憲法と国家4(南原繁氏の普遍価値論1)

南原氏は、戦後教育改革の中心人物として戦後教育政策に対して絶大な影響を及ぼしたし、思想界でも丸山眞男その他戦後の支配思想を形成した一流人材を門下生に擁するなど、戦後育った我々世代が無意識のうちに「日本ってこんな国」という刷り込みをしてきた張本人または大恩人です。
この重要な人物の思想について、私の能力では難解すぎて無理を承知で以下の論文を引きながらラフな紹介をしておきましょう。
まず結論から入ります。
高齢化すると、順を追った克明な説明を理解する能力が下がり、話を遮って「要するにこう言うことか!と聴きたくなりますが、この応用です。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hss/book/pdf/no97_05.pdf

(研究ノート〉
宗教ナショナリズムと南原繁
西 田 彰 一
おわりに
本稿において、筆者は南原繁の政治哲学を題材に政治と宗教の問題を検討してきた。
・・・南原は侵略を否定した内向きの議論であることも多いため、これまで侵略主義的な超国家主義論者たちに抵抗した人物として扱われることは多かったものの、その共通性については十分に検討されてはこなかった。
しかし、そこをあえて超国家主義論者たちとも共通する地平の問題として扱うことで、あらたな論点を発見できると考えたのである。
その結果、南原の宗教理解とは政治と宗教を分離して扱うものの、それは人格をもった個人が宗教を求めるのと同様に、政治共同体もまた宗教を求めるのであるとする議論であったことを発見した。そのために、宗教は永遠の理想として目指されなければならないものとなり、理想と現実の峻別が強調されるようになった。
しかし、その理想と現実の峻別は理想を固定的にとらえるために、理想そのものの正しさについては検討されることがない。そのため、英米のプロテスタント信仰の在り方が現実の問題として理想化され、理想そのものの妥当性について検討されることは生じなかった。そのために、南原は戦後はアメリカの占領政策を実質的に批判的にとらえることはできず、国民を民族に横滑りさせて、それに追従していくことになった。また、理想を問えなかったことは、共同性の問題を単に文化の練達という相互理解の問題に落とし込むものであった。

上記を見ると南原氏は、現実国家の上に超国家思想を持つ点で戦前右翼・超国家主義者と同根でないかと上記執筆者は見ているようです。
そもそもそも丸山眞男がCHQの神道指令に呼応して言い始めた「超国家主義」とは何か?その前提たる「国家神道」とは何かの定義すらはっきりしていないようですが、この点については、以下に詳しい批判がありますので関心のある方はお読みください。
http://www.zb.em-net.ne.jp/~pheasants/kokkas.htm
以下飛び飛びの引用ですのでそのつもりで読みください

丸山真男・超国家主義論のカラクリ
丸山論文のポイント
『現代政治の思想と行動』にあるこの短い論文が、永い間重要視されてきたことは事実である。さらに今日では、著者本人とともに「神格化」されているとまで言われている。なぜこうなったのか、以下で検証する。

まず第一に、丸山論文にある超国家主義は、GHQ神道指令において定義されたものである。
また第二に、同論文が雑誌『世界』の昭和21年5月号に発表されたことを確認する必要がある。
第三として、この論文の構造が教育勅語の構造を基礎に書かれたという事実がある。

神道指令の超国家主義
神道指令は国家と神道を分離せしめる指令である。GHQは、我が国の昭和戦前における軍国主義の基礎が神道、なかでも彼らのいう国家神道にあると断定した。
神道指令は具体的な国家と神道の分離政策、そして大東亜戦争や八紘一宇などの用語、文部省『国体の本義』や『臣民の道』などの頒布を禁止したものである。
なかでも大事なことは国家神道が含む「過激なる国家主義」「超国家主義」(ultra-nationalistic ideology)の定義である。
神道指令によれば、天皇・国民、そして国土が特殊なる起源を持ち、それらが他国に優るという理由から日本の支配を他国・他民族に及ぼすという信仰あるいは理論、これが過激なる国家主義あるいは超国家主義である。
・・・ポツダム宣言から公職追放令まで一貫しているのは「世界征服思想」である。これこそ彼らが日本から排除したかった「精神的武装解除」の最たるものであったと考えて自然である。

以下略・上記論文?主張によれば丸山眞男は教育勅語を誤読した上で、神道指令の単語を言い換えただけで、事実にもとずく定義ができていないと批判されるようです。
ついでに国家神道についての上記著者によれば以下の通りですから、これも関心のある方はお読みください。
http://www.zb.em-net.ne.jp/~pheasants/kokkas.htm国家神道研究

国家神道というものの正体が分からないままに今日に至っている。その国家神道とは、あくまで昭和20年12月15日のGHQ神道指令にある国家神道である。つまりGHQの定義による。
ポツダム宣言・神道指令を経て日本国憲法第20条そして第89条が制定された。なかでも神道指令は国家神道というものを定義して国家行政と神道を厳格に分離させようとしたものである。
しかしこの国家神道なるものの正体はあいまいであり、国家の神社行政の中には、つまり神社関係法令のなかには神社は非宗教とするものしか見当たらない。むろん教義もない。法令をあげると次のようなものである。
明治15年   神官教導職の兼補廃止 (神官は非宗教家、府県社以下は別途)
明治33年   神社局設置        (神社非宗教、神社のみ担当)
昭和15年   神祇院官制        (神祇院の設置、神官職督励)
教義がなく法令上も国家神道を特定できるものがない状態で、国家神道という言葉のみが様々に用いられている。
以下略

以上の点は措くとしても、南原繁氏は宗教的理想と政治的理想を区分けし、宗教的理想をプロテスタントに見ていたようです。
上記によれば、南原氏の基本思想はこのシリーズの関心・憲法で保障する平和論や人権論が国家存立を超越するか?「国家が滅びても守るべきテーゼがあるか」の関心にまともに関係する政治思想家であったことが分かります。
国家を超えた普遍的価値を主張する点で現在主流あるいは100%を占める憲法論(侵略されたらどうするかの問いに答えない非武装論や天賦人権論)の基礎を形成した人物になります。
※普遍的価値観共有といえば、安倍政権の価値観外交が想起されますが、もちろん彼も同じ日本社会の戦後空気の中で育っていますので、私(多分大多数の日本人が)同様に洗脳されて育っています。

憲法と国家(外国に支配されるための憲法?)3

占領軍・民政局は表向き学問の自由保護と称して共産主義と自由主義双方の学問を奨励していましたが、本音は共産主義の応援だったからか?日本では戦後の各種学会では概ねマルクス主義系の経済学者や思想家が主流を占めてきました。
英米的価値観とソ連型価値観(ユダヤ陰謀論で言えばユダヤ系思考・グローバル化目的では共通です)を言う自由はありましたが、日本を含めアラブその他価値観・各地民族教育の必要性を語ることは一切ゆるされず、西欧でさえもうっかり移民反対を言うと極右政党のレッテル貼りされるのが(日本に限らず)メデイア界の世界標準になっています。
日本の国益に関する主張は米国の利益に反しないことを最優先とし、その次にアメリカ軍政終了後の置き土産・監視役としての中韓の利益に反しないことでしたので、ちょっとでも中韓の利益に対立する民族主義的主張をすると中韓から「妄言」として激しく批判され、アメリカからは歴史修正主義者のレッテルを貼られると、その政治家がその失脚し政治生命を失う時代が続きました。
各種学会だけではなく、占領軍による日本メデイア支配の一端については、マンハッタン計画の研究書である以下の論文を読んでいると産軍複合体形成の一環としてメデイア関係の協力関係が偶然出て来ましたので、その一事例としてその部分だけ参考までに紹介しておきましょう。
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/why_atomic_bomb_was_used_against_japan/08.htm
(2010.7.18)
トルーマン政権日本への原爆使用に関する一考察
8 対日原爆使用の政策意図  陸軍長官声明から読み取れること
体制に取り込まれる大手メデイア
つまりアメリカの大手メディアは、ほとんどすべて政権と陸軍に協力し、それぞれ応分の利益を得たのである。その代表例が、ニューヨーク・タイムスの科学記者、ウイリアム・L・ローレンスであろう。L・ローレンスはグローブスと親しく、ジャーナリストとして、原爆開発計画では特権的地位にいた。暫定委員会にも出席し、7月16日アラモゴード原爆実験後の政府声明の原稿の下書きもしたし、のちに触れるが「原爆投下直後の大統領声明」の下書きも書いた。
広島への原爆投下の後、ウィルフレッド・グラハム・バーチェットは、9月2日、ミズーリ号上の降伏調印式を抜け出し列車を乗り継いで、広島を訪れた。当時占領軍は厳重な報道管制を敷いて、特に南日本にはジャーナリストの立ち入りを禁止していたから、バーチェットの行動は正確に言えば潜入である。バーチェットはそこで、自分の見たままの広島の惨状を書き、また生存した被爆者が原因不明の病気にかかってバタバタ死んでいく様子を書いた。この原稿は「The Atomic Plague」(原子の伝染病)と題されて、45年9月5日付けのロンドン、デイリー・エクスプレス紙に掲載された。この記事が世界的に大反響を呼ぶ。原爆の悲惨が英語で世界にはじめて報道された瞬間である。バーチェットが検閲を免れたのは彼がモールス信号発信器を携行し、独自に打電できたからだと云われている。
( 以上「トルーマンは何故原爆投下を決断したか?V.投下を推進する勢力」
<http://www.inaco.co.jp/isaac/back/009/009.htm>による。)
この記事が、アメリカ陸軍を慌てさせた。特にアメリカ国民には知られたくないことがバーチェットの記事に詳細に書かれていた。放射線の人体に対する影響である。グローブスは直ちに反撃に出た。アメリカの当時一流ジャーナリズムから30人選りすぐって、アラモゴードの原爆実験場に集め、「実験場には残留放射能はない。」とするデマ報道をさせた。この時の陸軍プレス・リリース(報道陣向けのニュース下書き記事)を書いたのもこのL・ローレンスである。ついでにいうとこの時、グローブズは、マンハッタン計画における自分の片腕、トーマス・ファレルを日本に派遣して、「広島には残留放射能はない。死ぬものは死に絶えた。」というデマ声明を発表させている。占領下とはいえ広島地元の中国新聞を始め日本のマスコミは、この時期ファレルの声明をほぼ無批判に報道した。戦前は軍部に協力し、戦後は占領軍に協力した。なんのことはない、何も変わっていなかったのである。変わったのは親分だけだ。
上記の通り、目の前で原爆症で苦しむ人がゴロゴロしているのを知っている現地広島新聞まで、そのまま報道していたと言うのですから、元祖フェイク報道とでも言うべきでしょうか?
ただし、事実は違うとは書けないので、占領軍の(こんなひどい)声明があったと言う無言の批判・抵抗とも言えますが・・.。
日本では「事実を言えない言論の自由な社会」であったことは確かです。
憲法学者の言う「思想の自由市場論」とは、マスメデイアの多数意見しか報道しない自由であり、メデイアに袋叩きに合うと有力政治家も失脚するし学者も芸人も発表の機会を奪われる・ネット発信が可能になるまでは食べていけない仕組みになっていました。
(アメリカの意向に便乗して批判画策する勢力を国内で育てるのに米国が成功し、各分野でその継承者が主流を占めているからですが・・・)
絵画表現で言えば、白と黒の二色しか使えないのに、自由に絵画表現できて嬉しいと喜んでいたようなものです。
戦後ニッポンの思想支配を(陰謀の有無は別として)結果から見ると以下の通りです。
まず頭脳組織トップの東大総長人事から見て行きましょう。
戦後すぐの12月には総長が変わります。
戦後初代総長の南原繁氏自身も次の矢内原総長も戦前アメリカで人気のあった新渡戸稲造の弟子でキリスト教徒である点では同様であり、米占領軍・民政局の眼鏡にかなったのでしょう。基本的にはキリスト教徒で選別されその上で、共産主義親和学者が優遇されていたことがわかります。
南原繁に関する2月13日現在のウイキペデイアの記述です。
1910年(明治43年)
6月 – 第一高等学校卒業。
7月 – 東京帝国大学法学部政治学科に入学する。入学後、内村鑑三の弟子となり、生涯を通じて無教会主義キリスト教の熱心な信者であった。一高に入学したときの校長は新渡戸稲造であり、影響を受けた。
1945年(昭和20年)
3月 – 東京帝国大学法学部長に就任。高木八尺、田中耕太郎、末延三次、我妻栄、岡義武、鈴木竹雄とともに終戦工作に携わるが失敗に終わり、敗戦を迎える。
12月 – 東京帝国大学総長に就任。
南原氏は、キリストの理論との政治の関係で独自の境地に達していた立派な人らしくその人物研究論もいっぱいあるようですが、ネットであんちょこに検索できる研究が見つかったのでこれの一部を紹介しておきます。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hss/book/pdf/no97_05.pdf
研究ノート〉
宗教ナショナリズムと南原繁
西 田 彰 一
「基督教の神の国とプラトンの国家理念」ではカトリックやヘーゲルの「権力世界」は宗教と政治の一体化した支配的な神政政治の世界として斥けられる一方で、絶対的な神に媒介者なしで結合することで形成される非支配的な神の国は、 理想として高く評価されている42)。つまり、 目指されるべき理想として、原始キリスト教とその系譜に連なるプロテスタントが評価されている。」

上記によると国家を超越した正義のあり方についてキリスト教(特にプロテスタントを理想とする立場)的角度から理解しようと努めていた政治哲学者のようです。
この辺に「国家の存立よりも平和主義」とか、「国家権力を持ってしても侵すべからざる天賦基本的人権」論イメージが現在主流化している淵源がありそうです。
以下彼の哲学思想を見ていきます。

憲法と国家(外国に支配されるための憲法?)2

戦後航空機製造技術者らが飛行機を作れなくなったので、新幹線技術に挑んで成功したことが知られていますが、これでも日本を「自由経済」主義社会の一員と言っていました。
日本で言われている自由とか人権尊重あるいは平和主義と言っても、アメリカの手の平の上にいる限りの自由であって、観音様の手のひらの端まで飛んで帰ってきた孫悟空みたいなものです。
アメリカの手の平から経済力ではみ出しそうになった日本は、プラザ合意以降アメリカの手先・中韓の攻撃に曝されるようになりいわゆる「失われた20年」を経て現在に至っています。
最近の日米関係好転の原因は、日本がアメリカによるジャパンパッシングに懲りて飽くまで「良き同盟国として)アメリカの手のひらから出ないことを明らかにし、他方中国がリーマンショック以降アメリカの主敵として躍り出た結果、攻撃相手が日本から中国に変わっただけのことです。
以下敗戦以降のアメリカによる日本の思想支配について素描します。
今になると常識化していますが、日本を対米戦に追い込んだアメリカのルーズベルト政権は容共主義者の塊・巣窟であったと言われていますが、これも反対の立場によればフェイクニュースに惑わされていることになるのかな?
ルーズベルト急死によりその政策をそのまま引き継いだ副大統領トルーマンは多分その体質をそのまま引き継いでいたと思われますが、本国では隠れ共産主義政権だったので堂々と共産主義浸透教政策をできなかったのですが、米ソ協調の戦後体制を作った直後は、日本占領統治も昨日紹介した連合軍・・主に米ソ共同統治の方向を公然実行できたことになります。
日本占領政策は共同関係である以上は、双方の思想教育を公平に行う体制になったのは結論的に見て当たり前です。
(この辺・以下は私の個人意見であり事実か否かの検証までしていませんが・・)
ただし連合軍の進駐とは言っても、米軍以外は連合軍の体裁を作るため代表を派遣していただけで米軍が実戦力の100%を占めていたので実際の占領政策は現場を握る米国(マッカーサー)の思惑通り進められたことは間違いないでしょう。
戦後すぐの東京裁判でも外形上インドその他連合国も加えましたがストーリーはアメリカ主導でした。
イラク多国籍軍でもアフガンでも主戦力の米国が決めるのを参加国が追認するだけになるのが普通です。
1月13日前後に日本国憲法制定過程で連合軍の形式を重んじて結成された極東委員会をコケにしてGHQ主導で決めてしまった動きを紹介しましたが、日本での赤化政策の遂行もソ連との共同統治に名をかりた当時の米政権の(容共体質)本音がそこにあったと見るべきです。
占領政策を担当する民政局長にホイットニー着任後G2・マッカーサーと対立関係に入っていくイメージが知られていますが、ホイットニーの率いる民政局は着々と日本の教育界やメデイア界→思想界を赤化して行きます。
民政局各個人の思想傾向については性質上公式記録には出てきませんので、周囲の評価に過ぎず客観性がないですが、民政局はいわゆるピンカー達が支配していたことが知られています。
http://d.hatena.ne.jp/jjtaro_maru/20110417/1303041243によると以下通りの人物評です。

GHQは民政局(GS)のほかウィロビー少将率いるG2と呼ばれる治安、諜報活動を受け持つ組織があり、この二つは激しく対立していました。
ホイットニーの部下のケーディス大佐はリベラリストであり、ユダヤ人です。ウィロビーはドイツ系米国人でした。こうした関係も二つを対立させる要因となっており、ウィロビーはホイットニーやケーディスらを「ピンカーズ」と呼んで毛嫌いしていました。
ピンカーズは共産主義者という意味です。
GHQ憲法は共産主義者の手によって作られたものです。

アメリカの機密文書公開を根拠に、対日政策がユダヤ系・共産主義者主導であったかのような意見が紹介されていますので以下に引用します。
私は自分でアメリカの公文書そのものを見に行く暇も能力もないし、以下に紹介するブログ発信者自体が何者か不明です。
アメリカの公文書紹介がフェイクかどうかチェックできる人は滅多にいないでしょうが、「フランクフルト学派」の説明その他も概ね普通に見えるものの、フェイクというものは真偽織り交ぜて本当らしく見せるのが普通ですので、「ちょっと見」ではその区別できる人は滅多にいないでしょう。
以下、各自御自分の能力に応じて信じるかどうか決めていただく前提で紹介しておきます。
https://ameblo.jp/gwh28/entry-12125624098.htm

2016-02-06 10:42:00
かまくら保存の会様のフェイスブックより
1990年以降、ワシントンの国立公文書館でCIAの前身にあたるOSSの機密文書が再調査されています。
まだ全部は公開されていないようです。これによると「日本計画」といわれる対外基本戦略が作成されていることがわかっています。このOSSが知識人向けのマルクス主義と言われる「フランクフルト学派」の巣窟になっており、マルクーゼ、ホルクハイマー、E・フロムなどがいます。
このOSSはコミンテルンの方針に従っていたわけでもないこともわかっています。
日本計画は1941年12月の日米開戦直後から準備され、日本の敗北を見越し、日本をいかに軍事的に壊滅させ、以下に戦後の日本社会を攪乱させるかを目的化したものです。天皇を象徴とする方針もこのとき立てられ、伝統の力を利用して、国内を対立させ、軍事力の膨張を抑える方向へと誘導するというものです。これらはマッカーサーにも伝えられています。
・・・OSSの計画は「社会主義は軍国主義の破壊を通して、ブルジョア民主革命を達した後に得られる」という2段階革命論であり、一気に天皇打倒するのではなく、他の改革を待って廃絶させる段階を待つというものです。以前書きましたが、憲法の「国民主権」「天皇は国民の総意に基づく」というのはまず第一段階のことなのです。ソ連が強行に皇室の廃止を求めたのに対してGHQは計画通り遂行していたのです。皇室の数を制限して立ち枯れ作戦も第二段階を意識してのことでしょう。憲法九条も次の革命のときに軍隊がなければ革命を起こしやすいという目的で作成されました。

戦後日本の言論の自由・学問の自由といっても「アメリカの容認する範囲の自由」と言う枠があったのを我々戦後世代は子供の頃から教えられず、素朴に「自由な国だ」と信じ込んでいたキライがあります。
資本主義・自由主義とソ連型の共産主義・国家管理型社会を理想化する二方向教育がゆるされていたので、言論の自由がある社会に見えていただけです。

憲法と国家(外国に支配されるための憲法?)1

民族主義者であろうとなかろうと、憲法や刑法その他の法制度は(憲法などよりずっと下位の身近な道路交通法や自治体の条例でも)その法や条例の効力が及ぶ地域内のために良かれと思って制定するものでしょう。
よその国や他民族のために制定するものではありません。
千葉市の条例や職員向け内規は千葉市民のために制定するものであって、隣接市町村のためにあるのではありません。
商家や大名家の家憲家訓も同じで、自分が創業した商売や政権を滅ぼすために家訓や家憲を制定する人はいません。
社内ルールも自社のために取締役会規則や就業規則あるいは操業マニュアルを作るものであって、他社のために作る会社はありません。
スポーツその他各種クラブにはルールがありますが、その組織やスポーツを維持発展させるためにルールを作るのです。
自社従業員のためにもいろんなルールがありますが、会社を潰してでも守るべきルールがあるとしたら背理です。
国家の場合も憲法で定める「思想信条の自由」は国家のより良き発展を目指すためのものであって、国家を潰す目的の自由があるとは思えません。
内乱の予備陰謀だけで処罰されるのはこの端的な例です。
組織内秩序維持に反した場合、その認定手続に従い拘禁され、有罪認定によって懲役刑にとどまらず生命(死刑)まで奪えるようになっていることがその思想の現れです。
思想信条の重要性といっても生命よりも重要なものがないはずですから、思想信条だけ国家運営から超越できると言う主張は無理があるでしょう。
この論を合理化するには先ず外堀を埋める必要があって、グローバリスとは死刑廃止論にこだわる政治的意味があるのかもしれません。
国家を潰し民族を他民族の支配下に置く「目的」までなくともそういう結果をもたらす思想宣伝の自由があるとは思えません。
日本の憲法学者や思想家の意見を見ると国家存続よりも基本的人権や平和主義の方が優先するかのようなイメージ主張が流布しているような印象です。
印象という意味はずばりの主張をみたことがないからです。
例えば非武装平和論に関する討論番組を見ていると
「中国が日本侵略を開始したらどうするのか?」という趣旨の質問に「そうならないように努力するのが政治の役割だ」と答え、「そういう努力をしても問答無用で領土割譲を要求して実力行使してきたらどうするのか?の質問には「そうならないように努力する」という繰り返しで討論が終わるのが普通です。
強盗や窃盗恐喝殺人等にどう対処するか警察力の強化の議論では、それなりの対処してもその地域での犯罪が増えてきた場合の議論であって、どのような教育をしても善政を敷いても犯罪ゼロにできない現実を前提にした議論です。
同様に戦争の起きない世界が理想としても、実際に強引な要求を通すために武力による威嚇や実力行使が行われる時にどうするかの議論をしているのに「そうならないように努力する」というのではまともな議論をする態度とは思えません。
こういう議論の繰り返しを見ていると次元の違う無責任回答・・「日本民族がどうなっても気にしない」基本姿勢を前提にする印象を受けますが、この理解は私の一方的誤解かもしれませんので「印象」とかいています。
「北朝鮮のように日本に自由に侵入して好き勝手に選んだ日本人を拉致していっても指をくわえて見ているのか?」という質問にも「そうならないように」というだけでは、北朝鮮を大事にすれば良いという程度の意見かな?という推測しかできません。
結局彼らのいう非武装平和論は、「旧中ソ圏に対する友好国になれば良い・・・そうでない限り日本が滅びるかどうかは知ったことではない」という(中ソの)主張を根底にしていることになるのでしょうか?
上記の通り「日本がどうなってもいい」とズバリの意見はないでしょうから、証拠を出せと言われれば出せませんので印象というしかないことになります。
一方でアメリカを中心とする自由主義国家寄りの意見では、思想表現の自由論を筆頭にいわゆる「天賦不可譲の人権」論で国家以前の権利であるかのような(これもそのように誘導しているだけで、はっきりそう言っていないように見えます)主張を展開しています。
日本の戦後思想界はアメリカ系と中ソ系に分かれて争って来たもので、日本の国益を求める意見が脇に追いやられているというよりも、もともと敗戦後そんなことを言える立場でなかったのが今に続いているように見えます。
アメリカ系の金科玉条は基本的人権の尊重・・分けても重視してきたのは思想の自由市場論でした。
これによると「言論の自由は国家発展に寄与する」とも言いますが・・。
以上の経過を受けて、我が国憲法学者・ジャーナリズムは、日本国家存立のためになるかの視点よりは、戦後米ソの意向をの代弁・紹介していれば、一流学者・その道の権威になれる社会だったように見えます。
2018年1月6日に「皇室典範は憲法か?1(天皇観根本変化の有無1)」芦部信喜その他戦後憲法学者を紹介したことがありますが、憲法学界ではアメリカ憲法学・判例紹介をしてきた人たちがわが国憲法学の主流どころかほぼ100%に近いでしょう。
憲法学者による基本的人権論は、メデイア界を実質支配してきたアメリカの論理に従っていました。
すなわち「基本的人権の中でも(政治動向に直結する)表現の自由は、特別・別格であって、「公共の福祉」で安易に規制すべきはなく(といっているかどうか知りませんがそのようなイメージ流布で)アメリカが実質支配する「思想の自由市場」アメリカが許容する範囲内競争の結果事後的に市場で選別されるべきと言う特殊な地位を与えられています。
憲法学者の言う表現の自由とは、アメリカの世界支配思想の範囲内での自由だったように思われます。
日本国憲法と明治憲法の違いは、明治憲法では臣民の義務、法に反しない限度の人権保障であったが、戦後憲法では、憲法の保障に格上げされた点が根本的相違であると習ってきました。
しかし本国米国では、ルーズベルトの容共政権に対する反動で反共・マッカーシズムが吹き荒れると日本でもレッドパージが行われたなどの実例を見ると、米国(という外国の都合)支配に反しない限度の人権保障に変わっただけだったことが証明されています。
どっちみち何かの限界内で人権が認められ制限されるならば、外国の都合の範囲内での人権よりは、自分の属する共同体を守るための範囲内で認められる人権保障の方が合目的ではないでしょか?
日本の各種(憲法に限らず経済学その他多種多様な)学会や報道界では、資本主義だけではなくマルクス経済学や左翼系ジャーナリストが並立していたので、一見学問の自由があるようでしたが、いずれも日本民族のための研究発表の自由ではなく、敗戦直後の政治情勢では、むしろ「日本民族再興を許さない」方向で米ソ両国が一致していたので連合軍は、当初ソ連を含めた共同占領統治体制が表向きの体制でした。
GHQを傘下におく極東委員会設置が1945(昭和20)年12月のモスクワ外相会談で決まったことを、「GHQ(内部対立)+本国政府+極東委員会1→天皇制存続?」January 13, 2018で紹介したことがあります。
この結果、資本主義、共産主義双方の学問が保護されたのは、一時的偶然にすぎません。
再軍備を許さない方針は容共のルーズベルト〜トルーマン政権下では方向性が一致していましたが、朝鮮戦争を契機に後方陣地として日本に協力させるために一定の再軍備が要になったので、完全な丸腰・・非武装平和論の支持勢力が中ソ系人脈に限定されるようになっただけのことです。

(憲法)学者とは?2

戦後70年間の経過で、学者の事実認識能力が実験で示されています。
今でこそ世論に押されて17日見たように学者の自衛隊違憲論が7割に下がっているようですが、戦後から数十年間は、ほぼ100%の学者が違憲という立場だった(私が受験勉強した頃に合憲論を聞いたことがありません)記憶です。
現実の70年間の結果判定では、国民意向を無視できない政党では共産党以外は皆合憲論ですし、国民の8割(本当のところはわかりません・もっと多いでしょう)が合憲と考えている結果によっても民意と学者の事実判断能力との乖離が明らかです。
そして憲法学者のほぼ100%は国民主権・法の下の平等・・学者も庶民も民意は平等に尊重されるべき・・民意優先を一方で主張しているのですから、憲法学者だけに特別の優越的発言権があるかの如く麗々しく学者集団生命など出すことの自己矛盾主張に気がついていないのです。
唯一自衛隊違憲を主張している共産党でさえも党綱領に書いているだけ程度の主張で政権を取れば、すぐにも自衛隊の存続を認めるかのような?苦しい議論をしています。
http://www.sankei.com/politics/news/171008/plt1710080010-n

2017.10.8 01:26更新【衆院選】
共産党の自衛隊違憲論めぐり党首討論白熱 安倍晋三首相「侵略受けたらどうなる」 志位和夫委員長「政権奪取後しばらく合憲」
日本維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)は「違憲を合憲と見直すのか、自衛隊をそもそもなくすのか」とただした。
志位氏が党綱領に基づき「国民の多数の合意が成熟して初めて解消に向けた措置を取ることができる」と説明すると、安倍晋三首相(自民党総裁)は「志位氏が首相になり、『自衛隊は違憲』といった瞬間に自衛隊法は違憲立法となる。この間に侵略を受けたらどうなるのか。災害出動もできない」と畳みかけた。
さらに公明党の山口那津男代表が「立憲民主党も拒否するのに、どうやって政府を作るのか」とただすと、志位氏は党綱領に基づき「(共産党を含む)政権はすぐに自衛隊を解消する措置はとれない。(しばらく)合憲という立場を引き継ぐ」と説明した。
・・・激しいやりとりを聞いていた希望の党の小池百合子代表(東京都知事)も参戦した。「『しばらくの間は合憲』といったが、平成5年の自社さ政権では、社会党が一夜にして自衛隊をめぐる立場を変えた。志位氏も同じことになるのでは」と加勢した。

以上の議論を見ると共産党の違憲論も、野党の気楽さで無責任主張しているだけのように見えます。
憲法学者も責任を取らない気楽さでしょうか?
17日に公判前整理手続で紹介した通り、弁護士は顧客という責任相手があるのでむやみに気楽な主張ができないから平均8ヶ月もかけて慎重な事実検討の上での主張になるのです。
憲法学者は学問的には、こういう方向性が良いと思想を述べるのは勝手ですが、実務運用について専門家ではないので実務認定に関して優越的専門能力を担保されていません。
16日紹介した朝日新聞の調査では、憲法学者209人にアンケートして122人の回答者⇨約6割の回答ですが、真面目に考えれば「どういう時にどういう自衛権行使するかによるので、(具体的事実・行使した事実がない)現状では答えられない」あるいは、「自分は研究者であって、現実理解能力がない」というのが誠実な学者の立場でしょう。
我々弁護士も真面目に考えれば「整備される関連規則や前提条件を決めていない段階で違憲かどうか答えようがない」というのが、普通の意見になります。
専守防衛と言っても、兵器だけで見ても日本に飛んでくるロケット弾だけをパトリオット等で迎撃するのでは、迎撃ロケットの性能がよくなっても敵国が発するミサイルのせいぜい5〜6割落とせれば良いとすれば、残りの着弾で日本が火の海になってしまいますし、空軍基地やミサイル迎撃基地自体も即時に機能を失います。
第二波攻撃には迎撃すら出来なくなります。
これでは防衛自体が成り立たないので、ミサイル発射する敵艦を逆攻撃して撃沈するしかないし、迎撃基地自体の移動化(潜水艦発射)を図るしかないのが普通の考えです。
従来型の防衛概念では、戦闘機の発するミサイルや機関銃の弾を撃ち落とす努力は無理があるので、敵戦闘機や爆撃機の撃墜に向かうのが普通です。
刀で斬りかかる相手の矛先や拳銃の標的にならないように逃げているだけでは、いつかは切られ撃たれてしまうので、自分も相手に逆に斬りかかり応射するのが防衛の第一歩です。
この論理程度は専守防衛という観念論でも分かり良いのですが、ミサイルの長距離化が進んで日本近海まできた軍艦や爆撃機からではなく、北朝鮮や中国本土から直接弾道弾を日本へ飛ばせるようになってくると上記論理の応用では難しくなります。
領土侵犯がなくとも、敵本土から日本向けに発射されると瞬時に敵のミサイル基地を叩き返すしか有効な自衛ができなくなります。
専守防衛といっても日本に接近している空母や戦艦、戦闘機だけではなく、敵の本土攻撃までするようになると防衛と攻撃との区別がつかなくなってきます。
まして相手が核弾頭を発すると、第一次攻撃を受けるのを待ってからの反撃・敵発射基地攻撃では、間に合いません。
日本の反撃を防ぐために相手は第一次攻撃自体で一斉大量の核弾頭を発するでしょうから、その時点で瞬時に日本は壊滅してしまい反撃どころではありません。
相手国にとっては、日本の反撃が仮にあっても通常爆弾の五発や十発自分の基地に落ちても、その数分後には日本が壊滅するので、そのあとの反撃続行がないとわかっていれば気楽なものです。
これでは、核兵器保有国には防衛戦争自体が成り立ちません。
日本が有効な反撃が出来てこそ、敵国の安易な先制攻撃を抑止できるので、北朝鮮はこの反撃力保持に必死になっているのです。
このように専守防衛といっても敵の攻撃能力の変化にも関係するので、前もって一定枠を決めてしまうのは危険です。
日本が「敵基地攻撃能力のある兵器を持つのは、危険だ!自衛力ではない」という発想自体が、幼児的発想で止まっていると思う人が8割以上いるということではないでしょうか。
専守防衛といってさえいれば解決するものではありません。
そもそも数発〜10発程度の核弾頭を日本が持ったとしても、日本の十数倍もの多系統の発射基地手段を持っている中国に先制攻撃することは中国の巨大な反撃能力に晒されてしまうので、日本が中国侵略目的で先制使用することは、論理的にあり得ません。
中国(の意を受けたメデイアや文化人)が日本の核武装や自衛力充実に猛烈に反対している本音は、日本に対する核兵器の脅しが効かなくなることを恐れていることが明白です。
日本が仮に核保有しても侵略意図がないのでコスト関係でほんの気持ちだけの抑止力にとどまるでしょう。
同じことは北朝鮮にも言える・・北が核弾頭を一定数持った程度で、アメリカを先制攻撃することは想定できないので、反撃力のない日本は最も危険にされる関係です。

©2002-2016 稲垣法律事務所 All Right Reserved. ©Designed By Pear Computing LLC