12/31/07
大晦日3(行事からイベントへ)
この後にローマ暦以来の暦の歴史を書きますが、熱帯地方の人類を除けば、昔に遡れば、冬至のころは暗闇で火の消えたような、人間も殆ど冬眠・仮死状態だったことが窺われます。
登山などで遭難して生死の境をさまよっていて、何とかその翌日の日の出まで頑張れれば助かったと言う実感がわくのと同様に、新たに日が長くなることはものすごく価値があったのでしょう。
冬来たりなば、春遠からじ・・・の心境がつい最近まであったのです。
その後文明の発達とともに、冬を越す手段が発達しその有難みが徐々に薄れてきても、まだ農業社会である限り自然状態に左右される点は同じでした。
その連続性が過去の記憶を大事にし、年の暮れの決済・潔斎の習慣に残ったのでしょうが、収入自体が穀物の収穫のように年に1回しかない農業中心から月収あるいは、株式取引のように日々刻々の収入にシフトしてきますと、年に一回だけ決済する裏づけがなくなったのです。
こうなると、年末の大掃除・清算の裏づけになる生活がないのですから、具体的作業の習慣も薄れ、形式的な行事としてだけ残ったのでしょう。
私の事務所でも日々念入りに掃除してるから、年末だからと言って特に掃除するところがないといっていました。
こうして日本に残る各種行事は生活の裏付けを失って来たので、その存在意義は時の経過につれて減少していくのは仕方のないところです。
文明の進歩とは言っても、石油文明に浴するようになるまでは暖房も照明も今ほどではなかったので、まだまだ冬は厳しいものでした。
しかも産業の主流が自然環境に左右される農業中心の社会では、太古の習慣との連続性がありますから、これを守る意識が連綿と続いてきたのでしょうが、昨今では農業従事者が激減しただけではなく、真冬でも真夏にできる胡瓜やトマトを普通に食べられるなど食物の季節感が無くなって久しいのです。
すべてが石油文明普及の結果ですが、衣食住に亘って、季節感が乏しくなれば、季節の変化に即して発達して来た節句ごとの各種行事は、そのメリハリを失うのは、けだし当然と言うべきです。
クリスマスのコラムで書きましたが、各種行事からみんな参加型イベントへ変化できたものだけが生き残れて元気なのです。
新年の神社仏閣の内部行事を外部から拝観して有難がるよりは、初詣やカウントダウンなど大衆参加型のイベントに変化してこそ生き残れるのです。
その点、ローマ法王が大勢の前に出てパフォーマンスするのは時代にあっていると言えるでしょう。
わが国の新しい方式としては、ディズニーなどのイベントが現在型の新年を迎える主流になって行くのではないでしょうか?
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