10/13/08
インフレの功罪2(インフレとバブル1)
このように見ていくと、インフレが困るというのは、世の中の激変が困る・・変化についていけない人が可哀想だと言うことと同義でしょうか?
ひとたび地位や財を獲得するとその後は能力の有無にかかわらず、いつまでもその地位を保てる・・・世襲の奨励です・・・社会にくらべれば、激しいインフレ社会では適応能力・実力次第で10年もすれば逆転できる社会の方が公平で活き活きした社会になるように思いますが、いかがでしょう。
こういう変わった視点・・非常識な視点で考えれば、インフレは社会活力の源であり、いいことのようですし、現在日本の長期沈滞ムード・・若者に夢がない状況は、インフレがなくなったことによる・安定社会化のマイナス現象と言えない事もありません。
話がそれていきますので、ここで、バブルとインフレの違いを考えて見ると、単純化して言えば、局所的値上がりで総合物価上昇までに反映していない場合をバブルと言うのでしょうか?
ここ数十年、先進国では社会全体の物価を引き揚げるインフレが発生せずに、局部的バブルが発生しやすくなっているのは、何故でしょうか?
各国政府がインフレ恐怖症になって、これの押さえ込みに必死ですから、その押さえ込みに成功しているかのようですが、そうではないでしょう。
政府は不景気の来るたびに紙幣の増発を繰り返していますので、本来ならば貨幣増加量に比例してジリジリと物価が上昇するのがこれまでの経済セオリーでした。
ところが先進国では、増加紙幣の市場放出が物価全般の上昇に結びつかず、その分偏頭痛みたいに局所に集中豪雨的に過剰資金が流れ込んでバブルが発生しているのです。
日本では1980年ころから不景気のたびに、需要喚起のためにいくら紙幣発行量を増やしても生活必需品の高騰にはつながらないのは、(官僚はインフレ抑制に成功していると自画自賛しがちですが・・・)金融当局の手腕が良いからではありません。
先進国では、供給不足経済から供給過剰経済に変化しているので、貨幣の過剰発行によって需要増加があっても、ブランド品を除く消費財については増産余力があるので製品価格が上がることはありません。
日本では1980年代ころからは、供給不足社会から、供給過剰社会に変化していることと、経済政策変更の必要性・・あるいは法制度の基本精神変更の必要性については、これまで供給不足・供給過剰をテーマにして、(あるいはスタグフレーションのテーマなどで)何回も書いていますので、検索して見てください。
先進国では、購買力・資金不足社会ではなく、さらに供給力過剰で不景気が来るのですから、不景気が来る都度、紙幣大量供給・・過剰流動性政策をとって購買力上昇を目指しても生活必需品の値上がりにはつながりません。
(金融当局の腕が、良かったからではないのです)
せいぜい購買力下落の下支え・・生産削減の緩和になるだけです。
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