日米製造業の違い3

生産年齢人口のグラフを見ていきます。

https://bizhint.jp/keyword/27639からの引用です。
2018年10月26日(金)更新

生産年齢人口の推移

1880年頃の生産年齢人口は、上記グラフによると約8千万人で、17年ころはグラフ上で見ると約12分の11、5くらい・・7500万前後です。
17年の実数はグラフでは不明ですので日経の記事を引用します。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO32867410R10C18A7MM8000/
2018/7/11 17:15 (2018/7/11 20:03更新)

総務省が11日発表した住民基本台帳に基づく2018年1月1日時点の人口動態調査によると、・・・
主な働き手となる15~64歳の生産年齢人口は7484万3915人。全体の59.77%にとどまった。
・・外国人人口は過去最多の249万7656人で前年比7.5%増えた。

昨日見たように80年から17年までの40年近くでトータル製造業従事者約550万人減ですが、その間の生産年齢人口が500万減ですから、製造業従事者減と人口減の数字がほぼあっている・・生産年齢人口で見れば、人口減分だけ製造業従事者が減ったことになります。
しかも上記生産年令人口には外国人250万人も含まれていますが、80年には外国人労働者がほぼゼロ・その頃から風俗系女子がいたように思いますが、製造業従事者数推移に関係ない数字です。
男性労働力として外国人労働力は純増です。
外国人労働力は、研修生やアルバイト中心で製造業で正規社員になる人は稀ですから、製造業従事者がどれだけ押し出されたかの推移を見る場合にカウントする必要がないでしょう。
80年から17年までの日本人の生産年齢人口の推移としては外国人の生産年齢人口を差し引いて考える方が合理的と思われます。
外国人全員が生産年齢人口でないとしても、多くは働き盛りの留学生や研修生等であって、幼児高齢者は少ないので生産年齢人口比が高い筈です。
仮に生産人口比率が8割とすれば、200万人が含まれていることになるので、80年以来の日本人労働力推移としてはこれを現在日本の生産年齢人口から差し引く必要があります。
7484万から200万引くと80年からの日本人だけの推移としては8000万から7284万に(約716万)減ったと見るのが正確でしょう。
日本人生産年齢人口が40年間弱で716万減った間に製造業従事者が550万減ったとすれば、リストラ等による不本意退出が少なく、定年等による不補充が大方の傾向だったように見えます。
ただ、これも男女別の統計をみないとはっきりしないとおもいます。
一家の大黒柱とされていた男性中心の製造業工員削減→転職後非正規に変わることによる技術伝承の断絶や家計収入大幅減が社会問題になっているのを勘案すると、男性工員減少の実数を知ることが重要です。
製造業といっても家電系の工場では大量の女子行員が働いているのが普通でしたが、(私は昭和40年代はじめに川崎市の南武線沿線に住んでいたことがありますが、当時は富士通、NEC、東芝など一駅ごとに大規模工場があって、大量の女子行員の独身寮が存在する時代でした。
千葉でも20年ほど前までは事件相談などで東金だったかソニーの下請け工場に働いているという女性がいましたし、2年ほど前の事件でも茂原あたりのやはり工場勤務の女性がいましたが、半導体電子部品関連では手先の器用さが必要なので女子工員が意外に多く働いていますが、多くは家計補助程度で主役ではありません。
このシリーズのテーマ・・格差拡大視点で考えると、女性工員が介護に転職しても家計収入はそれほど変わらないし技術伝承途絶の心配もありません。
重要なのは、一家の柱として4〜500万の年間給与を得ていた男性工員がリストラで配送やサービス業などへの転職の比率でしょう。
このように考えると製造業従事者の推移としても男女別推移が重要で、製造業という大雑把な括り方統計自体に無理があることがわかります。
男女別統計がすぐには見当たらないので日本で男性が主に従事する製鉄(関連産業)や化学系工場〜発電(重電系)車製造ライン等々での製造業がどの程度のスピードで衰退縮小しているかで見た方が良さそうです。
(男性が家計を支えるという意識自体徐々に薄れていますが「今までのところ」まだ重要ですので、これがどうだったか?という意味です)
一般的にいって、新興国へ移りやすい職種は女性工員の多い分野(イメージしやすいのは何千人と働く深圳(今はバングラデイシュ)の縫製工場やおもちゃ製造あるいは家電組み立て・半導体工場など労働集約系)から始まるように思われます。

日米製造業の違い2

GMの国内5工場閉鎖発表は、閉鎖による国内イメージダウン・トランプ氏による報復のマイナスや消費地としての国内市場規模よりも国外で戦えるかどうかの判断の方が重要とみたのでしょう。
本田の英国工場閉鎖発表が大騒ぎになっていますが、本田の場合、英国にとって外資そのものですから、英国内に工場を持つメリット(英国内にある方が英国内では売りやすいでしょうが、EU全体への売り上げを見込んだ工場維持ができるかです)デメリットの帳尻の問題であることが分かり良い例です。
これが英国最近のヒット企業である(せっかく世界企業に育ったのに?)掃除機で知られるルンバがシンガポールに本社を移すという決定になると英国民も複雑な気持ちのようです。
消費の将来性としてアジアが有望・本社(商品開発や意思決定の迅速さのために)もアジアにおいた方が合理的という発表のようです。
アメリカに戻しますと、「レベルの低い国民はお荷物なので早く出て行ってくれ」とまではっきり言えないので、国内製造業を守れとキャンペインしていると思われますが、アメリカの政策方向から見れば、大量雇用する必要のある製造業・3月5日に紹介したようにGMはアメリカ本籍の企業でありながら、(実質用済み扱いされているから?)トランプ氏に脅されても米国工場閉鎖を決めたのです。
自国内にとどまって自国企業としての保護を受けて優遇されるよりは、世界(よその国・市場)で堂々と戦う方が合理的という企業があっても不思議ではありません。
3月3日には中国企業自体が大量生産部門をアフリカへ移転している実態を紹介しました。
アメリカで残っている製造業でもハイテク製品は別として車生産等旧来型製造業は時代の寵児ではない・・肩身の狭い思いをしているのでしょう。
日本人の価値観は一人で巨万の富を稼ぎ、大金を寄付してばらまく・/貧乏人をフードスタンプの行列に並ばせるようなあり方には拒否感の強い社会です。
アクまで皆ですり合わせて良いものを作り、(自己の手柄にせず「皆様の協力のおかげです」という)世界に貢献したい人が多い社会ではないでしょうか?
米国製造業従事者比率を80年台と足元?の比較(20%から8%へ)を3月1日に日経新聞記事を紹介しましたが、日本製造業従事者数の変化がどうなっているかを見ておきましょう。

https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0204.html

 

上記引用グラフでは、日本では全労働者に対する比率は80年の約35%から17年の約18、6%へ下がっていますので、アメリカの20分の8より減少率が少ないのですが、、この間女性と高齢就労者が増えたことが重要です。

アメリカも同様の理屈がなりたつでしょうが、日本の場合、増加分の多くが女性高齢者の労働参加の進展・保育や介護その他サービス業の需要があってその方面の就労者が増えたのです。

(現役の工場労働者が吐き出されて慣れないサービス業に押しかけたのとは違います。

全産業に占める製造業従事者比率の変化ではなく、製造業従事者がどれだけ減ったかの減少比率が重要です。

グラフのコピー拡大率によって違いますが、80年では3、5センチ(約1、8センチ1000万人)で約2000万人あまり、17年では2、8センチですから約27%(約550万人あまり?)しか減っていません。

アメリカの実数減少率が不明ですが、日本の場合工場労働者数自体(実数)があまり減っていないようです。

日本では、生産年齢人口の減少過程に入ってから逆に就労者数が増えているので、生産年齢人口比・特に男性で製造業従事者比率がどうなっているかが重要でしょう。

(この間に増えたのは製造業向きではない女性と高齢者ですからサービス系需要が増えたのは、受け皿として好都合でした)


日米製造業の違い1

アメリカだって今後はレベルの低い人を減らして民度アップする重要性に気づいていたでしょうが、それが形になって現れたのがオバマ政権の不法移民に対する・・処遇変更政策であり、大分前から取り組んでいた(技能/留学ビザその他細分化した)移民の絞り込み政策の強化でしょう。
移民のレベルアップ再教育には帰属意識が重要ですから、(いつまでも不法扱いではヒスパニック系では英語すら学ぶ気持ちになれない・警官に対する反感の強い人が多いことを2月末頃にレポート引用で紹介しました)帰属意識が生まれないからです。
これに対してトランプ氏の反移民政策は、新規流入阻止程度の生ぬるい施策だけではなく(人手不足の時には目をつぶって不法滞在を利用してきたが・・)既存単純労働移民の面倒を見きれない・・簡単に切り捨てたい意識が表面化してきたように見えます。
国民として負の遺産の再構成・再教育に取り込む気持ちの程度は企業のありかたに現れます。
日本企業は従業員の社会不適合を防ぐために、しょっちゅう社内研修していますし、仮に環境激変で企業全体の操業率が下がってもすぐに解雇しないで社内失業として抱え込んで切磋琢磨して時節到来亜を待つのが普通です。
アメリカの場合、社内失業で抱え込まないでドンドンレイオフするのが普通であるのと同様に、国全体でも彼らの面倒を見るための再教育などしてもジェット機やロケット製造に関与させることは不可能・・手間暇かかっても大した効果がないので「ボランテイア資金程度は出すが、国策として再教育などやってられない」とばかりに、「不法移民」として「追い出し政策」に転じたと見るべきでしょう。
アメリカの場合、AGFA(Apple, Google, Facebook, Amazon)アップルやグーグルフェイスブック等を見ると、中間人材など歯牙にも掛けない・・世界トップレベルの頭脳を持つ人だけが人間らしく創造に参加し働ける社会を理想としているように見えます。
February 19, 2019にアマゾンの第二本社設置に関してニューヨークの反対を紹介したように、今やAGFAその他最先端系世界企業は本社部門が巨大化しています・日本でもソニー本社ビル群の威容には驚きますよ!これに対し従来型製造企業ではトヨタ東京本社(本拠地にはもっと立派なビルがあるのでしょうが)も簡素なビルが1棟ある程度の簡素なものですし、ブリジストンが数年前から本社ビル建て替え中ですが世界企業といっても本社ビルが1棟あれば良い程度です。
アメリカではその他の労働者はロボットのように(工場ロボットが代替するまでのつなぎとして?)働かせればいいという社会を構想しているように見えます。
軍事でいえば無人機が開発されていますがゆくゆくはパイロット不要・・無人ロボットを開発し操作する国防省本部の機能は巨大化しますが、ネット上の指示・ゲーム機を操作するような戦争になっていくと末端兵士はいりません。
大規模戦が終わった後の現実の現地支配にはアナログ対応・・人間が必要ですが、(今のアフガンで苦労しているように)リスクが大きいので現地支配を志向しないで、空爆ロケット攻撃を際限なく繰り返しほぼ無人地域にしてしまう・ジェノサイド目的であれば消耗率の高い現場兵士も不要ですから、今後その方向に行くおそるべき時代が到来する可能性があります。
1億日本人生存数が10〜20万前後になってからの占領開始ならばゲリラの心配がありません。
中露米は本質的に「やっていいことといけないこと」の価値観が低い民族歴史ですから・(ストッパーが低いので)圧倒的戦力を持てば・・あるいは先制攻撃次第で圧倒的立場を握れるとすればそこまで行く可能性が高いでしょう。
話題がそれましたが、国を挙げて一刻も早く(競合企業に先駆けて)ロボットに代替して人件費を減らす方向こそ正しいと考えている以上は、わずかな底上げ努力をすること自体が「無駄」という発想でしょう。
産業構造を40点の仕事から45点のちょっと難しい仕事に引き上げるならば国民も努力のしがいがあるし、周りも応援しやすいのですが、(職業訓練校の仕事です)いきなり航空機やロケット製造あるいは、(パソコン作業できるように教育するのでなく)AIプログラム作成の中核作業要員にレベルアップしろというのではみんなが尻込みしてしまいます。
本音は切り捨てて追い出す目標の不法移民相手に膨大な教育資金を投じる予定が企業にない以上(企業精神=国民の生き方ですから)政府もその気がないのは当然の帰結です。
母国に追い戻すまでの収容=シェルターとすれば、安定的住居供給に踏み出さない・公営住宅建設を一定率でやってるでしょうが大規模供給に踏み切らないのは、論理一環です。
以上アメリカのホームレス対策と原因を見てきましたが、日本も国際競争についていけない人が徐々に出ている点は同じで、これを生活保護で吸収したので路上生活者が減少しただけで、貧困問題の深刻さは変わらないという意見があります。
脱工業化社会への変化についていけない底辺層をどうするか?については深刻さには温度差があるとしても、日本も「アメリカの後を追うはず」という意見が普通・各種レポートも「いつか日本の辿る道」というイメージを基にした紹介が普通です。
そうなるでしょうか?
一つには排除論理のアメリカと違い日本は包摂論理の国であり、これがホームレスを生活保護等で受け入れる政策対応の違いになっているし、労働分野では時代不適合を起こさないように社内教育に力を入れています。
製造業の占める比率が下がる傾向にあるとしても、日本はアメリカのように格差が大きくなく縮小率が激しくありません。
アメリカが、例えば戦闘機やロケットミサイル製造のような超高度精密品さえ国内で作れれば良いと決めている(訳ではないとしても)場合、製造業で養える国民はほんのちょっとになります。
金融も同様で、日本の銀行のようにマメに足を運んでの要望を聞いて歩くのではなく、国際金融取引、トレーダーや、金融工学的新商品創出できる人材だけが必要となれば、ほんの少数の人数で何兆円と動かすことが可能です。
金融取引では一人で5兆円を動かしても百万円を動かしても手間暇は同じです。
金融取引等エリート中心に据える米国経済界にとっては、役立たずの巨大人口はお荷物になっていると思われます。
(巨大企業も消費される必要があるので国内市場も重要ですが、世界を市場とした場合、よその国の消費者生活の面倒をみる必要がない・いいとこ取りできるのですが、自由貿易が進み内外平等が進めば国内企業のメリットがそれほどないので、経営上不合理な協力を求められるなら他国に本社を移すという選択が起きてきます。)

切り捨て社会の持続性(米国)2

弁護士業界で言えば、都心の名だたる法律事務所に入って数年して周辺県に移籍して、時代遅れ?旧来型の家事事件や生活保護事件に従事する若手がいくらもいます。
旧来型職種は総じて競争が激しくないというか高度なスキルを必要としない(弁護士であれば、半年〜1年の見習い程度ですぐできそうな)ことが多いので、脱落者には再挑戦し易いのです。
移民〜難民が人間であれば言葉が半分しか通じなくても誰でもできる最底辺層職種に浸透する傾向があるので、底辺層ほど職を奪われる危機感が強い・・移民反対、排外的になる傾向が起きる原因です。
国民同士の階層間移動では排斥運動がおきませんが、ただでさえ底辺労働の場が新興国の挑戦で職場が狭まっているときに上からの脱落者が加わるので、(弁護士業界で言えば旧来型業務は限界があるので新業態の企業法務進出が奨励されているのですが)余計に従来型の労働者の地位低下・平均賃金低下→先端産業で働く人との格差拡大を招きます。
韓国では就職路人予備校に通ってようやくサムスン等超一流企業に就職できても、30代から肩叩きが始まると言われています。
肩叩きにあうと、退職金等を利用して小さな居酒屋、土産物屋、コンビニ店主等を始めるしかないと言われていますが、似たようなことが世界中であるのでしょう。
要するに各種業界内の先端分野ではアメリカ企業的感覚で、少しでも能力に難があると見れば、容赦なく切り捨てて旧来型業種に脱落させていく集団です。
部外者にとっては、コンピューター系職業についていると聞くと先端で将来性がありそうですが、内部は多様な階層分化が出来上がっています。
プログラマーの職業寿命が短いのが知られていますが、職業寿命が尽きて再就職するとなれば、同業種で生きるのは無理で映画で見たようにローエンド・・ボイラーマンやタクシー運転手など超古式ゆかしい職業に戻るしかないのかも知れません。
数日前にリクルートが求人倍率の公表を取りやめたという記事が日経に出ていましたが、同じ業界関連でも職種が細分化されているので、求人倍率が細かな職種別で見ないと意味不明になる関係があるということらしいです。
建設業の求人倍率といっても分野によってまるで違うでしょうし、パソコン関連でいえばトータル求人が多くてもある分野では求人が少ないのに別の分野では求職が溢れているなどで細かな分野別で見ないと意味がないらしいです。
職業訓練校などは、数十年前から残っている古びた職業(重機操作等・今ではパソコン操作の練習?)の訓練をしているのが普通です。
4〜5年ほど前に交通事故被害で失業した1級建築士が、CADシステムの職業訓練に通っていたことがありました。
1級建築士でも何ができるかによって、求人倍率が違います。
長寿時代には再教育システムが必要と言うものの、40〜50台の人が20台の若者と最先端分野の教室で机を並べても生まれ付きのIT環境で育った彼らに付いて行くことができるわけがない・同年代の中高校教育でいえばいわば「落ちこぼれ組」「お荷物」です。
再勉強しなかった人よりはある程度分るようになったという程度でしかないので、本当の戦力として就職戦線で戦えるとは思えません。
部長職に止まったままでの学習ならば、基礎的能力で若者に叶わないものの、ある程度若者のやっているIT関連職務の理解ができる年配者になったという程度でしょうか?
完全離職した人の再就職用スキルを与える職業訓練校の役割は、「ローエンドのありふれた職業にせめて就職できるようにします」という程度の底上げを図ることでしかない印象ですがいかがでしょうか。
アメリカのホームレスに対する施策をさっと見た印象では、サービス業で接客できる程度の職業訓練・ピンポイント救済に引っかからないその他大多数は底辺労働にもつけない・・滅びゆく「先住民」のごとく「ゲットー」に囲って死ぬまで保護していくしかないイメージです。
シェルターは出入り自由なのでその点収容所とは違いますが・・。
出入り自由でも、アパートを借りる金もなく、ホテル等に泊まれない以上は夜になると路上で寝るか、別のシェルターを選べるにしても結局は近くのシェルターに帰るしかないのでは、事実上一生シェルター暮らしになる点は同じです。
能力別人口構成はピラミッド型で、底辺層の裾野が広いのでボランテイアがピンポイント的再教育して・一つ一つの成功例・・やっている人は善行を積んでいる達成感や満足感いっぱい・・それはそれでいいことです。
しかし・・こういうやり方では砂漠に水を撒いているような気休め・自己満足で抜本的解決にはなりません。
マザーテレサで知られるように、あるいはビルゲイツの巨額寄付金のように、欧米ではこういう気休め政策にのる人を賞賛して「アメリカ人の心根は優しい」のだという宣伝をして?底辺層不満のガス抜きしてきた社会です。
日本は個人スターを必要としない社会ですから、こういう真似事の売名行為?・・といえば怒るでしょうが・・は不要です。
一本釣りだけではなく、底辺レベルの底上げ・・40点以下の製造要員の仕事が新興国に取られるようになれば、国民の最底辺レベル層を原則として(それでもついて行けない人は一定率残るでしょうが)40点以上に引きあげる努力・・この種の底が挙げには静かな長期ビジョンによる国・社会の制度設計が必須ですが、これには数世代にわたる施策が必須です。
外国人を受け入れるようにする以上は、彼らに対する教育投資が必要と騒がれているのはこの現れです。
膨大な再教育投資の必要性を考えると、縄文の昔から一体的価値観のある日本人と違う歴史経緯・・外国人を受け入れて同化させていくだけでなく、単純労働で受け入れると彼らの技術水準をあげる教育が成功するとは思えない・・長期的に日本社会のためにならないという意見で、長移民受け入れ反対をしてきました。
日本の人手不足・高齢化の循環が安定軌道に乗るまでの数十年間・・我慢すれば高齢者と生産年齢人口のバランスが取れるようになります。
長い日本民族の歴史で見ればほんの短期間のことですから、ジタバタせずにじっと我慢の哲学こそが必要です。
民族ごとにスキルの歴史が違うのですから、その歴史にあったレベルの産業構造社会を作っていく・(日本がアジア展開するまで・・例えば中国は鉄のカーテンによって比喩的にいえば、中国人レベルが50点であれば50点の産業を担当できたのに政治力学によって解放されていなかったために5〜6点程度の低レベル産業にとどまっていた・・ダムが決壊して急激な近代化が生じたにすぎません。
中国がその勢いがどこまでも続くと過信?あるいは空威張りで自国民は100点の仕事をできると息巻いていますが、それは結果を見てからのことにすべきでしょう。

対支21か条と日米疎遠化1

辺境といえばオスマントルコの最盛期も同様で、ロシア顔負けの暴虐ぶりでしたがウイーン攻略失敗以来、ジリ貧の歴史が長いので被害を受けるばかりの弱者のように見えるだけです。
勢力拡大期の行動を見ると粗暴性ではロシアと大差ないイメージですが、この本質が出たのが最近のトルコでしょう。
ロシアは西欧化するためにギリシャ正教を受け入れた結果、一応キリスト教国に入っているのに対して、トルコの場合世俗化に舵を切り、且つ西欧接近を図って来たものの一応イスラム教の国という点が大きな違いです。
「凶暴なロシアに虐められそうなアジアの小国日本を応援する」という欧米=全世界的支援のもとで対ロシア戦争を戦うまでは国際環境は良かったのですが、日本のロシア撃退成功によって西欧世界の最大脅威であったロシアが敗退し、その後革命勃発などで世界膨張圧力が低下するように見えるとロシア脅威を前提にした日本利用メリットが薄れました。
これが第一次世界大戦終了時の世界情勢でした。
一方の日本の方は、対ロ戦勝?の結果に舞い上がって(戦費調達のための国内疲弊があってやむを得なかった面もありますが・・)、自国防衛目的から大陸進出政策に変わっていくと欧米国際世論の目が徐々に変わっていきます。
それでも欧米の親日姿勢が変わらず日本の強引な対中行為に対しても(第一次世界大戦中の有名な対支21ヶ条の要求や後の山東省権益問題に始まり満州事変に至るまで)その都度諸外国の黙認〜日本支援の環境が続いていきます。
一つには第一次世界大戦を戦う都合上、日本を対独戦に協力させる必要があったことによります。
https://www.y-history.net/appendix/wh1501-011.htmlによる第一次世界大戦の記事からです。

日本の参戦 開戦直後の1914年8月、イギリスは日本に対して東シナ海のドイツ艦隊を攻撃してほしい」と要請した。日本は日英同盟にもとづいてただちに出兵を決定したが、日本の中国・太平洋方面への進出を警戒するアメリカがイギリスに要請を中止するよう申し入れたたため、イギリスはそれに従ってドイツ艦隊攻撃要請を取り消した。しかし日本は第一次世界大戦への参戦を強行、8月15日にドイツに対する最後通牒を出し、回答がないとして9月2日に山東半島に上陸、11月までに膠州湾入口のドイツの青島要塞を陥落させた。この時、日本の飛行機が初めて実戦に参加した。さらにドイツ領太平洋諸島のマーシャル、マリアナ、パラオ、カロリン諸島を占領した。
こうしてドイツの中国・太平洋の利権を接収した日本は、1915年1月中華民国の袁世凱政府に対し、二十一カ条要求をつきつけ、欧米諸国が世界大戦で動きが取れない中、中国本土への帝国主義的侵略を開始した。日本の露骨な大陸での利権拡張にはイギリス・アメリカは警戒したが、日本を対ドイツ戦争にとどめておく必要から、その中国に対する要求を黙認し、抗議しなかった。
対支(対華)21カ条要求に関する以下の記事を引用します。
http://www.y-history.net/appendix/wh1503-019.html

第一次世界大戦中の1915年、日本が山東省の利権などドイツ権益の継承を中国に要求した。民衆の反発をうけたが袁世凱政権は最終的には一部を除き受諾した。
日本の帝国主義的大陸進出の第一歩となったが、ヴェルサイユ条約で撤廃されなかったことから五・四運動が勃発し、中国での民族意識が高揚する第一歩ともなった。
第一次世界大戦の勃発の翌年、1915年1月18日、日本の大隈重信内閣は、中国の袁世凱政府に対し、二十一カ条の要求を突きつけた。それは五項と二十一条からなっている。
日本政府(大隈内閣、与党は立憲同志会)は、事前に英、米、仏、露の列強に二十一か条を内示していた。しかし、それは第一から第四項までであり、第五項を秘密にしていた。それは1~4項は列強も戦争の帰結として当然と受け取るであろうが、第5項は日本が中国を保護国化する意図ととられかねず、列強の既得権やアメリカの「門戸開放、機会均等、国土保全」という中国政策の原則にも反することだったからである。
加藤高明外相は中国政府の実力を軽視する傾向があったので、あえて第5項を加えて迫ったのだった。
ところが、中国政府はこのことを知ると、第五項を強調して宣伝した。米英政府は第五項の内容を日本に問い合わせてきたので、外相加藤高明は第五項は「希望条項」にすぎないと弁明し、かえって不信を買った。
そのため政府の予測に反して交渉は難航、2月からはじまり、二十回ほど交渉し、満州・山東などの駐留軍を増強して圧力を加えたが歩み寄りはなく、5月、加藤外相の交渉に不満な元老山県有朋の意見で第五項を削除して最後通牒とした。当時、野党の政友会総裁だった原敬も、中国を侮った外交姿勢を批判している。
列強の反応
日本の要求は過大で高圧的な内容であったが、第5項が秘密にされていた段階では、帝国主義政策をとる列強にとっても日本だけを責めるわけにはいかず、また日本が第1次世界大戦に参戦してドイツとの戦争に加わった見返りの意味もあって黙認、基本的には容認した。
しかし、中国が第5項を暴露すると、アメリカとイギリスは、第5項には中国保護国化の恐れがあるとみて警戒し、中国を擁護し、日本に第5項の取り下げを要求した。5月に日本が第5項を取り下げたことを評価し、アメリカは11月に石井・ランシング協定を締結した。それは、アメリカの主張である中国の領土保全と門戸開放を日本が認める一方で、アメリカに日本の山東省権益を認めさせた。
パリ講和会議と五・四運動
1919年の第一次世界大戦の講和会議であるパリ講和会議において、山東問題は重要課題として交渉され、中国政府は二十一カ条要求の無効を訴えたが、イギリス・フランスは大戦中の日本との密約があるので同調せず、ヴェルサイユ条約には盛り込まれないことになった。それにたいして中国民衆は五・四運動で激しい抗議行動を行い、中国政府もヴェルサイユ条約の調印を拒否した。

日本の山東半島権益放棄
日本は新たに山東半島の権益を獲得したが、大戦後の日本の大陸進出に対する列強の警戒の強まったことと、国際協調外交の進展によって、1922年のワシントン会議において日本は妥協し、九カ国条約で山東省権益を放棄し、二十一カ条の前の状態に戻すことに同意せざるをえなかった。
日英同盟の破棄へ
しかし、イギリスでは一部に日本の中国大陸進出を警戒する意見が強まり、日英同盟の継続に対する反対論も出始めた。日本の中国進出はイギリスの市場を脅かすだけでなく、日米間の対立が激化してイギリスが巻き込まれることを恐れたのだった。
アメリカも日英同盟の継続に反対したため、1921年のワシントン会議で日英同盟の破棄が決定された。

日清戦争後の3国干渉は自分たちにも「分け前をよこせ」と言う横槍でしたが、対華要求に対する対応は、国際風潮が民族自決機運の高まりなど植民支配の見直しの時代に差し掛かっていたので、西欧の世論は自国政府に対しても新規植民地支配に批判的になっていました。
日本では欧米は自分たちは世界中を植民地化しておいて遅れて参入した日本の植民地支配だけ行けないというのは一方的論理だという不満が常識ですが、欧米自身も新規獲得をやめて旧植民地は英連邦に編成し直すなど独立化方向へ進み始めていたのです。
中南米も続々と独立を始めていました。
アメリカでい言えばフィリッピンはその前に獲得したものですが、第1次世界大戦以降新規植民地取得していませんし、日本に対する奄美諸島や沖縄や小笠原など占領も自発的に返して来たことを書きました。
車の排ガス規制も建築基準も皆新たな基準は、遡及せずに今後の適用になるのが法の原則です。
対支21か条要求に対する列強の同意を要したのは不当な横やりに反発すると言うよりは、国際世論受入れのための問題であって、むしろ日本の利益貫徹のために第三者に仲介を頼むイメージです。
朝日新聞の慰安婦報道批判や企業や官庁で不祥事があると第三者者委員会を設置してその結論に従うと言うことで世論の沈静化を図る方法が流行っていますが、その走りです。
昨日(この原稿は5月頃の記事と思うのでその頃のことです)の新聞では財務省次官のセクハラ疑惑について、弁護士を交えた第三者委員会調査結果として減給処分をすることになったと言う報道がありました。
日本は火事場泥棒的に(欲張りすぎて?)最後通牒によって力づくで袁世凱政府に要求を飲ませた上で、講和会議でもその結果が承認されたのですが、国際世論の高まりによって、そのまま条約上得た権益をそのまま貫徹することができず、米英の同意を得て正当化するかなくなっていた・・徐々に国際孤立を深めていくのです。
米英も国内世論に押されると条約でこうなっているというだけでは、国内支持者抑えきれなくなり、次第に日本と疎遠になって行く様子が見えます。
しかし、国内世論と言ってもメデイアはこのような国際世論の変化を理解出来ず、列強に軍縮その他で色々と制限されると却って強硬論が勢いを増して行きます。
以下に見る通り、もともと英国は日本の要求の実現に応援してくれていた関係でしたし、アメリカも結果的に黙認ないし好意的だったのですが、大戦後国際世論の方向がおおきく変わって行ったのに、日本国内世論がついていけなかったことから日本の応援団も徐々に手を引いていって孤立化を招いたのです。
英米の当時の対日態度について、ウイキペデイアによれば、以下の通りです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BE%E8%8F%AF21%E3%82%AB%E6%9D%A1%E8%A6%81%E6%B1%82

日本が中国に特殊利益を有することは、イギリス、フランス、ロシアは、明文あるいは黙示を以って承認していたが、ドイツは不承認でありアメリカの態度は明確でなかった。
3月8日、イギリスのグレイ外相は加藤外相に対し、「自分が非常に懸念しているのは、日中問題から生起すべき政治上の事態進展にある。
ドイツが中国において盛んに陰謀をたくましくしつつあるはもちろん事実であって、中国をそそのかして日本の要求に反抗させるために百方手段を講じつつあるのみならず、これによって日中両国間に衝突を見るようなことがあれば、ドイツの最も本懐とするところであろう。自分は今回の問題について何か質問を受ける場合、できる限り日本の要求を支持して同盟の友好関係を全うしたい精神である」と述べた[12]。
駐日英大使グリーンは加藤外相に、中国側の態度はまことに了解しがたい、駐華英公使は日中両国が不幸な衝突を見るに至らないよう、北京政府に注意しており、袁大総統に直接申しいれてもいる、と語っている。

上記の通り英国はなお対日協力的でしたが、独は自分の奪われた権益ですから、反日運動に邁進している状態が以下の記事で出ています。