10/09/08
議会と行政府の分離2(議論の活性化)
民主的に選ばれたからといっても、一旦選任されると選良が密室協議して決めてしまい、あとは議会では多数決で決める儀式だけでよいとなれば、選任手続きが民主的だと言うだけであって、国民主権国家とは言い切れません。
決めるべき内容も、具体的に開示してこれを理解した国民の支持を受けてこそ、国民が本当の主権者になっていると言えるのです。
そのうえに、国民から選ばれた議員と言っても行政府の一員となれば、行政府の一員であって一般の議員とはスタンスが違ってくるのです。
われわれ弁護士出身の国会議員も、元は弁護士と言うだけであって現在の地位・自民党代議士民主党代議士などの現在の地位・立場に意見・行動が規定されているのです。
この点は、親戚友人の場合も同じで、ある会社の社長や部長に頼みに行くと、おじさんや友人と言うよりは、その会社の社長・部長としての地位に心を9割以上置いて、一分一厘だけ親戚あるいは友人として、ちょっと話をきいてやろうというだけです。
社長は、元平社員出身だから、労働者の気持ちがわかるから、今後は団交が不要だと言う労組はいないでしょう。
議院内閣制は、議会が行政府を乗っ取ったように見えていて、実質は議会の首領クラスを行政府に人質に取られたような形になってしまい、不明朗で却って害が大きいのです。
これが政治家が、官僚にうまく操縦されてしまっている根源です。
アメリカでの金融安定化法案の難航は、日本やイギリスのように、モロに議会と行政府が直結していないことから、行政府に入った個々の政治家が官僚に篭絡されてしまっても、団交に類似した議会の壁がまだ残っていると言うわけで、健全な作用と言うべきでしょう。
元々アメリカの大統領制や違憲立法審査制度は、イギリスの議院内閣制による圧制からの独立を果たした結果、議院内閣制に対する懐疑からできたものですから、議会と行政府の一体化には、懐疑の目があるのです。
議員の中から選ばれたにせよ、行政府の一員になれば大勢の中へその省庁の仕事をしたこともない政治家が一人で入って行くのですから、大臣、大臣とおだてられても行政府の都合・・官僚の意向に篭絡されてしまいがちです。
平安時代に中央から派遣された国司や・・・上総介・上野介(次官)が、実務に精通した各地の郡司(今で言えば局長クラス?)にしてやられるばかりで、お飾りに過ぎなかったのと同じような関係です。
こうした関係を誰かが揶揄して、昭和40年代ころだったか大臣のことを「並び大名」だったか、「ひな壇の人形程度」だと言って物議をかもしたことがありましたが、実態はそれに近かったのです。
これが政治問題になったころから官僚の政界進出が盛んになり、実務に精通した官僚上がりの政治家が幅を利かすようになり・・・実力のある大臣の出現ですが、これでは本末転倒もいいところです。
官僚が議会に出向して、その有力者として直ぐに頭角を現して大臣になり、議会政治を占拠しているような感じなっていたのが日本の現状でした。
地方の公共団体の首長も右へ倣えで、その弊害が目に余ってきて、東京の美濃部、青島両知事、大阪府の横山知事や橋下知事、長野の田中知事や、宮崎の東知事などがパラパラと誕生するようになったのです。
しかし、青島氏は、結局役人に取り込まれて終わりました。
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