各団体の長(総理・内閣法3)

われわれ弁護士会のような組織でも会長が選出されることになっていますが、実態は世話役です。
(ここ20年ほどは行動力が求められるようになったので、ある程度のリーダーシップが求められるようになっていますが・・・。)
自治会や町内会長を見れば分るように本来は世話役に過ぎません。
「◯◯の長」とは、明治以降指揮命令する意味で使われて来た漢字の意味からすれば、会社を除く多くの組織での実体は違うので、国民は混乱します。
明治以来の運用と諸外国の物まねでムード的に社長に限らず、総理までが指揮権・能力が必要な印象になっていますが、縄文以来の気の遠くなるほど長い間の我が国の歴史から見れば、いきなり総理に軍隊の指揮者のような指導力を求めるのは無理があります。
合議を取りまとめる歴史を前提に我が国では明治維新の結果、憲法を造った時に大統領制を採用せずに議院内閣制を採用し、しかも総理は閣僚に対しては同輩の上席に過ぎない仕組みにしたのです。
(明治憲法では、天皇の大権を輔弼するだけの建前でしたから、維新以来の二官八省・・太政官制度は言うまでもなく、平安時代の朝廷での合議制度の歴史・・思想的にも一貫していました。
戦後の総理は単なる首班ではなくなったことが明らかですが、総理の指導力はそこまでに過ぎず、個別の閣僚・各省大臣に対する個別問題に関して指揮命令権はありません。
(意に反する閣僚の罷免権がありますが、実際に閣僚の造反に直面するときは内閣の危機状態に陥ったときですから、普通は政権が持ちません・・裏返せば政権が安泰の時には、閣僚は総理の指導力に従うことになるでしょう)
総理は国務大臣を罷免権で脅せるだけであって、閣僚は閣議決定に従う義務はありますが、担当省庁の個別問題について総理からの(閣議決定ではない)直接指揮を受ける関係ではありません。
行政権が総理にあるのではなく「内閣」にあることになっていますので、総理が行政を行うには閣議を経なければならないのです。
以下に憲法と内閣法を紹介しますが、内閣法8条によれば、総理は(各省大臣の担当職務行為について気に入らないことを)中止させることが出来ますが、具体的な内容指示は閣議で決めなければならないことが分ります。
内閣制度については、06/03/05「唯一神信仰と独裁2・・・・多神教の国と合議制2(内閣法1)」07/07/06「戦後の内閣制度13(憲法174)内閣法2」まで連載したことがありますので、関心のある方はそちらも参照して下さい。

  日本国憲法

第六十五条  行政権は、内閣に属する。
第六十六条  内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。
○2  内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。
○3  内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。
第六十八条  内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。
○2  内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。
 第七十二条  内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指 揮監督する。
第七十三条  内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
一  法律を誠実に執行し、国務を総理すること。
二  外交関係を処理すること。
三  条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。
四  法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。
五  予算を作成して国会に提出すること。
六  この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。
七  大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。
第七十四条  法律及び政令には、すべて主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署することを必要とする。

  内閣法(昭和二十二年一月十六日法律第五号)

四条  内閣がその職権を行うのは、閣議によるものとする。
○2  閣議は、内閣総理大臣がこれを主宰する。この場合において、内閣総理大臣は、内閣の重要政策に関する基本的な方針その他の案件を発議することができる。
第八条  内閣総理大臣は、行政各部の処分又は命令を中止せしめ、内閣の処置を待つことができる。

各団体の長の役割1

話題を各種団体のリーダーに戻しますと、佐倉義民伝の佐倉惣五郎だってそうですが、みんなの意見で代表・責任者に推されただけであって特に特定の意見を押し付けたりする指導者とか号令するような役割ではなく・・我が国のトップの実質は責任者に過ぎません。
明治までは組織の責任を取るだけで、いろんな団体や組織の責任者の名称として莊屋とか名主などがあっただけでした。
明治以降、区長や戸長、市町村長、校長・学長・塾長・寮長・級長すべての分野で指揮者の号令一下、動くような「長」と言う漢字を持って来た事自体、違和感があったでしょう。
元々「長」の語源は年長者や長老・・年功によって相応の智恵のあるものですから、組織や団体にはご意見番として知恵者が何人かいるのは当然ですが、近代軍隊制度が発達した以降、組織の長となると突撃隊長をイメージする指揮命令権者をイメージするように変化しています。
明治政府の指導に従っていろんな組織では、すべて責任者の名称に「長」をつけることになっていますが、(小は小さな家の「家長」に始まり町内会長、村長、町長、市長があり、対等な仲間で作る筈の各種協同組合まで、組合長や理事長があります。
しかし、長の名称ばかりが広がり過ぎて学校長、裁判所所長、工場長,営業所長などは,具体的に何をして良いのか分らない感じです。
校長はすることがないので朝礼で訓示したり草むしりをしていますし、平均以上の規模の裁判所所長はあちこちの会議に出て挨拶をする仕事が中心です。
営業所や店長も同じで毎朝ミーテイングと言う朝礼をして格好付けていますが,営業マンの先輩としてのアドバイスなどの仕事がたまにはあるでしょうが,それ以外に長として何を指揮命令するのかが見えません。
工場長だって同じで各部門は部門ごとで動いているので、工場長自身も職人や部門長を兼ねない限り自分で何かする仕事がありません。
私が修習生をしていた当時の宇都宮地裁では裁判官が所長を含めて全部で6人程度でしたので、所長も事件を担当して自分で裁判をしていましたし、それ以外の所長としての仕事は(何年に一回あるかないかの営繕関係を除いて)まるでありません。
刑務所所長も各部門別にやっていて、部門長の会議を所長が主催しているだけでしょうし、校長も職員会議の議長でしかなく、裁判所長も裁判官会議の議長に過ぎません。
このようにわが国の組織では必ず長を置くことになっていますが、実際には合議の議長役として機能しているのが普通です。
古代の国司の仕事は司会役・・議長役程度だったのではないかと May 6, 2011「州の刺使と国司」May 20, 2011「郡司6と国司」等で書いてきましたが、この習慣が今でもいろんな組織で続いているのです。
ただし、営利団体の会社の場合、平安中期以降勃興した武士団の「長」と同じで、社長はまさに陣頭指揮命令権者であって、社長を選任し監視すべき取締役は(以下に述べるように法的には違いますが実際上)指揮命令を受ける部下(部門長)に過ぎません。
この違いは何かと言うと,対外的に一団として行動することが日々求められる集団(会社や武士団)と存在そのものが安定していて内部処理だけの組織(国司は隣国との国対抗戦争をしません)の違いとも言えます。
会社の場合、戦国大名同様に日々食うか食われるかの競合他社との戦いの連続ですから、社長は各部門の報告を聞いたり、司会したり、訓示を垂れたりだけでその他の時間はのんびり草むしりしている訳には行きません。
日々指揮命令する会社では社「長」と言う名称はぴったりして来る反面、社長の指揮命令を受ける取締役が法律上社長の行動を監視する役目にあると言われても実態に合わずにピンと来ない人が多いでしょう。
会社制度はリーダーシップを求められる社会であるアメリカがリードして現在の法制度が造られているのですが、リーダーシップの強い筈のアメリカで逆に社長の権限牽制システムが理念とされているのに対し、合議制社会の我が国で逆に取締役の監督機能が弱いのは不思議です。
アメリカでは,大統領の権限が強い代わりに議会や裁判所がしっかり監視する仕組みになっているのと同じで、社長権限が強いからこそ監視機能が必要だと言う割り切り方(企業統治にも3権分立の精神が貫徹されています)があるからでしょうか?
わが国の場合、原則として合議制運用で来たのでトップは暴走出来ない前提があって、暴走に対する外部的歯止めが歴史的に用意されていないところに問題があるようです。
あまりにもひどい君主が出た場合に時々行われていた家臣団による君主押し込めのような、一種のクーデターに頼る形式と言えるでしょうか?
そういえば三越百貨店の岡田事件の決着も家臣団的な取締役によるクーデター形式でした。
わが国の会社の場合、実際に社長の権限は強化される一方ですから、我が国でも突発的なクーデター形式に頼る是正しかないのでは法的安定性が害されますので、今後は暴走を阻止するための担保制度が遅ればせながら必要になって来ています。