フェイク報道とは?

報道の正確性の問題ですが
「小学生と中学生の比較です」あるいは受験者の年齢等を伏せたままテスト結果の数字だけ報道されると誤解がおきます。
あるいはテスト時間を一方だけ1時間で他方は15分間と限定した場合にも、あるいは一方にだけ事前にテスト問題を教えていた場合などその他条件が違う場合には、同学年のテストでも結果が違ってきます。
同じ内容のテストをした結果であることが虚偽ではないとしても、受験条件が共通という前提で合否判定会議が開かれるのが一般的であるとすれば、ある受験者だけテスト問題を知らせていたという事実を示さないまま会議資料として提出するのは全体としてフェイクになるでしょう。
最近文科省汚職に絡んで問題になっている東京医科大入試で得点操作していた問題も根本は同様です。
民法では、詐欺取り消しをできる場合の一種として「動機の錯誤」があります。
https://www.minpou-matome.com

(3) 詐欺と意思表示の因果関係
欺罔行為によって表意者が錯誤に陥り、その錯誤によって意思表示をしたという因果関係が必要である。欺罔行為が意思表示の内容に影響を与えなかったときは、詐欺は成立しない。
〔考察〕詐欺と錯誤の関係
詐欺の被害者は錯誤に陥っている。この錯誤は動機の錯誤であるが、要素の錯誤(法律行為の重要な部分の錯誤)に限定されていないので、95条の錯誤とは異なる。しかし、動機の錯誤も要素の錯誤となりうるとする判例・通説の立場にたつと、詐欺による錯誤も要素の錯誤になる場合がありうる。その場合に詐欺取消と錯誤無効との両方が要件を充足して競合することになるが、両者の効果の関係をどのように考えるかが問題となる(二重効の問題)。いずれも主張しうるものと解されている。
上記説明では学問的すぎて分かりにくいですが、以下の説明は具体的で分かり良いでしょう。
http://lantana.parfe.jp/keiyaku02-1.html
動機とは内心的効果意思を形成する以前の段階で発生して来る表意者の意欲です。
・・本物のエルメスと誤信して欲しいと思ったことが動機です。
そして、実際にはエセブランド
なのにそうとは認識していないのですから動機の錯誤があったことになります。
判例によれば、動機に錯誤があった場合、動機が表示されており動機が要素に関するもので
ある場合に限り意思表示は無効とされます。
その結果、動機の錯誤に関してはなかなか無効とはされない傾向にあります。
しかし、消費者契約の場面では業者の勧誘行為が消費者の動機形成段階から関与して来ることが
多く、情報・交渉力の圧倒的な格差が埋められぬまま不当なセールストークによって購買動機が形成
された場合には動機の錯誤により無効を認めてもリスク分配の公平には反しないのではないか。
つまり、消費者契約法や特定商取引法では契約締結過程の情報・交渉力の格差の是正こそが契約トラブルの予防になるとして、業者に情報提供義務を課しています。
業者が情報提供義務に違反し、それが消費者の動機形成に影響し消費者の認識と実際の表示との間に食違いが生じている場合には、消費者が動機を表示していなくても業者には動機が表示されている(認識されている)と扱っても不合理ではないはずです。

 

ここまで噛み砕いてくれると分かりよくなります。
ジャーナリズムなどの著名人・評論家・・情報発信を職業にしている人が業務として行う発言発信は、情報供給業者であり、視聴者・読者は消費者です。
※私の場合、繰り返し書いているようにこのコラムで直接間接に何の収入も得ていないし、このコラムを読んでいる依頼者もいないようですし、これを読んで気に入ったからといって(具体的事件処理に役立つ意見ではないので)相談に来た人もいませんし、弁護士業務に何の関係もありません。
このコラムでの政治的意見が弁護士会内で何らかの影響力も持ってもいません(誰も読まない以上あたり前ですが・・)・・年長者という程度で表向き大事にしてもらっている?
・・・我々法律家の世界では理論が中心ですから議論について行けてない・理解力の劣る高齢者が口出しすると議論が停滞して迷惑に感じるだけでないでしょうか?
大人になりきれていない結果、今でもよくわからないのですが、年長者に面と向かって「間違ってますよ・・」と言ってはイケナイ暗黙のルールがあるようで、その分年長者は早めに引退するか、滅多に余計な意見を言わない習慣にならざるを得ません。
話題を戻しますと、デパートなどでエルメスという商品名で売る以上は、ブランド品と消費者が思うのが普通です。
不動産取引では動機の錯誤の極小化のために宅建業者に対しては取り引き前に重要事項の説明義務が法定されています。

宅建業法(昭和二十七年法律第百七十六号)
(重要事項の説明等)
第三十五条 宅地建物取引業者は、宅地若しくは建物の売買、交換若しくは貸借の相手方若しくは代理を依頼した者又は宅地建物取引業者が行う媒介に係る売買、交換若しくは貸借の各当事者(以下「宅地建物取引業者の相手方等」という。)に対して、その者が取得し、又は借りようとしている宅地又は建物に関し、その売買、交換又は貸借の契約が成立するまでの間に、宅地建物取引士をして、少なくとも次に掲げる事項について、これらの事項を記載した書面(第五号において図面を必要とするときは、図面)を交付して説明をさせなければならない。
以下省略

プロが、素人相手に発信するときには、物件に関する都市計画等の間接的情報も開示する必要がある・・眺望抜群のマンションを売る場合には数年後に眺望を遮る施設が出来るの知っていた場合には重要情報ですから説明義務がある・・、というのが現在社会の基本ルールでしょう。
25日から紹介している辛氏の朝日新聞記載の意見はウイキペデイアに出ている限りで見れば、「何と何を比較するかもはっきりさせず」に「来日外国人」などという一般的でない言語をいかにも同質集団間の比較対象のように持ち出して、多くの人が誤った印象を持ってしまうのを意図したような文章に見えます。
最近ニュース女子事件のBPO決定を連載したばかりですが、ニュース女子報道はDHC持ち込み形式だったとしてもMXに校正チェック責任がないかが問題になっていたはずです。
朝日新聞は投稿その他の記事を載せるにあたって「論理にごまかしがないか」その他裏付けの有無を問題にしないのでしょうか?
朝日新聞は慰安婦報道では吉田調書の裏づけ調査しないで、大規模報道していた点が問題になったはずですが・・?
自社意見が先にあって、これに合致する意見は裏を取らずに事実のように報道する体質があるのでしょうか?
「誰それがこう言った」という直接事実はその通りでしょうが・・。
今の時代、直接事実に嘘がなくともその前提たる間接事実に虚偽があれば、全体としてみれば、フェイクニュースと評価されるべきでしょう。

(フェイク?)報道と信用失墜3(国連特別報告2)

これまでザッと書いてきた朝日新聞の現状では、慰安婦報道のミスでは内心何も悪いことをしていない・うるさすぎるので仕方なしに謝罪会見したのかな?程度の意識で今も社内運営している実態が出ています。
その後何かいうとすぐにネット批判が飛んできて肩身がせまいのが納得出来ない・・実質賃金や労働分配率低下の記事でいえばすぐにネットが噛み付いてきて何もいえない・・「言論の自由度が下がった」と苦情を国外に宣伝したい気持ちがわかります。
メデイア界による市場独占の時には「自由市場だ」規制はおかしいと嘯いていたのに、メデイアの独占発信が崩れイェ批判に晒されるようになると言論の自由度が下がったとかオポチュニスト論などが幅を利かすようになりました。
6月14日に書き始めていた国連特別報告者派遣問題の続きですが、それを日本批判に利用したい外国がすぐに取り上げる連携プレーのようです。
日本政府は実態無視の勧告は受け入れられない態度です。
https://mainichi.jp/articles/20180621/k00/00m/030/056000c

「報道の自由」勧告拒否 日本政府
【ジュネーブ共同】国連人権理事会による日本の人権状況の審査について、日本政府は7日までに、特定秘密保護法などで萎縮が指摘される「報道の自由」に関する勧告を拒否…
会員限定有料記事 毎日新聞2018年3月8日 10時26分(最終更新 3月8日 10時45分
昨年11月の作業部会で各国から出された217項目の勧告を受諾するかどうか項目ごとに見解を公表した。145項目を受け入れたが、死刑廃止要求など34項目を拒否、38項目は一部受け入れや留意と…以下有料
5〜6日前にアメリカ国連人権委員会を脱退宣言を出して、大ニュースになっていました・・。
国連人権理事会
米国脱退に人権団体など懸念や遺憾
【ニューヨーク國枝すみれ】トランプ米政権が国連人権理事会(本部スイス・ジュネーブ)からの脱退を19日発表した。国際機関や国際協定に背を向け、孤立主義をさらに強…
(2018年06月20日 19:14

アメリカの不満はイスラエル関係の不満で日本とは違いますが、それとは別に国連は賄賂等にまみれている疑いが強く正義の場でなくなっている現実を直視する必要があるでしょう。
再審事件に戻りますと、朝日新聞や文化人(という自称も不思議ですが)は人権擁護目的さえ標榜すれば、どのようなこじつけ報道も許されるかのような思い上がりがあるのではないでしょうか?
どんどん国民レベルが上がってくるとメデイアが思う方向へ簡単に誤導できない・・そこで難解そうな熟語を持ってきてイメージ操作する誘惑が高まったのでしょう。
(実質賃金や労働分配率とか・直感的な語感とは違う熟語があるとこれを探し出して大規模報道する・・「好景気というが実質賃金が下がっている」「労働分配率が下がっている」「百貨店売上報道では高額ブランド品の売れ行きや外国人の爆買いばかりの報道・・・庶民には関係がない」というイメージ報道があると、俺の収入は上がったが全体統計では下がっているのか?と誤解する熟語の解説なしの大規模報道.・・説明がないと漢字だけ見ると、結果的に国民が誤解する・・実質賃金下落も労働分配率低下も虚偽ではないですが、国民の多くが受ける意味が違うのを利用する意図が濃厚です。
そもそも「好景気を実感できない庶民」「株価上昇→高額ブランド品売り上げ増加」という主張をあちこちに散りばめた上で、実質賃金や労働分配率下落の統計発表を毎月のようにすれば、いかにも誤解させたい報道意図が濃厚です。
ブランド品や5〜6千万円の車販売が伸びているのが事実であっても、これに対応する庶民向け汎用品消費が減っているか横ばいかのペアの報道がない・.そちらも伸びている事実報道がない→特定イメージを広げる報道姿勢が強いのが最近のパターンです。
再審事件報道に戻りますと、人権保障は重要ですが、被害者の人権を無視した被告人の利益ばかりに重きを置いている印象です。
社会ある限り、人権といっても限界がある・・社会有る限り人権はお互いに譲り合うしかないのですが、その辺の理解が難しい人が一定数いるように見えます。
理解できないというよりは、A人権とB人権の衝突・その利害調整が政治ですが、それも1対1の調整ではなく、ABCDE対FGHIの入り乱れた利害調整になってくると単純思考レベルの人にはお手上げです。
そこで「あちら立てればこちら立たずの」複雑な利害調整のいらない単純な「世界平和主義」とか「人権を守れ」とか、なんでも「政府批判」をしている方が安全・・破綻しないと言うことでしょう。
普通の人にいちゃもんばかりつけているといつ反撃されるか怖いですが、政府や大企業批判の場合、反撃されないので安全地帯で騒ぐ印象です。
ロシアや中国で政府批判するには勇気がいりますが、民主国家ではストレス発散先として政府や大企業・強者に対するクレーマーになるのが最も安全なストレス発散相手になります。
何か言うときにいつも「我々庶民には・」と弱者ぶって・「弱いものいじめするな!」と騒いでいれば、自分は安全地帯に居られる仕組みです。
刑事罰に触れる行為(殺人・傷害窃盗行為その他)が処罰される刑事制度は、一方に被害者がいる=人権被害を減らすための人権擁護目的の制度です。
道路交通法も金融商品取引法もすべての法は、対等な人権と人権の調整のためのルールです。
各種取引規制法は、消費者や国民の安全を守るためにあるのですし、いろんな規制法規は全てなんらかの人権保護の目的があります。
例えば6月18日の高槻市の地震でブロック塀が倒れて小学生が死亡しましたが、ブロック塀などの設置規制でさえ人命・人権を守るためにあることが実感できたでしょう。
このブロック設置に法令違反であったとして、その処罰や責任追求の段階を今の袴田再審事件に当てはめればわかりますが、朝日新聞的主張によれば、死亡した児童の人権を忘れて違反者の人権の方が重要として「市民感覚が許さない」と言って検察批判を繰り広げるのでしょうか?
被告人の人権保護は本当に犯人か、違法行為をしたのかの事実を厳密な究明をすることであって、事実の有無にかかわらず被告人を無罪にすることではありません。
事実確認の合理性チェックをないがしろにして、先ずは「無罪にしろ」と言わんばかりの大合唱では刑事制度は成り立ちません。
刑事制度が成り立たなければ、弱者の刑事被害・人権侵害が増える一方になります。
刑事制度は法を守らない人(強者)による弱者に対する人権被害が起きないための制度です。
朝日新聞や革新系野党あるいは人権派は、この辺の「複雑系の理」が理解できないか、理解できるが、そんなことは苦手というグループ・一方の人権だけ理解可能な一定率の支持者に支えられているように見えます。
平和主義といっていれば平和がくるような思考と似ています。
目の前の被告人が「何をしたか」?「何をしたという証拠の有無に関わらず」処罰するはかわいそう・無罪放免されることが人権擁護になるという立場(刑事制度否定論かな?)で一方的な報道をしたければ、中立的な立場を装わずに特定思想集団の立場での主張であると明らかにすべきです。
刑事制度否定論は無政府主義につながるし、非武装平和論にも繋がりやすいような印象ですが、それはそれで一つの主張です。
こうした意見の亜流が加害者側だけの人道論に立脚した死刑廃止論でしょうか?

(フェイク?)報道と信用失墜3(国連特別報告1)

政治学者でさえも政治そのものには素人で、地道な国民世論の吸収という実践を伴っていない点も同じです。
政治論ではなく思わせぶりな情報拡散(選挙直前に誹謗記事が出回ると致命的打撃となります・その後その報道には根拠がなかったことが判明しても選挙のやり直しはありません)によって、政治家の死命を制することができるようになった結果、政治家はメデイアに擦り寄り、第4の権力と言われるようになり、メデイア界に受けの良い人物が政界に出やすくなったのです。
この応用が、昨年来のなりふり構わぬ政権不信を煽るイメージ作戦でしょう。
「国民大多数の声を踏みにじる暴挙を許さない」とデモをしている野党が、総選挙が怖いという不思議な主張ですが、これを応援するために?森かけ騒動を盛り上げては、内閣支持率急落と大規模報道していたものの、安倍政権が総選挙に打って出たら安倍政権の圧勝でした。
メデイア界の大宣伝していた支持率急落はなんだったのか?
メデイア界は恥を掻く一方ですが、国民が自分たちを信用しなくなった原因を反省せずに、言論の自由がないと国外に訴えて「お墨付きをもらって」溜飲を下げているように見えます。
特別報告書の内容引用は長文ですので省きますが、慰安婦問題に関しては他国の教科書内容にまで踏み込む驚くべき(無礼な)内容です。
(歴史を直視し、)慰安婦の歴史を教科書記載し教育すべきというような・この部分のみ一部抜粋します・・内容のオンパレードです。
関心のある方は以下に入って全文お読みください。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000318480.pdf
デビッド・ケイ「表現の自由」国連特別報告者

要約
言論及び表現の自由の権利の促進・保護に関する特別報告者は,2016年4から19日まで,日本を公式訪問した。
V.結論及び勧告
(パラ61~64)
A.メディアの独立
(パラ65~68)
B.歴史教育及び報道への干渉
この部分だけ一部抜粋引用します。
近年,人権メカニズムの多くが,「慰安婦」問題についての日本における認識が限られていることにつ い ての懸念を示 した。
例えば女子差別撤廃委員会は,日本政府が,「『慰安婦』問題を教科書に十分取り入れ,また,歴史的事実を客観的に学生や一般市民に示す」ことを勧告している。自由権規約委員会は,日本政府が,教科書における十分な言及を含め,学生や一般市民に対する本件問題の教育・啓発を確保する,即時かつ効果的な立法上及び行政上の措置をとるよう勧告している。
,日本史が必修である中学校の教科書から,「慰安婦」問題に関する記述が編集で削除された旨の報道を示した。一つの例においては,「慰安婦」問題の言及に,女性の強制連行はなかったとの政府による反対の見解を示した但し書きを伴っていた。
1993年,日本政府は初めて「慰安婦」問題に関する責任を認め,政府が公謝罪を発表した。この認識の結果,「慰安婦」問題は,1997年に初めて,同問題に係る記述を含めて,全7冊の中学校検定歴史教科書に含まれた。しかし・・教科書が第二次世界大戦中に実行された犯罪の現実をどう扱うかに対する政府の影響は,一般市民の知る権利や,過去に向き合い,理解する能力を損なわせる。
(パラ69~70)
C.選挙運動とデモ
(パラ71~72)
D.特定秘密保護法
(パラ73~77)
E.差別とヘイトスピーチ
(パラ78~79)
F.デジタル権
(パラ80~81

国民に支持されない意見は次第に発表の場が狭まるのは、言論の自由市場原理の結果であり当然です。
根拠のない思わせぶりな意見を今まで通りに書いて出すと、「今時こういう根拠ない記事はダメだよ!」とボツにされると「政府の圧力だ」と特別報告者に訴えるのはあんちょこすぎませんか?
何が偏っているかは市場原理にゆだねるべきで、外国権威?を呼び込んで判定してもらうようなものではないでしょう。
今まで歯切れよく(根拠なく)日本批判さえしてれば良かったジャーナリストやコメンテーター等の発言が即時に批判されるようになったので、(例えばみのもんた氏が熊本地震の際に、根拠なくいつも通り上から目線で?自衛隊批判をしたので、即時に批判意見がネットにあふれ、その後彼の出番が急速に減りました)の場が狭まったのはトキの流れで仕方のないことです。
言論市場を独占支配しているときは言論自由市場で勝敗が決まると言い、ネット発達によって独善的根拠ない決めつけが批判されるようになって、この種の根拠ない決めつけ意見連発するコメンテーターにお呼びがかからなくなると「言論自由度が下がった」と騒いで外国権威のお墨付きを求めるのは、御都合主義的な動きに見えます。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000318480.pdfの一部引用の続きです

14.特別報告者は,今次訪問を通じ,(日本には)検閲に反対するオンライ及びオフライン上の強固な文化があるものの,救済困難な危機に発展する前に政府が対処すべき脅威があると感じた。
ジャーナリスト,活動家,学者等は,特別報告者に対し,表現の自由が重大な圧力の下にあるとの懸念や不安を共有した

15.日本は,日本の文化・政治活動において意見の多様性や重要な存在感を有する優れたメディアを有している。メディア界全般において様々な課題や機会があるが,それらとは別に,メディアの独立に関する3つの側面及び公的な監視機関としての日本のメディアの能力について考えることが重要である。
すなわち,放送メディアに対する圧力とそれがより一般的なメディアへの扱いを先導してしまうこと,政府へのアクセスに関する組織の問題,そして,メディアの連帯の問題である。
25・・・・・・・厳しい質問をすると評判の有名な報道関係者やコメンテー・・・3名が,政府批判に対して敵対的,又は,政府批判の結果を恐れる環境をその理由として,長期にわたって務めていたポストを降板した。このような離職は,従業員が数十年も同じ会社で働き続ける産業においては,驚くべきである。
一人の有名で人気のあるコメンテーターは,政府による放送事業者への圧力により,テレビ番組への出演依頼が来なくなった旨主張している

(フェイク?)報道と信用失墜2(政治と学者)

帝大7博士事件についてはApril 2, 2018,「メデイアと学者の煽り5(日露戦争4帝大7博士意見書2)」前後で連載しましたが、これこそは、学者+メデイア+背後の軍部一体の国民扇動の元祖というべきでしょう。
これに関してはhttps://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180614191227.pdf?id=ART0008242225の研究論文に詳しいので以下一部だけ引用しますが詳細は直接参照してください。

・・彼らの議論の内容について、この事件を詳述した 立花隆 は「驚 くべき杜撰な議論である。ほとんど床屋の政 談であるとl2切 り捨てている。
・・・メディアと大学教授と世 論の関係を考 える上できわめて興味深い。
本稿では「主戦論へと導いた事件 」というだけでな大学人とメディアが相互に利用しあうことを始めたメ ディア史上初の事 件として捉えなおしたい・・。

以上一部引用の他(天皇上層文を見ると)彼が国民代表のような主張をしているなど、現在の論理飛躍の思わせぶりメデイア報道の始まりです。
メデイアの論理飛躍の穴埋めに学者という権威利用した点も現在の憲法学者動員と同じです。
正式な学問発表・論文の場合、理系の場合には実験+論理検証を、文系の場合にも実験に相当する実務を知り尽くした論証を経ていない論文など相手にされませんが、7博士は国際政治のプロではないので、国際パワーポリテックスのナマ情報も知らずに空論を主張していたことを上記連載で書きました。
学問の自由と学者の政治発言は別物です。
学問は文系理系をとわず、過去の事実分析を積み重ねた上で過去(実験成果を含め)に起きたことの意味づけであるから説得力があるのであって、将来の予測能力はまた別です。
科学の発明発見も実験という過去の繰り返しによって確実さを得た上の意見ですが、これもそれまでの科学知識で分かっている限りの実験結果的正義に過ぎない点は、歴史・考古学者の意見が論者の収集した限度の事実にもとずく意見であって、新たな考古学資料や文献発見で歴史が変わるのと同じです。
我々法律の世界では、血液型がABOしか知らない時にはその血液型一致だけで親子関係有無の結論が決まっていたのが、もっと複雑な分類法がわかると数十年前の鑑定による同一性が間違いであることになり、この数十年ではDNA鑑定がその後の技術革新によってさらに次のレベルの鑑定をして見ると、別人であった結果が出るようになっています。
以下は逆の事例です。
http://www.cpigi.or.jp/news/img/09_09_10_yamada.pdf

2005年10月13日(木)
東京都で90年11月、Aさんが路上で刺されたうえ車に轢かれて死亡した事件で、警視庁は13日、Aさんを刺したB容疑者を殺人容疑で逮捕した。
これまで、Aさんの死因は轢き逃げによる脳の損傷だったが、轢かれる前にB容疑者に刺されたことが致命傷(死因)であったと改めて判断したため。
凶器の刃物に残された血液のDNA型鑑定の精度が、この15年で飛躍的に向上したことが決め手となった。15年前は、同じDNAを持つ人は「25人に1人程度」で証拠として不十分とされていたが、当時のDNAが保存されており、最新装置を使って新に行った鑑定では「数十億分の1」まで精度がアップ。問題の血液はBの血液だと改めて特定できた

広く知られていることでは万有引力の法則が、相対性原理の修正を受けたのと同じことが起きています。
このように学問はいろんな実験をしてわかった限度でいろんな意見をいうのは自由ですが、現在進行中の政治の動き及び将来のことになると、学者が(日露戦争でいえば武器弾薬の補給状況・・在庫がどのくらい残っているかの最高機密状況や相手方の兵力補給状況、国際世論の趨勢など・現役の交渉担当者や情報把握部署にいない限り・.逆にいえば、そういう部署にいれば軽々に外部発表できません)特別な情報を得ているわけはなく、また将来予見能力に秀でている特性もないので彼らが目先の政治論をいう特別な資格はありません。
彼らは過去のことを学ぶ能力に向いているグループである分、反比例的に即決や将来予測が最も不得手な人種の集まりでしょう。
能力もないのに帝大教授という肩書き利用してメデイアの振り付けどおり論じるようになると「床屋の政治談義」レベルになります。
僧侶が宗教論を比叡山等で講じるのは自由ですが、高僧としての権威を利用して具体的政治に介入すれば、政治責任をとるべきは当然です。
政治関与したから信長に叡山を焼き討ちされたのであり、宗教弾圧ではありません。
極端に言えば信玄や謙信のように頭をまるめて法体になっていても、軍を率いて出陣すれば、負けた場合死を覚悟すべきでしょう。
学者か僧侶かの身分によって政治責任がなくなるものではなく、政治行動には政治責任が伴うのは当たり前のことです。
この点では最近顕在化しつつある弁護士自治も同じ問題をはらんでいます。
弁護士会の自治権・・人権に関連があるといえば森羅万象ほとんど全て関連性がありますが、民主国家においては、具体的法案をどうすべきかは、民意によって決めることであって、特定法案についての賛否運動・.政治活動する自由までは前提にしていないように思われます。
道路交通法改正や飲食店での喫煙規制さえ、規制される方は人権を規制されるテーマですが、すべての法案に弁護士会の名で賛成反対の政治活動の自由があるとすればおかしなものです。
日弁連か千葉県弁護士会か忘れましたが、数日前に見たものによれば、最低賃金引き上げ決議?会長声明らしいものが記載されていました。
私個人で言えば、この種のことは政治が強制するのではなく、景気動向による・基本的には生産性次第という考えですが、それでも問題が起きているならば、生活保護費や子ども手当その他の引きあげ等の個別対応を基本にすべきという考えですし・まして今は好景気で日々バイト時給アップ・・人手不足がよく知られている通りですから、(今朝の日経新聞朝刊20pにはバイト時給上昇基調・・5月は1、8%高と出ています)なんとなく時宜に適さないイメージで受け取りました。
千葉県だけ下がっているというなら別ですが、上記は3大都市圏と出ています・・政治家でもない集団が政治に口出ししすぎるとこういうズレた運動になるのでしょうか?
美濃部氏の天皇機関説や滝川事件は、学問の場で学問として論文発表して学問として受け入れられていたものを、政治テーマにするためにメデイアと組んだ政治家が積極的に取り上げて政治問題化したものですから、文字通り学問の自由侵害ですが、7博士は専門分野外のことに学者の権威をふりかざして政治に介入しておきながら批判されると「学問の自由だ」と帝大でかばったのが本末転倒・・日本の不幸の始まりです。
上記論文によれば、東大史では、政治介入は不名誉なことらしく政治介入に関してはぼかして(いて内容不明なので著者が研究する気になったらしいです)「学問自由」の事件としてのみ記録しているようです。
学問に対する正面からの介入である美濃部〜滝川事件では文字通り「学問の自由」の事件でしたが、これをかばうどころか、愛弟子の宮澤教授が恩師を批判しているのですから、帝大のレベルってそんなものです。
宮澤教授に関する本日現在のウィキペデイアの紹介記事です。

1935年に天皇機関説事件が発生して師の美濃部が激しく攻撃された時には、東大で憲法学を教えていた宮澤も激しい批判の対象とされた。蓑田胸喜によれば、「美濃部達吉氏に対してと共に厳粛に司法行政的処置がなさるべきである」[2]「国体国憲に対する無学無信の反逆思想家が帝大憲法教授たることは学術的にも法律的にも断じて許さるべきではない」[3]とされた。

(フェイク?)報道と信用失墜2(国連特別報告1)

昨日引用の続きです。

すなわち「自民党議員らによる居丈高な物言い」がランキング下落の原因だという推定は、おそらく正しい。
というのも、「報道の自由度ランキング」は当該国の専門家へのアンケートによる質的調査と「ジャーナリストに対する暴力の威嚇・行使」のデータを組み合わせて作成される。
「専門家」とは報道関係者、弁護士、研究者などであり、彼らが前年比で報道の自由を実感できたか否かが大きなポイントとなる。なるほど、安倍政権のメディア対応は専門家の心証を害するものであろう。
ジャーナリズムの「空気」、そこで生まれる「体感自由」度が大きく順位を左右している。
体感自由とは体感治安から私が造った言葉である。体感治安は現実に発生した犯罪認知件数や検挙数とは別に、人々が日頃抱いている治安イメージである。
日本は現在も最も安全な国の一つだが、「治安が悪化している」と感じている国民は少なくない。
未成年者による殺人事件がセンセーショナルに報じられる一方、統計的に見れば少年の重大犯罪は減少している。その意味では、体感治安の悪化は犯罪ドラマや事件報道を含めメディア接触が生み出したものということができる.

上記執筆者と私は結論が微妙に違う部分がありますが、引用した記載自体は同感です。
調査する人が、国民から受け入れられなくなって不満を抱くメデイアに体感を聞き取れば「自由度が低い」となるのでしょう。
メデイアに対する国民評価のランキングと見れば合点がいきます。
言論の自由度は国の基礎的インフラですから、(トルコのエルドアンのように急激な体制変更しない限り)これが1〜2年で乱高下するわけがない・・昨日紹介したグラフを見れば乱高下しているのはメデイアに対する国民の信任度合い=人気です。
民主国家では政権は国民支持によって成り立っているので、国民がメデイア主張を信用しなくなれば、政権もそれに従う関係ですから、民主国家でメデイアの主張が政権で採用されないのは、メデイアが独占的な意見広報をしているにも拘わらず、国民(選挙によって表明される民意・サイレントマジョリティー)から支持されていないことが証明されています。
報道手段独占にあぐらをかいて、これまで国民を意のままに誘導していた彼らにとっては、「笛ふけど踊らぬ」国民の変わりようを見れば、今更ながら、情報提供方法を独占できていた過去が懐かしい・・社会から疎外されているように思うでしょう。
そういう過去系の人を対象に調査・・事情聴取すれば自分の意見がおかしすぎるので相手にされない点を棚に上げて「日本には言論の自由がない・自粛させられている」と言う意見中心になりそうです
昨日紹介したグラフによると民主党政権時が過去最高の評価であり、安倍政権になっていきなり過去最低に急降下しています。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/02/post-7031.php昨日引用の続きです。

日本の順位は二〇〇三年(小泉純一郎内閣)の四四位、二〇一〇年(鳩山由紀夫内閣)の一一位、二〇一六年(安倍晋三内閣)の七二位と大きく変動するが、この時期に「ジャーナリストに対する暴力の威嚇・行使」の量的拡大やメディア法制に大きな変化があったわけではない。
つまり、この変化の要因は専門家の体感自由、主にメディア報道に由来する印象に大きく左右されているわけである。二〇〇九年と一〇年は報道の「自由度が高く」、その前後の八年と一二年も「比較的高い」と高評価されているが、この時期はすっぽり民主党政権期に重なる。

以上を見ると聞き取り対象は報道独占にあぐらをかいてきたメデイア受けする意見を開陳してきたコメンテーターや弁護士などであり、民主党政権時代に報道の自由度ランキング急上昇・過去最高位になった理由は、メデイア界一丸となって革新系政党を応援していて、自民党政権批判一本やりできたメデイア界は民主党政権時代は夢を実現できた「我が世の春」を謳歌していた好感度によるものでしょう。
民主党政権が終わると突如好感度急落の原因をみるために、国連特別報告書の内容を見ると記者クラブ制度の弊害を強調していますが、記者クラブ制度は民主党政権でも維持されたままなのに、自民党政権になるとイキナリ弊害だとしてマイナス評価対象になるのは不思議です。
その他制度上の欠点といわれるもので自民党政権になってできたのは特定秘密保護法だけです。
その批判も、国連特別報告者意見書を読むと諸外国にある法令とどのように違うかの比較がなく、ただ「ジャーナリストが正当な目的であれば秘密を窃取しても?処罰除外すべき」と言うような偏ったジャーナリストの主張丸写しです。
世界中で一般的な戦場の売春婦を日本に限って性奴隷命名した問題同様で、秘密保護法は諸外国にもあるのに、日本が遅れて採用すると何故自由度ランクを下げねばならないかの説得的理由になっていません。
その他韓国主張そのまま?に歴史を直視して慰安婦問題を受け止めて?歴史を直視した教育すべきとかの批判もしています。
表現の自由度と関連性の薄い・検定制度を非難するならば、民主党政権でもありましたし、先進諸国だって皆一定の基準があるはずですが、(イギリスの教科書でもアヘン戦争や植民地支配の犯罪性教育をしていませんし、フランスも植民地支配を反省し償いをしていません)比較論がありません。
以上見て行くとほぼ革新系政党や文化人・・朝日新聞等の主張そのままですから、メデイア界が全面支持してきた民主党の支持率急落と一蓮托生で国民から不信の目を向けられて信用されなくなったので海外からお墨付きを得るために国連特別報告者を招請し、彼はこれに応えるために発信しているように見えます。
民主党→民進党→希望の党→国民民主党の支持率の変化を見れば、革新政党〜民主党の機関紙のような役割を果たしてきたメデイア界全体の支持率も同率で下がるのは当然です。
というよりは、メデイア界の主張をそのまま運動方針にしてきたのが旧社会党以来の革新系野党〜民主党→○△政党ですから、野党支持率の急低下と言うものの、実はメデイア界全体に対する信用低下のバロメーターというべきです。
メデイア界は、政治周辺にいて情報収集する過程でいわば評論家的立場を得たに過ぎない・政治家そのものに必要な能力がないのに、政治を主導しようとして来たことがそもそも間違いです。
昨日の日経新聞夕刊「あすへの話題」(京大教授佐藤卓己氏)に戦前の代議士に占める報道界出身者比率の多さ(37年選挙では34、1%以上)が紹介されていましたが、(論旨はオポチュニスト否定論にもっていく→民意無視政治待望のようですが・・私の意見は外部からフェイクで民意を煽るメデイアの尖兵を内部繁殖して内外呼応していたことが元凶の結論です)アマチュアが政治を牛耳った弊害が戦前の国策を誤らせた原因です。
日露講和条約反対に始まるジャーナリズムが煽る戦前の揚げ足取り政治→その都度内閣打倒繰り返し→政権弱体化の弊害を連載して来ましたが、今朝の新聞報道により、外から煽るだけではなく自ら政治家になった人が多かった(日露講和反対を煽った中心人物戸水博士も直後に政治家に転身しています・・ことがわかりました。

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