地球温暖化とCO2原因説(説明責任6)

ネット空間の意見交換は学界の論文発表や論争の場ではなく、一般人の疑問や質問への応答で成り立っているものですから、参加者の理解は専門学部の大学生以下で当たり前でしょう。
CO2元凶論はこのシリーズで書いている通り、国民に年間2兆円以上の負担を押し付ける→その分競合する他のエネルギー利用を強制的に縮小させる産業政策に直結する上に、一般国民に2兆円分以上の負担→他の支出を下げるしかない点で、国民生活に重大な影響を及ぼす政策決定を強制している・・経済的には増税と特定業界補助金がセットになったようなものです。
政策決定に学界がもろに口出しする以上は「専門知識を噛み砕いて説明している暇がない」と開き直るのはなく、直接影響を受ける素朴な国民でも一応理解できる程度の説明責任・個々の研究者は研究が忙しいのでそんな暇がないとしても、学界の広報担当みたいな人材が必要です。
台風や地震直後にその仕組みや、原発の仕組みなど素早く図解して報道する時代です。
国民に2兆円以上も負担させて特定業界の発展を目指す以上は、素人の国民に分かる訳がないと開き直るのはおかしいでしょう。
一般事件でさえもマスメデイアが「専門家の意見」として結論さえ報道を垂れ流せば済む時代はありません。
地震があれば、プレートテクトニクス理論とはどう言うものかの図解、あるいは原発事故があれば原発の炉心の構造などを図解して報道する時代です。
国民レベルが上がってその結論に疑問を抱くようになってくると、そういう疑問にわかりやすく学者間の論文よりは、数段レベルを落として解説する人の意見が一般化して流通してしまいます。
歴史小説の影響力に歴史学者が困っている例がよく言われますが、従来科学分野では専門外の人は黙って結論に従っていたのですが、別分野の科学者・・またはある程度科学素養のある人が増えてきたことと、ネット情報の発達で分野外のことでも目に入る機会が増えてきたので、国民生活に大きな影響のある科学分野になるとその道の専門ではないものの、論理的にどうなっているかの疑問を感じる人が増えてきます。
ネット発信が容易になったこともあって、おかしいと思っても昔のように知ったフリして黙っていないで、疑問を投稿する人増えてきていますが、科学分野でも政策決定に関与する以上は、その道のプロではないが別分野の科学者とか疑問提起する人に対してはセミプロや素人向けに解説する必要性が生じています。
温暖化やエネルギー問題は原発事故のような緊急報道の必要がないテーマですから、時間をかけて・・と言ってもちょっとした実験成果や論争経過の解説を追加すれば足りるでしょう。
反論者がくどくどと解説しなくとも、実験でこういうことがわかった程の結論を書いておけば、それで納得する人が多いでしょうし、読者の中で別分野の科学者で一定レベルまで実験成果をチェック能力のある人がその説明に納得できないときには、その実験成果に入っていきチェックできるうに引用原典を付記しておけば足ります。
「この点には一見異論や疑問が起きるが、この点についてはなんとか研究所の〇〇とどこそこの大学の研究チーム△●の実験で問題がないことがわかった」
とか克服されているという「注」をつけるなど、一定レベル以上の国民が理解できるような(あるいは実験成果を共有できるような)説明をする責任があるのではないでしょうか?
ところで、仮に「温暖化が正しいとしたら暖かくなった方がいいじゃないか!」(寒くなる方が動植物人類の生存区域が狭くなり大変)と思うのが素人の考えですが、小さな島が水没してもその代わり広大なシベリア等の広大な地域で穀物・野菜が取れるようになる・(日本でいえば北海道の農地は広い)のがなぜ悪い影響があるかも不明です。
低緯度地方は人口の多い地域だがそこで干ばつが起きると大変といいますが、気象学の専門でしかない研究者がこういう多方面の研究が必要な分野に口出しして国家政策に干渉しようとするのは論外です。
何十年〜何百単位で徐々に起きる変化には、徐々に人口移動すればいいので、この程度のことは昔から行われてきたことです。
江戸時代はじめには東京駅あたりがまだ海辺であったことがあるように(もっと古代で見ても今の京浜東北線の大森駅付近で貝塚がモースによって発見されたように)その程度の人口移動は甘受すべきことでしょう。
日本の棚田その他の「原風景を守れ」という変な超保守運動を批判したことがありますが、ホンの数百年程度の気候変動や産業構造に合わせて先人が適応したに過ぎない生き方を、歴史資料として博物館的に1部残すのはあり得ますが「そのままの生活を守れ」という意見は元々おかしいのです。
5月30日に新潟コシヒカリに関する適地変化の例で書きましたが、50〜100年後に新潟のコシヒカリ生産量が仮に10%になりゼロになったとしても、新潟県民がその間に他の品目の作付け開発に成功し、他の職種に転換したりしますので、皆飢え死にや出エジプト記のような悲惨な逃避行になるなどありえません。
戦争や津波等によって短期間に避難を強制されると、移転先での生活設計もないママの緊急脱出になるので問題が多く(中高年以上は難民住宅から抜け出せず事実上の収容所生活でほぼ一生終わり、次世代の教育環境が劣悪←何世代もマイナス影響)悲惨な状態になります。
しかし、百年単位で1℃程度の緩やか変動の場合、生産適地移動(人間が移動しなくとも従来日本で作れなかったバナナやコーヒー豆・カカオ栽培に取り組むなど)や職場移動・それも適応力のある若者から順次学校等の卒業に合わせて就職などで移動するパターンになります。
昭和30年代中頃に中卒の「金の卵」が集団就職で東京に出てきましたが、仕事を通じてすぐに標準語や都市生活スタイルに馴染んで行きました・・東北方言しか知らない大人が東京に出稼ぎに来るよりはスムースです。
就職先の仕事を通じて移動先に気候や文化に馴染んでいくので、災害等による急激な避難行動(いく先での仕事のあてもなくしかも高齢者も一緒に行くパターン)とは本質が違います。
このように本質的な違いがあるのに、いかにも大規模一斉移動が必要であるかのようなイメージを前提にして不安を煽るのは意図的な誤導にならないでしょうか?

地球温暖化とCO2原因説(説明責任5)

上記の通り、新学説といっても、「地球誕生以来一直線に冷却化が進んでいるわけではない」逆にその後暖かくなってきたことが分かった程度です。
氷河期の形成過程原因が不明であれば、どういうことがあって温暖期に転換するのかも不明・・温暖化の原因だって分かるはずがないでしょう。
CO2原因温暖化論は、過去の温暖化の動きには一定の法則があり、今回の温暖化が過去の温暖化ベースとの違いがあり、それと化石燃料・炭酸ガス増加率と関連があるということでしょうが・・。
その一定の法則が何百回の共通法則なのか、ほんの1〜 2回を見ただけの共通ルールなのかによっても意味が違ってきます。
前回と違うだけでは、もしかしたら・・炭酸ガスが原因かな?と言う疑問だけのことになります。
話題が逸れましたが、天文・宇宙・地球に関する学問は、まだ「群盲像を撫でる」類の手探り状態ではないでしょうか?
何かの仮設の正しさに関しては、その「仮説」が多くの学者の支持を集めても仮説の域を出ない以上は「専門家に任せろ!という態度はおこがましいことです。
まして自然現象に関する気象学者の意見「仮説」が庶民生活を強制するようになれば、庶民もその意見に疑問を呈したりしたくなるのは当然のことです。
偉い人たちが決めたのだから素人は黙って従うべきだと言うスタンスは、民意や市場で決めて行くべき現在社会の仕組みにあっていません。
氷河期の原因がはっきりしないのに温暖化の原因もはっきりするわけがないと言うのが素人の印象です。
素人の疑問に対して「その疑問はこういう実験で払拭されています」と専門家は、途中経過を説明すべきでしょう。
国際条約で何十年も前に決まったことかどうかは別として、(韓国の慰安婦宣伝もすでに国際常識で決まったことだ」いう論法で反論を許さない方法でした)「この説にはこういう疑問があるかもしれませんが、これはこういう実験とこれに対し、こう言う再反論に対してはこういう再々実験の結果解明されています」と説明するのが専門家の対外説明責任でしょう。
(もともとネット投稿は学術論文発表の場ではなく、おこぼれとしてサービス的にネット公開されているに過ぎず・・素人同士の情報交換が基本ですから、素人をバカにするだけでは何の意味もありません)
疑問点の主張があれば、疑問を述べる者の学識不足を批判するよりは、「こういう再反論・再実験で証明されていますよ!」と素人向けに分かりやすく解説すれば済むことです。
大学生以下だと言うほど、不遜な反論の仕方はないでしょう。
ネット空間の意見交換は学界の論文発表や論争の場ではなく、一般人の疑問や質問への応答で成り立っているものですから、後発参加者の理解は専門学部の大学生以下で当たり前でしょう。
福島原発事故でも想定外という説明が繰り返されましたが、大規模事例に限らず熊本地震程度でも起きてみないとわからない・・もともと地球の現象には同種事例が少ない(何万年前の事例集積が不明なので、)何か起きる都度想定外事例になることが原則と言ってもいいくらいではないでしょうか?
氷河期だって回数が少なく過去の痕跡から共通原因・・原理原則を導くのは無理があります。
氷河期に関する6月2日現在ウイキペディアの記述です。

1837年7月24日にヌーシャテルで開かれたスイス自然科学協会の年次総会の講演で、アガシーは彼らの学説を総合して、ジュラ山脈近くで見つかる迷子石は氷河時代の広大な氷床によって運ばれたのだとする氷河時代説を発表した[29][35]。聴講者はこれにかなり批判的で、気候史に関する当時の定説の見解と矛盾していたこともあって、一部にはこの新説に反対する者もいた[35]。同時代のほとんどの科学者らは、地球はその誕生時の溶融状態から徐々に冷却されてきたのだと考えていた[36]。
全てまとめて、氷河時代説が科学者らに完全に受け入れられるようになるまでには数十年を要した。これは、氷河時代の原因についての信頼できる説明をした1875年の “Climate and Time, in Their Geological Relations” の出版を含む、ジェームズ・クロール(英語版)の研究に続いて、1870年代後半に国際的な規模で受容が進んだ[40]。
ただし、この最初の段階で研究されたのは現在の氷河時代の中で過去数十万年に起こった氷期(今でいう第四紀氷河時代(英語版)の氷期の一部)についてである。新生代よりも古い時代に存在したとされる氷河時代の形成過程の詳細については、2011年現在も未だ明らかにされていない[4]。

上記の通り、新学説といっても、「地球誕生以来一直線に冷却化が進んでいるわけではない」逆にその後暖かくなってきたことが分かった程度です。
氷河期の形成過程原因が不明であれば、どういうことがあって温暖期に転換するのかも不明・・温暖化の原因だって分かるはずがないでしょう。
CO2原因温暖化論は、過去の温暖化の動きには一定の法則があり、今回の温暖化が過去の温暖化ベースとの違いがあり、それと化石燃料・炭酸ガス増加率と関連があるということでしょうが・・。
その一定の法則が何百回の共通法則なのか、ほんの1〜 2回を見ただけの共通ルールなのかによっても意味が違ってきます。
前回と違うだけでは、もしかしたら・・炭酸ガスが原因かな?と言う疑問だけのことになります。
話題が逸れましたが、天文・宇宙・地球に関する学問は、まだ「群盲像を撫でる」類の手探り状態ではないでしょうか?
何かの仮設の正しさに関しては、その「仮説」が多くの学者の支持を集めても仮説の域を出ない以上は「専門家に任せろ!という態度はおこがましいことです。
まして自然現象に関する気象学者の意見「仮説」が庶民生活を強制するようになれば、庶民もその意見に疑問を呈したりしたくなるのは当然のことです。
偉い人たちが決めたのだから素人は黙って従うべきだと言うスタンスは、民意や市場で決めて行くべき現在社会の仕組みにあっていません。
氷河期の原因がはっきりしないのに温暖化の原因もはっきりするわけがないと言うのが素人の印象です。
素人の疑問に対して「その疑問はこういう実験で払拭されています」と専門家は、途中経過を説明すべきでしょう。
国際条約で何十年も前に決まったことかどうかは別として、(韓国の慰安婦宣伝もすでに国際常識で決まったことだ」いう論法で反論を許さない方法でした)「この説にはこういう疑問があるかもしれませんが、これはこういう実験とこれに対し、こう言う再反論に対してはこういう再々実験の結果解明されています」と説明するのが専門家の対外説明責任でしょう。
(もともとネット投稿は学術論文発表の場ではなく、おこぼれとしてサービス的にネット公開されているに過ぎず・・素人同士の情報交換が基本ですから、素人をバカにするだけでは何の意味もありません)
疑問点の主張があれば、疑問を述べる者の学識不足を批判するよりは、「こういう再反論・再実験で証明されていますよ!」と素人向けに分かりやすく解説すれば済むことです。
大学生以下だと言うほど、不遜な反論の仕方はないでしょう。

地球温暖化とCO2原因説(説明責任4)

温暖化論プラスCO2元凶論が国連委員会等で支配的になる過程で合理的反論や検証を経ていたとするならば、今になって気が付いて懐疑論を述べる人がいれば、その問題については過去に〇〇機関が実証したデータが揃っている筈ですから、「過去にこう言う反論で決着がついていますよ!」と反論と実証データにアクセスできるように出典を示すだけの手間で済むはずです。
このように、堂々、簡単に一行の引用で反論すればいいことなのに、これをしないで「決まったことだ」と議論を拒否するのでは(反論する材料がないのに政治力で強引にきめたのかな?)と却って怪しい印象を受けます。
政治論的には、たまたまトランプ氏が問答無用で「離脱する」と言いだしたのが、大きな応援団になっていますが・・。
5月31日に紹介した近藤氏の懐疑議論に対する以下の反論がその一例です。
これまた誰の意見か(匿名で)不明ですが、プロが書いたらしい意見です・6月1日頃に紹介の周回軌道変化による影響論・ミランコビッチサイクルを認めるようですが、その他の部分では、大学生以下の素人意見だと切り捨てる印象です。
引用ばかり長くなるので結論部分を引用しておきます。
https://plaza.rakuten.co.jp/rikagaku/diary/200706220000/

2007.06.24
近藤邦明先生の明確な誤り

「検討しているのは近藤先生一人だけど?CO2と温暖化の関係は疑う価値もない議論なのです。上記の議論だけで近藤先生の認識の乏しさは明らかであり、私はエコファシズム(懐疑論者が使う言葉)に大賛成です。
温暖化懐疑論を唱える人間の多くは勉強していないから。勉強していない人の相手をするほど気象学会も暇ではないのですよ。
私は懐疑論事態にネガティブな思考はありませんけど、勉強しないで懐疑論を唱える人に対してくだらない議論を封印すること意味があることだと思います。
説明してて、なんでこんなこともわからないのか冷めますね。ちなみに、ネガティブでない理由は、温暖化論発展の歴史に懐疑論は欠かせない存在だったからさ。しかし近藤先生程度の懐疑論じゃ、科学じゃないし学会で冷遇されるのも当然のことだと思いますね。(学生より勉強してないなんて信じられない)」

上記反論を素人である私得意の短絡的理解をすれば、専門家は分かりきったことをくどくど説明しないだけであって、専門家なら説明不要で説明省略している部分を近藤邦明氏が未解明と言っているのは、その分野の大学生以下のレベルだという批判のようです。
近藤邦明氏が基本論争経過を見落としているか、誤解しているかどうかまで私のような読者・素人にはわかりません。
一般人の理解は専門学部の大学生以下で当たり前でしょう。
我々法律家でいえば、一つの意見・・・A説発表があれば、こういうことが想定されるがA説ではどうなるのか?などの多様な疑問が生じるのが普通で、それぞれについて、A説提唱者側で一つ一つ再反論しそれに対する再質問などの繰り返しで大方の納得する多数説〜通説等が決まっていきますが、それでも社会意識の変化などで解釈軸が変化することがあります。
科学の場合、ある仮説が提示されると再現実験等の繰り返しで克服されていくものでしょうが、理研の小保方氏の発明騒動では再実験可能な資料がなかったことが致命的欠陥とされました。
火山や地震などの自然現象は包括的実験(条件限定実験程度は可能でしょうが、それでもかなりのコストがかかります)に馴染まないので、事例の積み上げが実験に変わることになります。
事例の共通項を探ってある仮説が提示されその仮説で過去の事例がほぼ全て説明でき、ほんのわずかの説明しきれない事例は許容範囲内の例外現象になるかどうかとなるのでしょうか?
既存事例では説明のつかない新現象が起きるとそれを加えても説明できるか、例外に過ぎない程度の説明で逃げきれない時に新しい仮説が生まれるのでしょうか?
16年の熊本地震では事前の想定とは違う・・いろんな報道が出ていましたが、結果的に断層の長さが違っていたようです。
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-04-18/2016041814_01_1.html

M7.3 布田川断層帯動く
地震調査委 従来より長いと推定
布田川区間は従来の評価で長さ約19キロと推定されていましたが、今回の地殻変動などのデータから、19キロより長い断層が活動したと評価しました。同区間では、田んぼで2メートルずれていました。
地震調査委の平田直委員長(東京大学教授)は「(布田川区間は)地表の調査でわかっている活断層より東側に長く、阿蘇山のカルデラの中にも断層が延びている」と述べました。

こういうのも学説の一種でしょうが、このように実際に自然現象が起きてから実例に合わせて修正をすることはいくらもあります。
(まさか!実例が間違って起きたとは言わないでしょう)
地球関係の学問というのは、「分かっていることは分かるが、分かっていないことは分からない」という落語の世界みたいです。
雨が降ってから、「今日の天気は雨です」というのに似ていますが、後から分かるのって学問と言えるか?ということですが・・。
福島原発事故でも想定外という説明が繰り返されましたが、大規模事例に限らず熊本地震程度でも起きてみないとわからない・・もともと地球の現象には同種事例が少ない(何万年前の事例集積が不明なので、)何か起きる都度想定外事例になることが原則と言ってもいいくらいではないでしょうか?
氷河期だって回数が少なく過去の痕跡から共通原因・・原理原則を導くのは無理があります。
氷河期に関する6月2日現在ウイキペディアの記述です。

1837年7月24日にヌーシャテルで開かれたスイス自然科学協会の年次総会の講演で、アガシーは彼らの学説を総合して、ジュラ山脈近くで見つかる迷子石は氷河時代の広大な氷床によって運ばれたのだとする氷河時代説を発表した[29][35]。聴講者はこれにかなり批判的で、気候史に関する当時の定説の見解と矛盾していたこともあって、一部にはこの新説に反対する者もいた[35]。同時代のほとんどの科学者らは、地球はその誕生時の溶融状態から徐々に冷却されてきたのだと考えていた[36]。
全てまとめて、氷河時代説が科学者らに完全に受け入れられるようになるまでには数十年を要した。これは、氷河時代の原因についての信頼できる説明をした1875年の “Climate and Time, in Their Geological Relations” の出版を含む、ジェームズ・クロール(英語版)の研究に続いて、1870年代後半に国際的な規模で受容が進んだ[40]。
ただし、この最初の段階で研究されたのは現在の氷河時代の中で過去数十万年に起こった氷期(今でいう第四紀氷河時代(英語版)の氷期の一部)についてである。新生代よりも古い時代に存在したとされる氷河時代の形成過程の詳細については、2011年現在も未だ明らかにされていない[4]。

地球温暖化とCO2原因説(説明責任1)

http://www.sukawa.jp/kankyou/ondan3.html引用の続きです。

次に示す図は、『九州大学総合研究博物館 特別展示 地球惑星科学への招待』に掲載されている図である。
以下 図その他中略
このページでは、火山ガスとして噴出した二酸化硫黄起源の硫酸エアロソルに『日傘効果』として太陽放射の入射量を減らす効果と同時に、温室効果ガスとしての効果があることが述べられている。
硫酸エアロソルの日傘効果と火山灰による効果とどちらが卓越しているのかの言及はないものの、明らかに火山ガスとして硫酸エアロソルを含めた温室効果ガスが増加したにもかかわらず、観測結果として、明らかに北半球の気温が低下したことが示されている。
火山活動によって大気中に放出されたのは火山灰だけではない。同時に二酸化炭素などの温室効果ガスを含む大量の火山ガスも大気中に放出された。
また、 1992年からの2年間、産業活動が特に停滞したわけではないので、炭化水素燃料の燃焼に伴う二酸化炭素排出量は前年並みか、それを少し超える程度排出され続けていたはずである。つまり、1992年には前年よりも多い二酸化炭素が大気中に排出されたのである。
二酸化炭素地球温暖化説によれば、大気中に排出された二酸化炭素の量が増えれば、大気中の二酸化炭素濃度が上昇し、したがって温室効果の増大によって昇温傾向は強まるはずである。
しかし、実際の観測結果からは、全く逆の結果が示された。ピナツボ火山噴火後2年間にわたって、気温上昇傾向は停止あるいは低下傾向を示し、大気中二酸化炭素濃度の上昇も停止したことが世界的に観測された。
大気中に放出された二酸化炭素はどこに行ってしまったのであろうか?
この期間観測された結果を帰納的に解釈すれば、
①火山灰によって地表に到達する太陽放射エネルギーが減少したことによって気温が低下した。
②同時に、海洋表層水温が低下し、ヘンリーの法則にしたがって大気中の二酸化炭素が海洋表層水に吸収され、二酸化炭素の大気中濃度の上昇傾向が停止した。
と理解するのが最も自然である。二酸化炭素地球温暖化説によれば、少なくとも大気中の二酸化炭素濃度について上昇する要因(火山ガスの付加)はあるが、低下する要因は海洋表層水温の低下以外にありえない。

上記紹介した意見はどこのどういう学者か知りませんが、私のような素人が読んでも疑問の方向性が同じでわかり良い意見です。
自分の思い込みたい方向と同じ方向性の意見に親和性を持つのはあたり前ですが・・。
ただこれまで紹介してきた近藤邦明氏の解説はもともと温暖化論に懐疑的立場の素人向けに分かりよいというだけですから、(何しろ報道によれば「CO2温暖化元凶説」が世界の表舞台を支配していますので)多数派のプロによる反撃が当然あります。
国連の気候変動枠組条約になっていること自体が、温暖化進行プラス炭酸ガス元凶説がここ数十年来世界の共通認識になっていることを表しています。
気候変動枠組条約に関するウイキペデイアの記事からです。

(省略名称:UNFCCC)は、1992年6月3日から6月14日まで、ブラジルの都市リオ・デ・ジャネイロにおいて開催された環境と開発に関する国際連合会議(UNCED)において、採択された地球温暖化問題に関する国際的な枠組みを設定した環境条約である。
気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)は、1994年3月21日に、発効された。気候変動に関する国際連合枠組条約は、国連気候変動枠組条約、地球温暖化防止条約などとも呼ばれる。
気候変動に関する国際連合枠組条約の目的は、大気中の温室効果ガス(二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素[亜酸化窒素:N2O]など、HFCs、PFCs、SF6)の増加が地球を温暖化し、自然の生態系などに悪影響を及ぼすおそれがあることを、人類共通の関心事であると確認し、大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させ、現在および将来の気候を保護することである。

というのですから、すでに法的な国際合意になっています。
そして現在では、COP23(COP=Conference of the Partiesの和訳が何故締約国会議と言うのか?英語力の低い私には不明)まで進んでいます。

第22回締約国会議 (COP22) 2016年11月7日 – 18日 モロッコ マラケシュ
第23回締約国会議 (COP23) 2017年11月6日 – 17日 ドイツ ボン

こうしたバックがあるので、韓国による慰安婦宣伝でよく言われた国際社会で「すでに決まったことだ」という、歴史修正主義批判同様の批判を受けて、懐疑論は政治的には「多勢に無勢」に追い込まれて苦しい状況です。
慰安婦騒動で言えば、慰安婦をセックススレイブ「性奴隷」と翻訳して世界に流布するのに成功した日本の弁護士が得意満面でしたが、「性奴隷だった」と国際社会で決まったことだと韓国に言われても日本国民の多くが納得したでしょうか?
慰安婦騒動では日本人の多くが知らない間に国連人権委員会等へ日本のNGO等が出かけて行って「性奴隷」という英語訳を拡散していて世界中の人がその熟語に引っかかる仕組みを作り上げていたらしく、ころ合いを見計らって韓国が対日大攻勢に出たのですが、日本人の多くがその時になって初めて世界中でそういうイメージが流布されていることを知ったのです。
初めて知った人たちは、どういう事実があってそういう決議になったかについて、慰安婦=性奴隷と主張する人達に質問する権利があるでしょうし、推進側では「国連で決着がついたことだ」と逃げるのではなく、認定された根拠証拠を提示またはこのデータに入って自分で見てください程度の説明責任があるはずです。
セックススレイブを命名し世界流布に成功した功績者自身?またはその偉大さを褒める記事では、スレイブと翻訳した根拠事実の開陳ではなく、彼の命名はいかにアッピール力に優れていたかの賞賛記事しかでてきません。
事実を挙げての命名ではなく、アッピール力目当ての表現を自分でしておいて「スレイブでないというならば、証拠を出せ」というのは自己矛盾です。
いわば弁護士としての事実解明力ではなくキャッチコピー術を誰かが賞賛しているような記事を読んだ記憶がありますが、今になると消してしまったのか探せません。
6月2日現在のウイキペデイア・「性奴隷」命名者弁護士で出てくる記事です。

戸塚 悦朗(とつか えつろう、1942年(昭和17年)- )は、日本の弁護士。韓国人慰安婦の対日補償請求運動を支援し、1992年2月国連人権委員会で、朝鮮・韓国人の戦時強制連行問題と「従軍慰安婦」問題をNGO「国際教育開発」の代表として初めて提起し、日本政府に責任を取るよう求め、国連の対応をも要請するなど、今日の慰安婦問題の発生に多大な影響を与えた。また、慰安婦の呼称として「性奴隷(Sex slaves)」を提唱し、日弁連や国連に使用を働きかけた[1][2]。

岩上氏によるインタビュー記事記事は以下の通りです。
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/

以下、岩上安身によるインタビューの実況ツイートのまとめに加筆・訂正をしたものを掲載します。
戸塚氏「奴隷は『所有物』。だから、『所有者』が『所有物』に対して人権を認めていないということ。そういう関係について、他の言い回しがちょっと考えられないので『性奴隷』という言葉を使いました」
6月2日現在の性奴隷に関するウイキペデイアの記述からです。
1992年以降、日本弁護士連合会(日弁連)がNGOと共に国連において慰安婦問題を性奴隷としてあつかうよう活動し、1993年の世界人権会議のウィーン宣言及び行動計画において性的奴隷制という用語が国連で採用されて、国連では慰安婦問題を性奴隷の問題として扱うようになった[9]。1993年以降は「性的奴隷」が日本軍慰安婦制度を指すことはNGOや諸国政府の共通理解となったと日本弁護士連合会は述べている[9]。
1995年2月に日弁連は、国連女性の地位委員会、第4回世界女性会議(北京会議)で「従軍慰安婦」問題解決を提言し、戦時における性的奴隷制 (Sexual Slavery) の被害者などに対する補償を含む原則が明言された[9]。

地球温暖化とCO2原因(懐疑論2)

3‐2 二酸化炭素地球温暖化説の妥当性の検証
この分析グラフを見ると、気温変動と大気中の二酸化炭素濃度、メタンガス濃度の変動は非常に良い対応を示していることが分かる。このように二つないしそれ以上の物理量が対応して変動する場合、いずれか一つが原因であって、そのほかの物理量はこれに従属して変動すると考えるのが自然である。
あるいは、いずれの現象も別の現象の結果かもしれない。高温期の気温の極大点を詳しく見ると、わずかに二酸化炭素とメタンの大気中濃度の極大点より先に発現しているように見える。
東北大学のホームページでは、『二酸化炭素やメタンの濃度上昇による温室効果の強まりが気温の上昇をさらに強めるという「正のフィードバック」が過去に働いていたことを示唆しています。』と述べていることからも、気温変動が原因となって、これに従属して二酸化炭素やメタンの大気中濃度が上昇したと解釈していることが分かる。
仮に、二酸化炭素地球温暖化説が主張するように、二酸化炭素あるいはメタンの大気中濃度の上昇が主因であって、これに従属して気温上昇が起こっているものと仮定すると、二酸化炭素やメタンの大気中濃度を周期的に変動させる地球システムのイベントを示さなければならないが、今のところその目論見は成功していないようである。
現在、この気温の周期変動の最も有力な原因と考えられているのは、地球の太陽を巡る軌道要素の周期的な変動である。この周期変動をミランコビッチサイクルと呼ぶ。
図その他略

私の方は科学に弱く理解不足・誤解があるかもしれませんが、地球の太陽周回軌道の変化が与える影響の方が大きいのではないかの疑問を書いているようです。
わたし庭の草花の毎日手入れ?していますが、直感的に見て草花の開花時期が早くなっている傾向を感じていますが、それは温度と関係がない印象をうけていてもしかしたら地軸や太陽との距離角度関係が大きいのではないかと自分なりの俗論を持っています。
草花は温度より光に敏感に反応するからです。
(室内暖房があっても夏の花は冬に咲きませんし、昭和50年台初頭の勤労感謝の日頃の連休に三河地方へ家族旅行した際に、夜8時頃に峠道から眼下に煌々と光るハウスの群れを見て電照菊栽培を知ったのですが、電照菊・光で咲く時期を調整している例もあります)
光の力が変わるのは、軌道の関係であり温暖化と関係がない筈と自分の直感力で考えていましたが、今回紹介論文は私の日頃の俗な意見に近い印象を受けました。
素人の疑問に合うというだけの俗説(専門家からいえば矛盾だらけ?)かもしれませんが・・。
http://www.sukawa.jp/kankyou/ondan3.html引用の続きです。
次に火山活動によって炭酸ガスが大量に排出されたのに逆に北半球では気温が低下した事例が紹介されています。
いわゆるピナツボ火山噴火がこの論争に格好の事例提供となったようです。
5月31日現在のウイキペデイアによれば、以下の噴火です。

ピナトゥボ山(ピナツボ山、Mt. Pinatubo)は、フィリピンのルソン島西側にある火山である。1991年に20世紀における最大規模の大噴火を引き起こした[1]。噴火前に1745mあった標高は、噴火後に1486mまで低くなっている。

・・・・・噴火の影響は世界中に及んだ。1883年のクラカタウの噴火以来の大量の大気エアロゾル粒子が成層圏に放出され、全球規模の硫酸エアロゾル層を形成し何か月も残留した[2]。それにより地球の気温が約0.5℃下がり、オゾン層の破壊も著しく進んだ。

Pinatubo ash plume 910612.jpg

このコラムでは写真をあまり引用しないのですが、すごい迫力なので転写させていただきました。
すごい写真なのに(権利を買い取ったからかどうか知りませんが)撮影者の名前があった方がいいようにも思われます。
日本のお寺にある雲龍の絵画はこれをヒントにしたのか?(冗談ですが・・)と思われるほどの迫力です。
この爆発で膨大な硫酸エアロゾル=CO2が大気中に排出され「全球規模の硫酸エアロゾル層を形成し何か月も残留した」にも拘わらず上記の通り気温が0、5°C下がったことをCO2元凶説がどう説明するかです。