04/15/05

夫婦別姓27(カード社会2)(夫婦別働きと夫婦の変質1)

農家中心社会では、取引すべき資産はいわゆる家産又は、家産から生み出された産物でしかなかったのですから、夫婦別個に取引する必要性が滅多に考えられなかったでしょう。
今でも家族共同事業(八百屋、蕎麦や、その他・・・)で、屋号で商売しているのであって、誰の売上などと分ける必要がありません。
今でも親族内の連絡では、千葉の何々と場所表示が識別機能を果たしていることからも分るでしょうが、夫婦に限らず男性同士でも、どこそこの藤原氏と言うのが、氏になっただけです。(官職があれば近衛家とか言いますが・・・)
4月9日・・・3「夫婦別姓24(夫婦別氏の機能変化3)」で書いたように、夫婦に限らず、氏は元々一族内の内部識別機能しか果たしていなかったのです。
こうした実情から、対外的表示をどうするかとなれば、夫婦同氏・・・屋号がすんなり定着したのでしょうが、他方で、夫婦共働き社会が出現すると必然的に別家計・別行動が増えるでしょうし、そうなれば別氏のほうがかえって便利です。
ちなみに、私は農家や蕎麦屋さん夫婦などは、共働きと表示すべきですが、サラリーマン(ここでは、工場労働を含めた勤労者と言う意味で幅広く使っています)夫婦の場合は、逆に「別働き」と表示するべきだと思っています。
何故、マスコミは事実と正反対の呼称を、好むのでしょうか?
新婚夫婦が2人で、農作業やお店経営をする光景を想像すれば直ぐ分りますが、結婚したばかりの共働きは楽しいでしょう。
しかし、新婚早々別働きで始り、定年までまったく別の生活様式で過ごしていく時代では、夫婦共同の時間は、夜遅く帰った後のホンのわずかな時間と休日しかないのです。
これではいくら対話をしても、価値観をはぐくむ仕事が別なのですから、夫婦としての価値観が合わなくなるのは当然です。
良く共通の話題などと言いますが、野球や映画ゴルフの話題が共通なだけでは、同じ価値観ははぐくめません。
価値感は、青少年時代はたいした経験がないので一寸した好みや傾向くらいの一致で足りますが、職業人になると、外国人と日本人或いは千葉人と大阪人の差と言うよりも、同じ職業かどうかの個性の差のほうが大きくなってきます。
職業別個性(・・・・気質というものです)が形成されるのです。
我々で言えば、同じ地域の別の職業の人や親戚よりも、札幌や遠くにいる初対面の弁護士や法律家同士のほうが、ずっと気が合うと言うわけです。
定年後又は65〜70才で引退したら、夫婦仲良く世界一周をしたいなどといっている有名人がいますが、彼らはお互いに忙しくてまともな夫婦会話が少ないから、お互いの大きな違いを気付かないだけなのです。
夫婦別働き社会では、違った職場で違った気風が長時間かけてはぐくまれていくのですから、長寿社会となって、職業人生が長くなりますと、定年ころには夫婦の話はあわなくなるのも道理です。
退職後2〜3日も船に乗っていたら、如何に気の合わない人と結婚していたかに、気が付くと言うことになりかねません。
このように夫婦別働きの進行は、夫婦間の価値の分裂をもたらし、その存在価値を低下させていくでしょうから、マスコミはサラリーマンが殆ど利用してないのにサラ金と言うように、別働きを共働き言い換ええて世間を誤魔化そうとしているのでしょうか?
呼称をいくら美称しても、実態別働きなのですから、現実的には旧来の夫婦関係は変更し、破綻していかざるを得ないでしょう。
話を別姓問題に戻しますと、明治時代とは、男女共に外で別々に働く時代が来て夫婦同氏の基礎になる社会状況が変更しているのです。
こうした状況変化にかかわらず、中堅農家が殆どなくなった今でも、これにこだわるのはおかしいのです。
日本古来の風俗に反するとして反対する人たちは、夫婦同氏になると、家父長制の基礎がなくなり、さらには、天皇制まで崩壊すると心配するようですが、家父長制と天皇制を結びつけたのは、明治中期以降でしかないのです。
天皇制は、家父長制以前からあって、家父長制と天皇制とはもともと関係がなかったのですから、家父長制がなくなっても天皇制のことまで心配する必要がないのです。



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