整理解雇4条件2(10年計画)と数ヶ月の労働審判制度1

IT〜AIの発達により、従来事業の再構築・リストラクチャリング(社内養成で間に合わない人材確保)の必要性が高まっています。
終身雇用→解雇規制が厳しすぎると新規補充を停止し既存従業員が定年になってやめていくのを待つしかない・・超長期での構造改革しか出来ないのでは、国際競争に遅れをとり、新規事業への転進がうまく行きません。
前向き事業変更・企業にとっては10年先を見据えた事業変換・これに向けた人材入れ替え需要が起きて来たのですが、これがほぼ不可能な解雇要件・継続保証の法制度)が判例法で形成されていました。
三菱UFJ銀行の発表は具体策を示さずに10年かけて減らすという無策そのものの表明で世間を驚かしたものですが、銀行業界で稼ぎ頭の三菱銀行でさえ「今の制度下ではやりようがない」という苦境を言外に匂わせて、リストラ・人材入れ替えに10年もかけなければならない時代遅れの制度・これでは業界全部が沈没してしまうという不満を言外に訴えたのかもしれません。
門外漢の私でさえ三菱UFJ銀行の発表に注目しましたから・・インパクトを与えて社会的議論が巻き起こるのを期待した苦肉の策だった?のかもしれません。
ここで我々法律家の世界では常識になっている整理解雇4条件を紹介しておきます。
https://jinjibu.jp/keyword/detl/289によると以下の通りです。

整理解雇の4要件
経営不振や事業縮小など、使用者側の事情による人員削減のための解雇を「整理解雇」といい、これを行うためには原則として、過去の労働判例から確立された4つの要件(1.人員整理の必要性 2.解雇回避努力義務の履行 3.被解雇者選定の合理性 4.解雇手続の妥当性)が充たされていなければなりません。これらを、「整理解雇の四要件」と呼びます。
(2010/7/16掲載)

判例で形成された解雇4条件をクリアーするためには配置転換努力など何年もかけた手順・膨大な資料準備が必要で、事実上前向き事業転換を遅らせる・先送りの役割を果たしてきました。
ニーズ変化に合わせて早めに事業転換する・・今後縮小予定・なくなっていく事業分野には元々の従業員がいるのでそこへ配置転換する余地がない・・から将来伸びていく方向への人材入れ替えの要求ですが、昨日紹介したように旧来事業(貸付)部門の人材を新規事業(フィンテックや資産運用)部門に配置転換したのでは新規事業がうまくいく訳がありません。・前向き解雇は事実上できない運用になっていました。
例えば中華部門の赤字が続くのでこれを縮小して和食部門を拡大しようとすると中華部門の人員削減には配置転換が要件ですが、無理があります。
競合他社に負けての縮小という後ろ向き整理解雇ばかりではなく、まだ利益が出ているが前向きに新規事業にシフトするための既存事業縮小解雇ではどうして良いかわからない4条件です。
企業が赤字でなくまだ利益が出ているがこのまま事業を続けると将来赤字になる予想でも、10年先を見越して先手を打って行く、今現在で事業縮小による整理解雇はできません。
日本の解雇法理では、今そこそこに利益が出ているが将来性のない事業の切り売りM&Aが発達しましたが・・雇用継続条件での売却交渉では買う方にリスクがあるので売値相場が下がります。
このために新規事業不適合労働者が定年退職でいなくなるまでその事業を維持し徐々にその事業分野を縮小していくしかない・数10年かけて成長性のない事業部門をなくしていく・微温的事業転換をしていくのが我が国の普通のやり方になっています。
これが昨日冒頭で紹介した三菱銀行の10年計画です。
10年先の計画発表というといかにも先の見えた進んだ計画のようですが、本来半年〜1年先に実現するべき緊急課題を10年以上かけてゆっくりやるしかない先送りの言い換えになっています。
我が国の構造改革のあゆみが鈍すぎるのは、(借地借家法も解雇4原則の法理も判例ができた当時としては有用な判例法でした)今になると時代錯誤的な判例法定着の結果です。
アベノミクスといっても金融に頼るばかりで、肝心の構造改革が進んでいないとエコノミストや民進党とその流れを組む政治家が批判していますが、構造改革を妨害しているのがいわゆる革新系政党や野党です。
安倍政権に対して現在加計学園問題として日本中上げて政権批判をするのが流行ですが、獣医師学部新設反対の岩盤規制を開けたことに対する獣医師会側から献金を受けてきた大量の政治家による連携プレーというイメージが色濃いことが見え見えです。
労働法に戻しますと解雇に関する基礎(インフラ)に手をつけないと、どの企業も速やかな改革ができない状態のまま世界と戦ってきたことになります。
そこで予定退職金の2倍払うなどの好条件提示で希望退職を募るのが普通ですが、これは借地借家法制定前の法外な立退料のようなもので、いくら高額を積んでも相手が応じてくれないと法的強制力がありません。
企業の体力が弱ると好条件提示が難しくなり、(しかも企業にとって残って欲しい有能な人材はどこでも再就職できるので応募して流出し、やめて欲しい新規事業に適応できない人ほど応募しないジレンマが起きます・・・このような傾向は12月10日に紹介した三菱BKのリストラ加速すべきという論文にも出ている通りです。
苦しくなってからでは間に合いません。
この数年労働法分野でも金銭支払いによる解雇を法律で認めるべきだという議論が起きてきて政治上のテーマになっていますが、これは昭和60年から法制審議会ではじまった借地の更新拒絶の正当事由補完事由として金銭提供を法制化する試み・・30年遅れで始めたことになります。
ただし、借地借家法制定過程で(判例の催促で立法が成立した流れ)判例の方が先に進んでいたことを12月8日に紹介しましたが、労働法の分野でも平成17年頃から東京地裁の試験的試み・・労働審判制度が始まり、あっという間に全国的に運用が広がって成功しています。(現在約12年経過です)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/hourei/roudousinpan.html

労働審判法
(平成十六年法律第四十五号)
(目的)
第一条 この法律は、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間
に生じた民事に関する紛争(以下「個別労働関係民事紛争」という。)に関し、裁判所において、裁判官
及び労働関係に関する専門的な知識経験を有する者で組織する委員会が、当事者の申立てにより、事件を
審理し、調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み、その解決に至らない場合には、労働
審判(個別労働関係民事紛争について当事者間の権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするた
めに必要な審判をいう。以下同じ。)を行う手続(以下「労働審判手続」という。)を設けることにより
、紛争の実情に即した迅速、適正かつ実効的な解決を図ることを目的とする。
第十五条 労働審判委員会は、速やかに、当事者の陳述を聴いて争点及び証拠の整理をしなければならない。
2 労働審判手続においては、特別の事情がある場合を除き、三回以内の期日において、審理を終結しなければならない。
(労働審判)
第二十条 労働審判委員会は、審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえ
て、労働審判を行う。
2 労働審判においては、当事者間の権利関係を確認し、金銭の支払、物の引渡しその他の財産上の給付を
命じ、その他個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を定めることができる。
(異議の申立て等)
第二十一条 当事者は、労働審判に対し、前条第四項の規定による審判書の送達又は同条第六項の規定によ
る労働審判の告知を受けた日から二週間の不変期間内に、裁判所に異議の申立てをすることができる。
2 裁判所は、異議の申立てが不適法であると認めるときは、決定で、これを却下しなければならない。
3 適法な異議の申立てがあったときは、労働審判は、その効力を失う。
4 適法な異議の申立てがないときは、労働審判は、裁判上の和解と同一の効力を有する。

借地借家法(正当事由を借地人が原則として・・提案金額以上の額を裁判所が命じることが可能になっていますが・・主張しなければならない対して、)より一歩進んで裁判所が積極的に妥当な金銭解決を和解案として提案し審判で命じることができる制度設計です。

 

労組5と労働審判制度1

労使紛争に関して従来型労働組合関与による大型手続が社会の需要に対応出来なくなって来た・・機能しなくなっていたので、平成18年4月から新たな解決方法である労働審判制度が始まりました。
労働事件の判決まで何年もかかるので、本案前の仮処分制度利用がはやりましたが、迅速処理を前提とする仮処分も事実上丁寧な審理が原則になって来て、仮処分の本案化の問題が言われるようになりました。
仮処分と言いながら、強制力があって、(断行型・・仮の地位を定める仮処分・・仮に給与を払えと命令すると)後で結論が変わって労働者敗訴になっても、生活費に使ってしまっているので事実上取り返しのつかない損害が起きてしまいます。
そこで相手側の言い分を聞かないで一方的な命令を出すのは危険過ぎるとなって、本案同様に相手の反論を求め、反証を出させるようになって来た結果、本案訴訟と時間軸・訴訟の仕方がほぼ同様になってしまったのです。

労働審判法
(平成十六年五月十二日法律第四十五号)
(目的)
第一条  この法律は、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(以下「個別労働関係民事紛争」という。)に関し、裁判所において、裁判官及び労働関係に関する専門的な知識経験を有する者で組織する委員会が、当事者の申立てにより、事件を審理し、調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み、その解決に至らない場合には、労働審判(個別労働関係民事紛争について当事者間の権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な審判をいう。以下同じ。)を行う手続(以下「労働審判手続」という。)を設けることにより、紛争の実情に即した迅速、適正かつ実効的な解決を図ることを目的とする。

(迅速な手続)
第十五条  労働審判委員会は、速やかに、当事者の陳述を聴いて争点及び証拠の整理をしなければならない。
2  労働審判手続においては、特別の事情がある場合を除き、三回以内の期日において、審理を終結しなければならない。

この制度では、申し立て後数ヶ月での解決が基本ですから、非常に簡易化されました。
4〜5年ほど前に経験した事件では、(労働組合のバックアップどころか)弁護士さえ代理に立てないで個人名での申し立てでした。
労組系の弁護活動の経験のない私自身も、依頼を受けて企業側や労働側での受任・交渉等が多くなり始めています。
私が今担当しているアルバイト?運転手の解雇無効事件も、労働審判制度を前提にした弁護士同士の交渉ですが、この種事件に労働組合の出る幕がありません。
非正規労働をなくせと言うスローガンよりは、その解雇が許されるかなど、イジメやサービス残業など具体的労働条件を巡る争いのバックアップの具体的行動が必要です。
労働組合を通さなくとも直接弁護士にアクセス出来るし、(組織的長期支援がなくとも)一般弁護士も簡単に事件を始められるので、労働組合の後ろ盾が不要になって来たのです。
この制度開始の結果、労働組合の地盤低下が始まったのではなく、型通りの闘争や政治活動中心の運動では、多種多様化してきつつある労働者の個別利益擁護が出来なくなって来たことが先にあったのです。
見かねて新たな制度を創設してみたところ、これが需要にあっていたので、大ヒットしたと言うべきでしょう。
以下は、2015年3月28日現在ネット検索した記事の引用です。
これを見ても労組の応援をバックにした従来型大型訴訟は、個々の労働者の権利擁護に役立っていなかったことが分ります。

「労働審判制度の創設と施行に向けた課題

季刊・労働者の権利256号(2004年10月発行)から転載
執筆担当 弁護士鵜飼良昭
 「② 労働審判制度誕生の要因

 「この労働審判制度は、労働側、経営側、裁判所間の越えがたいと見られた利害や意見の対立を止揚したものといえる。我が国では、西欧における労働参審制の歴史に比較して、世論の関心はまだまだ低く議論の蓄積も少ない。それは我が国社会の労働や法に対する価値基準の低さの反映でもある。このような状況下で、何故今回のコンセンサスが可能となったのであろうか。少なくともその背景として、この10数年来個別労働紛争が増大する一方で、企業内の労使による解決能力が低下し、多くの紛争が解決の手段を与えられず潜在化しているという認識や危機感の共通化があげられるであろう。経済のグローバル化や労働力の流動化等によって、雇用社会は多様な労働者で構成されるようになり、利害の対立や紛争が深刻なものとなっている。旧来型のシステムや企業内でしか通用しない慣行やルールによる対応は既に限界に達している。

 この間、個別労働紛争の増大に対応して、地方労働局の相談・あっせん等の紛争解決システムも設けられてはきた。しかしこれらはいずれも、任意的調整的な解決機能しか持たない。どんなに法違反が明白で悪質なケースでも、一方当事者がノーと言えば強制はできないのである。従って、法の適正かつ実効的な実現を図るためには、紛争解決の要である裁判による解決の途が開かれなければならない。しかし我が国の労働裁判は3000件程度で、この10年間で3倍に増えたとはいっても、英独仏等の数十万に比して桁外れに少ない。この間、多くの労働者は泣き寝入りを強いられており、それは長い物には巻かれろという退嬰的な意識を社会に沈潜化させる源となっている。国民の大半によって構成されている雇用社会に、普遍的な法を行き渡らせることこそが、人々の自立を促し、我が国社会の活力やモラルを回復させる途であろう。この様な認識が、「自由と公正を核とする法が、あまねく国家、社会に浸透し、国民の日常生活において息づくように」という司法制度改革の理念を受けて、労働審判制度を誕生させた大きな要因だということができる。」

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