政党の存在意義(政策論争=対案の重要性)3

蓮舫氏の国会質問の場合、田中角栄氏のように記者会見等で思いつきでデータを引用したのと違い、国会質問は事前に質問趣意書を提出した上で行うものです。
野党第1党の党首が国会でデータに基づいて政府を追及する質問をする以上は、質問で主張したい前提たる基礎データぐらいは党内で緻密な検証を済ませておくべきでしょう。
検証した結果都合が悪いのが分かったので、総発電量のデータを出さずに大手電力会社の発電量だけの合計を出したとすれば悪質です。
自己主張に都合良いように加工したパネルを故意に偽装した「党首」質問という重要な場で主張したことになり、民進党の政策提案レベルの低さ+虚偽主張になれた体質を自ら露呈したことになります。
そもそも30年まで原発ゼロ政策の党方針採用問題で党内で賛同が得られずに撤回に追い込まれているのに、その数日ごにその政策実現するための質問を国会で党代表して展開することと、党の方針との関係がどうなっているの?という疑問を抱いた人が多かったでしょう。
国会質問は「30年までと期間を区切った質問ではないから矛盾しない」のだということでしょうが、気の抜けたビールのような質問です。
ところで、メデイアや文化人は「ドイツの何を見習え」と言うのでしょうか?
そもそも日本は国際送電網に繋がっていないのですから、ドイツのように外国に余剰電力を押し付けることはできません。
独仏等とは基礎条件が違っています。
仮に日本が韓国や台湾、フィリッピンその他アジア諸国と送電線で繋がっていた場合でも、日本が豊富な外貨準備にモノを言わせて?国内需要以上の再生エネルギーをどんどん生産させて高値で買い取って周辺国にダンピング輸出し、周辺国の電力会社をバタバタと倒産させてしまうような悪どいことを政府に求めません。
24日紹介した論文ではドイツ政府負担による「安い電力供給は周辺国には恩恵になっている」という印象の書き方ですが、これは欧米型価値観に毒されている我が国の知識層の意見でしかありません。
欧米のアフリカ等への援助は食糧援助などその場限りで大量供給するので(アメリカの過剰農産物の捨て場にして)地元民族の細々と続いていた非効率農業を(意図的だったのかどうか分かりませんが)壊滅させてしまい、最貧国へ落ち込ませてはそこから抜け出せなくしてしまっているのです。
日本人は明治維新以降周辺国(朝鮮や台湾では)の民度引き上げや生産技術指導などに協力してきましたし、戦後もアフリカでは、上総堀という簡易な井戸掘り工法を指導したり漁業の仕方を教え、アフガン等では砂漠の緑化事業を指導したり、中国の植林事業を応援したり地道に農業再建に取り組んできました。
日本人は欧米のように相手をどん底に陥れる‥:生きる自信を徹底的に奪い去り自分が半永久的に勝利者として支配する考え方はありません。
日本は欧米の自分勝手な行動を真似しない方がいいでしょう。
2017-8-22「フェイクニュース7(データの正確さ)」に続く蓮舫氏の国会でのデータ?提示問題にもどります。

2017/03/06 に公開
蓮舫氏、鬼門の「原発」で論戦 
ドヤ顔で示したパネルを隠すハメに…
 「参院予算委員会は6日、安倍晋三首相と関係閣僚が出席し、内外の諸情勢などに関する集中審議を実施した。久々に首相との直接対決に臨んだ民進党の蓮舫代表が、論戦の主要テーマに据えたのはエネルギー政策だった。蓮舫氏といえば、検討していた「2030年原発ゼロ」構想が連合や党内の反発で撤回に追い込まれたばかり。「鬼門」の政策課題をあえて選んだ結果はいかに-。(松本学)
「得意げに蓮舫氏が示したパネルには、民主党の野田佳彦政権時代に掲げた「2010(平成22)年の総発電量1・1兆キロワット時を、2030年に0・99兆キロワット時に削減する」という目標が、すでに2015(平成27)年に達成されたとするデータが強調されていた。
「われわれはもっと少なくしていこうとしている。ところが、政府の長期エネルギー需給見通しをみると、むしろ増やしている。これはなぜか」
蓮舫氏はこうたたみかけたが、世耕弘成経済産業相にあっさり反論された。
「(パネルで)2015年実績として使っている数字は、大手電力会社10社の合計値だ。2010年は総発電量だから、再生可能エネルギーも自家発電も入っている。同じベースで比較しないとおかしい。2015年実績を総発電量ベースにすれば1・01兆キロワット時であり、野田政権の目標には達していない」
蓮舫氏は再反論はせず、岡山県真庭市の「バイオマスタウン構想」にさりげなく話題を移した。しかし、問題のパネルは掲げたまま…。世耕氏がその後「パネル下げていただけない? 間違ってますので」と促すと、いつのまにかパネルは姿を消していた。」
上記国会討論を見ると田中角栄元総理が演説でぶち上げて聴衆や座談会相手をケムに巻いていたのに、後でチェックするとほぼ根拠ないデータだったと言われているのと同じやり方です。
メデイアにすれば、民進党党首蓮舫氏が上記内容で政府を追及したとして蓮舫氏の出したデータをそのまま大々的に報道しても虚偽報道ではない・・あるいは、この日の国会質問をどのメデイアも黙殺して報道しないのは編集権の問題だということになるのでしょうが、全体的に見れば民進党の失敗行動を一切報道しないこと自体フェイクニュースの一種でないかの問題点があります。
フェイクとはズバリ虚偽ではなくとも編集権を含めて、全体として歪めて報道しているどうかの問題であるべきでしょう。
メデイアは、長年左翼系〜民進党には大甘基準でやってきた結果、(前原氏が過去に偽メール問題で失脚したことがありますが・・)何をしてもバレても元々の雰囲気・・却って鍛えられていない・脇が甘くなっている原因になっている可能性があります。
メデイアの報道姿勢の問題はこの辺にしても一方で民進党の実務能力不足を象徴するようなデータの出し方です。
政治実務というのはデータが正確であれば済むのではなく、将来発生する多様な可能性・・太陽光発電普及のために経済原理無視の高額買取制を実施すればこれによる経済活動の歪みをどう調整するかなど・・を透察した慎重な提案あるいは主張をすべきです。
短期に大変革すると既存電力業界の淘汰が起きる・特に原発施設は過疎地立地が多いのでいきなり廃止すると雇用も含めて地域の大問題です・・。
工場廃止等の場合、企業は転勤等配置転換で雇用を守るのが普通ですが、労働者や納入業者が抜けてしまった地域は(出張族相手の周辺ホテル地元飲食店や弁当屋さんに始まり労働者家族の教育その他消費)急速な疲弊に見舞われます。
今回の原発ゼロを急速に進める意見が撤回に追い込まれたのは、民進党支持勢力の有力母体である連合内の電力労連の反発によるものですが、メデイアの姿勢はすでに批判したように「世論無視」と言う根拠なき民進党批判ですが、上記のとおり被害を受けるのは(正規」労働者よりは地域経済・・まさに「地域世論」です。
レンホー執行部は、「配置転換や手厚い一時金支給などの補償のある正規雇用の労組には関係がない」と言う乱暴な見通しで、地域世論無視の意見を発表してしまったのだと思われます。
ところが全国で多数展開している原発の急速な廃止となれば、配置転換や自然減もそうはうまくいかないので大多数は一時金での解雇になるしかない上に、「地域経済への影響」というと地域限定のような響きですが、急速全廃となれば一箇所ではないので・・配置転換すべき受けザラがないので日本全体としての急激な雇用吸収ができない→社会問題が起きてきます。
原発廃止方向であっても、反原発で当選したばかりのフランスのオランド大統領の発言「フェッセンハイム原子力発電所を閉鎖する条件として「立地地域の電力供給が保証され、発電所跡地の再転換や雇用が確保される」ことが前提である」という発言を8月24日に紹介しましたが、諸外国で原発縮小を長期展望で行なっている理由はここにあります。

政党の存在意義(政策論争=対案の重要性)2

ところで、メデイアや文化人は「ドイツの何を見習え」と言うのでしょうか?
そもそも日本は国際送電網に繋がっていないのですから、ドイツのように外国に余剰電力を押し付けることはできません。
独仏等とは基礎条件が違っています。
仮に日本が韓国や台湾、フィリッピンその他アジア諸国と送電線で繋がっていた場合でも、日本が豊富な外貨準備にモノを言わせて?国内需要以上の再生エネルギーをどんどん生産させて高値で買い取って周辺国にダンピング輸出し、周辺国の電力会社をバタバタと倒産させてしまうような悪どいことを政府に求めません。
24日紹介した論文ではドイツ政府負担による「安い電力供給は周辺国には恩恵になっている」という印象の書き方ですが、これは欧米型価値観に毒されている我が国知識層の意見でしかありません。
欧米のアフリカ等への援助は食糧援助などその場限りで大量供給するので(アメリカの過剰農産物の捨て場にして)地元民族の細々と続いていた非効率農業を(意図的だったのかどうか分かりませんが)壊滅させてしまい、最貧国へ落ち込ませてはそこから抜け出せなくしてしまっているのです。
日本人は明治維新以降周辺国(朝鮮や台湾では)の民度引き上げや生産技術指導などに協力してきましたし、戦後もアフリカでは、上総堀という簡易な井戸掘り工法を指導したり漁業の仕方を教え、アフガン等では砂漠の緑化事業を指導したり、中国の植林事業を応援したり地道に農業再建に取り組んできました。
日本人は欧米のように相手をどん底に陥れる‥:生きる自信を徹底的に奪い去り自分が半永久的に勝利者として支配する考え方はありません。
日本は欧米の自分勝手な行動を真似しない方がいいでしょう。
原発問題から横に行きましたが、この辺でメデイアによる洗脳目的のムード報道ではなく、原子力発電に関する事実としての世界の趨勢を見ておきましょう。
世界の原子力発電に対する趨勢は以下の通りです。
http://blogos.com/article/231650/
記事
石川和男
2017年06月29日 11:13
世界全体の原子力 〜 低下傾向が近年反転し、4年連続増加・
World Nuclear Association が今月28日付けで公表した “World Nuclear Performance Report 2017” によると、2011年から2012年にかけて著しく落ち込んだ原子力発電電力量〔Figure 1.〕と原子力発電設備容量〔Figure 2.〕は、2012年以降4年連続で増加傾向となった。
2016年には、9GWeを超える新しい原子力発電所が稼働を開始し、過去25年以上で年間最大の増加率だった。」
2017-8-22「フェイクニュース7(データの正確さ)」に続く蓮舫氏の国会でのデータ?提示問題にもどります。

2017/03/06 に公開
蓮舫氏、鬼門の「原発」で論戦 
ドヤ顔で示したパネルを隠すハメに…
 「参院予算委員会は6日、安倍晋三首相と関係閣僚が出席し、内外の諸情勢などに関する集中審議を実施した。久々に首相との直接対決に臨んだ民進党の蓮舫代表が、論戦の主要テーマに据えたのはエネルギー政策だった。蓮舫氏といえば、検討していた「2030年原発ゼロ」構想が連合や党内の反発で撤回に追い込まれたばかり。「鬼門」の政策課題をあえて選んだ結果はいかに-。(松本学)
「得意げに蓮舫氏が示したパネルには、民主党の野田佳彦政権時代に掲げた「2010(平成22)年の総発電量1・1兆キロワット時を、2030年に0・99兆キロワット時に削減する」という目標が、すでに2015(平成27)年に達成されたとするデータが強調されていた。
「われわれはもっと少なくしていこうとしている。ところが、政府の長期エネルギー需給見通しをみると、むしろ増やしている。これはなぜか」
蓮舫氏はこうたたみかけたが、世耕弘成経済産業相にあっさり反論された。
「(パネルで)2015年実績として使っている数字は、大手電力会社10社の合計値だ。2010年は総発電量だから、再生可能エネルギーも自家発電も入っている。同じベースで比較しないとおかしい。2015年実績を総発電量ベースにすれば1・01兆キロワット時であり、野田政権の目標には達していない」
蓮舫氏は再反論はせず、岡山県真庭市の「バイオマスタウン構想」にさりげなく話題を移した。しかし、問題のパネルは掲げたまま…。世耕氏がその後「パネル下げていただけない? 間違ってますので」と促すと、いつのまにかパネルは姿を消していた。」
上記国会討論を見ると田中角栄元総理が演説でぶち上げて聴衆や座談会相手をケムに巻いていたのに、後でチェックするとほぼ根拠ないデータだったと言われているのと同じやり方です。
メデイアにすれば、民進党党首蓮舫氏が上記内容で政府を追及したとして蓮舫氏の出したデータをそのまま大々的に報道しても虚偽報道ではない・・あるいは、この日の国会質問をどのメデイアも黙殺して報道しないのは編集権の問題だということになるのでしょうが、全体的に見れば民進党の失敗行動を一切報道しないこと自体フェイクニュースの一種でないかの問題点があります。
フェイクとは、ズバリ虚偽ではなくとも編集権を含めて、全体として歪めて報道しているどうかの問題であるべきでしょう。
メデイアは、長年左翼系〜民進党には大甘基準でやってきた結果、(前原氏が過去に偽メール問題で失脚したことがありますが・・)何をしてもバレても元々の雰囲気・・却って鍛えられていない・脇が甘くなっている原因になっている可能性があります。
メデイアの報道姿勢の問題はこの辺にしても一方で民進党の実務能力不足を象徴するようなデータの出し方です。
政治実務というのはデータが正確であれば済むのではなく、将来発生する多様な可能性・・太陽光発電普及のために経済原理無視の高額買取制を実施すればこれによる経済活動の歪みをどう調整するかなど・・を透察した慎重な提案あるいは主張をすべきです。
短期に大変革すると既存電力業界の淘汰が起きる・特に原発施設は過疎地立地が多いのでいきなり廃止すると雇用も含めて地域の大問題です・・。
工場廃止等の場合、企業は転勤等配置転換で雇用を守るのが普通ですが、労働者や納入業者が抜けてしまった地域は(出張族相手の周辺ホテルや地元飲食店や弁当屋さんに始まり現場労働者家族の生活万般のゼロ化・教育その他消費ゼロ)急速な疲弊に見舞われます。
今回の原発ゼロを急速に進める意見が撤回に追い込まれたのは、民進党支持勢力の有力母体である連合内の電力労連の反発によるものですが、メデイアの姿勢はすでに批判したように「世論無視」と言う根拠なき民進党批判ですが、上記のとおり被害を受けるのは(正規」労働者よりは地域経済・・まさに全国各地に展開している「地域世論」です。
レンホー執行部は、「配置転換や手厚い一時金支給などの補償のある正規雇用の労組には関係がない」と言う乱暴な見通しで、地域世論無視の意見を発表してしまったのだと思われます。
ところが全国で多数展開している原発の急速な廃止となれば、配置転換や自然減もそうはうまくいかないので大多数は一時金での解雇になるしかない上に、「地域経済への影響」というと地域限定のような響きですが、急速全廃となれば一箇所ではないので・・配置転換すべき受けザラがないので日本全体としての急激な雇用吸収ができない→社会問題が起きてきます。
原発廃止方向であっても、反原発で当選したばかりのフランスのオランド大統領の「フェッセンハイム原子力発電所を閉鎖する条件として「立地地域の電力供給が保証され、発電所跡地の再転換や雇用が確保される」ことが前提である」という発言を8月24日に紹介しましたが、1箇所の廃止でさえこのような発言をしてこれを受け入れるフランス国民の成熟度・諸外国で原発縮小を長期展望で行なっている理由はここにあります。
左翼系政権でも現実的政治を行う能力のあるフランスと日本野党との違い・これが政権交代を可能にしてきたのでしょう。

フェイクニュース7(データの正確さ)

現在の世論調査の方法は、戸別訪問しないで一定の乱数表に基づいて選んだ電話番号に・・せいぜい数千人規模・・自動的に電話をかけるシステムを構築していて、かける電話も録音内容を機械的に流すだけで大したコストもかからないし簡単に出来るようになっています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E8%AB%96%E8%AA%BF%E6%9F%BBによると以下の通りです。
標本数を算出するための公式がある(式は省略)。無限に数が多い母集団(「無限母集団」という。日本国における実際の母集団の数は約1億3000万)を対象に、信頼水準を95%として、標本誤差を5%以下とするために必要な人数を、高校で習う公式に当てはめて算出すると、「384人」と算出できる[3]。つまり、世論調査の標本数が384人以上なら、その調査は信頼できるということである。標本のサイズが大きいほど誤差が小さく、数千人の標本数だと、標本誤差は±3%以下になる。1万人を超える標本調査だと誤差を±1%以下にまで抑えられるが、標本のサイズが大きいほどコストが大きくなるので、世論調査にかかるコストと、誤差のバランスを考慮して、日本の世論調査ではだいたい数千人くらいの標本調査で妥協している。」
固定電話だけだと年齢層に偏りがでる批判から、最近携帯を利用した調査を併用する調査が増えているようです。
アメリカ大統領選での討論があってその翌日あたりにはどちらのポイントがいくつ上がったとか下がっとかの数字がすぐに出るのは簡単な調査方法によっているからです。
我が国でも、内閣改造があると数日後には世論調査内容が発表される訳です。
こうした世論調査の安易性を前提にすると「国家百年の計」ともいうべき原発政策に関して多数あるメデイアがこの5年間全く世論調査しなかったとすれば(私が探しきれないだけかも知れませんが)・・それ自体が異常・意図的な疑いが起きます。
堂々と討論できる出席者だけの意見とサイレントマジョリテイーが多く含まれる世論とでは、大幅に異なるのが普通であることについては、マンションや大規模工場などの新規立地説明会出席者の意見が全住民の意見比率とは大幅に異なることを例にして20日に書きました。
5年前の原発ゼロの是非に関する「討論型」調査結果47%を現在の世論であると主張することも、仮りに直近で世論調査していないとすれば、形式的な虚偽報道でないとしても単なる編集権の問題ではなく事実調査を意図的に回避している・・メデイアにとって不都合な予測がある時には5年間も調査をしないのか?という疑いが起きます。
国民関心の低い分野についてしょっちゅう世論調査する必要がないでしょうが、前々回の都知事戦の時に原発廃止を主張する細川元総理が立候補したこともありましたし、この後で紹介する現在の民進党の党首選挙戦でも大きなテーマになっています。
メデイがしょっちゅう話題にしながら、ムードを煽るばかりで「世論調査を全くしないのは奇異」としか言いようがありません。
そもそも東北大地震は11年3月ですから、それから今まで6年間以上の長期にわたってメデイアは原発の怖さを煽るばかりで、12年夏に民主党が長年主張してきた反原発運動に都合の良い結果が出るように政府主催で「討論型調査」だけして満足し(これが自民党政権ならば、政府調査の仕方を批判し平行調査していたでしょう)、民間で平行調査する気持ちもなかった・・討論型調査の前後を通じて国民意識調査を全くしなかったこと自体が異常です。
せっかく民主党政権が47%反対の公式記録を残したのに、新たに調査すると朝日新聞やメデイアの意図する方向と反対世論結果が出るの防ぐためにメデイアはこぞってその後一切の世論調査をしていないままにしている疑いが濃厚です。
そこで、「30年まで原発ゼロ政策に関する世論調査」で20日現在でネット検索すると12年の「討論型調査結果」を紹介する日経新聞と2012年8月21日ジャパン・フォー・サステナビリティ(JFS)「日本のエネルギー政策に関する国際世論調査」で「世界は7割が原発ゼロを支持」の2件シカ第一次的に出て来ません。
(次々の検索をすれば出るのかも知れませんが、そんな暇がありません・・5年前の記事が真っ先に出て来ることやその後の新しい大手メデイアの世論調査の結果が出る順位が下位になっていること自体不思議ですから普通に考えれば全くやってないか、やっていても不利だから?公表していないということでしょうか)
上記の2件の内、編集権の問題とは言え国際社会では「7割」という誘導的報道の影響力の大きさです。
内容を見ると政府など責任ある意見ではなく、ネットで理想的な「希望」を聞いたに過ぎないことが分かります。
「それぞれの回答を選んだ理由について、ゼロシナリオを選択した回答者のうち、「原発は事故のリスクが大きすぎる」(ゼロシナリオを選択した回答者の36%)「人類は核廃棄物を管理できない」(同17%)と、原発のリスクや核廃棄物の危険性を挙げた回答が最も多く、同シナリオ選択理由の53%を占めた。また、「日本が世界に規範を示すことを期待して」(同10%)のほか、「再生可能エネルギーをもっと増やせば実現可能」(8%)「省エネやエネルギー効率化で実現可能」(5%)と再生可能エネルギーへの期待や、エネルギー消費の見直しを求める意見が見られた。」
今朝の日経新聞朝刊3pに民進党代表選候補者双方の主張を表にしていますが、原発政策「30年代ゼロ目標」に関しては枝野氏が「どうすれば原発ゼロにできるか工程表を示し年内にも法案提出したい」前原氏は「30年代ゼロを目指してあらゆる政策資源を投入。工程表もしっかり作る」というものです。
これによれば、党内で「30年までにゼロにする」という主張自体を表明できる勢力がないことが明らかで、蓮舫党首が党内意見を全く無視していた・党首として党内運営能力さえなかったことが明らかです。
30年までゼロではなく、「30年代」という漠然とした目標にランクを落としてさえ、両代表共まだ工程表すら準備がなく、子供の夢みたいな主張にとどまっています。
そもそも主張というのは、こういうことで実現できるからこの案でどうでしょうかと提案するものであって、できるかどうかわからないが、まず主張するというのでは責任ある・大人の意見と言えるのでしょうか?
「何時までにどこそこへ行きたいがどのコースがいいか」という場合、,A案ならばどこそこ経由で10分前に着く、B案ならば2回乗り替えで15分前に着くというように物事は具体的です。
「行けるかどうかわかりませんが、C案はどうでしょう」と言ったら笑われます。
子供の夢は・・根拠なくパイロットになりたいとかノーベル賞を取りたいというのは「夢があっていいね」ということですが、・・政策発表は、具体的な実現可能性を前提にすべきことです。
実現準備のない「少なくとも県外へ」八ッ場ダムその他の実現性のないスローガンに自己陶酔していた鳩山政権=結果的に民主党が自滅したのですが、いまだにこの程度です。
ま、今回は工程表を作るというだけマシですが、政策発表をする以上は「こうやって実現する」という工程表があってから発表すべきではないでしょうか?
「国民を今より豊かにする」「好景気にする」「平和を守る」と言うスローガンだけなら誰でも言えます・・どうやって実現するかの道筋の提示があってこそ国民が選択出来るのです。
国家の原発政策としてドイツが原発全面廃止を決めたと原発事故当時〜以降大々的に報道されていましたが、それには資源国のドイツが元々原発に頼る比率が低かった現実を前提に資源のない日本との比較が不可欠です
その上で日本がどうやって実現すべきかということです。
環境条件の違うよその真似だけ主張してもどうなるものではありません。
広大な農地の広がるアメリカの真似をして飛行機で種まきをするのが正しい農法だと言っても意味がないように、おかれた環境に応じた生き方・産業があるのです。
以下原子力発電大国フランスから安く電力供給を受けられる関係をネット等で報道されていましたが、その虚実あるいは、環境条件などを探って見ましょう。

政党の存在意義(政策論争=対案の重要性)1

旧社会党の弱点として「対案を出さないで反対ばかりの政党」という問題点があって事実上党勢消滅に至っている訳ですが、政党がしっかりした対案を出せないで反対ばかりでは国民は支持しようがない・・消滅する方向しかありません。
19日現在のウイキペデイアの記事からです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%85%9A_%28%E6%97%A5%E6%9C%AC_1996-%29
「1996年1月に日本社会党が改称して発足し、継続して自社さ連立政権に参加したが、1998年5月に連立離脱。2009年に民社国連立政権に参加したが、2010年に離脱。歴代党首は、村山富市、土井たか子、福島瑞穂、吉田忠智。機関紙は『社会新報』(週刊)、『社会民主』(月刊)[6]。国際組織の社会主義インターナショナルに加盟しており、前党首の福島が副議長を務めている。」
「2013年7月21日の第23回参議院議員選挙では、先の衆院選時における新党・第三極ブームは収まったものの、与党が圧勝し、参議院でのねじれ解消という展開となった。その中でも共産党や日本維新の会・みんなの党といった中堅野党勢力はそれぞれの反与党票を確保し比較的堅調な戦いを見せ、公示前より勢力を拡大させた。一方の社民党は民主党や生活の党などと共に、反与党票の受け皿とはなり得ず、逆に公示前より勢力を減らした。同選挙では選挙区に5人、比例区に4人擁立したが、比例で1議席(又市征治)を獲得するに留まった[注 3]。この選挙でもかろうじて得票率が2%を越え、国会に議席が存在する限り2019年まで政党要件喪失を回避する結果とはなったものの、退潮傾向に歯止めがかからないことに変わりはなく、選挙結果を受けて党首の福島瑞穂は引責辞任を表明した[36]」
上記によると社民党だけではなく、実現可能な対案を出さない批判だけの旧社会党系議員を多く抱える民進党も大幅退潮したことも触れています。
民進党党首蓮舫氏によるロードーマップの準備のない唐突な30年までの原発全面廃止宣言も、支持基盤の動揺を誘発して撤回に追い込まれましたが、いまだに実現可能性を無視したアッピールに頼る体質を引きずっているからこそ撤回表明に追い込まれました。
民進党の脱原発政策発表についての朝日新聞の記事からです。http://www.asahi.com/articles/ASK2X4JCNK2XUTFK00C.html
「民進党の蓮舫代表が「2030年原発ゼロ」方針について、3月12日の党大会での表明を断念した。脱原発を求める世論よりも支持母体の連合を優先したことに対し、さっそく党内の脱原発派や共闘を組む野党から批判の声が上がった。蓮舫執行部は国会での重要法案の判断や東京都議選を控え、危機に瀕(ひん)している。」
ここで朝日新聞らしく「脱原発を求める世論よりも・・」とテーマをすり変えて朝日新聞が勝手に「世論」を断定して報道をしています。
原発を長期的にゼロにすべきという意見が仮に多数としても、これと30年までに完全ゼロにするという意見とは同じではありません・・「30年までゼロ」にするべきかどうかが争点となって連坊氏が党内支持すらも得られず撤回に追い込まれたのですから、民進党内部でさえ多数意見でないから党の方針表明の撤回になったと解すべきです。
にも関わらず上記では「脱原発を求める世論よりも支持母体の連合を優先した・・」となっていて、如何にも30年までの原発ゼロが党内どころか「全国民の世論」であるかのような表現です。
いろんな利害調整の結果30年まで原発ゼロにすることに党内反対の方が多いならば、それが少なくとも党内「世論」ではないでしょうか?
党として政策表明すらできなかったのは、現時点の世論の支持を受けられない=世論ではないという意見が党内多数だったからでしょう。
以下によると事故1年後の12年の民主党政権時代に行われた討論型世論調査がありますが、現時点での世論調査はネットで見つかりません。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGC22005_S2A820C1MM0000/
政府は22日、中長期のエネルギー政策を巡って実施した「討論型世論調査」の結果を公表した。
原発ゼロ支持、参加後47%に増加 討論型世論調査 2012/8/22 11:29 (2012/8/22 13:22更新)」
上記によると討論している内に47%支持に上がったというのですから(会場での資料提供の仕方や司会者の意見のもって行き方にも大きく左右されますので)これを国民世論というにはちょっと無理があります。
その上、一般の世論調査と違い公聴会など人を集める形式の場合、参加者は意識の高い?運動家中心になりがちです。
原発事故前の新規原発立地の事前公聴会での意見分布を見ればわかると思いますが、いつも反対論が次々と出て、反対一色のような展開で終わっていたとしても、それが国民世論ではありません。
マンション建設説明会でも賛成者はもともとほとんど行きません。
民主党政権は特定意図を持って、あえてインチキっぽい「討論型調査をやった」と見るべきでしょう。
メデイアもしょっちゅう世論調査をしているのに原発政策に限っては、平行した世論調査をしないで政府のやる調査を見守った印象(メデイアと民主党政権は親密)です。
だからこそ元々反原発でやってきた民主党政権でさえもこれを「世論」だというには無理がありすぎるので(30年までゼロではなく)30年代ゼロ目標を採用するしかなかったのでしょう。
https://judainews.jp/2015/11/25/350には上記世論調査結果詳細が出ていますが、
「この討論型世論調査の結果を受けて、2012年9月14日に野田政権は、「2030年代の原発稼働ゼロ」を目指すエネルギー戦略を打ち出します。
しかし、この方針を打ち出したすぐ後の9月19日に、野田政権は以下の文言を閣議決定したのです。
今後のエネルギー・環境政策については、「革新的エネルギー・環境戦略」(平成 24年9月14日エネルギー・環境会議決定)を踏まえて、関係自治体や国際社会等と責任ある議論を行い、国民の理解を得つつ、柔軟性を持って不断の検証と見直しを行いながら遂行する。(2012年9月19日の閣議決定より)
この表現では、「2030年代の原発ゼロ」を掲げたエネルギー戦略を、政権として採用したのか、参考扱いにしかすぎないのか、どちらとも読める玉虫色の閣議決定だと批判されました。」
とあります。
普天間基地移転問題同様にゼロの実現には、原発エネルギーに代わるエネルギー源の開発が必要ですが、これと関係なく感情で原発禁止しても・・代替エネルギー開発の時間軸に関係なく30年にゼロにした場合エネルギー不足の生活を強制するのは無理がありますから物事は実現準備の環境整備との時間調整が必須です。
普天間基地移転の失敗同様に環境調整の見通しもなしに(ともかく)「30年」と設定してもまたもや空理空論の政党となってしまうのを恐れて蓮舫執行部も断念するしかなかったのです。
※ちなみに蓮舫氏は「30年ゼロ」を党の方針にできなかった後に未練がましく国会で同様の主張を前提にした質問をして、データが間違っていると指摘されて恥をかいていますが、これはあとで紹介します。
仮に上記討論型調査が公平に民意を反映しているとしても、ゼロ支持増加といっても47%ですから過半数に達しないものを「世論」というのは無理があります。
朝日新聞が30年までの原発ゼロ政策の賛否に絞ってその後世論調査したのでしょうか?
当時は太陽光発電や風力発電の夢が強調されていましたが、ここ4〜5年では・・民主党政権の後先考えない高額買取制度による電気代の上昇圧力・民生に響くだけではなく、国際競争力にも関係します・・などをどうするかの問題に直面しています。

観念論の弊2(神学論争)

大陸諸国とイギリスの国民性の違いは、大陸の観念論に対してイギリスの経験論として比較されるのが普通ですが,観念論は体系的一貫性を重んじる傾向があります。
先進社会から優れた観念が先に入って来た文化格差の大きい社会や気候変動の画一的な大陸に多い現象だと思われます。
一度圧倒的に進んだ文化の体系が樹立されると、現に起きた事象をその体系内で矛盾なく処理出来るような解釈論の工夫(これを「新説」と言う程度)に傾注するのが普通・矛盾なく説明出来る論理を発明考案?するのが優秀な学者になります。
先進社会から遅れたゲルマン・ガリアの大地に入って来た場合のキリスト教神学もその一種だったでしょうが、十字軍遠征の結果タマタマ、プラトン系(イデア重視)か、アリストテレス系(形相・質量)かの大きな争点が提起されたことが言論活発化の端緒となり救いだったことになります。
(ただし私には文字どおり高邁過ぎる「神学論争」でよく分りません)
ところでプラトン、アリストテレスの議論が入って来たのは(十字軍の結果)アラブ言語で書かれたプラトン等の思想が入って来て、これをラテン語に翻訳したことによって漸く始まったのですから,西欧のギリシャ文化と言っても実は(見落とし勝ちですが)アラブ経由のしかも十字軍以降の理解であったことが重要です。
我々は学校で「ギリシャ・ローマの文化」と習いますので,ローマ滅亡後に同時的に西欧に入ったかのように誤解していますが,ギリシャ文明は十字軍の後に別ルート、アラブルートで入って来たものです。
ギリシャ文明の流入があってこそ多様な価値観の存在を知り、その刺激でルネッサンスが始りひいては新教発生の土壌となり宗教戦争を経て,信教の自由になって行ったことになります。
プラトン哲学などが「アラブ語をラテン語に翻訳することによって広がった」と言う意見をどこで読んだか根拠を探せませんが,ウイキペデイアでトマスの記事を見ると以下のとおりです。
「トマスの生きた時代は、十字軍をきっかけに、アラブ世界との文物を問わない広汎な交流が始まったことにより、東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌスの異教活動禁止のため、一度は途絶したギリシア哲学の伝統がアラブ世界から西欧に莫大な勢いで流入し、度重なる禁止令にもかかわず、これをとどめることはできなくなっていた。また、同様に、商業がめざましい勢いで発展し、都市の繁栄による豊かさの中で、イスラム教徒であるとユダヤ教徒であるとキリスト教徒であるとを問わず、大衆が堕落していくという風潮と、これに対する反感が渦巻いていた。」
上記ウイキペディアの通り唯一神のキリスト教の立場では多様な哲学思考に発展しかねない多島海文明のギリシャい思想流入に反対の立場であったことが分かります。
上記のとおり、アラブ世界からそのころにギリシャ哲学が入ってその刺激で神学が飛躍的に?(その前から修道院中心にキリスト教の儀式その他こまごまとした研究発表がありました・・哲学分野で)発達したことになります。
逆から言えば、形而上の論理に関心を持つ人材が漸く育って来たから、需要があって翻訳流入も始まったと言うことでしょうか?
アラブを通じてしかもアラブ語をラテン語に翻訳しないと入らなかった・・ラテン語文献がなかったと言うことは,ローマ帝国ではギリシャ哲学が全く顧みられていなかった・・・・ラテン語への翻訳がない=需要がなかった・・程度のレベルであったことが分ります。
あるいはキリスト教が国教化した結果多様な意見が死滅してしまったのかも知れません。
ちなみに、神学大全と言うとトマス・アクィナスが有名ですが,ウイキペデアによると、彼は途中死亡して,弟子達がその後に完成したものと紹介しています。
完成時期不明ですが1300年以降でしょうか?
「1274年3月7日にトマスが世を去ると、残された弟子たちが師の構想を引き継いで第三部の残りの部分(秘跡と終末)を完成させた。」
『神学大全』(しんがくたいぜん、羅: Summa Theologiae, Summa Theologica, Summa)は、「神学の要綱」「神学の集大成」という意味の題を持つ中世ヨーロッパの神学書。13世紀に中世的なキリスト教神学が体系化されると共に出現した。一般的にはトマス・アクィナスの『神学大全』が最もよく知られているが、他にもヘールズのアレクサンデルやアルベルトゥス・マグヌスの手による『神学大全』も存在する。」
神学論争と言ってもせいぜい13世紀中頃からの始まりでしかない・・西欧社会の形而上の思弁能力発達の遅さが目立ちます。
我が国の発達をウイキペデイアでみると
古くは,空海・弘法大師には多様な著書がありますが,佛教理論書については,「天長7年(830年)、淳和天皇の勅に答え『秘密曼荼羅十住心論』十巻(天長六本宗書の一)を著し、後に本書を要約した『秘蔵宝鑰』三巻を著した。」とあり、
法然の著書『選択本願念仏集』は(『選択集』)建久9年(1198年)で、かなり遅いと思われる『立正安国論』でさえも1260年ですから有名なトマス・アクィナスより早いことが分ります。
その他に最澄や親鸞、栄西、道元等々有名人が一杯いますので,日本社会の思想活動の早さが分ります。
西欧の神学論争に戻りますと,折角ギリシャの有り難い哲学思想が輸入されたのですが,プラトン、アリストテレスの違い(中国で言えば孔孟の教え)だけでは中世終わり頃に実際社会の説明がつかなくなって来た(中国では朱子学による再構成による)ことが,キリスト神学の権威喪失→新教発生→キリスト教の信用低下の原因になっていったと思えます。
中国の場合,儒教にももいろんな学派があったのですが,中世以降朱子学一辺倒になって以降細かな解釈(訓詁)学になってしまい,思想界の停滞を招いたと言えます。
逆から言えば,紀元前の孔孟の教えを中世に朱子学による再構成しただけで社会が20世紀まで間に合っていたのが中国・朝鮮社会であった・・停滞したままであったとも言えます。
・十字軍遠征→イスラムの影響があった・・海で繋がる西欧とは違い,中国は広大な砂漠の西域からの文物流入が基本でササン朝ペルシャ以降外部刺激が少なかったので(眠れる獅子?)居眠りしていて20世紀まで間に合ったのかも知れません。
体系的一貫論に戻りますと,忠臣蔵の事件処理で言えば,儒学が重視する「忠」の理念だけでは社会秩序維持との矛盾相克を処理出来ず儒者の信用が失墜したコトを紹介したことがあります。
綱吉の動物愛護精神もそれ自体立派な考えですが,社会生活との折り合い必要だったのにこれに気がまわらなかったので悪政になったものですし,観念論で貫徹するのは強力な専制支配以外には実務上必ず無理が出て来ます。
忠孝最重視の価値観と社会秩序の相克が綱吉以降の我が国で直面した問題であった・・貨幣改鋳を悪政として批判した新井白石も同じです。
金含有量を減らして改鋳するのは伝統的儒学的価値観からすれば,(「悪貨良貨」の熟語があるほど古くからの基本です)悪政と言えば悪政です。
しかし、悪貨の概念は,金を商品としてとり帰する前提から始まった歴史を見れば含有率を偽るのは、言わば詐欺行為です。
商品・品質を偽ることに非難基礎があるのであって、貨幣経済を前提に社会全体を見る意識のなかった古代の観念を,経済政策の是非の判断に流用するのは間違いです。
新井白石によるい閉会中に対する批判は、今のゼロ金利政策や日銀国債購入性悪説同様に、貨幣改鋳がタマタマ過去の(古代の貨幣経済未発達時代の)価値観にあわなかっただけのことでした。

©2002-2016 稲垣法律事務所 All Right Reserved. ©Designed By Pear Computing LLC