利害調整不全9(自治体と国の権限分掌)

9月9日の地域エゴ競争2の続きであり、July 6, 2020 12:00 「利害調整不全8」(地域エゴ野放し3)の続きです。
国政段階で反対の選挙運動をした結果惨敗して国会審議で反対が否定されたのにその後、その法律具体化のための現場工事段階で場外乱闘のように妨害するのは、民主主義政党としてルール違反ではないか?の疑いがありますが、これをできないように法改正すべきという意見が自民党から全く出ないのが不思議です。
成田空港や高速道路原発などなど相次ぐ自治体反対運動の結果、民主主義と地方自治の関係が問われるようになって久しいのに、抵抗政党の主張(中ソ陣営との競争力を削ぐことが主目的に見える)に親和性を持つ大手メデイアや政治学者が、意図的に放置して?この重要なテーマを一向に取りあげようとしないで半世紀以上経ちました。
選挙を通じた民意によって日米基軸体制が選択され、これに適合すべき政策の実現を採用するのは民意実現そのものです。
政府中央が合法的に決めた国策であっても、現地工事になると地元自治体が例外なく拒否権を持つ制度設計になっているからこのような国策実現反対運動が効果を持つようになったように思われます。
しかも、9月9日に書いたように、地方自治体特に県単位になると中央施策に「ともかく反発する」のがかっこいいような風潮が広がってきました。
この風潮にのるパフォーマンスが〇〇ファーストのスローガんであり、地域政党の乱立でしょうか?
小は、韓国や、フィリッピン大統領のように反日や反米を唱えても、超大国が大人気なく懲罰行動に出ないのをいいことに、超大国に反抗する素ぶりを見せて、民族感情を煽り政権浮揚の基本にする国があります。
(実は超大国はむき出しの武力を使わないだけで相応の報復をする能力をもっているので実は大きな国益損失になっているのが、普通です。・・)
上司の悪口を言っていても、露骨な左遷がないとしても何かと上司に厚遇されないことは確かでしょう。
この逆があって、日頃からお中元お歳暮を滞りなくしたりするのです。
地域大国の場合、口先反抗でなく、本気で周辺小国に勢力拡大していこうとする実力行使を伴いますので、世界の無秩序化が進みます。
中東のトルコ、イラン、ロシア、中国等の地域大国・例外なく独裁的強権支配が特徴・・ごり押し的勢力拡大期に入ってきましたが、これが行き着くところ世界が日本の戦国時代のようになり、お公家様のように「暴力はいけません」と眉をひそめるだけ・・平和愛好などと言っていても押し潰されるだけのことでしょう。
国内でいえば、杉並ゴミ戦争の時には文字通り権力を伴わない住民地域エゴでしたが、20年9月8〜9日に地域エゴと首長の〇〇ファーストのテーマで一部書きましたが、地域権力を持つ地域エゴが過ぎてくると権力の遠心力が働きます。
世界平和より地域大国の強引がのさばるのと同様に、国内でも地域権力を盾になんでも反対を始める国家の統一が成り立ちません。
米国が世界の警察官でないと言いだして世界平和の守護者の役割を放り出したように中央政府が国内統治権を放り投げたりできません。
私の思いつき意見ですが、政府決定にランクをつけて例えば、Aクラスについては地元に工事許認可権を政府に保留するなどの例外制度を設けるべきです。)
地方自治と中央政府の関係ですが、中央政府が決めた政策の場合、そのために必要な工事その他を政令で決めるとそれについては地元自治体の許認可事項でなく中央政府が直接行うとすれば良いのでしょう。

憲法
第九十二条 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。
第九十三条 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
○2 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。
第九十四条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
第九十五条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない

上記の通り憲法の直接的縛りは95条のみであって、その他は地方自治の本旨に従いさえすれば法で権限分掌できることです。
リニアーであれ、自衛隊基地設置工事であれ、特定自治体だけの特別法ではありません。
現在の地方自治体の許可権限濫用は、杉並ゴミ戦争を巨大化したもので目に余る・放置できない段階に至っていると見るべきでしょう。

事務次官(補助職トップ)

過去は別として現行法を前提に事務職中「官名」がつく基準を私の直感で区別すれば、官名での公式行為がそのまま行政処分や司法効力が生じる権限を有するものを「官」というべき」という意見を1月10日に書きました。
事務次官に戻りますと、事務部門で最高位に昇進しても(民意の洗礼を受けていないので)事務・裏方部門の長でしかないので各省次官は次官名で国家意思を表明する権限はありません。
次官とはその官名での副官ですらない・・補助事務部門トップという程度の意味でしょう。
副総理、副大臣、副大統領副委員長等は正官と同じ格式・選出母体が同じ場合であるからこそ、正官に故障あるときは副委員長等が職務代行できる官名です。
古代から位階によって補職できる幅が決まっていました。
このために藤原北家嫡流の初任は5位だったか正6位だったか?かなりの高位から始まる慣例でした。
源三位頼政が四位の地位に止め置かれ殿上人になれる資格である三位に昇格する希望がないことを嘆いた歌を作り、これを知って驚いた清盛が急ぎ従三位に昇格させた故事が知られています。)

のぼるべきたよりなき身は木の下に 椎(四位)をひろひて世をわたるかな

戦後憲法では社会的身分、門地による差別は許されないので、国民主権の精神から民意による洗礼があるか?が原則的区別になりました。

憲法
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
○2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。

民意洗礼を受けていない次官は、選出母体資格が大臣と違うので大臣に故障があっても対外的効力のある国家意思発令権限を持っていませんが、せっかく事務部門トップまでなったのだから、長年の功労を愛でて退職前のほんの1〜2年限定の最後を飾る名誉を与えよう・ということになったのでしょう。
・・退職直前1〜2ヶ月前に一階級特進させて、ヒラを課長、部長〜局長で退職と言えれば名誉なことですから、お手盛り的特進があると聞きますが・・その精神でしょうか?
ちなみに各省次官は概ね1〜2年で勇退するのが慣例です。
事務次官に関するウイキペデイアの記事からです。

おおむね、行政職、法律職又は経済職の国家公務員採用I種試験(旧上級甲試験)を通過して省に採用された事務官のキャリアが事務次官に就任する。任期は存在しないが、慣例的に1年から2年とされており、それまでに勇退(依願退職)して後進に譲る慣行である。

上記暗黙の自発的退職慣例を前提に短期間だけ1階級特進の暗黙の合意があったとすれば、次官の地位に長年年居座り続けた防衛省の守屋次官は暗黙のルール破りだったことになります。
事務次官の実質的権限を見ると内部文書にしか過ぎないものの、次官通達発行権限がある・・局長は局長通達する権限がありますが、司法権ではないので法の公権的解釈権はないものの、法を実際に運用する主務官庁の定める法の運用基準の最高レベルである次官通達は、実務上大きな影響力を有している・通達行政と言われることから、実力に合わせて官名を与えても矛盾しないとしたのでしょうか?
事務次官に関するウイキペデイアの解説の再引用です。

事務次官は、各府省においてキャリアと呼ばれる高級官僚の中でも最高位のポストである。その影響力は大きく、各府省の実質的な最終決定権を有するともいわれる。府省内外にわたる人的資源、調整能力を必要とするポストである。

裁判官や検察官の決定は、担当検察官や裁判官がその事件に関して公式発言や文書発行すれば直ちにその効果が出る仕組みです。
検察官は検察一体の原則によって、事件処理について上司の決裁がいりますが、これはあくまで内部問題であって決裁なしに勾留請求や公判請求しても釈放しても内部規律違反に過ぎず、検察官が起訴した・釈放指揮等 があったという公式効力が生じます。
裁判官の場合、内部的にも決裁があり得ず、(そういうルールを作れば憲法違反です)担当裁判官が担当事件については「良心と法にのみ」従って裁判することになっています。
各省の省代表としての決定は、各省大臣が決定権者であって総理が不満かどうかをどの程度忖度するかは大臣の裁量です。
総理は大臣裁量が気に入らなければいつでも大臣を罷免できることで、政府の統一性を保障している事になります。
個別政策のつど、罷免しているのでは効率が悪いし一々総理の意向を伺わないと決断できない人では間に合わないので、総理の基本方向に沿った言動権限行使できると信用できる人を大臣起用し、各省大臣は総理の意向を忖度して行動するのは憲法の期待し予定している原理です。
逆に一々総理の基本政策に反対したい人がそのまま閣内にいるのでは政府施策の一体性が維持できないので、こういう意見がある場合には大臣就任打診に対して辞退すべきでしょう。
あるいは就任後意見相違が多くなれば、行動を共にできないとして閣僚辞任すべきでしょう。
大臣も自分の意見と違う次官や局長では、各省の統一政策を実行できないので本来局次長等の幹部の補職について発言力があるべきですが、年次昇進や順繰り人事などの慣例で行われることから、大臣の下位官僚(事務職)に対する影響力が減殺される仕組みになっています。

対外権限と内政能力4(アメリカの場合1)

アメリカの大統領制は、国内政治の利害調整は(法案成立までの調整は)議会でやり、(法成立後は)裁判所(どんなことでも裁判で決着を付ける国ですから行政裁量の余地が我が国よりも小さい)が行ない、大統領はその結果を執行することと対外戦争をすることが中心です。
ですから議院内閣制のように利害調整の経験がない・・利害調整に長じた人材が、大統領になる制度ではありません。
言わば創業・・対外的大統領選に勝ち進むだけ・・戦国時代で言えば、天下統一に勝ち進むのに特化した能力で足ります。
大統領には、言わば複雑な内政利害調整能力が求められていません。
大統領に当選するのに求められる能力は、利害調整能力ではなく対抗馬に勝ち進む戦略の優劣だけ・・演出家の振り付けにしたがって演技する能力だけで足ります。
December 3, 2012「選出母体の支持獲得3と政治資金1」で紹介したように、大統領選の結果は資金力にほぼ比例すると言われていますので、資金集め能力が重要ですが、これも選挙参謀・演出家の演出に従って挨拶回りやパーテイをこなせば良いことで候補者自身の能力は不要です。
大統領選向けの戦略は別の専門家が立ててくれるし、当選するまでの選挙活動・・これも演出に従って振り付けどおりうまく演説したり、ガッツポーズしたりする能力があれば足ります。
対外的に勝ち進みさえすれば良いように見える、わが国戦国武将でも、家臣団の利害調整能力が不可欠でした。
以前上杉謙信の例で書いたことがありますが,戦国大名の多くはその地域内小豪族の連合体ですから、家臣団同士の境界争いその他利害対立が無数にあってその調整に失敗すると不満な方は離反してしまいます・・。
石橋山の旗揚げに破れた頼朝が房総半島に逃げて再起出来たのは、千葉氏の力添えによるものでしたが、千葉氏は元々平氏でしたが、相馬御厨の所領争いで平家がうまく調整してくれなかったので、平氏を見限って源氏についてしまったことを、09/19/04「源平争乱の意義4(貴種と立憲君主政治3)」で紹介しました。
上記コラムでも書きましたが、戦闘集団である武士であっても利害調整能力がないと権力を維持出来なかったのです。
アメリカで大統領になるには、大統領選挙に勝ち進めば良いことであって,利害対立する双方を納得させる複雑な内政能力は全く必要がありません。
当選後は(行政執行は完備した行政庁の官僚が実際にやるので)大統領の主な仕事は対外戦争をするか否かを決めることというのですから、いつも戦争予定の敵がいないと大統領の仕事がない国です。
これを法的に見ておきましょう。
行政府の長としての権限は議会の決めた法律の執行でしかないので、言わば下請けでしかありません。
行政には一定の裁量の幅がありますが、その実務は官僚機構が実施するのとアメリカの場合,何でも裁判で決める社会ですから、行政の裁量権も狭いし,大統領が具体的に口出し出来ることが多くはありません。
日本では内閣の法案提出権が重要ですが,アメリカ大統領にはこの権限が一切なく,(日本とは違って議員立法しか認められていません)議会に出席する権利さえありません。
大統領の年頭教書演説が有名ですが、議会からの招待があって初めて行なえるだけです。
大統領が議会に何かを命じたり議案を出せることではなく,言わば「今年の抱負をみんなの前で言っていいよ」というだけです。
戦争権限は憲法上は議会の決定事項ですが、戦争兵器の近代化が進んで議会で議論している暇がないので,大統領が専権で開始出来るようになっていました。
(核兵器発射ボタンを考えれば分るでしょう)
これがベトナム戦争など無制限に戦争が広がったことに対する反発から,戦争権限法が相次いで制定されて1014年2月8日現在のウイキペデイアによれば,以下のとおりとなっています。

1973年戦争権限法(War Powers Resolution)[編集]
1973年に成立した両院合同決議であり、アメリカ大統領の指揮権に制約を課すものである。この法律はニクソン大統領の拒否権を覆して(両院の三分の二以上の賛成による再可決)により成立した。
事前の議会への説明の努力、事後48時間以内の議会への報告の義務、60日以内の議会からの承認の必要などを定めている