構造変化と格差36(衆愚政治1)

非正規雇用の待遇改善を国内労働問題として理解して、要求を強めれば強めるほど人権擁護になるという単純な発想は、現在では国際的な経済一体性が強まっていることを理解しない過去の思考形態です。
弱者救済というかけ声ばかりで日本全体の経済をどうするかの視点がなく、目先の痛みを避ける政治ばかりでは国の将来がありません。
弱者の声が小さい時代には、要求出来るだけ多くしていれば少しは聞き入れてもらえる時代が長かったので、庶民や下々は声が大きいことが美徳のような時代が長く何の問題もありませんでした。
労働者の団結権その他労働権は対等に議論出来ない弱者を前提にしている制度です。
本当の弱者が大きな声で、街頭デモをして大きな声で誰それは辞めろと叫んでいても大目に見ていれば良いのですが、強者が誰か個人非難をしてビラなどを貼るのは穏当ではありません。
紅衛兵運動でも分るように中国では官製デモが基本ですが、こういうやり方は陰湿です。
庶民が何かの組織責任者になってみれば分りますが、責任者・・一定の決定権を持つ立場になると自分の要求を控えめにしないとうまく組織を維持出来ない立場になります。
民主化が進むと、庶民は庶民のままで政治決定の主役になりますから、庶民も権力者・責任者になったつもりで要求を控えめにしないと国家運営が成り立ちません。
権力を握ったものが組織のためよりは自分の利益優先では、組織が持たないのはどこの国・社会でも同じでしょう。
企業内でその企業がつぶれても良いような運動をしていたのでは困るように、国民も自分の国がどうなっても自分の給与さえ上げてくれれば良い・生活保護費を上げてくれたら良いと言う意見で政治権力を行使するのでは困ります。
国政運営者としての自覚のない人たちの意見が政治決定を左右するようになると、いわゆる衆愚政治が始まります。
現在の政治の迷走は(ギリシャに限らずどこの国でも・・)国家的視点ではなく弱者と称する人たちの大きな声(税金や公課を負担したくないが保障は充分に求める)に選挙に弱い政治家が右往左往しているところにあります。
言わば庶民が政治の主役になってから年数が浅い(どこの国でも戦後数十年のことでしょう)ので、どのように政治権力を行使して良いかの訓練を受けたことがないのに、個別問題に口出しをするようになれば、民主国家の政治が迷走し始めるのは当然です。
中曽根元総理は「声なき多数」・・サイレントマジョリティーを強調していたことがありましたが、今では、多数が全体に責任を持たない意見を主張する傾向が出て来ました。
我が千葉県弁護士会でも、ここ数年執行部提案がことごとく否決される事態が続いています。
会員が急激に増えたことによる事務量の増加に対応するには、事務室の拡大・・会館の建替えか移転・借りるしかないのですが、ここ数年「ああでもない、こうでもない」という反対論ばかりで毎回否決されています。
私はタマタマ日弁連選管委員のために総会と同時進行の選挙事務立ち会いのために別室での職務があって殆ど議論を聞いていないので議論の詳細は不明ですが、結果として重要なことが決められない状態が何年も続いています。
野球などスポーツの世界で比喩すれば、民主化のためと言って監督経験のない選手が何十人も集まって監督の采配に注文を付けているようなもので、良い結果になりません。
我が国には、「船頭多くして船山に登る」という警句があります。

構造変化と格差35(円高差益還元1)

アメリカや韓国みたいに極端に市場経済化一辺倒で非正規雇用を増やして賃下げを実現するのはどうかと思いますが、我が国のやり方はすべての分野で時間がかかるものの微温的変化でこの程度は円高進行によるデフレ(実質賃上げ効果)と相俟って忍耐の範囲と言うべきでしょう。
我が国はこの後で書いて行きますが和魂洋才・・欧米価値観に真っ向反対することも出来ずある程度合わして行くしかない社会ですから、ま、付き合いとしてこんな程度と見るべきでしょう。
本来の「絆」、痛みの分ち合いであれば、既存労働者も円高差益分の給与引き下げに応じてみんなが就職出来るようにするのが理想的ですが、絆が大切とは言うものの自分の給与下げは1円でも応じたくない人が多いので、自然退職を俟って新規採用を抑える・・必要分は非正規雇用化して解決するしかなくなっています。
今回の大震災でも絆が大切と良いながら、そのための増税・・廃棄物引き取りはいや・・と言う人が多いのが困ったところです。
為替相場によって経済が振り回されないようにするには、円安になればその分賃金を引き上げ、円高になって実質賃金引き上げになった分を自動的に引き下げるのが合理的です。
(電力料金が為替・原油相場で自動変化する仕組みが大分前から導入されていますので賃金も技術的に出来ないことではありません。)
これをしないまま差益を取り得にしておくことに無理があります。
これまで何回も書いているように、為替相場は上がっても輸入品が下がるなど経済的には中立ですが、国内に差益のあるグループと差損のあるグループが生じて、その調整が出来ない・・不公正を放置する前提だから円高が企業に不利に働くのです。
円高傾向のときには従業員が円高差益を懐に入れて企業が損する仕組みですが、ここを抜本的に正常化することが必要です。
これが正常化しないままに放置するのは、一種の不公正の放置ですから、公正さを求めて差損のある企業は海外に逃げるしかなくなってしまいます。
企業が逃げると雇用が減る・・ひいては社会保障給付を受ける人が増えるのに負担する現役労働者が減る→いよいよ企業負担が増える→海外に逃げる企業が更に増える悪循環でこのままでは国力が疲弊する一方です。
年金や社会保障の赤字の大きな原因は、年金や保険料の支払い者不足に帰する・・その原因は少子化というよりは失業者増(支払者から失業保険や生活保護受給者への変換・子供手当など受給者増)ひいては正規雇用者減(支払者減)にあることは明らかです。
この点に着目して非正規雇用にも保険加入を義務づけようとする動きが出て来たのですが、企業にしてみれば、正規雇用と同じ負担では人件費比率が高まってしまいます。
企業にとっては既存労働者の給与引き下げ出来ない分非正規雇用者と混ぜることによって全体で人件費比率を引き下げようとして努力してきた意味がなくなります。
正規・非正規の格差をなくすためには、(正規の水準を非正規に合わす・・あるいは双方賃金が歩み寄るなら問題がありませんが・・)全体として円相場に対応した給与水準の連動制度を作らない限り無理・・海外脱出しかなくなってきます。
たとえば毎年4月1日あるいは半年経過ごとに、前期の円相場を(計算の仕方はいろいろでしょう)基準に自動的に前期末給与を改訂し、これを基礎にしてベースアップするかしないかを企業の業績ごとに自分たちで決めて行けば公平です。
為替連動性にすれば円相場に企業が一喜一憂する必要がありませんし、円安期待やインフレ期待など無駄な(非生産的)議論がなくなります。

構造変化と格差34(社会保障負担)


ちなみに中国で昨年から賃上げ要求のストライキが頻発していますが、最も工業化の進んだ広東付近でのことですが、報道によると月給2〜3万円程度を一割近く上げろという要求が中心だったのですから、今でも我が国の工場労働者の10分の一以下くらいの水準でしょうか?
月収だけではなく我が国はボーナスその他が手厚いので(年金や退職手当)月収や年収だけでは一概に言えませんが、年収に直すと我が国の正規雇用者の平均年収は4〜500万円程度ではないでしょうか?
ここで念のために平成12年2月発表の賃金センサスを見ておきましょう。
賃金センサスは学歴や年齢・男女別・企業規模など細かく分類されているので(・・交通事故損害賠償などで実用的に弁護士が使っている統計ですが、この場合、具体的職種が重要ですので細かく分類されています)一概には言い切れませんが、全産業平均を見てみると4〜500万見当が妥当な印象です。
ちなみhttp://www5d.biglobe.ne.jp/Jusl/IssituRieki/Chingin.html「賃金センサス(賃金構造基本統計調査)による「平均賃金」」は、平成22年分まで見易く加工しているので、これによると全産業男女学歴計では年収466万円となっています。
ギリシャ・南欧経済危機問題は、新興国の台頭による国際競争に落ちこぼれた結果、国内の失業救済のために政府が介入して公共工事や福祉等に精出して来た結果ではないでしょうか。
賃金を国際競争力以上に高止まりさせて、その結果増えた失業者を従来の高賃金をベースにして政府が面倒見る政策は、せっかく国内に残っている国際競争力のある元気な企業に対する(税だけではなく保険名目の)高負担を強いることになります。
高賃金の従業員をせっかく技術革新等で削減しても、失業保険や各種社会保障負担がその分増えるので、国内企業の負担は6割にしか減りません。
例えば1000万人の国内労働者を事業効率化あるいは海外展開によって、100万人減らしても、企業には失業保険として6割の給付負担が残る計算です。
直接には、個々の企業にとっては失業保険掛け金はみんなで負担するので率はもっと低いのですが、国全体で6割給付しているから国全体・全企業では6割負担になっています。
しかも不況長期化に比例して失業保険給付期間の延長傾向になります。
同じことが年金や健康保険すべてで始まっているので、ここ20年近く保険等の掛け金率(企業負担率)が0、何%ずつで、増税とは言わないでマスコミも問題にせず水面下でジリジリと上がる一方です。
例えば千葉の例で言うと協会健保(中小企業中心)に関しては平成22年度は8、17から9、31に上がり、23年9、44%、24年4月までは9、44%だったのが9,93%まで上がりました。
このように厚労省が簡単に負担率上げが出来ない国保・国民年金(雇い主がいませんので・直接国民相手です)で、赤字化が進行して大騒ぎになっているとも言えます。
国民や企業にとっては保険と名が着こうが強制的にとられる点では税と本質的には変わりませんが、税でないので、国会で(厚労省に一任した法律は当然あるでしょうが)毎回の議決なしに厚労省が勝手(勿論審議会等を経て大臣認可方式ですが・・)にいくらでも上げて行くような印象です。
マスコミは企業負担としては法人税を問題にしていますが、社会保障関連負担の増加も大きな問題です。
円高で苦しんでいる企業の負担ばかり増やしているのでは、却って元気な企業もつぶしてしまうか海外脱出を加速させてしまうので早晩無理が来ます。
元気な企業でさえ海外に逃げる状態では国内新規開業は減る一方となります。

構造変化と格差33(新自由主義7)

インフレ待望論者は、基本的には円安待望論と重なっているのですが、貿易赤字待望論は一人もいないのですから、円キャリー取引のようなイレギュラーな事態を予定しない限りマトモな主張とは言えません。
経常収支黒字の積み上げ→円高→実質賃金率引き上げになる関係ですが、黒字が続くということはその円相場でも黒字を稼げる企業の方が多いことになります。
(特に日本の場合、資源輸入による円安要因が働くので加工品の競争力に下駄を履かせてもらっている関係です・・2011年には原発事故による原油等の大量輸入で貿易赤字・円高が修正されましたが、製造業の競争力がその分上乗せになる関係です)
黒字による円高で悲鳴を上げる企業は、国内平均生産性に達していない企業のこととなります。
(この辺の意見はかなり前に連載しました)
生産性の高い企業が一定水準の円相場でもなお輸出を続けると貿易黒字が続きます。
その結果更に円高になりますので、これについて行けない・生産生の低い順に国内人件費の実質アップを回避するためには海外移転して国内高賃金雇用を避けるしかありません。
生産性の低い企業が海外工場移転した分、国内雇用の需要が減る→その結果国内労働市場では需給が緩み労働者の経済的立場が弱くなるのは当然の帰結であり、これはまさに経済原理・正義の実現と言うべきです。
労働者は自分の生産性を上げない限り(中国等の10倍の人件費を貰う以上は10倍の生産性が必要です)円高の恩恵だけ受けて痛みの部分を受入れないとしても、時間の経過でその修正が来るのは当然・正義です。
ところが人件費に関してはストレートに円相場の上下率に合わせた賃下げが出来ないので、その代わり経営者としては労働者を減らして行くしかありません。
既存労働者の解雇は容易ではないので、新規採用をその分抑制する・・あるいは新規工場を国内に設けずに海外に設ければ、現役労働者を解雇しなくとも新規労働需要が減少して行きます。
大手企業・・例えばスーパーやコンビニを見れば分るように大量店舗閉鎖と新規出店の組み合わせで活力を維持しているのですが、新規出店分を海外にシフトして行けば自然に国内店舗・従業員が減少して行きます。
大手生産企業も新規設備投資とライン廃止の繰り返しですが、新設分を海外にシフトして行くことで新規雇用を絞っています。
新規雇用に関してはこうして需要が減る一方ですから、現下の社会問題は、既得権となっている高賃金労働者の保護が新規参入者にしわ寄せして行くことになっていることとなります。
(この外に定年延長による新規雇用の縮小問題は別に書きました)
既得権保護・・これをそのままにすれば新規参入者が狭き門で争うことになります。
・・減ったパイを少数者が独り占めよりはワークシェアリングとして、短時間労働者の増加・・大勢で分担する方が労働者同士にとっても合理的ですし、短時間労働者は需給を反映し易いので企業にとっても便利なので新規雇用分から少しずつでも非正規雇用に切り替えるしかなくなって行きました。
この結果正規雇用が減って行く・・中間層の縮小となりました。
海外移転が急激ですと急激な雇用減少が生じますが、非正規雇用の増大はこれを食い止めるための中間的選択肢(・・一種のワークシェアー・・あるいは給与シェアーと言えます)の発達とも言うべきです。
解雇権の規制を厳しくして既存労働者の保護がきつくする(定年延長論もこの仲間です)ばかりで、他方で非正規雇用を禁圧あるいは白眼視・・何かと不利益扱いすると、却ってこれによって国内に踏み留まれる企業まで出て行かざるを得なくなるリスクがあります。
非正規雇用→一種のワークシェアーは、急激なグローバル化による賃下げ競争の緩和策になっていることを無視する議論は無責任です。
かと言って非正規雇用自体が良い訳ではない・・若者の未熟練労働力化を放置しているわけにはいかないので工夫が要ります。

構造変化と緩和策3

ユニクロの貢献に戻しますと本社が日本にあると言うだけでは、本社そのものも海外移転するのは簡単ですから、何時海外企業になるか知れません。
ユニクロは今のところ国内売上・国内店舗が圧倒的に多いのですが、海外展開事業が成功すれば海外売上比率・店舗の方が多くなっていきますので、販売店舗さえ国内に多ければいいと言う根拠自体怪しくなります。
結局商業系企業(デパートであれ、スーパーであれ、あるいはホテルチェーンであれ、)が海外展開で仮に成功しても、生産工場が国内にあるのと比べて国内雇用創出には殆ど役に立たないということではないでしょうか?
多くの人を雇用する生産工場でさえ海外展開すれば理屈は同じですから、結局は輸出商品を国内で作らない限り多くの人を養えないことに帰します。
ところが、一方的な輸出超過は永続出来ない・・究極的には輸出入均衡しかないとすれば、これまで輸出超過を前提に国内で国内需要以上に大量に物を作って来たこと・・これに対応する多くの生産用人口を増やし過ぎたのが誤りだったことになります。
これで何十回も繰り返し書いているように輸出用に人口を多くし過ぎていた点に無理があって、人口を縮小均衡に戻すしかないための失業の不安や就職難・・ひいては、賃下げ圧力に伴う閉塞感がここ20年ばかりのストレスの根本ですから、早く少子化が完成し労働需給が均衡すれば、社会が安定します。
少子化未完成の間における構造変化に対する企業による緩和貢献に話題を戻します。
トヨタなど愛国心の強い日本企業の多くは海外の儲けを注入して国内雇用を守り続けているのですが、これらの努力は急激な雇用縮小・賃下げを回避・・緩めようとしているに過ぎず、彼らの出来る努力もそこまでが限度で、半永久的に高賃金・大量雇用を維持することまで期待出来ません。
高賃金を半永久的に保障出来るのは高賃金に見合う仕事をしている者に対してだけ・・高度化対応人材に対するものだけで、それ以下の汎用人材が汎用人材のままで新興国の10倍もの高賃金を取得し続けるのは無理があります。
(10〜8〜6〜4〜2倍と順次倍率が下がっても同じことで、同じ仕事をしている限り、ほぼ同じ賃金であるべきです)
同じ仕事をしているのに、日本人だというだけで10倍もの高賃金を何十年も要求しているのは日本とアジア諸国が今のところ別の国だという前提で問題になっていませんが、これを一体の社会と見れば社会不正義と言えるでしょう。
(短期間ならば、激変対応準備期間として容認されるとしても・・・)
海外で儲けている企業にとっても高賃金維持努力を永久に出来る訳ではなく、いきなり大幅に賃金を後進国並みに下げるのは可哀想だから企業が海外の儲けを投入して下支え努力してくれているだけであることを忘れては行けません。
いつまでも海外の稼ぎで高賃金支給を続けるのでは、上記のような社会不正義かどうかの理屈だけではなく実際に日本企業は高コスト過ぎて国際競争に負けてしまうので、どんな企業でも長期的には国内賃金を徐々に下げて国際相場に合わせて行くしかないでしょう。
ところで海外からの投資収益のある企業は自分の企業内の高賃金(実は正規雇用だけですが・・・)を維持出来ても、海外の儲けの少ない企業は同じ賃金では国際競争出来ないので、補助金の分配がない限り工場縮小を迫られ、雇用自体を守れなくなって行き、国内雇用縮小がこの分野で急激に進んで行きます。

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