中国は単純作業・模倣社会から抜け出せるか?4(歴史に学ぶ1)

大唐国からペルシャ人がいなくなってからの唐三彩〜陶器技術に限らないその他の文化の全般的衰退の例を見て分るように、一見自分で出来るようになったように見えても、その実、本当の技術が定着していないことがあります。
5月5日紹介した日経掲載論文で見たように、中国は歴史的に部品・デザイン等の張り合わせに特化し易い民族性があるので既存知識の張り合わせで少し先端的製品開発に成功すると、既に先進文化を生み出す力を得たかのように錯覚し勝ちです。
現状の最先端部品を組み合わせたり真似して作れるようになるだけではなく、・・日々発展するその先の研究開発能力がないとジリ貧になります。
・・デザインも模倣や組み合わせだけではなく、新たなものを作り出して行けないと直ぐに陳腐化します。
唐王朝以降約千年間中国地域の歴代王朝〜現在に至るまで社会制度や文化面で殆ど発展性がなかった理由がそこにあります。
(日本のように社会構造が順次発展して行かなかった不思議さについては、繰り返しこのコラムで書いてきました)
お金の方は土地成金の例を見れば分るように、土地を売ったお金は自分のお金になるのですから、(外資導入と言っても結局は現地の工場用地購入や資材設備設置費用に化け→現地人の懐に全額入ります)その資金がある限度で羽振りよく生活出来るのは当然です。
日本のマスコミは、日本等の外資が持ち込んだ資金で羽振りがよくなっただけの中国経済を今後も上昇し続けるかのように持ち上げ過ぎている・・幻想を振りまき過ぎていると思われます。
資金流入が細ったときにどうなるかこそが重要です。
外資・技術流入の勢いが途切れるときまでに中国が基礎部品製造の技術を身につければいいのですが、愚直に製品の高度化工夫するよりは既成品の組合わせで安直な金儲けに走る傾向があることから、何十年もかけて1つの製品を良くしようと工夫するのは難しい民族性です。
韓国では未だに基幹部品を日本から輸入しないとやって行けないと言われている(あるいは絶えず日本企業の退職者のスカウトが必要な)のは、ヤンパン重視→職人を大事にし、尊敬する文化がないからではないでしょうか?
技術力が定着しない内にベトナム等に最終組み立て工程が奪われるようになると中国は中進国(中進国まで行くのかな?)の罠にはまってしまいます。
韓国もサムスン1強でその他が駄目ですが、そのサムスンもローエンド製品については海外展開加速のために、国内雇用は悲惨な状態にあることはご承知のとおりです。
ササン朝ペルシャの文化が入って来て、その指示とおりのデザイン等で唐三彩を作っているうちは大唐文化の最盛期でした。
自分で作れるようになったと自信を持ったからペルシャ人迫害に走ったのか、その原因について当時のことは知る由もありませんが、約10万人と言われるペルシャ人大虐殺・・ペルシャ人が中国の地からいなくなってからは、中国の文化が停滞どころかその後約千年間もあらゆる分野で衰退を続けたまま近代から現在に至っている歴史を現在中国は謙虚に学ぶ必要があるでしょう。
大唐の絢爛たる文化は、ペルシャからの文化・技術導入によるものでしたから、ペルシャ人を虐殺等で追い出した結果、それ以上の文化を創れなかった・・模倣でしかなかったことがその後レベルが下がる一方になった原因です。
日本では鎖国化すると平安文化〜江戸文化のように内部で独自発展を遂げますが、中国の場合は社会組織や製造技術が時代とともに発展しなかっただけではなく、中国の誇る漢詩文も唐直後の宋時代はまだ余韻で何とかなっていましたが・・その後それ以上のものが生まれていません。
日本では「詩歌」の系統だけで見ても、万葉集から古今和歌集〜連歌から俳諧・俳句〜明治の新体詩など順次の文化発展があります)
日本社会では古代から社会制度(階層分化とその繰り上がりの連続性)に始まってあらゆる分野で順次の着実な発展がありますが、中国には大唐以来外来文化流入がなくなると停滞しかない・・専制国家の繰り返しになっている点については、09/03/05「中国の発展形態の異常性4(ペルシャの影響4)までのコラムで連載しました・・。
中韓両政府・人民は、自民族が何故時間をかけて創作して行く能力に欠けているのかについて、歴史捏造に血道を上げていると謙虚に反省するチャンスを得られません。

中国経済の動向5(単純作業・模倣社会から抜け出せるか?3)

5月5日に紹介した日経論文(5月3日付)のように共通市場化が進めば進むほど開かれた社会になって良いことではありますが、共通市場に出回る部品・商材は誰でも入手可能ということですから、これの組み合わせの工夫程度ではローエンド製品に限定されることと、既存部品の組み合わせの新規工夫による新製品創作の効果は多寡が知れています。
(思いつき程度ですから、陳腐化が早く持続的発展には不向きです)
社会の発展にとって実際に価値があるのは、従来の部品では不可能であったことが部品の小型化や耐久性の強化あるいは高機能化等の研究によって、全く別のものが作れたり新技術が創出され、新たな分野に応用出来るようになることによるものです。
電気自動車や太陽光発電・医療技術等々全て部品改良・新製品開発の積み重ねで新たな内視鏡手術・放射線・レーザー治療・ハイブリッド車・・ユニクロのヒートテック等が出来るようになったものであって、既存の汎用部品を組み込めば出来るという発想では新たな製品は生まれてきません。
一時期、今後電気自動車になれば装置が簡単になるので誰でも簡単に参入出来るという報道が充満していて、実際中国でどこかの企業が参入しましたが、失敗に終わっています。
電気自動車と言っても電池その他各種部品を改良に改良を重ねないとやって行けない(・・しかもそれは企業秘密であって共通部品市場に出回るのはかなり遅れてからです)実態は、今やだれでも知っているとおりです。
(日本の最も得意とする分野です)
・・市場に出回っている既存部品組み合わせという当時のマスコミの発想自体・・5月3日の日経新聞掲載論文も同じですが、社会発展の実態を理解しない議論だったことになります。
既存部品の組み合わせ等による新商品企画では、本質的に模倣の域を出ませんから、外国から新部品の絶えざる導入がない限り・・自前では作れない社会のままということですから将来性がないでしょう。
(ココ数日ネットを賑わしている・・反日教育に邁進している筈の韓国の教科書の表紙の幸せそうな家族写真が、実は日本人家族の写真であった・・その写真家は誰だ→日本人写真家→了解を得ずに使っていたという事実が次々と明るみに出ていますし、中国の北京5輪でもテーマ音楽が日本人大分前の作曲だと分ったことがありましたが、このようにあるものを継ぎ合わせる文化では剽窃が当たり前になります)
この点はいろんな産業の盛衰に共通しています。
低賃金による海外生産開始・・海外展開による新発想で新機軸を出して一時日の出の勢いだった企業がいくつかありますが、誰よりも先に着手したり先鞭を付けるだけでは、他社が真似をし始めたら優位性がなくなります。
最初にラーメンにトウモロコシやキクラゲを入れたりして目新しさで販売を伸ばしても、周囲が真似したらおしまいです。
(他社が真似出来ない秘伝の具を入れるなら別ですが、どこでも売っているような具材を入れるアイデアだけならば・・共通部品市場に頼るということは汎用品に頼るという意味です)
結局は味の良い方に負けてしまいますし、トヨタは海外展開が他社よりも遅いことが多いのですが、結局は海外でも最後に勝つのは元々の技術力・開発力の違いです。
いろんな業態でも一番乗りの企業は当初は有利ですが、直ぐに同業態に進出した同業者との技術力・販売力等の差になります。
スーパーダイエーは草分けとして意味がありましたが、販売実力が弱いので結局は後発のスーパーに負けてしまいました。
日経新聞掲載の上記論文は中国の発展性を書いたつもりでしょうが、商業民族である中国人はそもそも既成品の組合わせしか関心がない民族性・・汎用品すらも自分で作れないし、作る気持ちが元々ないと言う私の中国に関する歴史認識を証明する結果になっています。
これでは、ローエンド製品の末端組み立て産業社会からぬけ出すのは困難でベトナム等の後発低賃金国に投資が逃げて行くしかなく将来は暗いでしょう。
既製品の組み合わせ(中には写真の切り貼りや楽曲の挿入等剽窃も簡単に入り込みます)で安易に金儲け出来るので、如何にも自前の技術が身に付いたかのような錯覚にとらわて見誤ります。

中国経済の動向4(単純作業・模倣社会から抜け出せるか?2)

プラモデルの組み立て作業のような単純作業ばかりではなく、部品そのものの製造工程に参入しないとその先がないのですが、そうした技術は簡単に自前のものに転換出来ません。
(デザイン・その他知財も剽窃が先行しています)
現在中国地域の古代文化の始まりは元々物造り社会で始まったものではなく、商業社会として始まった結果、良いものがあれば買い取れば良い・あるいは奪えば良い式(これが剽窃に繋がりますし、「中国式奪い合い」の原因です)の安易な思考・行動形態が身に付いているので、根気よく何かを工夫して作り上げて行く気質に乏しいのが問題です。
中国地域では古代に商業都市国家から始まった社会=専制君主制で来たことを09/03/05「中国の発展形態の異常性4(ペルシャの影響4)までのコラムで連載しましたし、最近では03/28/10「商業社会の専制君主制3」前後で連載しました。
(何かがあると殺到して取り合いになる)「中国式奪い合い」については、5月5日に以下のとおりネット報道されています。

「中国式奪い合い」が中国人の日常生活のさまざまなシーンに現れるようになった。(筆者:中国高等教育学会公共関係専門委員会秘書長・雍天栄)(提供/人民網日本語版・翻訳/KM・編集/TF)」

中国では樹木ですら伐採するばかりで、日本のように数世代掛けて山林を育てる気持ちがありません。
(日本列島では縄文時代から、ドングリなどを場所を変えながら植林していた痕跡が出ています)
古代オリエントその他地中海世界〜中央アジア・・商業民族の居住したところは、すべからく禿げ山・・砂漠化している・・レバノン杉はホンの僅かしか残っていないのですが、自然破壊しか知らないのはこうした民族性・・ない物またはなくなれば交易により入手すれば良いという民族性によります。
我が国は古代から孤立した列島ですので、外国から伝播した鉄砲でも機関車でも稲や茶その他野菜類〜木綿等の植物でも全て自分で作る・国産化する本能・DNAを持っています。
(今でもキューイやマンゴーその他人気があれば、直ぐ国産化努力する本能の社会・・その分気候の違う日本での国産化する工夫努力は半端ではありません。)
類人猿の研究その他ノーベル賞受賞した田中さんの例を想起しても良いでしょうが、日本人は植物の品種改良その他何事でも根気よく(数世代にわたって)実験や工夫を続けるのが昔から得意です。
5月3日の日経新聞朝刊25面の経済教室欄の論文では、中国社会の構造的特質として各部品が共通材として市場に出回る社会であることが紹介されていました。
我が国の好きな垂直統合の逆張り・垂直分裂だというのですが、共通部品市場があれば、誰でも手に入れられるのでその組み立ての工夫次第でいくらでも新製品を安く作れるし、新規参入の容易な社会・・無限の発展可能性を秘めていると言いたいのかな?いつもの中国賞讃型論文の結論が導かれるようです。
確かに部品を組み合わせて商品化するのに得意な社会では、(知財の無断使用が頻発し易いのもこの結果です・・)新技術導入による商品開発力が強い・・機敏な社会と言うかその時点での爆発的成長向きです。
他所の国の長所や特徴を謙虚に学ぶべきですからこう言う紹介記事も必要ですが、我が国でも汎用品化すると各種調味料や電気製品部品や車部品も一般修理工場のような共通市場と言うか、秋葉原やスーパー・ホームセンターその他に出回ります。
もう少し専門化した部品でも各種の業界内では共通部品として出回っています。
(我が国では、業界内・・専門家間だけで流通するレベルの物が、中国では素人の参加する市場に出回る社会になっていると言うのかも知れません)
いずれにせよ学問知識、食品知識、医薬品情報であれ、各種業界内専門部品であれ共通市場化・・一般知識化するレベルが少しでも高い方が、社会の発展に有用なことは確かでしょう。

中国経済の動向3(単純作業・模倣社会から抜け出せるか?1)

一般的な理解では「不透明社会では安心して投資出来ない」という構図になるべきですが、中国の場合、何故か大手マスコミが大躍進報道を続けて、何年後にはアメリカを追い越すという根拠のない報道に明け暮れています。
世界中のマスコミが投資競争に一刻も早く参加しないと損をすると煽り続けてくれるので、不透明なままの方があわてて投資する企業が多くて中国にとっては得だからこう言う不透明政策を続けていられるのです。
(減速どころかマイナス成長になっていると分ったら、投資資金流入が停まって大変なことになります)
赤字企業は社債発行を続けないと資金が続かないので、一旦粉飾決算を始めるとこれがバレて資金供給が途絶えると大変な崖っぷちに立たされるので粉飾決算を続けるしかありません。
為替相場について規制しているときに、イキナリ実勢相場に戻ると大暴落または大暴騰になってしまうので、戻れなくなる・・個人の生き方でも一旦嘘をつくと、嘘の上塗りを続けるしかないの同じ原理です。
中国経済は国内総生産が伸びて来たと言っても、その殆どが海外投資資金導入効果によるものであることについては、この後で薄煕来事件に関連して紹介します。
世上人口ボーナス論/オーナス論が盛んですが、私はこうした考え方に対してはAugust 4, 2012「マインドコントロール2( 人口ボーナス論の誤り2)」「労働力人口と国力」 January 23, 2013その他で反対してきました。
・・資金流入の増減と技術導入の成否こそが経済浮揚・減速の原因であり、それ以外には日本のような固有の技術文化を持つ国を除いては滅多にありません。
韓国の漢江の奇跡と言っても、日韓条約によって巨額資金と技術が日本から流入したことによって起きたことです。
土地成金・・農協が元気一杯であったのは、大都市の資金が近郊農家に流れ込んだ結果でしかないのと同じで、この流入が停まれば(潤沢な資金を利用して進学したり・なんらかの技術を身につけるなどしていない限り)土地成金のままではどら息子は直ぐに干上がってしまいます。
農家人口が多ければ農業が成長するならば、戦後の農業衰退はなかったでしょうし、各種産業の衰退に伴う余剰労働人口問題が起こりようがありません。
石炭産業が衰退したのは炭坑労働人口が減ったからではなく・我が国の石炭産業が時代にあわなくなったからです。
すべからく、その産業が興隆したことによって関連労働者が増えるのであってその逆はありません。
この意味でも先に弁護士や会計士を増やせば弁護士や会計士の需要が増えるだろうという倒錯した議論によって弁護士。会計士数を無茶に増やす政策決したのは、無茶苦茶過ぎてその咎めが今になって出ています。
スペインやギリシャでは失業率が4割に達していると報道されていますが、余剰労働力さえあれば経済成長するならば、苦労がない筈です。
中国でもインドでもインドネシアでも昔から人口は充分にあったのであって、最近興隆を始めたのは資金と技術が外国から入ったからです。
数十年前からグローバル化が進んだのは、組み立て工程が単純化されて技術蓄積の低い後進国でも設備さえ据え付ければ(ちょっとした教育で)世界最先端品でも直ぐに生産出来るようになったことによります。
パソコン・スマホなどの製品そのものは高度文明の産物ですが、その組み立て自体はもの凄い単純作業ですから中国等最低賃金国での生産に簡単にシフト出来ます。
単純作業工程だけ引き受けて世界の工場だと威張っていても、あるいは既存部品の組み合わせ工夫程度では時間の経過でもっと低賃金国へシフトして行きますので、その先がありません。
(これがいわゆる中進国の罠です)

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