10/18/08

銀行の存在意義7(融資機能6)

金融秩序維持を目的とする日銀特融の役割としては、預金を利用した銀行の信用創造機能・・その逆回転のリスクがあるかどうか、これの類縁の金融業をしているかどうかだけを重要な基準とするしかないと言うのが日銀法37条の趣旨かもしれません。

しかし、これまで書いているように、金融商品は銀行の専売ではなく証券その他幅広い業種で扱っているので、銀行の親玉である日銀だけが規制・・あるいは傘下の金融機関だけ対象としてもあまり意味がない時代です。

日銀法を紹介して来ましたが、特融の対象が本来の金融機関以外に徐々に広がっているのは、銀行だけを規制したり保護したりして済む時代ではないことを物語っているのです。

これらを、総合的に面倒を見る金融庁の役割の方が大きくなっていくべきでしょう。

このように見ていくと、金融秩序維持と財政政策を分離することが、何故必要なのか疑問です。

日銀総裁人事問題が生じたときのコラムでも触れましたが、財政と金融は一体運営すべきですから、その分離政策は意味がないというか、もしも別方向の政策裁量が許されるとすれば大きな誤りです。

結局同方向の政策しか取れないとすれば、分離と言うよりは独断で実行せずに別の機関と協議してやりなさいという程度でしょう。

ただ、政治家の場合、不純な動機がいり込みやすい・・衆愚の代表として、その場限りの人気取り政策に陥りやすい難点があるので、こうした利害から超越した賢人に託したいと言う気持ちは分かりますが、この原理は政治家に「人を得られない」という別次元の問題であって、本来は財政と金融は一体であるべきです。

今回のアメリカ発の金融危機においても、財務長官と連銀総裁・準備制度理事会議長は緊密な連携を取っていることを見ても、財政と金融の一体運用・・整合性の必要性がわかるでしょう。

戦前、統帥権の独立・干犯問題が国の方向を大きく歪めたように、専門家に任せろと言うのはどこか怪しいのです。

シビリアンコントロールが必要なのと同様に、建設・土木科学技術・医療その他いろんな分野で専門家でなければわからないことがありますが、大きな方向付けするべき責任者は政治家であるべきです。

財政と金融の分離論は、金融をプロの聖域に残したい・・政治家・・民主主義機構から除外しておきたいという官僚の願望の表れでしょう。

信用収縮問題から日銀特融の対象に話題がそれましたが、銀行の大きな役割は融資の連続・・回転による信用創造機能が大きいからこそ、これが乱れ、逆回転し始めた場合世界中が大騒ぎになるし、その逆回転を押しとどめるカンフル注射・・公的資金の投入も必要な場合があるのです。

日本の銀行界は、バブル崩壊後約20年間・・国債購入に傾斜していてこの創造機能を十分に果たしてこなかったのではないかと言うのが、このシリーズの関心です。

09/20/08「銀行の融資機能5と信用創造1」 で紹介した預金残高の続きです。

現在では複雑な金融手法によって・・証券会社も加わって実際の紙幣数よりも何倍何百倍もの流動性を創造できるのが銀行や証券業、あるいは金融関連業種の役割ですから、その役割を果たしている限り、全銀協の預金残高といっても、その元になる真水の紙幣量はものすごく少ないはずです。

 



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