11/24/04
巡査から警察官へ(「内務省管轄とおいこら」の由来)
内務省発足後すぐに、羅卒や同心を巡査と呼ぶようになり、岡引き出身を探索と呼んだらしいのですが、その後探索がどうなったかについて、私は探索していません。
私の想像ですが、(いつも言うことですが言葉や階級のインフレで、)岡引き、羅卒あわせてみんな巡査と言うようになったようですが、歴史が歴史ですから、公務員に昇格したり名称を引き上げても、いきなりレベルが上がるわけでは有りません。
話が少しずれますが、巡査と言う漢字自体から考えても、 巡視の巡と査察の査ですから、前回のコラムで紹介したように、ぐるぐる廻りながら偵察する職務が窺える名称になったのが分るでしょう。
薩摩出身の羅卒、巡邏が「おいこら」を連発したのが有名ですが、これは単に田舎者だからというのではなく、前記の様に市民のための安全わ守るためのお巡りさんではなく、内務省管轄の権力の手先として嗅ぎまわる役目になった以上は、これに睨まれると大変です。
「偉い」のですから、「おいこら」は当然の発露だったでしょう。
勿論、岡引きも公務員になったからと言って、いきなりレベルが上がる筈がありません。
そこで、このときに、低レベル者の監督の為に、与力出身者を警部として一般巡査を監督するようにしたとも言われます。
(探偵もの・・シャーロックホームズやルパン全集などによく出てくるおなじみの名称の由来です)
これが現在の刑事訴訟法で言うところの、司法警察員と司法巡査の関係ではないかと思います。
私には、今のところ、いつから「警察官」と言う大袈裟な名称になったのか知りませんが、言葉のインフレの1種でしょう。
それと、国粋主義の強化とともに、最末端の兵が使う鉄砲でさえ、陛下からの下された者として拝みながら磨かされたり、タバコ一本吸うのに、「恩賜のタバコ」だと言っては、敬礼して吸うような時代が来ていたことや、最末端の兵や役人まで何か大袈裟に言うときに、自分のことを「本官は、・・・・」と絶叫調で言うくだりが多くなってきたものです。
こうして、法令の制定の結果と言うよりも、何もかも、皇軍だとか大袈裟に言う習慣が隅々まで行き渡っていった過程で、自然発生的に警察官と言う呼称が定着したのかもしれません。
警察官と言う呼称が戦前からあったとしても、戦後国民主権になった以上は、君主に直接仕えるものの呼称である「官」と言う呼称を廃止すべきだったはずです。
戦前、事実上自分を大袈裟に言うときに勝手に使っていたかもしれない「本官は・・・・。」と言う言い方に、法令上のお墨付きを与えたのは、かえって民主化されたはずの戦後からかも知れません。
戦後すぐにできた刑事訴訟法(昭和23・7・10・法律131号)では、前記のとおり、司法警察員と司法巡査しか書いていないのです。
ただし、警察官職務執行法は、昭和23・7・12・法律136号の成立ですから、刑事訴訟法成立のわずか2日後です。
ですから、刑訴法審議中には警察官と言う呼称が既にあったでしょうが、そのどれくらい前に法律上正式にあったのかが分らないのです。
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