社会党の教条主義化4(日常活動軽視)

昨日紹介した論考に関する感想の続きですが、社会党凋落が決定的になった69年総選挙敗因を読むと日常活動による個人後援会が育っていなかったことが一因であるようにも読めます。
日常活動が充実していれば、これに比例して社会変化への適応力がつき、世話になった庶民の感謝の気持ちから活動資金も集まりやすいのですが、日常世話活動がほとんどなく観念論の演説に酔い痴れている状態では支持率低下に比例して資金源も細ります。
庶民との接点を重視しないメデイアの振り付けに頼る・・西洋的愚民思想・・庶民は愚かなので宣伝対象に過ぎないと思い込んでいる政党が庶民の代弁者を名乗る資格があるのでしょうか?
社会党がもう一歩で政権交代可能か?というチャンスに中ソの支援に頼るようになっていった結果日常感覚で遅れをとったのに対して共産党は逆に中ソからの独立路線に転じた点が大きな違いになりました。
(児童売買春に関して世間を騒がせたNGO関連で少し書きましたが、この数十年でいえば国内支持不足を国連等の応援?国際社会はこうだ!というグローバル論法にたよって国内批判をする現在のNGOの先駆者?になるのかな?)
共産主義政治の優位性を語る主義主張では国民支持を受けていませんが、外国の手先でないかという疑念を抱かれない点が独立路線に転じた共産党の強み・一定の岩盤支持が残っている違いではないでしょうか。
共産党が独自路線選択の結果、中ソの支援が期待できなくなったので国内での地盤が必要になってある程度日常活動が必須となり、生活者の基礎能力の高さを否定できなくなった結果、次第に庶民意思を汲み取る能力がついてきたと言えるのでしょうか?
日本社会の大変変革期が到来した鎌倉末期にこれを精神面で体系化するのに必須の新宗教が興った・・・浄土信仰と禅宗・日蓮の3宗教でした。
このうち他力本願系と自力系に分けると自力系では内向して行く禅宗系と外的行動を求める→過激主張・過激行動の日蓮宗の2系統に分かれましたが、ボトムアップ型民族の日本では生活人がじっくりした話し合いで決めて行けば良いという知恵・・過激主張と過激行動は好かれない民族性が明らかになったように思われます。
共産党が独自路線採用の結果、価値基準も日本回帰して見ると、ソ連流の「暴力革命」の標榜は社会内孤立するという見通しを持ち、価値観でも国内回帰・大転換したように見えます。
この頃大学内のいわゆるブントに対して「学生は街頭活動や闘争するものではなく、より一層勉学に励むべし」という中央指令を発したので全学連が混乱に陥る、党中央に従うものと、あくまで武闘路線に突っ走るグループ等に四分五裂していくようですが党は動揺せずに安保騒動やその後の全共闘運動等に対して一貫して「跳ねっかえり行動が権力による取締体制強化を誘発するマイナス行動」として厳しい批判を繰り返してきました。
学生の過激運動禁止で共産党の影響力低下の穴を埋めるチャンスとばかりに学生運動連携を強めた社会党は60年安保直前の砂川基地闘争、三池闘争等の学生運動と連携して以来、過激化する一方の学生運動と運命を共にする方向になっていったように見えます。
共産党は独自路線の結果、行き詰まりの反動で人民弾圧を始めたソ連や中国批判を遠慮なくやれたことも時宜にかなっていた面があります。
革新系野党が今でも指導層を高学歴者に頼り、運動方法としては学者声明にこだわる体質が変わらないのは、党は人民を教化する前衛・エリート集団であるという価値観・・DNAによるのでしょう。
韓国では名門大卒かどうか・・最近では超一流企業となったサムスン社員かどうかは昔のヤンパン階層かどうかによるとてつもない格差を示す道具になっているのと同じで思考法です。
共産党や公明党なども代議士、地方議員等は、党が指名して立候補できる仕組みのようなので、社会党の党員の強さに似ているように見えますが、地元民と接触する日常活動の活発さに比例して党員の現実感覚が磨かれるので社会党ほど教条主義者がはびこり難い・・日常サービス活動が残る限度で一定の支持を得て生き残れているのでしょう。
社会党の弱点は官公労等の巨大組織に頼り地元密着の日常活動をほとんどしてこなかったことだと思います。
もともと共産党の方が、共産主義革命そのものをめざす理想主義者?の集まりであり社会党の方が現実的政治センスある集団だったはずです。
昨日紹介した社会党研究論文の前提事実でも、元は現実政党であったのに次第に左傾化して行ったという意見です。
上記によれば、これは結果であって原因ではないという説明になるようです。
現実政党で政権交代可能性が予定されていた社会党が、何故観念論集団に堕して行ったのか?
私の素人意見ですが、選挙民の要望にこまめに対応する日常活動に力を入れたかどうかの差ではないでしょうか?
共産党は自民党顔負けのドブ板選挙に励んでいたので、中国の文化大革命の失政やソ連によるハンガリー動乱やプラハの春やポーランドに対する戦車蹂躙があり、ソ連崩壊等によって共産主義の輝きを失っても日常活動による下支えが現在も効いているように見えます。
社会党が足場を失っていった原因は日常活動ほぼ皆無でメデイア界や文化人等の支持・実態に合わないメデイアのヨイショ記事?あるいはメデイアが掘り起こした政権要路者批判先行によるムード盛り上げに便乗して国会で追及する・タレントが振り付けどおりにテレビで振る舞うような行動に頼ってきた点にあったと言えそうです。

虚偽報道の日常化と反日宣伝4

諸外国へ出掛けて行って日本批判を展開する活動が盛んになったこととの関連があるかどうかよく分りませんが、今思い出すとそのころから弁護士の世界でもアジア諸国に対する日本企業による公害輸出や自然破壊をテーマにインドネシア等に調査に行っては、現地で日系企業に対する反対運動を指導?使嗾するなどいろんなことが始まったように思われます。
これらはまさか虚偽報告ではないでしょうが、個人マネーで弁護士が調査している結果の報告書か、日弁連が費用負担しているかどうかまで分りませんでしたが、何故こんなことまでする必要があるのかよく分らないなあ、・・これも人権活動なのか?と思って読んでいたことがあります。
人類皆兄妹と言いますので、日本国内の自然破壊を憂うるだけではなく、インドネシア等での樹木伐採→日本企業の大量輸入に対しても親身に考えて、前もって反対などしておく意味があるのかな?と納得させられていましたが・・。
(私は、自分の理解力が弱いと言う自覚があるので、よく分らない意見を読むと何でも出来るだけその意図を正しいものとして理解しようとする傾向があるようです)
中国残留孤児が帰って来ると、ソ連が条約違反で満州に侵攻したことに対する批判よりは、乳幼児を育ててくれた中国への恩義ばかりマスコミは報道し、日本の「棄民政策」(という変な造語が生まれて)がいけないと言う変な方向へ向けた国家賠償訴訟・・問題すり替え行為に発展しています。
そもそも、こう言う悲惨な結果が生じたのは、・・朝鮮半島や中国で武装解除した戦闘員でない一般人に対する虐殺行為・・これは親を殺されたことや、非道な行為からに逃げ惑っているうちに親子が離れはなれになってしまったために残留孤児が大量発生した原因です・・。
母親が子供を棄てて帰って来ることなど有り得ません・・孤児の親全員が殺されたとは言いませんが、子供の数に匹敵する大量の親が殺されたことを推測するのが普通です。
帰国した中国残留孤児に母親や兄妹がいる事例は殆どありませんでしたから、(まだ親世代が生きている時代でしたが、迎えた親類縁者はいとこやおじさん達が中心だったように記憶しています)棄てて帰った親はいないと言うこと・・両親は武装解除を良いことに殆ど殺されてしまったことになります。
乳飲み子を抱えた多くの母親が殺されたからこそ、赤ちゃんが残されたのではないでしょうか。
非戦闘員の母親や父親を何万人と殺した残虐性こそが重視されるべきなのに、ここをすり替えてしまって育ててくれた中国への感謝とか、(両親の殺人犯に感謝しろと言うようなものです)日本政府の責任と言うのですから不思議な論法です。
戦争で負けたのは確かに政府の責任ですが、敗戦を受入れて武装解除した丸腰に乗じて大量虐殺を敢行してこの世の地獄を作り出した中国人やソ連軍の人道責任を問うことこそが本来でしょう。
明白な国際法違反の非人道行為を不問にして、戦争中敵国の便衣兵を処刑したことをもって大虐殺と報道して日本批判材料にしているのは片手落ちもいいところです。
反日目的の虚偽報道は、(今後反日に限らず事実を正確に報道する姿勢に徹して)最後の最後になって欲しいものです。
吉田調書虚偽報道事件は誤報ではなく、特定政治意図を持った積極的虚偽報道であったことを多くの国民が推測したことでしょう。
政府が非公開としていた調書を公開する方針に変更した結果、公開予定日にイキナリ誤報謝罪の記者会見をしているのですから、本物を見る前に誤報の会見をすること自体・朝日の報道が本物の調書とは違っていることを朝日新聞自身が予め知っていた・・即ち積極的に虚偽報道していたと多くの人が推測したでしょう。
政府が非公開と決めていたことを良いことにして朝日新聞批判者に対して名誉毀損で告訴すると脅していたようですが、調書が公開されない限り批判者は虚偽性の立証不能→誹謗中傷となってしまいます。
これを見越して言論界から抹殺するかのように、以前から吉田氏に接触して取材していた人とから朝日報道がおかしいと通報していた人を脅していたようです。
朝日新聞による批判者に対する脅迫を繰り返していたことが明るみに出て来ると、表現の自由を生命線とする大手マスコミが、虚偽や誤報をしていたに留まらず、自ら、言論の自由を践みにじるほど腐っていたことには驚きを禁じ得ません。
噓でも繰り返し大手マスコミが報道すれば国民が信じてしまう筈・・苦情があっても、黙殺するか名誉毀損で訴えると脅せば黙ってしまう・・このやり方は、中韓が架空の慰安婦宣伝や南京虐殺を世界中でやっていることと同じ発想です。
日本が「事実無根だ」と少しでも言おうものなら中韓はいきり立って、内容の真偽よりは「ナチス同様」と非難して批判封じを行なうのと同じです。

虚偽報道の日常化と反日宣伝3

ソ連崩壊前後ころからのマスコミや文化人の活動焦点は、国内政権批判活動よりは現地調査しないのにしたかのような虚偽報告や・・珊瑚礁を記者自身が傷つけたヤラセテレビ報道事件・・NHKの台湾原住民取材のネジまげ報道などが普通に行なわれるようになってきました。
社会党隆盛時代のように政権・政策批判ならば、仮にマスコミが日本の発展阻害目的の悪意でやっていても、その反対運動の結果公害防止技術・省エネ技術が進むなど、結果的に改革の方へ行く良い効果があることを22日に書きました。
日本を貶める結果になる虚偽報道になって来ると、日本が何をどう反省して良いのか不明で日本の発展にとって何のメリットがあるのか理解不能です。
ところで、政治に関連しないので大事件化しない日常的な「やらせ」報道は、もっと前から一杯あったと思いますが・・。
珊瑚礁事件はやらせが大きなニュースになった最初でしたので、記憶している方が多いと思いますが記憶確認(正確に記憶していないので引用しておきますが、ウイキペデイアも正しいことを書いていると限りませんのでそのつもりお読み下さい)を兼ねてウイキペデイアから引用しておきます。
以下は、ウイキペデイアの記事からの引用です。

「朝日新聞珊瑚記事捏造事件(あさひしんぶんさんごきじねつぞうじけん)とは、1989年(平成元年)に沖縄県西表島において、朝日新聞社のカメラマンが自作自演で珊瑚に落書きによる傷をつけ、その写真をもとに新聞記事を捏造した虚報事件である。落書きの文言「K・Y」を取って、KY事件とも呼ばれる。」

「朝日新聞東京本社版の1989年(平成元年)4月20日付夕刊の連載企画「写’89『地球は何色?』」[1]に、高さ4m、周囲20mという世界最大級のアザミサンゴとしてギネスブックにも掲載されたことがある珊瑚が傷つけられた6段抜きの大きなカラー写真が掲載された。この記事では「沖縄県西表島のアザミサンゴに落書きがあることを発見した、として、以下のような日本人のモラル低下を嘆く新聞記事を掲載した。」
「サンゴ汚したK・Yってだれだ」
これは一体なんのつもりだろう。(中略)「K・Y」のイニシャルを見つけたとき、しばし言葉を失った。(中略)日本人は、落書きにかけては今や世界に冠たる民族かもしれない。だけどこれは、将来の人たちが見たら、八〇年代日本人の記念碑になるに違いない。精神の貧しさの、すさんだ心の……。 にしても「K・Y」ってだれだ。

しかし、地元の沖縄県竹富町ダイビング組合が「サンゴにこれまで傷は全くなかった、サンゴに書かれた落書きは、取材者によるものではないか」との抗議を寄せた。」

例によって朝日新聞はやらせを否定しましたが、何十年も残る筈の落書きが数日くらいで消えてしまったので、取材直前に書いたものだと分って来るなど最後は朝日が謝って終ったとのことです。
珊瑚礁事件に朝日新聞が懲りてやらせ=虚偽報道体質が収まったのではなく、これが氷山の一角でしかなく・・以降「やらせ」と言う虚偽報道が一般化・普遍化してきたようです。
2・2・6事件で軍部が萎縮したのではなく逆にその後発言力が増して行ったのに似ています。
やらせ、虚偽報道で意見の違う相手をやっつけることが出来る・・「世論誘導してしまえば勝ち」と言う習慣が成立して行ったようです。
「慰安婦問題は報道合戦で勝負ついているのに、今更何故日本で騒いでいるの!」と言う意見が世界的には、結構あるようです。
特に抗議を受けない限り・・あるいは抗議を受けても相手が弱い者である限り大手マスコミの威力で、逆告訴すると言う脅しで黙らせてきたことが、原発吉田調書の虚偽性指摘批判者に対して告訴すると言う脅迫まがい行動の暴露で判明しました。
沖縄の珊瑚礁事件の場合、組合と言う組織対応でしたから頑張り切りましたが、個人の場合、虚偽性の裏付けまでは個人ではなかなか取れません。
言論人の場合、マスコミを敵に回して発言を続けると干されてしまい発言の場を失い、収入減で生きて行けなくなります。
「やらせ報道」虚偽報道の共通項は、いろんな分野で日本人のモラルに問題がある・と言う繰り返しで日本の評価を落とすこと・戦時中如何に日本は酷いことをして来たかを宣伝することによって、アジア諸国に反日感情を植え付けること・・日本孤立化目的と言う視点であったとみれば共通しています。