フロー収入と貧困率

国際標準では65歳以上人口が7%を超えると高齢化社会と定義していますが、中国の2010年の国勢調査結果では既に8、87%に達しています。
ちなみに2012年6月10日に紹介した記事では、先進国の高齢化社会突入時の所得が一人当たり「5000〜1万ドル」と書かれていますが、日本の一人当たり所得は現在約4、88万ドル強になっています。
ただしこれはGDPを総人口で割っている数字ですが、我が国の場合周知のとおり海外からの所得還流の方が大きい(貿易黒字よりも所得収支の方が大きい)社会ですから、正確には、もっと純所得が大きい筈ですが、私にはそれを計算する能力がありません。
(単純に足したら良いような気がしますが、今のところ正確には分りません。)
私の若い頃には、GNP表示が普通でネットナショナルプロダクトと記憶していましたが、いつの間にかGDP・国内総生産になってしまいました。
我が国の場合、今では所得収支黒字の貢献が大きい社会になっているので、国民の実際の収入をみるには国民総所得表示と併記して発表して欲しいものです。
高齢化社会では過去の蓄積で生活する人が多いので、(約1500兆円もの個人金融資産があることは周知のとおりです)正確にはその年の国内生産量だけではなく海外からの利子配当所得の還流も計算に入れないと実際の経済力・豊かさが分りません。
65歳以上の人が再就職の結果毎月の収入が10〜15万円前後しかなくとも、年金や利子配当で月20万〜30万円あって合計40万円以上の人がざらにいますし、無職でも年金や利子配当所得だけで4〜50万円以上の収入のある人がざらにいます。
更に言えば、利子配当・・いわゆる収入が殆どなくとも億単位の預金があれば、(1%の金利ですと利息収入としては年間100万円しかないことになりますが、)自宅等資産のある高齢者は貯蓄の取り崩しで十分生活出来ます。
こうした収入あるいは持ち家・預貯金の有無など考慮しないで、相対的貧困率が上がっていると主張しているのはタメにする議論としか言いようがありません。
ジニ係数・相対的貧困率のコラムで数年前に書いたのですが、(・・間にいろいろ挟まってまだ掲載しないまま先送りになっていたかも・・)高齢者は収入の殆どを利子配当所得あるいは年金収入・・貯蓄の取り崩しに頼って生活している人が大半です。
高齢者の多くは既に自宅等ローン支払の完了した不動産を有していて、生活費が余りかからなくなっている世代です。
(ブランド品その他生活必需品も既に買いそろえていて新たな必要性が少ない世代です・・音楽の好きな人は既に必要な楽器も買ってあるし、ゴルフ道具もそろっている・会員権も取得済みなど・・男性でもリタイヤした70代になれば新たにスーツなど作る必要性がほぼなくなりますし、車なども一旦買えば10年くらい大事に使います・・海外旅行も元気なうちにやり尽くした人が多いでしょう)
この人たちを給与や事業収入がない・少ないからと言って、(仮に1億の預金があっても収入額・・利息収入としてみれば僅かでしょう・・)貧困層に括って貧困層が増えたと議論したり批判しているのは大間違いです。
生活保護増加の問題も基本は同様で、住民票上世帯分離すれば直ぐに認められるような運用に問題があります。
生活保護の場合積極的に金銭をもらうので不正/詐欺と認識し易いですが、公的住宅や老人ホームの自己負担になって来ると、現役の息子夫婦と住民票を分離して低収入として安い費用で済ますのが一般化されています。
老人ホームからそうしないと入れないと言われて住民票を分離したと説明をする人もいます。
ホームとしては親切心で、それまで同居していた息子が大手企業の重役クラスでも所帯分離すれば、おばあちゃんの年金・介護保険等の給付で足りるので、ほぼ無料で入れますよという説明をするようです。
億単位の家屋敷がおばあちゃんの名義でもフローの収入さえなければ、公的サービスが安くなる仕組みに問題があるでしょう。
公的住宅申し込み資格も、年収証明だけであってその人の預貯金がどれだけあるかまでは分りません。
生活保護と違って総資産の調査まで出来ないのでフロー収入(課税証明)に基づいて貧困率や、各種サービス提供基準を出しているのでしょうが、高齢化社会では、フロー収入・課税証明だけみたのでは実態が見えません。

構造変化と格差39(新自由主義9)

イキナリ中国の賃金に合わせて国民平均を10分の1の生活水準に落とすのは無理ですから、この過渡期の解決策として誰か効率の良い稼ぎをしている人からの再分配・・生活保護や社会保障に頼るしかない状態に陥っているのが現在の日本の姿と言えるでしょう。
雇用形態が非正規化して彼らの平均値が従来の正規雇用時の半分の給与になったとしても、なお中国などの5〜6倍の給与水準ですが、本来は同じような単純労働をしている以上は賃金水準が同じであるべきです。
現在の10倍、将来5〜6倍の差になったとしても、日本人が得ているその差は高額所得者からの分配によっていることになります。
世界規模でグローバル化=賃金平準化が進めば、先進国では逆に格差が広がるパラドックスが起きるのは、先進国では生き残りのために知財や研究・高度技術化・金融資本化に邁進しているから、これに乗り換えられた少数の人や企業だけが従来通りの高所得を維持しているからです。
高成長の始まった新興国の方が格差が大きく且つ再分配システムの不備な国多く、先進国では所得再分配システムが完備していることが多いのですが、先進国では再分配・社会保障に頼ることに我慢出来ない人が多いことが社会問題になっている原因と言えます。
ある時期まで対等であった仲間の一人が成功して抜け出して行くのは、うらやましいものの納得し易いものですが、自分が対等だった仲間から脱落して行くのは辛いものです。
貿易収支黒字と所得収支黒字のバランスの変化をリーマンショック前ころに国際収支表を転載して書いたことがありますが、国際収支表の歴年の変化を見ると貿易=国内生産による稼ぎがなくなりつつある姿が明らかですし、その穴埋めとして所得収支の黒字が中心になりつつあります。
(昨年12月と今年の1月には約30年ぶりの貿易赤字でした・この原稿は年初に書いていたものですが、その後、昨年度1年間通じても貿易赤字になり、現在も毎月の赤字が続いている模様です)
所得収支黒字とは海外投資による収益ですから、所得収支が主な収入源になってくればこれに参加しない(労働者でも個人的には株取引している人が一杯いますが・・)給与所得だけの労働者との経済格差が生じるのは当然です。
高度化が進むに連れて一握りあるいは少数になった高所得者から高率の税を取って、これをバラまいているのがここ10年以上の政治ですが、(稼ぐのが一部・少数になったのでバラマキしか出来なくなったのです)このギャップに我慢が出来ないのが格差反対論者の基礎票でしょう。
格差反対とは言え、高収益の知財や高度技術獲得に邁進しないまま従来通りの大量生産だけを続けていれば、低利益率・低所得・新興国とすべて(インフラを含めて)同じ水準に落として行かない限り(ウオッシュレットなど贅沢だからやめないと行けないかな?)国内産業は壊滅してしまいます。
新自由主義批判論者=格差反対論者の意見によれば、高所得者を生まない・・格差をなくすために知財や高度技術開発をやめるべきことになり、ひいては先進国も中国同様の低賃金に引き下げて行くべきだという主張と同じ結果になります。
(実は国内の生産性アップ努力・高度化をやめても、海外収益取得者との格差はなくせません・・海外収益取得をやめろというのかな?)
「貧しきを憂えず等しからざるを憂う」と言う子供の頃に耳がタコになるほど聞かされた共産主義の図式の復活を期待しているのでしょうか?
本家の中国では、約30年前から鄧小平によって「白猫であれ黒猫であれ、ネズミを捕る猫は良い猫だ」というスローガンになっているのに、我が国では未だに「等しく貧しき」を希望する意見が形を変えて主張されているのは滑稽です。
我が国の格差は実際には国民意識もあって諸外国に比べてそんなに大きくありません。ジニ係数などの欺瞞性についてはOctober 28, 2011「格差社会1(アメリカンドリーム)」その他書きましたし、最近ニュースになっている大阪のお笑い芸人の母親の生活保護受給問題でも明らかなように、所帯分離という便法が多用されている結果に過ぎません。
格差批判で高度技術者の高収入を非難しているよりは、高度技術者を大切にして後続者の続出を期待する方が良いのではないでしょうか?
ただし、中国でもあまりにも格差が広がり過ぎたので、国内治安対策の視点から、高度成長にブレーキをかけざるを得なくなったようで、3月3日の報道では全人代が今年度は8%成長目標に引き下げたようです。
実際には海外でささやかれているように昨年から10%前後のマイナス成長になっていて、そのごまかしがきかなくなったので、実態に少しずつ合わせて行くしかなくなったのかも知れません。

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