(天皇誕生日がなくなった)クリスマス・イヴ  

平成天皇の退位によって、5月1日から令和の御世になり平成時代の天皇誕生日であった12月23日が祝日でなくなりました。
平成の最初は、年末の忙しい時に祝日が1日挟まると、たまった仕事の処理が大変だと困った気分でしたが、これもいつの間にか慣れてくると年末休みの予行みたいな気分で22〜3日過ぎ頃から正月を控えた休みが早く始まるような印象で、その始まりを告げるアトラクションとしてクリスマスを楽しむようになりました。
キリスト教徒の方々には申し訳ないですが、日本人の私にとってはそんな程度の位置付けです。
今まで約30年間クリスマスイブ前日の休みを利用してイブの一晩前のイヴ?を楽しみましたが、今年は前日の休みがないので、24日が土日にかからないと調子が狂う感じです。
キリスト教徒ではないので、23日が休日になってから夕方から娘と出かけて熱気に溢れたデパ地下での買い物を楽しんでいたことがわかります。
お正月そのものよりは年末の買い出しや準備に精出すのが楽しいことだと気がつきます。
お祭りそのものよりその準備に半年以上かけて精出すことが、地元民には一体感の醸成その他で意味深いものでしょう。
消費者・観客にとってはイベントの瞬間だけ切りとって見ているだけ・文字通り時間の消費ですが、お祭りの準備、高校野球の場合甲子園に出るまでの営々たる努力・プロセスにこそが価値あるのがわかります。
諸国の巡礼・我が国のお遍路さん同様で道行きに価値があるのです。
車等で神社仏閣の入り口に着いてから深い森に囲まれた参道を歩くときの有り難さは、本来行うべき巡礼行脚の短縮版としての意味があるからでしょうか?
今日24日は、普通に仕事があるし、仕事を急いで切り上げてまで、背広を着てカバンを持ってデパ地下に行きたいわけでもない・結果的に買い物する気になれません。
休日がたった1日減っただけでクリスイブを楽しむのが億劫になるなんて!
キリスト教徒でないから誘導される何かがないとその気が無くなるのが当たり前と言えますが、見方を変えれば年をとって暇があるようでないのが人生というものか?
今年の年末は特に仕事がたて混んでいるわけでもないのに、天皇誕生日の休日が1日なくなっただけでなんとなく余裕のない気分です。
50台半ばに事務所と自宅間距離が数キロ以内に近づき電車に乗って2分の距離になって以来、朝ゆっくり新聞を読みお茶を飲んでから仕事に出かけられるのは、なんとゆったりした良い気分だ!と満喫していたものですが、この4〜5年、時間のたつのがバカに早くなったせいか、ちょっとゆっくりしているといつの間にか10時〜10時半を過ぎてしまうようになり、この1年くらいでは、気がつくと11時半頃になってしまい、事務所でお昼を食べる時間に間に合わない!っと慌てて自宅を飛び出すことが増えてきました。
この関係かしれませんが、年末が近づいたのに祝日が1日なくなっただけで今年はなんとなくせわしない感じ・・、クリスマス・イブを楽しむゆとりがない・・
平成になって5〜6年経つと、天皇誕生日のおかげで年末にヒト休みがあって良い息抜きと思ったものが、今ではこれが普通になってしまったようです。
昭和のいつのころか忘れましたが、隔週土曜休日になり平成に入った前後頃から週休2日制が定着しましたが、今ではもうこれに慣れてしまって、毎週土曜日に仕事するなど考えられないようになりました。
ちょっと楽すると、すぐにそれに慣れてしまうと言うことでしょう。
出かけるとエスカレーターに乗るのが普通・・たまにエスカレーターがないと階段が億劫になります。
この間平成天皇陛下だけでなく私の方も30年分年をとった点が大きな変化の原因でしょう。
若い頃にはお年寄りがゆったりした動作で歩いたりしているのをみると、ゆっくりした気持ちで生きているように見えたものですが、自分がいざその年になると動作(仕事)が遅くなった分時間的に忙しい・全然ゆったりしていないのです。
駅まで10分で歩ける距離を15分前に出れば余裕ですが、歩くのが遅く15分かかるようになれば15分前に出でも目一杯ですし、若い頃には発車1〜2分前に駅に駆け込めば何とかなることが多かったのですが、今では5分ほど前に着かないと落ち着きません。
と言うわけで、やることが遅くなった分時間が足りなくなってきた結果、休日のないクリスマスでは・・何となく億劫・・。
「今年はパスしようか?」
と考え始めた人が(高齢化に伴い)増えたのではないでしょうか?
そんな横着な人は私だけかな?
と思っていましたが、今年は何故かかイルミネーションもLED発達のおかげでクリスマスツリー系が減ってきらびやかな装飾系が増えましたし、街中にジングルベル系の音楽がほとんど聞こえない状態です。
今日6時半ころに電車に乗って帰りましたが、駅周辺も電車の中もクリスマスらしい雰囲気がまるでなくいつもの帰宅風景でした。
80歳前後になって仕事をやめた場合、毎日休日になりますが毎日休日が10年も続くとそのころには昔「クリスマスパーティなどあったかな?」と忘れてしまうかもしれません。
ちなみに私の誕生日は、祝日の前日なのでこれを「早くする分には、問題がない!と前日誕生祝いをしてきましたが、この祝日は多分私の生きている内になくなりそうもない祝日なので、怠惰な私でも続きそうです。
ただ、もっと高齢化が進めばこれも「生きているってめでたいの?」という疑問が起きて?億劫になってくるでしょう。
何もかも億劫になってついには、生きているのも億劫となれば・人生最後ということでしょう。
今では、百才を超えた方のほとんどが全面億劫の境地に達し・達観しているのでしょうが、私が100になるころは、まだそこまで達観できないであちらが痛い・疲れた・・出かけるのは億劫と贅沢言っているのでしょうか?

クリスマス・イヴ2(異文化尊重と人権)

クリスマスの特番が今回は変な方向のテーマになってきましたが勢いで続けますhttps://www.bbc.com/japanese/video-45480237

国連、中国政府がウイグル人100万人拘束と批判
018年09月11日
国連人種差別撤廃委員会は8月末、最大100万人のウイグル人住民が刑事手続きのないまま、「再教育」を目的とした強制収容所に入れられているという指摘を報告した。
8月半ばにスイス・ジュネーブで開かれた同委員会の会合では、信頼できる報告をもとに中国政府が「ウイグル自治区を、大規模な収容キャンプのようにしてしまった」と委員たちが批判。これに対して中国政府は事実と異なると反発しているが、「宗教的過激派に染まった者」は「移住と再教育の支援を受ける」と珍しく認めた。

中韓汚染・中間の不利なことを率先して流さない)と言われるNHKでも以下のニュースです。
https://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2018/07/0719.html

2018年7月19日(木)
中国でウイグル族大量拘束 今何が?
酒井
「今日(19日)の特集、中国の少数民族が悲痛な声を上げています。」
中国の新疆ウイグル自治区に暮らす少数民族のウイグル族。
中国政府は、ウイグル族の分離・独立運動を警戒し、長年、締めつけを行ってきました。
その締めつけが新たな次元に。
外国とつながりがあるウイグル族の人々などを、次々と拘束。
・・・大量の監視カメラが設置され、住民の監視が強化されています。
さらに、パスポートを没収されたり、中国国外との通信を制限されたりするケースも報告されています。
そして今、ウイグル族の人々が次々と拘束され、国際的な批判が強まっています。」
中国 ウイグル族 “大量拘束”の実態
・・・
収容所に数か月間入れられたという40代の男性です。
隣国・カザフスタンで、アメリカのAP通信に拘束中の体験を証言しました。
拘束された人
「彼らは私をつり上げました。
足は地面に辛うじて着くくらいで、4日間、一睡もさせてもらえませんでした。」
この男性はカザフスタンに住んでいますが、去年、両親に会うため、生まれ故郷の新疆ウイグル自治区に帰省したところ、拘束されました。
花澤
「VTRの中では、拘束されていた人、そこから解かれた人も出てきましたけれども、ああいう人たちというのも一定数いるんですか?」
中央大学講師 水谷尚子さん
「いえ、極めてまれな事例です。
彼の場合は、カザフスタンの国籍も持っていたので、カザフ政府の圧力などによって出てこられたと。
しかしながら、中国国籍者であそこから出てきたという話はあまり聞かないですね。」

アメリカ政府系のメディア「ラジオ・フリー・アジア」は、今年(2018年)この選手が「試合で外国に行ったこと」を理由に新疆ウイグル自治区で拘束され、行方が分からなくなったと報じました。
国際プロサッカー選手会も、選手の釈放を求める声明を発表しています。
「ラジオ・フリー・アジア」が、収容所内部で撮影されたものとして伝えた映像です。
映像省略
そこには、手錠を掛けられた男性たちが、中国共産党をたたえる歌を歌う姿が映っていました。
アメリカ国務省 ナウアート報道官
「我々はウイグル族の大規模な拘束と、空前のレベルでの監視を懸念している。
中国にこの措置の停止と、拘束された人の釈放を求める。」
中国外務省 陸慷報道官
「新疆ウイグル自治区の社会は安定し、経済も発展して、宗教の自由も享受している。
これは中国の内政であり、外国が干渉する権利は無い。」

以下省略しますが、在日ウイグル人が故国にいる親族と連絡がとれなくなっている現状を訴える悲痛な声が紹介されています。
23日以来、米国人の基礎レベル・・異文化理解の低さを根拠なく?書いてきましたが、我々日本の法律家の世界も専門化が進んできた結果幅広い教養がいらなくなったせいか?、あるいは合格者が増えすぎて地位低下による・・許容というのは、究極的には基礎的豊かさに帰する?かの原因不明ですが、若手弁護士を見ると一般教養に関する関心が急速に低下している印象です。
アメリカ人が根拠なく相手国の文化を無視して、「土足で他人の家にズカズカと踏み込む]」ような無礼を繰り返してきたことが、世界的にあちこちで嫌われるようになっている(国力低下に比例して表に出てきた)大元の原因でしょう。
ただ22日に書いたように誰と付き合っても「なくて七癖」というように、自分の流儀に合わない嫌なことはあるものです。
中国古来から続く残虐な国民性は文明国(・・デジタル技術駆使の能力はついたが文化は未発達?)になっても簡単には変わらないでしょう。
その一端があらわれて国際社会をギョッとさせたのが天安門事件でしたし、北京オリンピックにあわせて犬猫を食べる習慣をやめ冴えるキャンペインをしていましたが、この十数年では政治犯でいつの間にか行方不明になっている人民の臓器が闇販売されるようになっているおぞましさです。
天安門事件当時は国力がなく開き直る力がなかったので国際批判に萎縮して日本に頼ったのですが、今は開き直って批判国を逆に経済制裁したり気に入らない国の中国滞在者を拘束してしまえるほどの国力がついたということでしょう。
ファーウエイの副会長が米国の要請でカナダで逮捕されると、中国はすかさず在中国のカナダ人を次々と拘束しています。
ヤクザが警察通報された仕返しにその家族を襲っているようなやり方です。
こういう民族とどうやって付き合っていくか?ですが、あくまで交際の範囲であって、これに外国が介入する権利があるかは別問題です。

クリスマス・イヴ1(GHQ執務場所跡とKITTE内東大博物館見学)

明日はクリスマス・イヴなので、例年の習慣に従って日頃の連載は休んで今日明日の特番です。
今年の年末は、22日の土曜日から23日の天皇誕生日(平成天皇の来春ご退位によって天皇誕生日はこれが最後です)24日は振替休日で3連休となりました。
平成天皇最後の記憶に残るプレゼントになり、良き巡り合わせでした。
私は、12月7日に日弁連の委員会出席の帰り午後3時頃に東京駅前のKITTEという旧中央郵便局を残した高層ビル1階にあるコーヒー店で都内に住む末の娘と待ち合わせてコーヒーを楽しんだことから、偶然東京大学(当時は工部大学校)草創期の旧研究室の備品?らしきものの展示室が目に入り、そこへ入るとレトロな雰囲気と明治初期に研究用に集めた色々な品々の素晴らしさ!窓外に目をやると東京駅前広場を取り囲む高層ビル街の電気のきらめきが一気に気に入りました。
気に入った勢いでこの連休初日・22日に、妻ともう一人の娘の三人で、銀ブラならぬ、丸の内ブラを楽しみながら、KITTEに再び行くことになりました。
日暮れを目指して自宅を出て、まずは旧GHQのあった明治生命ビルの見学をして、日暮れどきの丸の内のイルミネーションを楽しみながら目的のKITTEへ行くコースで楽しんできました。
気候は雨模様でしたが、いきなり寒くなった1週間ほど前の気候にくらべて穏やかな日でしたので、しっとりした空気の中で気持ちよく散策できました。
東京駅前の広場では、多くの人もくつろいだ様子でイルミネーションや高層ビルの夜景を楽しんでいて、見ているだけで平和な社会を実感できて良い雰囲気でした。
私にとっては、旧GHQ本部跡の明治生命ビルの見学は、10年ほど前に妻と一緒に行ったことがありましたし、両方とも2回目でしたが、(今回は各所の説明がデジタル化されていて)2回目の方がよりよく理解できた印象です。
GHQ執務場所跡の方は10年ほど前に行った時と見学者は同じ程度マバラでしたが、KITTEの方は12月7日に行ったウイークデーと違い3連休中初日であったこともあって、しかも中央吹き抜けのクリスマスツリーの大人気のせいか?人出が多く、その余波か?東大博物館?もかなりの人出になっていました。
(12月7日は館内に見学者が4〜5人程度しかいなかったのですが・・)
見ていると、明治初期に欧米の模倣で大学というものを創設しものの、(藩校その他の文系教育の経験があっても)理系学問所としての経験のない日本では、何から手をつけて良いのかわからず手当たり次第に多方面の標本等を集めていたような印象を受けました。
展示品はそれぞれは精巧なもので感心しましたが、今のように理学、工学、電気、化学、鉱石学・民俗学や生物学その他理科系分業の進まない状態で、民俗学的資料に至るまで(アフリカや南米のお面まで)幅広く研究材料を集めていたイメージで、草創期の大学は大変な状態であったことがわかります。
明治生命ビルでは、GHQ接収時には、明治生命ご自慢のせっかくの文化的内装を嫌って?緑いろのペンキを塗りたくられていたので、昭和31年にGHQから返還されると明治生命はすぐに旧に復する工事をした経緯も説明されていました。
ペンキで塗りたくった行為は、庶民ではなく最高司令官の執務場所を仕切る側近の文化レベル・・・日常接している最高司令官の文化レベルを表すのでしょうが(・・幕末ペリー来日時同様に?)他国文化というものを理解できないのが、アメリカの文化レベルというべきでしょうか。
マッカーサーは単なる軍人としてではなく、日本占領統治を委ねられた以上は、幕僚には経済や軍事、法律、宗教や伝統文化関連等の専門家がいたのでしょうが、良い建物だからこそ司令部執務用に接収しておきながら、室内をペンキで塗りたくる神経が異常です。
一般的に言えば現地文化の理解力・基礎教養の低さを表すとも言えるし、逆に征服者の傲慢さを見せつけるためにあえて行った地元文化無視の示威行為だったとも言えます。
この辺は、セブン・イヤーズ・イン・チベットという映画・・中国軍圧迫に抵抗していたダライ・ラマ14世が最後にチベット脱出を敢行したときの映画を見たことがあり、そのとき強烈に残っている印象をもとに書いているのですが、日本撤退後中国軍の圧迫に恐れをなしたチベット側が、中国使節を迎えるために今で言えば式典用に王族等が歩く通路に絨毯を敷き詰める場所に、絨毯の代わりに人民・・チベット族最高技術者を駆り集めたのでしょうが、丹精込めて足元にチベット仏教の精神模様らしきものを描く場面があって、その直後に到着した中国軍人がせっかく丹精込めて作り上げた足元の文様をあえて中国高官が蹴散らしながら、いばり散らして傲慢に宮殿(寺院?)に入っていく状況を活写していました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/セブン・イヤーズ・

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(Seven Years in Tibet)は、1997年のアメリカ映画。ジャン=ジャック・アノー監督作品。
アイガー初登頂で知られるオーストリアの登山家ハインリヒ・ハラーの自伝の映画化。彼がチベットで過ごした7年間、彼と若きダライ・ラマとの交流を描く。
映画に対する中国の反応など
『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の公開後、中華人民共和国政府は、映画の中で中国人民解放軍の士官が意図的に無礼で傲慢な人物として描かれている、また中国人民解放軍兵士がチベット人に対し虐殺したかのような演出がされたとして強く非難した。このため『セブン・イヤーズ・イン・チベット』は中国で上映禁止となった(言論統制)。また、映画の監督および主演者のブラッド・ピット及びデヴィッド・シューリスは中華人民共和国支配地域への立ち入りを無期限で禁止されたが、ブラッド・ピットは2016年11月に出演作の宣伝のため中国を訪問している[3]。

以上によると約20年前に見たことになります。
映画を見たときに「中国って怖い国だな!という印象づけを受けた映像でしたが、(中国が政敵を倒すと何十マン人も穴埋めしたり、生け捕りした敵将に対して捉えた親の肉を切り刻んで食べせるなど、人とは思えない残虐行為の歴史を想起する仕組みでした。
これは米国的価値観による中国批判ではなく、支配者になり優位に立ち被征服民を牛馬や犬猫のごとき扱いをするには、「相手の文化を全面無視にする」ことから始めた方が良いという米国の価値感が背景にあったのかもしれません。
ただし、中国が映画を批判しているようですが、現在ではウイグル族100万人以上を監禁しては拷問などを続けているという批判をうけています。

クリスマス・イヴと天皇誕生日

クリスマス・イヴですので、普段書いている視野の狭いタワゴトを休憩しての特番です。
このコラムを書き始めた頃には子供が小さかった頃のことを中心に書いていましたが、今になると子供が小さかったのはおよそ3〜40年前のことになってきました。
今は(自分では若いつもりですが)老夫婦のクリスマスという雰囲気ですが、これも習慣化するとそれはそれで親世代が正月を祝っていたのと同じような行事感覚になってきました。
今年は天皇陛下が退位希望を表明されてから退位日程が具体化したこともあり、クリスマス・イブと連動している(と思うのは私だけか?)天皇誕生日がどうなるかが関心事項になってきます。
私の場合交際よりは家庭第一でやってきたので、クリスマスも夕方から自分で子供らと準備して家庭で楽しむパターンですから、24日がウイークデイだったりすると困ります。
そこで、我が家では平成天皇の誕生日が23日だったことから、クリスマスパーテイ?を23日に合わせてやってしまう便宜的パターンが続いています。
私の場合にはキリスト教徒でもないのに、ただ軽薄に世相に影響を受けているだけですので、これでいいという発想でやってきました。
平成になったばかりの頃には、(私自身働き盛りであったこともあって?)年末の忙しい時に連休があるのでは仕事が間に合わないとこぼしていたものでしたが、3〜4年して慣れて来ると仕事の段取りもその前提で決まっていくし、早くから年末モードになって楽できるメリットの方が大きくなりました。
・・一方で自分自身が高齢化してあまり働きたくなくなった個人的事情も大きいでしょうか?
他方で休みが続くことで平成天皇誕生日がクリスマスにそれほど縁のなかった古風な?家庭にも広く普及するきっかけになって、年末商戦に大きな影響を与えていたことがわかります。
これが将来天皇誕生日がなくなるとどうなるか?
2019年の24日が、ウイークデイになるかどうかまで見てませんが、長期的には一大変化です。
私のような連動形式の家庭が多くなっているでしょうから、(実際に毎年のように23日にデパ地下に行っていますが、大変な盛り上がりでした)1週間以上に及ぶ年末商戦に大きな影響が起きそうです。
私個人の関心だけでは政治と無関係ですが、商売人の関心になると政治も動きます。
何らかの形で、歳末の風物詩になっているこの流れ(消費動向)を維持する試み(祝祭日化)が動き出す可能性があります。
ちなみに私個人でいえば、今後サンデー毎日のイメージ・・まだ健康なので仕事を続けるとしても、いつ休もうと勝手なので・・遅く出勤し早く帰ろうと・「もうトシなので今日は早く帰る」といえば済むことです。
個人的には、23日が休日かどうか近年中にほぼ関係がなくなるので、やはり今日もクリスマスにかこつけて天下国家のための意見を書いていることになります。
「雀百まで踊り忘れず」といいますが・・。
ところで12月22日に40年来の知り合いが訪ねてきて仕事の話が終わってから、個人的な話題になったところ、その人は定年後ある大手企業に拾われて?69歳まで働いていたということでした。
その人は、よほど有能で頼りにされていたからでしょうが、我々自由業というか経営者の場合には周りに迷惑をかけないように自分で決めるしかないので引き際が肝要です。
ただし大きな企業経営と違い、弁護士の場合大方が個人事業・人任せの仕事でなく自分でやるしかないので、高齢化に伴い能力が落ちれば市場の判断・・顧客が来なくなるので、市場淘汰されて行く点が便利・社会にそれほどの迷惑をかけないメリットがあります。
とは言え時代の動きに(法令改正の動きが早いので)ついて行けないで、ミスをすると顧客に迷惑をかける点では同じですから晩節を汚さないように気をつける必要があります。
実は気をつける能力不足が原因ですから気をつけても無理があります。
「転ばぬ先の杖」の教訓をどう活かすかが問われます。
企業も時代遅れの経営者が居座っていると市場淘汰される点は同じですが、組織全体では新陳代謝が進んでいて間接的効果になるのでマイナス効果が出にくく、長期を要する点で傷が深くなります。
多角経営している大企業では、ある事業部門の業績が悪くなっても他部門の利益で補填されるので安定性が高い反面、危機対応が緩慢になるマイナス面があります。
最近「事業の選択集中」がよく言われている所以です。
投資家から見れば、儲かる部門だけにした方が利益が鋭角的に出る・投資リターン率が高まるメリットがあります。
その代わり、儲けガシラの事業が数年〜4〜5年して陰りが出てくるので、そのサイクルに対応して新たな目玉事業を育てておかない限り企業が即倒産リスクに晒されていきます。
スマホだって、これに頼っている(部品業界)と一定の普及率達成で成長鈍化の危機に直面しています。
投資家は先よ読みして売り抜けて次に儲けそうな芽のある企業へ投資先を変えていけばいいのですが、企業は新規事業部門を立ち上げるには、研究開発成果がすぐに出る訳ではないし、設備や人材さらには得意先をそう簡単に入れ変えていけません。
自前の研究開発では間に合わないので、事業買収と売却戦略が必須になってきました。
内部留保問題のアピールもこれに関連しますが、投資家にはリターン(いわばゼロ金利)のない資金保有を目の敵にしたい立場ですが、企業は次々旧事業部門を切り離しては新規研究開発投資に忙しいので、そのための(従来型の日々の決済資金必要性とは別に)機動的対応に必要な資金準備が昔よりも必要になっています。
大手企業のM&Aだけのトレンドではありません。
ラーメン屋や居酒屋でも現状維持の場合には、日々必要な具材の仕入れ代金や人件費等の資金保有で足りたのが、出店加速段階になると新店舗展開用の資金・・時間が惜しい場合に同業他社店舗をまとめて買収して模様替えするなどの資金が、日常的決済資金のほかに必要になります。
今では、昔個人でやっていた薬局やラーメン屋・居酒屋に至るまで成長企業はこの種の高速展開が普通です。
ニーズの変化が早いので、1店舗でシコシコ稼いだお金が貯まるのを約10年待ってから一つ一つ順次出店ではなく新業態高速多数展開で短期間に儲けてしまう必要がある・・・。
新業態アイデアを競合に真似(自由ですから)される前に、果実を素早く取ってしまう必要がでてきたのです。
新事業の高速拡大時代が来ると従来型・数十年前に比べて売り上げ規模に比べて手元流動性が高まる傾向があるのは当然です。
短期利益回収目的の投資家にとっては、M&Aに失敗・新規事業取り込み失敗企業の株を売ればいいので損はないとは言うものの、現価は将来の見込みで逆算して決まる面があるので数年先の儲かる事業の芽がないと今から下がり始めます。
投資家も目先の投資計画も含めて判断するしかないので、投資家の態度は企業はどのような目的で合理的保有しているかの説明能力に帰するのでしょうか?
その結果によって株価が市場で決まっていくのですから、こうした専門家のチェックを度外して、選挙中に(素人の)メデイアが単純合計して「増えている」と宣伝するのは何らかの政治的バイアス(いわゆるシャープパワーの影響?による総選挙誘導)が疑われます。
キャンペインを張るならば、なぜ内部留保が増えるようになったか投資家の意見はどうかの分析してからでしょう。

非理法権天と野党1

非理法権天の思想は江戸時代の学者が言い出したことですが,徳川支配が盤石になって各種御法度などの具体的規制が始まっただけではなく、綱吉の時代になると生類憐みの令など(「殺生するな」と言うだけならば誰も疑問を持ちませんが,)具体的・細かくなって行くとその命令に対する道徳性に対する関心も高まります。
綱吉の生類憐れみの令はまだ過去の道理や道徳(宗教観)の延長の域・・具体化の域を出ませんが,次の正徳の治は儒家でありながら新井白石が経済や貿易政策に関与するようになり,その次の吉宗になるとサラに一歩踏み出して(儒家の時代が終わり)経済政策→規制(たとえば1730年の堂島の米先物取引許可があればその表裏の関係で取引所のルール規制も生じます)にまで進みます。
自由放任・積極経済主義の田沼政治の反動として定信の改革になると規制だらけの政治開始・・緊縮経済の一環として文化作品にまで口出しして,山東京伝が手鎖の刑に課せられています。
いつものエリート批判ですが,定信は若い頃から秀才の誉れ高かったと言われますので,才能を伸ばすより既存知識・・新たな風俗を好まない・規制を好む・・現実政治向きではなかったのではないでしょうか?
この辺は秀才の慶喜が(大政奉還)政権を投げ出すと、案に相違して諸候会議を主宰出来なかった(人望がなかったことも明治維新の原動力に関係したでしょう)のが日本のために良かったとなります。
政治の具体化が進むにつれて・・忠臣蔵で言えば忠孝の倫理と幕府秩序の相克で右往左往した末に切腹に決まったように,抽象論の理解(宗教家や儒家・荻生徂徠だったか?の議論)だけでは政治が動かなくなり、政治の表舞台から退場して行ったのです。
佛教〜儒教〜実学への流れについては03/13/08「政策責任者の資格9(儒教道徳と市場経済4)」前後で連載しました。
江戸時代に宗教哲学や有職故実を持ち出してもどうにもならなくなって来たのが正徳の治〜享保の改革以降の政治ですが、・・戦後から現在に至る革新系野党は日本社会が江戸時代に卒業した筈の抽象論から卒業しきれないグループ・・高邁な平和論・憲法論・あるいは近代法の精神だけをぶって満足している印象です。
最初は欧米では・・と言えば何でも立派に見えましたが・・。
国会で必要とされている具体的な議論をする能力に欠けているのか?スローガンの域を出ないので・・(今でも抽象論で満足するレベルの人が一定数いるのでその支持を受けているものの)多数の支持を得られないのです。
たとえば、土井元党首の「ダメな物はダメ」鳩山氏の「少なくとも県外へ」年金についても野党のときに厳しく追及していたのに・・何をどう改革するかではなく,やっていたのは集計ミスなどの揚げ足取りばかりだったので・・民主党が政権についても何ら目に見える改革が出来ませんでした。
昨年の安保法制国会でも憲法違反かどうかの抽象論(民意無視・国会に反対デモが何万人集まったとか)ばかりで、安保法制の必要性の有無について国際環境に対応した具体的議論を国民に示せませんでした。
山尾氏の「日本死ね!」は現在進行形ですが,同氏はこれが政府の保育園増設に弾みがついたと自画自賛しているようですが,いずれも具体的政策は与党任せで政治家に必要な具体論・・どうやって保育園を増やして行くか・・保育所政策がどうあるべきかの具体論がありません。
格差反対論も左翼系の十八番(おはこ)ですが,安倍総理の方が非正規の賃上げを要請したり,「同一労働同一賃金」の実現に努力しているのに,野党や連合からは格差是正のための具体論が全く上がって来ません。
生活保護基準や最低賃金を上げろと言うだけでは,格差が発生する基礎構造の改変・根本解決にはなりません。
最近成立したばかりの通称「カジノ法」でも「ギャンブル依存症」が増えると言うスローガンで野党が反対していますが,現実のギャンブル依存症ではパチンコ関連しかなくこれが今でも問題なのに・・と言いながら,これの改善策について、同党がこれまで具体的にギャンブル=パチンコ依存症対策を講じて発表しているのを見たこともないし,(逆にパチンコ業界から資金を受けてるのが左翼系ではないかと言う指摘すらあります)逆に努力しているのは政府の方です。
グローバリズム反対論も同じで,どうすべきと言う主張がない・・結果的に不満を煽っているだけになります。
乳幼児がぐずったり犬が騒げば,親や飼い主が解決してくれるのと同じで,野党は政府が何か解決してくれるためのアラーム装置と言う役割分担・・万年野党を自己目的にしているのでしょうか?
自分で政権運営するのが政党の目的とすれば,「何でも反対するだけ」「国民不満を煽って政府の是正策を求める」のが仕事では,政党としての将来がありません。
江戸時代に戻しますと,各方面で法令が具体化して来ると,具体的適用の蓄積と安定運用の期待から判例集(御定書)整備・熟達した官僚機構形成が白石→吉宗の頃から進みます。
日常生活に直結する法令が次々と出るようになると(「殺生するな」と言うだけなら誰も反対しませんが・・)これに対する賛否の意見が,利害のある関係者から起きます→反対論からすれば悪法か否かの議論が起きて来ます。
仮に悪法とした場合従うべきか否か?など・・「法と道徳・道理の関係」を研究する学問が発達して来ます。
非理法権天を記載している伊勢貞丈家訓はhttp://21coe.kokugakuin.ac.jp/db2/kokugaku/ise.002.htmlによれば,宝暦13(1763)成立と出ていて,吉宗の死亡が1751年ですから,綱吉〜正徳の治,享保の改革など過去3代で日常生活に入り込む形で急激に増えて来た法令が研究対象・・重要関心事項にはいっていたと思われます。
ただ彼は,ウイキペデイアによれば
「伊勢氏は元々室町幕府政所執事の家柄であり礼法に精通し、江戸幕府3代将軍徳川家光の時に貞丈の曾祖父伊勢貞衡(さだひら)が召し出された。」
「28歳で御小姓組に番入り、儀式の周旋、将軍出行の随行などにあたった。貞丈は特に中世以来の武家を中心とした制度・礼式・調度・器具・服飾などに詳しく武家故実の第一人者とされ、伊勢流中興の祖となった。」
彼は有職故実・今で言えば法制史のプロですが,当時は忠臣蔵で有名な吉良家のように有職故実=現役指導係でもあった筈です。
ただ,彼の役職は,「儀式の周旋、将軍出行の随行」などで,具体的法令執行や研究に当たる公事方・吟味与力に採用されていません。
古いことを知っていても(法制史の学者が裁判出来ないし立法に関与出来ないのは今でも同じです)時代に合わないので役立たずだったのです。
室町幕府以来の家系で有職故実に通じていることによって成り立っている家柄?ですから、次々と打ち出される新法令・生活様式の変革は家業の存続に関係し・冷や飯を食っている環境から批判的立場だった可能性があります。
いずれにしても次々と法令が出て来る時代になって,「権力さえ強ければ,何をしても良い社会でない」と言う思いがあるからこそ、こう言う議論・・大公儀に対する明からさまな批判が出来ないので,「権力が法に勝つ」(勝って良いのか?)と言う反語的研究が起きて来たと見るべきです。
「非理法権天の法理」は最終的には「権力も天に勝てない」と言う意見ですが,天と道理の区別がはっきりしない(私の理解不足?)ところから見ると、将軍家の発する法令を旗本である貞丈が正面から違法とは言えないものの、結局「道理に反した法は無効だ」と言いたかったのではないでしょうか?
幕末に開国の必要性に直面したときに約200年前に決めた「(鎖国の)祖法を守れ」と時代錯誤な反対した攘夷運動と同じです。
今で言うと護憲論・憲法違反論で・・具体的な国際環境を前提に政策の可否を論じるよりは,もっと超越した有り難い物・・近代法の精神に反するとか言って,・・・野党が反対するのと似ています。
共謀法やスパイ防止法で言えば,先進国でこれらのないクニがないのですから、現在ある諸国で,どう言う弊害が起きているかの具体的議論が必要なのにその紹介がないまま単純に近代法(1800年代のことか?)の精神や原理違反とか言うだけでした。
日銀の異次元緩和が実行されると(「異次元」とは先例から一歩踏み出すことですから)日銀がそこまでやっていいのか!の議論がほうはいと起きるのと同じです。
過去の踏襲だけならば政治家はいりません。
天皇退位(譲位ではありません)問題も過去の知識を中心とする歴史家や学者の意見は参考にとどめるべきであって、現在から近い将来に合わせてどうするかは政治家の仕事です。
将来まで縛るのは行き過ぎとすれば,特例法にとどめる謙抑性も1つの選択肢です。