共産党基本方針とシールズの一致

共産党の当時の基本主張は以下の通りでした。
14年12月14日(投開票)総選挙時共産党の主張(部分引用)です。

【大義なき解散総選挙】共産・志位委員長が全国で野党共闘できない理由に言及――沖縄の保革共闘は「日米安保は横に置いての協働」辺野古反対で一致

2014/12/08 【大義なき解散総選挙】日本外国特派
【大義なき解散総選挙】共産・志位委員長が全国で野党共闘 … – IWJ
2014年12月8日(月) 15:30〜
場所 日本外国特派員協会(東京都千代田区)
詳細 Press Conference: Kazuo Shii, Executive Committee Chairperson, JCP|FCCJ
「安倍政権の2年間が、あまりに国民の意に背く、暴走の2年間だった。国民の中に、この政治は怖い、危ないという気持ちが広がっている。
今回の衆院選「全国的に野党協力ができる条件にはなっていない」
日本共産党が他の野党と選挙協力しない理由を記者に問われると、志位氏は、選挙で協働するには条件があると語り、沖縄県を選挙共闘の例として説明した。
「私たちは、条件の合うところにおいては、柔軟な対応をやっている。それは沖縄だ。
沖縄県知事選挙では、保守と革新の垣根を越えた共闘体制が作られ、翁長雄志氏が圧勝した。
私たちはこの共闘の体制を大切にして、今度の選挙では、沖縄の全ての選挙区において共闘している。日米安全保障条約の問題は横においての協働になっている」
志位氏は、沖縄県では、主に辺野古基地建設問題に反対する立場で保革共闘の条件がそろったと説明。しかし、全国的には他の野党と選挙協力する条件がないと主張する。
「消費税増税、原発再稼働、集団的自衛権、沖縄基地建設、そしてアベノミクス、これらの5つの争点で、私たちの立場と、民主党あるいは維新の党はまったく違った立場だ。
民主党は、民主党政権時代にこれらの問題を最初に手を付けたため、安倍政権に対抗する足場が持てない。維新の党は、安倍政権よりもっと右よりの立場が目立つ。
よって、日本共産党が全ての選挙区で候補者を立て、論戦によって追いつめていくことが、安倍政権に対する痛打となると考えている。
もし私たちが擁立しなければ、消費税増税に反対する候補者、集団的自衛権に対して正面から反対する候補者、あるいは原発再稼働に反対する候補者もいなくなる。沖縄の新基地建設に反対する候補者もいない。

上記共産党の主張が当時・現在に続く与野党の構図でしょう・・(民主党系野党は政権担当時の政策決定に関与しているために自縄自縛になっていて有効な反対ができないことを7月25日に書きました)私の読みとそっくり同じです。
そこで野党共闘の実現のための裏組織・別働隊・・坂本龍馬が間に入って薩長連合ができたような組織が必要になり、これの(自然発生に見せかけた)育成を急いだように見えます。
そもそも奥田氏がメデイアデビュー前からどのような独自意見があったのか?を見ていきます。
大手メデイアの露出が増えてから国会参考人として意見陳述するまでになった奥田氏の発言要旨を見ていきます。
奥田氏に関するウイキペデイアの記事引用続きです。

翌2015年5月にSEALDsの結成につながった[21]。SEALDsはSASPLに比べ大きな組織となり、同年6月時点で20大学ほどの学生100名を大きく超える規模となったと奥田本人は述べている[21]。同年8月23日、連合が主催した国会前の反安保関連法案集会で[22]8月21日の特別委員会において民主党の質問中に「そんなこと、どうでもいいじゃん」とやじを飛ばした自民党の安倍晋三に対して「どうでもいいなら総理をやめろ」「憲法を守れ」「戦争反対」「安倍は辞めろ」などラップ調で連呼したことで産経新聞に報道された[22][23]。
^ a b 、“首相に「バカか、お前は」 連合主催集会でシールズメンバー 安保法案反対の具体論語らず : 「首相はクーデター」「病院に行って辞めた方がいい」”. 産経新聞. (2015年8月23日). p. 1 2015年10月8日閲覧。
9月15日、平和安全法制を審議する参院特別委員会の中央公聴会で意見を表明する公述人に、民主党の推薦で、大学の法学の名誉教授や元最高裁判所判事などに並んで意見を陳述した[24][25][26]。奥田は法案への反対の立場で意見を述べた[24]

上記によるとラップ調発言した点だけが特徴で、総理のヤジと総理を辞職すべきという結論には全く論理関係がありません。
リズムに乗った特徴の他にどういう言語的主張があるかを見ると「総理が野次をすれば辞職すべき」とか、「病院入院すべき」とかいう非論理的な発言しか出てきません。
公的発言としてこの程度しかない人をメデイアがどのような政治的意義があるとして大々的に持ち上げてスターにして行ったかの疑問があります。
ラップ調煽り演説がリズムが良くて群衆受けしたとしても、上記発言は論理が無茶過ぎてまともな意見開陳とは到底思えませんが、このように情緒で国家のあり方を訴え、それをありがたがる群衆(デモ参加者)がいるとすれば参加者のレベルは推して知るべきです。
ムードでしか理解できない人もいて、そういう人らも小さくなっているばかりでなく、ときにはストレス発散の場が必要なので、そういう人に迎合する表現者も必要でしょうが、根拠ない不満を煽るだけでは社会の不安定要因になるだけです。
元社共系野党や大手メデイアとしては、民主的討論では行き詰まっているので、情緒で勝負するしかない→内容のない煽りに適した人材と見て若い奥田氏を担ぎ挙げたのでしょうか?

政党と別働隊7(シールズ・奥田愛基氏2)

100人の賛同者が本当にいたとしてもメールで「いいね!」と賛同した程度の数かもしれません。
大規模になれば指揮命令系統がないと組織内意思統一が不可能・テンデンバラバラの動きになるのですが、司令官不要と公言しているほか、繰り返しおこなうデモの準備に必須の資金負担をする人がいたのか?準備をどのようにしていたかを含め実体不明です。
裏組織の振り付けどおり動いているだけなら、自前の組織不要です。
吉本興業やテレビ局振り付けどおり演じるタレント・例えばキムタクなどのスマップ、「そこまで言って委員会」などを例にすれば、彼らは報道前の綿密な準備に必要な自前の組織不要でしょう。
デモ申請書類作成提出や場所取りの交渉・演説に使う演説台の代わりになる街宣車・組立用の演台の場合借りてきて運び込み組み立てる手配、のぼりや横断幕や旗あるいは多量のプラカードの作成、スローガンを描いて、それをノボリやプラカードにくっつける作業(場所の用意)道具手配それをデモ現場へ運搬手配など膨大な資金と組織活動が必須です。
※ 40年ほど前に弁抜き法案反対の街頭活動準備で、プラカード用のベニヤ板などの用意、ベニヤ板を買えばノコギリがいるなど・プラカード用の用紙(そのときポスター専用の紙があることを初めて知りました)や筆を誰が買いに行くか、誰が文字を書くか、公道使用許可の申請などの若手弁護士・・下積み経験で書いていますので時代遅れの面があるでしょうが・・。
(プラカードやノボリ旗をデモ参加者自宅から各人がバス電車を乗り継いで持ち寄るのは不可能でしょう)
ネット呼びかけて集まる群衆だけで、大規模集会やデモができるものではありませんし、デモ企画経験のない学生がネットでの意見交換だけでいきなり準備できる仕事ではありません。
直感的印象を書けば、「組織経験のある革新系野党の集会に若者代表肩書きのアジ演説する役割を与えるために必要なのでシールズという実態のはっきりしない若者集団名を名乗るようになったと見るのが妥当でしょうか?
若手弁護士でいえば、実績もないのに老獪な事件屋から代表の名前さえ貸してくれれば、高額報酬を保障すると持ちかけられていいように利用されて、時々大事件・・弁護士法違反や懲戒事件になることがありますが・・。
政治団体代表になるには弁護士のように資格不要なので、実質オーナーが誰かは問題になりません。
こういう流れで、共産党系街宣車利用の指摘をうけて「ちょっと借りただけ」というほころびが出たのではないでしょうか?
シールズに関する本日現在のウイキペデイアの記事からです。

産経新聞は、「SEALDsの主張や活動が、半ば共産党と一体化していることは明白だ」、「ホームページに掲載されたSEALDsの具体的な主張を見ると、共産党と瓜二つであることがはっきりする」とし、SEALDs参加の安保関連法反対デモで、「共産党関係者が使用している赤色の模様をあしらった車両(日本共産党の表記をつけていないがナンバーが同一であることが判明)」や、共産党系の労働組合である「全労連」の車両が使われていると報じている[77]。
また、SEALDsが「おれたちの声を聞け」「おれたちは主権者だ」などと「他者の意見は間違っているとの前提で、自分たちの意見が絶対に正しいという一方的な見解の表明」を頻繁に行っているとして、「この独善的な傾向は、共産党の体質とも実によく似ている」と評している[78]。SEALDsの「《持続可能で健全な成長と公正な分配によって、人々の生活の保障を実現する政治を求めます》《対話と協調に基づく平和的な外交・安全保障政策を求めます》《北東アジアの協調的安全保障体制の構築へ向けてイニシアティブを発揮するべき》《中国は政治体制こそ日本と大きく異なるものの、重要な経済的パートナーであり、いたずらに緊張関係を煽るべきではありません》」などの主張については非現実な主張であると評している[78]。「《安倍政権は格差拡大と雇用の不安定化を促進し、中間層・貧困層を切り捨てた、いびつな成長戦略を実行しています》」との主張も共産党の主張と同一であり、「ブラックな資本主義」という批判も「共産党そのもの」と評している[78]。
統一教会系の新聞である世界日報は「SEALDs琉球」の実態として、民青幹部が影響力を発揮していると主張している。
「自民党に対抗するために野党の統一候補を出すべきだとのシールズの呼び掛けも、日本共産党の主張のタイミングと一致していた。」「シールズが街宣活動のために日本共産党直系の全労連の宣伝カーを使ったことがあった」[84]。Viewpointの編集局は、政府関係者はこれらより「両者に緊密な関係がある」とし「(SEALDsの)実態はノンセクトを装った民青の若者に操られながら一般の若者たちの政治への関心を高めて動員を図っているものとみられる」と述べた、とも主張している[84]。

明日、当時の共産党の野党共闘路線論について見ておきます。

政党と別働隊6(シールズ・奥田愛基氏1)

シールズとレイシストしばき隊との時間軸を見るためにしばき隊に関するウイキペデイアの記事を見ます。

2013年1月12日に「在特狩り行きたいな」と野間がツイートし[6][7]、「レイシストをしばき隊(レイシストをしばきたい。略称しばき隊[8])」を結成したとし、同年2月9日に同団体が「レイシスト」と見做した在特会に対して初めてのカウンターデモが行われたとしている[9]。在特会に対する暴力行為を展開した。また在特会を衰退させることを目的としている。この経験を踏まえ、しばき隊が「ファシスト」と位置付ける安倍政権に対する糾弾活動を行っている[3]。

高橋直樹氏に関するウイキペデイアです

2013年6月16日に「猛烈にしばき開始」し[8]、6月29日にカウンター仲間による集団の名称を「男組」と定める[8]

シールド前身のサスペル発足もしばき隊発足の13年でほぼ同時期です。
シールズの急激なメデイアフィーバーは自然発生現象の後追い報道ではなく、報道が持ち上げて先に有名になったように見える点が異常で、メデイアの作り上げた虚像の印象が強いデビューぶりです。
シールズ創立者の奥田愛基氏に関するウイキペデイアです。

奥田 愛基(おくだ あき[4]、1992年(平成4年)6月24日[5] – )は、学生運動を行う市民活動家[6]。平和安全法制(安保法制)に反対する「自由と民主主義のための学生緊急行動」(シールズ:以下「SEALDs」)を創設したメンバーの一人[7]。SEALDs前身の「特定秘密保護法に反対する学生有志の会」(サスプル:以下「SASPL」)の創設メンバーでもある[8]。一般社団法人ReDEMOS(リデモス)の創設者、代表理事[9]。

中学2年時に不登校[11]。その後、島根県江津市にある全寮制のキリスト教愛真高等学校に入学2011年、明治学院大学国際学部に指定校推薦で入学[11]。
大学入学直前に東日本大震災が起こり、被災地支援に関わる[10]。短編ドキュメンタリー『生きる312』を監督として製作し[10]、2013年に国際平和映像祭でグランプリと地球の歩き方賞をダブル受賞した[16][17]。また、震災後の政治運動について考える団体「the Temporary Autonomous Zone」(TAZ)を運営した[10][18]。5月から大学に復帰するが、その後休学しカナダなどに留学した[10]。
2013年12月、SASPLを1年限定で設立し、幾つかの大学に組織を広げ、反対運動を行った[11]。SASPLは2014年12月10日に解散したが[10][19]、その後、主に沖縄、辺野古基地問題の政治運動を行う「自由と民主主義のための学生緊急行動(ex-SASPL)」を発足した[19][20]。
そして、翌2015年5月にSEALDsの結成につながった[21]。SEALDsはSASPLに比べ大きな組織となり、同年6月時点で20大学ほどの学生100名を大きく超える規模となったと奥田本人は述べている[21]。

上記を見るとしばき隊活動開始と呼応するかのように奥田氏は2013年12月にSASPLを立ち上げ、014年12月10日に解散してすぐ?ex-SASPLを立ち上げ→翌2015年5月にSEALDsの結成につながったと言うのですが、シールズのウイキペデイアを見ると15年12月には解散を公言していて、予定通り16年8月に解散宣言しています。
選挙関連で見るとSASPLは14年12月4日の総選挙投票日直前に解散し、シールズは16年夏の参議院選挙直後に解散するなど選挙活動と連動している時間軸です。
ウイキペデイアのシールズに関する記事です。

015年10月28日
筑波大学大学院生の諏訪原健らSEALDsメンバー4人が日本外国特派員協会で記者会見し「来夏の参院選に野党の統一候補が出るなら応援する。野党は政策や立場の違いを超えて選挙協力をしてほしい」と訴えた。また、参院選後にSEALDsを解散することも表明した。
2016年8月15日
動画メッセージを残して解散[58]。「SEALDsは解散します。しかし終わったというのなら、また始めましょう。始めるのは私であり、あなたです。何度でも反復しましょう」と呼びかけた[6]。SEALDs琉球は活動継続[59][60][61]

企業その他あらゆる組織は、永続とまで言わないまでも一定期間継続することにより、一層の拡大または質的発展を目指すもので、その結果、コンセプトや器が合わなくなれば新たな器やコンセプトに切り替えていくことはありますが、初めっから1年限定あるいは参院選後に解散する:という期限付き政治組織はおかしなものです。
選挙運動終了とほぼ連動して解散する不自然さなど、その時々の選挙運動用別組織として計画的に立ち上げられ、実働開始前から特定政党組織と連携していたかのようなメデイアが前のめり気味にデビューさせた疑いが浮上します。
ちなみにSASPLを衣替えして大成功と喧伝されているシールズでさえ、上記によれば20大学に広がったというのに参加メンバー僅か100人という規模・・1大学平均5名?らしいです。
しかもその数字は奥田氏が自分で説明しているだけのようで、名簿等の客観資料が本日現在ネット検索してもすぐに出てきません。

社民党の体質(鳩山内閣離脱)

学生運動に話題が逸れましたが、旧社会党は60年安保騒動が終わった後・国論(国民総意)として日米基軸体制の選択が確定した後においてもなお民主的国民選択に従わない行動が続いた・・このために旧社会党の政治目標が不明化して結果的に「なんでも反対」するしかなくなったと見るべきでしょう。
旧社会党の行動は自分の主張を勝手に市民の声と称して「国民大多数の気持ちを踏みにじる行為」などというスローガンで毎回選挙結果無視の運動を展開してきました。
この運動方式は「議論によって決まったことに従う」という民主主義理念放棄である以上、国会では牛歩戦術という民主主義手続きの乱用を衆人環視のもとで行い、国会で決まった政策実現には現場工事がほぼ伴うのを悪用して現場となる地方自治体での問題蒸し返し・・地元民反対運動の盛り上げや訴訟戦術の乱発で時間稼ぎして最後の工事段階では違法な実力行使での妨害=現場闘争部隊・・違法集団を養う方向にならざるを得なくなったように見えます。
その暴発手段として別働隊(これが一人歩きして内ゲバ過激化)との一体感イメージが一般人に定着してしまったのが、長期低落の主原因だったと総括できそうです。
今の社民党は事実上の顔である福島氏自身が違法行動に参加して排除されるなどを見ると、党自体は違法行為に関与しないという限度の自己抑制すらなくなったような印象を受けます。
いわゆる嫌韓運動に対抗組織として活躍していた「しばき隊隊長」が激しい暴力的活動で却って在日社会から危険視されるようになったからか?いつの間にか嫌韓運動の対抗組織としての活動をやめて沖縄辺野古基地反対闘争に参加し社民党と共闘していると報じられるようになりました。
共闘というと唯一の指揮命令系統に所属して参加する場合が基本形でしょうが、そこまで意思統一しなくとも特定街頭活動が行われている現場で、敵対的デモをする場合と協調的デモをする場合とがあり、一定闘争?現場で協調的デモを繰り返している場合外から見れば共闘関係に見えます。
一般人は闇の人間関係まで知る方法がないので、外部での協調行動から窺い知るしかありません。
ただし、しばき隊の名で沖縄基地反対運動に参加しているのではなく、しばき隊元?隊長が個人で参加しているようです。
旧社会党は安保騒動の頃に社青同という関連団体を育成しましたが、これが昭和40年代には過激派学生運動の一翼を担う組織の一つとなり過激派が国民支持から離れる過程で(私には)消息不明となっていましたが、その焼き直しかな?関係不明のしばき隊とかシールズなど新規活動集団に頼るようになったイメージです。
共産党が暴力革命路線を放棄・修正後、全学連の跳ねっ返り街頭活動を批判し続けてきたのに対し社会党系は共産党の穴を埋めるかのように学生の過激な活動を期待するかのような傾向を続けてきました。
過激な学生運動とこれを背後で煽る社会党が世論支持を失って来た歴史があるにも拘らず、社民党は今なお新たな別働隊期待を続ける時代錯誤性は抜けないようです。
一旦出来上がった強固なDNA(教条主義=過激活動主義は変えようがないので、)旧社会党から大部分の議員が先を競って逃げ出して新党結成に参加したのは正しかったことになりそうです。
旧社会党に居残って社民党と改名した後を継承している福島氏が、民主党連立政権参加時に、沖縄の辺野古基地移設に断固反対して当時の鳩山首相から解任されて閣外に出た・連立政権離脱を選択したのは、政権に参加した場合でも(従来は責任のない野党だったので・・という理解可能でしたが)従来型・・結果無視・筋を通しさえすれば良いとする硬直政党の体質を示した事件でした。
現実政策能力の無さというか、原理論に凝り固まった(選挙の洗礼を受けない頑迷な?)党員の意向に抗することのできない旧来体質を明らかにしたものでした。
福島瑞穂氏に関するウイキペデイアの記事です。

普天間基地移設問題では一貫して沖縄県外、日本国外への移設を主張。2010年5月28日に辺野古地区への移設で日米が合意したためこれに反発し、閣議了解の書類に署名しないと宣言する。鳩山の説得にも応じなかったため、同日中に罷免された[4]。日本国憲法下での閣僚罷免は5例目で、政党の党首職にある閣僚の罷免は初めてであった。
2010年5月30日に開いた社民党全国幹事長会議で、最終的に連立を解消することを決定した。

鳩山民主党は普天間基地移設先を「少なくとも県外へ」の選挙公約で政権獲得したものの政権担当後どこの都道府県への移設展望もない空論であったことが判明し、上記公約で政権獲得した鳩山内閣自身が恥を忍んで辺野古移設について日米合意するしかない状態に追い詰められた現実を内閣の一員として理解していながら、現実をみとめず「筋を通す・党内意見を優先する」しかない旧社会党の体質がそのままだったことを満天下に示した事件でした。
民主主義とは、議論の結果決まった国民意思に従うことであって民主主義国家の政党もこの原理に従うべきです。
現実政治に参加している与党の一員であり、有効な対案がないことを認めていながら要党内協議に従わず、合理的理由なく閣議で反対する・・日頃からのなんでも反対の本性が出た事件でした。
合理的対話の結果を無視・党内意見以外認めないのは、民主主義・議論結果相手の意見も認めることを否定する党の唯我独尊体質を明らかにしたもので、中国共産党の一党独裁のようです。
現実がどうしょうもないことが分かっている・合理的対案を出せないにも拘らず、現実を踏まえた内閣の決定を受け入れない宣言・・解任するならしてみろ!→社会孤立しても結果を認めない態度→民主的に決まった政策を受け入れない意思表示→受け入れるくらいなら解任されても良いし連立離脱も受け入れるというのは消極抵抗でしかないのですが、この種の意思表示は積極抵抗の一歩手前の覚悟を示したことになります。
党としては積極抵抗=違法行為実行の意思を示さずとも血気盛んな支持者は勇み足で積極抵抗に走ることが多いものです。
明治維新初期に下野した西郷隆盛にその意思がなくとも終焉いかつがれt西南の役になった故事を知るべきでしょう。
国策行為は法令の施行という形をとる以上・・これに対する積極抵抗は違法性を帯びる行動になりがちです。
これが沖縄での工事妨害に向けた違法行為誘発の原因でしょうか。