10/08/08
議会と行政府の分離1(議論の活性化)
ご承知のとおり政友会・・原敬の時代に政党政治になり、戦後現行憲法制定時には議院内閣制が確立していましたので、行政府=議会の多数派であるから、もはや行政府と議会が対立して議論する余地がなくなったので、これを議会から国会へと、名称を変更したのかもしれません。
戦前の県会は任命制による翼賛機構でしかなかったので県会と言ってたのですが、戦後の地方組織は直接選挙による首長と民選議会の対立構造になったので、こちらを市町村議会、都道府県議会と言うようになったのでしょう。
そうは言っても、議論を尽くす過程で国民に問題点を開示できるのが民主主義というものですから、戦後は民主国家になった筈ですから、日本も国会の名称を「議会」と変えて何事でも密室協議から公開の場で議論していく組織に変えていくべきではないでしょうか。
これからは消費者・利用者を無視して政治が出来ない時代ですから、国会民主主義・・多分法案通過の儀式機関という意味かな?・・から、国民の目線・・政治の対象者の目線で議論をする場としての議会制民主主義への転換が必要です。
そのためには、行政府と議会の緊張関係が必須ですから、上記のような議院内閣制では緊張関係を保つのは無理があります。
首長・・変な言葉ですが、正確には行政府の責任者の直接選挙制の方が、国民が統治の対象としてだけではなく、主権者として行動する時代には、より時代に合致しているかもしれません。
直接選挙の場合、アメリカの例でも分かるように、共和党の大統領なのに、金融安定化法案が共和党の強硬な反対で難航していたように、若干のズレが生じているのです。
行政府・官僚組織としては、何やかやと理由をつけては既存の金融機関保護が至上命題となりがちですし、自由主義経済信奉のブッシュ大統領は金融機関救済に当初強硬に反対していたのに、いつのまにか財務長官らに丸め込まれて、議会へ法案を出す方向になってきたのです。
このように、ミイラ取りがミイラになる危険があるので、議院内閣制の場合も同僚の作った政府だからと言って、法案に全部賛成するだけでは、国会の機能が果たせません。
行政府のトップが民主的に選ばれていさえすれば、その行動を民主的にチェックする必要がないというのではおめでたすぎるでしょう。
行政府の首長・トップが民主的に選任されたとしても、ナチスの例を見るまでもなく白紙委任は危険です。
国民の代表としての目線・・議会でのチェックは不可欠です。
国会の機能強化の一例として、量刑基準をもっと具体的にすべきだと、09/26/08「量刑基準の公開1(刑事訴訟法73)」から10月4日まで書いてきましたが、これと同じで、白紙委任がナチスのように危険かどうかだけではなく、現在では、国民自身が統治の客体として存在するだけではなく主体・・主権者として存在していると言う意味でも、国民に見えるところでの公開の議論をへて、国民の権利義務に関する事柄を具体的に決定するべき時代です。
国民から民主的に選ばれた議員が公開の議会で法案の賛否質疑討論をしてこそ、それが逐一実況中継やインターネット配信されて自分の投票した議員行をも知ることが出来、その法案の中身の問題点も明らかになり、国民の批判や賛同も得られるのです。
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