自身に対する厳しい質問等をさせない・・釈明をしないでうやむやにしたものでした。
その結果厳しかった世論の熱がサメた頃になって、出て来たのは「今後内部統制システムをしっかりする」と言う国民の関心とは直接的な関係のない結果公表で幕引きの印象・・肩すかしを食ったような印象を受けた人も多いでしょう。
これをどう読むかですが、淡々と事実経過を書くことにとどめて、読者による冷静な解釈判断に委ねる・・朝日新聞自身に対しても反省するチャンスを与えるのは手堅い方法です。
一定の立場に肩入れするような特定評価をしない・・・国内の感情的対立をあおるようなことを慎むのも大人の処方箋です。
煽るだけ煽って韓国のように感情的熱狂のウズに巻き込むのは、民族の一体的発展のために得策ではありません。
正月休み中で時間があったので慰安婦・池上氏関係に関する第三者委員会と原発吉田調書に関する「報道と人権委員会」の双方意見書を読む時間がありましたので一部紹介しながら書いてい来ます。
以下「報道と人権委員会」報告(11月12日)(朝日新聞社「吉田調書」報道「報道と人権委員会(PRC)の見解全文」)から見て行きます。
同見解では、原発吉田調書については事実関係・読み方そのものに争いがあったので、事実関係を克明に記載・検証しているのは当然ですが、結果的に内部チェック体制を見るために時間をかけた印象で、韓国でセウオール号事件報道(乗組員が乗客を放置して逃げた)政府非難が過熱している最中に、この発表をぶっつけた政治的意図については何ら触れるところもありません。
元々このセウオール号事件で過熱していた政府非難を冷ます目的と日本民族を貶める両目的があったのじゃないか?と言う疑惑から、大政治問題に発展して第三者検証が必要になった出発点に触れない点に不満を持つ人も多いでしょう。
しかし、淡々とした時系列的記述(調査結果)自体から問題性を読み取りたい人は読み取れば良いと言うのも1つの見識です。
関係者が原資料を読みもしないで「法的措置をとる」ような文書を発行している事実を淡々と公表することから、1月6日に私が書いたように読むことも可能ですし、そこから何を読み取るかは読者の自由です。
また記事発表前の緊迫した状況が克明に記載されていますが、元々3年以上前に発生した事故対応として「東電職員の9割が逃げたかどうか」を発表するのに、社内関係者が2〜3日かけて議論する時間的余裕がなかったとは思えません。
同見解で
「 専門的な知識、用語の多いテーマであることから、記事内容や見出しの適否を検討するには、担当記者以外の専門的知識を有する記者にも、2、3日の余裕を持って閲覧させるべきであり、部長、担当次長もそのように指示すべきであった。少なくとも、初報記事の関連部分は開示すべきであった。」

と指摘されているように2〜3日どころか、ホンの短時間の会議でさえ、そこで原調書を見せられていない関係者から、いろんな指摘や危惧が示されていたことも認定されていますが、調書を関係者誰にも見せないで短時間でこれを押しきって強行したのは、異常な進行ぶりです。
緊急速報性のない記事について社内関係者に十分な読み込み検討する時間を与えず急いで発表・・記事にしたのか・・緊急発表の必要性をだれが何の目的で決めたのかも疑問ですが、こう言うことには全く触れずに、時系列中心記述にとどめて読者の読み解き次第に委ねる姿勢といえます。
委員会が韓国スウオール号事件にぶっつける緊急性があったのか?と質問してもまともに答える筈がないから無駄ですし、委員会は国内対立を煽るのが目的ではありません。
事実検証の結果、国内向けには「撤退」と報道していたのに、海外向け英語表記では反抗して逃亡とどぎつく表現していたことが分りました。

「本件5月20日付記事の見出しを「90% of TEPCO workers defied orders, fled Fukushima plant」にして、20日夕方に発信した。直訳すれば、「東電の所員の9割は命令を無視して、福島原発から逃げた」との表現となった。公然と反抗するなどを意味する「defy」の過去形を使った。」

国民としては「命令に反して撤退」(「反して」の場合陰で言うことを聞かない場合を含みます)だけでも怒りの抗議が殺到していたのですが、海外向けには何故「反して」ではなく、強固な目の前で反抗を意味する「defy」にしたのか、「撤退」を「逃亡」に強調したのか知りたいところです。
これも国民の受け取り方に委ねると言うことでしょう。
(国民には反発を受けないように優しく表現して海外に誇張宣伝するのが元々の主たる目的だったのではないかという穿った解釈も成り立つでしょう。)
報道と人権委員会の「見解」は、全体として事実を丹念に拾っていることが評価出来ますし、丹念な事実認定の結果、無理に踏み込んだ見解を書かなくとも、明らかにした事実を基に国民の健全な判断に委ねる収め方は、法律家的手堅い「見解」と評価出来ます。

「報道と人権委員会」(朝日新聞吉田調書1)

吉田氏生前に密着取材していたノンフィクション作家門田氏から、内容が違うのではないかの批判を受けて、逆に「・・楯突くとジャーナリストの世界から抹殺するぞ!」と言わんかのような威圧をしていたことも知られています。
これも世論を刺激した要点でした。
あまりにも酷い態度に非公開文書の内容を知っている政府が動いて、公開を決めた途端に、公開日に間に合うように急いで謝罪会見するようになった顛末自体が、如何にイカサマ承知で報道していたかと推測されていました。
原発吉田調書関係についての「報道と人権委員会」結論が11月12日に、慰安婦でっち上げ?報道関係については第三者委員会の結論が12月22日に出ました。
以下「報道と人権委員会」見解の一部引用です。
(1)抗議書
6月上旬、週刊誌から相次いで取材申し込みがあった。担当次長、広報部長、編集部門で危機管理を担当するゼネラルマネジャー(以下「GM」)の部下であるゼネラルマネジャー補佐(以下「GM補佐」)らの集まる会議が開かれ、対策を協議した。担当次長は「少なくとも外形的には命令違反の行為があったことは間違いない」と主張し、この論理で対処していくこととなった。
朝日新聞社は、前記週刊誌2誌に対し、広報部長名で訂正と謝罪記事の掲載を求め、「誠実な対応をとらない場合は、法的措置をとることも検討します」とする「抗議書」を送り、10日付と11日付朝刊にそのことを伝える記事を掲載した。
また、8月、産経新聞と同紙に寄稿した門田氏に対しても、同趣旨の抗議書を送った。
(4)9月紙面計画
 朝日新聞は8月5、6日と、いわゆる慰安婦問題の特集記事を掲載した。7月はその準備に追われたが、掲載後も他メディアからの批判も含めて反響は多く、編集担当も含めた危機管理担当の役員たちと編集幹部はその対応にも追われた。
8月18日、前記のとおり産経新聞が吉田調書を入手したと報道したことを重く受け止め、編集担当やGEの指示で8月21日、GM補佐が初めて、吉田調書の開示を受け、読み込んだ。また、事態は深刻であると考え、編成局長補佐の1人を吉田調書報道の担当補佐(以下「担当補佐」)とした。」

上記によれば、産経が調書全文を取得したと報道したのであわてて読んだ・・関係者が調書自体を全く読まないで「法的手続をする」と脅かしていたことが分りました。
誰も調書を入出来ないから・・と(噓でも何でも)強き一方で推して行くこうと、高をくくっていたことがこれで分ります。
積極的な法的文書を出す場合には、法的判断・吟味をしてから文書化するものですが、(大企業が法的手続きをすると言う文書を出す以上は、弁護団の意見を求めている筈ですし、弁護士は肝腎の文書すら見ないで、朝日の解釈が正当だと言う意見を書く筈もないのですが、(書いていれば大弁護過誤事件です)が「見解」には委員会がこの調査をしたのかしないのかすら記載されていません)それすらしていないのは、非公開だから相手が証拠を出せる訳がないと言う判断が先行していた・・庶民の推測が正しかったことが証明されました。
記事内容の決定は、相手が反論資料を入手出来るかどうかを基準にしてどこまで噓を書いて良いかではなく、自社の報道が事実に合っているか否かこそ大前提・・事実報道こそが使命ですが、資料も読まないで反論するなどと言う荒唐無稽な行動をしていたと主張するのを見れば、朝日新聞社全体で事実を無視していたことが明らかになりました。
(ただし、「記者2名だけ責任をかぶれば良いので、上司や広報部等は誰も読んでいなかったことにしよう」と言う申し合わせによる調査結果であるかまでは分りません。)
データ改ざんまでしない・・正しい事実を紹介しながらでも、巧妙に偏ったイメージ報道するやり方を1月2日以来、批判して来ましたが、これを一歩踏み越えた事件です。
従来から頻発しているやらせ記事を(プライバシー保護と称して、実名を出さないので実在するかどうかの証明すらありません)一歩踏み越えた領域と言えないこともありません。
東電職員には、やらせに協力する人が一人も出なかった点が朝日新聞の誤算だったでしょう。
一般やらせ事件は、(巷間言われている慰安婦事件を含めて)何億人のうち、誰でも買収や日当を支払ってやらせ演技者に仕立て上げることが可能ですが、今回は非正規を含めた東電職員に限定されていたので「命令無視して逃げた」とか「指示を聞いた」と言う職員取材に)失敗したのではないでしょうか?
当然「見解」は「取材に協力得られなかった」と書いているだけで、やらせに協力する人はいなかったと書いていませんので、以上は小人による根拠のない憶測です。

©2002-2016 稲垣法律事務所 All Right Reserved. ©Designed By Pear Computing LLC