脅威増大と軍事同盟の必要性2

米国の尻込み傾向が顕著になったので、中国としては実力行使してしまえば大丈夫という安心感を持ち、・・傲慢な態度が顕著になって南シナ海を自国領海と言い張って実力での囲い込みを始めた原因のように見えます。
中国の脅威が目前に迫ると少なくとも最大限の応援をしてもらえるようにしておく必要がある・日本も憲法の範囲内で少しは米国に協力する姿勢を示す必要があるとなって、周辺事態限定協力の誠意を示そうとなって今回の安保関連法議論がおきたものです。
圧倒的兵力差があるときには、米国が小指を動かす程度の負担で周辺国を制圧できたので、片務的・睨みを利かせてくれるだけでも良かったのですが、現在中国の侵攻に米国がまともに参戦すると米本国への核攻撃さえ招き兼ねません。
相互核攻撃までエスカレートしなくとも中国が米空母撃沈能力を持つようになると、米軍本格参戦に対するハードルが中国軍能力向上に比例して日々高くなって行くのは当然です。
このハードルを下げるには日頃協力度アップとの比例関係にあるし、高度兵器供給関係構築も重要です。
いわゆる安保法案の議論は、日本の国防をどうすべきかについて国民が一番心配しているのですから、そのことについて近い将来を見据えて、日本はどうあるべきかの与野党の議論こそが必要だった思われます。
「平和を守れ」というお題目を唱えるばかりでは議論になりません。
国会は参考人に国民世論が反対しているかを聞くための場ではありません。
どの程度米国に協力すべきかの議論の場に意見陳述のために出てきた人が、平和を守れとか、反対理由として国民過半数反対とか国民に対する説明が足りないとかヒトのせいにしているのでは議論になりません。
与野党対決していることを前提により良い意見があるかを聞くのが参考人意見陳述です。
野党の反対意見をおうむ返し的に主張するだけでは、与野党双方の気づかなかった着眼点を教えてもらうことになりません。
奥田氏意見は野党論の新たな論拠提示でなく、すでに知られた野党の主張根拠の繰り返しでしかないので、こうなったら採決で結論を決めるしかないでしょう。
安保法案はどうやって国防すべきかの方法論ですが、左翼系野党は方法論段階でまだ自衛権否定を基礎に置いた理念論(中国と仲良くすれば済むことだ)を繰り返すだけです。
民主国家とは言え目的が違う組織集団といくら話し合っても目指す方向が違うのでは、時間をかけて説明しても反対したい目的が変わる訳がないので一定の議論を尽くせば国民の意思→選挙結果→多数決で決めるべきです。
合理的議論を受けつけない野党の姿勢が60年安保以来続いているので、国会審議は内容ではなく何時間の審議時間を確保したか、野党推薦者の意見を聞くという形式基準重視になってしまい、審議終了後は強行採決反対というおきまりの主張と不信任決議連発の時間稼ぎが常態化していました。
ただし国民大多数反対無視という虚勢が通じなくなったこの4〜5年では、不信任決議を出すと、じゃ国民の信を問いましょう→選挙になるのが怖くて?不信任決議を出せない状態が続いています。
奥田氏は

「今、これだけ不安や反対の声が広がり、説明不足が叫ばれる中での採決は・・・」

と言うのですが、国民過半数が本当に反対しているならば、与党に(選挙で負けていいんですか!と温情をかけずに、ズバリ選挙に持ち込めば良いことです。
こういう主張自体が、国民には賛成の方が多いと自白しているようなものでしょう。
「私、私たちこそがこの国の当事者、つまり主権者であること」という自己紹介から始まった意見陳述ですが、政治家は主権者の意見を聞くべきということと、主権者一人あるいは少数者のいうとおりすべきこととは同じではありません。
主権者の一人だから・というのは、当然すぎて意見がその意見が正当である根拠理由になっていませんので、ここで、自分、自分らは主権者であることの強調は、自分らの意見の具体的理由の合理性の有無を横に置いて、「まず尊重すべき」と印象付けたいように読めます。
もともと反対論の根拠を説明する気持ちがないことを予告するような陳述の始まりです。
結果的に一定の時間論議を尽くしても奥田氏のように過去「70年間の平和の誓い」を守れ式の意見に固執しているグループと、過去70年間とは違った新たな環境でどうするかの対応を決めたいグループとは議論の前提がかみ合っていないママでは議論をするのは不毛です。
奥田氏発言全文という記事を読み返しても安保法案に反対してその代わりどうやって平和を守るかの意見が見当たりません。
せいぜい過去70年間平和の誓いを守れと言う程度です。
ただし7月27日紹介した産経記事では

《対話と協調に基づく平和的な外交・安全保障政策を求めます》《北東アジアの協調的安全保障体制の構築へ向けてイニシアティブを発揮するべき》《中国は政治体制こそ日本と大きく異なるものの、重要な経済的パートナーであり、いたずらに緊張関係を煽るべきではありません》」

産経記事ではどこで発言したのか?(出典を書いてあったはずですが記憶がはっきりしません)不明ですが「中国と仲良くすれば良い」と言うような主張と日本が「いたずらに緊張関係を煽るべきではありません》」という言い方は日本に責任があるという主張です。
日本になぜ責任があるか根拠不明のまま結論が出てくる感じです。

脅威増大と軍事同盟の必要性1

本来日本が経済大国になった頃からは、普通の能力相応(7対3の国力ならば7対3の分担)の相互的な同盟関係になるべきだったでしょう。
このため日米はパートナーシップで・・という表現がその頃から増えてきたようになった記憶でしたが、当時は日本にとって中ソの脅威は実感のない脅威論でした。
むしろ国際的人気のないベトナム戦争の出撃基地(トンキン湾空爆は沖縄からの発着機で実施?補修等の兵站拠点は当然)になっているという面で、日本が貸しを作っている関係が続いていてたので国内の迷惑施設論も一応の実質がありました。
当時は中国の脅威が迫っていなかったし、ソ連の表向きの発表と違い国力レベルの低さが知られていた上に、何と言ってもソ連の正面は欧州であって日本は裏側(いわゆる搦め手)である上に、間に広大なシベリアがあるので、日本にとって危機感が乏しかったことによります。
明治以降のロシアの脅威論は、満州〜朝鮮半島にロシアが触手を伸ばしつつあり、(日清戦争で保護者であった清朝との関係が断ち切られ、李氏朝鮮が独立して大韓民国宣言後、初代皇帝がロシア公館へ逃げ込んだ例を見てもロシアの影響力の浸透ぶりは分かるでしょう)勢力圏にした場合日本にとって直接競り合う関係になるからでした。
戦後は、日露戦争の敗北でせっかく付き上げてきた満州の権益を日本に奪われた遺恨を晴らすために、日本敗戦のどさくさにつけ込んで日ソ不可侵条約を突如破棄するとともに、大挙して満州になだれ込み領土野心を満足させました。
(日本はロシアとの平和条約締結の障害としていつも北方領土返還が解決しないと無理と言いますが、本音はロシアが満州で行った暴虐行為プラスシベリヤ抑留を許せない気持ちが強いのが真の原因です。)
火事場泥棒的に満州地域をせっかく支配下に置いたのに、中国が満州地域を勢力下に置いて国家樹立してしまったので、日本はロシア南下の脅威が軽減されることになりました。
さらに中ソ対立が起きるといよいよ、日本の中ソに対する危機感がいよいよ薄らいだことになります。
しかも中国はロシアの脅威に取って代わるほどの国力がなかったので余計安心仕切っていた状態が続きました。
米国もその安心感で中国を支援してきたものです。
ところが米国の支援を受けた中国が急速に経済力をつけてくると中国は自信を持って米国への挑戦者に名乗りを上げることになったのがこの約10年間と言えます。
今や自国保守に汲々とするどころか周辺に打って出る勢になってきました。
中国が領土野心を持つようになったので、日本にとってはロシアが満州や朝鮮半島支配する場合より危険性が増したことになります。
戦後米国の核の傘の下でぬくぬくと安保ただ乗りしてきた日本が初めて自国防衛の必要性に迫られるようになったのです。
一方で米国にとっては死命を制する決着は核弾頭時代に入っているので、自国防衛のためには、情報収集基地はあった方が良いとしても戦闘力としての前線基地不要の時代に入っています。
むしろ敵基地に近接した前線基地は人的リスクが大きく、マイナスの方が多くなるので、自国兵の駐屯をできるだけ減らして行きたい関係です。
韓国駐留兵をどんどん減らしているのはこの一環ですし、将来的にはグアムの線まで引いてしまう戦略・・日本列島内基地すら維持する必要性がなくなって行くでしょう。
こうなると日本にとり、自国安全を図るために自前の兵力で一定程度まで守る必要性の増大と、応援してくれる同盟が必要な状態となったので、いつまでも安保タダ乗りは許されなくなっています。
普通に考えれば、タダ乗りしている限り米国にリスクが殆どない程度の応援しかしてくれないのでないか・・タダ乗りでなくとも中露相手の時には、米国自身核攻撃受けるリスクあるので、協力できる限度も限られるでしょう。
米国が日本の応援で米国軍自体が尖閣諸島攻防戦に直接出撃した場合、中国が米国からの核の反撃を受けるリスクを覚悟してでも米国を核攻撃すると脅せるか?という心配です。
中国も米国の核反撃が怖いので米国の投入してくる兵器レベルに合わせた反撃で我慢するしかない・・結局は通常兵器・通常戦の優劣で勝負がつくと思われますが、それにしても他国の戦争で瀬戸際状態に米国が引きずり込まれるリスク・・覚悟までしてくれるかは予断を許しません。
何回も紹介していますが、スエズ運河の国有化宣言に頭にきた英仏連合軍がスエズ進駐した時にソ連に大陸間弾道弾をお見舞いすると脅迫されたことがありました。
この時同盟国の米国が「こちらはソ連に核弾頭をお見舞いする」と言い返してくれず、英仏は涙をのんで・大恥掻いて撤退した歴史があります。
米ソのこれまでの介入事例では、米ソがいずれか先に戦力投入現場には米ソいずれも直接軍事投入しない不文律が守られてきました。
直接戦闘に発展するの防ぐ知恵でした。
核弾頭保有の超大国同士では、直接戦闘に参加しないという不文律(核抑止力)があるとした場合、中国の日本攻撃が始まると米国は背後で情報提供、武器供給や作戦指導程度の応援しか出来ないことになるのでしょうか?
最近では、ロシアが数年前にウクライナに侵攻してクリミヤ半島を切り取り、さらにウクライナ本土東部に侵攻作戦を実行し実効支配しても、欧米諸国は経済制裁や停戦斡旋する程度です。
中国が、香港での一国二制度の約束違反があっても外野で騒ぐ程度しかできないのと同じでしょうか?

暫定的隔離の必要性2(岩田氏の豪華クルーズ船対応批判1)

話がそれましたが、社会防衛の必要性から一定の合理的疑念があれば、検査に必要な期間の拘束(ゆるい隔離)も許されるという法律ができても憲法違反ではないでしょう。
隣で咳をすれば、嫌な顔をして席を移ったり避けるだけなら社会問題ですみますが、精神病や法定伝染病の場合強制隔離する点で国家強制になるのでその折り合いが難しいところです。
今回のクルーズ船対応でも、感染しているか不明の人(潜伏期間とされる2週間経過まで)を下船させない政府対応を非難していた専門家やメデイアが主流?・・批判論が具体的でなく外国で評判が悪いというだけだったようですが、すでに書いた様に日本は入国を認める前に検査をしていただけで、入国後法的根拠なく拘束していたのではありません。
何事も批判さえすれば解決できるものではありません。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-02-19/Q5XSCEDWLU6Q01

2020年2月19日 18:17 JST
「船内な悲惨な状態」と国内専門家
国内の専門家からも批判
船内の感染拡大防止に向けた政府の対応については、日本国内の感染症対策の専門家からも疑問の声が上がっている。
神戸大学の岩田健太郎教授(感染治療学)は医療従事者らへの二次感染を防ぐ管理が不十分だったと18日に公開した動画の中で批判。専門家の視点から見ると「超非常識なことを平気でやっている」と述べた。
厚生労働省は14日間の健康観察を終えたとして症状がなく、陰性が確認された乗客の下船を認め、19日は約500人が下船。共同通信によると、下船した乗客はバスで横浜駅など複数のターミナル駅に移動、帰宅の途に就いた。感染者と同室だった人などは、健康観察期間が継続する。

日本メデイアはNHK初め先ずは、政府批判・・いかにブザマな対応かの材料探し一色だったのかな?
日本では上記のような引用を見るだけでは、何が批判されているかの事実指摘がなく抽象的批判ばかりで、NHKやライブドアーを見ても以下のとおり何が後手なのかの具体的事実記載がなく誰それが批判しているという誹謗中傷に類する引用だけの記事です。
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/31092.html

政府の対応が「後手」に回ったと、国内外から厳しい批判にさらされている。
クルーズ船で何が起きていたのか。政府関係者や専門家に取材した。

https://news.livedoor.com/article/detail/17832997/

海外の複数のメディアが日本政府のクルーズ船対応を痛烈に批判している
一連の報道からは、日本政府に対する不信感が伝わってくると筆者は綴った
危機管理能力のない政府の対応に乗客や乗務員も苦しんでいるという
今、アメリカのメディアは、こんな見出しで、ダイヤモンド・プリンセス号の感染の惨状を報じている。
日本政府にはいったい危機管理能力があるのだろうか? アメリカのメディアはそんな疑問を抱いているに違いない。彼らの報道からは、日本政府に対する不信感がありありと伝わってくる。

と、いかにも日本政府のブザマな対応といわんかのような政府批判を海外報道引用の形式で日本のメデイアは散々批判してきました。
しかし後講釈は誰でもできると言われますが、批判論を見る限り日本政府はどうすべきであったという後講釈さえ紹介がないまま、国外批判があるという根拠だけでメデイアは煽りに煽っている様子です。
こんな主張方式が許されるならば、メデイア界でタッグを組み、1社が根拠ない批判をすると他社が、X社でこう言う批判がしていると大々的に報道し、これをさらに他社が報じる連鎖で世界世論?なっていく仕組みになります。
これを狙ったのが韓国による慰安婦騒動の手口でした。
朝日新聞の検証委員会報告書は、朝日新聞を引用したメデイアの数は少ないという証拠に基づいて責任はそれほど重くないかのような結論だった記憶(正確な記憶ないので誤解のないように読者の方でご確認お願い)ですが、お互い順次引用して行けば良いので噂の大モトの直接引用数を問題にすること自体、当初から朝日の責任を小さく見せようとする調査方法であったとの批判がありうるでしょう。
批判論の大元として報道されている上記岩田氏が誰かの説得を受けてブログか?ツイッターを消してしまったので本当にどういう不手際があったのか不明でしたが、約1ヶ月後のインタビュー?記事が出ていることが分かりましたので「見出し」につられてクルーズ船の何が問題だったかを知りたくて読んで見ました。
読むとクルーズ船のことはお義理にちょっと(具体論がなく)触れるのみで?全般的に抑制されているというか、当たり障りのない意見中心で何が問題であり約1ヶ月経過して時点で彼の批判が正しかったと言えるかの論証が一切ありません。
メデイア界としては、「クルーズ船対応が失敗だった」と既成事実化したい意図が先走って以下の見出しになったのでしょうか。
https://toyokeizai.net/articles/-/335971?page=7

岩田健太郎「非科学的なコロナ対策が危ない」
クルーズ船の失敗を繰り返してはならない  2020/03/12 5:30
クルーズ船での対応は失敗した
――日本政府は3月9日から、中国と韓国からの入国者に対する入国制限を強化し、2週間の検疫を開始しました。
流行している国からの入国を拒むというのは現段階でも有効だ。ただ、流行していない地域や、流行が終わりつつある地域からの入国も拒むのは有効性としてどうかと思う。現段階では、対象の国や地域に合理的な整合性がとれているのか、それとも政治的な思惑で入国制限が決まっているかが不明確だ。

表題「クルーズ船の失敗を繰り返してはならない」は、クルーズ船対策失敗論の説明ではなく、自分のした批判がメデイア界で流布したので、それの立証をする必要がないと既成事実化した上で?さらにこういう不手際があるという上乗せ主張のようです。

暫定的隔離の必要性1(武漢チャーター帰国者の検査拒否)

弁護士の場合いかに急ぐ事件でも、例えば急ぐので仮処分申請してくれと言われても事件内容の説明がないと申請理由・ストーリーも不明ですしストーリーに合わせた証拠集めの指示すらできません。
以上のように弁護士と医師では日常的事実確認の必要性が違うとはいえ、現在の精神障害に対する医師の診断や社会対応を私のような素人から見れば、電車の中で不審な行動をする人がいれば原因究明よりは、先ずは距離を置くのと同じレベルの対応に見えます。
この一例で重大な人権侵害を引き起こしたのがいわゆるライ予防法でした。
らい病の場合、その後の科学発展の成果で伝染性がないとわかったのでそれまでの隔離は、犯罪で言えば、濡れ衣・・無実の罪で牢獄に入れられていたようなものです。
まして学問的に伝染性がないと決まってからも長年にわたって国家が隔離を続けたのは、無罪の証拠が出ていたのにそれを隠して拘束していたようなもので、犯罪行為そのものでないでしょうか?
容疑だけでの逮捕勾留が許されているように、伝染性があるかどうか不明の段階では国民不安次第で大事をとって隔離することが許されるかの問題です。
検査に必要な合理的期間の隔離は、法で決めれば許されると見るべきでしょう。
今回のコロナ対応でも、偽陽性で強制入院させて良いかの問題が起きれば同じ問題になります。
いわゆる法定伝染病だけ一定の疑いがあれば強制検査できるという法があった場合、新型ウイルス蔓延開始時には機動的に政省令等で指定できる場合と法改正・国会審議が必要な場合とでは、機動力に差が出ます。
武漢からの政府提供のチャーター機で羽田到着後の検査拒否?あるいは勝浦の三日月ホテルへの2週間隔離を「拒否して自宅に帰ってしまった人が出た」と報道されていたところを見ると、拒否されると強制する法令がなかったということでしょうか?
法の強制力がなくとも武漢の完全封鎖後帰国できなくなった邦人救援のために日本政府が中国政府との交渉の結果、特別救援機を飛ばして閉鎖中の武漢空港(全面閉鎖中なので空港管制機能も全面閉鎖中ですし、武漢市内外交通機関も全面停止プラス個人外出禁止=厳重検問中に武漢市内外に散在する邦人を一定日時にあわせて空港に集める工夫・公安関係の通行許可手続きなど膨大な事務的すり合わせをへて)に武漢空港に救援機が着陸し時刻通りに出発できて、帰国できたものです。
大方の日本人は帰国できた人らは税を使って自分らを救援してくれたことに感謝する気持ちいっぱいで帰国の喜びを噛み締めるものと期待しているので、入国時の検査拒否する行動自体思いもつかなかったから大ニュースになったのでしょう。
私の関心はこれだけ国際的大騒ぎになっているのに、強制検査システムがこの間に用意できなかった=国会審議が必要な仕組みになっていたらしいことに対する驚きでした。
記憶がはっきりしないので過去記事の引用です。
https://www.asahi.com/articles/ASN1Z6HWJN1ZULBJ017.html

検査拒否した帰国者2人、「検査受けたい」と申し出
新型コロナウイルス
2020年1月30日 19時48分
中国・武漢市(湖北省)で発生した新型コロナウイルスによる肺炎が広がっている問題で、厚生労働省は30日、チャーター機の第1便で29日に武漢市から帰国した日本人のうち、ウイルス検査に同意しなかった2人が、検査を受けたいと申し出たことを明らかにした。現在、検査を受ける医療機関を調整中という。
第1便では206人が帰国。204人がウイルス検査を受けたが、2人は検査に同意せず、帰宅していた。

強制さえなければ周囲に迷惑をかけても何をやっても良い?検査に応じなくとも良いという考えの人は、日本人では稀でしょう。
まして法令になれば守るのは当たり前すぎる・これが法令遵守意識強固な民族性の基礎になっているのでしょう。
日本列島在住の多くはそういう民族意識ですので、自粛要請程度で刑罰を伴う外出禁止令がなくともコロナ禍の蔓延を最少に凌げた要因でしょう。
(もちろん大方の意識という意味で例外がありますので、非協力者は日本人でない・非国民という結論付は性急すぎ・「逆は真なラズ」の原理どおり(大規模災害時に警察力が弱っても、その隙に略奪等に走る民族との違いです)
コロナでの自粛要請に対して、埼玉のアリーナであったか?で格闘技のイベントを強行したり、都内だったかでいくつかのパチンコ店が強行営業するなど世間を騒がせました。
その日の(目先)興行収入を得られたとしても長期的な業界支持を失う・今後格闘技ファン→迷惑者のイメージが広がると格闘技ファンの肩身が狭くなる・・ファンが減るのかな?
民族一致して災害に備えているときに自分勝手なことをすると長期的に見て大きなリスクがあるので、仮に協力によって倒産したとしても多くの企業や個々人が民族防衛のための呼び掛けには自己犠牲を厭わず応じる社会になっています。
パチンコ入り浸り客自体がすでに日陰者的になっているのでパチンコ店の強行開店で今更イメージダウンしても困らない・開き直りだったかも知れませんが、あとで見ればより一層のイメージダウン・イメージ悪化に止まらず現実の客足急落のエポックになったかも知れません。
ただし当該パチンコ店はコロナ対策を一生懸命にやっての開店だったのに、(その他業界もポツポツと開業を始めていたのに・・)パチンコ業界だけ標的に騒ぐのは偏りがあるという意見もあるようです。
日本の武士道・・価値観は、自分の命を捨てても子々孫々のための名誉を重んじてきました。
 「虎は死して皮を残し人は死んで名を残す」
上記は定住社会で生き残る知恵だったでしょうが、グローバル化で人の移動が激しいので刹那利益に走った方が有利だと思う人が増えているかも知れません。

教育の中立と休校協力1(米山意見)

昨日紹介した意見・批判一色のメデイア論調に便乗して根拠ない要請など応じる必要もないだろうと言う意見を格好良く思う自治体がある程度出て来たのしょう。
国民の多く・大企業がクラスターになった場合の企業信用への悪影響を恐れてプロ野球であれ相撲であれ、デイズニーランドであれ、かなりの事業体が自粛協力していますが、中には公立学校(経営責任がない公立だからやれることか?)でさえ協力しないところが出ていました。
3月11日「インフルエンザ特措法2と私権制限1」では政府の休校要請に応じない自治体意見を引用しました。
(自治体首長の場合、地元利益さえ守れば日本全体に患者を広げるクラスターになっても気にしない?のかなという感想を上記に書いています)
もともとこのテーマは2月から私権制限と精神病の強制処置に関するテーマを書いていた続きで、たまたま社会の重大関心になっている新型インフルエンザ特措法と私権制限のテーマに移ってきたものです。
(もうすぐ精神障害と人権のテーマに戻ります。)
インフルエンザ特別措置法では諸外国のように強制権がない・・強制措置に至らない休校要請の場合、応じる自治体と応じない自治体がある紹介で・・3月11日のテーマに入り、こういう意見は昨日引用した米山氏意見が基礎になっているかな?という意味で連載のつもりで書いていたのですが、その後いろんなテーマが割り込んでしまって分断されて約1ヶ月経過していますので、できれば3月11日引用の休校に応じない教育委員会意見も読み直してください。
自治体には自治権がある・政党や企業にはそれぞれ自主権があることと、社会共同体利益のためにどのように対応すべきかは別問題です。
国家主権があることと国際協調しなくて良いかは別問題ですし、個々人に人権があることと、世間付き合い(自主性をある程度犠牲にする選択)が不要かは別問題です。
帰り道で「飲んで行こうか?」と誘われて「俺の勝手でしょう」と言い切る人がどれだけいるかですし、企業が既存法令に反しない限り企業活動の自由があるのですが、社会生活上法令に反しなければ商売がなり立つものでないのも自明です。
社会の一員としてみんなギリギリの接点を求めて遊びに行くかどうかの自粛行動を決めているのであり、教育の中立性違反だ御託を述べれば通じるものではありません。
3月17日時点の世論調査です。
https://resemom.jp/article/2020/03/17/55366.html

一斉休校は「賛成」42%、時期は「春休みまで」最多
新型コロナウイルス感染症対策として、安倍晋三首相が進めた「学校一斉休校」は、「賛成」42%、「反対」29%と、一定の支持と理解を得ていることが2020年3月16日、日本マーケティングリサーチ機構が実施したインターネット緊急世論調査の結果から明らかになった。

上記の通り、見出しは42%賛成→一見反対の方が多いように見えますが、記事内容を見ると逆に反対派意見はわずか29%でした。
当時のメデイア論調は安倍政権は迷走している・・無能ぶりを発揮・いかに迷惑な要請か!という意見の洪水でした。
昨日紹介した米山氏意見に戻ります。
弁護士は実務家ですので、具体的事実関係のもとにおいて利益衡量でどちらに分があるかで勝負すべき職業であり政治理念で勝負すべき職業ではありません。
特定系弁護士は憲法違反とか近代法の理念違反などの観念論を大上段に振り回す傾向が強いと言われるのを聞いたことありますが、昨日紹介した前新潟県知事・弁護士米山氏の主張はまさにこれを彷彿させるものです。
観念論で生きている人が、地元利害調整の求められる知事になっているのか?という驚きで3月11日のコラムに続いて原稿を書いておいたものですが、コロナ対応の巧拙のテーマから話題が横にそれていました。
政治というのものは、「あちら立てればこちら立たず」の利害調整が本質ですが、(それも現実政治は二択ではなく無数の利害関係者が入り乱れる複雑なものです)二択基準どころか理念だけで県の政治ができる現実があったとすれば驚きです。