タレント発言と炎上2

バラエテイ番組等での炎上パターンには、日頃テレビ局の言いたい本音を99%体現しながら、ギリギリ批判の手がかりを与えないように細心の注意を払っているので、テレビ発言の誘導方向に不満な視聴者に不満を言わせない・つけ込む隙を見出せない不満な視聴者がいっぱい発生している時に、ちょっと一線を超えた発言をした時にいいがかり的な炎上が起きるようです。
女性プロレスラーの場合何が炎上したのか知りませんが、普段の歯切れ良い発言に不満を持つ人がそれだけ多かったということでしょうか。
テレビ局のシナリオ通りの発言であったとしても、テレビ局としては識者の発言をお願いしていたという無責任体制で今の所、形式上まかり通っています。
発言者の個人が炎上したら、そのタレントを外してとんがった発言のとんがり程度を若干控えめにするという微調整ですまし、テレビ局自体の責任がないことになるのでしょう。
沖縄サンゴ礁のやらせ放映に始まり報道会のやらせ体質は変わらないでしょうが、批判対応のためにテレビ局自体が直接報道するのではなく、フリーのジジャーナリストや専門家・評論家・・テレビ局お抱え的独立タレント等を集めたバラエテイ番組系が発達してきました。
何か言い過ぎがあってもその「出演者の自己責任」という切り分けです。
とはいうものの、ぶっつけ本番では話題が散漫になりすぎるのであらかじめ骨格的シナリオを作る→あとは先生方の豊富な識見に基づく自由なご意見を!と放任していたものの言い過ぎないように大雑把な肉付けが増える→それでもアドリブに任せて言い過ぎて炎上しないようにスタッフの事前チェックが入るようになっているのが現状でしょう。
テレビ局としては時々炎上がある方が、どの辺までのとんがった発言が許容範囲かの手がかりになるし、テレビ局本体への直接批判が来ない・炎上したジャーナリスト(フリー)は切り捨てれば良いので実は便利な存在です。
テレビ局自身直接標的でなくとも、テレビ発言等に対する炎上→事実上テレビ局側の運営(局ごとの傾向が顕著なので)に対する不満表明でもあるでしょうから、気になる点は同じですので、マイナス反応する方を悪者扱いして非難Twitterを控えるべきという論がネットで出ているのは、結果的にメデイアの主張に反対するな!という効果を狙う旗振りのようです。
メデイアの主張をフリーにやらせている以上は、個人のフリージャーナリスト等が標的になるのは仕方ないことでしょう。
もともとベトナム戦争頃頃から現地報道記者の生命危険に対する補償リスク回避のために目立っていた外注化の傾向が、国内でも政治リスク回避目的の外注化が浸透してきたと言うことでしょう。
石垣参議院議員に戻ると、政治家の場合発言内容に対する事前チェック組織をテレビ局のように備えていないので、思いつきTwitterを発するとリスク管理のない分に比例して炎上リスクが高まります。
非難の殺到は、「病気と闘う人に対する・・」という正論で攻めていますが、日頃の「とんがった」?発言(石垣議員自体を知らなかったのでどういう発言で有名になっているのか知りませんので想像です)に不満を抱いている人が攻め口を見い出したということでしょう。
(彼女の支持者は、困ったなと思っても、炎上の拡散に加担しないでしょう)
以上を見ると政治家は国民の関心事について政治発言を抑制すべき!というのは正確ではなく、政治家は本筋から離れた炎上されないように慎重にリスク管理すべきですが、政治発信を抑制すべきというのは本末転倒です。
発信を抑制するしかないようになれば、政治をやめるべきです。
質問されて答えない場合も答えない政治責任があります。
国家規模の影響力ノアある政治家の場合記者会見で質問ですが、若手政治家の場合地元支持者の政治姿勢に対する具体的質問に手際よく答えないと次の選挙に影響します。
私の地元自治会の新年会や敬老会などに与野党政治家が来ることが多いので具体的質問が飛ぶことがありますが、逃げることなく具体的に問題点を整理して解説できる政治家もいれば出来ない政治家・しっかり対応していきます程度しか言えない政治家もいます。
地元政治家の能力テストの場のようになっていて、面白い場になっています。
8月31日に書き始めていた不自由展論争に対する各弁護士会声明に対するコメントに戻ります。
弁護士会は政治運動体ではないので、なんでもコメントする義務はないのですが、声明を出しているので見ておきます。
地元愛知県弁護士会の声明はいかにも市長の発言が表現の自由妨害になるような表現ですが、公的補助基準該当性の問題に過ぎないテーマを表現の自由に対する妨害のような格上げ主張は筋違いでしょう。
(一部脅迫的言動もあったようですが、それに対する声明ならばそのように特定して書くべきでしょう)
一方サイレントマジョリテイ側・不自由展で昭和天皇の写真類似作品を燃やし踏みにじったり、慰安婦像の展示を許せないという側の主張はういキペデイアで見ると産経の主張が紹介されているだけで、紹介記事は自由展擁護論が圧倒的多数ですが、それへの今後の対応はどうなるのでしょうか?
政府は民意に敏感ですので、
① 文化庁補助金交付基準として特定政治活動でないことを基準にした場合、各自治体が当然の前提としていた政治活動除外の運用を明記するようになる可能性が高まるのか、
② 今回の騒動に驚いて逆に無条件化するのか?
③ 運用強化論
2択政治・・論争になるのは日本人の好まないところですので、政治主張の強い文化活動には補助金を出さないという事実上の運用強化でそろりと動き出すのでしょうか?
①の政治利用目的禁止が明文化された場合、基準自体が憲法違反という争いになるのでしょうか?

政治家は発言を抑制すべきか?4(女性プロレスラーと炎上)

政治家は国民の負託を受けて政治活動するのが職責である以上、国会や市議会外でも意見を求められれば、抑制どころか自己責任覚悟で述べるのは職責でしょう。
8月28日の安倍総理辞任表明により、自民党総裁候補が出揃ったところですが、発言抑制どころかどのような日本にしていきたいのか自己アッピールして国民理解を求めるべきが当然です。
一般人は説明責任のないことには、原則として発言を求められることはありませんが、発言する以上は責任を伴う点は同じです。
政治家と一般私人の違いは、発言の影響力の違いによって慮る利害の範囲が違うので政治家の方がより慎重にする必要があると言う効果の違いでしかないでしょう。
大声で話すときとひそひそ話とでは会話内容に違いがあるのは、多くの人に聞かれて良いことか?周囲に迷惑をかけていないか注意するのと同じ・・自己を守る知恵を働かす範囲の違いです。
女性プロレスラーの言動が炎上して自殺した事件があり、一人一人のチョットしたツイッターでも数になると巨大な影響力を持つので批判意見を遠慮すべきかのような解説を読んだことがあります。
しかし、巨大な視聴者相手に影響力を与える言動をすれば、影響を受ける数に比例したプラスマイナスの反応があるのが当たり前ではないでしょうか?
どういう言動で批判が殺到したのか関心がないので、ニュース表題しか読んでいないので内容不明ですが、世の中には不満タラタラで何かきっかけがあれば、衆を恃んで不満をぶっつけたい有象無象がひしめいているので、気をつけるべきという教訓でもあるでしょうが、多くの人に発信すれば、良い反応も悪しき反応も受信者の数に比例することになります。
内輪の会合で述べた会話が漏れたのと、初めっから数百万以上の視聴者相手に述べるのとでは反応力が違う筈です。
以下には母親の主張は記載されていませんが、大方の流れは紹介されています。
女性プロレスラーの母親?の主張は「テレビ局の振り付けどおりにしていただけなのになんで娘が批判されるのか!」という主張だった記憶です。
https://news.yahoo.co.jp/articles/8618e08e8dd1e2b57b67a4bf61f7c8e922ae5195
映画で悪役(強盗や詐欺師など)を務めたからと言って俳優個人が非難されたり、警察に逮捕されるとなれば、母親の意見も一理ありますが、彼女の場合俳優としての演技ではなく、個人キャラとしての発言である以上(名誉毀損発言すれば個人が被告として訴えられる)個人が責任を負うべき・火の粉の対象になるのは当然です。
軍隊前線の指揮官(突撃隊長)になれば、いやいや就任したのであろうとも、職を引き受けた以上は敵の標的にされるのは当然の報いです。
社会党が別働隊としての社青同を育成し、共産党は民青を育成したように大手メデイアは世論誘導意欲が強いものの直接批判を避けるために自社意見代弁者として火の粉をかぶる鉄砲玉役・・とんがった発言者の演技をできる若者を育てていつでも切れるようにしておく・・外注役(ジャーナリスト)として養成し、使い捨て駒を利用するようになっている現状を表しています。
不自由展の主役になったのも朝日新聞そのものではなく、独立したジャーナリスト津田氏であり朝日新聞は第三者のごとく、これの擁護意見を発表しています。
大手の振り付けの場合、一見とんがった意見のようでいて炎上しないスレスレのとんがった発言を工夫して世論反応を試すものでしょうから、事前にかなり練り込まれた発言になっているので「そこまで言って委員会」などの長寿番組が存在できているのでしょう。
専門家としてあるテーマで出演する場合でも専門家として、自分の属している会議の模様などをどこまで話して良いかの事前の心の準備が必要ですが、いろんな分野で日々生起する新たな現象に対してリアルタイム的な話題(昨日出たばかりのニュースに対する話題など)がテーマになるバラエテイ番組等の出演者にとっては、突発事態に対して以前から個人的主張(一家言)を持っていたとしても、以前から思っていたことをどのように発言するかによってその及ぶ範囲に対するリスクに思いを巡らしたことがないのが普通です。
急遽検討するには時間不足ですし、まして以前から関心を持っていなかったニュースに関して「明日の話題に出ますので準備してください」程度の情報では、ありとあらゆる話題にそつなく応答できる人は稀です。
結果的に明日朝の番組での話題・テーマにすることを決めた局のスタッフが、ABCの3方向で議論するとした場合「誰がA方向の議論で口火を切ると誰がB方向で受ける」」など配役を決めるとすぐに手分けしてその発言内容の吟味・・どこまで踏み込んで発言しても炎上しないかの綿密なチェック体制を前提にして、出演タレントとしては安心して(〇〇がこういう発言をするのでその時に)「このように発言してください」と指示される通りすることで即応性のある番組になっているので、際どいところまで言い切っているように見えても滅多に炎上しないのではないでしょうか?
ところが、映画のように一言一句までの指示がない・・(台本を読み込MUリハーサル時間がないので)骨格以外はアドリブに委ねられる余地が多いので個人的思い込みで言いすぎたりやりすぎるとリスクが大きくなります。
このアドリブの境界で名誉毀損その他の炎上が起きるのでしょう。
女子プロレスラー木村花さんのテレビでの言動が炎上したのは、テレビ局のシナリオが不適切だったのかアドリブが行き過ぎたのかも不明ですが、この協会で起きたことではないでしょうか?
普段テレビ局の振り付けどおりそつなく(アドリブ)発言していた「みのもんた氏」の発言を視聴者が同氏の個性のように誤解して?いただけでなく、みのもんた氏自身が、自分が偉くなったように錯覚したのか、熊本地震の時にテレビ局の振り付け(際どい発言に対するリスク管理)のない個人意見を書いて大恥をかいて?そのままテレビ界から姿を消した(表向きの理由はいろいろあるでしょうが)イメージです。
https://www.asagei.com/excerpt/56988
Posted on 2016年4月21日 17:58

ネットを舐めてた?みのもんたの上から目線な「熊本地震つぶやき」に批判殺到

みのもんたが4月20日に開設した公式ツイッターが大炎上している。初投稿は「早く飲みたいね!打ち上げまであと何時間?」と能天気そのもの。しかし、その後の「俺なんかの役目はね、広めること。今回の震災もね、熊本だけじゃなくて九州全体だから。支援のやり方も甘い。自衛隊きちんとして欲しいね。あと、過去の震災、阪神淡路、もっと遡れば関東大震災の教訓活かせてないでしょ?‥‥みたいにTVではちょっと言いづらいことも、ここでは言いたいね」という2度目のつぶやきで炎上。手が付けられない状況が続いている。
「みのの過去のハラスメントが不問にされたことについて揶揄したり、現地に行かず、言いたい放題の上から目線な態度、自衛隊をバカにしたような発言についても批判が殺到しています」(芸能ライター)

炎上パターンは、日頃テレビ局の言いたい本音を99%体現しながら、ギリギリ批判の手がかりを与えないように細心の注意を払っているので、テレビ発言の誘導方向に不満な視聴者に不満を言わせない・つけ込む隙を見出せない不満な視聴者がいっぱい発生している時に、ちょっと一線を超えた発言をした時にいいがかり的な炎上が起きるようです。
女性プロレスラーの場合何が炎上したのか知りませんが、普段の発言に不満を持つ人がそれだけ多かったということでしょうか。

ネット情報氾濫(拡散)や炎上と民意

余命3年の記事を昨日引用しましたが、兵役改正法自体の具体的記述がなく民団での説明を前提にしているようなので、これまで私が紹介してきたのと同じ民団情報(営利活動要件)を基礎にした紹介や意見のように見えます。
このコラムで引用してきた民団情報(営利活動要件も書いています)を基礎にする場合、在日が実際に兵役義務を負うような場合はほとんどなさそうに思えますが、どうして在日が(日本人にとって)大変な事態になるのでしょうか?
在日が危険な存在だ!と強調したい人々が共感意識を確認するための場を提供している・余命3年の結論的意見が好きで共鳴したいから共鳴している・・その結果ネット拡散している人たちにとっては、兵役法改正による危機意識の表現は景気付けみたいなもので因果関係があるかどうかなど問題にしていないという場合(開き直り?)もあるでしょう。
もしも兵役法改正と在日の危険性とは元々(因果)関係ないよ!というならば、兵役法改正によって在日がやばい!気をつけろ!という論理を使うのは、一種のフェイクではないでしょうか?
前回米大統領選挙時にフェイクニュースをそのまま信じた人がその気になってどこかの店を襲った事件がありましたが、嘘を承知で気炎を上げたいだけという人ばかりでなく、在日は本国の指令によって破壊活動などする危険な人ばかりだと思い込み在日を襲ったり嫌がらせをするようになると大変です。
こうしてみると因果関係のない結論主張で何が悪いという場合。いわゆるヘイトスピーチに近い性質を帯びるのではないでしょうか?
昨日紹介した余命3年記事賛同者の人たちが、事実の有無を問題にしない人たち中心ではなく兵役法改正と余命3年記事の結論との間に合理的な因果関係の説明可能という反論があるかもしれません。
私の読み方がおかしいのか?人によって読み方次第です。
ところでネット拡散やいわゆる炎上が国民大多数の賛同と関係ないでしょう。
新聞等の媒体は支持されないと長期的には売れなくなり広告収入も減りますので徐々に是正されますが、ネット発信はさほどコストがかからないので国民全体の支持率と比例しない・・市場淘汰を受けない点が従来型表現との違いです。
https://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.html

【令和元年6月1日現在(確定値)】
<日本人人口> 1億2387万人3千人で,前年同月に比べ減少 ▲45万8千人 (▲0.37%)

http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/sangiin19/sangiin19_2_3.html
によると第19回参議院選挙有権者数は101,236,029人ですから、
人口の約6分の5が成人です。
その1%未満の読者でも100万を超えて、十分満足を得られるしネットとしては大盛況でしょう。
コア支持層向けの偏った意見であればあるほど数十万部程度は売れるべスト?セラー本になり得ます。
森かけ問題等が国民関心を呼んでいたことと、国政を委ねる基準とどのような関係があると国民が考えているかは別問題であったことが直後の総選挙で示されました。
メデイア誘導の効力とトータル国民意思は大きな違いがあります。
サイレントマジョリティー論を何回か書いてきましたが、ある意見が発表されてもバカバカしくて誰も反論しない・・黙殺する人が90%以上の場合でも、論理よりもまず結論先にありきで共鳴する人が数%以上いる会合などで「そうだそうだ」という応援演説の大合唱になることがあります。
バカバカしくて今後そういう集会に出なくなる人が多くなる・・大学自治会などが形骸化していった歴史を紹介してきましたが、ネット社会もそういう傾向が起きていますので流布しているあるいは炎上(と言っても数字的にはホンの僅かな苦情集中程度でしょう・例えば数百件の苦情電話が集中すると日常業務に支障が出るので困るのを利用していることが多い?)しているからといって、過半国民が支持していることと関係ありません。
デモ行動も同様で、国民支持率1%でも論理上100万以上の一点集中可能です。
(成田空港開設反対運動で旧社会党が一坪地主運動を展開しましたが、国策重要政策の現地工事の可否について住民投票で決する場合の問題点です)
成人人口には病者等を含む他、全国動員は資金的に困難ですので都内デモ・・首都圏の場合約3千万人口の6分の5=成人2500万の0、1%動員でも2、5万人動員です。
(千葉駅東京間往復交通費約1200円ですが、千葉市から東京に近い順に人口密度が高いので平均的にはその半分程度のコストの人が多い上に、かなりの人は通勤定期券を持っているのでデモ参加交通費実費は通勤先までのコースから外れるデモ地点までのちょっとした地下鉄運賃程度のコスト負担で済むでしょう)
数千人といえばかなりの規模のデモですが、都内での数千人程度のデモ動員は首都圏成人人口の0、01%=1万人に一人でしかありません。
5〜10名のネット拡散者が派手にやっている程度では、成人人口1億国民のどれだけの支持を背景にしているのか不明です。
このコラムを読んで、私の疑問に納得する人も納得しない人もそれぞれでしょうが、多くの人は意見表明しないままになるのが普通です。
たまたまネット発信の好きな人が特定思想傾向が高いとその傾向のネット世論らしきものが形成されるだけで、社会全体の世論を表すものではありません。
多くの賛同者・読者購買層がいてこそ印刷媒体を発行できた時代と違い、(日本が豊かになってちょっとした資金で自費出版できる時代がありましたが・・)情報発信に要する経済的ハードルが低くなる一方で、ネット社会到来誰の支持もなくともパソコン・スマホ1台で発信したければ誰でも何でも発信できる時代になりました。
千万単位の支持を得るには、公約数的歯切れの悪い意見にならざるを得ませんが、数十万〜100万規模のコアな支持者獲得を狙った刺激の強い意見ほど発信力を得ていきます。
誰でも着られる個性のない洋服・アクセサリーでなく、豊かな消費社会になればなるほど特定嗜好をターゲットにした専門化が進むのと同じです。

ツイッター炎上とマスコミの一方性

スラップ論を離れてネット炎上に戻ります。
宮崎弘氏、高橋洋一氏その他いろんな論客のツイッターでも自由な書き込みが出来ますが、炎上し難いのは客観的情報紹介や論理的意見が多いからではないでしょうか?
炎上するツイッターの特徴は、客観性のない飛躍のある感情表現するから感情的反論を呼び込み易いのではないかと思われます。
炎上=感情的反論を批判するよりは自分が根拠のない感情表現をしていないか・・感情表現を自粛することが先決です。
24日に紹介したミノモンタ氏の20日付きのツイッターの引用文を再引用します。
「今回の震災もね、熊本だけじゃなくて九州全体だから。支援のやり方も甘い。自衛隊きちんとして欲しいね。あと、過去の震災、阪神淡路、もっと遡れば関東大震災の教訓活かせてないでしょ?…」
と何の根拠もなく、一方的断定になっています。
1昨日のmsnには
「人生初SNSに、「僕は言葉で言うのは得意だけど、文字で言うのは…ね」と懲りた様子で、「ツイッター、僕やめた方がいいのかな」とポロリ。進行役のテレビ朝日・下平さやかアナウンサーから「ツイッターやめたくなっちゃいました?」と聞かれると、「やめたくなりましたよ」とため息をついていた。」
とありますが、正に「マスコミの威を借りて」根拠なき断定口調でやって来たことがマスコミの後ろ盾がない外の世界で通用しない現実を自覚したように見えます。
マスコミは長年一方的な洪水報道方式でしたから、根拠ない一方的結論を正しいかのように垂れ流していれば多くの国民は何となくそれを事実のように受け取る傾向(コマーシャルに大金をかけるのはこれを前提にしています)があります。
脈絡がなくとも結論さえ繰り返せばいつの間にかそれが常識のように受け止めるので、政治意見操作は宣伝次第だとナチスヒットラーの信任の厚かったゲッペルス宣伝相の意見だったと記憶しています。
以来,ナチス敗北後もアメリカもソ連(いわゆる洗脳政策)も世界中がマスコミ次第で国民・・世界の意見はどうにでもなると言うマスコミ支配の時代→マスコミの発言力肯定思想が続きました。
アメリカは、でっち上げた歴史でも宣伝を繰り返せば(同じく韓国は噓でも長年主張していれば、強制された慰安婦が実在したことになると言う思い込みで)何とでもなると思っていたのでしょうが、戦後70年経過でさすがにメッキがはがれ始めています。
長い歴史を持つ日本では、噓や不正はいつかバレるので正直に生きるのが結果的に損がないと庶民に至るまでみんな知っています。
マスコミの一方的垂れ流しが、ウエブサイト発達で双方向性になって来ると一方的断定口調では国民の多くが納得しません。
モノゴトにはある結果に利害関係者が必ずいるのですから、マスコミが根拠なく一方の立場だけ(ミノモンタ氏で言えば「自衛隊非難さえすれば良い」と言う立場?)で決めつけて断定すること自体に不満が起きるのは当然です。
従来のマスコミは自分の意見立場だけが正義であるかのように、何かあると断定的に非難報道を垂れ流す・・特定政治家攻撃しては失脚させる威力を誇って来たのですが、最近メッキがはげ落ち始めています。
世界1強のアメリカが世界のメディア支配によってアメリカの正義を一方的に宣伝していたのが通用しなくなったのと軌を1にしています。
マスコミは「社会の木鐸たれ」と言う標語の元に本当に頑張っていた時期もあったのでしょう?が、上記ゲッペルスの主張によって世界中で権力者によるマスコミ利用が一般化して来て、(日本の場合、戦後はメリカの威を借りて)マスコミが世論を誘導誘導して来ましたが、その行き過ぎが批判されるようになってきました。
自己主張にあった事実だけ取り上げて反対事実を公平に報道しない偏頗性を通り越して、「ないこと」までやらせ報道するようになったのは、末期症状と言うべきでしょう。
何回も紹介している珊瑚礁のでっち上げ報道が典型ですが、マスコミが事実報道の職務を通り過ぎて自己の意見を広めたい・・政治的主張を実現するために虚構報道するようになって久しくなりました。
その線上にいわゆる角度付けが過ぎる・・NHKの台湾統治報道事件や朝日新聞を代表例とする全新聞社・マスコミによる洪水的慰安婦報道事件が起きている(朝日に関しては、朝日新聞検証委員会?だったかの報告書の引用で紹介しました)のです。

ネット炎上とスラップ訴訟・言論封じ2

非武装論の左翼系が攻撃目的の弁護団・常備軍を抱えているのに、右翼系が非武装論反対・・「武装こそが独立の要」と主張していながら、自分を守る(専守防衛武装勢力)弁護団結成の必要性に意識が行っていないのは矛盾しているようです・・医者の不養生とも言いますが・・。
裁判されて慌てて個人資金で弁護士依頼しているのでは、国土を侵犯されてから慌てて軍隊を養成しているようで話になりません。
かなり成功している有名フリージャーナリストでも、裁判資金として何億円も別枠で用意している人はいないでしょうから、日本中で5000万円前後の損害賠償請求の大量裁判すると脅かされたら(500〜1000万円程度の裁判資金では対応不可能ですから)1も2もなく黙ってしまうしかありません。
左翼系弁護団は全国津々浦々にいますから全国で訴訟展開しても出張コストがかかりませんが、フリージャーナリストが個人的に知っている弁護士に頼んだ場合、沖縄から鹿児島〜北海道の釧路まで全国での事件対応を考えれば分るでしょうが、東京から往復する飛行機代にも1000万(1つの裁判あたり僅か10万円ですから)では全く足りません。
最近盛んなヘイトスピーチ規制論も刑事処罰がなくとも規制法が出来さえすれそれを根拠にドンドン賠償請求訴訟に巻き込む武器となる・・裁判攻撃の武器入手目的と見れば分りよいでしょう。
年間100カ所のデモでヘイトスピーチしたと訴えれば100カ所の地裁や支部で大量裁判が出来る理屈です。
(同じ場所で10回やれば裁判の場所同じと言うだけであって、発言内容も毎回微妙に違うでしょうから、証拠調べも違って来るし、スピーチごとに打ち合わせもする必要がある・・スピーチした時期も違うので、同じ裁判所に1〜2ヶ月遅れで順次10件訴えられると進行が微妙にズレます)事件としては別の事件・10件の手間です)
右翼系は概ねマスコミ反対者・一匹狼系ですから組織援護システムがありません・・ネットで頑張っている個人ジャーナリストが、ヘイトスピーチしていないと主張して争うには100カ所も対応しきれませんので勝てる裁判でも負けるしかなくなります。
1件5000万円(本来の請求額は数百万でしょうが懲罰的目的と称して朝鮮人学校事件のように千万単位の請求もあり得ます・・植村記者事件では3600万円?)払えと言う裁判をあちこちでされた場合、仮に弁護士費用何億の準備があっても負けてしまいます。
スラップ訴訟されると弁護士費用さえあれば良いのではなく、弁護士との打ち合わせ時間がないと裁判出来ないので、裁判中は裁判準備に忙しくて(100件が月に1回裁判があると休日を除くと1日平均4件前後ですから裁判準備が間にあわないばかりか)次のデモや新しい取材旅行や資料読み込みをやっているヒマがない・・収入源が断たれてしまいます。
これがアメリカで既に現実化しているスラップと言われる訴訟を利用した言論封じらしいです。
植村記者に対する捏造批判フィーバーが名誉棄損訴訟提起によってピタット止まったように見えるのを見れば、スラップの威力が明らかです。
2チャンネルの場合には事業を売ってしまっておしまいでしたが、個人ジャーナリストの場合自分の命を売れませんから裁判で負けた賠償金を生涯払い続けるしかなくなります。
在特会の元会長が、京都の朝鮮人学校関係の賠償金支払に参った感じで話していたのを記憶している人が多いでしょうが、言論空間の争いを訴訟戦略にずらせて来る戦いにどう対応するかは、深刻な問題です。
次々と訴訟されると事実上言論戦ができなくなる仕組みです。
国家の存立には平和的交渉ばかりではなく一定の自衛軍が必要なように、自由な言論で戦うにも相手が言論の場で戦うよりは訴訟戦術で潰しに来る場合に備えて自衛組織(弁護団養成)を構築しておく必要が分ります。
討論会で相手の質問に答えずに別の話題に切り替える狡い人がいますが、これを極端にしたものです。
「話せば分る」と言っても相手が問答無用で刀を振りかざして来れば、こちらも刀で切り返さないと殺されてしまい、話すヒマがなくなります。
商人は商品の品質で勝負すれば良いことですが、品質が良くても途中沈められたのではどうにもなりませんから、重商主義時代以降は、国力=航路の安全保障のためには海軍力が必須だったのです。
今は裸の軍事力よりは先ずは法的紛争・・戦闘能力が言論戦の勝敗を分ける時代です。