多民族国家と相対的価値観の必然性2

異民族を追い出すと漢民族は反動としてそれまでの支配言語だったモンゴル語や満州語を(報復的意味で)禁止・弾圧するので、事実上漢字一本になってしまいます。
異民族が異民族としてそのまま存在することを許さなかったと言うか、専制支配に合致した硬直的価値観社会でやって来ました。
異民族支配の政権が転覆し漢民族政権回復すると、旧支配民族であった異民族の本来の領域を含めて全て漢民族支配に変わります。
(元が滅びると自動的にモンゴル地域が明の領域になり、清が滅びると女真族の故地が中華民国の領域になります)
その都度,労せずして異民族の本拠地を取り込めるのでその都度支配地域が広がって来たことも、権力行使に抑制が利かない原因かも知れません。
元や清が滅びて漢民族支配になると漢字を使用しないと生きて行けないので、その都度いつの間にか漢字文化圏に組み込まれる仕組みでした。
中国は共産政権樹立後異民族地域を直接支配下に置きましたが、名目上自治区をいくつか作りましたが,元々資源獲得目的で直接支配をするようになっているのですから、自治区と言っても言語支配を受けると文化的直接支配拡大そのものとなります。
異民族支配の批判を避けるために名ばかりに自治区にしても、結局は漢字を押し付ける極端な中央支配・・植民地支配が強化される一方です。
資源など中央が好きなように管理・収奪し,核兵器実験場・ロケット発射実験等に利用していますが、資源採掘現場とその下流域では従来の生態系が破壊されるのが普通ですから、時間の経過で漢民族による支配が定着するどころか、地元山岳民族等は不満を高める一方になります。
チベットやウイグルのような強烈な反抗まではないものの、モンゴル族や満州族に対する過酷支配も時々漏れ伝わります・・彼らはウイグル→イスラム,チベット→インドとその背後のイギリスなど世界的バックがないので、世界的に知られていない分だけ政府も遠慮呵責のない鎮圧をしますので実態はもっと悲惨かも知れません。
アメリカに戻りますと、国家規模で地図を見れば地域や気候に変化があるだけで、国民の日常生活空間としてみれば100km四方程度移動しても、単調な景色が続くばかりで、一山越えれば言葉が違うし、一方は晴れでも・・片方は雪が積もっているような変化のある日本とは違います。
アメリカの場合、地図上の観念でいろいろな地域が一緒になった・・連邦を組んだと言うだけであって、数百km移動しても同じ景色が続く社会であって、個々人の生活空間としては単調な社会であって、日本のように日常的に気候風土の違いを目にして生活している訳ではありません。
いろんな人がいるものだと言う違いを認める必要性は、人種の違いを除けば日本人に比べて観念的な次元にとどまります。
移民出身国が多様であることと建国当初から広大な領域で始まった結果、建国当初からお互いの違いを認めあうしかない・・人種構成・気候的にも相対的価値観が成立するしかなかった上に、自分たちの独立自体がイギリスの支配に対する反抗であったことから、団結の旗印としても民主主義理念を掲げるのが合目的なキャッチフレーズになったと思われます。
アメリカの場合、自由民主主義の理念は団結の旗印として掲げるのが一番の目的でしたから(アラブその他の騒乱で政府を倒す場合みんな民主主義の理念を旗印に掲げます)上記のとおり(観念だけで)本当に身に付いているかは別物ですが、建前はそう言う国になりました。
建国の理念・統一原理がこれですから,これを否定すると国が成り立たない(アイデンテイの崩壊)ので、建前上これにこだわっている(だけ)とも言えるでしょう。
この辺が多民族支配国家になっているのに、民主理念で結束して政権樹立をした経験がないのが、専制性からの脱却が難しい中国やロシアのとの違いです。

多民族国家と相対的価値観の必然性1

古代には交通機関が発達していなかったので、アメリカ大陸ほどの広さがあると別世界でそれぞれが生きていたものでした。
(一時的にモンゴルやアレクサンダー大王のように広域征服しても子供らに別の王国として分割統治させます・・日本のように小さな地域ごとに山で隔離されているところでは小さな領国に分化します。)
アメリカは建国後ころには鉄道が発達し、(続いてモータリゼーション→航空機発達があって急速に空間距離が縮まりました)1つの世界としての国家が成立・支配持続出来たことにより連邦制とは言え,一体化した国家になれたのです。
産業革命以前には、巨大山間地や砂漠地帯などの僻地は、生活習慣=民族性が違うし遠隔地支配コストがかかり過ぎるので、安全保障上背後を襲われない程度の従属・友好関係の確認程度が普通でした。
産業革命以降、資源価値が高まり、資源採掘用に直接支配の必要性が高くなって来ると、朝貢や従属関係程度では自由な採掘(収奪)が出来ない・・直接支配・管理が必要となったことから、アメリカ建国当初から広域空間で1つの国になる経済的必要性が自覚されていたことによります。
中国でも、今になればウイグル自治区等の砂漠地帯やチベットの高原地帯・あるいは沿海部と内陸・海洋性民族から農耕民族や内モンゴルや満州地方の遊牧系民族〜雲南等の山岳民族まで包含している外,イスラムから佛教その他多種多様な宗教も存在します。
中華人民共和国は20世紀半ばになってからの国家樹立なので,アメリカ以上に交通手段が発達していること(兵器の近代化)による広域支配手段を確保したことと、資源直接収奪の必要性があって、古代からの朝貢・友好関係だけでは済まなくなったことによります。
共産中国になって初めて僻地の資源を利用するために直接異民族支配を始めたのですが、多民族直接支配をするようになった以上は、軍事力が強大化して外部勢力の応援がないと民衆の蜂起が難しくなった(ことを何回も書いてきました)とは言え、意見の違いを認める相対的価値観に転換しないとうまく行きません。
しかし、中国の場合,建国こそアメリカよりも日が浅いものの,漢民族としての長い歴史経験では(異民族に支配されたことはあるものの)支配者として多様な民族を直接包含・・支配して来た経験がありません。
せいぜい朝貢関係にあっただけで・・漢民族は、気候風土の違う民族を違いを認めた上で異民族として直接支配した経験がないことが、アメリカが建国と同時に広域支配に応じた相対的価値観を樹立出来たのに対して、中国の場合には,世界中から批判されても未だに専制・権力支配しか出来ない違いです。
ことの本質は西欧が始めて知った民主主義・人権思想が正しいか否かではなく、そんな思想以前に古くからどこでも元(モンゴル)もみんな広域・異民族支配をする以上は政治の智恵で域内の多元的価値観(いろんな宗教の併存を含めて)を許容してきたものです。
広域・・気候風土の違う地域の民族を直接支配するには、交通機関の発達だけではなく違った価値観・・生き方を許容する専制支配体制から相対的価値観に社会のあり方も変えて行く必要があります。
漢民族・・あるいはこの地域の民衆も為政者も専制支配の歴史しか知らないので,過去の成功体験が邪魔していて相対価値観の転換に移行出来ないのが現在中国の問題点です。
漢民族は専制君主制しか政治形態を知らないのは、逆から見れば長年周辺民族を支配下におくと異民族としての存在を許さない社会・・みんな漢民族としての生き方しか許さない社会でやってきたことになります。
この結果、漢民族の概念自体特定種族というよりは、この地域にいる民族という程度の意味でしかなくなっています・・。
この地域を元や清など異民族が支配したときには、少数派であるために自分たちの言葉の外に漢民族の漢字の平行使用を認めて来たので、異民族支配のときの方が、相対的価値観の許される社会でした。