発明等対価算定2

そこで一審判決では全額認めず2分の一にして相当性検討したかのように装っている(通説の相当因果関係論)のですが、寄与分が半分という結論づけは結果ありきで粗雑すぎるでしょう。
ネット報道と違い判決書自体には、相当性を担保すべき相応の説明をしているのでしょうが、膨大な関係者の工夫次第でその後の発展が変わるのを「神ならぬ身」でこれを発明時に将来を見通してどうやって合理的評価できたと認定したのか不明です。
報道関係者の理解を超えているから、合理的説明報道できず?「この発明なければ日亜がこれだけの利益を上げられなかったから「寄与分半分」と決めたような解説が流布しているのでしょう。
しかし、「これがなければ現在の結果がなかった」という論理は、条件的因果関係があったことを示すにすぎず、寄与分算定に使う論理ではありません。
親が産まなければ、彼はこの世にいなかった=この発明もなかったとなるのですが、途中挫けそうになったときに妻の支えがなかった場合続かなかった・これも半分?何かの病気で一命をとりとめた・・このとき手術してくれた医師がいなかったら・・これも半分?社長が研究をさせてくれなかったら・・これも「半分」と言い出したら半分の権利を持つ人がいっぱいになってキリがありません。
このように条件的因果関係と発明の寄与分判定とは関係がないことは誰でもわかることです。
こういう関係は個人が感謝の念を説明するレトリックであって、合理的分配の論理ではありません。
野球試合で言えば、試合に勝つには多くの関係者の功労の積み重ねで勝てるのです。
5対5の同点延長回に代打起用した選手のヒットで1点とって勝利した場合、その選手のヒットがなければ勝てなかったのでその代打選手功労が半分、その前に2塁あたりまで出塁していた選手の功労が半分(2人で1点得点なので2人で半分の功労?)、代打起用した監督の采配成功が半分の功労、その前に5対5=延長試合に持ち込んだ選手の功労(ホームランばかりではないので 1点取るには出塁者が最低2人以上とすれば最低10人の功労が一つでも欠ければ最終回4点で延長にならなかったので約10人がそれぞれ半分の功労です。
10人に一人一人に半分功労を認めると合計でどうなるのかな?
そもそも芸術分野と違い現在の発明発見といっても、常温超電導技術の開発競争に関して01/11/03「文化発信国家へ(教育改革の方向)1」その他で何回か書きましたが、
理化学系の研究はすでテーマが決まっていて、いかに他社に先駆けて成功できるかの先頭競争が原則化しています。
最近では、京大山中教授のIPS細胞の研究成功も、数年前にデータ偽装で話題をさらった理化学研究所の小保方氏の研究発表もおなじですが、研究テーマ・方向性がある程度決まっている先陣競争です。
細かく言えば、山中氏も中村氏も開発手法が独創的だったからノーベル賞受賞になったのでしょうが、ここでは大きな最終目標を書いています。
発光ダイオードも成功すれば夢の商品になるということはすでに決まっていて、その開発成功の一番乗り競争(ガリーム系のコースを突き詰めたのが当時の主流と違うというだけ?)をしていただけですから、もしも彼が成功しなくとも後1年〜2〜5年後に誰かが成功していたかもしれません。
そういう場合、実用化が1〜2〜5年遅れただけのことで受けた人類のメリットもそれだけの時間差でしかなかったのです。
この辺が葛飾北斎の絵は彼がいなくとも10〜100年後に同じ絵を描けたか?との違いです。
発光ダイオードの場合、電飾や家庭内の日常的照明器具に広げるにはデザイナーの能力とそれに適応する製品工夫等の総合作用ですから、分野分野の工夫等の功績を差し引いていく必要があります。
発明時点で発展性があるとわかるだけであって、その時点で上記各分野の工夫がどういうものかどういうコストになりどういう儲けにつながるのか不明なので、科学的に算定することは不可能です。
いわゆる「神のみぞ知る分野」ですので、開かれた市場がある限り市場評価に委ねるのが合理的です。
そして高裁判断は当時の市場評価を分析した結果だったので市場・投資業界を含む評価を得たのでしょう。
これを受け入れるしかなかった中村教授の自己評価および周辺関係者の評価が市場相場に比べて大きすぎたことを自ら認めたことになります。
特許対価とは言えないかもしれませんが、画期的成功と囃し立てられた新事業の4〜5年の後の結果事例として以下の記事を引用します。
19年9月18日の日経新聞朝刊1pには、

2013年当時東大助教の中西雄飛氏が、アップル上級副社長アンデイルービン氏から「20年かけてでも大きな夢を実現しようと声をかけられて二足歩行ロボット開発ベンチャーをシャフトを売却するきっかけだった。ところがルービン氏が退社すると18年にシャフトを解散5年で見切りをつけた。」

とあります。
5年後に同副社長が退任すると解散になった・・これ以上開発努力してもモノになりそうもない・アップルが見切りをつけた事例紹介です。
画期的発明発見の報があると世界企業による「種や芽のうちに早く仕入れて大きな果実を得ようと買収競争・・青田買い?が盛んですが、そのうちどれだけ芽が出て果実をとれるかのリスク次第ですので、そのヨミ次第でタネや芽の評価・相場が決まるようです。
テスラがメデイアの寵児となり、時流に乗り遅れまいとトヨタやパナソニックなど日系企業が連携を深めましたが、いつまでたってもテスラの生産が軌道に乗らないのでトヨタは早期に縁を切りましたが、パナソニックはなお電池共同開発を続けるようです。
部品製造業としてパナソニックは、テスラの将来性は別として今のところ採算ライン(赤字でさえなければ)で買ってくれればいいという気楽な面もあるのでしょうか?

発明等対価と顕彰(ノーベル賞)1

中村教授のノーベル賞受賞と、司法判断との関係を考えていきます。
ノーベル賞の存在意義をこの機会に考えてみると、画期的発明発見あるいは業績が人類の生活向上や文化・文明発達にいかに役立つものであっても、すぐに経済利益に結びつかないことを前提に、後世の人類の利益?福利に貢献すると認められる成果に対するご褒美(副賞としての賞金額は微々たるものでしょう)として存在意義があるのではないでしょうか?
この辺は人間国宝とか各地の顕彰碑等々も同じ思想によっているように思われます。
将来は平和貢献・・例えばある戦争を終結に導いた功績・・戦争勃発直前の緊張を平和裡に解決した経済価値が何兆円と算出できる時代が来るかもしれませんし、ある詩文が、人類の癒しに与える功績を現在価値に換算する公式が発明されるかもしれませんが、当面は経済価値を算出できないのが現実です。
対外戦での功績・領土拡張の功績やため池を作った場合など、今すぐに地域利益に貢献しないが、将来の年金的なプラス功績がある場合に年毎の地域収入増加に報いるために一定領地を分封して将来の褒賞を年金的に支払う仕組みに一定の合理性があったことを「中国軍に解放してほしい日本人がいるか? 1」Sep 15, 2019 12:00 amに書いたことがありますが、今は世襲制がタブーになっているので名誉を称えるしかないのが現状でしょう。
ノーベル賞や文化勲章受章は作家の場合、作品が受賞によって爆発的に売れて作家に大金が転がり込む副次効果程度でしょうか?
作家でない場合には一時的に、講演会のお呼びが増えるのかな?
ノーベル賞は経済的対価を得にくい業績に対する顕彰目的に存在意義がるとすれば、ノーベル賞受賞で中村教授が見返したつもりとすれば、筋違いであったことがわかります。
画期的商法で大儲けできた人はそれで十分であって、それ以上に顕彰する必要はないでしょう。
儲けられないから顕彰するのです。
人間国宝等の芸術面ではなく経済的発明の場合でも、古くはアダムスミスの国富論に始まり〜リカードやケインズ理論など経済学等の新理論亜g出ると世界経済運営に与える影響も大きいですが、これに対する価値の算定方法がない・大学教授職や名声程度しか対価がありません。
産業に直結しそうな化学発明も元はこのような対応だったのでしょうが、今は先物取引市場が発達していて目に見える商品先物(コメの先物取引は、すでに江戸時代に堂島で始まっています)だけでなく、発明や特殊新規商法があたった場合の新興企業の買収・・創業価値も一種の先物取引的直感力の値決めで上場する時代です。
これにファンドなど投資家(金を出すとなればシビアーです)が呼応するか横を向くかによって市場価値が決まっていくものです。
発明と関係ないかもしれませんが、いわゆるIPO?目的でソフトバンクGが今年1月に買収したばかりのウイーワークが上場延期に追い込まれたのは公開前の事前購入打診で思うような反応がなかったことによるものでしょう。
詳細不明ですが、プロの買収でも大勢の市場参加者(資金を実際に出す者)の評価と大幅な乖離があったことを示しています。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO49608050Q9A910C1000000/?n_cid=SPTMG002

IPOに向けて最大の懸案は公開価格だ。ウィーの主幹事が投資家への聞き取りをもとに条件決定時の想定時価総額を算定したところ、200億ドル程度にとどまる見通しとなった。ソフトバンクGが1月に出資した際に見積もった評価額は470億ドルだった。わずか8カ月で価値が半減したことになる。
市場では「ソフトバンクGが出資時に高い価格を払いすぎた」との見方もあった。

もっと言えば株式市場の相場自体が数ヶ月先あるいは数年〜10年先の企業業績見通しでその日の相場が決まっていく点で先物市場の一種と言えるでしょう。
古代の熟語「奇貨おくべし」も始皇帝の親「子楚」(のちの荘襄王)の将来性に目をつけた商人=のちの呂氏春秋で知られる呂不韋が言ったか思った気持ちの表現として残っています。
農家の青田買い同様でいつも先に先に目をつけた方が、うまく行けば利幅も大きい代わりにリスクも大きくなるものです。
絵描き等の人物評価はその道のプロであれば、その子や若者が将来ものになるかどうかすぐわかるでしょうが、化学・科学発明がどういう商品の基幹技術になり、それがどのような商品開発に繋がり大化けするかは、その他の分野別発明家の関わり方次第・・不確定要素が膨大です。
将来を現在価値に落とし込むのが市場評価とすれば、将来それを商品化しいろんな分野に使えるように工夫する人たちの功績も加わってのことです。
ノーベル賞の場合には、この不確定要素を捨象したうえで大元の原因になったことを高評価顕彰しているに過ぎません。
トランジスタの発明はソニーの商品化成功によって大化けしたのですが、その売り上げの大半は商品開発販売(そのためには膨大な工場や店舗投資や販売人員や広告宣伝費(商品デザインや広告宣伝の出来不出来によるのでデザイナーに帰する部分があるなど)に成功したソニーに帰するし、ソニー開発技術を踏み台にさらに新たな商品開発に成功した場合もその新商品開発者に売り上げの大半が帰するべきです。
発光ダイオード訴訟の一審判決は、こうした膨大な経路の寄与者の必須性を簡略化?して、現在結果は中村教授の発明がなければ存在しなかったことを理由に少なくとも二分の1の報酬を払うべきという論理だったようですが、これがなければ結果がなかったから2分の1という論理はどこかおかしいでしょう。
これがなければ結果がないというのは法学では、因果関係論では条件説と習いますが、落語のテーマだったか?「風が吹けば桶屋が儲かる」とかネズミの嫁入りの話に似て、一見論理的なようでいて、結論に無理のあるお話です。

発光ダイオード特許事件(発明対価とは?)2

発明した時点でそれが将来どういう企業利益をもたらすかは誰にもわかっていません。事業化に成功するかどうかは経営努力や関連発明の成果によって決まるものですhttps://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/200408/jpaapatent200408_041-049.pdfによれば以下の通りです。

青色発光ダイオード特許事件の一考察
最近の裁判で示されたものはいずれも発明が実施または実施許諾されたもので,この実績を拠り所にして対価の額を算出しているが,現実の企業活動の中での発明については,出願時は勿論のこと,特許の登録時においても実施されていないか,実施されていてもまだ本格的になっていないという状態にあるものがかなりの割合を占めていると考えられる。
出願時や登録時にその発明の将来の実施の状況や実績を予測することは不可能であり,関係者にとって納得でき合理的な何らかの便宜的な方法を案出して実施する必要があろう
また,前述の発明者の貢献度をどのように決定するかもなかなか困難な問題である。最近では企業内の研究開発はチームで行われることが一般的であり,また,開発成果である一つの製品についてもそこには多くの発明が含まれていることもあり,このような中でそれ (青色発光ダイオード特許事件の一考察-49-Vol.57 No.8パテント2004 ) ぞれの発明について誰が真正な発明者であるか,そして一人一人の発明者の貢献度はそれぞれどれぐらいであるかを決めなければならず,客観的に正しく決定することは困難を伴う。
さらに,その発明が実施され,具体的に製品が製造され,販売され,あるいは特許を実施許諾してライセンス収入があった場合などについては,企業内の極めて多くの部署の人の貢献によってはじめて製品の販売による利益やライセンス収入が得られるのであるが,この場合に関与した多くの組織や人の貢献度を考慮して,その特許の貢献度をどのように決定するかも現実の問題としていろいろと困難な点を含んでいる。

以上論説や批判論を見ると、研究や技術開発の実態を見事に言い当てています。
ダイヤの原石価格と宝石屋の価格は何百何千倍も違うし、農作物のようにそのまま食べられるトマトでものでも、農家の取り分は(農作物といっても種類によって当然比率が違い、豊作かどうかにもよるでしょうが、)概ね店頭価格の3割前後と言われます。
ましてタネを蒔いてから、収穫までの労力・コストもあります。
発明発見は農産品のタネに当たるもので、コメや野菜は、実れば必ず商品価値があるものですが、発明発見が将来的に有望というだけで、今すぐ商品価値があるのかわからないものです。
ソニーのトランジスタの例が有名ですが、トランジスタ自体はもっと前から発明されていたのですが、宝の持ち腐れ状態の時にソニーが商品化に成功したものです。
商品化に成功するには大量生産や流通ルートに乗るには、発展系・小型電池開発などの周辺技術開発(特許)あってこそ成り立つものです。
トランジスタの特許権者は実用化に困っていたから将来の大成功を知らず、後から考えればソニーとの格安(当時としては相場で)ライセンス契約をしたのでしょう。
ソニーが商品化成功したからといって売上利益の半分をよこせ言えないでしょう。
ただし訴訟の事実関係が16日山崎氏の引用の整理通りであったかは別問題ですが、上記「考察」にも事実関係が詳細にでていますので、関心のある方は上記に入って直接ご覧ください。
和解で終わっているので結論(和解条項)しか公表されませんが、そこに至る前提事実の積み上げ・事実の決着は法的には灰色のままです。
1審判決で認容された200億支払いが高裁で8億(元金6億の提示らしいです)に減った和解に応じたという事実から憶測するしかない状態です。
和解内容では、中村氏の訴え対象は、関連特許全部の請求をしないで1件だけの請求だったらしいのですが、和解では未請求分全部の特許を含めて合計元金6億に絞られているようです。
以上によれば元々の請求分だけなら6億よりももっと少なかったことが明らかです。
もしかして数億程度?とすれば、人生かけて日本の企業文化を世界中で批判してメデイアを騒がしたのは何だったのか?という印象です。
昨日紹介した山崎氏の表現では中村氏は「屈辱的和解」に応じざるを得なかったので、悪態の一つでもつきたいところでしょうが、日本社会でそれを言ったらおしまいです。
これを言ってしまったのが、彼のガードの弱いところでしょうか?
16日紹介した産経記事では「中村氏自身が、判決後の記者会見で、「100パーセント負けですよ」「日本の裁判制度は腐っていますよ」と興奮気味に怒りをぶちまけている」と言うのです。
ここまで言えば「後がない」でしょう。
にも拘わらずノーベル賞受賞で、調子付いたのか、日亜化学に大して関係修復提案してあっ去り、拒否されてしまったことをこのあとで紹介します。
鎌倉時代の運慶展など見に行ってもそうですが、安土桃山の狩野派の絵も等伯の絵も集団製作に頼っていたもので、創作度の高い芸術でさえ工房の集団制作でなし得るものです。
歴史上の有名人だけでなく、現代活躍中の日本画家加山又造のアトリエというか工房のテレビ放映を数十年ほど前に見たことがありますが、多くの人が働いていて一種の工場のような感じでした。
絵を書いても全部が高い評価を得られるわけではなくボツになる作品もあるでしょう。現在の世界に影響を与えている主流的芸術?となっているアニメ制作も同様の集団成果でしょう。
いわゆる虫プロに始まりスタジオジブリ、今回大被害を受けた京アニ、全て集団で行なっています。
京アニメ被害事件の報道を見ると、見るからに現在の製造工場的イメージの建物です。
有名集団でも制作すれば全部が全部世界にヒットするわけではありません。企業の研究開発も成功例より失敗例の方が多いのが普通で、それらの損失コストも負担しなければなりません。
最近では認知症新薬開発についてかなり進んでいた実験を取りやめたとの報道がありました。
https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=67819

公開日時 2019/07/22 03:50
バルティス アルツハイマー型認知症治療薬として開発中のBACE1阻害薬 フェーズ2/3中止

以下は17年9月5日の週刊現代の記事です。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/52749

世界中の製薬会社が次々と撤退「認知症の薬」はやっぱり作れないのか
25年間、数千億円かけても全部失敗
イーライリリーはこれまで25年以上、認知症の研究を行ってきました。投資してきた額は、30億ドル(現在のレートで約3300億円)にも及びます」

成功する前にいくつも失敗した教訓も役に立つ・・コストも負担してこそ企業・組織が成り立つものです。
成功した場合の売り上げは社長・代表者ひとりの収入ではなく、時間軸で言えば現役だけで分配すべきではありません。
過去の研究者の積み上げた功績もあり、将来失敗にめげずに挑戦すべき将来研究資金確保を含めて工房・開発参加者皆の功労に応じて分配すべきものです。

格差社会2(職務発明と労働分配率)

国全体のGDP・付加価値を合計して・・総人件費との比率・・労働分配率が下がった(上がっている場合にはトンと話題になりませんが・・)などと言う抽象的批判さえ言えば、片が付く時代ではありません。
平和主義と言いさえすれば、平和が維持できるものではないのと同じです。
ある企業内で考えても、発光ダイオード事件の報酬が低過ぎると裁判になりましたが、・・あるいはノーベル賞受賞した田中氏の例見ても分るように、世界展開する先進国企業では、貿易黒字よりも所得収支黒字が中心になっていることと比例して国内的に見ても今や現場労働の比重が低く、研究開発部門・知財を生み出す比重が高くなっています。
こういう人の高収入をやっかむ必要がない・・伸びる人や分野はどんどん伸ばしてやるべきです。
いわゆる職務発明の対価が会計上どう言う分類になっているのか知りませんが、労働対価であれば請負のように成果に関係ない筈ですから、・職務発明対価は研究成果によるのですから、人件費と言うよりも、発明の対価(特許権は発明者に原始的に帰属する→権利譲渡)ですから、企業にとっては土地代金のような譲り受けのコストであり人件費にはならないでしょう。
この種の人の受ける報酬がいくら増加しても労働分配率が上がるどころか(企業の総コストが一定であれば人件費率が下がります)逆に下がる仕組み・・高額報酬が労働分配率を計算する際の人件費から抜け出しているのです。
http://www3.grips.ac.jp/~ip/pdf/paper2004/MJI04055goto.pdf
「職務発明の「相当の対価」の法的性格と算定方法について」平成17年2月
 後藤 信之(MJI04055)
1はじめに 本論文の目的
「・・・発明の権利は従業者に原始的に帰属するという前提(発明者主義)の下で、無償の通常実施権を使用者等に与えると共に、特許を受ける権利や専用実施権の設定権を事前の取り決めによって一方的に使用者が得られる代わりに、その対価を従業者に支払わなくてはならない旨 35 条で定めている・・」
(3)「相当の対価」を巡る論点
①青色発光ダイオード事件(2004.1.30東京地裁判決)(稲垣注→200億円)
本件は、東京高裁の勧告により平成17年1月11日に、支払額約8億4,400万円(発明の対価は6億857万円、遅延損害金(利息)を含む)で和解が成立した。
②光ディスク事件
日立製作所元従業員が光ディスク読み取り機構の発明に対する対価を
求めて、東京地裁に提訴(要求額は 9 億 7000 万円)。2004 年の2審判決
では 1 億 6500 万円の相当の対価を認めた
③味の素アステルパーム事件
人工甘味料アスパルテームの工業的製法を発明した元研究所長が「相当の対価」を請求。2004年2月24日東京地裁は味の素に約1億 8900万円を支払うよう命じ、原告・被告共に控訴していたが、東京高裁にて1億5000万円で和解が成立した。」
職務発明の問題は生産性引き上げに貢献した人に対する正当な対価が支払われるべきであって、生産性向上に何の寄与もしない労働者が格差反対だけ叫べばいいものではありませんし、労働分配率だけ上がることはあり得ません。
職務発明対価は言わば生産工程合理化のために導入した機械設備のコストと同じで労賃支払いにカウントされない・・労働分配率で言えば分配率を下げる・逆の働きをしています。
このように一見企業内労働者のように見えても、知財の場合には人件費と別の支払い対象になる分野が増えています。
メデイアでも成功して高給取りになるとフリーアナウンサーやコメンテーターなどになって独立していくのが普通でこれは外注費になっていき、労働分配率から外れていきます
アップルで言えばジョブス氏の貢献によって世界中で大規模にスマホが売れましたが、大規模生産が出来たのはジョブズの知恵と中国の労働者が働いたからであって、アメリカの労働者がこれに何らの貢献もしていないでしょう。
アップルの高収益とアメリカ国内の労働分配率を比較して労働分配率が下がったと嘆く経済評論家はこの世にいないと思われます。
格差社会の広がり・・労働分配率の低下があるとしても、社会構造(被雇用者内で高額報酬を得る人〜単純労務に細分化してきた結果、高額報酬を得られる人は人件費扱いではなくなっていく)の変化の結果であって原因ではありません。
金融業と言っても地域金融と国際金融があるように、弁護士にも国際派と地域で弱者救済・・リテールを追求する弁護士など色々あるように・・労働者といっても仕事の工夫をして役に立つ人と立たない人が昔からいます。
私の子供の頃のクラスには、教科書を読めない子もいたなど色んな能力の子供がごっちゃになっていました。
共通項は同学年・同一地域と言うだけでした。
小売店も個人商店中心の玉石混交時代と違い、明治以降デパート等の大型商店が発達し、戦後はスーパー〜コンビニ等になり個人物販店がほぼ消滅状態ですし、飲食店でも個人経営中心からチェーン店化が進んでランクづけがスライス化して来ました。
労働者も学歴が高卒中卒の違い程度でみんなごっちゃに働いて年齢差程度を基準に賃金を貰っていた時代と違い、今では一人一人の能力を査定して能力に応じて分配率が違う社会です。
子供が4〜5十年前から偏差値で分類・輪切りされるようになっていますが、「末端労働者」と一口に言っても労働者になる前からこの振り分けが極度に進んでしまった社会になっています。
期間工や派遣の時給は画一的と見えますが、採用側から言えば大量の対象者を細かくスライスして能力に応じて何千人単位で時給を決めているだけ・・作業効率の工夫を出来る人材は別に処遇しているし、よりもっと高度な工夫・・研究段階になれば、研究員となり院卒・研究者も内部階層化が進んでいます。
役に立つ点を見込まれて一定の出世する人にとどまらず、研究員の場合には、発光ダイオード事件のように何億と別途もらう人が出てきます。
ここまで来ると個人で賃金とは別に対価をもらうので、企業にとっては外注的コストですから労働分配率アップに貢献していません。
ところで、サービス業化が進むと労働対価が低下する傾向があるのは何故でしょうか?
この辺を解明しないまま、単に「労働分配率が下がっている」という教条的主張だけでは解決しません。
似たような傾向の意見では、昨日(27日)の日経新聞大機小機(19p)には、日経平均が民主党政権時代から2、5倍に上がっているが、経済実態とかけ離れていると批判しています。
引用すると以下の通りです。
「..旧民主党政権時代に8000円台で低迷したが今やその2、5倍になっている。・・他方実体経済では様子が異なる。消費もGDPも殆ど増えていない。今後この状態が変わるとも思えない。」
「株価は本来実体経済の今と将来を反映するはずだ。ところが今はこの2つが乖離している。」
続けて内容を読むと日銀や年金基金等による株式購入・・官製相場を懸念するもので、確かに問題がないとは思えませんが、書き出し及び内容のトーンを見ると如何にも現在の株価は実態と乖離し過ぎている・・官製相場で国民を誤魔化しているから将来に禍根を残す悪い政治ではないかという・・印象を受けます。

格差社会1(業種内格差)

勝ち組負け組と比較されて勝ち組に入っているようなイメージの金融業ですが、内部では負け組みの方が多いでしょう。
中小地場産業の衰退により金融業で多くを占める従来型の預金を集めて融資する程度の地銀や信金業態では低金利下では負け組です。
グローバル化について行けない旧来型金融事業者では、地域密着とか言っていますが、結局は小口金融→消費者金融(住宅ローンとカードローン)に活路を見出すしかない状態です。
サラ金に対する総量規制の穴埋め的特需で広がっていた銀行系カードローンも過熱気味=限界になって来ましたし、相続税対策などの勧誘によるアパート建築や住宅ローンの限界がくると金融機関淘汰が始まるでしょう。
格差社会の象徴として反感を持たれているのはグローバル化に成功しているファンドマネージャ−や為替のプロその他の一握りであって地銀や信金等とはまるで違う世界の業種です。
弁護士業界で言えば国際化・・M&Aその他で今風にごっつく稼ぐグループと、これについて行けないその他大勢・法テラス相談→受任や国選事件等の割当を中心としている弱者救済?グル−プに2極化して来ました。
個人事業主の減少によりこれらを顧客にする中間層の弁護士が細ってきたのです。
世上中間層の激減というとホワイトカラーのみ注目されますが、個人商店がスーパーやコンビニに押されてほぼ消滅→その他事業も大手の子会社ばかりで独立系の事業者が減って来たことも重要です。
地域の個人事業者の激減が、中小企業・・中間層を顧客にしてきた地銀・信金の経営基盤が崩壊して困っているように、中小企業とは言っても実は世界中で大手系子会社しか滅多に事業展開出来ない社会になってきたことが、格差・2極化を進めた原因です。
同様に弁護士の政治色激化は、個人事業主系・中間層系の顧客大幅消滅が大きな影響を与えているように見えます。
今や信金並みに地域密着・弱者に優しい視点で生き残るしかないグループが弁護士会の大多数を占める状況で、格差反対・・正義を標榜するしかない結果どんどん先鋭化して行きそうな雰囲気です。
地域的に見ると東京都心からの距離・時間に比例して不動産価格が安い結果、この時間距離に居住者・事業レベルも比例して行く→これらを顧客にする各種の事業内容もこれに制約される傾向があります。
弁護士業務も地域事業者や居住者を顧客とする以上は、地域の顧客分布から逃れることは出来ません・・この結果、若手を中心に弁護士業務も法テラス経由に頼る傾向が出てきました。
我々世代も、最初のうちは、公共団体の法律相談や国選事件等で腕を磨いてから個人事業主等を顧客にするようになって一人前になって独立したものでしたが、今は個人事業主や零細企業が地域からどんどん減って行く結果、法テラス相談から脱皮出来ない若手が多くなって来たようです。
個人事業主を主要顧客とする我々世代が引退すると弁護士業界も2極化(格差拡大)が進むでしょう。
急激な増員の結果、経験10数年前後未満の弁護士が6~7割を占める状況ですから、会内で格差に苦しむ人の比率が急速に高まっています。
生活保護申請を援助しながら明日は自分かも?という危機感がある・・人ごとではなく自分自身の問題になっているのです。
世間では弁護士が偏った政治意見で行動しているという意見が強いようですが、過去10年以上も日弁連会長選挙のたびにより急進的意見を唱える候補者の得票率が埼玉と千葉弁護士会で圧倒的に高い傾向が続いていたのは、都心を軸にした同心円的分布で同じ顧客地盤で働いていることによります。
6月26日日経新聞朝刊13pには、森・浜田松本法律事務所の弁護士がFT弁護士表彰 で部門賞を受賞したと出ています。
VB向けの資金調達方法・・新株発行条件の工夫をした点・・事業が軌道に乗ったら優先株に変換できるアイデア?・・が評価されたようです。
もしかして、この法律事務所内でも下積み的にデータ収集や分析作業に特化している弁護士の方が多数になっている・・同一事務所内格差が大きいかも知れません。
森・浜田松本法律事務所の本日現在のホームページによると以下の通りです。
パートナー(外国法パートナー1名を含む):101名
アソシエイト:233名
客員弁護士等:29名
外国法弁護士等(外国法事務弁護士3名を含む):29名
外国法研究員:1名
この事務所の評判ではなく一般論ですが、大手事務所は毎年大量採用しているにも関わらずそのまま人員増加数にならないのは、(サムスン同様に)その大方が5〜10年以内で(パートナーに昇格出来そうもない人が)吐き出されてしまうからであると言われています。
http://blog.livedoor.jp/kawailawjapan/archives/7733404.htmlによれば15年1月現在の採用数と現事務所在籍数は以下の通りです
順位(昨年順位)          (2015年)   (2014年)
1(1) 西村あさひ法律事務所   34人/501人  (25人/473人)
2(2) 森・濱田松本法律事務所  27人/359人  (32人/342人)
3(3)長島・大野・常松法律事務所 30人/321人  (19人/325人)
4(5) TMI総合法律事務所   27人/320人  (26人/294人)
5(4)アンダーソン・毛利・友常法律  22人/310人 (14人/310人)
6(6) シティユーワ法律事務所   6人/128人  ( 3人/126
このように弁護士という專門職業分野でさえも(同一事務所内でも)最先端で活躍するグループとその他に大きな分化が始まっています。 
大手事務所から吐き出されたり初めっから挑戦すら出来ない人は不満でしょうから「格差反対」に走りやすいですが、社会全体で見ればせっかく伸びる分野を叩く必要がありません。
旧来型商法にこだわっているグループに比べて、リスクを恐れずに新たな分野に挑戦するグループは(失敗して消えていく人の方が多いかも知れませんが)その代わり成功すれば一頭地を抜くのは当たり前です。
格差社会とは、鄧小平が改革開放政策採用に際して言ったことは、平等や格差を気にせずに稼げるものから まず走り出せば良いという意味ですから、格差発生を気にしていたら何も新しいことは生まれません。
人の真似できないことで新機軸を出して成功するのを、非難するのは間違っています。
努力せずに才能もないのに親の7光で格差があるのはおかしいですが、努力が成功した結果の格差発生が悪いことのように非難されるのは不思議です。
実はオートメ化・IT化(ソフト関係者の取り分)、ロボット化、資本家その他いろんな業種内で、勝ち組負け組が起きているので業種別に言えない時代・・業種内競争・・業種内格差拡大時代が来ていると言うべきでしょう。
実は労働者内でも分化がもっと早くから進んでいます。
正規・非正規の分類がその代表ですが、その前から公務員と大手中小従業員の違いホワイトカラーとグレーカラーの違い、サービス業と製造業従事者の違い、専門職でも医師や弁護士等と職人との違いなど色々と分化して来ました。