10/21/08
銀行の存在意義11
兌換紙幣の時代には、紙幣発行量に限界があったので、銀行の信用創造機能(日銀準備率にもよりますが、たとえば10倍としましょう)を利用すれば、資金不足を乗り越える妙案・・・10倍の資金を手に入れたのと同じ効果ですから、(先進国からの借款をその分減らせます)銀行を介在させるシステムは、資金不足の近代国家(明治政府)では、当時ものすごい威力を発揮していたのです。
日本は、経済大国になって久しく、長年貿易黒字の累積で資金は過剰気味に推移し始めたころから、乏しい資金を何倍にも膨らませて利用する銀行の役割が減少してきたのです。
供給過剰・資金あまり時代になると、この役割が終わり、今や融資と言っても企業融資でも資金繰り目的の後ろ向き融資・・消費者信用的融資にしか、存在意義がなくなりつつあるのです。
日本の大手企業の多くは、前向き投資資金は潤沢にあって、ひとつも資金繰りに困っていないのですから・・・トヨタやシャープ・小松製作所、新日鉄などの投資計画や増産計画は、売れ行き予想に基づくものであって、資金が借りられるかどうかで左右されません・・・・・明治以降続いていた資金不足時代・・・・銀行の役割は1980年代以降終わってしまったのです。
前向きの資金不足時代が終わった以上は、銀行の役割は本来の決済・両替業務に純化していくべきです。
平成バブルのときには、集めた預金の使い道がなくて、不動産やゴルフ会員権投資に向かってバブルを惹き起こしたことを、02/24/06「金貸しと銀行の区別2(間接金融・・政府主導経済の先兵)」04/06/08 「バブル発生と後始末(大蔵省の責任)1」その他で紹介してきましたが、再びそのような悪さをしないように、銀行に集まった預金を国債で吸収してやっているということでしょうか?
集まった預金の運用が出来なくて銀行が倒産するのを心配した政府が高値で買い上げて・・税金で預金金利よりも高い金利を与えて銀行員を食わせる必要があるのかと言うことです。
商品で言えば、販売能力以上に仕入れてしまった商人が、政府に買い上げを求めているようなものでおかしな現象です。
体力をもてあました子供が不良にならないように、小中学校では朝錬と日暮れまでサッカーや野球でエネルギーを消費させてしまうことが、ここ数十年流行しているように、銀行に集まったエネルギー(預金)を政府が閉じ込めているつもりでしょうか?
青少年の体力があまるのは仕方のないことですが、それでも一定期間だけです。
銀行の場合、生身の人間と違い人口の制度でしかないのですから、預金の使い道が分からない事態が長期に続くならば、そんなにまでして預金を集めさせる必要がない・・・存在価値がなくなったのならば、銀行預金制度を廃止・または変更すればいいのです。
イキナリ銀行制度を廃止する訳にいかない・・従業員の身の振り方もあるので一定期間の救済が必要ですが、バブル崩壊後すでに20年前後も経つのですから、いい加減に補助・・国債購入の利権を打ち切るべきでしょう。
預金の大部分で国債しか買えないのなら、「何のための銀行か?」と言う疑問が、なぜ国民・・経済学者の間に起きないのか不思議です。
国債しか買えないならば、国民の資金を集めて政府の投融資資金していた郵貯と、どこが違うのか・郵貯の民営化よりも、銀行の消滅・・制度廃止を議論すべき時期が来ているのです。
実際、預金制度を廃止しなくとも、低金利を続ければ銀行に預金する人が自然に減っていくでしょうから、古典的業務である決済機能に純化していくことになるかもしれません。
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